仮想空間

趣味の変体仮名

檀浦兜軍記 第五

 

読んだ本 https://www.waseda.jp/enpaku/db/
      イ14-00002-523 

 


93(右頁6行目)
  第五         かまくらさしてぞ急ぎける
百戦百勝勇士の名を定めがたし 死を安くして名をあらはすといへり かづさの景清みづから頼朝の

手に渡れば 扇子が谷(やつ)につめ籠(ろう)をしつらひ取ておし入れ けいごは在鎌倉の諸大名 一日一夜づゝばんがは
りに預りてきびしく非常をいましめらる 根井の太夫希義(まれよし)当番にて未明に相詰め 見れば門々番
所の幕 蚶(いたらがひ)の紋所 昨朝より今朝迄は岩永左衛門当番よな 根井の太夫番代りに参つたりと 云入れ共
役所を渡すていもなく 走つて出る人息を切て戻る人足をとばせ櫛のはを引くごとくなれば何ごとや
らんと根井の太夫 ふしんながらも立やすらひ返答おそしと待いたる しばらく有て御通り有べしとあん
ないさせ 岩永左衛門しほ/\と立出 ヤア根井殿 早速の御番がはり御大義千万 お目にかゝつて詞もない
先ず以て簑尾谷殿景清を生けどり高名ひるいなく 貴殿も昔に立かへり御親子(しんし)ならんでの御勤め


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目出たいと申そふか御大悦推量致いた 扨其景清に付てちと御了簡に預らねばならぬわけ有
お聞くなされ 籠をぬけついと致した とは入口の錠おろさずか 但は水道厠などよりぬけ出しか いづれ
道にもぶ念なりと肝つぶせば頭をかき それなれば下々のぶ念と申分けも有が聞てたべ 櫟(いちい)白?(しらがし)
栂(とが)の木の長さ一丈有物を大地へ七尺ほり入 上三尺のつめ籠 欅でくもでかうしを切くみ 一尺二寸の大
釘うらをかへさずひつしと打ち 足を籠より外へ引出し入ちがへ 七十五人して引たる楠にてあげほだしを
うたせ じつちやうつめがねたう/\枢(くるゝ)大ばんじやくをつみかさね 是には根ほりの大竹つゝに切てかづかせ身
動きもならぬ 是御らんなされ此籠を やぶりましたと幕引のくれば立寄り見てびつくりし 是程ぢやう

ぶに拵へたを やぶる音が御邊のみゝへ入らざるか 面目もないそばにいてみぢんもみゝへはいらず くつつり
と寝たまの夢程も存ぜなんだ 只今より明朝迄は貴殿の御ばん 此通り言上なさるれば此
岩永 よい仕合で遠島は見へて有 御了簡と申すは余の義でない 方々へ追手をかけたれば召とつて
帰るは早ふて五つおそふて四つ迄 さたなしになされ下さるれば大名一人お取立 ハテ目に見へぬことに堂塔
こんりうさへなさるゝじやござらぬか 根井殿 ナ申しとあまへかゞれば何さ/\ みおのやといふ臆病者の
子を持ち とばしりのかゝつた此太夫に頼とはないはづ ハゝゝゝとにが笑ひ 是はじゆつない それをこゝで仰られ
ては消えたい/\ 白梅殿御こん礼何やかやのお悦びにめんじ ぜひお頼と手をする所へ 荒木源五息を切て


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かけ付け 悪七兵衛景清を三个(が)村と申す所にて生どり 只今是へ引て参ると訴ふれば 岩永いき/\
いきり出しヤア根井 頼こと何もない 追付景清渡し申すと 手のうらかへす舌も引ぬに前後をかこみ
けいごきびしくつれ来る 根井の太夫きつと見ムウ 是は逃た景清か ハゝゝゝみおのやが生どつて差上げし景
清に似は似たれ共そふでない さつするに是は彼井場の重蔵 景清にして此根井受取こと罷ならず 刻限
うつる此通り参上せんと立出るアゝおやぢ様せはしない まあ判時待てたべ追付誠のがきますわいの やい
者共 追々に又いけ/\と追かけさせ 扨は儕講釈師めか下河原ても取ちがへ 一度ならず二度ならぬ妨げ
やつ 何として腹いんと立蹴にどうどふみたをし 足に任せてさいなむ所へ 誰訴へしか頼朝公重忠に口

