仮想空間

趣味の変体仮名

新版歌祭文(1) 座摩社の段

読んだ本 http://archive.waseda.jp/archive/index.html

      イ14-00002-425 

 

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 おそめ 久松  新版歌祭文 作者近松半二
   座摩社の段
敬白(うやまつてもふす) 難波の里の大社(やしろ)座摩明神の鳥居前(さき) 張廻したる
一構へは手の筋失せ物走り人息もすた/\北浜(ばま)から 四季の草
木の売り買いは 花の顔見せ 冬籠り 新参古参大当り 御馴染
御贔屓綱八を 今入れかはり お休みと 打たり 舞たり 神楽所の 鈴の音
さへ賑はへり 参詣群集山家屋の 佐四郎はお百度のさしの数さへ


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九つ時 瓦屋橋に子がいから 年季重ねて久松が 屋敷廻りも 勤め
がら 主の目鏡に油屋の 下人小助と二人連れ 宮にはお百度現の佐四郎
見るより小助が思案顔 立とまつて アイタ/\ 土邊(どべ)に尻餅作り病ひと
しらぬ久松 何とした小助殿 怪家はないかと劬(いた)はれば イヤ怪家はせぬが夕べ
から冷え腹で アイタ/\ こりや是寒の中に水汲だおどもり 久三の病ひで
急病じや 奉公の身のつらさは大がいな事は押て居れど 斯疝気が差込で
からは 寸白様になとかゝらにやならぬ エゝひよんな事じやなふ 小倉の屋敷の

商ひ銀壱貫五百目 昼迄に請取にこいとの御使ひ 霜先の銀年の為の二人
連れというて遅なつたら親方の無調法になる事 いつそわし一人往てこづかい そん
なら大義ながらそふして下され 是では中々一足もいかれぬ コレ気をしづめて茶店でな
と待て居やんせ エゝ丸子持て来たらよいに 戻りに返魂丹(はんごんたん)買て来て進ぜふ
ぞやと 朋輩の気をかね財布裏表なき小倉嶋 屋敷をさして急ぎ行 跡に
小助は山伏の かこひの傍へ小声になり 法印殿/\ ヲゝ油屋の小助殿か何ぞ用
か ヲゝ貴様に銀儲けさす事が有る アレあの宮の内で百度参りして居る人は 山


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家屋の佐四郎といふ銀持(かねもち) こちの娘のお染様にきつい惚やう それ故にあの
願参り 爰らが貴様の能代もの おれがとひ打て貴様に祈祷頼ます仕業 今
あそこへ往てあのわろに逢て咄す中 何も角も筋が知れる 貴様そこから立聞して
居て 占ひの奇妙を見せると跡が銀ぢや あんばいよづかゝつたら二つ山じや合点か
ムゝそんならあのわろが 彼の大身体の山家屋じやの うまい/\と法印に しめし合してよい
時分に 小助がさし足さはしらぬ 佐四郎はお百度を 廻りしまふて神楽所の前に
ひれ伏 拍手ちよん/\ なむ座摩大明神 油屋の娘お染をわたくしが女房に

持まする様に どふぞあつちからほれまする様に なむ神明なむ稲荷なむ
八幡 なむ大師遍照金剛なむ観世音菩薩 申し/\佐四郎様じやござりませ
ぬか ヤ油屋の小助か わがみやいつの間に爰へおじやつた イヤたつた今来て後ろからお前の
ぼやきを聞きました 聞たかエゝ面目ない 山家屋の佐四郎共いはれる者が 恋なればこそ
コレ此銭ざしを見てたも シタリ百度参りとはきつい凝りやう イヤ凝た段ではない 元油屋の家
には親共から 百寛目余の取かへ それを急に催促せぬはあの娘故 後家のお勝
にとふから云込で結納(たのみ)迄入れて有 それにけふ頃日後家が云分には いかにも上げませう


