仮想空間

趣味の変体仮名

夜半の茶漬

 

読んだ本 https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2534189

参考  https://www.wul.waseda.ac.jp/kotenseki/html/he13/he13_03992/index.html


3
牛込御たんす町
  近江屋 吉右衛門

(挿絵)
傾城の
賢なる
はこの
柳かな


4
江戸 京伝叙 山東鶏告 山東唐洲 両筆著

夜半の茶漬(よはのちやづけ)

  序
誰(た)そや此夜中に
?(さい)たる門(かど)を擲(たゝ)くす。
行暮(ゆきくれ)たる修行者か。
たゞしけんどん蕎麦の


5
門違(かどちかへ)か。同気もとむる
鶏唐の両子一巻を
懐にして来り。予に
校合をせよといふ。三
人寄て文殊にあら

ぬ。ふたり一坐へきり
かけし。紋日を逃る
智恵ぶくろ。はたく
といふは本屋の
禁句。きんく万部(ぶ)の


6
書をつむとも。女郎を
ころす秘密の伝は
此一冊にとゞめたり。
客と女郎の腹に
よくはいりし

如き茶話(ちやわ)なれば
夜半(よは)の茶漬と
題号して。世に行ふ
といふことを。廻し
行燈(あんど)へ楽書(らくがき)す


7
ことしかり
     山東京伝
 天明八戊申春

○かけ合の序  ●けいこう ▲唐洲
●けいせいに。かはゆがられて。うんの
つき▲いはんや。まことあるに。を
てをや●しかりといへとも。まこと
がなくば。おもしろくも。なんとも


8
なし▲あるもかなり●なきもか
なり▲あると思へばあり。なきと
おもへばなし●こゝにおいて。あ
そびの。たることをしれと▲●此
一冊のはじめにするす

夜半の茶漬(よはのちやづけ)
  ○発端
番所才兵衛がともし火は。堤(どて)八丁の澪(みを)
標(つくし)ともいゝなん。五十間の砂利(ざり)に青海(せいがい)
波(は)のさまを見せ。衣もん坂より大門へ
入来る人を小舟と見立しは。こがれよる
との心にやと面白し。四郎兵衛がかためし
関のことぢも。そら行雁のたよりかと


9
見れば心うかるゝ物から。家/\の鬼簾(をにすだれ)の
青き見わたせば。風にしらふる松原か。爪(つま)
音(おと)のかすかに聞ゆるも。胸ときめくわざ
なり。行かふ契婦(きみ)が挑灯は。用水の桶
にくらべ。駒下駄のからり/\はならくの
底までもひゞき。釜のふたする赤鬼
が心をもとらかすべし。けだしつまの
七重八重にはうきおもひをつゝむぞかし。

黒仕立は晦日に月のでぬすがた。女郎の
まことをわがものにしたるにやとおかし。
きのじやに四季のはなをさかせ。見世に
夜の錦をかざる。下りいすといふ禿の声。
はや座敷/\もおさまるよとおもへば。いつ
のまに大門はとざしぬ。引四つの拍子木
せわしく。一度に見せを立鳥のむし
はまぐりにやよびつれあつまるらん。さは


10(挿絵)
行燈の
たらぬ
座しきに
たにし 鳴く

琴二
   京伝酔画


11
がしけれど淋敷(さみしき)ものにおもひなさるゝ。
更渡(ふけわたる)夜(よ)やあんま針。ねむそふな三下り。わけ
は聞へぬむつごとに明て行よやむらがらす。
かわい/\の一盛(ひとさかり)名代の客たいくつのあまりかみ入の間より 小冊を出し見ている所へ名代のしん来り
「新」ワリヤアなんざんすへうらなひの本なら。わつ
ちにまち人を見ておくんなんしおかみんす「客」
そんなもんじやァねへ。けふ観音の地内て見あ
たつたからかつてきた「新」わつちにちよつと

おみせなんしナ「客」まちやこれはてめへたちの
いろをするあなを書たものだ「新」いやだねつ
れへヨなんだかよんでお見せなんしへ「客」そんなら
あんどんをかきたてや しんぞうはかんざいてかきたて あんどうのかみつつさしてふき「新」
サア早くおよみなんしな 其文曰
  ○美濃近江寝物語(みのあふみねものかたり)
それ屁はこゝろしてひるにしかず金はいかして
つかふにしかず。いきた金とてものいつた


