仮想空間

趣味の変体仮名

美地之蛎売(みちのかきがら)

 

読んだ本 https://www.wul.waseda.ac.jp/kotenseki/html/he13/he13_02132_0050/index.html
参考にした本 https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/8929802 


2
美地之蛎売(みちのかきがら)

  序
深川の遊びは絶ずして。しかももとの
舟にあらず 四つ明きの拍子木は。店者の足を早め。
八幡のぢゃん/\は。子息(むすこ)株の胸にこたへ。きぬ/\゛を。
おしまぬ床(とこ)は。廻しに取りし。色客に通ず。
誠に富ヶ岡の繁栄は参詣を知らずして。
永代寺の門前に郡ず。委しくは辰巳を見て


3
東方の通に成らむと。かんとむを。くだひて。
見徳の枕に。五十番の第付を願ふも遊金の
元手にほしく。其願望は小さく見れど。温石(おんじやく)
なんぞ。大病の心をしらんむとは。文盲に聞(きゝ)て。
こぢつけなり。奢る時は四畳半に。しびれを
きらして。白魚も中落を嫌らひ。見通しに
気を転(てんず)れば。鯱(しゃちほこ)も背越をいとわず。古けれど中富が
道成寺は。大人国(だいじんこく)の風鈴(ふうれい)をおもひ。やすみ日の

銭湯には。小人島の桶伏(ぶせ)をかなしむも。
みな買色(かいしょく)の道ならずや。千金を殺す事は
ぬり盆をもつて。蚤の玉子をうつより安く。
すくなき金子(かね)をつかふには。蛙とんの葬(とむらい)を。
車前(おんばく)程も。生さねど此小冊を見て后(のち)は。
ほれられもせず。帰られもせず。しやれて
踏(ふま)るゝ美地(みち)之かきがらと 題する 而己


4
 安永八つの
   とし たつ あした
       恵方に向て
          蓬莱山人
            帰橋述

美地之蛎売
武蔵の国の吉原と。下総に有る深川の。間(あい)にかゝりし
両国橋のほとりに。天馬といへる宗匠有り。右は船宿の
行燈十(とを)さしのほうづきにひとしく並(ならび)。左は橘の芸婦
前歯のごとく軒をつらね。そなまん中に暮らせども。門(かど)は
玄関と勝手を兼。庭は諸木をうへ込ませ。四季おり/\の
詠(ながめ)をつけ。独身(ひとりみ)にて世を渡り。片付て居る
門口から「新傘(しんしや)」鷹の羽八丈のはおりに。青葉返しの小紋上着。かんとう嶋の下着に。むらさきほくそめの。半そでの


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じゆばんに
緋はかたの帯 是は先生御くろう。きのふも月次(つきなみ)の御会に。
参(めへ)りやせふとおもひやしたが。内がちと悪(あ)しくて参(めへ)られ
やしなんだ。在天(ぜへてん)買冥(べへめへ)のひらきは誰が勝やしたね。しつ
かりといふ所をして置やしたが「天馬」たんこ嶋の羽織に。しま つむきの小袖に。うへ田
八丈の。黄色かちな下着に。 七つ半頃の。ふう味の帯 きのふは運で結もしやせん。在天は
露考さんがお勝さ。御句(ぎよく)はひくひ所でござりやした「新傘」
何といふ句が参りやした「天馬」懐紙(けへし)を御目にかけやせう。
と。やき杉の机の上から出す。はやらぬ と見へて。外より点取の懐紙もみへず「新傘」天馬さん。モウ。芝居や

鵜もちいさいねエ「天馬」書抜は何だろふと思ひなさり
やす「新傘」どの句で有ろふか と。ひくを 見て。なるほど。アノ鯉江(りこう)
さんも能くいふねエ。といふて 見ている 所へ祝鶴(しうかく)は くろ羽ふたひの袷羽おり に。みじんしまの。なゝこの
上着に。しのぶすりの下着。襦袢は浅黄に。入子びしのかのこ。緋ぬめの帯に。
三つなから。くろじゆすのはんえりなり。紋は鷹の三羽とぶところ
「祝鶴」天宗うちにか「新傘」是は両先(れうせん)おめづらしひ。その後は
お目にかゝりやせん。琴孝(きんかう)は 空色かえしの小紋のはおりに。黒はぶたひ の上着。くろ手八丈の下着。じゆばんはなるみ
しぼりのちりめん。藤いろはかたの帯。はんえりは前にほし。紋いてう鶴「琴孝」まき屋のまへで足袋の
こはぜかはづれたから。直して居たら祝公か来たから。


6
つれだつて這入たのさ。定会(でうげへ)にも出よふとおもつたが
おつ。けェされねへ用は出来るし。勝(かて)はせす昼時分から
夢を見たのさ。在天(ぜへてん)は外(ほか)でも有るめへむすこだろふの。
「新傘」何さ鯉江(りこう)さんの入句で「江の島も跡をひす気
の汐干潟といふ句が。ぬけたのサ。俳諧(へえけへ)もモウ。よくどう
しく案じねェければ。おけねェのさと。悪くはいふもんの。
汐干と。三月の二のかわりを。よく引ずりこんで案じた
ねへ「祝鶴」わつちが句は。どふだのふ「新傘」おまへのは

