仮想空間

趣味の変体仮名

出世景清 第二

 

読んだ本 https://www.waseda.jp/enpaku/db/
             イ14-00002-383  ニ10-02172 など    

 


9(右頁5行目)
  第二
まことやたけきものゝふも恋にやつるゝならひ有 たきゝをおへる
山人も立よる花のかげきよも つねに清水寺のくはんぜおん
をしんじ奉り さんけいの道すがら清水さかのかたほとりに
あこやといへるゆうくんに かりそめぶしのかり枕 いつしかなれて
今ははや二人のわかをぞまうけける 兄のいやいし六歳をとゝ

のいやわか四歳にて よにおとなしくぞ見えにけるあこやはもと
よりゆう女なれども いもせのなさけこよやかによになきかげ
きよをいとをしみ 二人の子共をやういくしあには小ゆみ小だちを
もたせ ちゝがかげうをつがせんと ならはぬ女の身ながらもひやう
ほうの打だちし ぶだうをゝしゆる心ざしたぐひまれにで聞
えける かゝる所へあく七兵衛かげきよはしげたゞをうちそんじ やう
/\として清水やあこやがいほりにつき給ふ 女ぼう子共を引つれ
こはめづらしや何として 御のぼり候ぞ先こなたへとしやうじける かげ
きよ申けるはない/\御身もしるがとく 我平家の御おんをほう
ぜんためかまくら殿をねらへ共 其かひなくて一両年は をはりの国


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あつたの大ぐじにかくまはれむなしく月日をゝくりし所に 此たびは
たけ山のしげたゞとうだいsじさいこうのぶぎやうにもぼるをよきしほ
と 先しげたゞをねらはんため我身をいやしの下らうにしなし す
でにまぢかくつけよせしが こんつよき重忠にて 我らがちりやくあらはれ
ほいなくもうちそんじ 一かうに重忠とさしちがへしなんとは思ひしが 思へ
ば御身がなつかしく 子共がかほをも見まほしく無念ながらもながらへて
扨只今の仕合也 誠に久しくあはぬまに子共もいたうせいじんし御身も
ずんと女房をしあげたり なんでもこよひはしつほりとつもるつらさをかた
らんと しとゝよれば えゝ えようらしいかくらう人のうき身といひことさら
かたきをもつたる身が せめて一年に一度のたよりをもし給はず

ヲゝそれもことはりよ 此ころきけば大ぐじのむすめをのゝ姫とやらん
にふかいことゝ承る 尤かなみづからは子もちむしろのうらぶれて 見る
めにいやとおぼすれども子にほだされての御出か りんきするでは
なけれどもうきにくるひもとしによるしやほんにおかしいまでよい
きげんしやのと有ければ かげきよ打わらひ是はめいわく 其大ぐじ
の娘おのゝ姫にはしか/\ものをもいはゞこそ 八まん/\さうしたこと
でさらになしそちならで世の中にいとしいものが有べきかと なを
ものたるゝ袖まくらあこやも心打とけて思ふあまりのえいさ
かひいぬがくふとや是ならん てうしさかつきたつさへていや石にしやく
とらせ みとせつもりし物がたり かたらひあかし給ひけるちぎりの


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程こそゆかしけれ かけきよの給ふやう我久しくひしうにちつきよ
してくはんおんさんけいをこたれり さいきやうの間は一まづ日参
の志し有 さりながら是よりまい日往来せば人のとがめも
いかゞ也 とゞろきの御坊にて一七夜はつや申やがて帰りたい
めんせんとあみがさとつてうちかづきおもてをさして出給へば
いや石門迄をくり出さらば/\の小手まねきしほらし「かりし
ひさき也 こゝにあこやが一ふくのあにいばの十蔵ひろちかは き
たのまうでをしたりしが大いきつきでわがやにかへりいもうとの
あこやをかたはらにまねき是を見よまことにくはほうはねてま
てとやあく七兵衛かげきよをうつてなり共からめてなり共まい

らせたるものならば ぐんこうはのぞみしだいこの御せいつを立ら
れたり 我等が名いぐはのずいさう此ときとおぼへたり 兵衛はいづく
にありけるぞはや六はらへうつたへて 一かど御おんにあづからん
いかに/\とおゝせける あこやはしばし返事もせず なみたにくれてい
たりしが なふあにうへそもや御身はほんきにての給ふか たゞしは
きやうさし給ふかやわらはかつまにて候へば御身のためには
いもうとむこ此子はおひにて候はずや 平家の御代にて候
はゞたれかあらふかげきよととぶとりまでもおちし身が今此
御代にて候へばこそ かずならぬわれ/\をたのみて御入候ものをたと
へば日本にからをそへて給はるとてそもやそにんがなるべきか とぶとり


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ふところに入時はかりうどもたすくるとよ きのふまでもけさ迄
もへだてぬなかをそもやそものがれふものかさりとては 人は一だ
いなはまつだい 思ひわけても御らんぜよと ないつ くどいつとゞめ
ける 十蔵から/\と打わらひ やれなをおしみてとくをとらぬはむか
しふうのさふらひとてたうせいははやらぬふるいこと 其うへ御へんが
おつとよつまよなんどゝて心中だてはしけれ共 あのかげきよはな
大ぐじか娘をのゝ姫にさいめいし 御身がことはたうざの花こう
くはいする共かなふまじ 女さもしくてうしからぬとは御ぶんがこと
ぞ しょじはあにゝまかせよととんで出ればまた引とゞめいや大くしの
むすめは人のいひなしわるくちそや かげきよdのにかきりさやうの