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けれど 縁の事は親の儘に無理押にも成ませぬ あれが心を聞てからの何のか
のと埒が明かぬ そこでわがみに槌打たさふと思ふて時々の用無心 イヤ羽織の裏
がほしいの 加賀の褌を買ふはの 髭剃の色払ひ迄呑込でやつた此山家屋 夫レ
にマア おつといふまい 働きがぬるいとおつしやるのか 慮外ながらきつと働らいて居ます
ぞへ 夫レならこそお前のお望み 十分の物九分は埒が明いて有る ヤアそりや本かいやい ほんか
嘘か此間の文の返事 かはいらしいお染が筆 爰に持て居るけれど そふいふお前の情
なればマアお目にかけまいわい アゝこりや拗強(すね)ずとちやつと見せてくれ 見せたら此働き

しろは ハテ此望が叶ふた礼はきつと飯櫃形(いびつなり)でするはい マア其文を イヤめつたに代物手
放されぬ 当世かけ商ひは浮雲(あぶない) マア跡での礼は礼 先へちつと力付かぬとせいがいない 斯
せふ 文わしが読で聞かします程に よい返事の文句なら冥加銭を上さんせ えいか さらば
開帳致さふか ハア何じや よふぞや御文下され入れ嬉しく拝し参らせ候 ソレ嬉しいと書いて有ぞへ 誠
に数ならぬ我身に浅からぬ御しんもじの程 身に余り忝ふ存じまいらせそうら得共 母様の有る
身にて任せぬ訳ござ候へば 先々御断申上まいらせそろ ヒヤアこりやどふじや サゝゝ爰が味じや 母


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親の赦しさへ出たら わしはお前に添たいといふ事じやはいな 又々母様に尋ね候へば 縁の
事はどふなりとそなたの好いた殿御を持てと御申なされ候故 それは/\嬉しう存まいらせそろと
けつかるはい エゝ忝い 冥加銭 今度ははづんて二朱一つ ヲツトしめたと又着服 そふして跡は/\ 嬉
しう存まいらせそうらへ共何分私はお前がいやにてござ候 イヤアいや/\せくまい/\ こりや是ちつとした
読みやうじや わたしをお前がいやで有ふといふひぞりの文じや 其証拠は跡にあなたにも
私を御なぶりの事と推し参らせ候 ソレ/\/\ 若し又真実にて候はゞ誓文/\私が事はソレ爰が肝
心の性根じや 今度は壱歩じや冥加銭/\ サアやるはいやい マア気がせく跡を早ふ聞かせい

やい 誓文/\私が事はふつつりと思ひ切り下され候 何の因果にお前の様な男に 何と其
跡はどふじや/\ サア此跡は イヤもふ聞きならんすな跡はほんやくたいじや 壱歩一つ井戸へ落したと
思はんせと 聞て佐四郎はおろ/\顔 お性根取れた鼻紙袋 下地が抜たさし斗の 百
度参りも恨めしき 申そふ力落した物でもない お前の恋の邪魔といふは久松といふ
丁稚め 何でもこいつに腐り付ておると見へます 尤男はあいつよりちつとお前がつぎなれど
肝心の所で喰ひ付かしたら 乗りかへるは知れて有る サイヤイおれが背中の?(かめのを・尾?骨)のずんに 是ほどな
疣(いぼ)が有 こいつが前後ろに振りかはつて有るくらいなら 恐らく前髪めには仕負けぬ物を残


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念やと尻を撚つて無念がる イヤ申し物には祈祷といふ事がござります 幸いあそ
こに山伏が有る 久松とお娘と縁切をお頼みなされぬか ホンニ是は気が付かなんだ 第一
おれが恋がなるかならぬを見て貰はにやならぬ シタガ若しひよつとならぬといふたら 又
十二文損するのじやと 根がしはんぼの安物から 網にかゝつた鳥居の前 うらなひ
御判墨色相性の考へ 見て上げませふお這入りと 呼込れるをしほにして はいる佐
四郎さし込だ小助が相槌あなたの年とは三十一でござりますな ムゝ三十一当年三十一
歳の男お生れ年が宝来六年己の丑 御一代の守本尊は月の廿八日不動明王

性分は火にして則住所より南少し東に当り水邊(すいへん)に待ち人有女と見へます
こりや色事でござるな 旦那何ときついか/\ 成程此旦那大色事仕でござります
八卦の面てにそふ見へる トキニ其元様は世の年で牛の寝た程金銀を持てござる 此
度東に当つて金銀の星が顕はれまする 是が其元様の年頭らに当る 則彼の
金銀の勢ひで此女はお手に入る筈じやが 爰に一つ障りが有る 其元様には背
中の?に疣が一つ有ふがの イヤアサア/\見通しじや/\ サア/\なけりやならぬ理
じや此疣の有り所が悪い 惣体背中に有疣といふて 只今師走には