御成(おなり)めへの。見せものを。見るやうにはかれやした。
「祝鶴」時に新ぼう。てめへの所へ。届ものが有るによ。と云なから 金小倉の
表にかきさらさのうらの付た。大かますの中 うら。四文銭と二朱銀を。わけ/\文を出し くのふ。爰へくるはづで。
出たが。ちつとしやくりが有つて。舛屋へ行たが。ぬしの
事ばかりいつて。おきくが此ふみをよこしたヨ。「新傘」おゝ方
この文も。紙くずの中からひろひ出して。敷て寝て伸(のし)
たのてごさりやせう。「琴孝」何ンぞいきな事がなかつたか。
ひまなら一(ひと)くさりはなしねへ「祝鶴」用もねへから


7(挿絵)
「二見屋 ふたみや」
「諸国名葉」
「舞扇」


8
九十五文込。百といふいきまでも咄さうか。といゝなから。寄せ 切れのたばこ入を
出し。銀のおとし ばりで。吸つける まづ聞ねへ。見通しへ上つた所が。昼立(ひるだち)
の客が帰(けえ)つたと見へて。火も無ひ(ねへ)火鉢を置たから。
足てよせつとつて。裾をやふつたのさ。それでごう
がわひた所へ。お久か来ていふにやァ。あの子はごさり
やせんといふから。ぬすみにもならざァ。ちよつとかりて
こひと云ったら。江戸へいきなせいしたといふて。
呼はせねェのさ。そんなら芸者を買て帰(けへ)らふと

いへば。誰ぞお呼なせへしの。何のといふから。おれも中勘(なかかん)
といふ悪て。お時を呼にやつてくれるといへば。おめへも
すきな事を云なさる。あれほど美しひおてるさんを
よびながら。どうしておときさんを呼ばれるもんだ。
またおそらく土橋では。ぎやつと云て。鳴子の音を
聞てから。鶴(くわく)さんをしらぬものはおぜへすめへ。あの
子も客なしに歯を染たほどの子だものヲ。どふ
しておめへェ出るもんだと。大神楽の曲鞠(きょくまり)を見る


9
やうに上たり下たりするからの。おれも仕かたなしに
あいつがうちの何とやら。豆人形のふた子をいふ。
けすひ新(しん)をば呼ばせたから。云てへ事をまきちらして。
帰ろふとおもつた所へ。江戸からおてるが帰(けへ)つたと
いふから。まづ落付て居たが。あんまり淋しひに
よつて。兼太夫が引込だ。そのあとへ出る。へんちきな
やろふを呼だ所が。古(こ)渡りの塩からといふ声を出して
いけねへほさ。そうこづっすれど。おてるか来ねへから。

何をして居ると聞けば。お菊かいふには。今江戸から帰(けへり)
なあつたから。茶づけをくつて居なせへすと云てから。
しばらく過て来ていふには。よふ御出なせへしたと。
お定りの口上で。風見のからすを見るやうに。つんと
すまして居るからの。一つ呑まぬかといへは。大黒やで
のんだが風にふかれてのぼせたのさと。照らして
たなこを呑を見て。お菊も通つたきせるよの。
あぢに座敷を見たからの。モシちつとあつちへ


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おいでなせへしと。たはこ盆をもたて引立るから
まづ梯子をば上つたが。仕うちが気にいらねへから。
行燈(あんどう)を見つめて。銀目のへるほどたばこを呑
で居たれば。もし鶴(くわく)さん。わつちもきこんに。おめへの
仕うちを。かんがへて居やしたが。どふかわたしに云ぶんの
有るやうな顔つきだが。おめへでもおぜへすめえ。わつちに
てへしてあやまりが有るから。それで。そうしなせへす
のと。おつかふせたから。是まちねへいふ事が有るでも

ねへ。またねえでもねへのさ。おれがだまつて居れば
好きな事をいふが。そんならわつちも聞きやしやう。
昼おれが来て口をかけたら。無(ねへ)と云ふから。跡でも
付て来ひとたのめば。片道も漕でくるほと立て。
江戸へ行なすつたから。あの子のうちの新造でも
呼べといふによつて。こけな遊(?)ひで待つて居た。
それになんだ。大黒やで呑んて。風に酔つたののぼせ
たのと。お菊が遣(や)つた盃をば。綿でこせへたうさぎ


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では有るめへし。はねる事はねへもんだ。大(てへ)そう
らしい江戸て呑んだ小半(こなから)が。茶わんの中の針を
磁石で廻すよふに。付て爰まで来はしめへ。あんな
盃に一百(いっそく)や二そく呑んだつて。いきつきそうな
顔つきかへ。かぎやかなんぞの横座敷て。店(たな)の
やつらの帳面でも枕の下に置たろう。よしにしねへナ。
おめへのよふに。くずせんべいといふ心じやァ。引ケねへ
によ。店のやろうは。面(つら)が白くつてもやわた黒だよ。

大げへ朝せん長屋までも、渡海を仕まつた女郎
衆分。先を引く/\大かたは。べつかうのかずがへる
もんだ。中には引けるも有ろうがの。まだ抜まいりの
眼にちら付く。顔に青みの付かねへのだ。そういふ
やつは見世先の梁にびら/\張って有る。為にやァ
ならねへよしねへなと。上げて云つたら。お照も暫く
なくふりをして。だまつて居たが。口舌の古句が出た
そうで。おつせへす所を聞やしたが。なるほどおめへの


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云ひよふでは。御もつともでもごぜへせうが。わつちが
いふ事をも聞ておくんなせへし。おめへさんが昼御出
なせへしたは今聞やした。また江戸へ行ったのは
けふのてんとうさまをかけても。ほんで御せへす。私(わっち)が
うちの新造衆を。呼なすつたも知って居やすが。
そのめへにお時さんを呼んでくれろと。お久さんになぜ
たのみなせへしたへ。あの子も此土地では。一といつて
二のねへ器量で。そのうへに上手な子では有るし。

