仮想空間

趣味の変体仮名

伊賀越道中双六 第五 郡山屋敷の段 

読んだ本 https://archive.waseda.jp/archive/index.html 

       浄瑠璃本データベース  ニ10-01451

 

 

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 第五 郡山屋鋪の段

昔は山の跡なれや 今も名のみは郡山 家中屋鋪もつくろはず直ぐな

唐木の正め有る 家の柱は退き去りに奥様役の留主預り石留武介は忠義者

常の奉公裏表内証賄ひ閙(いそが)しき 台所ゟ嬪共ばら/\と立出 コレ武助殿 今

夜は内方へ嫁御様か見へるげな お目出たい祝言振舞 わたしらもあやかる様に

お手伝ひに参りました イヤ御苦労/\小身の旦那様右衛門様 仲間一人下女一人

若党の此武助が料理人やら家老やら 人手がなさに御家中の女中方を

 

 

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御無心 待女郎にも酌人にも各を頼みます イエ同じお給仕でも祝言と聞ば

気がしよぎ/\ したが合点の行かぬ事は お谷様といふ奥様 お里帰りなされて

から 聞ば去られなさつたげな まだぬくもりも涼(さめ)ぬ中新しい女房を入れるとは

案まりな手廻し サイノ今度の奥様はとこからお出なさるのじや イヤ我抔もかつ

ふつ存ぜぬ 何だか知らぬが旦那が一人呑込で 今夜嫁を呼ぶ程に祝言の拵へ

せいと云付て出られたから 何が俄に料理拵へ 少し斗聞はつつた 海老の舟

盛り置き鯉置き鳥などゝいふ しちむつかしい事は取置き鮒の吸物腹合せは 新

 

枕の心じやげな 肝心の嶋臺を忘れて 正月のお古を組かへて間に合す いか

ぬ物は銚子加への折形 知てなら折てもらひたい ハテ何の其様に儀式せいで

も大事ない 仲人さへない嫁入 今迄どこぞにこつそりと囲ふて有た女中で有ろ ホンニ

あの政右衛門様もお顔に似合ぬ色ごと仕 先の奥様はお腹が立ふ 馴染の女

房隙(ひま)取らして 跡へ来る嫁づらはどんなお顔(つら)じや見てやりたいと さがない女子の

口々に うたて浮名の高咄し憂事の思ひの種を身に持て我内ながら心

置 夫の留主を窺ひ足 嬪目早く ヲゝ奥様よふお出なされましたと

 

 

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いふに武助も押下り 幸只今旦那のお留主 お帰りならばおしらせ申さふ 先

お緩りとゝあしらはふ程 いとゞ重るうさつらさ諸白髪といひかはした人の

心もかはれば替る 我内へよふ来たといはれる様に成たはいの 身に覚へはなけ

れ共 親分の五右衛門様 との様な誤りしたぞ隙の印の此一腰 訳が立ねば受

取ぬと お屋敷にも置れねば立寄る方もない身の上 見ればいかふ賑やか

なが お賑舞でも有のかと とはれてそれとは云かぬる 跡先見ずの下女はし

た 今夜じゃお屋敷へ嫁御がお入なされます ヤア嫁とは誰嫁 コレ武介

 

よもやそふでは有まいと 思へど若旦那殿に女房が来るのじやないかや イヤ

其義はエゝ武助殿隠してもどふで知れる事 政右衛門様のお内儀様で

ござります 下地から訳の有る事かして 今夜俄の御祝言 わたしらも隣

屋敷からお給仕に雇はれました お前様は先の奥様てつきりとお妾(てかけ)に

見替られrなされたに違ひはないくつとお悋気なされませと身にもかゝらぬ

下々の 法界悋気に焚付られ いとゞ重なる口惜さ包かぬれば見て

取る武介 エゝコレ女中方 役に立ぬ事云ずとお台所に人がない 爐の炭も

 

 

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ついで貰はふ アイ/\合点じやサア皆お出 旦那のお帰り待女郎と こちらも嫁御

の相伴で よい夢見よふと打つれて立て行く間を待兼てかつぱと伏して泣居

たる ヲゝお道理じや/\したが奥様 必悋気なされますなへ アノ云やる事はいの

悋気とは一通りの事 非業の死をなされた爺様 弟志津馬が敵討の

力と頼むはたつた一人 其夫政右衛門殿 縁切れたれば誰を頼みに 大敵の股五郎

いつ本望が遂られふ 力も綱も切果しと 思へは胸が張裂ると歎けば供に

泣じやくり お気遣ひなさるゝな譬旦那がどふおつしやつても 拙者めが命

 