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或ひは牛蒡鰊鯑(かずのこ)何なれ角なれ人に物をやるばつかり 銭銀を取られる斗で是
迄頼んだ事が一つも埒が明かぬと見へます とんと其通り そふ有ふ 時に又
一つ大きな邪魔が有 ハテかはつた物四角な物じやが 坎艮震巽(かんごんしんそん)りかんがす
かん兊(だ)中断ととつてだゞぼたの兊の卦に当る 人相に取てはこりや前髪と
見へます 彼の金星銀星が寄合ふとする中へ此前髪の真論星(しんらうほし)が毎
晩夜ばひ星に成て邪魔するといふ卦体サア夫レがけたいで成ませぬ どふぞ其
前髪を 此法印が行力で祈り殺して進ぜませふ 先ず縁結びの星祭り

こりや其元様のお家へ参つて致さにやならぬ サアそれが第一お頼み申したい 申さぬ
事は聞へぬが金銀の星を祭るは同気相求めるの道理で 金銀の元入れが余程入ります サア
何ぼでも大事ない 備へ物は随分大きな鏡餅十二重ね跡は法印が受納致す 扨祈祷の間
酒肴で我等を御馳走なされるが能 斯申せば迚手前が喰ひたい呑たいではござらぬ 則夫が星
様への御馳走 物をほしがるによつて是星也 祈祷始めに宮の内の福屋でマアちよつと御神酒上よ
かい 旦那こりやよござりましよと おだてる太鼓神楽所の 鼓片手に糟禰宜が 山家屋佐四郎
様 御献上の神楽が只今上りますサアお出なされませ 是はいかな糅(かて)て交ぜてどんちやんと 是もやつぱり


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今の願 モウ神様を頼むに及ばぬ コレ神楽の酒手じや貴様も御神酒の相伴さすぞ
イヤ有難いはさらば福屋で腹存分 禰宜山伏の位争ひ 願主様先づお入りと 鼓より先舌
つゞみ打連れ茶屋へ勇み行 小助はそろ/\小戻りし 手招きすれば最前より 待兼
山仕の浪人者鳥居の影より又一人是も手合と顔合せ 三人いつしよに寄こぞる
中にも勘六気をせいて シテくだんの物は コリヤ声が高い あの井の内に仕かけ
て置た 此鈴木弥忠太久松めとは子細有て意趣の有る中 きやつめを仕くじらす工面は
小助 斯々合点か よし/\ 弥忠太様は勘六と 福屋で呑でござりませ 前髪めが戻るを待て

手工合首尾よふ/\と 耳から耳へ相談さらり しめて三人別れ行 人一盛り
夢の世や 浮名の端の種油 独り娘と寵愛の お染が思ひ日に千
度行つ戻りつ蝶々の 縫の模様を振袖に 包むとすれと娘気の 逆に
心を一筋に 座摩の宮居に歩み来る 下女のお伝が申しお染様 宮の内の茶店
でちとお休みなされませ 私は爰に独り番して彼の人が今でも見へたらコレ斯と いへばお染はほゝ
笑みながら 神のお庭で勿体ない差合のない時に 顔を見るのが楽しみと 待人よりも
待たるゝ身 久松はいきせきと屋敷の用事そこ/\に 足元かろく立帰る お染は見るより コレ


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久松様と云れもせず 爰に/\と寄添へば 久松も途中の人目 お伝殿小助殿は見へ
なんだかと 云つゝ邊りに気を付くれば 呑込むお伝が 申御寮人様 わたしやあの綱八の芝
居が一切見て参じたい ホンニそなたは芝居好き 藪入でなけりや行れぬに けふは幸い勝手に
往ておじや 随分緩りつとだんないぞや ハイ/\ そんなら往て参じよ 久松殿もお染様と
どこぞそこらへ藪入さんせと はづすは猫の鰹木の 気を通り札鼠木戸 是も忠義
と行跡に 契りし中は詞数 云ず取る手を振放し 申御寮人様 お前様は追付えい男
お持なさるげな 私は下人の事 何とせふしよ事がないといて拗強(すねる)はやつぱり愚痴 勿体

