仮想空間

趣味の変体仮名

菅原伝授手習鑑 三段目 茶筅酒の段

 

読んだ本 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/856508

 

 

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308
菅原伝授手習鑑 三の切

別れ行 春さきは在々の鋤鍬迄が
楽々と 遊びがちなる一農一番村では
年(ねん)古き人にしられし四郎九郎 律儀一遍
屑(?とりえ)にて管丞相の御領分 佐太村に手

 

 

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309
軽き下屋敷お庭の掃除承はり 松梅桜
御愛樹に土かい水の養ひも 根が農(ものつくり)の鍬
仕業(しごと)我が身の老木厭ひなく 幹をこやしの
百姓業(わざ)畑の世話より気楽なり 堤端の
十作が鍬打ちかたげ門口から 四郎九郎内に

かとはいるを見付 コリヤ十作 畑へか イヤ今仕舞ふ
て戻つたりや 嬶がいふには 何やらめでたい
祝ひじやてゝ 大事な重箱に眼へはいる様な
餅七つ 朝茶の塩にも喰足らねどもら
はぬよりも忝い 礼もいひたし 祝ひとはエゝ

 

 

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310
何でござる サイノ管丞相様のふつて涌た
御難儀 お下に住むおらゝが身祝ひ所じや
なけれど せにやならぬさかいで仕(す)るは仕る
が 世間へも遠慮が有で 彼岸団子
程な餅七つ宛(づゝ)配つたは 此四郎九郎七十

此春年頭のお礼に登つた時からが
年をお尋 七十と申したりや 古来稀
な長生き 其上めつらしい三つ子の爺(てゝ)
親 禁裏から御扶持下され 世倅共は
御所の舎人めでたい/\ 産れ月産れ日産れ


311
出た刻限違へず七十の賀を祝へ 其
日から名も改(かへ)とて ノウ聞かしやれ 伊勢の
御師か何ぞの様に白太夫とお付なさ
れた 即ちけふか誕生日(にち)白黒まんだらかいは
掃溜へほつてのけ けふから白太夫と云

程にあおふ心得て下され 夫はめでたい 序な
がら問ましよ 三つ子産と扶持下さる 其
謂れも聞かしやつたか サイノ死だ女房が産だ
時は辺り隣の外聞 ひよんな事じやと思ふ
たがもつけの幸い 三つ子の爺親 一代は作り


312
気の田地三反目 日本斗りじやないげな 唐
迄もそうじやてゝ 男の子なりや御所
の丑飼 女郎なれば東童(あづまわらは)とやら是も
御所で 遣はるゝ 法式は忝い物 旦那殿は
流罪なれど おらは所も追ツ立られず下

された田地は其儘そちの嬶も若い程に
産ますならおらにあやかりやと咄の中道
たどりくるは桜丸が女房八重けふは舅の
祝ひ日迚風呂敷包片手に提 嬉しや
爰じやと笠取ば ホゝ桜丸が女房八重か


313
早かつた/\ 外の嫁子も揃ふてくるか マア
上つて抱(かかへ)もときや アイ/\まだ皆様はお出
ないか 遅かろと気がせいて 淀堤から
三十石の飛乗 舩の足の速いので草
臥(くたびれ)もせず早ふ来たが仕合でござんする コレ

四郎九殿 お客そふなもふいにましよ エゝ四郎
九郎とは物覚かない十作 白太夫じや忘
りやつたかいの イヤ忘れはせぬわいの 餅の
祝ひとは格別 名酒呑ねばいつ迄も四郎九郎
ハレヤレ盛た酒を飲ぬとは 但はまだ飲足ぬか エゝ


314
ぬけ/\と嘘いふわちよ おらに酒いつ盛た
ヲゝさつきに盛た 樽や徳利は目に立つゆへ
餅の上へ茶筅の先で 酒塩打て やつた
ので二度の祝ひ済だじやないか エゝそれで
聞へた 嬶が酒くさい餅じやと云た 外へは

遠慮でそふ仕やろと おらは懇ろだけ 晩に
きて寝酒一ぱい お客是にと出て行 嫁女
アレ聞きやつか 今の世の人はきめこまかで
おらが始末の手目見付て 晩にきて寝
酒結(?たべ)ふ ハゝゝゝアゝせち賢い懇ぶり イヤ又お前も