とらせ ひづめをとばせかけ付け給へば岩永大きにはいもうし 頭に天の落かるかと 土にひれふし恐れ入り只今
言上仕らんと存る所御駕(か)をくるしめ奉る 夜前景清籠を破りぬけ出候 言語道断のにつくいやつと いは
せも立ず馬上ながら御声高く 籠に入れたる斗にて逃うれぬ物ならばけいごを付けるに及ぶべきか 長
く一人にばんさせては怠りゆだんも有べきかと 一日一夜を限つてかはる/\゛けいごせよと云付しはなんの為 籠を
破つたる景清にとがはなし 番を怠り籠を破られ 取逃したる儕こそにつくいやつ 諸士の見せしめ急
度けいばつに行へ重忠と 御立腹大かたならず見へたる所へ みおのや四郎汗をひたしかけ来り 籠を破り落
うせたる景清 是へ参上仕ると申す詞の下よりも 妻のあこやに手を引れ片手は杖をつく/\゛と見れば両


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眼くり出し東西 わかぬ其ふぜい 十蔵驚き走り寄 御身かことを聞たる故何とぞうばひかへさんと来る所 景清籠を
破り落うせたりと尋廻る 嬉しやよい所へ出くはせし 兼て命にかはらんと念願はこゝぞと悦び 景清是に有と
名乗て安々と生どられしは 其間に落延びさせん為是迄来る十蔵が 心ざしは無になつたか直にいづくへも落
てくれぬ そばからもなぜ気を付けぬ妹 エゝ十蔵が思ふ程にない 曲がない景清とじだんだふんで 泣ければ なふ其気
も付たれど 儕が知たことじやないとしかられて 泣て斗とすがり付重て袖をしぼりける 重忠御らんじ珎しや
景清 籠を破り遁れ出たる身のいかなれば立帰り ことに両がんをくつて盲目と成たるはいぶかしし 頼朝公も聞し
召す心底を明たれよ承はらんとの給へば アさの給ふはちゝぶ殿候な お尋なく共申上んと存る所存余の義にあらず かく

御敵と成て付ねらふ我なれ共 とかく命を助け御みかたに召れん為の御情申すに及ばず 海はあせて山と成共
二君に仕ゆる我ならねば しよせん此籠ふみくだき せき破りのとがを拵へがいせられんと心づきしが 思へば其
日のけいごの侍 籠を破られ取逃し 我故とがめに預らんも罪作りと 一日/\延せし所 昨朝よりは岩
永がばんにかはつてつらを見るよりあら嬉しやいこん有左衛門 とがめに合ふが殺されふが いにがけのだちん
とやらんこよひぞ籠の破り時と なんのくもなくぬけ出しは外にとがをこしらへて誅せられんとの我念力
もふ助けては政道立まじと 急いで我を誅せられよ 又両眼をくつたること 今鎌倉のはんじやう 頼朝の
いせいを見るに付け二たびあたをなすまじと 思ひ捨ててもぼんぶ心 見ずはうらみもおこるまじと頼朝を


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二たび見ぬ分別 みらい遥々(えう/\)あだをなすまじ 根を残さぬ心のちかひ えぐり捨たる両がんは 頼朝殿へ景
清が 今生みらいの寸志ぞや サア首討てあんどあれと首さしのぶれば頼朝公 あつぱれ武士よものゝ
ふよ 平家の恩を忘れぬごとく 又頼朝が恩をも忘れず 月日にかたどる両がんを我故くつたるけ
なげやと 勿体なくも御大将御落涙ぞ有がたき 左衛門一人むくりをおこし ヲゝ左程あいた首ならば左衛門が
さらへ落し 籠を破られ取逃した申分けにすると呼はれば 余りのことに御大将 とかくの御諚もましまさず
あこやこらへず あのいふたつらわいの 目の見へぬ人の首取て云分けに成か手がらに成か あほうくさいと恥かゝす
れば 女房だまれ 岩永が手にあふ物はめくらかいざりか 子共ならで外にはなし 尤々 ならばサア首取て

