仮想空間

趣味の変体仮名

浪花文章夕霧塚 第四冊目 

 

読んだ本 https://archive.waseda.jp/archive/index.html

     浄瑠璃本データベース  イ14-00002-603

 

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  第四冊目

浪速の京の中船場 よき絹着たる商人(あきんど)の軒をならべし道修町 藤屋伊左衛門と書しるす薬

種袋に名を譲り 了哲といふ閑隠居 六十(むそじ)の皺のよる昼も子は居つゞけの 里通ひ見せは

手代の万八が 拵へ薬製法の色品かはるしよざい也 了哲はおくの間に客を饗す隙を見

て 主の女房表に出 ホウ万八けさから精が出る 此中おれが受取て置た見庵様の注文黄耆(わうぎ)

 

蒼朮(さうじゆつ)コリヤ当帰にいたであろ 一丁目の小物からは麝香と龍脳 随分と吟味してやりや 榎(え)

並屋から薄荷(はつか)をおこせといふてきたぞや 夫よ水口(みなくち)やの隠居へ六味の地黄 コレ忘れずと持せてや

りや イヤもふ皆注文に引合せ 喜兵衛や丁稚共に持してやり 夫から直に得意廻り 日がくれずば戻

るまい ヤ夫に付き小栗軍兵衛様 大坂御用の次手 お立寄でござりましたが やはり奥にござりま

すかへ ヲゝ旦那殿が酒のお相手 酒(さゝ)が廻つたか今すや/\と寝入てござる シテ軍兵衛様がおつしやつた

無心 百両の金はおやりなされましたか イヤなふあなたの無心もさい/\故 了哲が色々とお断りを

申ていらるゝが ハテ夫はきつい思召ちがひ 何ぼさい/\でもあなたの御無心は お国の御用も同じ事

 

 

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でござります そして伊左衛門様に逢たいとおつしやつたが 呼に遣はされましたか ヲゝそりや夕部の事 そ

こへいのふといふておこして今になれど ホゝ何の戻らしやろ 内は野に成やら山に成やら 商が有やら

ないやら 外を家にしてどら打しやる息子殿 養子親へちつとぎりを思はしやればかふはない筈 殊に此

間の唐物(とうもつ)の高下にも 大分金を設損なふたと悔んでいるに 肝心の商売は有頂天 扇やの

夕霧に涎を流し 鼻毛の数をよみ尽され 伊之助とやらいふ子迄有と大坂は勿論江戸京長

崎迄も隠れがない 本に人参を蔵に積でもたまらぬといふた所は見事也 ヲゝそふいへは家の為悪ふ

は聞ぬが さりといふは爰の事 数年御用を承はるお国の殿様のおかげで 大まいの金を設た薬商売

 

其御恩有お国の御前様から 貰ふてござつた伊左衛門 尤性根が直らずば 勝手にせいと 連合い了哲

殿へ仰付られたげな 其時のやつさもつさも根は夕霧から起った事 スリヤ今に始つた傾城狂ひでもな

い 子の有事も知ている ハテまんざらの子供じやなし 独り手に合点がいたらつい戻るであろぞいの ソレ/\其様に

あまちやな料簡をしてござる故 親御達をだにせらるゝ お国での咄を軍兵衛様にきくたが 夫は/\痛い

腹で有たけな いやゝの/\ 首かころりと飛ぶとしたげな そんなこはいめにあふてさへ仕止(やま)ぬ傾城狂ひ もふ

えいかげんに追出して仕廻たがまして有ふとぶつゝけば ムゝ何といふぞ万八 伊左衛門を追出して仕廻は そちが

勝手に成ことでも有が イヤモさして勝手に成事もござりませぬ 夫に又しても/\ 其様に追出し

 

 

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たがる われは合点のいかぬ者じやはいやい コレお家様(えさん) 家の為をいふ万八 何で合点がいきませぬ 其訳をきくま

しよと角め立たるこつてう高 ヤアお客様の転寝(うたゝね) お目が覚るといひつゝ出る了哲 アゝおばゞもはしたない

嗜みやれと叱り付け 万八がいふ事皆聞た成程尤じや がこゝをよう聞てくれ 伊左衛門が真実の親父

衣笠只右衛門殿とは割れての懇意 其様子をお上にも御存にて 実父とは音信不通にして 此了哲が養

子に下された 其ぎりを思へば一旦女房持せ 其上にも直らずば 其時は追出そふが勘当せうか申訳

は明白 そこを思ふて人肝煎の与六を頼 何にも入らぬ とかく筋目のよい娘をと尋さいた所 幸かな谷町

藤の棚にいる浪人 是も元は阿州の御家中で口効た人じやげな 其娘を望んだ所に達て辞退

 

