仮想空間

趣味の変体仮名

十二段さうし 上

 

読んだ本 https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2567246?tocOpened=1

 

2  十二段さうし

さるほどに。かねうり吉次のぶたかは。御さうしをともなひ。みち

のくさしてくだりしが。はやほどなくみかはの国。うあはぎの宿

長者のもとにつきたまふ。こゝに又。上るりごぜんのゆらいを

委尋るに。ちゝはふしみの。げん中納言かねたかとて三

河の国のこくしなり。はゝはやはぎのちやうじやとて。

かいだう一のゆうくんなり。かのちやうじや。よろつにつけて

わくたから。七つまでこそもたれけれ。中にもしろかねこ

かねをば。水のあはとぞおもはれける。されども長じや。い

まだ子を一人ももたせ給はねば。ところ

/\へしゆくぐわ

むを申されける。されども。しがんしるしはさらになし。其頃

三河の国にはやらせ給ふ。みねのやくしへまいりつゝ。さ

ま/\のしゆくぐわんをこそ申されたり。なむやくし十二じん

がねがはくはみづからに。男子にても女子にても。子だねを一

 

 

3

人さづけ給へ。其ぐわんしやうじゆするならは。やはきの家

に七つ候たから物を。一つづゝしだい/\にまいらすべし。まつ一

ばんに。こんぢのにしきのまもりを。六十六しやくのかけ

おび。五しやくのかつら。八花がたのうらのかゝみ。六十六おもて。

十二の手ばこをそへてまいらすべし。こがねつくりのかたな。三

十六こしそへてらんかんわうして参らすへし。是をふそ

くにおぼしめされ参らせ候。ま?の?やを。百尾そろへて。いがきを

くみてまいらすべし。しろかねつくりのたち。百ふりそろへ

てまいらすべし。こんぢのにしきの御とらやう。月に三十二

八年かけてまいらすべし。あけのいとにてかみまきたてゝ。く

ろのこまを。年に卅三ひきつゝ。五年ひかせてまいらすべし。

かの御たうのまへに。ほうらい山をかざりたてゝ。こがねにて目

をつくり。しろかねにて月をつくりてまいらすへし。こゝめし

よ鳥(てう)かものまかりば。つるのもとじろ。こうのしもふりをも

 

つて。御しやだんをたてかへ/\。としにごとつゝ。三年か間まい

らすべし。なんしにても女子にても。長じやをあわれとおほし

めさば。子だねを一人さづけ給へ。是を御もちひさふらはず

は。かの御だうのないちんにて。はら十もんじにかききり。はら

わたつかんでやくしになけかけ。あら人神となりて。まいる

人にしやげをなし候はんとれ。長じやをうらみ給ふなど。ふぃ

かくきせい申しつゝ。二七日こもれども。じげんさらになし。三七日こ

もられたり。かくて百日にまっmずるあかつき。ほとけは八十ばかり

なる。らうそうにけんじ給ひつゝ。みなすいしやうのじゆず

つまぐり。ちやうじやごぜんの。まくらがもとにたちより。いかにな

んぢうけたまはれ。なんぢがなげく所。あまりふびんさに

八しやくのかねのぼうか八寸になり。八寸のかねのあしだが

四寸になるまで。たづねまはれども。さらになんぢにさつく

へき子だね一人もなし。子たねのなきいわれを。かたつて

 

 

4(挿絵)

 

 

5

きかせ候べし。たかのぬまと申所にいけあり。かの池のふかさ八万

ゆじゆんなり。なんぢかたちを申せば。十六ちやうなり。此大しや

おほく人をとり。いき物てうるいをほろほしたるに。よりな

んぢに子だねはなきぞとよ。やはきのちやうじやにうま

るゝ事は。かのいけのほとりにくわんをんたうあり。此たう

にたつとき御そう一人まします。かの池のぬし。しやう

ぶつせよとて。よるひるほっけめうでんをおこなひ。なん

ぢにえかうし給ふか。かの御きゃうをちやうもんしたりしくり

きにより。ほとなくやはぎのちやうしやにうまれたり。

なんぢがつまのげんちうなこんは人もなきたかきみねにす

む。わしといふたかなり。おほくとりのかずをほろぼすといへ

ども、くらまをたちまわり。あさ夕れいふつれいさんの。かね

のこえ御きやうをちやうもんしたるにより。くけ大みやうと

うまるゝといへとも。其いんぐわにより。子だねもなし。さりな

 