ないお主様が 是迄のお志真実冥加なふ存じますと 押し下がれば摺寄て コレ夫レはマア
何の事 内では人目が有によつて 久松/\と家来あしらひ 様といふ字は 口の中で 常住消し
て居るはいの せめてこんな所でなりと 女房かお染かと いふて堪納(たんなふ)さしもせず お前様
の御寮人のと 献上向きな挨拶はまだわしが気を疑ふてか そもや 見初めし其日から エゝこんな事
何やかや云たいけれど 人が見るので何も云れぬ どこぞ人の聞ぬ所で しつほりと咄したい こつちへ
おじやと手を取ば そふじやてゝ茶屋の内もやつぱり人目 どこぞ暫しの隠れ家と 覗く八卦
のかこひの内 ヤア誰もないはいの 外から襖は恋の塒 サア此間にちやつといのと 手を引主従三世相


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二世を兼たる妹背鳥忍び入るこそわりなけれ 神楽の鈴も時移る ほろ酔機嫌に法印
は とろ/\目して鳥居前 エゝきやつも吝(しは)ひやつじや 喰はれもせぬ吸物にたつた酒三銚子 ホンニ
端た酒呑ふ迚店を明けたは不用心 山伏が物盗まれては見て貰ふ所がない ヤヤ何やらぶつ/\囁く
やうな 此内に人の声有は ハテ怪しやと暖簾の内 差し覗いて恟り仰天 這入れもせず気は
上づり 絵馬に上つた一束法印 立ずくみに成て居る所へいきせき走つて下男 コレ/\法印様
一つ見て貰ひたいと 入らんとすれば アゝコレ今内へ這入と水火木金乱騒ぎ 木火土金粋を聞か
せいやい 八卦なら爰でもつい見てやる 失せ物か走りか心中がゞつた者なら奇妙に所をさい

て見せるぞ イヤそんな者じやない こちの旦那山家屋の佐四郎が けさから今にお帰りな
されぬ ムゝそれかよいは 此山伏が行力を以てたつた今爰へ天くだらして進ぜる 佐四郎様/\ ヲゝ
法印坊そこにかと 出てくる佐四郎にすれ違ひ そつと後ろの襖から鳥居の中へ
行二人 恋しいお染と夢にもしらず サア/\/\一時も早ふ星祭り 是から直に手前が宅へ
そんなら参ろう イヤ待たり肝心の商売道具 持参致そと囲ひの内 ヤア テモ素早い
やつもふ逃おつた 扨は今のが彼の前髪めで有たな よふぼん代を喰逃にしおつたな よい/\
此意趣返しはたつた今 お染がお前に靡く用に祈り伏せるは我数珠先 さんげ/\六根だいせふ


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南無不動明王/\ 何ぼふに見ッとむなふても 男はれこ持ち喰はねば立たぬ 身体よし
の山家屋で 腥(なまぐさ)料理喰ひ次第 蒸菓子羊羹責めかけ/\栄耀の有たけ
えいさらさ/\ さしものお娘も喰ひにつき 魂(たま)の返るは今の中といさんで打連れ帰りける
南の辻に人立ちし喧嘩/\と騒ぐ声 驚き出る久松お染 下女もとつかは九三の小助 一所に
落合ふ床几の上 喧嘩は振り物国侍 相人は町人胸ぐら取られ 引立てられても怯まぬ
男 こりや何とさつしやります 何とゝは素町人め 武士の足を泥脚(ずね)で踏ながら御免
共ぬかさぬ慮外者め サアえいわいな 慮外なら誤るぶん マア爰を放さんせ 踏んだはおれが

脚(すね) 踏まれたはこな様の脚 武士じや町人じやてゝ脚に違ひは有まい そんなこつき喰男じや
ない 聞かぬといふてどふさある お太刀ひねくつた迚めつたにられる物じやない 人
傍せずとお侍 どふなと召れとすり寄る體 エゝ儕しきぶち放すも刀の穢れ
どふしてくれふと傍邊り 有合ふ財布眉間へぱつしり ハツと驚く久松を お染が
抱しめ押ゆる袖 気を紅裏(もみうら)の裏へ行小助がきつとコレあの包は手前の銀財
布 断りもおつしやらずお侍には似合ぬ仕かた 誠に是は心せく儘手前の麁相 真っ平
/\ なむ三宝 少々血が付き申した 幸いの井の元と 清むる穢れは落けれど包みし悪事


