仮想空間

趣味の変体仮名

信州川中島合戦 第四 第五

 

読んだ本 https://archive.waseda.jp/archive/index.html
     浄瑠璃本データベース ニ10-02296

 


65(左頁)
   第四
秋の山 もみぢの床に おしかの寝たよ しほらしや 立ぬきに
露霜おりし にしきは山の もみち葉 もみち葉のながるゝ川を
渡らば にしき中たへんエイソリヤ 子鹿の わたらは中たへん こうきん
しうの秋の迄 しら根がふもとのなみ木のもみぢ 落くる鹿を
いとめんと 心もたけきますらおの やさけびの声ひゝき入天
もく山の 森のかげ 高坂だん正原五郎 左右に別れ白木の弓


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にとがり矢つがひかり廻す 信玄高殿のすだれ押やりきつと見給ひ
ヤアけしからず 余人のせつ生をもいましむへき身を持てはういつ
千万 我ぐん法くふうの此高殿をたてん為 当山を切ひらかせしに
山神のたゝり天々のしやうけ 狐たぬきのわさはひ 天も山のへんげ
ばけ物と 一国他国恐れしゆへ我山神をいのり当山せつ生きん
ぜいのちかひを立 一千首おわかを詠ぜしかば 俄に和歌は天地をう
ごかし 鬼神もかんするいとくにて 山神の怒もとけへんげのたゝり

もしつまつて 高殿をはじめ休所迄悉じやうじゆし春の花の
あした秋のもみぢに心をすまし ぐん法のくふうにまきるゝ方なく 思ひ
をこらす所何ぞや弓矢をたいし 鹿をいんとは我こtバをかろしむるか 山
神のたゝり恐れずかさなく共子を思ひ 妻恐かねておく山に もみぢ
ふみ分なくしかの 心は哀と思はすや 武士も物の情けしる 後日を急
度つゝしめよと 弓矢にたけき信玄公 心とけたる顔はせも 則和歌の
徳ならん 高坂だん正まさのぶ 御前近くさん候 我々御きんぜいをそむき


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鹿の子の一つもいとむべき心ていに候はず わざと君の御とがめにあづかり
それをついてに勝頼公の 御不興申ひらかんための手だて 子を思ふ鹿の哀
をもしろしめされ おとこ女の中をやはらぐる和歌に御身をそめながら かけ
がへもなきわか君を二とせの御不興 痛はしや勝頼公 長尾武田は日月の
ことき中なりしに 数か度のとうしやう我不行跡よりおこり 両国のさう
どう民の歎せんひを侮ての御しうたんと ひそかにつたへ承はる 一旦のあや
まりは御わかげ 申さは有まじき道にもあらす 家中の歎勝頼公の御不興

御めん有 姫君を呼取給へは両国の悦び 咎は臣抔にめんじ給ひ御不
興御免下さるへしと ひたひを土にすり付/\申せ共 聞かぬ顔して返答
なく もみぢの梢打ながめそらうそ ふいておはします 原五郎まさとしすゝみ出
御ふけうのもとはみつつうのにくしみ 余所迄もなく御せんぞしんら三郎義光
殿 権の平太景成が娘にみつつうのふかうせき 世こぞつて存の所 みつ
つうをつよくいましめ給はゞ 御せんぞ義光殿の御子孫は君を始 人中へつらが出
されうか ゆるすとの御諚承はらぬ其内は 一寸も爰をうごかじとくはう


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げんくはごんの大音上 信玄くはつと御色かはり ヲゝ能事ならばしんら三郎を
手本にすべし いかにせんぞなれば迚 悪事を定規に勝頼が 不興ゆる
せとは不道也まさとし 立されやつと御きげんそんじ 高殿をおり給へば二人も
はつと指うつむき 詞なく/\立帰る扨はかれらは不孝の子はめくみ有 父
もやしなはずといふ本文をしらさりし 山神をまつるきよめの高殿 もろ
/\のふじやう聞かずといふ 大じのみゝをけがせしよな いでみゝあらひ清めんと
瀧の なかれに 「水をくみやらば ヨウゝヤ/\小川でくみやれ 小川小石川