また。おめへのお利口で。おもしろくもおぜへせうが。わつち
がやうなはかねへ女郎は。どうして御気に入るもんだけれど。
もしへ。そこはまた鳥居のならび。三屋ぐらで誰しらねへ
ものもねへ。祝鶴さんだから。物日の十(とを)や廿は。仕まつて
くんなすつたてて。八まんさんもあんまりな。家暮(やぼ)とも
おもひなせへすめへ。わつちがあしくもした事か。実(じつ)に
長くも来なさるやうに。お心安ひで云ひやすが。無心も
ついに云やしねへ。それにあんまり情(じやう)のねへ。わつちを


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呼ぶがいやならけふでもあしでも。いゝ様に渡りを
付たらその跡で。お時さんでもどの子でも。茶やでも
出しもしやしやうに。かつかうも悪ふ御ぜへせう。先(さっき)も
酒を呑まぬのは。此事を一とをりいわうと思って
あゝしたのさと。十九文見世の云立(いゝたて)をするやうに。好(すき)な
せりふをいふからの。おれもえら切(ぎり)こまつた幕さ。
「琴孝」それから方(かた)はどう付イたの「祝鶴」もう今日切と
おもつても。コレそういふ事なら。江戸から帰(けへ)つて。直(ぢき)に

来さうなもんだ。茶づけをくふの。茶がまをくふのと
じらして置て。また大こくやも町内(てうねへ)で。くちをきく
やうても無い(ねへ)。酒ばかり出す気のかかずにと。跡を
残して。いらぬ舟宿の世話までやひたのさ「琴孝」
よつ。ほとはなしの口ぶりては。深川は上手に成たが。
まだ/\そんな事では喰へねへよ。はじめは大分。通の
よふだが。紙びなの古ひよふに。先からそんなに
上げたとつて。舟宿の世話までする事はねへ。それ程


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茶づけがあやしかァ。手みじかくいつたかいゝ。あんまり
うぬぼれなせりふだぞ。おれならそういふ所でねへ。
ちょっとつまんで咄そふ。まづかうさ。ちつといんぎん
かたるがの。是おてるさん。なるほどわつちが。おときを
呼ばふといつたは。情のねへやうだが。よく聞ねへ。命から
二番と下がらぬ。金を出してくるものを。其くれへな
我まゝは。いふめへものでもねへ。またお時が出たとつて。
ぶりけへそうな器(うつは)かへ。おめへのやうな壱っ本遣(づけへ)といふ

女郎しゆに。おいらがやうな計(はかり)といふ客が。どうして
おく歯も立つもんだ。よくつもつても見ねへ。茶づか
とつて。あれほと手間かかゝるか。わつちらよりは
苫(とば)のいゝ。引ける客衆が昼ッから来て。待つて居る
のは知れたこつた。そのわけをも一通り。通して行けば
帰(けへ)りもせふに。女までがぐるになつて。貧にこそねべ
一時や二(ふた)時おそく来たとつて。亭主を呼べのかゝしを
呼べのといふやうな。山王てもねへのさ。こふいつちやァ

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大(てへ)そうらしいが。土橋での初勘定に。何国(どこ)の女郎が
いくつ売たの。何屋の抱へが。着ものゝ一をとつたのと。
手習ひの師匠さまより先へ知ると。迚もうぬぼを
蒔かふなら。通の事では聞いゝが。色男のうぬぼれは。
御気にはさわらふが御免だ。桟橋の霜を最(も)ちつと
ふめは。悪(わる)しやれの黒吉は今の間/\「祝鶴」琴公の
いふのは。一々いゝ所だが。そのよふにもいわれんのさ。
かんばんがいゝと。ノウ新公「新傘」両先の御遊論も

きつい所て御座りやすが。なるほど先の面(つら)か悪ひと。
からみがなくて遊びよふ御さりやす。その御ついでに
此ふみのわけはへ「祝鶴」それをよこしたは見通しさ。
昼のおれに逢といふは。おとゝひ新傘(しんしや)さんが来な
すつたが。わつちもてうど爰のうちへ出て居やしたが。
どふも客が帰らねへから。その訳をはなして御帰(けへ)し
申やした。其後(のち)は腹を立なすつたか御出なせへせん。
どふぞ御連申て来てくんなせへしと。おれに手を


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合てたのんでよこした。 あれほどぬしにほれて居る
ものを。究(も)ちつと買つて遣ればいゝに「新傘」そういふ事
なら今から行て見やせう。おめへも御出なせへしな。
「祝鶴」おれもちつとは当も有るから。行てもそんじやァ
ねへのさ「新傘」何当所かお照さんを買ながら。さあ
参りやしやふ天宗も付合だ行(いき)ねへな「天馬」私も
行てへか。今夜は即点を取りに来るはづだから。
行にくひ「祝鶴」留主だといへばいゝはな。大名か町人か

「天馬」何家中さ「祝鶴」屋しきなら銭にもなるめへ。
今夜ばかり。弐百五十取らすに行ねへな。琴公も
行くだろうの「琴孝」わつちは御めんだぞ。新傘とぬしの
とり持に。行くよふなもんだ。それよりはおあうした
遊ひはどふだろふ。表へ上つてぬしとわつちと。女郎を
買こなして見よふではねへか。新ぼうと天宗には。
なんでも飛切といふ子を買はせるが。どうだろふ。
「祝鶴」是はなるほどおもしろからふ。みんなもそれに


