仮想空間

趣味の変体仮名

伊賀越道中双六 第四 郡山宮居の段

読んだ本 https://archive.waseda.jp/archive/index.html 

       浄瑠璃本データベース  ニ10-01451

 

 

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 第四 郡山宮居の段

君萬歳の祈りとて 神に歩みを運ぶなり/\ 国の初めの其昔 誰名付てや郡山 城下の見付

武家町人のわかちなく 引もちぎらぬ弓八幡(やはた)奉納願主誉田大内記殿 謡の番組数々の打納りし

隅田川 あらお目出たら目出たやと 上を見習ふ下かゝり 頓てお立を松影に列を正して待居たる 杢助が

声高に何と能助とふ思ふ 同じ様にいふは勿体ない事だが 殿様遊芸がお好き故 けふは何所の奉納

明日は爰しやのと 毎日のお能 我々も其お家に奉公仕て居ながら 其気のないは冥加ない

事ではないかと いへは能助打笑ひ ハゝゝゝゝ何を杢助がいふやら そりや我が芸気がないによつてそふ

 

 

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思ふ おらが親はきつい能が名人 名さへ軍陀羅夜叉右衛門といふて 道明寺の祈りの段 面白い事

た コリヤ/\能助 道明寺とはそりや干飯じやないか 必外でそんな事をいふなよ ハアアノ謡の名は

ヲゝ何とやら ヲゝ思ひ出した崇善寺 コリヤおかしい宗善寺とは津の国に有る寺だはい そんなら

我がのも違つた 道明寺は河内でないか イヤ/\宗善寺に違ひはない ハテ片意地な者 コリヤ能助

お身は芸者の子なら狂言の心か有ろ 何と稽古してくれまいか狂言おぼへて何にする ハテ殿様が

お好た故 毎日/\此通り いかに下々しやといふて 其気のないは何と不忠で有まいか コリヤ尤じや 稽古してやろ 第一足

取を稽古せい サアおらが歩行よふにせいと 鳥居の馬場を能舞台 しさいらしげに身繕ひ アゝそれ/\手を

 

振る事はない 両手をかうして そふた/\ 歩行様を覚へたか ヲゝ合点じや/\ ハテ垢切れした時の

歩行様と覚へて居よ おらがいふ様に跡からいへよ かやうに候者は 此辺りに住居致す者でござる

頼ふだお方が狂言を好せらるゝ故 我も稽古致さふと存ずる 太郎冠者有か ナイ エゝ悪い

覚へ イヤ/\此返事に仕てくれい 奴を呼出すのは極つて有はい 身が前へ出あがらふ サアそれは芝居

のせりふだはい ヤモお前にはぬるくて悪い エゝそんならよしにせろ/\とあだ口々を云廻す お立と触れる

声々に 恟り驚きしり/\舞/\かゞみ扣へ居る 威光輝く大内記殿 奉納首尾能く納りて

早御下向の先払ひ お徒御近習前後を配り鳥居前迄出給へば 御共には宇佐美五右衛門 中

 

 

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扈従(ごしやう)に召連られ 御前間近く引添へば 跡押へは桜田林左衛門 指南の棒を振廻し鼻高々と

御供す 暫く是にて御詠めと宇佐美が詞に近習の武士 御腰かけと奉れば 遥跡ゟ能太夫

源之進御傍近く手をつかへ 今日殿様のお能 恐れながら驚き奉ります いつ/\ゟも出

来させ給ひ 神も納受ましまさん 扨一家中となた様もきついお上手 殿様の御機嫌

の程御窺ひ奉ると 申上れば打笑み給ひ ナニ源之進 是といふも其方が指南の徳と宣へば

ハアコハ冥加ない御詞 時の面目有がたしとしさつて一礼のべけれは 重て仰出さるゝは アゝ浦

山しいは源之進が身の上 我望は外になし 能太夫に成て猩々の乱れ一世一代が仕て見たいわい

 

取分今日の奉納も 我一人の力にあらす 一家中の者迄も満足せねば奉納とは云がたし 殊に天

気も宜しければ我悦び限りなし 大義/\と有kれば 皆一統に頭をさげハツト 斗に平伏す 五

右衛門御前に手をつかへ 誠に殿様の御定の通り 今日は一入天気宜敷御祈願の奉納 一家中の

者は申上るに及ばず我々迄も恐悦至極に存じ奉る 恐れながら五右衛門が御願ひの筋有

先達て御取次仕る唐木政右エ門義 剣術を申立お家へ御奉公に出し候所名のみ斗にて其器

量有なきを 御上覧に入れ奉らず 何卒林左衛門殿と立合の義 御高免遊ばされ候様に御願ひ

上奉ると 聞もあへず林左衛門 アゝ是々々宇佐美殿 御上へ対し恐れ多い願ひ 尤政右衛門殿とやら

 

 

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貴殿の御世話によつて剣術を申立御奉公に出られた人 武士は相互 成程お望ならば相人に成て進ぜう

