仮想空間

趣味の変体仮名

嫗山姥 第一

 

読んだ本 https://archive.waseda.jp/archive/index.html
     ニ10-02179


2
五百番の内 嫗山姥 作者近松門左衛門
漢に三尺の斬蛇(ざんじや)あつて四百年のもとひを
おこし 秦に太阿工(たいわこう)市あつて六国を合す 古
の君子是を以て自まもると 子路(しろ)がうたひし
劔(つるぎ)の舞かへす袂も面白き 我神国の天(あま)の村
雲百王護国の御守り ヲロシ のへふす民こそ
めでたけれ されば今上天暦の帝(みかど)御代しろしめす


3
いつくしみ 波静なる遠江枝をならさぬ時つかせ 浜
松の宿(しゆく)の邊(ほとり)にあたつて 空に紫のうんさきたな引(びき)斗(と)
牛(ぎう)の間に英々たり こゝに清和天皇の正統(しやうたう)摂津
のかみ源の頼光(らいくはう)十八歳 かくと伝へ聞給ひ唐土(もろこし)の
張華(ちやうくは)が名剣を得たる例(ためし) うたがひもなく此邊(へん)に天
下の重宝と成べき 名剣うづもれ有に極つたり 尋
求て父満仲(まんぢう)のぶこうをつぎ 源氏の子孫に伝へんと

同年の若者 わたなべの源五綱に御心を合せ きんりん
の宿々二夜三夜泊りだかのにことよせて ありか尋る
名剣のさやの中山に お宿をめされける 其頃胤子(いんし)女
院の御弟清原の右大将高藤(たかふぢ)とて わづかの儒家に生
れながら当今(たうぎん)の御外戚 姉女院のいせいをかつて中納
言の右大将にへあがり えいようおごり身に余り諸国の
名所を遊覧し こよひ此宿御泊りと宿わりの侍肱(ひぢ)を


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はり むら/\と立かゝり ヤア/\当宿に 此家ならで御本陣に
成そふな家なし さき立ての宿札何者ぞ まくも札も早々
まくれとよばゝりける てい主驚き是々そこつなさるゝな 忝く
も摂津の守(かみ)頼光 源氏の大将の御宿札とせいすれ共 なんの
光源氏でもけむしでも 清原の右大将殿御いせいにはか
なふまじ のじばらばまく引ちぎり 宿札打わり引ずり出せ
とのゝしりける 渡辺の綱聞もあへず 何条せんにうつたる宿

札ゆびでもさゝばふみ殺さんと をどり出るを頼光しばしと
しづめ給ひ 同じ武家にもあらばこそ長袖にかつてほまれ
ならず ことにかれは右大将女院の弟 朝家(てうか)にてきするなどゝ
ざんせられてはふかく也 ひそかに此屋を立出宿はづれに一宿
せん 汝残てをんびんに明渡すべしと 手廻り少々御供にて
うらの小道に松陰より山路に「そふて出給ふじこくうつると
頼光のせき札引ぬいて 清原の右大将殿御泊りと高々と


5
をし立 ひんあらべて右衛門(えもん)のかみ 平の正盛同く泊りとせきふだ二
本ぞ立たりける 渡部今はたまりかねをどり出て下人原 取て
つきのけ大音上 清原の右大臣は 右衛門のかみ正盛と名を二つ
付れしか せんにうつたる宿札かゆる法はなけれ共 主君頼光若
輩なれ共御しあんふかく おごり者の右大将にはり合後日の
ざんを受んと 犬にくはれし同前とおとなしく宿をかへられしに
定て是は平家の大将正盛な かれとあひやどめさるゝからは頼

光も合宿と 正盛がせき札とつて引ぬき たゝきわらんとする
所へ平の正盛 いかれるこえにてはつたとにらみ ヤアをのれは頼光が
下人綱と云わつはよな 此度右大臣殿東(あづま)の名所御遊らんに
御同道申からは合宿のせき札たれに憚ることあらん 主従共にあ
くちもきれぬ小倅共 もとのごとくに札立なをせ 但わらればわつ
て見よと太刀のつかに手をかくる 渡部につこと笑ひ ヲゝ源氏の
ならひ御辺の御成相手は おとなの手を出す迄もなく前がみ