17
しねへな「新傘」そんならわたしもそうしやしやう。
舟宿は何所がよふ御ざりやせうねへ「琴孝」やつぱり
そこの二見(ふたみ)屋が能かろふ。と四人ながら支度をして。そこら をかたつけ。宗匠はとなりへかぎなど
たのみ。舟宿へ つれ立て行「祝鶴」かみさん。一艘こせへてくんねへ。「女房」
ハイ。庄八どん。はやくこさへさつせへ。何所で御ざりやす。
堀かへ。「琴孝」何なあぶら堀さ。と四人は河岸へ行。船頭は 火なわはこと。帯で着物を
壱つくゝり。 下けて来る「女房」八どん降りそうだによ。苫をもつて
行かねへか「舟頭」西だから降りそふもねへ。サア御召

なさりやせ。四人は 舟にのる「女房」ハイさよふなら。御きげんよふ
と舟をつき出す 段々橋を出て川中に成「新傘」何とアノ白魚といふ物は火が好(すき)か
ねへ「祝鶴」その事ではなしが有るはな。いつか佃島
やけた時白魚のうへを逃たとさ「琴孝」そんなら
おれが居る下は。白魚が付てあるくだろふ「新傘」火性(ひせう)
かへ「琴孝」なにさ。むねがやけるはな。みな/\ 笑ふ「祝鶴」コウ新地も
淋しくなつてはいけねへぞ。四季庵も夏のどうぐだ。
ナント天宗。此ごろ小舟俳諧はどうだろふ。「天馬」それも


18
よふござりやせうが。やつぱりぬかるみ芸者をつれて。
向ふ嶋もよふござりやせふ。「琴孝」むかふのかどの
すみ屋もいゝ内だが。おしい事に二階がねへから。
廿六夜にわるからふ。段々舟はひのみの 下より横川へはいる「アノ辰巳に
書た。かやば町から。如雷(じよらい)が。新五左衛門をつれて。
此近辺の店おろしをしたが。よく書たのう。大方
親何(しんな)がかし蔵を見せてへと云ッたも。爰らだ
ろふ。しかし今じぶん。あんなふ通は少ねへよ。

むすこ/\といふやつが。引かれぬ工面をするのさ。
「祝鶴」此乞食小屋にいゝ娘が有たが。どうしたのふ。
「琴孝」久しく見へねへのさ。と はなしも過て 油ほり近くなる「船頭」もし
何屋へ御出なさりやす「祝鶴」何屋が能かろふの「琴孝」
わつちやァ何屋てもいゝ。新ぼうが近付の所へ行かふ。
「新傘」近付はござりやせん。松葉やばかりは久しく
参りやした。焼(やけ)た後は建(たち)やせん。田舎とやらへ。引込だ
そうに御ざりやす「船頭」どなたもおちかづきが


19(挿絵)


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なくは。上田屋がよふこさりやす。といよ/\そうだんんきまり 舟はうらやぐらの前へつく
汐がねへからもう先へは参(めへ)りやせん。ぬかりやすから。
こちらの舟を。もやつて御出なさりやし。申/\。
いよ/\上田屋でござりやすね。お跡からしまつて
参りやる。四人はつれ立上田屋へ行 くゞりを明てはいる「ぎん」お客だよ。お常どん
見通しへお連申ねへ。四人ははしごをあかり。見通へ行 女はたはこ盆を持行。灯を付なから「つね」
となたぞお名ざしでもござりやすかへ「祝鶴」なふさ。
だれでもいゝから。中としまを呼てくんねへ。新公は

名ざしはねへが。遠慮なしに云ってやんねへ。天宗も
だれぞ有ろふ。「新傘」せんど堀留で見た。おかなと
やらを聞てくんねへ。おめへはどうなさりやす。「天馬」
わたしは誰でも。能ふこさりやす。「祝鶴」なんのこつた。
宗匠(そうしやう)のやうでもなへ。去り嫌(きらひ)なしに名さして遣んねへナ。
おらも。名ざしは有るけれど。訳が有るから。見徳(けんとく)
なしに。ふり出すのさ。「天馬」そんならおつれとやらを。
聞てくんねへ。「つね」聞て見やすよ。有るならみんな


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呼申やすよ。おつねは裏へ聞に行。おとめは硯ふたと。 てうしを持て。ねむさうな。顔つきで来る。「とめ」壱つ
お上りなせへし。四人は女郎の有なしを聞キたく。酒もろく/\。のます 待つている所へ。お常ははしごの下より。声をかけ。
「つね」おとめどん。ちよつと来ねへ。とはしごの下へ 呼。ちいさな声で。見番(けんばん)へ
行て見て来たりや。あとはみんないゝがの。おつれさんは
丸が付て有るよ。どうしよふの。「とめ」アノほうづだから
いゝはな。どの子でも呼(よび)ねへな。この見ばんに。丸の付たは。 江戸へ行たら。用事にて
余所へ行たる。 印なるべし。「つね」もしへ。おかなさんは御座りやすが。
おつれさんは。ござりやせんから。お直さんに。おそのさん。

おかなさんに。おみをさんを。呼び申やした「祝琴(祝鶴の間違い?)」誰でも
いゝのさ。芸者を二組ばかり。呼にやつてくんねへ。「つね」
羽おりにしやうがねへ。「祝琴」太夫がいゝわな。おつねは 呼びに行。
だん/\。盃も廻り。とうこふするうち。女郎おみをは。右手返しの
小袖に。とび八丈の下着。赤合羽をみるやうな。色の。じゆばんに。
三つながら。くろしゆすの半へり。もへぎはかたの帯。紋は五三の桐も
お定り。さしものは中くらひ。おそのは八丈のかわり嶋に。なんきん
返しの下着。二つ。緋色もくめのじゆばん。半えりは前に同じ。桑地の
金なしもうるに。から花をおりし帯也。紋鬼蔦も古ひやつなり。
おかなは鼠色ちりめんに。紫と白と五分程つゝの。棒しまのうら。
こび茶の小もんと。嶋ちりめんの下着に。浅黄ちりめんのしゅばん。
半えりは前に同じ。くろびろうどに。金さらさおりと。腹合せの帯。
紋は菊蝶もうぬほれなり。お直は番茶ちりめんに嶋つむきの下着。