12
ためしなく。死だ金とて幽霊にもなら
ねど。たゞころすといかすとは。かの屁玉と金玉
程のたぐひはあるなり。ころすといかすとはなんぞ
出賀の帳の紙かつをふやし。帳場のぬり?
のばせきをふさげ。角屋敷を棒に振(ふり)て
伯父にもつたる両替屋が下やしきにをし
こめられずんば其いきしにはしるべからず。
耆婆(ぎば)扁鵲(へんじやく)といふとも。金銀の脈ばかりは

しれがたきものなるそかし金をいかしてつ
かふといへは倹約する事をのみ心得たるもあ
れど。此廓に入ッてけんやくといふことなし
吝嗇の人はかならず此里へ入べからす。さりとて
傾城は金でかふものにあらず。意気地に
かゆるものとこゝろへべし。あそびつくして
悟るも可なり、酔(え)ふてくるうて遊ぶもよし
と庭のたき火の元旦より蛤うり来る大三十日


13
まてよしはらをうちとさためたる二人の
遊客(ゆうかく)あり。一人は美濃(びのう)一人は近江とてひとつ
ほたて貝のもの喰ひあふ友にして。桃(とう)えん
に義をむすび文の口上書にも。たがひのこと
つたえはのかれす。断金の交りをなしけるか
一日秋の夜の長きに宵のにばなのさまた
げて。ねそびれたる余りに。美濃は枕をか
たよせて。コレ近江子公(きんこうしこう)は一町めに。いろができ

たそふだのちつと新文句を聞てへのナアニいろか
事もてへそうだ。いさゝかなことさ。いさゝかな事も
すさまじい。くひかくしはつみかをもい?に
ソンナラはなしやしやうが。はなすもうぬぼれ。
咄さぬもはにかむやうなり。むさしあふみじや
ねへか。かゝる時にや人は死ぬらんだ。名はいはすと
せうちでござへしやうが。なか/\にてめへにこ
てのきいた女郎さ。せつてへあの女郎の所へわつちか


14
はむく屋敷からためになる客かいきやす?
此間も其客と一所にいつた所が。わつちは
いつもあける振袖で座敷にしやれて
居るうち。女郎のつらつきがとふもあして。何
かむしやうに茶碗ざけをあをつたり禿か
手玉の石をとつて。らうかへなげ出したりして。
何か心のうちてわつちにあたるあんばいさ。其
客人はいさいせうちせぬといふものだから。

わからぬかほつきをして居るそふするうち
客か小べんに立たから何かなしに女郎をつか
まへて。でhぶおかしなたちまわりだか。どふ
したのだといつたら。うつちやつてをきな
んし。わつちか腰手でするしうちさと。つん
として居る。わつちもぐつとしやくにさわつ
たから。ぶみのめそふと思ふうち。客かかへつ
てきたから。そしらぬかほでよそ事のやうに


15
其客にむかつてのはなしに。モシ今おいらん
のとこにもはなしやしたか。わつちやこんや
はとんだかんしやくな事のあつた晩さ。此ごろ
いさゝかな恋路ができやしたか。さつきそいつ
に中の町であつたところが。だれにかしやく
られたそうで。くずと見せるしやうぐの
餅を見るやうにむしやうにぷり/\するから
ふみのめそうと思ふうちえんりよな人が

きやしたから。それなりにしてこゝへきや
したなんとわからねへ女郎だねへといつたら。
客はすこたんといふものだからほんの事
だと思つてマワありかてへふめのめして
やればよかつた。くやしいことをしたと。うぬ
がいひかたのうわさをすることも知らねへ
で。あげぎせつで居る。女郎もそらつた
ばけたかほでいふにやア。それたかたしかに


16
其女郎しゆも。おめへはんのしやうわるをし
なんすのを。聞だしたからの事ておだんし
やう。それは女郎友(?)が尤さと。又よそごとに
云うちがふた。そふこふするうち床をおさ
めて。客はおもて座敷のちかづきの客
の所へあそびに行。茶屋はもとよりうす/\
しつて居ることなり。坐しきの新造はとり
もちのこと故みな/\はつして行跡て

女郎をつかまへて。床のうちへひきずりこん
で。物もいはずに髪をむしつて。くしかふがへ
をおつぺしよりの。ひざの所へひきよせて。枕で
三つ四つよこつつらをくらわせて出てくる。
女郎はおきあがつてすそをひきとめる。拍子に
おくりものゝ。角(かく)びらをひつtくちかへして。そこ
らは紙くずのたまごばりをこしらへた様子。
らんちきのさいちうへかの客の声がするから。