がら。あまりになげくもふびんさに。子だねを一人さづくる

ぞとて。たまのてはこをひらき。玉づさをとり出し。長者御

ぜんの。たもとへ。うつさせ給ひけるぞとおぼしめし。ゆめうち

さめて。くわんぎの心かぎりなし。らいはいまいらせ下かい申。く

るま五百りやうそろへて。ちやうじやのもちたる。七つの

たからを。みねのやくしへ一つづゝ。しだい/\にまいらせたり。

其後ちやうじや。程なくくわんにんし。日かずつもれは。御さん

のひもをぞとかせ給ふ。かれを取あげ見給へばまことにたま

をのべたるごとくなれば。御名をは。じやうるりとこそな

つけたり。ちゝのちゃめには。四十三の御子なり。はゝのため

には。三十七の御子とぞ申なり

 ▲第二 はなぞろへの事

やよひなかばのころなるに。やうばいとうりの春の花。きゞ

のこずえにさきみだれた。ゆふぐれのむめの花。しげみか枝

 

 

6

の花さかりも。かくやとおもひしられたり。御さうしは此もとに

立しのび。ちりゆく花を。さうのたもとにうけとめて。ふるき

しいかをながめてたち給ふ。うぐひすのこえにゆういんせ

られて。すいえんいをるや。さうはうひたる。こうきんのち

うかくれうらんたり。へきらの天も詠て立れたり

 ▲もえいづるくさのけふりにすえみたれ

  おぼろにかすむはるのよの月

とながめてたゝれたり。おりふしちやうじやのすみかよ

り。南のつまどにあたりつゝ。つまをとやさしきことのを

との。まつふくかぜにひゞきつゝ。りん/\とこそをとつれける。御

ざうしはきこしめし。いかなる類(る)人のひくやらんと。心をとめ

てあやしくおぼしめし。ことのねにつをひかれ。たつねよりて

見給へば。こゝに一つのふしぎ有。あるじはたれともしらねとも。

七けん四めんのやかた。八むねつくりにふつこうし。東西りや

 

うもんかざらせて。つぼのうちにはじゆもくせんだいかずしら

ずのきばのこうばい。心もこと葉もよはれず。一重さくら

しだり柳に。ふく春風いとゞ心もうちみだれ。花ももみちも

ひとさかり。南をもての花そのには。まがきすぎかきまばらに

て。月見んためのいをひさし。花みんための八重ひかきす

はまにいけをほらせつゝ。池の中には。たていしふせいしな

がれいし。ほとけをまなぶらかんいし。しやうわうしやくひや

つこくといふいしの。かずををたゝめせける。をし鳥かもめか

いつぶり。がんかもすいてうかず/\の。水とりどもは。きよきいさ

こにすみなれて。おぼろ月よのかげよりも。身にしむばかり。

おもしろく。いけの中には。ほうらいほうぢやうえいじy

とて。三つのしまをぞあらはしける。しまうちのけつこうには。

百種の花をぞうへられける。こうばいはくばい八えざくら

しらたまつばきいわつゝじ。ぼたんしやくやくかきつばたき

 

 

7

きやうかるかやをみなめし。しをんりんたうわれもかう。しらき

くこうきくさま/\にいく年月もるまんねんさう。なにをたより

にうきくさの。月のかげをばやどすらん。ひかしおもてのせんすい

には。からまつふちまつ五ようのまつ。ひくてになびくねのびの松

六十六本うへられたり。まつの木の間には。ひはこがら四十から。

花になれたるうぐひすのさへづるふぜいをこがねにてさま/\

につくらせて。うごくばかりにすへさせたり。北のかたのせんす

いには。すみやくおきながとしをへて。かしらのゆきをはら

ひかね。をのがたもとはうきけれどもふゆをまちたるやさしさよ

ちやうせいでんにはあらねども。四せつの四きをぞまなばれ

たり。百しゆのはなの事なれば。つほみてにほふところ

あり。ちりゆく花のこずえもあり。あらしに花のさそはれ

て。みぎはのなみにうかみしを。物によく/\たとふれは。はつくど

くすいの池のおもの。百千万しゆのほうれんげも。い???

