仮想空間

趣味の変体仮名

夏祭浪花鑑 二段目 玉島兵太夫内

 

読んだ本 http://www.enpaku.waseda.ac.jp/db/index.html ニ10-01283

 

 

15 左頁
第二 殿の諚意を巻込だおやま絵の拝領物

治まる御代は国民に恵も深き泉の国 濱田の御城主東(あづま)より御帰
国と 上下賑ふ家中町 表びら敷一かまへお国詰の諸士頭玉嶋兵太夫
けふ御上使の御入と中間小者かはき掃除 庭の盛砂箒目に武
家の行儀を顕はせり なんと角内 お屋敷は此様にお客儲てませかへすに
若旦那磯之丞様は乳守の傾城に腰打ぬかし おとゝひからつゞと出られ
た さればいの けさから七度守の呼使でもお帰りない あのお身持が親


16
旦那の耳へいかば 久離か物はふらつく 仕舞はあなたの身の上を 哥さいもんで
やりおろと さがなき下の口のはに かゝる折節磯之丞二日酔を乗物に ゆら
れ/\て戎嶋お鯛茶屋より立帰れば おかちも跡よりいきせきと走付 コレ
お乗物すぐに/\と舁入させ 音なふ間もなく奥方は稚子の手を引て
とした遅しと一間を出 ヲゝおかち戻りやつたか大義/\ 奥様にもわんばく者
て嘸おやかましう思召そ イヤのふそなたのそだちがよさに年よりはお
となしい 此様な子を持は親の大きな気だすかり 夫レに付今奥で磯之丞

ヶ顔を見て 嬉しい中にも腹が立 是迄の放埓は若い者の有ならひと 父御の手前
は慎しが けふは殿様仰渡さるゝ子細有て 俄に御家老介松主計様の御出
此御用にはづれてはふたゝび屋敷へ帰る事も叶はず 品によらば夫にもいか成お
咎が有ふもしれず 其うきめを見る悲しさに 心一つでとやかくと案じ暮 親
子の縁もけふ限りかと そちが便を聞迄は なんぼう胸をいためしぞや 夫レは
お道理 嘸お待兼なされうとわたしも心せいたれど 何が御遊興の」最中な
ればほつかり共行れず 御家老主計様のお名をかつて どふやらかうやら若旦


17
那のお目にかゝつたれば お聞遊ばせかちではないかと 夫レは/\おめかどつよく 逢に
きたか異見にきたか アイと申上たらば かへらぬお心推量して お帰りのかの字も
いはず 遠合からの異見がお耳にとまり 早速お帰り遊ばした ヲゝ夫レは出かしや
つた 磯之丞が此家を相続するも 偏にそちが働 返す/\゛も忘れはせじ アゝ勿
体ない事御意遊ばせ 扨わたしがお使の役目も是迄 おかり申た此おにそで
奥様御免遊ばせと裲上着脱置ば 下ははれ着のもめん物畳さはりもし
とやかに 親子諸共座を押さがり手をつかへ 憚ながら奥様に お願ひ申上度

は夫の身の上 今さら改め申には及ばね共 わたしがお家に御奉公の中チ お屋敷へ
お出入の堺の魚売 團七殿と不義致したる誤りにて直ぐにお暇下され それより
堺の南の棚で夫婦友裃(ともかせぎ)の魚商売 何とぞ御恩のお主様へお侘申に けふ
よあすよと思ふ中に此子は出来る 世帯の世話にからまれ思はず御無沙汰
所に此度夫團七の難儀定めて聞及び遊ばそふ 去年九月十三日宝
の市の帰るさに 此御家中のお草履取と乳守の中で口論仕出し 相手は
主人をかふにきて酒機嫌の刃物ざんまい 何か夫レもきかぬ気なれば 先


18
の相手に手を負せ帰りしを 喧嘩両成敗と有て 相手も供に牢舎
仰付られ 事の済む迄大坂の長町 三河屋の義平次と申わたしが親元へ 此
子を連帰つて居ても 主の難儀を思ひやつては有にもあられず 泣きて
斗おりませしが 殿様御入国のお悦びに 数多の科人を赦さるゝと 聞やい
なや此子を連て出牢のお願ひ 何とぞ此度のおめでたに 夫團七の科を
御赦免有様に 旦那様や奥様のお取なしなされ下さらば 此上もなき御じひと
涙と供に頼にぞ ヲゝ夫レならな道理/\ 今も云通り けふ御家老主計様もお