ころびあふてころび/\ ころびかゝるトヨエ 風のしがらみ吹よせて魚
もにしきの下くゞる むかふの川岸(かし)をつたひくる しづの女ごの玉だすき
かたにたらひを置手ぬぐひの山下水をくんであらをよの 住吉の
/\久しき松をあらひしは きしによせくる白波のさつとかけてやあらふらん
衣がしろめばお色かくろむとよの/\ 手まづさへさるもみぢ葉の ながれ
に衣をすゝかんと/\ 花色衣のたもとには梅のにほひや ながるらん 水にみだれ
て恋草の ほせ共かはく隙もなき 我にはつらき月日やとうき世を か


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こちやすらへば おなじ思ひを 打のせて 草かるかごの二つもじ牛の角
もじすくな文字 つな手かり手の千草原まねくすゝきを呼かとて 爰に
こがれてくる賎の人めを忍ぶほうかぶり 互に顔を見つ見られ ヤア勝頼様
いつの間に やつれしすがたおいとしや なつかしやえもんの姫 昔の面影なき
ぞとよ くらうめさるゝ悲しやと共にしほるゝ涙の袖 しほらばふちと成ぬへし
我も高坂まさとしがはからひにて 此頃爰にかくれ住 まれのおふせに
此日数 つもりしうさの山々とせめてかたらん其橋を 渡りて爰へと 招け共

アゝおろか也此橋のそなたは父の御領そやゆるされもなく押付て土をふまん
も天地の恐れいまはし/\ なふ此国の土も木も主は君よりたれあ
らん 我ゆへつらき忍路の御いたはしや情なや みづからそれへと打わたす
橋にのぞめば アゝしばらく 橋な渡りそ渡る共あふ事かたきそのかみの ち
かひにそむくも大地の恐れ 扨は渡るも及なきめに見ぬ天のかけはしは
音に成共聞渡る 義理にうき身を からまされ心を つなぐかつらきや 久米(粂?)の岩
橋中々に 夜るの渡りも叶じゃねば 顔見る斗のふうふかや 我迚も其心つたへ


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聞ゆうし伯陽は月にちかつてちぎりをこめ 二つ夫婦のあふせを待給へ けふ折
からに 君が引牛の綱手のとりなりは かのけんぎうの姿よなふ そなたはおり姫此
橋は ふたりが中のうじやくの橋 とはたる風に山々の秋を吹越もみぢの橋 なか
れはいかに 天の川 年に一どのかたらひはたへせぬ中と聞物を 我はそれには引
かへて去年(こぞ)も今年も打とけて 寝る夜なけれは物いはず又くるとしもいか
ならん 頼は父の御不興のゆるしはいつをかきりぞと 二人はかつはとひれふして声

もおしまず 泣いたる 折ふしたきの水上にあつまる鳥の羽打音 ふり返り見給へヴぁ
瀧本に座をしめてみゝあらふ人の後かげ うたがひもなき父信玄飛立心の恋し
さも 跡にひかるゝ恐ろしさ 牛におほせし大小しつかと脇ばさみ 牛を橋に
追やり/\ せめてそなたは此牛引て草かる体にて父に近付 御不興御免
の御願ひ叶はぬ迄も念はらし 我と一所に有そとは見付られてもあし
がきの へだてぬ中も心から暫しは忍ぶ賎が家の内に 見がくえ入給ふ 信玄四
方をきつと見はらし あら面白の瀧津瀬や 夏三ふくの暑(しよ)をながしくる人


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まれに奥山の岩かきもみぢそめみだれにしきたち切心地して ほまれなき身
のほまれにはあつはれ住べき山路よな 去にても物にさへぎる眼のまへ
姫は夫の縁に引 牛の手綱をかいくりてそは近く なふ物申さん こぼくを枕こけ
衣 なはれに口をすゝぐとはくはたくを出しやうもんのきやうかい 正しく弓矢とる
お身の 何ゆへみゝをあらはせ給ふいぶかしさよととかむれば ムゝやさしき女のりくつかな
ながれに口をすゝぐ斗出家とはいふへからず 我子のふけうゆるせとのりひわき
まへぬ人の詞 聞たるみのけがれを 此瀧にあらひしがふしぎか げに御みゝの

