仮想空間

趣味の変体仮名

嫗山姥 第三・とうろうの段

 

読んだ本 https://archive.waseda.jp/archive/index.html
 ニ10-02179

 

33(左頁)
  第三
ねい人の詞は甘きことみつのごとく 人をそこなふこと刃より猶速(すみやか)也
清原の右大将平の正盛にかたんし 源の頼光ぶゆんにほこりらう
ぜき者を引こみ みんかをさはがし我々が手の者大ぜい討取 剰都迄切
のぼらん企 かみをかろしめ下をかたふけ候とさい三ざんそしきりなれば
ついにねいせいにうこのきばにかゝつて しつとさうようの忠心のつばきも
おれ 勅勘の身と成給ひみのゝ国 のせのはん官仲国はるい代の


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ひくはんといひ 内縁ふかきよしみによつてしばらく「忍びおはします
はん官の妻小侍従(こじじう)一子冠者丸(かんじやまる)十六さい ふうふ親子抔閑(とうかん)なく家
内のなん女いたはりつかへ奉り 御心をくかたもなつ過秋も初めなり
西おもてのおばしまに 色々の灯籠をかざらせ 此夕ぐれの御つれ/\゛
と御盃を参らすれば 頼光もあさからぬあさぢが露にとう
ろうの ひかりあひつゝ玉しげるむかしの秋をおぼし出 すはいを
かたふけ興に入 長歌つくり朗詠しうたひ「給ふぞおもしろき

  とうろうの段
かず/\めぐる さかづきの かげにうつろふとうろうの
いろをかへしなをかへきりこたいこのなりもよく かごに
いれたるつくりばなきゝやう はりすひ ふぢのはなかぜに
もまれて ゆりのはな あのおく山の一もとすゝき いつほに
出てみだれ みだれあふひの花あやめ われが思ひはふかみ草
たれか あはれとしらぎくやしをんがんひにけししもつけの


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はなおけに しだれざくらやいとやなぎ 水なきそらのつりぶね
も こがるゝ色のべにつばき手まり山ぶき かきつばた かせんの
すがたをきあげに もじをすかしのすかしどうろうがく
どうろう 手ぎはやさしき はなかづらふりわけがみを くらべ
こし いづゝどうろういどやかたはひまつはるゝあさがほの
花のうてなのりん/\ごとに とぼすともしびきら/\と さなが
ら秋のほたるとびかふうぢがはの あじろどうろうもじとう

ろうすはまだんせんたううちわ あふぎぐるまに水ふるま ゆ
えんにつれてくる/\とまはりどうろう かげどうろう 月
もふけゆく夜あらしに まはれ/\しなよくま
はれかざぐるま をぐるまの はな見ふるまにしのび
のくるまアゝ/\もゝ夜のくるま よそにぬしある袖
ひくな そでつまひくなをみなへし 恋をすみれかびじん
さう 四きに色あるつくり花 手をつくしてぞかざりける


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頼光甚だ興に乗じ 酒えんたけななの折から 渡部の綱うすいの
定光御前に罷出 誠に此度判官殿の忠節にて 我々迄あんざ
の段浅からず候へ共 いつ迄かくゆう/\としてもあられず 御大将は誰
あらん忝くも六孫王の孫 摂津のかみ源の頼光 郎等には先此
渡部新参のうすいのさだ光 一せきに只二人なれ共両腕に百人づゝ 胴
ぼねにも百人つゝ をつ取て此座に斗六百騎 何をうか/\待給はん 悪
道にはかたうど多く直ぐ成道には入る者すくなし 右大将がいせいをかつて

平家さかんの世とならば 正盛四かいを一のみにしばんみんの歎きとを
かるまじ 両人おいとま給はつて都の体をも窺ひ 諸国の御家人かり
催しとがなき旨をそうもん 佞臣原一々にかき首 御本意をとげさ
せ奉らん いかにしても此様にあんかんとくらしては 筋ほねたるんでせいこんつ
きはて候へば早おいとまとぞ申ける 頼光聞召我もさこそ思ひつ
れ さあらば両人はいせぢきのぢへおもむくべし 我は又北国にかゝりげんじ心
ざしのせいをあつめ 都九条六孫王のたん生水にて出合ん かど出といひ