22
藤色しぼりのしゆばん。半えりは前に同じ。ひわ茶しゆすの帯。
紋は重梅の。飛んで並びしも通人への的中也。何れもとばはよし。
是は正月の仕かけなり、秋にもなれば紬しまのたくひ也。髪は前の
方をいてうの如にし。うしろはひのしの柄のよふに。引出して結ふ
嶋田なり。新傘は来しとみるよしかけ出し。おかなと席下にて
さゝやく。是は外のうちにて。名代に二三度もとりし故。此うちにては。
初会のぶんにするやうに。たのみ居る。おきんは芸者の三味せん箱。
持て通りながら。ちらりと見て行。新傘な何気なく居る。
「きん」こつちへ御這入なせへし 女郎は火はちを中におき。 ならぶ。おかなは。新傘が
方を。見ぬやうに 見てわらふ もし壱つおあがりなさりやし と盃だいを 新傘へやる。
おかなへさす。琴孝はおその。祝鶴はおなを。天馬はおみを。おさだまりの
通りに済。その所へ芸者津麻太夫。三味せん引豊治。さはぎ庄蔵。
三味せん引利十。座敷へ はいり。四人の顔を見廻し よふ御出遊ばしました。「祝鶴」

持合せた壱つ上よふ。「庄屋」是は指上ませふ。「祝鶴」そん
なら太夫へお相さ。船頭は櫓を仕まひ来て。 後ろから。おぎんが目をふさぐ。「きん」誰だ。
どうもしれねへはな。「津麻」あてゝ見ねへ柳橋だよ。
「きん」待ちなよ。と。うしろへ手を廻し。 さげどうらんを。さぐり見て。此金物は庄八どんだ。
よしねへな。「船頭」女郎の 顔を見て 是はみなさま。おそろひだ。
おぎんとん。きついもんだぜ。「きん」わつちらが勤(つとめ)るところは
どうだ。おそろかへ。此うちお定りの通。津麻太夫本を出す。 豊治はてうしを合せる。津麻は祝鶴が
顔を見。かん がへながら「津麻」あなたは。おちか付で。御座りましたか。


23
お見しり申たやうで御座ります。「祝鶴」久しい跡に
裏で近付になつたけれど。そんな所は。」ねへ場處さ。
「きん」津麻さん。一段かたんねへな。「津麻」何ンにしや
しやうね。「琴孝」外のものはいあやだ。伊太をば聞てへの。
「津麻」ハイ。さあ弾きねへ。と津麻太夫は一段かたる。出し物も 持つてくる。おきんは何やら。女房と囁く。
「女房」おかなさん。ちよつと来ねへ。おかなははな紙を持。席下へ出ル。女房はちいさなこえにて
もしおめへは。アノ。新傘さんとやらに。お近付たそうだが。
どこの内て。出なすつた。相見たげへのこつたから。

しらせてやらねへければなりやせん。云ねへな。といわれて おかなも。少し
いやみの有るゆへ。 こまり。しばらくかんがへ。なるほどアノお客にたつた一度。久しい跡に。
嶋屋のうちで出たばかりさ。けふはアノお客ひとりでは
なし。つき合で来なすつたけれど。みんなが初会だに。
おればかり裏では悪ひから。初会のぶんにしてくれろと。
いゝなすつたから。おぎんどんも見た通り。咄をして居た
のはね。その事を通したのさ。それだによつて。知らせて
やらずと。よふごせへす「女房」そういふ訳ならいゝが。ほんに


24
そうかへ と云つてかんかへ/\。下へおりる。おかなは元の所へ居る。津麻太夫も 一段かたり。庄蔵も長うた声色などつかい。いろ/\いきまも
有れども。風りうの本に くわしけれは。今更書もむだ也「ぎん」もし。ちつとあちらへ。おいで
なせへし。と硯ふたてうしを持。四人か先に立廊下を行。床は表の座敷 なり。新傘と琴孝祝鶴と天馬との。わり床なり。
「琴孝」おらが長屋は爰からの。新ぼうけふの隣だの。
「新傘」さやうさ。相かわらう。おこゝろ安く。「祝鶴」新公は
向ふだの。遠くて能ひぞ。「新傘」それはなぜへ「祝鶴」ふた
茶わんの。唐くさを見るやうに。からむから。やかましくつて
寝られぬ。ノウ天宗「天馬」あの子ばかり(?)でもごせへせん。

おめへの隣も。あんまりしづかでも。御座りやせん。女郎四人 壱人/\の
床へはいり。いきまは一度なれど。 壱人/\。初めよりあらわす。「その」琴孝か床へ来て。手をたゝく。 しばらくしておとめ来る。
おとめどんか。おらが内への。多柴粉をとりにやつてくんねへ。
ついでにの。茶も壱つよ。あいとおとめは。 せうじを引立行。もしへ。小菊を二枚。
おくんなせへし。「琴孝」お安ひ御用さ。おそのは枕をほどき。 段々古ひ紙を取。
中から。おめいこうのもちをみるやうな。赤ひくゝりし 物を出し。まき直し枕のうへへのせ。いわへる「とめ」おそのさん。
明けてもよしか。「その」明けねへな。おとめはやくわんに膳を持そへ。 たもとへはおそのかたのみし。
たはこを紙に つゝみ。入てくる「とめ」さあ一膳お上りなせへし。 琴孝は 起き物をも