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立の子共の請取 主君頼光に宿を明させ右大将のいをかつ
て 御辺ぬつくり泊らんとやあたゝかなこと 右大臣一家の外ふんご
まばからすねながんと せき札みぢんにふみくだき二王立に立たるは
こんりんざいよりたちまきにはへぬいたるがごとく也 正盛そゞろ恐
ろしく身はふるへ共をししづめをのれいけて置やつならねど高官
の御同道 さうとうも恐れ有こゝは某おとなしく 宿はづれに
別宿すよつくしやうねに覚ておれと おめぬかほにて立帰れば

渡部は見向もせず 右大将の宿入の中をしわつてのさ/\と
はがひのしたる夕烏 泊りじやないかはたごやの門にぎ はしく
「くれかゝるのぼり 下りの旅人の すいとやぼとにすれてもまれ
てともずれの 招く薄(すゝき)もおじやれ/\が恋をよぶ かりの契り
も末かけて「そなた百切おりや九十でも 心次第のござ枕 笠
も預かる もゝ引あらふ せんそくのゆとぜん立とぐはつたひしやの門
がまへ 本陣宿のいそがしさあまたの出女下男 中にわかば


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喜之介が跡の季よりも角(すみ)前がみ つちけもとれてかほの色白
瓜膾(なます)夕めしの 拵いそぐうすばの音のちよつき/\ちよき/\/\
ちよつきり切ばん百人前を夢の間に 仕立すましていき休め
たばこくはへて立いたる 下女の小いといそがしげに是のら松 ひ
まのないはたごや奉公 ことにけふは清原様とやらむぎわら様と
やら お公家様の大客 うへつかたは物静で御了簡も有べきが 下々
のくせに口わるく ぜんがをそいのなんのとていぢらせてたもんなや

なぜにきり/\はたらきやらぬきせるはわしが預かると ひつたくれば
喜之介エゝ小やかましい 男のしごとがもどかしそふな是 料理
したり水くんだりわんふいたりかどはいたり うつたりまふたり此
手一つで百足(むかで)の代も仕る 貴殿の様に毎夜/\たび人ねやへ
引入 にやきもせぬかげんのよいうまい手料理ふるまふて うめ
く程銭もうけてゆるりと朝ねめさるゝと 我らがしごとは
かく別ためた銭ざしぬいたりさいたりせまいが さればいの ヲゝう


8
そじやないとぞ笑ひける ムゝ是は聞所 なんじや毎夜おびと
き勤めするとの云ぶんか 是そんな小いとじやないぞや ほうばい
衆はめん/\につとめ次第に銭かねため 親ざとみつぎ身に一重
もかざれ共 わしはこなたを思ひそめめんどう見よふ見られふと
頼もしづくのいひかはせもし末のえん有て 一所にもくらしたいと随
分と身をたしなみ 旅人の酒のあいさつ肴に小歌うたふたり
わづかの銭をいたゞく時は涙がこぼれて口おしけれど 若いこなたが

奉公の身で義理順義も有物と 一せんも身に付すみんな
こなたに渡すぞや 一ことかはいといふたとてつみにも成まいほんに
思ふ程にもないにくい男と 首筋にはがたぞ 恋の極印なる
喜之介ほろりと涙ぐみ ヲゝあやまつたこらや/\ サアわつさり
と中なをりきげんなをして盃ごと 幸肴は此膾先祝言
心持 そんなら祝ふて女房からわしが手酌で是さいた 我らは
えものゝ此茶わん吸物はにうりのとうふ めでたふうたはふ


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じやつくはうのとうふ茶わん酒の たのしみもかくやと思ふ斗の
膾かな あひよすけよといふくれないの前だれひざに打
もたれ かはひやつとぞたはふるゝ かゝる所へ右衛門のかみ平の正盛
さん上と あん内すれば喜之介小いと 口上の趣をおくへかくとぞ
取次ける 清原の右大臣出向ひヤア正盛 近ふ/\とたい座に
請(しやう)じ 扨も御へんと某昨日迄泊/\同宿にて 名所古跡の
物語旅宿の徒然忘れしに こよひは頼光めにさへられ思