にかへても此御縁は切らしませぬ 悋気なされなとはそこの事 お前様のお中には

政右衛門の御世継がござりますぞへ 去状取ふか後連れが這入ふが 其お子さへ御出

産なされたれば 切ても切ぬ血筋の縁 政右衛門様の奥様といふは お中が証拠の

お谷様 敵討の助太刀も 頼の種の人参子 産み月に気をもんで過ち有はどふ

なさるゝ 追付旦那お帰り有ば悋気がましい顔なされず 兎角此内を動ぬ様にな

されませ 御合点が参りましたか とはいへ義理の有女房去て嫁入の祝言のとは旦那

はどふしたお心じや 拙者もいつさい合点が行ぬ ホンニ此蝶花形 私は折様存ぜぬ お前様

 

 

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お頼申ますと いはれて手には取ながら みす/\夫を寝取らるゝあた憎てらしい蝶花

形 犬骨折て早ぶさの 鷹の餌に成春の雉子 外に夫の声聞へ アレ旦那のお帰り

暫く忍んでござりませと家来が情を力草 逢たい夫に隠るゝも疵持つ心 唐

紙を押明け忍び入にけり 心がけ有る侍は 地を這ふ虫も気を赦さぬ唐木政

右衛門 伊達を好ぬ刀の柄前 人に勝れし袴の幅上屋敷ゟ帰り足 武介

手を突き 申旦那 殊の外お隙入御用の品はいか体の義でござりましたな

サレバ/\此間から辞退する 彼の林左衛門と武芸の試 明朝正六つ時御前に

 

おいて立あへと押付けて御家老の云渡し 今晩妻(さい)を迎へまする婚礼の中

一両日お述下されと 願ふてもいかな聞入ず 女房呼ぶは私事 明日は延され

ぬ と去とは心ない家老殿 此方は内へ気がせく もゝ尻に成て漸只今祝言

の拵へ用意は出来たか ヤレ/\知行取にも飽果た 嫁の来る迄上下脱て

休息せふ 枕おこせ女子共 アイと返事もさし足に角を隠せし塗枕

そつとかたへに奥様を 嬪がはりの見へがくれ 袴は解けど胸解けぬ するどい

常の侍肩衣 折てたゝんで 取直す 詫の種とは見付た夫 ヤイ武助

 

 

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あの女子は何者じややい エイ/\ イヤ あれは彼の今日お目見へに参つた 新参

の女中で ナゝゝ ハイ旦那さまお目かけられて下さりませ フウ奉公人じやな

見かけから愚鈍そふな ふつゝかな女なれど 遣ふて見てくれふ コリヤヤイ 今夜は身

共が女房を呼むかへる 祝言の給仕申付る アノ 嫁御とお盃の 其お給仕を

せいとは そりや余(あんま)りイエサア 余り 急な御祝言 不調法な私が給仕得

せすば奉公叶はぬ 立て帰れ イヤ/\申何でも御意は背きませぬと 下女

に成ても夫の内 離れ兼たる心根を察して武介が呑込涙 そふだ

 

/\ 奉公は辛抱が大事 何おつしやられふと アイ/\と そこらを程よふ塩梅加減

トレお盃の用意せうと 料理を塩に立て行 折から宇佐美五右衛門様御出と案内す

ハア又堅ぞふがわせられた 誰ぞ羽織持てこいと 云ぬ先から心得て勝手覚へし

女房の徳 機転聞して後ろから 着せる羽織をひつしよなく エゝ子供ではないわい

差出女めあつちへ行けと ねめ付られて是非なくも 立間ではしく入来る五右衛門

弥左衛門の上下こはばり切てむずと座し 政右衛門殿 今晩は其元に嫁入が有と承

御祝儀申に参つた 老人の寸志そと御覧下されと一通を差置けば 是は/\

 

 

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婚礼を祝しての御発句でかな 先以て忝しと 押開き見て驚き顔 フウこりや