25
いわずふた をとり。「琴孝」なんだ と平皿の ふたを取 つゝ切の肴にせりか。久しい
ものよ。そこつた岸の、おかわにごみといふ平だ。汁の ふたを取
三味せん弾の眼をくふよふな蛎だ。てめへも云ッ盃(ぺい)
くわねへか。「その」わつちは精進さ。「琴孝」食(めし)は「その」たち
物さ「琴孝」おれもおゝかた。くふめへとおもつた。なぜ
初会ではそういふの。「その」初会だの裏たのと。訳も
おぼちやもねへけれど。喰たくなければ喰やせん。
とはなしなからいや/\ 琴孝は二三盃喰ふ「とめ」お茶つけてあげやせう。

そうこふする。内喰仕廻ふと。ハイ。左やうならお休なせへし。「その」もしへ
おめへに聞く事か有りやす。けふはわたしが親のねんき
だがね。男と一所に寝ねへのが。孝行てごぜへせうか。
又お客を大事にするが。孝行でごせへせうかねへ。
わつちが思ふには。一ッ所に寝ねへ方が。孝行だろうふと
おもひやす。「琴孝」かわつた事を聞くの。そう云(いふ)日なら。
おいらかやうな。竹光を可愛がるが孝行さ。「その」
あんまりあきれて。ついぞねへ。「琴孝」何があきれる


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「その」エゝもうおめへ程。しやうぶ革(かわ)ならいくわな。是は 芝居
で申上ますと。花道から出る 役者は。悪き通言也「琴孝」そんな事をいつて。ねる
つもりか「その」おめへも又かわつた事を、云ひなさる。
寝たければ寝るはな。「琴孝」是気をよくして居れば。
太平楽な。うぬか親はなんだ。おゝかた馬糞(まくそ)
さらひの頭取だろふ。よしにしろ。以女郎八人(しようろうはちにんをもつて)
換小判一両(こばんいちりやうにかう)。といふ。土地に居ながら。てめへのからだ
を見るやうに、ねるのゆるめるのと蕎麦がきでも

こせえはしめへし今夜ばかりは虱か喰ッてもかゝしやァ
しねへ大きなごたくはおきやァがれ「その」おきやァかれとは
なんの事たへほうそう柳か吉原の女郎衆の床に
有ると聞やしたおめへの安く云なさんこんな土地には
ごぜへせんこふいふ勤はするけれどわたしか里は
大名さあんまり安くしなさんなおめへのよふな
通り者は腰元はしたにうやまはれ夏涼(すゞみ)台て
見たはかりさ とあをむけに成ッて あしをちゞめる「琴孝」大名とは何の事た


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おらが国にはねへ乞食だ。寝るなら廊下へ出やァがれ。
「その」何さ寝やァあしやせん。おめへを通だといふ事さ。そん
なに眼を立なさる訳もあんまりごせんすめへ。なんぞか
お気にさわつたら。ちつとは不勝(ふせう)しなせへし。何ンのかのと
いつたのは。わたしが悪ふごぜへした。「琴孝」まだ好な
事をいやァがる。わたしだのかり腰だのと。乞食の内が
近所だつて。一ッ所にふんでもらふめへ。大名とやら。改名
とやらの。娘ならおれは塩屋の惣領だ。てめへのやうな。

顔のいゝ。胸のいけねへ女郎はな。土でこせへた人形より。
買(かは)ふといつても値はしねへ。おらはな。面(つら)はこんな不器用
ても、着物の下はぜんまいだ。日本の足の爪先から。
本田にまげたはけ先まで。水道の水とにが塩が。
日に一度さし引する。今に面屋へ払はふが。十軒店の
二階でも。箱入野郎が卅八両といふ代物で。てめへ
なんぞとくらべては。とうしみに釣り鐘だ。傾城の心の
しがく所と。金持の金玉は。つべてえ物と云ふからは。


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あしくするもがつてんだが。そういふたとへの女郎はな。
張りもいきぢも知りぬいた。北国(ほっこく)あたりの旅女の事さ。
こんな所に居るならば。羽おりの丈ても長(なげ)へ客は。
有りがたひとは思はずに。勝手なねつを引出すが。
よしにしろ。おきにしろ。あんまりあきれてアゝ
つがもねへが。火もねへから。取てこひ、壱ッふくのまふ。
「隣」おかなは床へはいり。帯と上着をぬき。 後ろの方夜着のすそのうへへおく。 けふはよつほど寒ひ
ねへ。おめへもうへをぬぎねへな。もめたら内でわるからふ。

「新傘」そんなら壱つぬかふかねへ と云なから。羽おりと上の着物を脱。屏風へかけ。おびをしめる。
「かな」屏風へ掛なさんな。寝ると用心か悪ひはな。わつちが
畳んで上げやせふ と云て たゝむ 羽おりは下へ遣ろうかね。「新傘
いゝわな。用心を能くして寝るつもりか。「かな」なんの
こつた。そうじやァねへがの と云ふなから。のひ上り。  屏風を引すわす。なぜおめへは
あれほど美しひ。おぬいさんを呼なさんねへ。なんそ訳でも
有るならは。わたしが内の子では有し。取持ッて上やしやう。
「新傘」おめへもほんになんのこつた。あの子をわつちが。よび


