仮想空間

趣味の変体仮名

絵本太功記 発端

 

詠んだ本 http://archive.waseda.jp/archive/index.html      

       イ14-00002-093

 

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  目録
発端  妙国寺蘇鉄怪異の事
第壱  光秀反逆出陣の事
第弐  本能寺大合戦の事
第三  中国水攻の事
第四  小梅川安徳寺密談の事
第五  清水長左衛門切腹の事
第六  光秀妙心寺にて辞世の事
第七  慶覚杉森籠城の事
第八  春長十七日大法事の事
第九  百姓長兵衛瓜献上の事
第十  久吉尼崎にて危難の事
第十一 松田太郎左衛門妻女の事
第十二 山崎合戦久吉明智の事
第十三 小栗栖にて光秀討死の事

絵本太功記   座本豊竹諏訪太夫
  発端
天にかなひしゆへやらん八百の諸候従ひて紂王を
討んといひしを我未だ天命をしらすとて諸々の軍(いくさ)を引
具し先かへりぬ 実に戦国に大勇をしめす乱舞の音
高き 内大臣春長公の一構へ 遠近の諸士大半属し
登城は櫛の歯を引ごとくさも厳重に見へにけり 取


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次の侍罷出 仰付られし安倍の法印只今参着仕ると申
上ぐれば近習の面々 斯と取次く間もなく内大臣平の春長 従ふ
武士は羽翼の臣真柴筑前守久吉 武智光秀諸共に
縁際近く座に直る 久吉下部に打向ひ ホゝ君にもことのふ
お待かね 早く案内申せよと いふ間程なく法印安部氏遉
都の水清く よどまぬ公家の交りに衣紋正しく入来る 春長
莞爾と打笑給ひ ホゝ法印には大義/\ 其方を召寄せしは余の義

にあらず あれ成大庭の蘇鉄 泉州妙国寺に有しを 此安土に
植置く所に 頻りに声を発し妙国寺へ帰らん 帰せ/\と震動する事
三夜に及ぶ 正しく変化の所為ならん判断 いかにと有ければ始終を
聞入る内よりも理を考ゆる道々の 胸の算木に眉をしはめ ハアゝ御尤
成御尋某考申せしに 草木心なしとは申せ共 仏地に育ち朝夕妙
経を聞込み 一度び枯れし木なれ共 元の如くさかへしも法華経の徳なら
ずや 法力の尊(たつと)きは御宗旨の有がたき所なれば君にも御満足ならん


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急ぎ仏地へ送りかへし給はるが 肝要ならんと法印が 水を流せる弁
舌は実に清明の末孫の器量顕はれ見へにける 血気の大将道理に
せまり 春長が手に入れし蘇鉄返すべきいはれなし暫らく妙国寺
預ける旨 使者を以て申遣し身が心に叶はざる法華の族 いはれざる宗論
を好 上を恐れざる無礼の段々 牢獄へ押込め置たり 其上今日捕へ置たる
天一人 身が目通りへ引出せよ 安部氏には休足有て然るべからん
久吉には麁略なき様もてなすべし はつと領掌式礼目礼 真柴に従ひ

法印は次の一間へ立て行 猶もあらせず下部共 普天坊を高手
小手庭上に引すゆれば 光秀は普天に向ひ ヤア貴僧 かゝるいましめにあふ
事も 法義故とは云ながら 獄の苦しみ察しやる 君にも是に御座
ましませば しさつて出牢の御願ひナ サ致されてよからんと 普天をかばふ
明智が詞 尾田殿くはつと怒りの面て ヤア某が詞も出さぬ内 出牢の願ひ
せよとは いらざる汝がひいきの沙汰 控へて居よと居尺(だけ)高 ヤイねぐさり坊主
よつく聞け 此度妙国寺の庭木の蘇鉄 某所望し此安土に植置たる


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所 むせうに妙国寺へ帰らんとほゆる 餘りかしましきによつて 暫らく彼の地に
預ける間 仏木たり共春長所望の上は 再び返すにあらず 汝らを番人に
申付る間 其旨屹度心得られよと 冥途の高祖へ申達せよ 不承知ならば
置く様に 普天を以て冥途より返答有べし 儕も法花の妙をしらば 一度此土へ
立帰り 某に詞をかはせよ 最早左様成法力は有まい/\ 一時も早く使を急
かせよ 早く /\と不敵の春長 重悪つのる権威の仰 こらへ/\し普天坊 ずつと
寄てはがみをなし ヤアぬかしたり嘲つたり 汝が宗門で有ながら高祖をかろじ奉り 悪口雑

言報ひ忽ち遠かるまじ 愚僧只今命を滅するも 汝が使に行にあらず 閻魔の聴へ赴儕(?)
が悪逆訴人の為に此世を去る 見よ/\頓て火の車を持たせ拙者迎ひに来るべし サア一時も
早く冥途の門出急ぎたし イサ光秀殿介錯と 罵る普天を光秀かはつたとにらみ
ヤア我君に詞をかへし 悪言を吐く手間て なぜ助命の願ひは致さぬ 恐れならが我君にも御
怒りをしづめられ 御助命の程偏に願ひ奉る 元来(もとより)勇猛さかんして 良(やゝ)もすれば霊場
地を破却し給ふ事 君の一失山門の衆徒等も 急難を遁れんと一七日の加持祈祷 悪逆
の勇将と世の人口もだしがたし 只仁恵の御計らひ偏に願ひ奉ると 事を分けたる光秀が 詞に


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春長突立上りだまれ光秀 我悪逆とは僧に過言赦されずと 拳振上明智が頭りう
/\/\ 打すへ給へど手向ひの ならぬも主命ハつはつと 誤り入たる無念の涙 普天猶も怒り
の顔色 エゝ悪鬼魔王といふは汝が事 君有って臣 臣有て君たる事をしらず 情なくも大
国の 主たる光秀殿を 童おとりにうち打擲 天罰仏罰一時に報ひ 堕獄にくだしくれんず
と 怒り重ねる額の天弓(きう) 光々として日運の 出現有かと身もよだつ ヤア/\物ないはせぞ早
くも国境(ざかい)へ引立よと 御下知恐れ家来共 はつと斗に引く縄の 頓て恨みをしらさんと 題目の声一心に 仏敵
春長殺さじと 詞は正に本能寺 御法の庭の露となす 仏の報ひ宗門の威力の 程こそ