はぬ別宿あすの泊を待かぬる こよひのさびしさすい量あれ
と有ければ 正盛つゝしんで 御こんいの余り申上たき子細の候
其故は某がけらい物部の平太と申者 先年坂田のぜんじ
忠時と申浪人侍と口論し かのさかたを討はうつて候へ共 かれ
には男女の子共有親の敵とねらひ 若し平太めを討せては
某ぶだう立申さず 一寸もそばをはなさず旅の末迄めし
つれ 幸い君と御同宿御いせいを以て昨夜迄心やすく臥たるに


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こよひ野はづれの別宿平太めにあやまちも候ては 弓
矢のふかくあはれかの者御次に一宿せさせ下されば 生々
世々の御厚恩といひも切ぬに右大臣 ヲゝ何より御やすこと
其者是へといふ間に かごを内へかきすへさせ六尺ゆたかの大男
日影見ぬ目の色青く 月代のびて髭長くのべの薄にこと
ならず 右大臣近くに招き 物部の平太とはわぬしよな 敵持の
用心尤ながら此高藤がかくまふたり 某がいせいの程人間は

おろか 鬼神にても某がそば近く狼藉し出し ゆびでも
さゝば天子に弓引く朝敵同前 身をしらぬ者や有べきなん
の用心月代そらせくしけづり 世間広くのさばれ高ふぢか
かく云ふからは はん噲(かい)張良(ちやうりやう)にだかれていると思ふべしと 過言上なく
のゝしれば正盛悦び有がたし/\ 弥々頼み奉る 明朝御見廻(まひ)申
さんと一礼してぞ帰りける 喜之介小いとはふすまのかげ跡さき
とつくと聞届け あれ/\とつ様討た平太めに極つたり 日頃頼みし


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けいやくはこよひぞや 女の腕にてしそんずるは必定 かならず跡を
頼みますと小づま引上身づくらふ 喜之介をさへてせくまい/\
そなたに兄ごも有げな 其兄も出合ずまして女のしそんじ
ては恥辱也 あらごなししてやらふとゞめをさせば同前と をどり
出ればアゝ忝い 迚ものことにとつ様のゆづりの銘の物 常に人の気
の付かぬ思ひがけのない所に とつてをいたと一間床(とこ)板たゝみを
引上れば 一こしの金作り人こそしらね紫の 虹立のぼる名剣

のふしぎと後にしられける 喜之介さや口ぬき見れば 氷のやきば
玉ちる斗 サア本望はとげたるぞ必ずせくまい/\と 云もせきぢの
朝烏飛立心ぞ道理なる それ/\おくからあんどうさげて誰
やらくる あやしめられなとめはぢきしちやつと忍べば小いとはそら
さぬかほはな歌で さしき取をく玉ばゝき紙くずひろふてい
たりけり 敵の平太ともしびそむけこりや女物頼まふ あす
のお立は明六つ 其てんにあふ様にさかやき一つ頼たし 上手なかみ


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ゆひ有まいか アゝ/\おやすいこと どりやよんで上ましよと立んとす
ればいや/\ 少(ちと)様子有て男はならぬ 女のかみゆひ有まいかといへば
はつと心つき なふ/\お前はお仕合 わたしはじだい町代(ちやうだい)の娘 かみ
月代一通りは小額まゆぎは中そり逆(さか)ぞりこそげぞり お顔
はたつた一かみそりにごし/\/\ 口ひるなりとはな也とお首也共ころ
りつとそりおろして上ませふ アゝいま/\しいきみわるい あだ口きか
ずとはやそれと かみそり出しかみをつさばきえんばなの 水かけに 頭(かしら)

ひたして紅葉ばのこがるゝ小いとが心の内 喜之介はふすまの
かげ今や出ん/\と たがひにめくばせ気を通はし是々つむりがまだ
もめむぞ こふそりかゝつてきをせくことはちつ共ない もめぬ内にそり
かゝればかみそりがはづれると いへ共さらに気も付ず きゆる命はちり
取におつる雫のはかなさよ サア今は大じのぼんのくぼ うつふかんせ
とかみなであぐれば喜之介は ふすまをそつとしめ明けに後ろに立て
も親の敵 こえをかけぬは口おしとためらふ色を女はさとつて申 旦那