けがれをあらひし水なれば 牛にかはんもけがれぞとせつかくよるせの綱手なは し
やんとたくりて立帰る 女性しばしと呼とゞめ 然らば我もふしん有 けかれをあらひし
水なれば牛にかはじと引帰るは 昔の巣父許由(そうきよゆう)にもあらず さもあれいか成人や
らん心ゆかしと問給へは 申上るも恥しながら我は長尾けんしんか娘えもんの姫 勝
頼さまとみづから親のゆるさぬ恋ゆへに 父と父とは合戦 余所に聞なしそ
われずと二年此かたわかれ けふ迄面を合せずいたはしや勝頼様 父上
御一人此しん山に引こもりおはします 若さう兵なんどの忍び入御あやまちも


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きつかはしく すはといはゞかけへだて切払はんと 同じく山陰に身を忍べ共 川より
南は父の領分 勘当の身にて父の御領の土をふむも恐れ也と 川をへだて
てお物語聞も見るもいたはしや 昔の袖の花もみぢ今はうき世のちり
あくた おとろへも自ゆへ今生のお情親子のじひ 御勘当ゆるされば笛
による鹿火に入虫 妻故しする自が命一つはおしからずと こほるゝ涙落
瀧津水の しら玉数そへり 何けんしんの娘とや 身を捨て勝頼が不興の
そせうは やさしやしほらしや さりながらかれにむかひて勘当といふ

詞を出さねば 今ゆるすべき詞もなく 又何をかんじてゆるすべき程のきぼ
もなし 勝頼が事はともかくも 御身の事は信玄何共見捨がたし 村上左衛門義
清がかひ一国の塩どめして 我くん中塩につき力を失ふ所 敵ながらもけんしんの
こんせい 勘介入道道鬼(どうき)が孝心を美賞し 数百駄の塩をおくられし心入
古今独歩の弓馬の達人 信玄何を以恩ほうずべき所をしらず せめておこと
の身のうへ 我身にかへて申ひらくべし 先此所に足をとめられよいさゝかそりや
くを存ぜずと うらなき詞に姫君も 扨は妻の勘当も御免有ずいさうと


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晦日の夜に満月見付しことくにて 只よひ様にと斗也 秋のならひの暮
はやく 山と山との中空に 入日はくらく出る月の 影をも待ず枝々に 光かゝ
ぐるとうろうは 夜る見よ迚やてらすらん あれなふ見給へ山々の 梢々を吹
とぢてちり/\ばつと さそふあらしに乱れみだるゝもみぢ葉は にしきをるてふ
山姫の糸のほつしと うたがはれきんしやうに花をしく 老もわかきも
一時のうれひをはらふ夕げしき 見てなぐさまんこなたへとやすみ 所に入給ふ
時に更行夜嵐の こすえをならすたにかげより かうべにかゝやくりんとうをい

たゞき身には千草の葉衣をかさねあゆみ来る足は大地をはなれこほく
の枝のあたりをはらひ けしたる姿の恐ろしや 勝頼きつと見御身をかため物
影つたひに忍びよる けしやうすはとしりめににらみ 付つ戻しつふみとゞろかす ま
さごまじりのおざゝ原さら/\どう/\くはら/\/\ けたてふみわり高殿めかけ
かけのぼる のぼしはたてじと 声をかけてむんずとくむを事共せず 一ふりふつ
て勝頼のかうべをつかんであがらんとす ヤアやはかおのれにまくべきかと つかまれ
ながらけしやうのまん中 つけ共/\身をひらき よこになぐれば五たいをはづし ヲン/\/\


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とうなり声 みぢんになさんとゆんづえ三つえ斗ぞなげ付る 勝頼ちうにてひ
らりとかへし又飛かゝりしつかとだく 山もひゞく大音声 丸は天地かいひやくさる田彦
の昔より此天目山を住かとす うでだてして後日にたゝりうくるな立
されやつと呼はつたり 勝頼かッら/\と笑ひ 猿田でも猫田でも組とめら
るゝはまぎれ物 サア神通できゆるか 我人力で打殺すか手ぎはを見んとし
め付られ あがくへんげを引かつぎ大地にうんとのめりを打せ なげ付らるゝ拍
子につれ かうへのりんとう木の葉の衣 乱れて落れば忽に 村上左衛門義清が