 

れにはまさるべき。しまよりろくぢのかよひには。そりはしをかけ

させ。池にはいろ/\のはちすをはなし。たゆふなこもゆう/\とし

て。みぎはのまべにふく風も。しん/\と月すみて。くじやくほ

うわうきり竹に。まひあそびければ。さながらごくらくせか

いもかくやらんと。おぼえける

 ▲第三 びじんそろへの事

御ざうしは御らんじて。こはいかによしつねこそ。みやこにて。おほ

くのせんすいを見しか共。かほどのせんすいいまだ見ず。かゝる

あづまのえんごくにも。かやうの所ありけるよと。いかにも心を

とゞめつゝ御らんじける。折ふしこゝに一のふしぎ有。あるじは

上るり御ぜんとて。げいのうなさけみめかたち。たうこくたこ

くにならびなし。ならひなきこそだうりなれ。みな人は卅

二さうのかたちとは申せ共。かの上るりと申は。四十二さうのかたち

なり。上八十人中八十人。下八十人とて。二百四十人の女はうた

 

 

8

りをめしつかはれたり。ちゝはふしみのげん中納言かねたかと

て。三河の国のこくしなり。はゝはやはぎの長者とて。かいだ

う一のゆうくんなり。ふたりの間よりしやうするその子

なれば。一じをえおかの事ぞなき。びわとじやうず。よろつの

事にいたるまで。をろかなる事ぞなし。あそばすさうしはな

に/\ぞ。古今まんよういせ物かたり。げんじさころもこひづく

し。わかの心をはじめとして。なさけのみちをしる事は。たう

こくうちに聞えける。心ありげの女ばうたち。花ぞのに立

かゝり。きくの木ずえや。竹のうら。かたぶく月のおもかげ

を。うたによみしにつくり。れんがをしてぞたゝれたり。御ざ

うしは。まがきのかげにたちしのび。花ぞの山をながめ給へば。

上るり御ぜんの其よのしやうぞく。いつにすぐれてはなや

かなり。うけおり物。からをり物。さくら山ぶきこきつゝじ。むめ。ぢ

こうはひ柳色。うすこうばい。しやうぶがさねにきくがさね。十二ひ

 

とへをひきかさね。こきくれないのちしほのはかまふみくゝみ。

たけにあまれるひすいのかんざしを。こうばいのだん/\を。山がた

やうにたくませて。中程をよせて。まふやうにむすばせて。う

らふく風に。そよとなびかせて。たゝれたる。其ふぜい。心ことはも

およばれず。ゆふにやさしく覚たり。物によく/\たとふれは。やう

きひ。りふじん。そとをり姫に。女三の宮の立すがた。おぼろ

月よのないしのかみ。こうきでんのほそどのも是にはいかでま

さるべき。よしつね都にありし時。いくらのだいりの女房たち。

やん事なき上らう達を。五せいづのあそび有しま見奉れ

ども。か程のびじんはいまだみずおなし人間とうまれなば。かや

うの人にあひなれ。近付奉り。いらうとうけつのかたらひ

ひよくれんりの。ちぎりをこめてこそと。思ふ心をえんこうの

花になれたるふぜいにてこそたゝれける

 ▲第四 そとのくわんげん ふえのたん

 

 

9(挿絵)

「御さうしふへふき給ふ」

「上るり御せん」

 

 

10

じやうるりごぜんは。なをも月のひかりや。花のなこりをおし

くやおもはれけん。心ありけの女ばうたち。十二人めしぐ

せられて。くはんげんをはじめてあそばれける。上るり御ぜんは

ことのやく。つきさへどのはひはのやく。れんぜいどのはひちりき

のやく。十五夜殿はしやうのやく。有明殿はわごんのやく。ぼう

きやうあわする物も有。まのてうしはひやうてうなり。あ

そはにがくはなに/\そ。たいしゃうがんしゆさうふれん。しゆん

せいさんにかたぶけば。ひかりもかけもかすかにて。花は木の間に

ちりしきて。色もにをひもみち/\て。ひはのねことのねずみ

わたり。あくごうぼんのうは雲はれて。ごくらくじやうどもかくや

らん。天人もあまくだり。ぼさつも爰にやうがうなるかとおぼし

くて。しるもしらぬもをしなへて。すいきのなんたをながしつゝ。

皆袖をこそしぼりけれ。御ざうしはきこしめし。こはいかに

 