拙者への果し状でござるな ハテ存じ寄らぬ 先其意趣の次第はな 知た事 科

ない女房なぜ去た ハア 拙者が女房を 拙者が去るにお手前様が何故の御立腹

イヤサいふまい 尤お谷は上杉の家中 和田行家が娘なれど お身と密通して二人連れ

此郡山へかけ込だ 労浪の体不便に思ひ 且はお手前が器量を見込 拵へ申て

有付かせたは此五右衛門 其上 勘当請て親のないお谷 身共が娘分にして 改てお身に

呉たれば 以前は行家が娘にもせよ今は身が娘 少しの見落し有とても 去られる

 

義理ではないぞよ 旦那の恩を忘れ 外の女房持かへて 五右衛門を踏付た仕方堪忍な

らぬ それ共お谷に拠(よんどころ)ない科でも有か それ聞ふ 返答次第座は立たせぬと鍔打たゝいて

詰かけたり イヤモウ重々御尤千万 お谷に微塵も科はなし 去た子細は別義では

ない 飽ました 女房といふ物が 飽いてからはもふ/\片時も持て居られる物ではござらぬ サゝ

ゝゝゝお聞なされ/\御立腹は尤ぢやが 今拙者と討果されては五右衛門殿 殿への不

忠に成ませう なぜとおつしやれ今日上ゟ御意有て 明朝御前において桜田

林左衛門と剣術の勝負を致す此政右衛門 是迄拙者を推挙なされ 明日も勝

 

 

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負見分の役目を 仰付らるゝ其元か 此立合も致さぬ中に 拙者をさつふりと

切てお仕廻なされて 殿へは何と言訳はなさるゝぞ 是非憤り晴ぬと有は何と

致さふ 武士の因果 明日の御前を勤めて其跡でお手にかゝりませう 暫く宥免

下されと 理に詰られてさしもの五右衛門 コリヤ尤 意根は意根 御用は御用 明日

迄は傍輩の役目 中よし/\ 御得心下さるか アゝ忝い/\然らば今宵はこれに

緩りと 御酒一献お上り下され 追付新しい女房が参る イヤ又其器量のよさ

雪と墨との替徳 古女房のお谷めは 不器量の上に因果と早ふ子を孕

 

で 正真の河豚の横飛 飽たを無理とは思し召なと あいそづかしを立聞の障子に

歯形も入る斗 登る痞(つかへ)を折も有れ 嫁御様早是へ ヲゝ待兼た早ふ通せ 女

子共それ燭台に火を燈せ 嶋臺 銚子と騒ぐ程御右衛門かむかつき顔 玄関ゟ

奥座敷直ぐに手くりの鋲乗物対の箪笥に染込の 覆ひも愛持

介添女房 ヲゝ大義/\イヤ申宇佐美公 只今カノ妻が参つた お悦び下

され アゝお目出たい義でござる 御推量下され 貴公には御退屈 コリヤ/\

あなたに御酒上いよ イヤ拙者御酒たべると胸が悪くござる 是は気の毒 然らば

 

 

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お菓子 イヤサお構ひ御無用 ハテ堅くろしい何がな御馳走 ヤイ コリヤ新参の女

何をうろ/\まい/\と 其不調法ては祝言の妁は得せまい お客人の肝癪ソレ

お背中でも揉であげいと いふ程腹の 立浪に音を泣く千鳥四海波 扨我抔

今晩の花聟上下を着る筈なれど あたまから打解る様に 角菱止めて此儘

の見参 サア/\早ふ女共の顔が見たい/\ ヲゝお心安い聟様で嫁御様のお仕合

恥かしがつてござらずと サアお出なされませと 乗物明れば綿帽子に 腰ゟ上は

うつもれて 七つ斗のいと様御寮 尺にも合ぬかい取ほら/\ 帯につられて座

 

敷にとんと 乳母是取て/\ アゝ申其帽子 お盃の済む迄召てござれ アゝイヤ/\

うつとしからふ取てやりや ドレ恋女房の御面像と帽子とらせば尺長もしまらぬ

罌粟の花嫁御 直す三宝土器を乳母が持ち添戴かせ 聟君様へ上まする 忝い

/\ 女子共皆見てくれ 何とちよつこりと 何処に置ても邪魔にならぬよい女房で

有ふがな ハア嬉しい/\ 目出たふ一つ次の間ゟ 千秋万歳の 千箱の玉と謡声 裲

の袖に一通取乗せ 立出るヤアお前は母様柴垣様と 驚くお谷に目もやらず 政

右衛門に打向ひ ぐはんぜない此娘を女房に持て下され 此上の本望なし聟引出の

 