ことは候まじ よし人はともかくもわらはが二世のつまぞかし さ程に
思ひすへ給はゝ子共もわらはもかいしてのち心のまゝになし給へ
やあいけらんうちはかなはじとすがりついてぞなき給ふ しかる所へあ
つたの大ぐじよりのひきやくなり かげきよ殿の御旅宿所は是
にて候やらんとやがてふばこを出しける 十蔵出あひいかにも/\
是はかげきよ殿の旅宿にて候ば 宿願有て兵衛殿は清水 
さんけい致され候 御文をあづかりをき帰られしだい見せ申さん
明日御出候へとひきやくをかへし 兄弟ふみをひらいてみればをのゝ
姫のふみにて有 かりそめに御のぼりまし/\ていなせのたよりも
し給はぬは かね/\聞しあこやといへるゆう女に御したしみ候が みらい


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をかけし我ちぎりいかゞわすれ給ふかとこま/\゛とぞかゝれける あこや
はよみもはて給はずはつとせきたるけしきにて うらめしやはら立
や口おしやねたやましや 恋にへだてはなきものをゆう女とは何事
ぞ 子の有中こそまことのつまよかくとはしらではかなくも たいせ
つかりいとしかり心をつくせしくやしさは人にうらみはなきものを おとこ
づくしやういたづらのアゝうらめしやむねんやと 文ずんに引さき
てかっこちうらみてなき給ふ ことはり とこそ聞けれ 十蔵よろこび
それ見たか このうへはかた時もはやくそにんせんもはや思ひきつたかと
いへば ヲゝ何しに心残るべき せめてそにんしてなり共此うらみをはらし
てたべ げによきがてんと立出たれば又しばらくと引とゞめ とはいひながら

いかにうらみかあればとて をつとのそにんは成まいか いやまた思へ
ばはらもたつにくい女めエゝぜひもなやと あるひはとがめある
ひはすくめ身をもだへてぞなげかるゝ 十蔵たもとをふりきつて
エゝりんえしたる女かな そこのけとつきのけて 六はらさして
いそぎしはれうけんもなき「しだい也 かくとはしらで かげきよ
清水寺にさんろうし とゞろきの御ぼうにつや申 どうじゆ
く達に双六うたせじよごんしてこそいられけれ ころは卯
月十四日夜半斗のてる月に ひたかぶと五百よき江
間の小四郎大将にて そにんの十蔵まつさきかけ とゞろきの御坊ふ
たへみへに取まはしときのこえをぞつくりける 元来こらへぬあら


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ぼうじもんぐはいにつつ立て そも此寺は田村将軍此かたしゆご
ふにうのれいちなるに らうぜきは何ものぞよぬす人なんどゝ覚え
たり あれうちとれ小ぞう共とこえ/\によばゝれば 江間の小
四郎こまかけよせ さないはれそほうしたち御ぼうにとがはなけれ共
平家のおちうど悪七兵衛景清こよひ是にこもりし由 い
ばの十蔵そにんによつてよしときうつてにむかふたり いぎにをよ
はゞてら共いはせじしやもん共いはすまじ かたはしきつてきりち
らせといひもあへぬにあく七兵衛 是にありときつて出るひた
ちのりつしえいはん此よしを見るよりも じひだい一の此寺にてしん
/\゛のぎやうじやをむなしくうたせて くはんぜおんのせいぐはんはいかな

らん ふせげや/\ほうしばらさゝへよや下僧共 承しと衣の袖をし
ぼりあげ えもの/\をひつさげて卅よ人のあらほうし五百よきにつつ
さゝへて命をおしまず「たゝかひける 五百よきが四方にわかつて
すきをあらせずふせげ共 かけきよひてうのしゆつをえたれば
さうなくうたれんやうもなくさうはうしろみてひかへたり かげきよ
えんばなにつつ立て こよひのそにんはつまのあこや同あにの十
蔵と覚へたり をのれすねんのおんあいをふりすて大よくにふ
けるぐにん共 もつたいなくも此御寺にちをあやすきつくはいさよ と
てもよになき某がをのれらが身のためならはなんでう命おしからん
人おほくうたせんより女房兄弟をりあひてからめとれとぞわめきける


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十蔵が下人二三ヤ太といふくせものふんべつもなくとんでかゝる かげきよ
につこと打わらひそばに有ける双六ばん かた手に取てなげつくれば
二三太がまつかうに ひゞきわたつてはつしとあたればくびはどう
にぞにえこみける ヲゝでつく共せぬでつちめが手がらしさうに見
えたれども ぐし/\と成けるは誠にぐにんなつのむしとたはふれて立
所を 十蔵つゞいてきつてかゝるかげきよ長刀をつきのべ むし同前
のこつはむ者しやばのそ人は是迄ぞ えんまのぢやうにてそにん
せよとうけつながしつきりむすぶ 江間がぐん長是を見え そ人
うたすなくはゝれとどつとつれてをしへだつる こころえたりとかげきよはさい
もんをふたてにとり 入かへ/\大せいをさうにかけ みけんまつかうよろひ

のはつれきらはずあまさず「切たつる こはかあはじと ぐん六共十
蔵をひつつゝみ六はらさしてぞ引にける かげきよ今は是迄と
をとはの山のみねをこへ こずえをふみわけいはほをおこし とびこへ はね
こへ飛越せつなる間にとぶが ことくにあづまぢさしておちゆきしは
まことにきたいのものゝふやと扨かんぜぬ ものこそなかりけれ