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定光には未主従の盃せず 名乗の一字をゆつる上は向後源氏
の家の子ぞと 御盃を下さるゝ定光しさつて頂戴し 天が下にふたり
共なき大将軍を主君に持 下地のゆう力十ばいまし 一騎当千
と思召れと三はいつゝけてつゝとほす 能勢判官座を立てヲゝめて
たし/\ 貴殿渡部様のふやうのあやかり申為 其盃を一子冠
者丸に下されかしと有ければ おじぎも申べけれ共ふやうにあやかり
給ふ為 お望に任せんとさす盃を冠者丸 いたゞき/\うやまふ体

母は見るより打しほれ 袂を顔にをしあてゝつゝむ涙も をのづからこ
えに 顕はれ色に出 人々是はと御ざしきけうさめてこそ見へにけ
れ 判官見かね御祝儀の折から 不吉の落涙狂気したるか 罷
立と引立る渡部とゞめて ヲゝ尤/\ 定光の盃不足に思はるゝこと
母御の気には道理至極 こゝは綱が頂戴せん 冠者殿いざさし給へと
云ければ 母はやう/\涙をおさへ御ふしんは御ことはり 定光殿をゆめ/\かろし
むにても候はず 我身のうんのつたなさとあの子がくは報のうすきこと


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日頃くよ/\思ふこと思ひ余りて涙がこぼれ御祝儀をさませしぞや 御大
将にも綱殿も御存じ定光殿への物がたり わらはゝ始小侍従の局と
て 御父満仲(まんちう)公にみやづかへ げんじのたねを身にやどしたん生せしはあの若
美女御前と付給ひ 御てうあい有しかど頼光様の御母みだい所の御心
を憚り 出家にせんとて十一の春より十三の秋迄 山へのぼせ給ひしに
経の一字もならはずきつゝはつゝの弓馬のげい 満仲公の御いきどほり
なだめても歎きても 御にくみはれやらず 藤原の仲光に仰付られ

首討るゝに極りしに情有仲光忠義をおもんじ我子の幸寿丸を
がいし あの子の首とて見せ参らせ 当座の命は助かりしが 終に其こ
と顕はれ二度の御かんき御立腹 御親子のえんきれてわらは一所に判官
殿に下されし 今みづからはのせはん官仲国が妻 あの子は一子冠者丸
とは申せ共 もとは満仲公の御子頼光の御弟 美女御前にておはします
アゝかなしきかなや同じげんじのたねと生れ給ふ程ならば みだい所の御はら
にもやどり給へかし 然らば出家の御さたもなく頼光様は大将軍 あの子は


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又副将軍と千騎万騎のぐん兵(びやう)も したがへなびけ給はん御身の末代に
残る源氏けいづの巻にさへ 美女御前と云名をけづゝて入られず 漸と
郷侍(がうさふらひ)すきくわ取の大将とは いたはし共浅まし共 数ならぬ此女のはらをから
せ給ふ故 御出家と仰出されしが くは報の花のちり始いでのかはづの
蝌(かいるこ)の ちいさき時はおひれ有さながら魚(いを)のごとくにて 母蛙が親に似
ぬ龍をうみしと悦べ共 次第におひれが手足と成常の蛙(かはづ)と成故に な
げきくやむと伝へしがそれは天地自然の道理 みづからはたま/\げんじ

の大将をうみおとせし 悦びは夢なれやさめては平人(へいにん)の子と成給ふも 此
母が戒行のつたなさ故とつもる涙はにごり江に よる昼泣ぬ隙(ひま)もな
き蛙にをとりし此身やと 御前も人めも打忘れかつはとふして 泣ければ
君を初め渡部定光諸共に皆々 袖をぞぬらさるゝ やゝ有て頼
光小侍従のくやみ至極ながら 子を見ること父にしかずといへり 満仲
の深き御心入れこそ有つらめ 今右大将正盛らがぎやくいにせめられし頼
光が 弟美女御前と有ならばかくあんをんに有べきか はん官が子と成し故


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先此度のなんをのがれしこと 父のじひの是一つ 御かんきの上からはもとのごとく
出家共なし給はず 判官が子に給はつて弓矢の家を立させらる 父の
じひの是二つ 我世に出ても有ならば末を見よや三つのじひ 親のかた
みは兄弟ぞと打涙ぐみ給ひければ 判官おやこはあつと斗渡部も定光
も 末頼み有げんじの光りかゝげそへたる灯籠のかげに門出の盃やお
暇(いとま)給はり「立雲の明れば七月 十五日なき玉祭り持仏堂 北の
かたは只ひとり香をたき水手向 さゝぐる花は蓮(はちす)の露のかず/\