しらるゝは 仕拵へがならぬ故と有 そんならばと百両といふ金を結納(たのみ)にやつてのかため スリヤ伊左衛門にほだしを打

て廓通ひを留る思案 宿持の手代甚右衛門さへ あいそつかした傾城狂ひ そちらが目に余るも尤

急に女房持すもお国へのぎり 一旦立た其上ではハテ又思案も有ふ 精出してくれる万八 まめしげのない

奉公と思ふてくれなと口先で 堪納さする人つかひ 折から表へ医者乗物 三枚がたの看板も藤やが

軒に立させ 悠々と立出誰頼もふと案内す 万八かけ出是は/\ 何の御用でござりまする先おはいりと

手をさぐれば 身共長崎より当地へ参り 備後町辺におつて難病を療治致すに付 ちと求たい

薬種有て参つた 苦しうなくば内へ通ろか 幸親方も宿にいまする 先々是へとあしらへば 御免なれと

 

 

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薬店 ほこりかまはず座をしむれば 了哲は商上手 是は/\よふお出下されました 和薬唐物の品々

何成共仰付られて下さりませソレ女房共お茶云つきやと饗せば イヤお世話御無用 扨楊枝と申

て仰山な義でもない 薬種はたつた二味なれどむさとつかぬ秘薬なれば 他門へ遠慮致す ハア成程

/\ イヤもふ他門と申て 夫にいるは万八と申まして店の番頭 私女夫は隠居と申ながら此様に店のさは

い 一人も他門はござりませぬ 成程然らば能おじやる 求たいと申薬は 秋石(しうせき)と人魂(にんばく) まだ此外に加減の薬

も入なれ共 外は此方所持しておる 右の二色が貰ひたい エ夫はめづらしい二味共に秘薬でござります

る 成程/\ 手前本道でござるが 此間難病を受取申た いかふむつかしい療治でござる スリヤ其二味斗

 

御用ひなされまするか イヤ夫斗ではござらぬ 療治は身が家の秘伝 むさと明かす事はアゝいかさま 家の秘

伝とおつしやる筈 秋石といふ薬は 童溺(どうねう)を秋の露に交ぜ 石膏と以て製法致せば 拵へ薬の中でも

すんどむつかしい物でござります 又人魂は取訳てたしない物 いかにも能存じておる シテ二色共に調ひま

せふかな 成程/\諸薬の拵致せば事はかきませぬ 前々より嗜おりまする ナニ万八あなたに御麁相

は有まいけれど 御一げんの事なり お所をとつくりとたずねませい ドリヤ蔵へいて取てこふと云付はいれば 万八か膝

すり寄せ 惣たい遠い薬を売まするにはお所を尋 又は病の様子を聞た上 商ひますが薬屋の習ひで

ござりまする マア其遣ひ方病気 難病とはいか様な義でイヤ是は早迷惑なお尋 スリヤ病症の

 

 

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様体をいはねば サア薬が売にくうござります 是は気のどく 申さずば成まい ヤ必ず他言は無用 御内証も

聞かつしやれと声をひそめ 所は谷町筋 藤の棚に去浪人娘が一人ござる 器量は十人に勝れ発明で

器用で 女の業は抜け切ておる 時に身共其親達と懇意に致せば アゝ三日以前でござつた 其浪人身

を密に招き 此度去歴々より 百両といふ仕拵の金を越され 嫁に取らんやらんと契約は致したれ共 情

ない事は彼娘 飛頭蛮(ひとうばん)といふ病がござる 何とそ療治致しくれとの頼み 我抔が家の秘書にしるしござる

故 成程直して進ぜふと受合 明日ゟ療治にかゝる筈 夫故右の二味を調へに参つたが 飛頭蛮

いふ病は 今の俗にいふ轆轤首でござるはと 語るを了哲出合頭 詞のはし/\いぶかしく耳をすませば

 

房指寄ムゝ藤の棚にいる浪人とおつしやるか其娘の名は何と申まするな アゝいや/\ 名を申ては頼れた

絵画ござらぬ殊に嫁付のかまひにもなればいかゞ ハアそんなら年の頃はいくつ斗で 親御達の恰好はな いか様な アゝ

親父は四十余り 内室はモウ卅六か七か 娘はことし十九才 アノ藤の棚の浪人の娘が轆轤首 ハテいかふ恟り

めさるの 殊に難病の中でもろくと首といふは 首筋にねが有と申が 其娘の首筋から咽の下へかけ 赤(しやく)

白黒(びやくこく)の痣(ほくろ)が二つ 是が彼筋の代り 夜に成と其痣の根より 首がついと抜けて出て 屏風鴨居へ

によつととまつて 何が真白な顔で けら/\/\/\ハテ爰なお手代は気疎い顔して尻込 ハテこりやろくろ首

の仕形咄しじや 又腹の立時は ぎり/\/\/\歯切をしたり イヤまだこんな事でない さま/\゛の事が有ると打明け

 

 

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ての咄 時にと身共が療治でも直らぬか そこでは仕拵の金を寺を上げ 尼にするとの文談(もんだん) アゝ笑止な