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たければ呼けれど。さつきもあそこではなす通り。
きのふも嶋屋から文か来て。とうぞお縫(ぬい)を呼べと云ふから。
あそこの内ては。おめへを出さねへによつて。爰のうちで
出てくんねへ。「かな」どうして悪(あし)くおもふもんだ。おめへ
さんさへ。そういふお心なら。したが。さつきおめへと廊下で
咄しをしたのを。おきんどんが見つけて。かみさんに
はなしたそうで。わたしおかみさんが呼出して。アノお客に
出た内へ。知らせてけるといふからの。ちよ/\らをいつて

置たはな。 とと咄して居る所へ。爰の内より。あいたひにて。嶋屋うちへ おかなを呼し。なしみの客来しわけを。知らせやりし
ゆへ。女は高つきに、せんへいを 持ち来たり、せうしの外から。「女」おかなさん。明けても能しか。
といわれて。新傘もおかなも、返事をせずに、息をつめ。寝たふりを している。女は明てはいり、度々おこすゆへ。よつたふりにて。かほをあげ。
「新傘」誰だとおもつたら。おみねか。なんに来た。こん夜
りくつを云つたつてわからねへよ。いふ事が有なら今度
聞かふ。しかし此子を呼んだのは。わつちかみんな悪だ。
大そうらしい船頭までおこして。連る事はねへ。アノ
舟宿ははしめてだに。 と茶やの女のむつとするやうに。おかなを立て いふ。おかなはいろ/\と、云訳の工風をし。物をも


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いわず死だ如くになる、船頭もはしめての客ゆへ。所の茶やも大事也。 又客も大事也。質にとられし。あまいぬのごとく。なつて居る。
「みね」なるほど。おかなさんを。呼なせへすも。能ふごぜへすが。何も
聞やすめへ。此訳をば。この間に付やしやう。とせうしを立て行。 跡よりおかなも立て行。
小用所のわきにて。嶋屋の女とさゝやき居る。新傘は跡にたはこをのみ。まてど くらせど来ぬゆへ。高つきのせんへいを。鼠のくふよふにして待ている、暫くしておかな来る。
「新傘」どふ云つてけんなすつた。「かな」わつちもこのくらひな
事は。かんがへて置て出るものを。「新傘」それてもあの女が
いふ所は。おめへの方へあたるやうで。気のどくだはな。「かな」気遣
な事はねへ と云なから。たはこをのみ。屏風を 引廻し。床の中へはいる。 おめへのあしも

つべたいひの。わつちが足も立つて居たから。つべたいよ。
聞(きゝ)ねへな。わつちが知らせて遣るなといつたに。内から
そういつて遣つたから。こまつたが。廊下へ出て。少(ちいさ)な
声でいふには。おらねどん。けふ爰の内で新傘(しんしや)さんが。
わたしを呼なすつたから。船頭衆にしま屋の内へ。
知らせて遣つてくんねへと。たのんだにの。アノ人の
云ふには。どういふ訳か知らねへが。けふはアノきやく衆も。
付合で来なすつたそうだから。知らせて遣らずと


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よふごぜへせう。能くつもつても見ねへ。独(ひとり)のお客で。
跡の連衆(つれしゆ)もさわくといふもんだと留たから。わつちが
やめにしたふうに、船頭衆の前(まい)をいつて置たから。
今あすこぐ新傘さんに。何ンのかのと云なすった
けれど。枕元にアノ人が居るから。だまつていやした。と
おもいれかつひでやつたりやァ。お峯かいふには。大キに
おせわでござりやした。今度から蔦屋のうちへ。
来なさるやうに。おめへを。おたのみ申やすと。云って帰(けへ)ッた。

なんと上手なもんかへ。「新傘」なる程人をかけるは。きつい
もんだね。所の女さへ。そのくらひなもんだに、わつちらが様な
者は と笑ふ。此所色々仕うち有つて。はなしも無くしづまりしは。 世話に云ふ。屏風より外知る人もなし。しばらくして。
たはこをのみ なから起きかへり。「新傘」さつき琴孝がやかましくいつたを。
おそのさんとやらは。能くしづめたの。「かな」初手には。
おそのさんも、きつと出たけれど茶わん鉢屋の転んだ
やうに。そう/\゛しひ客あから。はやくそこをば勤めたのサ。
またアノ子は。土橋でもよく売た物さ。 祝鶴は新傘が むかふなり。


32
ねむさうな 声をして「祝鶴」新ぼう帰(けへ)らうじやァねへか。行ても
よしか。「新傘」淋しくつてなりやせん。御用のなくは
おいでなせへし。 といわれて。たはこ入 きせるを持。起てくる「祝鶴」おかなさん。女で
女をだますのは。長局(ながつぼね)のこまよりは。おそろしひぞ。
「かな」おやかましくつてお気のどくたね。「新傘」壱盃(いっぱい)
お上りなせへし「祝鶴」酒よりやァ。おらがいきまを聞て
くんねへ。まづこうさ。かうじ町の象ほど有るからだを。
持て来ていふには。もしおめへに。願ひが有るといふから。

何だと聞けば。おめへがとんだ不通なら。どうでもつうくつが
出来るけれど。屋敷の鉄棒(かなぼう)。町の羽二重といふ仕うちの。
革はおりと見たから。打明て云ひやすと、おれをば番
所の。すゝはきといふ。雑(ざう)もつにたとへて。たのむから。なんの
こつた。不器用な。水鉄砲を見るやうに。しびらずとも。
いゝねへなといつたら。わやしが内のこゝろ安くする。女郎
衆が。年(ねん)明けでの。明日(あす)行やすが。おうぞ逢て来たう
ごさりやす。そればかりならいゝけれど。借りが有るから。