が そりやもふ蟷螂が命とやら申事さ いかぬ事じや/\よしに仕めされ お気にはさへられな 此林

左衛門相人には余りおとなげなく 何の夫が一溜りも有物か 殿にもおかsぃく思し召 ハゝゝとあざ笑ふ林左衛門

には見向きもせず 右政右衛門義 不鍛錬者抔と影口を申者も候よし 左様成者に御知行を

給はり候ては取次仕る此五右衛門 一家中へ相済申さず 是によつて政右衛門に立合の義 御願ひ

申上候様と申聞せ共 彼も新参者の義故辞退仕る 何卒此義御上ゟ仰付られ下さらば拙者が

面目此上なしと 余儀なき願ひに内記殿 武の道は尤なれ共 我其家に生れながら剣術の事は

 

とんと気が乗らぬじや 政右衛門事は家老共がきつい取持両人の立合 どちらが剣術善悪にもせよ

某が構はぬ事 家老共が得心せば身が事は何時でも見物せん 今日の奉納もとかく家老共

不得心 そちは又未明ゟ出て忠勤尽くす其替り 余り好かぬ事ながら始ての願ひ 聞届けんも道な

らず 政右衛門事は辞退致すとな 両人の事は用人方へ云付てくれう其代り 近日若宮の八

幡宮へ春日龍神奉納仕たい 又家老共が何といふと 其方が計らひせよ ヤモとかく遊芸が

楽しみか深い 願ひの通り聞届けたと御上意の 詞にハツト宇佐美が面目忝涙にひれ伏は 大内記殿

仰には 奉納の場所諸人の入込 神拝の恐れも有ば其方は跡に残り御神楽を上げ 社内の清め

 

 

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仕れと 云捨御座を立給へば 横に蔓る桜田が御跡に引添ばさゝめき渡る御供先駒の嘶き轡の

音本城さして帰らるゝ 御跡見送り五右衛門は一人云 ハア遉大家の殿様 是程にお好なさるゝお能

かへ 林左衛門と政右衛門立合の勝負 御願ひ申されば 早速に御聞届下さるゝも 日頃の願ひ本望

と社内をさして行折から 申/\と松影より呼かけるは女の声 何者成と見合す顔 お谷殿ではないか

面体あれし人相気遣はしやと尋ぬれば お谷は涙押拭ひ 包むとすれど女の事 有様にお咄し申

さん 国元から帰りてより政右衛門殿の心底替り 出るにも入るにも不機嫌 此刀を取出し是を持て

五右衛門方へ行けといふた斗に物をも云ず どふいふ訳やら合点行ず 問かへされぬ日頃の気質(かたぎ) お前に逢

 

て様子もいやふと 其儘立て来りしが 通りかゝりてお前を見請殿様のお立をば 忍ん

で今迄相待しと 刀取出し差うつむき 暫く詞もなかりける 宇佐美はつく/\゛打

ながめ ハテ心得ぬヲゝそれよ/\コリヤコレ我秘蔵せし筬(おさ)船の一腰 其方が親

代と成たる印に遣はせしに 持せ越たは合点行ずと 引ぬき見れば物打に 巻

添し一通 コハ/\いかにと解ほどき 見るより恟り ムゝコリヤこなたへ暇の一札 様子

が有ふ語られよと 詞にお谷は仰天し 何わたしへの去り状とや 去るゝ覚へ微塵

もなし エゝ聞へぬぞや政右衛門殿 科もない身をむごたらしう去といふことたが

 

 

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始めた お腹に十月たゞでもない身を 情なやとかつばとふして泣居たる 五

右衛門せき立 エゝこなたも武士の娘でないか 魂の腐つた政右エ門 跡を慕ふ事

はない エゝ口惜い我が眼の見へぬが誤り 天晴器量の有やつ 何とぞ出世をさ

せんと思ひ 今出頭顔する林左衛門と一勝負立合させ 武芸の器量をあら

はし 一家中の手本とせんさすれば 殿にも遊芸の事お捨なされ 武道の

道にお心をよせ給はゝお家のお為と思ひしゆへ 林左衛門と立合をすゝむれ共 辞

退するは臆病風に引された大腰ぬけめが 此儘に相止めに成し時は

 

一家中の物笑ひ 願ひを上し御前の手前も言訳なし エゝ不甲斐なや

と斗にてどふと座を組居たりける お谷も儘に泣くどき 夫の心の直る様

比怯者といはれぬ様にコレ思案を頼む五右衛門様と 取付き歎けば ヲゝそふ思ふ

も尤 最前も殿の御前で林左衛門めが我に向ひ 彼抔を相人に立合はおと

なげなしと 人もなげなる雑言 聞ぬ顔は何ゆへぞ お家のお為二つには

儕を出世させん物と 思ひし事も恩を仇 但し国元の騒動を聞き一家の

縁を切る所存か 儕ゆへには勘当請し此お谷 某が親と成り女房に持せしに

 

 

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科なき者に疵を付け 追出しておこすのみか 親代(しろ)にやつたる此刀の物打に

暇の状を書付しは 我を欺くにつくいやつ 心肝にこたへ/\/\こたへて了

簡ならず 年寄たれども此宇佐美 尖き刃金の切味見せんと 一図に

凝たる国侍 お谷は取付きマア/\お待なされとすがるを払ひ ヤア愚か/\一先こなたは屋鋪へ帰り

何気もなくもてなされよ 我も跡ゟ押かけて事によらば先手を取て切かけん 其時

こなたも此刀て尋常に自害せられよ 未練に心残されなと詞立派に云放す 夫の心の善

悪をと小づまりゝしく帯引しめ いさまぬ心取治しいさみいさむや庭神楽打連てこそ「立帰る