 

40

此目録は 主人上杉宇内様ゟ 躮志津馬に下されし敵討御免の御書 いよ/\助太

刀なされて下さるお心じやな お尋に及ばず承知致いて罷有る コリヤ新参の女も

よく聞け 身共には先妻が有たれ共な 親の赦さぬ密通 行家殿の勘当の

娘 どれ合女夫の悲しさは 差立て聟舅といふ事はならぬぞよ 今郡山の扶持を

戴く政右衛門が よしみもない他人の助太刀が成べきか コレ此お後は世間晴た

行家殿の忘れ筐 志津馬が妹に違ひない 此子と今祝言すれば是こそ

誠の聟舅 舅の敵 小舅の助太刀仕ると 殿へ御願ひ申さんに よも不届

 

とは思されまじ かなたこなたを思ひはかつて 科もない女房去た謂れは此通り

義理といふ色に迷ふて 五年の馴染に見替た心汲みわけて五右衛門殿 御立腹の

段々は まつひら/\御免下され 我抔もふ醒ました 何申やらたわい/\と酒にま

ぎらす本性の 云訳聞て手を合せ よふ去て下さんした 其誠をちつとの間も恨だ

女子の廻り気を堪忍して下さんせ ヲゝサ 身共もよい年をして疑ひの悪口

面目ない 天晴武士かな 政右殿 此祝言は敵討の門出 武士道も立ち家も立つ よい

嫁を迎へられた扨/\/\めでたい婚礼我抔もとも/\゛お取持と 始の腹立打て

 

 

41

かへ 一度に顔の色直し お心が解たれば弥替らぬ政右衛門が 後連れのお後や 二世

かけてそなたの男 今夜から抱て寝るぞや コレ女房共/\といへど お後は欠(あくび)交り

乳母もふいなふとやんちや声 是は娘とした事が 嫁入早々いんでたまる物かいの

三々九献まだ済まぬ殿様の盃戴く物じや イヤあからはいや乳母あれほしい あれ

とは ムゝお饅かへ さもしい奥様では有ぞ イヤ道理じや/\おわいひ女房に何

惜からん 併一つは過る半分は身か預る 是が夫婦のかためぞと 持せばほや/\饅

頭靨(えくぼ)ホンニ忘れた 嫁君の御持参のお道具と 箪笥の引出し廣蓋に

 

盛りならべたる持遊びの 市松人形風車 七つに成る子に殿を持せ済ましたしやん/\ 

浜松の音はざゝんざ座はかはらねと我夫を 夫といはれぬお谷の心 思ひやつて

居るはいの そもじとはなさぬ中 ほんの娘の此お後と 見かへさした継母が 聟殿に悪

性根付けたと 恨んではし下さんな ア勿体ない事ばつかり わたしが縁の切れるは爺様へ

不孝の言訳 政右衛門殿いつ迄も あの子と添ふて下さるが 家の為志津馬が為

わしや死する迄去れて居るが 嬉しいわいのと明かし合ふ 親子の貞心三国一思ひは富士

の郡山とけて涙を汲かはす酒も裏(り)に入しめ/\と 夜も更渡れば稚子が 乳母

 

 

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もふ寝よふと乳さがす ヲゝ此お子はいの 七つに成迄咥る子が有物か 殿様の

手前も恥なされ イヤ大事ない/\是からが新枕 嬪共床を取れ身も追

付寝る コレお乳母 女房共にしゝやつて寝さしてやりやと痛はい心

付き/\に 乳母のお蔵が抱かゝへ 寝所に伴ひ入ければ 政右衛門宇佐美が前に手を突き

改て五右衛門殿へ御頼申上たき様子有り サア/\役には立ずと身共も力に成たい 何

なり共遠慮なふ承ふ どうか/\ ハア御深切忝し 近頃申兼たれ共 其元様には

明日 切腹なされて下されい 其子細といつぱ明六つ時 桜田林左衛門と立合仰

 