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様 お前はつよそふなお侍 定めし人きらんしたことも有ふの ヲゝきつ
た共/\ ヲゝ其きつた坂田が娘いと萩 親の敵と云より早く
ぬき打の 首につらねてひげ一ふさ 両ひざかけて一たちに水を
きつたるごとく也 サアしおほせた立のかんとかひ/\゛しくも首ひつ
さげ 女を小わきにしつかりとだき一さんにこそおちうせけれ 右
大将が侍共こは何ごとゝはしり出て なむ三ぼう平太うた
れ候と よばゝるこえに高ふぢかけ出じだんだふんで エゝ口おしや

むねんやな 正盛にむかつて詞なし よし地をくゞり雲に入る
共高藤がいせいにて からめとらでをくべきかをつかけ討ちとれ
もの共と いかれるこえは松ふくあらし月日にまがふめのさやの
さやの中山手わけをして上を下へと「かへしける二人は漸
しゆくはづれ迄はしりつき ふりかへれば追手のちやうちん 八
方を取まきて おちんず様こそなかりけれエゝ口おしや なま
なか追手に討れんより御身をがいし はらきらんとはおもへ共


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敵にくびを取かへされ 我らがくびをもわたさんことかばねのうへ
の無念也 誰がとまりかしらね共こゝを頼んでさしちがへ しがいを
かくしてもらはんとくだくる斗門の戸たゝき そこつながら我々は
親のかたきをうつて 立のくおりから追手きびしく候へば どなた
かは存ぜね共御にはをかりせつふく仕たく候 御めぐみ頼み奉る
と大をんあげてぞ申ける 所こそあれ頼光のとまりのやど
わたなべ聞よりとんで出 じつふはしらねどかたきうちとはこゝちよし

と 手づから門をおしひらきサアかくまふたおはひりやれ 摂
津のかみ頼光の旅宿 かくいふは渡部の源五綱 日本国が
おこつても蚊のくふほどにも思はゞこそ ゆつtくりと休息あれと
もとのくはんの木しつとゝおろし 御前にともなひ出にけり 頼
光たい面まし/\ かれらはふうふか兄弟か 假名(けみやう)実名敵
うちの首尾つぶさにきかんとの給へば さん候それがしはしなのゝ国
うすいの庄司がせかれをさな名はあらどう丸 父もつして


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みなし子となり当所にいやしきげす奉公 此女とほう
ばいのよしみに承はれば 此女が父さかたのぜんじと申せし者
平の正もりが家人ものゝべの平太にうたせ ともに天をいたゞ
かぬうらみを一たちほうぜんとねらへ共 一人の兄は行きがたしらず 女
の力にかなひがたき物がたり見すてがたく こよひ清原の右
大将のとまりにかたきを見出し 思ひのまゝにうちとりくび
持参仕る うち物は此たち此女がぢうだい ちえもんじゆの

化身とつたへし 平泉の文珠宝寿が千日けつさいしてうつ
たる利剣のしるし かた手なぐりの一うちに御らん候へ此大くび
女が持たるひげ一ふさ両もゝ両ひざたゞ一かたなに大のおとこ
七つに切たるわざものこよひの御情をじやせんが為 此女が
けん上御はきがへ共おぼしめさば 生前(しやうぜん)の悦び猶御はうしには
しがいとかくし給はれ サア今生に思ひ置くことはなし いざこいさし
ちがへんとつゝとよる やれわたなべあれとゞめよとをしわけさせ


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たちをぬいて御らんあればめい/\としてふようのひらくがごと
く やきばはほしのつらなるがごとくひかりは波のわくがごとし もろ
こししんのぶてい天下を治めて呉国(ごこく)のかたに むらさきの雲(うん)
気立つをあやしみしに 雷煥(らいぐはん)といふ者天文をかんがへ とちう
をほつて干将莫耶の二剣を得たり 然るに此宿に当つ
てむらさきのうんきたな引しこと 遠き異国のむかしを思ひ
かならず名剣有べしと鷹野にことよせ一宿せしに こよひ

此たち手に入こと源家のぶこう天にかなひし其いとく 首を
うつ余りのきつさき風にもちる髭を切 両膝かけて落たること
日本無双の名剣 名はたい現はせば則ち髭切膝丸と名付く
べしと 謹んで頂戴あり御子孫ながく伝はりし和国の宝と
成にけり 扨其女に兄も有とや重ねて古郷へ送るべし あら童
には我頼光の光をゆづゝて うすいのさだ光と名乗り 奉公せよ
との御諚のおもむき二人はあつとかうべをさげ悦び涙をながし