出なれば願ふてもない幸 親子連でお願ひ申しや 夫兵太夫殿へは自がお
咄申そ 上使のお出に間も有まい 其間勝手へいて休息しや 後に/\と入
給へば かちもいそ/\市松を連て勝手へ入にける 直は武士の道なれば和泉の
国の執権職介松主計 跡に続いて大鳥佐賀右衛門 御用の長櫃家来に
持せしづ/\と入来れば 館の朱玉嶋兵太夫同苗磯之丞 其外組下の
役人召連出迎ひ 先以今日は御両所共に御苦労 いさ先あれへ 然らば左
様と上座に通り 各席を改めれは主計諸士に打向ひ 何れも仰渡さるゝ


19
子細といつば 此度殿御入国の御悦びにお国詰役人へ御土産を下さるゝ
目録に引合せ頂戴有 夫々と有は佐賀右衛門目録ひかへ組頭玉嶋兵
太夫殿是へ/\ 扨貴殿には御在京の間役義怠りなく勤められ 非番の折々は
組下の諸士を集め 武芸を専らはげまれしと上聞に達し 殿にも殊の外御満
足遊ばされ 長舩の刀一腰御土産に下しおれ 御折紙に新地二百石の御加
増 有かたう思しめされよと 渡せばしさつて頂戴し コハ冥加もなき仕合 武士の面
目此上なし 御前宜しく御推挙願奉ると 一礼のべてひかゆれば 組下駒形杢

兵衛殿 ハツト答て立出つ 承れば其方には 昼夜碁将棋の稽古に精
魂を尽さるゝ上 お上にも御沙汰有て碁盤面遣はさるゝ 尤盤将は軍の法
に同しけれどいはゞ遊芸武士は武芸をはげむが肝要 此後迚も心得の有べき
事と 詞の中手入れてぶ首尾千万将棋盤基盤かゝへて杢兵衛は
すみに目を持ひかへいる 同しく音羽浪之進 髪のかゝりも四座風に あゆ
むも三つ地長地の間 のつしのしめの袖さはきして畏る そこもとには此間小鼓を
よく 鍛練せられしと有て 此度の御土産に小鼓一挺下し置るゝ有がたいと頂戴


20
有れ 惣別大名高家には 猿楽を召抱お慰になさるゝを 武士は打はやしせねば
叶はぬと心得 武具馬具も代なし 小鼓に金銀をちりばめても 其鼓がまさ
かの時お馬の先の御用に立ず 遊芸に身を投打ば町人の業 重ねてきつと
嗜めされと やり込られて浪之進ちつ共ホウ共返答なく 生れ付たる薄かはの
顔をあかめて猩々舞まい/\してぞ入にける 跡へ出たる大男年は四十七八手 名さ
へ羽根倉関右衛門相撲好とぞしられける 御自分は先達て上聞に達せし相
撲好き 戦場での組打に勝利を得るも相撲の手 武士の上では遊芸より

はるかに勝る まさかの御用に立べき業と 緞子三本化粧紙お心付たる
下され物 此主計も茹蛸百はい花に進上仕らんと 家老職のざれ云に
時の興をぞ催しける 次は玉嶋礒之丞 委細は只今見らるゝ通り 銘々好む業に
よつて御土産を給はる 取分け其方は御親父兵太夫殿の役義を大切にめさるゝ
故 御懇情浅からず此軸を下さるゝ 殿の御思慮をめぐられし賭物 有がたう
思ひ拝見有れと指出せば 父のみならず拙者に迄重々ふかき御厚恩 押戴/\
定めて殿のお物好なれば墨跡の類ならん 何にもせよ拝見とさら/\と押


21
ひらけば 大和絵師西川が筆をふるふて書たる傾城の姿絵 こはいかに/\と呆れ
果たる斗也 イヤサ驚きな 聞けば其方当所乳守の傾城に身命を投打 昼夜
をわかず通ひめさるゝ事 上聞に達し此掛絵を遣はさる 覚なくば明白に言訳/\ アゝ
成程身に覚なき御不審を疑れ共 指当つて申訳致すべき様なければ誓言を仕
らん コレ/\磯殿 目前にせいごんのばちが当らぬ迚 此佐賀右衛門が聞まへで ぬ
け/\とした事いはれな とは何故何故とはしら/\しい 乳守の傾城琴浦を請
出して 毎日/\歌舞伎上限しらるゝを 誰しらぬ者がない イヤ夫レは御自分も ヲゝサ