渡されし 此勝負に拙者負けまする サア知れて有る林左衛門が手の内 ぶつてぶち伏せ

るは合点なれど 勝てば御前の御意に叶ひ 是ゟ一家中の師範仰付られお隙が

出ぬ時は 助太刀の望が叶はぬ 御前において政右衛門物の見事に打負けてそれを

落度に知行差上 浪人して思ふ儘 小舅の助太刀致す所存 時には拙者が

剣術を 風聴(ふいてう)なされた其元様 負た我抔が恥ゟも見損ふた御恥辱 よ

もや生きてはござるまい腹なされにや成ますまい これ迄厚ふ御贔屓下され

様々御恩に預りし 恩を仇と申さふか 腹切て下されと 申出すは五臓の血を

 

 

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一時に吐くゟも苦しけれ共 舅の敵が討たさ 志津馬に本望とげさしたい斗に

かやうの不届を申上る御赦されて下されと鬼を欺く政右衛門わつと 泣たる真

実に 感じ入て ムゝ尤/\ 命進上申 何ゟも安い事 只残念なは林左衛門めに

恥頬(つら)かゝせんと思ひしに 返つて此五右衛門面目を失ふて 相果つるが悔しけれど 貴

殿が本望とげたれば骸(かばね)の上で身共が恥も 其時雪ぐ暫しの無念 誠

有る侍の為に 皺腹一つが役に立ば 身に取て大慶/\と 死ぬるを常の武士気質

アレ聞たか 主人に預るお命を 我々に下さるゝ 有かたいあとお礼申せ 女房共とは

 

いはれぬ表 親子共又云ぬが孝行 勝へき勝負を負るも義心 恥辱を

以て御最期も 侍同士のお情と 互に礼儀の中/\に涙催す八つの袖 時計

の七つせばしなく アレ早勝負の刻限近し 身は先へ登城致す 用意有れ政右

衛門 貴殿のお隙出るを相図に身共が切腹 御辺は直様鎌倉へ出立 冥土の出立

早参る 御苦労後刻と式礼黙礼 性急武士の短夜や 明ゟ間を待つ最期の

門出いさんで 御前へ「時過ぎて早明六つの知せの太鼓 朝日輝く大広間 大内記

殿上段の褥に着座近習の武士各見物情勝負 政右衛門は大のしなへ 桜

 

 

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田は兼てゟ好む所のさぶり流 長柄を持て待かくる 双方呼吸の隙間なく先

を取んといどみ合ふ 切先刃金はなけれ共鎬を削る心の真剣 打合ふ数は帳面に

見る人/\も息を詰暫く時を移せしが 兼て期したる政右衛門桜田が鑓先を

あしらひ兼たる手の狂ひしなへからりと巻落され 鑓にひはらをウンと

斗 がはと倒れてうつぶしに 面目なふこそ見へにけれ 勢ひ込で林左衛門 ナント何

れも御らうじたか 影で広言は誰もいふ まさか勝負にかゝつては なま兵法が

役に立つ物ではない 此様なぬけ作を お取持なされた五右衛門殿 何と今御合

 

点が参つたか イヤハヤ天晴のお目利き/\と 嘲弄譏りも覚悟の前 御前に向い

謹で不鍛錬の政右衛門を推挙致せし不調法 恐れながら申訳と云もあへず

肩衣はね退け差添に手をかくる ヤレ待て五右衛門あれ留めよ 御意じや 切腹先待れ

よと 近習の声/\ ハツと斗暫し扣へてひれふせば 桜田林左衛門唐木政右衛門

両人共是へ参れ ハア アツと一度の答さへ 肩で風切る桜田と 唐木は枯ししほ

れ枝 見すぼらしげに蹲る ヤイ政右衛門 只今の勝負大内記是にて逐一に見届

其方が致し方神妙に思ふぞよと 仰にハツ/\と斗夢見し心地一座の不審

 

 

45

其方共今の立合を何と見た 尤勝負には政右衛門負たれ共 始ゟつく/\゛

見るに 身構へ太刀捌き よつtく鍛へし誠の達人 林左衛門が中々及ぶ所ならず 彼が

心を察するに 新参の身を以て古参の者に 恥辱をあたゆるは武士情にならず

と わざと勝を譲りしは 剣術斗か心迄奥床し頼もし 併ながら是迄遊芸

を楽しみ 武芸に疎き大名と噂に云れし大内記 剣術の批判覚束なし共云へきが

弓取の家に生れし身が 武芸をしらぬ様有んや 然れ共弓を袋にし太刀を鞘

に納むるは太平の掟 今足利一統に治つたる此御代 静謐の世に弦を引き鏃を

 