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わつちはれんじづたへにをく座敷へにげて
しまつた跡へ。客が来て見た所が其様子故。
あきれてものもいはずに居る。こゝを女郎が
でへぶでかしたに。、てへげへの女郎だと化のかわを
あらはす所だが。ふつと平気で。その客の
胸ぐらをとつてひきよせ。モシおめへはんは
うら見な人でおだんす。なぜわつちを此様に
しなんしたと云。なを客はあきれててめへ

気が違やァしねへか。此ざまァマアなんのことだと
はやかんしやくのめつきを屁ともおもはず。
気もちがふはづさ。何をかくしんしやう。宵
から名代の客人がおだんしたが。あつちへは
ゆく気も無いから。おめげさんにことわりも
しやしなんだ。其客がこのごろぢうおめへ
さんのことをせいていやしたが。今夜もおめへ


18
なんだいをいひかけたを。新造故にいゝか
げんにくるめさせて。おきいし文が。今おめへ
さんがおもて座敷へいきなんした。たとへ
つけこんで。わたくしをこんなにぶちんした。
これもみんなおめへさん故でおだんす。これ
からはあの客づらへたてひきだから。おめへさん
をよびとげねばなりひせん。おめへさんも
そふ思つて居ておくんなんしと。ひざへ?

たれのなき声をだしかけたから。客は
其一句でぐつところされて。そふいふわけなら
をれもたてひきだから。りつぱにして
きてやらうといふさいちうへわつちはねま
きのまへをび。新造の床から来たかほで。
てへぶさう/\しかつたがなんだへと。屏風
のうちへかほをだしたれば。その客がいふ
には。近江(きんこう)か聞ねへ。こう/\云わけたはな。


19
とんだ客があるものた。それはとんだ事ね。
おいらんどこもいたみはしやせぬかと。しらを
きるうちがふてへしうちさ。うぬかをもいれ
ぶつてをいて。いたみはしねへかもすさま
じひねと。のり地ではなせば。美濃(びのう)がなる
ほどこいつはおもしろ狸だはへ。わつちが
二丁めのせけへもあじに成りやした。それ
にまわし方(かた)がかけびにが出たから。その

まきぞえで。二十か三十のはした金を。
ない所からやかましくいつて。ニかいがふさがつて
居るから。わつちもとんだうつている頃さ。
きのふきやうに用があるから。中の町までこ
いとよびによこしたから。七つまへから下(しも)の
てれん茶やへいつた所が。そふ来て居る様
子故。ニかいへあがつて見た所が。手あぶりの火を
あつらへやつたり。こつちへやつたりしていたが。


20
こゝへ来なんしとまねくから。コレたいそう
らしい。きやう用たァなんの事だといつた
所が。いゝへじつは用もねへが。あんまりあいてへ
からよひにあげんしたのさといふから。べら
ぼうめほんい用があるかと思つて。まじめな
ようを流して来た。いゝきぜんじやァねへかと
いふうち。小ゆびのかみでまいてあるを。につと
見付たから。コウてめへゆびをどうした。コレ?

夕部ほたて貝をおろすとつて。やけどをし
いした。ムゝそりやあぶねへ事だ。薬でもつけ
たかと。わざとそしらぬあいさつをしたれば
モシヘじつけふよびにあけたは。此ゆびのわけさ
何をかくしんしやうわつちやゆびをきりん
したと。平気で云から。わつちもぐつと
しやくにはさわつたが。様子の有りさうな事だ
と思つて。わつちもおなじく平気で。


21
ムウそれに付て用とは何のことだ。されば
さ。マアもつとそばへおよんなんし。おめへも見
なんすとをり。わつちも夜具をしねへけ
りやァなりんせんが。新造をだして間も
ねへ事で。みんな客人にも手をおわせたから。
つえにも柱にもと思ふは。まだ中橋の客人
ばかりておざんすが。つね/\゛おめへとこふ云
わけをしつていやすから。こんどゆびを切ッ

たら夜具をしてやらうト。なんだいをいひ
かけて。ぎりつめできれいににげるあいさつ
たから。ふびんと思つておくんなんし。夜具
のかはりにゆひをきりんしたと。なき声で
いふから。わつちかいふにやァ。コレわりやけがらは
しいこんじやうじやァねへか。何屋の誰とたい
そうな名を。付て居る女郎の様にもねへ。わづか
五十か六十の夜具のかはりにゆびを切るとは。


22
あんまりはかねへこんじやうだ。ゆひを切る
くらいなら。なぜおれがところへいつてよこ
さねへ。たとへかけが残て居る程のしぎな
れば。高利の金をかりてなりとも。そうは
させねへあんまりわりやァをれを見くびつ
たな。コレへあんぼしやつつらがうつくしくつ
ても。女郎のくびにほれる美濃じやァねへ。
心いきにこれほどれも。おもしろい所かありァ。