手前も此間住吉へ社参の時 戎嶋のお鯛茶屋で 傾城あつめてどら打
るゝを黒眼で慥に見た あらがふ事成まいと さす恋の意趣ばらし 儕が科をぬり
隠せど 誤り有身は返答もせん方 なうぞ見へにける 父は始終黙然としていた
りしが ずんど立て磯之丞を白洲へはつたと蹴落し 刀すらりと抜はなし 振上
る手をしかと取 兵太夫殿こりやどうめさるゝ イヤサ不所存な倅 まつ二つにふち
放す お退きなされと怒りの面色 イヤ/\夫レは了簡ちかひ お上にも様々と御賢慮
をめぐらされ おじひを以て下し置かるゝ此掛物は 即ち殿の御折檻も同前 夫レに


22
御自分が子息を手にかけられては 殿のお心がむそくに成 とくと分別有れよと 主
計の詞骨身にしみ 父もはつと顔をさげ所涙にくれいたる これ/\御親父御立
腹は尤なれ共 傾城の梅花のかざ鼻の先へしみ込では 天から釣た異見でも
いつかないかぬ 此佐賀右衛門が申す通り微塵も違ひは有まいと いへど上使は親と子
の心祖察し返答も なく/\父は白洲に飛おり 磯之丞が襟かいつかみぐつと引
寄 只今身が手にかくるやつなれど 殿のおじひを以て命を助け勘当 武士でも
くいでもないやつに 刀脇差無用ぞと大小もぎ取 ホゝウよいざま/\ 傾城に魂

を奪はるゝ根性から恥かしうも思ふまい 他人に成ても兵太夫は何れもに面目
なうて此皺面を得上ぬ うぬが恥は身共が恥 今日給はつたり二百石の御加増を儕
が申請けたらば 親の身ではな何ぼう嬉しかるべきぞ 不忠不孝の禄盗人につくい
やつめと歯をくひしめ 目にはにくめど恩愛の涙先立斗也 かくと聞より奥がたは
一間の内をまろび出 コレ磯之丞 心からとは云ながら浅ましい形になりやつたの 此
悲しいめを見まい為 父御の手前はかげに成日向と成 母が異見を聞入なく勘
当の身に成て今思ひ仕りやつたか 生れ落てけふの日迄ういめつらいめしらぬ


23
身で 京大坂へいた迚も どこに云ひ日半日の佇が成べきぞ 不便の者やと斗
にて 人目も恥ずかつぱと伏身をもだへてぞなげかるゝ コリヤ女房 未練なくりこと
見苦しい ヤイ/\家来共 きやつ門外より安房(あほう)払ひ 情をかくれば同罪と きび
しき詞におぢ恐れ 遠慮会釈もあらしこ共に引立られて磯之丞 先非を
悔ても嘆きても 再び返らぬ館の名残親に名残のおしまれて 見やればともに
奥方も 見返り/\のび上りわつとさけび入給ふを 嬪婢(こしもと・はしため)介抱し伴ひ奥へ
ければ 母の嘆きも 父の怒りも我誤りとしほ/\ 館を出て行 取次の侍罷出

最前より女一人稚者を召連れ 御訴訟有迚玄関にひかへ候 通し申さんやと窺へば
兵太夫打黙頭(うなづき)先達てより其願ひの事聞及に 幸い御上使もお出なればこなたへ通
せの声につれ かちは我子の手を引て 居馴し屋敷も心から空恐ろしくおつ/\と 白
洲へ出れば佐賀右衛門 願ひと有ばわれか 何事成ぞ早々と申せ 恐れながら私は 堺
南の棚におります 魚屋團七と申す者の女房子 此度のお悦びに数多の
科人御赦さるゝと承り 親子が願ひの赴き此通りに認(したため)参りしが 女子の書た物な
れば釘の折れやら釣はりやら 読めぬ所へよい様に御らんなされて下さりませと 願の