い中は物うき所かや。くわんげんにやうでういくわんなき事よ。

ふえかなくしてふかさるや。笛はあれどもふく人なくてふかさる

やさあらは是にてよしつねが。ふかはやなんとおぼしめし。もしもと

かむる人あらは。此ころもてあそふ草かり笛と申べし。なをもとか

むるものあらば。源氏ちうだいの。こがねのつくりのこんねんとうの

つゞく程こそとおぼしめし。つゝめどもつゝまれす。しのへどもし

のばれず。しんたいきはまる我身かなと思しめし。あまり

にすみけれは。こしよりやうてうとり出し。にしきのゆたん

をはつし。かんこでうさく中六下くとて。八つのうた口。花のつやを

ふきしめし。かぐはさま/\おほけれと。をんなはおつとをこ?りかく。さ

うふれんといふをこそ。人めもはゞからず。やはきのつちにも

ならばなれ。たとい夜うちにもならはなれと。あたりもひゞけと

ふかれたり。うちにはひはことひき給へば。もんにてふえをそあ

そばしけり。うちにはひはことをしとゞめ。もんのふえをそちやう

 

 

11

もんし給ひけり。上るり此よしきこしめし。やはぎはさるへきめい

しよにて。のぼりくだりの大名たち。せうじんとゝまりて。た

ひ/\くわんけんせしかとも。かやうのやうでういまだきかず。を

せいいきさし程。ひやうしかゝるふせいのおもしろさよこそに

てきくたにゆかしきに。ぬしを見たらんゆかしさよ。いかにや女ば

うたちとそおほせけり。御まへの女はうたち。もんくわいさま

に立出て。やがてかへりて申やうは。心よくもさふらはず。ひるの

ころ。おほかた殿にてあそびつる。かねうりあき人に。あさ

ゆふ奉こうの下人。みやこのくわしやにてさふらふなるぞと

申ける。上るり此よしきこしめし。それさはなきぞとよ。たゞし

此ころみやこには平家のあくぎやう世にきこえて。くわんばく

てんかををしこめて。大じんくぎやうをもながしうしなふと

きく。此かたさまにてましますとかや。いやしきしつのまねを

して。あづまのかたへくたり給ふらん。この人是へしやし入。やかて

 

うふかせちやうもんせん。ひはことひいて此とのの。たびの?

れをもなぐさめばや。女ばうたちとぞおほせける。もんじゆ

どのすゝみ出て申されけるは。たゞし此頃みやこ人は。めもはつ

かし。いなかの人は。くちはづかしや。かべにみゝ。いはの物いふよの

中に。いかでかこがねあき人に。あさゆふしこうの下人をは

御前まちかくめしよせて。君の御ふぜいわらわるありさまを。

みゝえんこともさするなりと。かなはぬ。しをそ申されける。じ

やうるり此よしきこしめし。それはさだめなきぞとよ。たゞし此

頃やすきためしのあるぞとよ。大かいちりをえらます。はなは所

をさためぬものでいのうちにははちすあり。く?の中に

はこかねあり。いやしき人にてよもあらじ。かゝる人の中にこそ

くわんげんのたつしやはある物を。ふぜいいかなる人ぞ見て

まいれとこそはおほせける

 ▲第五 ぬひのたん

 

 

12

玉ものまへうけたまわり。いそぎ立出まいりける。此女ばうと

申は。としを申せば十六なり。心のまはりのくちきゝなり。人

にすぐれてさいかんなり。なゝつひとへをひきしやうそひて。

くれないのうすぎぬひきかづき。たけにあまれる。ひすい

のかんざしを。梅のにほひによせさせて。もん外へそ立出ぬ。

御ざうしの御すがた。たゞ一めみてまいり。いそぎかへりて申

やう。いかに君きこしめせ。よしある人のすがたをは。雲ま

の月のはしはかり。見奉りまいらせて候。是にてあら/\

申さん。君はそれにて。心しづかにきこしめせ。此人はたゞよのつ

ねの人にてはなし。みなもとげんじの上らうかとおぼし

くて候か。めしたるいしやうのけつこうさは。ぬひ物心ことばもを

よはれず。はだには。わこんりんたうの折えたつけたり。か

たびらをもろわきしゆんにとかせつゝ。ひきちかへてとめさせけ

る。からまきうめにすゝしうら。からあやおもて二かさね。花た

 