命でもやるわへと。例のわつちが流儀で。くち
ぎたなく情(じや)
のある文句をだしかけた所が。女
郎といふには。ホレニそふいひなんせばわつちが
はやまつたはわるかつたが。それもおめへの身の
うへをさつしてかばう心からさ。かならずにくい
と思つておくんなんすな。そんなら此事をい
つてやつたら。つがもしてくんなんす気で
おだんしたかへと。云から。しれた事だどふでも


23
する気たわへといつたら。又ソリヤほんの事
かへとくどく聞から。べらぼうめしれた事だ
わへといへば。聞キねへホンニうれしい心いきでおざん
す。そんならモウあさぎの頭巾をぬいでおめに
かけんしやうと。小指の紙をすつぽりとぬいて
見せた所が。ゆびはなんの事もなく。サア今いひ
なんした通り。ほんに実(じつ)があらば高利と
やらの金をかりてなりとも。こんとの夜具

をしておくんなんし。それができねば今云
通り。あの客人にゆびを切って夜具をして
もらわねばなりいせん。かたわものにする
もしねへもおまへの心しだいておざんすと。い
はれた時は。わつちもぐつとへこんで。アゝあんま
りつよみをいはねばよかつたと思つたが。こい
つはこゝでへこんでは心を見られるト思つたから。
ムゝそれでへめへの狂言がきこえたわへ。


24
此ごろおれに秋風だから。けへりがけのだち
んに。ちづめで夜具をさせて。突だそう
と云あく心(しん)か。それとしつてもいひかけられ
たしやうがにやァ。たてひきだこんやぢうに
夜具をこしらえてやらう。しかしそれに
きれ文をそへてやるからそうおもへ。それが
出来たら、オウおれに用はあるめへ。早く
けへりやァがれ。そばに居るもけがらはしい。

とふみのめした所が。おめへもくちのゆうにもね
へ。きれる人に夜具をしてもらうやうな女郎
でもおざんせん。そんならあつちの客人に指
を切てやるまでも無く。おめへときゝれば得
心だから。見事こしらえてくれんす。夜ぎ
はびらうどにしやうか。にしきにしやうか。ゆるり
とあそんでおいてなんしと立てゆくから。勝
手にどこへでもうしやァがれと云ながら。うちかけ


25
のすそのうへゝあぐらをかいたものだから。ゆき
たくてもゆかれねへはさ。それからわついか紙入
の中から。例のきしゃうを出して。すでに
火ばちへぶちこんで。くさぶえの下野て物
がたりにならうといふとことへ。茶屋の女房
がとんで来て。ひつたくつたまきおさめ。かな
らずはやまつた事をなさりやすな。これは
みんなおいらんが。おまへの心をひいて見る狂

言の大帳さ。夜具はすつぱり中橋の客人
の方から出来てきて。今晩敷ぞめでご
ざりますと。跡は笑になつてしまつたが。
モシなか/\新手をだすもんだねとはなせ
ば。なる程あの傾(けい)も極(ごく)の字が黒くなりやしたと。
いづくも女郎買のはなしほどのりのくるものは
無く。二人は目を皿の様にして。はなしやむ
べくもなく。近江(きんこう)がモシ美濃(びのう)さん其指で


26
思ひだした。わつちがゆびの中買をした咄を
しなんだが。わつちがしつて居る江戸がみに
文車(ぶんしや)といふものがあるが。神田へんの客に犬(けん)
悦(えつ)といふものが有て。さる座敷もちにこ(三?)の
春からなじんてゆくが。いつでも此文車をつ
れてゆき/\した所が。いつしか文車に此女郎が
ほれていろ事になつたのさ。犬悦は其事
をゆめにもしらねへで居るが。此ぢう此客が

口の舌のうえへでゆびを切レといつた所が。すのこん
にやくのとのがれたがるあいさつだから。ぐつとあ
つくなつて。おれもいひかけたからは。きらず
ばモウゆくまいといひだしたが。此客がゆかねへ
けりや文車もいろができねへから。女郎に云
には。コウ手めへこんどゆひをきらねへけりや
犬悦さんがきれるといはつしやるから。こゝは
おれがためをおもつて切てくれろと。頼た