315
余りな聞きも及ばぬ茶筅酒ホゝゝハゝゝ と嫁と
舅の睦じさ 梅王松王兄弟の 女房が
くる道草も 女子の手業笠に 摘込む
蒲公英嫁菜 枸杞の垣根を目印に サア爰
じやおはる様ヲゝ先へ イヤお千代さんからと 相

嫁同士が門での辞義合 白太夫おかしがり
一時に産だ三つ子の嫁共 先の道の所かい
八重がとふから待て居る どちこちなしに
はいれ/\ ほんに八重様早かつた ござんする
道なればはるが所へ誘ふても下さんあしよ


316
かと 待た程が遅なはつて心せきな道
つがら 千代様に行合て連立てくる
道てんがう けふの祝ひの浸しにと嫁菜
蒲公二人の仕業 其はよふ気がついた
はる様誘ふ物約束も 日足のたけたに気

せきして寄る事も忘れたに おちよ様
とはよい出合 サイナおはる様に逢たはわしが
仕合 賑かな道連 夫は夫じやが親父
様 料理の拵へ出来て有るかへ イヤ出来て
ない わごちよ(じょ・女)達にさす合点 こて/\と


317
むつかしい事は入ぬ けさ撞いた餅で雑煮
仕や 上置きはしれた昆布 隙の入らぬやうに
ゆでゝ置た 大根も芋もそこにある 勝
手は知るまい ヤアゑい/\と立上れば イヤ申けふの
祝ひはお前が目当 料理方の出来る迄

何にも構はず一寝入なされませ 勝手しら
ねど三人寄て何もかも取出す そふじやてゝ
立た次手棚な物おろしてやろ コレ/\是見や
祖父(ぢい)の代から伝はつた根来椀じや 折敷も
拾枚 おらが息災なも此椀折敷 堅地な


318
迚かんまへて手荒ふ当るな嫁女達 此
マア倅共はなぜ遅い 来る迄に一鼾と 体
を横に差枕堅地作りの親仁なり コレ皆様
何ぼうあの様におつしやつても 雑煮斗り
では置かれぬ 飯も炊ざ成まいし何はせい

でも鰹鱠 道草の嫁菜お汁によかろ
八重様ちよ様頼ます 此はるは飯仕かけふと
手ンでに俎板摺子鉢 米かし桶にはかり込
水入ずの相嫁同士 菜刀取て切刻み ちよき
/\/\と手品よく 味噌摺る音もにぎはしし


319
白太夫目を覚し コリャ伜共はまだこぬか
正月から知れて有おらが祝ひ日 油断せう
筈はないが ヲゝ此中誰やら アゝそれ/\ 今いんだ
十作が咄しには 時平殿の車先で三人の
子供が大喧嘩 聞いてかとしらしてくれた

喧嘩の様子嬶達はしつて居よ 車先
での事とあれば 時平殿に奉公すえう松王が
女房 爰へきて様子を云やと 名指にあふ
やはちよが迷惑 お祝ひ事済迄はお前
の耳に入ぬがよいと 三人ながら其心 いらぬ


320
事しやべられて隠されねば申ます 梅
王様桜丸様 二人の相手にこちの人 日頃の
短気云い上がつて兄弟喧嘩 したが気遣ひ
なされますな 三人ながら怪我もなく 其
場はそれで済たれ共 もちやくちやいふて居

られます はる様八重様お前方もそふ
であろ 気の毒な男の不機嫌 成程
/\ ちよ様のいはんす通り けふの祝ひを
いひ立てて兄弟御の中なをし 親御の
お詞かゝらいではと 男思ひの壁訴訟 エゝ


321
わごりよ達に問ふたらば知れうと思ふた
喧嘩の筋知て居ても云はぬか 同じ種腹
一時に生れた?でも心は別々 よふ似た顔
を二子といへど それもそれには極らぬ 女夫
子も有又顔の似ぬ子も有 マア大概