24
一通指出せば主計取上押ひらき 何れも御らんぜ 是は昨年乳守の中で口論仕
出し 相手に手疵を負せしによつて双方牢舎云付けしを 出牢さしてくれと有る妻
子供の願ひ書と 聞もあへず佐賀右衛門 其相手は身が草履取 ぼてふりの
分として武士の家来に手を負せたるあばれ者 咎を赦し出牢させてくれよとは の
ぶといやつら此願叶はぬ/\ イヤ/\これそふおつしやるな 此兵太夫が存るには 先ず彼が願に一
通りを聞た上ハテ赦そふか赦すまいが其時の評議 イヤサ評議も糸瓜も入申さぬ 身が
家来手疵がおつて今朝牢死致したからは 其團七めをげしにん 所によつてうぬら親子共

牢へぶち込 縛首の相伴さする 覚悟しおろとねめ付れば はつと斗に女房は
頼みも力も落果ててせんかた涙にくれけれど まだいとけなき市松は 親の嘆きも白
洲の小石ひろいあつめて手転合(てんごう)コリヤ市松今の聞ぬか 先の相手が死たによつ
てとつ様の首切とはいの お侘び申しや/\と押出せば手を合せ コレ殿様 わしを代りに牢へ
入て とつ様の首切すにこらへてしんせて下されと あどなき願ひに兵太夫 目をし
ばたゝき居たりしが 御上使何と思召 相手が手疵で相果てなば團七も極めて死罪 何
にもせよ囚人(めしうど)を引出し 死骸の吟味遂げた上 彼等が願ひも決着致さん 成程


25
/\ヤイ/\家来共 獄屋へ参つて二人の周仁連れ来たれはやう/\と追立やり コリヤ/\
女 最前より稚い者が親に代つて牢舎の願ひ 訴状表テも其通り 囚人を引出し
死骸吟味の其上 爺親が咎を赦し?うぃ牢舎さする事も有なん 願い書相違は
ないか そちが所存も聞きたしと 念をおされて母の親 憚りながらお聞なされて下さりませ
團七殿が牢の中で 様々うきめにあはつしやる咄のそしりはしりを聞 五つや六つの子心
にも悲しいうあら 爺親に代り牢へいろふと 毎日/\此母を泣わめいてせがみますれば
女子の愚痴な心から あれが魂に神仏が入かはつておつしやるかと 夫レ故の願なれと

夫也我子也 どちらをどふ共悲しい者はわたし一人 何とぞ夫が此度の咎を御赦免下
さらば 生々世々の御慈悲と 白洲にかつぱと身を投げふし 泣わふる こそふびんなる
佐賀右衛門せゝら笑ひ ハゝゝハゝテよい工面をやりおつた 子を持た者はとれ共にあの
手にははまらにやならぬ おれは兼て小伜に云ふくめた拵へ物 子供ごかしに親め
が命助からふといふ事か エゝけちぶとい女ねうまい事ほさき上れと やりこむれば
兵太夫 イヤ/\それは一途の了簡すでにもつて漢の楊修孔融は五
才六才て才智すぐれしと聞けば いはんや日の本正直をもとゝする神の国


26
子供に孝行な物有まい共いはれず コリヤ/\稚い者 物とらせうと招き寄せ
かけ盤にうづ高く盛上し菓子取上 身共がいふ事よつく聞 爺親の代にそ
ちが首を切らするか 此菓子がほしいか望次第と 問ばそばから母親が それ/\市松
とゝ様に替りませうとお願申しや やいの/\とあせりもがけば佐賀右衛門 ヤア女めいひ
教るか しされ/\とねめ付る 市松は会釈もなく首切る事おりやいやじや
菓子がほしいとの様と手を指出せば フウ牢へならば代て入る気 首切るゝはいやじや
迄 ヲゝよういふたな菓子とらせふ名にと佐賀右衛門アレ見られたか 親にかはつて

切れうより 菓子ほしいと云たのは云ふくめぬ是証拠 どふでも子供は正直な
と 落る所を両人が引上/\云廻せば 佐賀右衛門はむしやくしや腹 顔ふくらしていたり
ける 程なく牢屋の役人共 見るもいぶせき牢死の周仁 もつかうに指し荷はせ肩ひ
ちいからし引添ふたり 跡へ引出す縄付は日かげ見ぬめの色青さめ 月代延て顔付も
かはり果たる有様に アレ市松とつ様じや團七殿かなつかしや 常々にこなたの短気を異
見しても聞入なく 今此様なうきめを見る 此子はかはゆふない事かと声を上かきくど
き 涙ながらにかけよるを よるな/\と役人共つきのけ/\しらすにどつかと引据ゆれば