なき人の頓証ぼだいとえかうの折から判官立出同じく香華奉りし
ばらく念誦(ねんじゆ)ことをはり なふ小侍従あれ見給へ 本尊は三世常住の仏菩(ぶつぼさつ)
ことにけふはうらぼんにて親祖父(おやおほぢ)の聖霊(しやうれい) 満仲公のなき玉も此持仏
堂に来らせ給ふ 尊霊の御前にて申からは詞にも虚言なく心にも
かけごなし 御身も又偽りなくまつすぐに返答あらば かたるべきこと有ん
底(てい)聞んと有ければ アゝ今めかし何ごとか存ぜね共 常にも偽り申にこ
そことに大じのうら盆の 年に一どのお客の聖霊仏の前にて露程も


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虚言のお返事いたそふか語らせ給へと仰ける 判官うなづきくはい中
より文一通取出し コレ是見られよ 頼光是に御座のよし右大将伝へ
聞 いそぎつめ腹きらするか但しひそかにさし殺すか 首討て出すにを
いては 一子冠者丸は由緒有者なれば 源氏の大将と奏聞し 取立んと
の文に起請を書きそへこされたり され共某から非道に組すべきか 頼光
をひそかにおとし奉り 右大将よりとがめにあはゞ腹切迄と 心にをさ
め打なぐつてをきけるが 御身きのふのくどきこと たま/\満仲の若君を

たん生せしかひもなく 平人の判官が子とうづもるゝ冠者丸明け暮れ
ほいなく悲しいと水に住む蛙迄思ひつゞけてくやみの体 母たる身に
ては道理也尤也 畢竟此判官が為には我子にて子にあらず げん世の
親とは御身のこと 頼光を失なひ冠者丸を世に立べきや 後悔のなき
様に心の底をまつすぐに 聞まほしと有ければ小侍従はつと胸ふさがり
文くりかへし巻かへし 顔をかたぶけめをふさぎ胸に手をくみさしうつふき し
あん取々様々にしばしいらへもなかりしが アゝ誠そふじや物なふ判官殿 た


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とへ頼光様こゝを助けおとしても かく迄さかふる右大将御首を見ずしては
雲のうらにもよもや助け置べきか 時には冠者丸も世に出ず 一も取ず
二も取ず源氏のはめつ此時也 いたはしながら討奉り冠者をげんじの大
将軍 せいわのけいづをつがせんは我身の幸あの子がくは報と いはせもは
てずヲゝ皆迄聞に及ず さこそ思ひて尋しこと御首打はけふの中 用
意させんと立所を是なふ 御身の為には相伝のお主(しゆ)世のそしり天のとがめ
仏神のいかりも恐ろし みづからが一たちにだましよつてさし通さん 場

所は此持仏堂千に一つもしそんぜば こえをかくるを相図にかけ付て
首取給へ ヲゝいさぎよし然らば御身討れよ 次の間に忍びいてこえ次第に
かけ出ん 必せくまい気遣なされな首尾よふとわかれて「ざしきに立出る
跡見送りて 北のかた恥かしや男も女もつゝしむべきは舌三寸 子を思ふ
余りの詞に心を見さがされ うたがひ受くるも尤詞のいひわけ誠しから
ず 所詮御身がはりに冠者丸が首打て 頼光の御なんをすくひよこし
まなき誠の心 此仏こそせうこぞとてい女の道を守り刀 袂の下にをし


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かかうす 珠数も我子に わかれの涙けふ一日をげんぜみらい しやうじをさつ
とあければ冠者丸立出 今日はぶつじの日とは申ながら かた親にても有
者はわきて祝ひ日 めでたく御顔見せ給へと にこやか成を見るに付母は
心も乱るれど さあらぬていにてヲゝ此祝ひ日に かみをもゆはず取上がみは
何ごとぞ 頼光様は何かたにまします さん候つき山の涼み所に御入 我らも
お側に在りけるが 残暑しのぎがたく行水致しかみもとき しびんに取
上見ぐるしからんと つとかきなづる手つき手もとも今の間の かたみと思