事じやござらぬか 我抔も余り気のどくさ どふぞ直してやりたい故薬を買に参つた ヤこれ/\必今の噂

は是切 さたは御無用/\と 咄し半ばへ了哲立出 祖母(ばゞ)今のお咄の様子は サアどふやら今の所にちがはぬ様なお噂

ハテ気のどくにと薬を包で指出し 此二味の薬で其病が直りませふか イヤ/\最前もいふ通り まだ二色

三色加減の薬は手前に持合しておるてや 御てい主にも聞れたらば必さたなし ハテ百両といふ結納を取た

聟の方へ聞へては事の破れ 直してやつた跡でとつくりとお咄し申そふ どれ/\と薬を改め成程是々 音に

聞へた藤やの店程有 たらない物を調へて身も満足 当分の薬料爰に金子一両 仕おふせたらば又重ね

 

てしかりと礼に参ろ 過分にござると立上り 互に挨拶そこらに乗物「いそがせ帰りける 跡に夫婦が 興

さめ顔 ナント万八 今の咄の様子では サア申私も余りの事で いつそ挨拶も出ませなんだ 所といひ娘の年

迄違はぬは ヲゝそれ/\ 慥貰ひかけた娘の所に違ひはない なふ了哲殿 いかにも/\コリヤ万八 結納を持ていた時

少(ちょっと)でも気は付かなんだか サ付た段じやござりませぬ 赤いと白いと真黒な痣が見へました 藤の棚は纔(わづか)な所

浪人といふて外にはなし 娘の恰好二親の年来 割符を合したといはふか コリヤ嫁入のかづけ者 玉にかけられては

家の名折 憎さも憎し変改の仕様が有ふが アゝいや/\迚もなら訳をいはずと美しう ナフお祖母 ヲゝ夫いの

是迄隠し包だ病 白地(あからさま)にいふも殺生 親達の身に成てもいとしい事 どふぞ変改の仕様があろ アゝ申

 

 

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何の仕様ももやうもいらぬ 有やうに打明ねば あつちにも立の立ぬと理屈ばる 其上百両の金 取もぎに逢て

はならぬ ろくろ首のかぶせ物じやと ゆすらねば大まいの金が泥 ドレ藤の棚へいこふかと立を了哲引とゞめ マア待て

/\ 金渡したは廿日も以前何角の仕廻に入て手には有まい 結納と一所にやつた金 取戻すとはこつちのむり

ヲツヲそふでござんす共 貧しを合点で仕拵にやつた金 手道具衣類に切ほどき祝言の日をけふかあすかと

待つ所へ 金戻せといふたらば死ふ生ふにならふもしれぬ 変改斗で金の事は儘にしたがよからうと夫婦がうな

づく一間より イヤ其金取返さずば お国の御用商売が成まいと いひつゝ出る小栗軍兵衛 万八はしたり顔 様

子はお聞なされたでござりませう ヲゝ藤の棚の浪人といへは平岡左近 お国に勤むる時より 娘に異病の有

 

事一家中の取ざた 因果の廻りといふ物か 左近が親左太夫にはお家の重宝 定家の色紙を衒取られ 其

誤りにて左太夫切腹 御勘気を蒙りし左近が娘 ろくろ首でない迚も 縁組をお仕やつたら お国の出入商

売が成まいといふたは爰 仕拵の百両取戻さずば 彼御憎しみつよき左近 藤やの了哲が合力致すと申

上るが合点か 身が無心は畢竟殿の御用も同前さ 其無心は あの物のとすべらし 取返すべき金取かへさぬ

とは コリヤ了哲 老耄して殿の御志を忘れたの アいや其義はイヤサ其義とおいやつても 浪人の左近は合

力し剰へお咎のかゝつた者の娘と縁辺ハゝゝゝゝ 是さ身共が無心を用立ぬは お国の御用をかくといふ物 殊に

万八身共が甥 百両や二百両は覚有(?)ませふと ナフ万八 百両の結納を取戻して 身が旅宿へ持参

 

 

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せい 否といふとお出入をとめるが了哲何とゝ きめ付られ ハアゝ成程おつしやれば皆御尤 じたい娘を貰かけたも

躮伊左衛門が為じやと 宿持ちの手供甚右衛門が指図なれば 只今直に参つて変改をさえませふ ナニお祖母 おし

たく時分じや勝手へいて 料理をいひつきやいの早う/\ 万八御馳走を申すてくれ おりやいてきませふと心を

奥と表の方足早にこそ出て行 跡に二人が點(うなづ)く工面 内も外も上首尾/\ 国から惚たあのおとせすつて

の事にアゝあぶない事 万八万事を頼ぞこ目顔でしらせば心得て 変改にも直ぐにいて 金取もいでお前へ手

渡しヲゝぬかるな合点と門送りして出る所へ 様子聞んと以前の医者 コレ/\万八首尾は 是は扨官宅様

編笠てとんと見ちがへました 兼てお咄申た 則是が小栗軍兵衛と申て 拙者が伯父貴 是は/\初て御

 

意得ました 自今(じこん)は兎角お見捨なく イヤ/\其元のおかげを以て 嫁の変改イヤもふ此上もないお働

なんとようござりませうが よい共/\ 何角のお礼は シイ立わか れてそ「行すえは