顔が似れば心もよふ似て 兄弟の中も
よい物じやおらが?共 誰か見ても一作
とは思はぬ 生ぬるこい桜丸が顔付 理
屈めいた梅王が人相 見るからどふやら根
性の悪そふな松王が面構え ヤちよが傍で


322
粗相いふた 気にかけてたもんな マア怪我が
なふて嬉しうおりやる 怪我次手に 孫めはまめ
なか 連て来て顔見せいで ヤアとかふ云フ中チ
もふ七ツじや おれが生れたは申の刻限 料
理も大かた出来たであろ 嫁達膳を出

さぬかい アイ/\/\刻限の過る迄連合衆はなぜ
見へぬ ちよ様八重様道迄いて見てこまいか
爰で待より三人ながらござんせいかふ ヤア嬶
達何いふぞい 子供共は来て居るわい アノ
きてじやとはどこに/\ エゝ鈍な嫁共 そこに


323
居るを得しらぬかい コレ三本のあの木が
子供木 梅王松王桜丸 顔は残らず揃ふ
て有 勿体ない管丞相様 くゝめる様にいは
しやました 生れ日の刻限が違やわるい
祝儀にはかげの膳も居る習ひ サア/\早ふ

と白太夫が いふに猶予も成がたく俄かに
盛るやら箸打つうあら 椀の向ふの小皿に?(ごまめ) 先ず
一番に親父様是でお座りなされませと
給仕は元よりならはねど見馴聞馴立
振舞八重が配膳御所めけり イヤおれも


324
あそこへいこ イヤ土間では冷えがあがります
やつぱり爰でと押し供へ 是から面々夫の
給仕膳を捧げて庭におり 此梅の木が
梅王殿 枝ぶりずんと日頃の形気 八重が
連添う男ぶり 木ぶりも 吉野の桜丸 是は

千代迄添遂る 女夫が中の若緑色も
艶々勢ひよい 松王殿で子達も揃ふ サア
親父様めでたうお箸なされませ ホゝなさ
れふ共/\親がいに座が高い 子供共へドレ挨
拶 ハテもふそれには及ませぬお加減のさめぬ


325
内 イヤ/\おはるそでおじやらぬ 親でも子
でも極つた仕儀作法と 庭におりるも
まめやかに樹の前に畏まり 子供衆 何も
ござらず共よふまいつて下されは親が折角
おりての辞儀 辞儀返ししたふてもいごかれ

ぬは知て有 爰で/\ハゝゝ嬶達餅をかやい
のと尻餅ついて悦び笑ひ 我膳に押
直り 箸を取るより ムウ/\扨塩梅じや味(うま)し
/\ 三人の嫁女達 給仕も片きせぬ
様に 三はいは喰合点で おしやらしまする

 

 

 

326
じやなんよへ ハゝこりや新しい三方かはらけ
誰が持て来ましたぞ イヤ夫は八重様の
ハテ気が付て忝い はるも何ぞくれるかい
ほんに忘れておりましたと扇三本袖
土産 中の絵は梅松桜お子達の数

を祝ふて 三本ながら末広がりめでたう
祝ふて上げまする コリヤめでたい忝い 中の絵
も咄しで知れた明けて見るに及ばぬ此儘/\
戴きますると機嫌にちよが袂から
是は切れの有り合でわたしが縫いた手筒

 

 

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327
頭巾 つむりにあはずは縫い直さふ お召し
なされて下さんせ ヲゝどれも/\不足もない
心付きなおくりやり物 ウアア盃も済んだは
おれが膳から上げてたも 子供木の膳は
盛った儘 喰たで有ふ盛直して コレ嬶達

二人まへ宛(づゝ)喰てたもや イエ/\わたし
らはまそつと待て ぬしたちが見へて
から打ちならんで祝ひ酒しよ そんなら
それよ おれは村の氏神さまへ参つて
来ませう そんならお参りなされませ

 

 

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328
ヲゝいきましよ 拵へて置いた十二銅 そこ
にあろ取ってたも 三本の此扇末広ふ
に 子供の生先氏神へ頼んだり見せ
たりせう ヤア八重はまだ参るまい 次手ながら
列(つれ)立ふ サア/\こちへと機嫌よう表を

 

 

 

佐太天神宮(大阪府守口市

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