27
所が。女郎は文車にほれて居るといふもの
だから。なるほど犬悦さんに切る気はない
が。おめへに切るきできりんしやうととく心
して。きるといふにきわまつた所が。文車が
わつちが所へ来て相談するにやァ。モシ近江
さん。こんどこう/\云事がござりやすが女郎も
じつが有てきらうといひやすが。こゝをおめ/\
ときらせてはわつちが。あんまりちえがごぜへ

せんから。こゝがおめへのちえをかりるばだが。指
をきらせずに。丸くおさめる工夫はあるめへ
かといふから。なる程そこにいゝ案じがあるめへ
ものでもねへが。其客もそふいふ云がゝりにな
つては。きらずはせうちしめへが。こゝに一つ
おもしろい案じがある。どうぞ其女郎に
金を五両ださせねへ。それが狂言のすぢに
なる。これはおれがしつた廓(てう)のうちの者だが。


28
さる新造と色事をして居る所が。其新
が大ほれにほれて。指をきらうといつたを。
きらせてはくひつきになると思つて。そう
するにもおよばねへと。にげ口上をいつて置
た事をちらときいたが。こいつにのみこま
せて其新造にゆびをきらせて。身
がはりにたてるしゆこうはどうだ。此地いろめが
ひんこうといふものだからゆびが五両になれば。

此物まへうかみあがるから。そんな事でもする
気だ。其新造もほれてきるゆびだから。
ほれた男のうかみあがる事なら。それとしら
ずにきつてもしんじつはとゞくといふもの
だ。さすればつみにもならねへ。そこえ其
ゆびを犬祝大じんにあてがへば。公(こう)がはたらき
も情(じやう)も見えるといふものだが。こいつはどふだ
といつたら。それは妙按(めうあん)でござりやす。そん


29
なら五両と其指とひきかへにしやうしやう
と。うれしがつてかへつた。それからわつちが其
地色にのみこませて。とう/\新造にゆびを
きらせて。代金五両をとつてやつて。犬祝が
方へはいついつかにいよ/\切るからこいと。女郎の
ほうからよびにやらせて。来た所がゆびきり
道具をとりあつめて。おさへてはざしきの
新ぞう。きりては文車。犬悦が見ている前

でゆびのかわをすこしかけて切た所が血がすこ
しでる。かねて例の身がはりのゆびを床柱へ
くつつけてをいて。ヲヤゆびがどこへかとんだと
そこらをさがし。とこばしらに付ているゆび
を見付だしたかほで。うまく一ッはい身が
はりをくわせたのさ。犬悦もめのまへでされ
狂言だから。すつぱりかゝれて。そのうへな
らず其指をさけにひたしてのんでしまつた


30
のさ。此野夫もちも此しんぞうもひとつ内の
女郎だが。ニかいでさへ此狂言をしらねへで。此ごろ
わつちらがうちでふたりゆびをきつた。女郎
しゆがござんすと。わつちがまへでうわさす
るをしゞうしらをきつてしまつたが。指を
きつた新ぞうが。虫がしつたそうで。かの地
いろにいふにやァ。わつちがゆびヲどふしなん
したもつて来てみせなんしといゝだして。

わつちはこまりやしたとはなしたが。
それからどふしたかあとはきかねへ。なんと
女郎けへもこわへせけへになりやしたと。
五分もすかぬ手がらばなしの。あとだれ
てくさぞうしなら。ゆめさめやうと
と云ばを。ふたりはよう/\ねつきけ
れば。いびきの音とからすの声の下野
にて。あかつきのまくはあきぬ


31
  ○
 ある夜此二人のものがたりを。壁
 ひとえこながにてよもすがら聞
 ぬ。まことにはくじやうの世の中。
 これを思へば女郎のうそもみな客
 のいつはりよりいづるところ。きやく
 ほどうそはつかぬけいせいの一句よく
 此じやうにかるひ。ぐわんそ花紫が

 歌に
このはてもよそに心をかけはしの
わたりくらぶる人ぞうらめし
 と称しけるもむべなりと。こゝに
 書捨て。川竹の流れのたきつ
 瀬に。その耳をそゝぎぬ

夜半の茶づけ大尾


32
後序
此みちの不通に此道を釋(とく)は
絵にかける女郎の胸づくし
とつて。うのみいふにひとしく。
此みちの不通此書を見る
とも。紅毛人(ヲランダジン)の口舌を聞が

如くなるべし。通と不通の
本阿弥は。此両子に
あらずして誰ぞや。野暮の
見るもんじやァねへ。とをらん
せ/\
  玉むち来賀無礼亭
  にをいて跋す


33
武州勝鹿郡須崎町
  近江屋 太郎兵衛

うし込 近吉