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浄瑠璃本データベース ニ10-01547
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五冊目
足元早野 勘平が 妻の歌木は引別れ 夫を跡に追手の多勢切立/\桐が谷(やつ) 裏門通りの切通し
板額巴が勇(いさみ)をなし 追くる敵を切ちらし暫く息をつく所へ 又も大勢高提燈 やらぬ/\と取巻たり
シヤ仰々敷侍達 女一人を仰山に打揃ふて御苦労/\ 何はなく共此一腰真実真身の御馳走ぶ
り ひいやりとよつきり冷し物 お望次第サアごんせと 詞は甘く手渋い相手 舌震ひするはい侍
伝手に得物のそば切料理花粉をちらして切結ふ 烈しき女の太刀風にこりや叶はぬと家来
共 一度にばつと逃散たり され共多勢にこなたは一人 数ヶ所の疵に目くるめき かつぱと転へど気は鉄
石 此勘平殿はどふしてぞ 心元なや今一度尋て見んと刀を杖 よろぼひ/\行先へうろ/\眼角兵衛が
透し詠めて 歌木じやないか エゝわれは/\聞ぬぞよ 女房にならふといふた故ソレ手形迄盗出してやつたじや
ないか 其おれを皮にして勘平めとてゝくり合 手引迄ひろいだな 恋の敵儕から引ずつていてどふする見よ
サア/\うせいと引立られ 苦しむ中にも気転の歌木 マア/\待て下さんせ 成程私が悪かつた シタガ其時心
に随ふたら お前の命が有まい ムウそりやなぜ/\ ハテ不義は屋敷の堅い法度じやないかいな サアそこが
いやさ 奉公を引かそふ為 手形をやつたも其思案 ほんにナア そんなら今から改て談合する気は ヤア/\
何と サア女房に成やんしよ ヤレ/\こりや忝い/\そもじさへ其気なら此方は何時でもじや アゝいや/\ 又酒
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に酔てゞあろ 何の/\すめだ/\ 手を合す コリヤかうじや/\ アゝ其心なら嬉しうござんす そして勘平はどふし
たへ アノ若しかふいふ所へ イヤサ/\ 彼楽内めが勝手もしらず勘平を抜け井戸へ打込だが たつた今爰ら辺り
這出る所をたつた一討 ハアゝ夫聞て落付ましたと気もがつくり こなたは一途に恋のt闇 サア/\落付
たら連て退くべい ドレ手をひかふ 先々マア待て下さんせ 最前勘平を捕へん迚大勢の侍 思はず支へ
手を負ふて 一足も引にくい ヤア/\何じや手を負た エゝにつくいやつ原じやな一々吟味を遂げ鬱憤を
はらしてやらふ コレサおれが肩背におふて 一先爰を立退疵養生 サア/\爰じやと背(せな)さし向るを
アイ/\忝いとすがり寄てふり上る 目あては翥(それ)て小鬢先 ちよつつりいはされアイタゝゝゝこりや儕だまし討ち
モウ赦さぬ覚悟ひろげと抜く中に太股四五寸切下られ 片足立に二打三打 付け入り付入暗がり紛れのやたら切
今は女の身も労(つかれ)よろめく所を乗かゝり髷片手に引廻し取直す刀も危き折こそ有れ 井戸の内よりはい上
つたる勘平が 透さず首筋引寄て物をも云ず首かき落し 刀投捨かけ上り抱き起してコリヤ/\歌木 勘
平が来た気を付けよ 心はいかにと呼声に むつくと起て勘平殿かハア嬉しやといふた斗に又がつTくろ コリヤ/\歌
木 扨は深手を負たるな エゝ今少し遅かりしな コリヤ/\そちが敵もたつた今手にかけて討たるぞ 気づかひするな
女房共 アイ/\お前に怪家はなかつたか ヲゝサ/\寺沢が情故危き難儀は遁れてきた 此上は一時もそなたを連
て退く思案 一足成共アゝいや/\ 迚も此身はない命 大事の/\忠義お抱へ 足手まといに気が後(おくる)るお前は早ふ
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退ていなふ アゝ苦しやモウ目が見へぬ勘平殿 さらば/\といふ声を此世の筐と息絶たり ヤア早さいごか
不便やな可愛の者の有様やと 其儘ひしと縋り付き 我に手柄をさせん迚心にそまぬ奉公も
嘸無念にあろ口惜かろ 堪忍してくれ女房と 我を忘れし男泣心ぞ思ひやられけり 漸心取直し
斯てははてしと立上り よく/\思へば寺沢が異見も今身に覚へたり 是より先本国のあんぴを聞て又夫
より都の方へ忍び/\ 諸士の心を窺はんと いさむに付けて恩愛の妻が亡骸捨がたき 情の
道忠義の道 道の巷に葬らんと かき上抱く玉よばひ 妻よ夫と契る間も 宵
の稲妻あしたの露 はかなき物は武士(ものゝふ)の 五つの道を一筋に行衛 定めず「出て行