27
佐賀右衛門縁より飛おり エゝ儕につくいやつ あの通り身が家来を切殺した
ればげしにんは遁れぬ 見るも中々腹立やと 立蹴にどうと踏たをし わる者
作りなしやつつらと いふては蹴飛し蹴飛し 眉間かた骨かな脛にて くつくつと踏
付るを 見る女房の其悲しさ我身も供に蹴るゝ心地 短気の團七ぐつとせ
き上 縄取ひつ立立上るを役人共立かゝり引すゆれば ヤア其ざまに成上つても
此佐賀右衛門に手向ふ気か しやらくさいしゃばふさきと ずはあとぬいて刀のむね
打 アゝこれ/\聊爾あられなとかけ寄てとゞむれば コレ兵太夫殿咎人の

かた持るゝか イヤサ拙者がおとゞめ申すも いはゞ未だ蟄居せぬ科人 万一貴殿のお手
か廻り 過ち有てはお為にならぬ いかに若い迚少御粗相に存ると 理屈に詰られ
抜たる刀 手持ふさたに見へにけり コリヤ/\牢屋の役人共 死骸を夫レへ引出して
御上使のお目にかけよ 御苦労ながら主計殿 成程/\一所に見分仕らんと両人
立合 コレ見られよ兵太夫殿 此疵は廿日も以前に癒た金瘡 成程左様
全く病死に極つたれば 團七に構ひなしと云せも果てず佐賀右衛門 疵はとも
有かくも有 人をあやめた科人をかまひなしといはれては 國の政道立まい/\


28
夫レはいはれぬ指図 今日殿のおめがねを以て 役義勤むる此主計国の掟はそ
むかぬ 病死したはきやつがふ運 相手の疵平癒なれば團七に咎はないと申した
が誤りか 殊に以てお身の家来 御法跡の傾城町へ入込み酒狂からの公論 道をいはゞ
貴殿が糺明しらるゝ答 但し其方が彼の色里へお供に連られ 同じ穴の狐と思ひ
非を理にまげて贔屓のさたをせらるゝかと 只一口に大鳥も 云こめられてしよげ
鳥のまぢ/\として閉口す 兵太夫女に向ひ稚い者が孝心をかんじ入わい
らが願ひの通り 團七が咎をゆるし明日番所をお払ひ有かたう存せよと 聞く

より親子は飛立斗り 伏拝み/\嬉し涙にくれければ 何がなきやつに顔(つら)あてと
佐賀右衛門しや/\り出 エゝ儕命冥加なやつ 去ながら家財を闕所して当
地をおはらひ 重ねて当所へ入込むと屹度曲事に云付る 夫々役人共きやつすね腰
の立ぬ程国境よりたゝきばらひ イヤ先ず待れよ 彼が咎とてさのみ掟をそむ
いたといふでもなし 口論の事なれば家財闕所には及ぶまい かういへば迚兵太夫が
私の依怙ならず殿の御じひ 御政道の筋を以て咎を御赦免なさるゝ間 有がたう
存じ重ねて心を改めよ 身が伜磯之丞不所存に今日勘当 定めて方々をさまよ


29
ひあるき 果ては野末か橋の下のたれ死をしをらふ 万一大坂であふたり共 身が恩を請
たなんどゝ思ひ必ず/\情をかくるな ナ合点か情をかくてば恨むるぞと 口はりつぱに云なせど心は
頼ム詞の色 上使は見ぬ顔聞ぬ顔 早お暇と座を立ば 最早お出なさるゝか先ず以て今日は
御苦労千万 イヤサ貴殿にも子息の義に付お心遣 イヤもふ其義は御さたなし 成程/\
御内証も宜しく頼み存ずると 挨拶すれば佐賀右衛門 アゝ御亭主段々の御馳走忝い 礼は
重ねて急度申そふ/\といがむ大鳥直ぐ成主計 云ねどしらすのけいご割竹打立立かゝ
り引立れば團七も屠所羊に引かへて 命助廻り合 親子のきづな縛り縄引かれ出るぞ 恵ある