仮想空間

趣味の変体仮名

心中宵庚申 道行思ひの短夜

 

読んだ本 http://www.enpaku.waseda.ac.jp/db/index.html

     イ14-00002-829

 


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 八百屋半兵衛
 女ばうおちよ みち行  (道行思ひの短夜)

なごりもなつのうす衣 うぐひずのすにそだてられ 子で子にならぬほとゝぎす 我?
二八の年月を やしなひおやにそだてられ子で子にならずふりすてゝしに行身は人ならね
しでの田おさかほとゝぎす おなじたくひのめうとづれかたにかけたかもうせんはなくねちを
はくすがたかや かくごきはめし足本も かげほのぐらきうすぐもり 卯月五日のよひかうしん
しなば一所とりぎりたる 其一ことはかのえさる 参りの人に打まぎれしのび出るもしやうばい
の八百やよろづを一もじに 半兵衛といふ名にも似ず ?ねぶかくも思ひつむわかな心のつ
きつめて詞の義理にはぐかみや ちしやはまとはずゆうしやはおそれぬ 生れ付さすがはぶし
のたねそかし ちよもこんどが三どめのよめなさかりもひねくれて しよじをこまかなけしからし人のいふこと
きくらげや おつとの親を手にさゝげ ちうやかう/\つく/\゛し おほせにそむかぬみやづかへ気のつつさ

なふお千世 しんずいばんきゃうてんと聞時は 心はきやうがいにしたがつててんじかはる そなたもちよといふ
名を ふうがくれうくんしん女とあらため 我も八百屋半兵衛をろしうぜんぢやうもんとあらためい
きの有うちよりはたなき人の数に入ば しごのからだのをき所もぞくえんをはなれ てらのにはでこと
思へ共もんひらかねば力なし こゝはならのとうだいじ大仏でんのくはんじん所 先年れうかいおしやう衆
生さいふぉのせつほうを 此所にときはじめ今せんげの跡迄も 我親はかう中のだい一にてゆいしよ
有所なれば さいごをこゝと思ひより 但のぞみも有やととへば なふしぬる身になんののぞみ 水の中火
の中でも先の世迄もこな様と めうとに成ている所を 見立てしんで下さんせと さめ/\゛なげゝばヲゝ
くはぶんな 此書置にもかく通り やう子に成て十六年此かた 十方だんなのきげんを取 ひま有日には町中を
ふるうりし もとはわづかの八百屋だな 今では人に少々のかねかすやうにもうけためても つらいめ斗に日を半
日心をのばすこともなく しなふとせしも以上五たび うらみ有中にもそなたにえんくみ せめてのうさを


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はらせしに それさへそはれぬやうになりしぬか身に迄なりくだり よしない者につれそふて半兵衛か
身のいんぐは そなたに迄ふるまひ ざい所のおやじあねごにも悲しいことを聞すと思へば 此むねにやすり
をかけきもをめうくはでいる様な エゝ口おしいとこぶしをにぎり ひざにをしつけ身をふるはし 涙はら/\朝
つゆにつれて ながるゝ斗也 あれ又ぐちなこと斗 ざい所のとゝ様もあね様は こな様よりあきらめよい 水
さかづきの其上にかと火迄たかれしは いきてふたゝびもどるなとわしにいけんのいとまごひ 其ぐち
なこといふ手間で早ふころして下さんせ アレ/\/\三方四方にはんせうがなるかねがなる 人のこぬまに
といそぐさいごの玉かづら おつとにまとひなきしづむ ヲそれよ/\よしなきくやみ もはや互に親のこと兄
弟のこといひ出すまい かならずそなたいひ出しやんな いざこなたへともうせんを土に打敷なふおちよ 此もう
せんをもうせんとな思はれそ 二人が一所にのりの花くれないのはちすとくはんずれば 一れんたく生頼み所 親
兄弟へのかき置も此状ばこに入をけば あれは早々とゞくべし サア/\くはん念さいごのねぶつおこたりやるな 今

がさいごとずはとぬく 一尺四寸親重代我身をきれとてゆづりはせじ かひなき半兵衛が身のはてやとむかし
思へば手もふるひ ふかくの涙せきあへず 心覚の西むきにちよはがつしやう手を合せ 光明へんぜう千万せかい
念仏衆生せつしゆふしや なむあみだ仏みだ仏の声よりはやく引よせて さきざしのどにをし当る なふ待て
たべ待しやんせと 身をすりのけば半兵衛 まてとはみれんな刃物を見てにはかに命おしなつたか ひかう者
めとねめ付れば いや/\みれんもひけうも出ぬ 今のえかうは我身のえかう かはいやおなかに五つ月の男
か女かしらね共 此子のえかうしてやりたい 嬉しやまめでうんだらばどふしてそだてふかふせふと あんじ置は皆あだこ
と 日のめも見せずころすかと 思へばかはゆふござんすとかつはとふしてなき入れば 男も声をすゝり上 おれも
なんの忘れふぞ もしいひ出したらそなたのなきやらふ悲しさに だまつていたと斗にて 一どにわつと声をあげ
ぜんご正たい泣さけぶ おのもつばさをならべながら人のさいごをいそぐ成 八こえの鳥もつげわたれば サア夜明に
あひだがない あすはみらいでそ(?)ふものを わかれはしばしの此世のなごり 十ねんせまつて一ねんのこえ


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もろ共にぐつとさす のどのこきうもみだるゝやひば 思ひ切ても四く八く手あしをあがき「身を
もがき 卯月六日のあさつゆのくさにはをかでもうせんのうへになき名をとゞめたり とくは三九のぐんないじま
ちしほにそみてくれないの いふくにすがたかいつくろいつまのからへを二つにをし切 もろはだぬいで我と我
きうびとへそのふた所 うんとしめては引くゝりわきざしさか手に取持て二しゆのしせいにかく
ばかり いにしへをすてばや義理も思ふまじ くちてもさえぬ名こそおしけれ はる/\と はままつ
かぜに もまれきてなみだにしづむざゝんざのこえ 三ごく一じやわれはほとけになりす
ます しやんとゆん手のはらにつきたてめてへくはらりと引廻し かへすやひばにふえかききり
此世のえんきりいきひききり じんじやうすぎのくはんじんしよめすり/\/\もんばんが見付
てしんじうヤレしんじう しんだ/\とよばゝる声ふきつたへたるはままつかぜ えだをならさぬ
君が代に たぐひまれなるしにすがたかたりて かんずるばかりなり