誠の姿大音上 天目山にへんげ有との世上のふうぶん幸に山の神の姿に
似せ信玄を討とらんとたくみしに 本意を達せぬ無念/\ てゝめがめいとのさき
がけせよと面もふらず切てかゝる 心得たりとぬき合一足さらぬ劔の刃音
姫君聞付 アレふもとに勝頼様義清とあぶなや/\と呼はる声 高坂だん正
原五郎 おとり出れば信玄公かまふな/\ ゆかば一所に勘当ぞと いはれてはつと
はきしみしふもとをにらんでひかへたり 勝頼の打太刀義清がめてのかた先胸いた
かけて切付られば うんとのつけにそりながら勝頼の高もゝなぐり切 両方手は


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おふ惣身はちしほくれないふかき秋の葉の もみぢをちらして「切むすぶ 有に
もあらず えもん姫ふもとをくだりにかけおるれば かせいと見るより村上左衛門心どま
くれはうがくわすれ 高殿さして逃あがればつゞいてあがる山の原 小石にすべりふみくじらし
草をたぐり木の根に取付 すむ月かげをしるべにて のがさしやらじを力声 跡をしたふ
て「よぢのぼる 下には姫君身をひやし 上にむんずと引組で上に成下に成
おきつまろびつ捻合ひしがはづみを打て高殿より はるかのふもとへころ/\/\まろび
はなれて 村上義清橋を渡つて逃のびんと 心ははやれど身はつかるゝ あゆむに橋の

めにちろ/\ なかば渡るを姫君勝頼橋の木口を手々につかみえいや/\とはね
かへせば かはだんぶとはね込たり つゝいて勝頼かつはと飛込 流にしたがひ水につれ 跡えお
もとめて「追かくる 義清も命から/\ なんなく向ふにおよぎ付又逃出るを にがし
も立ず取て引しき首ふつゝとかき落し 村上左衛門の尉義清を 武田勝頼討取たり
と呼はり給へば 父信玄思はすすつくと立上り でかした/\それこそ我子不興ゆるすと
の給へば 各はつと土にひれふし有がた涙悦び涙 めに見ぬ鬼神の仇たゝりも心に呑込
天目山 かひの白根のうごきなくたけくいさめるものゝ麩の心もやわらぎ紅葉ばのにしきに


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つゝむ親子の中 男女のかたらひも 皆此道よりなさけしるゝ 千しゆの
歌の御いとく かのつらゆきがことのはをあふぎて 今もかんじける

  第五
百度(もゝたび)たゝかつて百度勝つは戦(せん)の戦(せん)ならざる物といへり 武田信玄長尾謙信
四度のたゝかひ互角にて 既に永禄四年九月十日 五か度のたゝかひ劔の刃音
天にとゞろき 人馬のいなゝき大地をうかち勝負を一きよに定んと 川中嶋の
南北をかぎり西条山は長尾のぢん所 下米(あは)のみやは武田のそなへ信玄 せうぎに

付給へは 籏本の左そなへ高坂たん正まさのぶ 右そなへ原五郎まさとししゆうを
はかつてひかへたり 物見のぐん将染田三郎よろひにい付の矢をおいかけ 息を切て
はせ付 けんしんがはた本板がき其に切くづされ くり引に引しりぞく 後陣の大
ぜいを以て取かこみ給はゞ 討取は案の内いそぎ御せいをさしむけられ しかるへからんと
つげしらせ又ぢん中へ立帰る 信玄ちつ共聞入給はず いや/\ぶゆうのけんしんもろく引
べき様なし 車かゝり迚先手よりくり引に引 はた本行合様にそなへしはけん
しんが家のくん法 重ての物見を指うこくな/\との給ふ所へ 遠見のしそつ息つき


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あへず 敵ちくま川を夜の内に渡り 貝津の城の通路を取切赤坂山に
兵をふせ 思ひもよらぬ横鑓に板がき三郎穴山主膳 討死也と申上る されは
こそ思ふにたがはず 貝津の味方は敵の後を取きらざるか はたんぼ手見ずやとの給ふ
所へ かいつにおかれし伏嗅(ふしかぎ)の兵立帰り 原はいとのすけまさ国けんしんの後をかこみ 志
田源四郎大河するがを討取 板垣兵衛と心を合前後よりはさんで切立/\ けん
しんは犀川を渡つて行方なく 軍は味方の御勝也と申上れば 信玄軍扇打
ふり/\此いきほひを失ふべからず じこくうつすなまさのふまさとし 急げ/\との給へは