砥ぎ 鎧よ弓よとひしめくは 上への恐れ家衰微の基 爰を思ひはかつて茶の湯

乱舞に日をくらせ共 心に捨ぬ剣術武芸 よく知て居る 身共が眼相違有し

政右衛門を取持し五右衛門 身が為に天晴忠臣偽りと思ふべからず 又林左衛門事は

怪家の勝をそれ共しらず いかめしく罵るは我芸の我でに見へぬ不鍛錬千万

知行くれるは国の費へ 隙を遣はす 勝手に屋敷を立退べしと 案に外成御諚

意に 林左衛門一句も上らず 尖き殿の御賢慮に 恐れ入たる一家中 御前に叶

わぬ林左衛門 早立めされとせり立られ したゝかなめに大広間一人すご/\立て行

 

 

46

重て政右衛門にいふべきは 新参ながら其方武芸の鍛錬感じ入 弐百石の加増

申付くる 黒書院にて改め盃 今ゟ一家中の師範と成 弥々忠義を励んでくれよと いと

懇ろに仰有りしづ/\ 御座を御太刀持の小姓 引連れ入給へば 近習の面々ざゝめきわたり

去とては政右衛門殿 けしからぬお首尾おめでたい/\ イヤもふお羨しう存じます 我々

もあやかる為 お盃が戴きたい 詰め所に相待居りまする 扨/\/\お手柄/\と

挨拶悦び請る程 ぐはらりと違ふ胸算用 二人は顔を見合す斗 只うつとり

と手を組で 政右衛門殿 是ではお隙は願はれまい サア身共も折角切かけた

 

腹がひねに成な コリヤマアとうと腰もぬけ一度に溜息次の間の 襖あらはに妻お谷

肩にかゝりし柴垣が喉に懐剣突詰し 母の自害に稚子の お後も跡におろ/\目

元 二人驚き 何故の此生害 イヤもふ是が覚悟の上 唐木殿の頼もしい心底を聞上は

此世に用のない體 未来へ参つて娘お谷が勘当の訴状 けふの様子を見届てと 此

広間のお次迄隠れ忍んで委細の訳 思ひの外の立身でお隙出ぬは是非もなし

此上ながら姉も妹も やつはりこな様の女房と思ひ 敵討には行れず共心の介太刀を

影ながら志津馬が力に成てたべ 兄弟共さらばよと顔を 見上見おろして 盛の梅と莟の桜

 

 

47

跡に残して息絶る コレのふ是と取付て泣声人や菊の間ゟ 大内記殿御簾中 久方

御前立出給ひ 改めて殿様の御諚意 政右衛門が今日の仕方定めて様子有へしと御窺ひな

されし所 心の底に望有てわざと我手練を隠し 主を謀りし趣 殊に御座の次の間へ

女を引入れ御殿を穢せし科によつてお隙を遣はさるゝ 去ながら暫しも扶持し置れし家

来 浪人の糧にも尽きるも不便なれば 刀一腰お隙の印に下さるゝ 殿様御秘蔵の信

国の名作 敵討の餞別とはおつしやれぬ 売代なして世渡りの介(たすけ)にせいとの御慈悲 有

がたふ頂戴仕やと 小姓に持せし刀箱 打明け申さぬ心の底 しろし召されし御恵

 

エゝ相果し志津馬が母 今少し生延ばはり 此御諚意を聞ならばととゞめ

兼たる有がた涙 御簾中も御落涙 父にも母にもおくれたる 其稚子は

手廻りて養ひ育る三世の縁 殊更姉は只ならぬお中に持し大事の身 仮

の親分五右衛門の屋敷で介抱如在なふ 本望とげて立帰り 元の主従対面を

待て居るぞとつど/\に仰も重き亡骸は 宇佐美が屋敷で野送りの 供にひ

かへし若党武助 此世の名残御殿の名残 始の妻と後の妻 生れぬ子に

も引るれど返す/\も第音の 御前を拝し立出る 世の有様こそ「ものうけれ

 

 

 

以前文楽劇場で購入したマグカップです。

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41ページの赤字部分が書いてある詞章になります。

 

 

市松人形風車七つ

に成子に殿を持

せ済したしやん/\ 

浜松の音はざゝん

ざ座はかはらねど