ち花に。みなじろをもて。ひわやなきいろをひきかさね。

せいかうの大くちに。けんもんしやのひたゝれの。したのは

かはりなきは。おほろけをこふるからこと。きくとぢには。日本

めいよの花むすびたるとおほしくて。さうのきくとぢには梅と

さくらをむすばれたり。うしろのぬひ物には。たうどのさると。

日本のさるとぬはせたり。たうどのさるは大こくなれは。せいも

大きに。おもてもしろく見へて有日本のさるは小国なれは。

せいもちいさく。おもてもあかく見えたりける。たうとのさるは

日本へこさんとす。日本のさるは。たうどへこさんとす。たうと日

本とのしほさかひなる。ちくらがおきにてゆきあひて。こさ

うこさじのさかひをは。物の上手が。ひきよくをつくしぬひて

あり。ゆんでの袖をくたりには。すきの村だちを。千本そろへ

てぬはせたり。すぎのこのまより。出る月をぞぬはせたり。めて

の袖のくだりには。まつを千本あさやかにぬはせ。まつのは

 

 

13

ごしにあさ日の出る所を。ほの/\とぬはせたり。ゆんての

かたよりしもには。正八まんの御しやさんとおぼしくて。と?い

をさもあざやかにぬはせたり。ひだりのひもには。あまのたく

ほくをもつて。あさまのだけの夕けふりと。ふじのたかねの夕

かふりの。たちまふところには。さやうやうにむすんでさげ

られたり。大くちのやうを見てあれは。けんじのしらはた七

ながれ。平家のあかはた七なかれ。さうに十四なかれのはた

さほの。あまたにうちをくれ。はたくる/\とひきまきて

おつるありさまをは。あり/\とぬはせたり。又はかまのけつかう

さは。うらこしには。春の柳をもえたつ程にぬはせ。百し

ゆの花を。にほ/\とぬはせたり。花のもとには。おほくの大名

あつまりて。しゆえんなかはと見えてあり。まへこしのくたり

には。秋の野をぬはせたり。さまつばききゝやうかるかやをみな

へし。きりうすゝきいとすゝき。露うちなびくあきの田のほの

 

うへてらすいなつまを。ほの/\とぬはせたり。ゆんでのけま

はしには。日本一のえしの上ずか。ふぢしろたうれに七日迄

いて。かまくらやつ七ごうをなかむれば。さら/\筆にもおよ

はれずして。都人かへる所を。あり/\とこそぬはせたり。めて

のけまはしには。うきもつらきもとをたふみ。 はまなのは

しの夕しほに。ひかれてのほるあまをふね。こがれて物を

やおも?らんも。きもありさうにぬはせたり。又此とのゝめさ

れたりけり。ひたゝれは。日本のきぬにはよもあらじ。から

きぬかと見えて。心ことばもおよはれず。御こしの物んけつか

うには。こしどうかねをいれさせて。おもてのめぬきとおほしきに

は。正八まんからのめぬきは。北野天神すかぐちには。九つのひこ

ほし。たなはたをほらせつゝ。くりかたには。八人のかつら男(おのこ)を。

こかねをもつていさせたり。あまのかすみをむすんて。さげを

にさげられたり。つかゞしらこじりには。につくわう月光。二

 

 

14

つのひかりを。あざやかに。あらはしたてまつり。たつをこそさゝ

れたれゆんでのわきにしのはせたり。御はかせのけつかうに

は。大せつはと小せつはと。三めんふくりん八重はゝき。かねふち

むすひせめいしつけしはひきもゝよせ。七つかさね。まことのめぬ

きはしめぬき。おもてのめぬきのけつこうには。八月十五夜

の。月の光のくまもなきに。くりからをほらせたり。うらのめ

あきのけつこうには。九月十三夜の。月の光のくまなきに。く

らまのびしやもん天をほらせたり。ゆんでのこわきにかいこ

うで。じやうの笛やうでう四くわんの吹物を。したんのやた

てに取そへて。めてのわきに忍ばせたり。色ごのみかとおほし

くて。かいばらえほしを左にめされてさふらふか。此とのはろし

をこのむとうち見えて。色よきさくらを一枝をりて。えぼしの

かさ口にさしたりとぞ申ける

 ▲第六 つかひのだんの事

 

(挿絵)

「御さうしのへんか

かたくちなれと

 ちらぬはなかな

十五夜かける所

ちはやふる袂も

 さくらをおしむには

 

 