へば胸せまり物いふこえもしどろなり 是冠者丸 げんぜの親より
みらいの親が先大じ 行水せしこそ幸かたびらきかへ身を清め 御経
よんで父聖霊(しやうれう)の手むけ わかき身とて無常の命いつなん時の定め
はなし 自他平等のえこうしや あつとこたへて冠者丸親のかさぬる死(しに)
装束 其身はそれ共白かたびら思ひそめぬぞあはれなり のせの判
官仲国は妻の小侍従頼光を だまし討に討んとは蟷螂(たうらう)がおの 却つて
御はかせにかゝり顕はれては一大じ あら気遣はし胸やすからずと仏間の


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つまどにうかゞへば しづかにお経のこえ聞ゆすはや是ぞ頼光の御こえ
かく御心をゆるされし上は何ごとかあらん 物音のそよともせばつまど一(ひと)
重けやぶつて たゞ一打とはゞき本ぬきかけてみゝをそば立ひかへたり 冠
者丸は一心ふらんよむ御経の目もたけたり アゝ歎くまいをくれまいと母
は刀をするりとぬき 後ろに立ちに立たれ共 かみくろ/\゛と色白にどく誦の
弁舌さはやかに 百人にもすぐれし生れ付 見るにめもくれ心きえ
太刀ふり上し手もよはり涙の やみにまよひしが さてかはいやなうしろ

より此母か 切ころすとは露しらず 慈眼視衆生福寿海無量(じげんじしゆじやうふくじゆかいむりやう)と
よむかふびんやな おやをころす子に斗天罰あたるは何ごとぞ わが
ごとく子をころす親にも罰(ばち)のあたれかし ならくにはやくしづみなば
此世の思ひはせまい物と たちふりあげては泣しづみきえ入ては
又ふりあげ こえもたてずかつはとふしからりとなげしたちよりも
むねをきりさく思ひのやひば涙玉ちるばかり也 御経もはや
くはんぢくのじごく過ぐれどうつもうたさず せんかたつきはんぐはん殿は


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おはせぬか出合給へとよばゝればさしつたりとつまどけやぶりとんで
入 冠者丸もとびしたり たがひにかほをきつと見合せあきれて
詞はなかりしが 母はなく/\こえをあげ御ふしんは尤やれ冠者丸 右
大将より頼光を討奉れ おことを源氏の大将とあをがんとの内通
判官殿の名の大じ御身をがいして頼光の御首と 敵をたぶらかし
御なんぎすくひ 御身も母も末代に女の道忠孝の 名をとゞめんと此
たちをいくたびか打付ん /\とはしたれ共いとしかはいにめもくらみどふ

でも母はえうたれぬなふ判官殿 はやくあの子をうつてたべ こりや
うろたへなお主といひもとは兄 お命にかはるは本望也ほまれない
母かたがいやしうてみれんのさいごとわらはるゝな 目をふさぎ手を
合せじんじやうにうたれてたもと くどき給へば冠者丸かほいろ
さつとあをくなり わぢ/\ふるひヤアなんと我らが此首を打んとや
親ぶんながら判官殿はもと他人 頼みにしたるひとりの母なさけなや
もごたらしや かりそめのわづらひにも薬よ灸よとの給ひしはいつはりか


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首打るゝとが有共たすくるこそ親のじひ つれない母やおそろしやと
にげんとするを母とびかゝつて引とゞめ エゝあさましや口おしや ヤとが
あつてうたるゝ程ならば母が此身を 一ぶだめしにきざまれても見
ごろしにするものか 子の命は親の命 たとへ御身が思ひ切すてふと
いふてもすてともない 御身が命は御身より母が百ばいおしけ
れど それをころすは人がいの義理といふ字にせめられし 母が心
を思ひやれしにともなくはころすまい せめて一ごんいさぎよく弓

とりらしい詞を聞せ はぢをすゝいでこれよとてこえを上て歎
かるゝ はん官あざ笑ひ 是々御へんのしんていは顕はれたり いきとし
いけるもの命おしまぬものや有 其一めいを義によつてすつるを弓
とり武士と名付 おしむはばい人どみんといふ さ様の下郎を御身がは
りにとつて何のえきあらん 此上は頼光の御うん次第と有ければ 冠
者色をなしアゝ有がたき御了簡 命ひとつひとひしとにげ出
るを母とつて引すへ エゝはぢしらずかいはいさもふびんさも ふつつりと


