仮想空間

趣味の変体仮名

鎌倉三代記 (十段続) 第一

 

読んだ本 https://www.waseda.jp/enpaku/db/  

     ニ10-02434 

 


2(左頁)
  源頼朝  
  源実朝  鎌倉三代記   十段続  (第一
中華(もろこし)の 西湖(せいこ)をひきし琵琶の海 名に近江の八景も
修羅の巷と鳴浪(なるなみ)の 百万余騎に埋もれて四方
の山々尖どなる雪の千仭(せんにん)建仁(けんにん)の冬は立ども戦ひの
あつ果べき共見へざりしに 両陣和順を触れ流せば 螺(かい)
鐘忽ちおだやかに 納まる御代の春霞万歳とこそ祝し
けれ 坂本城への使者として鎌倉の老臣 古郡(ふるごふり)新左衛門


3
俊宗 土肥の弥五郎兼近 陣装束に小手腹巻 従ふ
兵卒三十余人 馬場間近く出来れば 御門の内より京都
の近従(きんしん)三浦之助義村 浅上下さはやかに 供人僅か一両
輩 黙礼もなく行過るを 新左衛門声をかけ 三浦殿に頼家公
より石山の御陣へ御使候な 我々は時政公より坂本への御使者 お互に御
苦労ぞふと 挨拶すれば三浦の助 仰のごとく主人の使役中
なれば無礼は御免罷り通ると行んとす 弥五郎引留先待れよ 無忽に存る

三浦殿 武士の礼儀に式代もせず扨は使の延引故 遽しき体と
見へた 具足も附ず近頃麁抹なお使者がら 不審(いぶかしう)存ると 嘲る詞に
莞爾(にっこ)と笑ひ 鎧兜は事を好む乱れの道具 治まる世にはいらざるもの
今日のお使い頃日(このごろ)の戦場 互に太刀を鞘に納め 弓弦をはづず
ヶ程の目出度き折から 某は太平の代と存じて罷り有が 貴公方には
甲冑の出立 扨は三浦が存じ違へ 未だ合戦は治らず候な 此旨帰つて
主人に言上 再び合戦の用意致さんおさらばと 引返さんとする所 新左衛門


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押隔て 是は三浦の申條尤/\ 斯治りし折節に又もや詞の論有は乱
の基(もとい)深ざれなせられそと 物になれたる巧者の詞 誠に/\互に大事
の役目先 遅参は恐れいざお出と 黙礼式礼京鎌倉 使者の忽柄
男ぶり弓と 弦とに引別れ入や長閑(のどけ)き「雲の色 石山の御連所に
立たる竹束高印 籏さし物に埋もれ木も 今日は緑の色見せて
北條相模守時政公 天のなせる御威風 自ら刃に血ぬらずして四夷
八蛮も切靡「御寿も長袴 寛仁大度の胸の海 広庇にはお

詰の役人富田(とんだ)六郎 飯森玄番 其外諸国の大小名肌に具足小手脛当
魏々たう/\たる其中に 三浦之助義村使者の忽柄悪びれず 拝謁の儀式
おこそかに御和談既に語りぬ 時政悦喜の顔色にて ヤア三浦助 汝帰つて云べきは
浸潤の譖(しん・そしり)膚受の祚(愬・ふじゅのうったえ)行れざるを明といふ 今より佞人の詞を用ひず 忠臣を
執立 家の政道を糺さるべしと 頼家卿に伝へよや 去にても其方遖の若者
そちが親平六兵衛が面体を見覚へしかと 諚意にはつと頭を上 幼少の時既に
身まかり候へば ムゝ実に尤見知まじ 見れば見るほど瓜を二つ 親子の血縁は諍はれず


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器量忽柄類ひなき其方 時政に仕ふるならば抜群の領地をくれんに 能臣下の
目利をせぬ頼家に仕へて 小禄を受さするは残念さよと仰に義村謹で御諚
有難く候へ共 若輩の三浦 二千石の知行頂戴先君頼朝様御在世の時は 四海一統
皆君の御領地 只今都に引退き江州山城僅二ヶ国の主たる 頼家公の二千石は 鎌
倉の十万石にも おさ/\劣り候はずと 申上れば感心有 忠臣成かな義村 其実有忠義
の魂一入父に其儘ぞと落涙有ば一座の武士 下を憐む君命を感ずる人々義村も 哀
主人が是程に弁舌賢くましまさば 斯迄御運は傾くまじと思へば無念さ 羨しさ供に 涙

にむせびける 折もこそ有坂本より立帰 古郡新左衛門土肥弥五郎二人の武士 頼家公の御返翰(へんかん・返簡)是に候と指上
れば ヲゝ満足/\ 両家和睦調ふ上は 禁庭へ参内して此旨奏問装束是へと御諚意有 三浦に
暇給ひければしつ/\出る縁側に 居並ぶ諸士に式礼し 最前は主人の厳命を蒙り 時政公の御辺
答も承はらぬ先なれば 役目を重んじ各々に礼儀も致さず 其段御免に預るべしと非太刀打れぬ取捌き
人々一句も長廊下早参内と時政公 冠装束とう/\と 諸士一同に警蹕(けいひつ)の威勢を
見るに三浦之介 御運拙き御主人の仇を此儘見遁すかと 思へば無念と柄に手をかけ寄屹相かけ隔て
坂本の使者和睦を破るか 大将へお暇乞 三浦大義と穏かに 治まる波の 時津風雲井をさして「行末の