15

じやうるり此よしきこしめし。さればこそ此人は。よしある人

にてましますぞや。歌をかけよや女ばうたちとそおほせ

ける。十五夜殿はきこしめし。もんのほとりに立出て。御ざう

しのたもとをひかへて。いかにやさふらふたびのとの。君よりの

おほせには。かさぐちなれと。ちらぬ花かなと申せとてこそさ

ふらへ。都の殿とそ申ける。御ざうしはきこしめし。ちはやふる

神もさくらをおしむには。と申させ給へ女はうたちとそおほ

せける。十五夜此よしうけ給はりて。いそぎかへりてかくとそ

申ける。上るり此よしきこしめし。われにをとらぬ女ばうた

ち。七人つれて。七どのつかひを立られたり。まつ一ばんの

つかひには。十五夜どの。二どのつかひにさらしなとの。三どのつかひ

に玉ものなへ。四どのつかひにあり明どの。五とのつかひに。おぼ

ろげどの。六どのつかひに月さやどの。七とのつかひにこさくら

とのをはしめとして。七どのつかひをたてられける。御ざうし

 

はきこしめし。こはいかによしつねこそ。あつまちはるかの旅をし

て。けあげのほこりにましはりて。色もくろみてはつかしけれ

とも。かゝるたよりはよもあらじとおほしめし。ひたゝれのえ

もんけたかくひきつくろひて。ひろえんまでこそおはします。

いたはしや御ざうし。世はまつせにおよへともあたらげんしの

のゆみとりの。ひゝつえんさまにて。ふえふくへきかとおほしめし

するりととをらせ給ひつゝ。上るりごぜんの。中のて打にしか

せたる。うんけんべりとかうらいへり。二のめかさねてしかせ

つゝ。どらのかはをはしらかしたる所に。御ざうしはむすとなを

らせ給ひける。上るりごぜんは。てんたかき所に。むらさきべり

のたゝみをしきて。こん/\゛るりの御座をかさらせ。しやうし

あわあせ玉すたればかりにて。もんしゆのまへはひはのやく。

上るりこせんはことのやく。さらしなとのはわごんのやく。かす/\の

くわんげんのくそくをとゝのへて。くわんけんはしめてめされける。す

 

 

16

てにくはんけんもすぎければ。御まへに有ける女ばうたち。け

んじ六十てうをおつとりちらし。御ざうしの心をひき見ん

其ために。さま/\の古文しやうけうよみなんじ。ふしむをぞ

とひかけたり。さりとは申せとも御さうしは。七さいのとしより。

くらまの寺へあかり給ひて。たうくはうはうにてがくもんせさ

れ。くらま一のちこかくしゃ都一のくわんげんしやなれはよむ

ともかくともくらからず。ふくともひくともたつしやなり。人

/\しやくして奉れば。あらあやしや此とのは。くわんをんせい

しのけしんかや。ふげんもんじゆのさいらいかや。しやかのみのり

かおほつかる。ふでを取てのたやすきは。ごうほう大しと申共。

是にはいかてかまさるへき。御前にありける女はうたち。

こうはいのたんしをかさね。かれを是をとしよまうせられ

ける。御さうしはきこしめし。五つのゆひに四巻の筆を

取もちて。かいてはいだしうつしては奉り。夜もしんかうにふ

 

け行ば。国土のくわしに。しゆ/\のさかなをとゝのへて。御さう

しにすゝめたてまつる。しゆえんもなかばになりしかば。いと

まよひて御かへりある。御まへにありける女ばうたち。今夜は

是に御とゞまり給ひて。やうでうあそばして。わらは共

にちやうもんさせ。びはことひきて。たひの御つれ/\をもな

くさめ給へや。都のとのとそ申させ給ひける。御ざうしはきこ

しめし。われもさはぞんし候へとも。こかねあき人はようじ

んきびしき人なれば。さだめてをとろき。くわじやをたつ

ね候はんに。いのちもつれなくまいらせそうろう。めくり/\て又こそ御気

むにいらんとて。いとまこふてぞおかへりある。女はうたちと

もほとりへたちいてゝ。わかれをかなしみ給ひける。かた見にの

こる物とては袖のうつりかばかりなり。おもかげとをくなり

ゆけば。そのうつりがもなにならず。かくて御ざうしはあき

人のやとにたちかへり給へども。御心もそらにあくかれて。まど

 

 

17

ろむ事はましまさず。つく/\おほしめしけるは。きうせんひや

うくをそろへたる。いくさのにはにかけ入て。うちじにするも

ならひなり。いはんや是程。えんことなき女ばうたちにあひ

なれて。しなんいのちはをしからず。しのひて見はやと

おぼしめし。ちやうしやのすみかをたち出て。御前のあた

りへしのひいりたまひける。女ばうたちのしづまるをいま

や/\とまち給ふ。御こゝろすみよしにはあらねともね

だめそめけんひめこまつ。ちよをまつらんひさしさも。

かくやとおもひしられたり