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ける かゝつし所へ平の正盛大ぜいをえいんぞつし 門をたゝいてヤア/\
頼光 忝くも右大将殿の御前近く 人をあやめしあばれもの
を引こみ 天子同前の右大将殿をかろしむるは朝敵にもま
さつたり 女わつはになはをかけ 頼光渡部主従共に切腹せよ
異義に及ばゝふんごんで かたはしにぐみころさんと傍若無人
のゝしつたり わたなべくつ/\とふき出し ヤイ天子同前とはたれが
こと をのれらうではかなはず手はたゝず口ばつかりは人らしく くはん

いをもつてのおどしはくはぬ/\ 去ながらぎしみあふもおとな
げなしサわたす請とらば取て見よと 門の戸さつとをし
ひらきすつくとたつたる其いきほひ 正盛主従色ふぃがひ膝
わな/\とぞ成にける あら童つゝいてとんで出 是旦那宵迄は
はたご屋の下主(げす)喜之介 今は頼光の御家人うすいの定光(さだみつ)
渡せよ出せといはず共幸いこゝもはたご屋也 こゝへきてからめ
とれサアはひらんせとまらんせ泊りじやないかえ はたごの料


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理はお望み次第あたまからつまさき迄 きざんで/\ざく/\
じるまつ二つにどう切の ちなまぐさいやき物めいどの道はあひ
やどなし せうねつぢごくの水(すい)風呂もわいてござんす ざつと
行水あびぢごくとまらんせ/\とまりじやないかとまねきける
右大将高藤をくればせにかけ来り ヤアおくしたるか正もり
頼光渡部なればとて鬼神(おにかみ)にてもあらばこそ うしろづめは
高藤と いふより正盛いきり出し 乗こんでふみつぶせ承はると

切て入 源氏がたにもあまさじと 両ぜいどつと入みだれ火水になれ
とぞ「たゝかひける頼光は忍びの旅にぜいの供人大半討れ
定光渡部たゞ二人せめくるかたきのまつかううでぼね どう
切たてわり車ぎりなぎ立/\「追まくるさしもの大ぜい
しどろに成て見へけるが近郷の農人狼人右大将がいせいに組し
我も/\と入かへ/\いる矢は 雨のごとく也 定光も渡部も心はやたけ
にはやれ共 飛道具をふせきかねなんと定光 もし我君にかすり


19
矢でも当つては末代のかきん 一先おとし奉らんとあなたこなたと
見めぐれ共 皆高へいにめぐりは堀から門からくとざしたり ヤア此門
ひとつをしやぶるはやすけれ共 跡よりよせてのこみ入もやかまし上へ
そつと持上てけごみの下よりおとし申さん尤とむねもん高き
かはらふき尺に余りし四かく柱二本を二人がめん/\にひつかえて
ヤアえいやこんとさしあぐればさしもの大門石ずへはなれ
天よりつゝたるごとく也 頼光もわらはせ給ひ 門を守り金剛

力士仁王をけらいにもつたれば 我行さきはせきもなし女は兄
が行衛を尋ね 兄弟打つれ来れ一あしもはやおちよ 我は
みの路(ぢ)をのぼるべし汝らもあらましに切ちらして追付と やう/\
としてのき給ふ御有様ぞふてきなり 其ひまによせ手のぐん兵(びやう)
あますまじきと込入たり 両人今は心やすし雑人原(ざうにんばら)一人づゝ切
ては手間どふはかゆかず後日に此門たてなをしてやる斗と
門柱引はなし手々(てんで)にひつさげ大ぜいを左右にうけ 酔象(すいざう)が


20
いはをわり飛龍の波をたゝくがごとくはらり/\と「なぎ
立る馬も人もたまらばこそさしもの大ぜいうちひしがれ 高
藤正盛ちからなくあとをも見ずしてにげされば ヲゝ面白し
こゝちよし君に追付奉らん とふ/\いそげどう/\/\ どうど
ふんだるかい道もぶゆうのみちも一すぢに こさんの渡部しん
ざんのうすいのさだみつ奉公はじめ 門に手がらをあらはして
二わう二てんに四てんわう出べき しるしときこへける