高坂だん正原五郎諸そつを引具し馬引よせしらあは はませかけ出す思ひもよら
ぬ そはかけより長尾けんしん是に有 げんざんやつと呼はるいきほひ雲に羽をのす
ひばりけのしゆん足 一もんじに乗かけまつかう二つに切付る打刀 信玄すかさずぐん
ばいうちわにはつしと受 柴居をふまへ床几をさらずひかは付入請身の勝 切込む
刀の虚々実々 けんしん呉子(ごし)がひじゆつをつくせば信玄孫子が心をねり 両よく
互角の大将/\自身のはたらき生死の境 めざましくも又あやうしし 払ひほぐす
刀の余り しんけんのかた先三寸余り切さげられ なかるゝちは瀧なせ共御はかせき手も


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かけず きらんばきられん顔(つら)玉しいけんしん馬を乗はなし おくしたるか信玄 迚も我に
叶ふまじき所存ならば 甲をぬいでかうさんせよ/\と呼はる声に たにかげより武田
信玄是に有と走くる出立なりかつこうぢつ共かはらぬ信玄二人 見るよりちよつと
謙信もあきれて詞もなかりしが よし/\二人の内一人は似せ者 いつれか誠の信玄
名乗てしんしやうの勝負せよと有ければ いぜんの信玄床几をさつて 老がし
らの甲かなくれば 山本勘介入道道鬼 二人の中に涙をうかへ 其御奉公に罷出る折から
老母申聞せしは 今甲斐越後たゝかひのまつさい中 汝を武田よりめさるゝこそ幸 長

尾のかしん直江山しろはいもとむこえもんも有心をあはせわか君姫
きみを御ふうふになし奉れ 互に名将/\の義をあらそひ給ふたゝ
かひなれば 両けのふゆうに疵を付ぬがくん法の第一 まさかの内は
一めいをなげ打御中なをし奉れ 此詞忘るゝなとくれ/\申聞せしも
今は老母かゆいこんと成 よつて数か度のたゝかひいつ迚も勝負は五つ/\ぐん
じゆつをつくすといへ共 御中なをし御縁をむすぶべき手だてを失ひ 母が
詞にそむく悲しみ 勿体なくも信玄公の御姿に出立手むかはず 一太刀きら


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れしはしゆしんの御身もつゝかなく かんえしんの御いきとほり
をなだめんため此うへの御あはれみ 山もと道鬼がくびを
めされ 両家たゝかひをとゞめたまうはゞくはうぜんの母が願ひを達
するよろこび 生ぜんしごの我めんぼくひとへに願ひ奉ると
なげき入てぞ申ける けんしんはつとかんじ入げに頼もししやさし
さよ あつはれゆみやの手ほんぞや 一めいすてゝ道鬼が願ひ
ほうぐにせんはきうせんのおそれ しんげんはともかくも

けんしんがたゝかひはこれ迄/\ひめがふけうもゆるすへし
と有ければ しんげんとてもそのとほりいしゆものこらず
いこんもなし ぶゆうもごかくぐんりよもごかく しなの一こく五ぶ
/\のわけ取 名を取ほまれ取弓矢も既におさまりぬ 道
鬼か悦び大音声 武田長尾わぼく相済(すみ) 若君姫君いざなひ申せ
とよはゝれば 直江山しろやまとのすけかうざかだんじやう原五郎 ひ
めぎみわか君御とも申 みなばんせいとよろこびこえしばしはなり


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もしづまらすしんげんのぐんばいうちは手にとりあへず けふよりは外
ならすうちわ/\とにはふれて ひめきみにくださるれば此よろ
こびも此さちの いんえんあつき小豆ながみつ かつよりこうへむこ
ひき手かひとえちごにしなのそへ 三こく一じやおやと子に
なりもしつまるときつかぜ つちもうこかぬあらかねのかはりおさ
まる大日ほん 地からはへもの木になりもの 百おくまんさい
すえかけて 何から何まて皆はんじやうばん/\ ぜいといとぞいわひける