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摺かへる 手目を見せじと小助が気配り覆ひに成て立つ嶋の 財布手早く コレ久松此銀
は懐へお染様掛り合になりや悪い 私もお供サア/\早ふとせり立る 工みの底は白歯のお
染久松早ふと手を取てせはしい所が結ぶの神 足を早めて立帰る 跡は人さへ宮芝居の 切のめりやすし
めやかに 囁く二人か仕済まし顔 弥忠太様首尾は ヲゝ件の物は手洗鉢の下に有 うまい/\と立寄て財布取上 弥忠太
様 けふの働き代(しろ)はえ ソレ金二両 エイ眉間に疵迄付られて たつた是かいな サアよいは其壱貫
五百目どふで小助にも 口銭(こうせん)やらにや聞おるまい そんならふてうはどやでせふ ぐれのこぬ内サア
ごんせと 銀懐へ取納め連でない顔跡先に のし/\歩む鳥居の影 盗賊待てと声かくる 恟り

しながら騒がぬ顔 盗賊とは誰が事 儕等が事さ エゝ何を証拠に盗賊とは ヤアぬかすまい 今日此
方の屋敷にて 油屋の下人久松に渡せし銀子 子供上りの若いやつ何共心元なく 跡より来たり
窺ひ見るに儕等が騙り事 かやうの吟味仕れとお金役より付け置れた 岡村金右衛門といふ者だ
はい ナア儕等引くゝつて屋敷へ連れ行 腕を廻せと詰かけられ ハテそふ見られたら是非がない
成程其銀は騙りましたが 此お侍は通り合して連に成たばつかり 何にも御
存じないお方 私一人縄かけてサアお引なされませ サア/\と油断を見すまし弥忠
太が 差たる刀抜打に肩先ずつぱと金右衛門 同じく抜て切結ぶ両方劣ら


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ぬ互角の早業 弥忠太は八方に 眼を配つてソレ/\そこをと 声の助太刀ちから
にて 強気の勘六まくり切なぐる刀を請損じ牢籠(たぢろく)所を付入て 両脚(もろずね)ながれよろ/\/\
うんとのつけに倒れ伏 勘六は一息ほつと 人や見ぬかと見廻す弥忠太勘六どふ
した 気遣ひさんすなもふとまつた ホイ シテ此捌きはどふせふ ハテどふといふて高ぶけり ヲゝ
身共迚も爰には居られぬ ドレ其銀を此方へ弥忠太様 お前此銀取ると笠の臺が飛ぶ
ぞへ 蔵屋敷の侍をばらしたからは どふでおりや遁れぬ命 迚も助からぬからは 何も角も
勘六が引受てこな様の名は出さぬ づきの廻らぬ内早往かんせ/\ 尤エゝ遖男じや 縁有らば

重ねて 細言(こまごと)いはずと早ふ/\ ヲゝさらば/\と別るゝ跡 納めた勘六そろ/\と 死骸の傍に立寄て 首尾能ふ
行たぞ ヲゝもふよごんすかとむつくと起る體は血まぶれ 勘六殿今のでよかつたか 能共/\ 物した物
を又こつちへ 是も貴様の切られ様が上手なから 何ぼ切ても疵痛ませぬ 紀州の源蔵大義でごんした
ヲゝサそこらをさす物かいやい シタガ余り拍子にかゝつて よつ程の疵 いたみやせぬか 何のいやい もふ最
前吉野丸付けて置た 夫レを知らずに今の侍めが 逃て逝におつたざま コリヤ此位の疵はたつた一付けで
直るはいやい洟(はなた)れめが ソレ酒代の一両 忝い サア/\是からこちの商売 紀州源蔵様お帰りじや アゝコリヤ立
前所じやないアレもふ芝居が果てる人の見ぬ間に早ふ行 /\ 幕際綱八の 切狂言の果て太鼓音に 紛れて