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さめはてたりながきはぢを見せんより 母がじひぞといふよりはやく
むき打にうつたち風に さかりをまたぬ小椿やくびは前にぞおち
にける むねにせきくる涙をおさへたぶさひつさげおつとに近付き くはこ
のごうつたなくちく生をうみながら 人と思ひてそだてしはめんぼく
なくもはづかしし かゝるものを大将の御身がはりとは恐れながら 我々
が忠孝の心ざしを立給ひ 御なさけには君御出世の後迄も 此子
がさいごはけなげ也と必はぢをかくしてたべ いふにかひなきさいごやと

又むせかへるぞ道理なる かゝる所に外様の侍六七人はせ来り ヤア
右大将より御返事をそしとて使(つかひ)度々に及び候 急々にうむの
御返答然るべしとぞ申ける 判官少しもさはがずあれ聞給へ君の御
なんぎ只今に極つて せんどの御用に立ことは御身誠の心ざし弓矢
のみやうがにかなひたり とてものことにさいご清くせざりしことの残念
さよ ちのわかれとて顔ばせは頼光に似たれ共 丸びたひと角(すみ)びたひ
此ぶんにては渡されず 此首に角入れば頼光にまがひなしと くしげ引


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よせかみをときもとゆひとればたぶさの中 一通の文をゆひこめ母
様参る冠者丸と書て有 ふうふふしんはれやらず扨はかくごの有
けるか だゞしは何ぞのぞみごとでも有けるかと なく/\ひらきよみ
あぐる 声も涙にうづもれてふみのことばもしどろ也 松は千とせを
さかりとしあさがほは一ときを一期とす ばんじはさき世にさだまる
ゆめ何をうつゝとさだむべき しかれば我ら満仲公のふけう
をうけ 判官殿の子と成十三の春より十六の秋迄 やし

なひ親の御かうをん申にもことばなく ことさら母の御をんどく 七
しやう生れかはつても ほうじがたなく存る折ふし 我くびうつて
頼光の御身かはりとのこゝろざし 物かげより見参らせのぞむ所
と存れ共 つね/\゛母の御ふびんあらき風にもあてられず 御身
にかへての御てうあい 其期(ご)にのぞんではなげきにしづみよもや
討給ふまじ いしょせん我らおく病者みれんのていを見給はゞ 御にく
しみのいかりのやひば御心やすく討給はんと わざとさもしきひ


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きやうのさいご 命おしむとおぼすなよ 西東覚えてよりついに一と
も御きにたがひしこともなく 一生のわかれ今はのきは御はら立の御
顔ばせ 見奉らん悲しさは来々世々のまよひ也 さりながら君には
忠親には孝母のてい女の道たてば 身にをひての悦び三世の墸
仏も照覧あれ 命はさらにおしからず 悲しみの中の悲しきは 年たく
る迄母上の御ねま近くおきふして こよひよりの御歎き思ひやられ
ていとほしく 御なごりはつきせず候かへす/\゛と書とゞむ 母は文を身に付け

首かきよせ いだき付てkつはとふしこえを 上てなき給ふ 思ひ切たる判
官もわつと斗に五たいをなげきえ入斗になげかるゝ心のうち
こそあはれなれ 母は涙のひまよりも アゝ人は筋目が恥かしい
さすが満仲の御たねにて有し物 此お心とは露しらずおく病
なりと心へて いやしき母が口にかけいひはぢしめtがる勿体なさ
恐れがましみやうがなや中有(ちうう)のたびの御供して いひわけせんと
たちトリあぐれば判官をさへてアゝふかく也 御身は慥にうみの母 我


50
斗はげんざいの主君しなば我こそはしぬべけれど 頼光かくと
聞召(きこしめし)あばよもながらへんとはの給ふまじ 時には此子も犬死我々
ふうふも不忠の者 敵の使しきり也ひそかに頼光をおとし
参らせ一まづ此くびの ひたひにちしきのかみそりをいたゞく天
の誠の まもれば守る御仏後世をまかせて此世には 忠
義をみがく玉まつりにごりにしまぬはちすばの花をくん子
にたとふれば じゆぶつのをしへくらからぬ人の 心ぞたのもしき