見よ ふくのは土を丸めて我子とし くらげはえびを以て眼とすると楞厳経(りやうごんきやう)に有りと聞く 我其ごとくあ
こやを以て眼とせん 後より我をかいほうしやひばの向ふ其方へ 引廻して教よと杖打ふつて立上れば源
五手つだへ盲目とてぬかるなと左右に別れ切かくる 根井親子は景清にえん有る顔と憚りて よそには知らぬ
気をもみ上げ心をひやしてひかゆれば 十蔵は又景清が詞のいぢを立させんと とめず指出ず縛られながら
眼をくばり すはといはゞ飛かゝらんと打太刀先に気を付けてそりや右よそれ左よ はらへなぐれと詞を懸け
我手をもつてたゝかはぬ心のやひばのしのぎをけづり 頭に上るいけふりは火花をちらすごとくにてまたゝ
きもせぬ 程もなく岩永主従太刀打落され 二人が一度にしがみ付き取てふせんと身をもがく 景清


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ちつ共たぢろかず 二人が首筋両手につかみ ぐつとしむれば眼を見つめ よはる所を取てふせ膝にひつ敷
一息ついたる心の内嬉しさたとへんかたもなし 其隙にあこや立寄て十蔵がいましめ切ほどけば なふ/\
景清 一人に二人は手がら過ぎる 岩永は我にくれと取て引立 とがは儕が心にとへと首えいやつと捻きれば景清
悦び 儕も主の供せよと源五が首も一時に ちよいと引ぬき捨たるは手習子共の書捨てし筆の首ぬくごとく也
十蔵かたへの太刀追取て大音上げ 助けんと云君には君の情有り 討れんと云景清は二君につかへぬ忠義有り 中を
取て此七兵衛景清が腹切る上は 情も忠も是迄也と太刀をさか手に取直す 重忠御らんじヤア/\十蔵 景
清がことは此暁 洛陽清水寺のくはんぜ音君の御枕に立せ給ひ 命を助けえさせよと みだい所もま

のあたりれいむを蒙り給ふ それ故是迄御馬を出されたるとはよもしらじ かりにも景清となのつて生がいせば 大じ
のかごに背くことはり 名代の切腹尤ながら無益也ととゞめ給へば 然らば御家人岩永を手にかけ討たる其誤り
井場の十蔵に立かへつて切腹せんと はだ押ぬいでも身づくらふ頼朝扇を上給ひ やをれ十蔵 左衛門を討たる其
とがを糾明せばあんおんに腹切らすべきか 我此暁景清を助けよとくはんぜ音の霊夢を蒙る さればこそ左衛門
が盲目の景清に刃向ひしをせいせんとは思ひしが 大じ大ひのおうご有景清やはか過ちは有まじと 思ふにたがはず
却て主従手にかゝりしは 景清十蔵が赦すにあらず 二人に千手の手をかして悪人を赦させ給ふ 是こそ還
著於本人経文あらたにあやまりなき 大悲のちかひと覚たり 然るを汝切腹せば?(くさかんむりに井?ぼさつ?)の勧善懲悪の 心に


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たかふ大悪逆恐るべし/\今より我に奉公し誉れを末世に残すべす 又景清はふちすべき平家もなく
頼朝が禄も受まじければ 飢につかれん不便也 両眼はくらく共心ざしは日に向ふ 日向勾当の官を蒙り
なじみの平家を琵琶にかたつて片時も昔を忘るゝべからず 万事は根井親子の者宜くはからひ得さすべし か様
に上下和(くは)すること念被くはん音の御力 我大けい是に過ずいざ帰らんと立給へば やうふ兄弟みおのや父子
かうべを大地にひれふし/\ 詞はなくて有がた涙ふしおがみ/\ 君をかしづき立かへる仏道武道の助けとして 治り
なびく源氏の政道 万々歳のすえかけてつきせず つきぬ八千代の松かはらぬ色くれ竹の ふしを
かさねて葉もしげる五こく 成就民あんぜんおさまる 国こそ目出たけれ

 

 

   おしまい