33
遣つて仕めへてへと。たのむによつて。行てこいと云った
れば。今に帰りやァかしねへが。それはまだ。がつてんずくで。
遣つたとおもへば。気もすむに、おのしがいざこざ。天馬がいびき。
琴孝が悪じやれ。やかましくつて寝らりやァせずと。
はなす所へ。お直は帰り。 せうじを明てはいり。「なを」有がたふこせへしたねへ と。祝鶴が そばへよる。
「祝鶴」あつかましい寄りやァがんな。蒲団とおればかり。
野郎の根付と云ひてへがどんな貧乏な道具屋でも。
こんなふとんに。緒〆(おしめ)もねへ。床(とこ)を明(あけ)てあるくのも。

大(てへ)げへ程が有るもんだ。今頃まで勤れば。と屋をして
居る。夜鷹でも、七八百に二八もくふほど。かせいで来る
時分だ。いけあつかましい四つ足だぞ。「なを」それだから
訳をたのんで行ったのに、四つ足とは何のこつたへ。
あんまり髭が多過(すぎ)やす。「祝鶴」まだうは事を云ヤア
がる四つ足は知れたこつた。うぬが床の中を見ろ。四つの
足の跡か有る。髭が多ひの少ひのと、意久(いきう)が似面(にづら)は
書くめへし、わいらがやうな替(け)へ玉と。口をたゝくと


34
夜が明くる。新ぼうおれは帰(けへ)るによ。「新傘」そんなら
腹を立たずとも、壱つ上つて御出なせへし。「かな」お直さん
も寄んねへな。わつちがかんをして来やしやう。 とおかなは てうしを持
下へ行。琴孝は此さわぎを 聞。おきてくる。おそのもくる。「琴孝」もふ帰(けへ)るかおれも行ふはの。
「新傘」おめへはあしたで能ふごせへしやう。「祝鶴」いんにや
用が有るから行やせう。 おかなはかんをして左の手に。茶つけを。 手しほさらに入て。持つて来る。
「かな」サアひとつおあがりなせへし、あをつきりで。初(はじめ)
やしやう。 と茶わんへ少しつぎ。のむ まねをして。祝鶴へさす 「祝鶴」いゝかんだそ と皆々 少しづゝ

呑支度 をする。「琴孝」アノ宗匠はどふするの「新傘」置ひて
行てもよふごせへせう。「琴孝」それでもしらせて
行かずは悪るかろう と。みな/\支度 して。天馬が床へ行「祝鶴」目をさまし
ねへな。おめへはあした帰つても、能かろふぜ と。いわれ目を さまし起かへり
「天馬」大きに酔つたぞ。モウ何時(なんどき)だ。あした組合の内に、
評(へう)ものが有るから。帰(けへ)りやせう。コレ帰るぜ起ねへか
と。おみををおこす。 目をこすりなから。「みを」まだいゝわな と云なから。のびをした その手で。髪の物をかぞへる。
是は。人の悪ひ客の。ましり来りし故。もしも あげられもせんかとの。仕うちなり。「天馬」サア行やしやう。


35
と起てしたくをする。 女郎も起て帯をする「男」お舟は能ふござります。 四人は連立 下へおりる。
おかなは。新傘を眼へ呼。 ちいさな声で咄しながら「かな」いつ御出なせへす。お縫さんの
訳も有るから。はやく来ておくんなせへし、しま屋の
内の女は。なんと云つても。おめへのお心次第(しでへ)だから。
お頼み申やすによ。 みな/\草履をはく。 女郎四人は口をそろへ。「た、か、み、な」おちかひ内に。
と跡の無ひよふにいふは。客の帰るをうれしかる。古来よりの捨ことばなり。 みな/\連立。門を出る。起し番の茶やの男は。てうちんを持ち。先に立。
「祝鶴」今夜のよふな。いま/\しひ晩はねへ。「琴孝」
そうさのふ。この腹いせは。裏屋ぐらか。すそつぎで。
「新傘」後篇にそれは「天馬」待ち給へ/\。からすが カア/\ 子息(むすこ)の
耳に鐘は上野か浅草歟 (おしまい)


裏裾 小きれ商ひ  近刻

諧謔 ほこりよせ  近刻


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目録 板元 江戸堀江町四丁目 多田屋利兵衛

廓の大帳(くるはのだいてう) 全一冊 山東京伝
 まつさきの茶わんに丁子屋
 の世界をとり組ちよつと
 ひやうし幕のうはさ咄なり

婦美車紫鹿子(ふみくるまむらさきかのこ)全 再刊
 諸所色里の風俗意気
 方をたづね所かはれば
 品川の穴をさがす

廓中奇譚(くはくちうきたん)全 再刊
 全盛の君がまことに辻
 君の情をまじへてうちん
 につりがねと云たとへは同じ


37
辰巳の園(たつみのその)全 再刊
 深川のさはぎは気を天井へ
 あげきせる閨中のこんたんには
 気うつやにをとをす

 山東京伝
洞房妓談(どうぼうきだん)繁千話(しげ/\ちわ)
 しげ/\野話になぞらへし
 当世ひつこぬきのうがち
 しつたぶりきいたふうの
 あそびの正うつしなり

 田舎老人著
遊子方言叙 全 何れもさま御そんし 通書のはしまり也

 蓬莱山人著
美地の蛎売 全 これも何れもさま 御そんしの書なり