仮想空間

趣味の変体仮名

於六櫛木曾仇討「上」

 

平仮名が多く解読し易いもんだから、選りに選って今回に限って読み下しを始めたら、予想だにしなかった残酷な場面に遭遇し思わず吐き気を催す羽目に。筆舌に尽くし難い残虐な行いを山東京伝は涼しい顔で筆を尽しております。特にコマ13は耐え難い。とは謂え途中リタイアするのも癪なので、後の章で浄化されることに期待を寄せつつ読み進めました。

 

 

読んだ本 https://www.wul.waseda.ac.jp/kotenseki/index.html

       於六櫛木曾仇討 (HTML)

 

「上」

2

丁卯新刻稗説

山東京伝作 歌川豊国絵 西村與八梓」

「於六櫛木曾仇討(おろくぐしきそのあだうち)全部 七冊物」

 

木曽の名産お六櫛といふは みねばり といふ木にて挽(ひき) あかの

とれる事みやうなる櫛なり 竹のとうぐしとちがひ は

さき やはらかく 髪すぢのきるゝといふことなし 此くし?挽

はじめたるお六といふは容顔美麗にて忠義貞節たぐひ

まれなる女なり 今 かの地の人の口碑にのこれる物語を聞(きく)に

虚実はしらずといへども くわんぜんの いつたん ともなるべき

はなしなれば絵草紙七冊物となして児女(しぢよ)の目ざましぐさとす 今にいたりて

かの櫛を木曽のなにがしといふところにて売(うり) お六がごとき忠貞の者は

女のかゞみなれば かの地 わうらい の人はかならずたづねもとめて おの/\

女子のかしらにいただかしむへし かみのあかのみにあらず おのづから心のあかをも さり

きよむべきなり 

 文化三年丙トラ夏稿成

同 四年丁卯春発行  山東京伝

 

 

3

其身まづしといへども千辛万苦して

主君の一族をやしなひ わが子をうりて

主君の病苦をすくふ大力勇猛(だいりきゆうもう)世に

たぐひなく忠志義心古今にまで也

忠義の功徳によりてのち

 ふうきをきはむ

◯鎌戸又八(かまどまたはち)

 

  ◯鶴見多聞妻久方亡魂(つるみたもんつまひさかたのぼうこん)

暴悪の者のために とひ したはれ 目前わが子をころさるゝといへども みさほを

やふらず つひにげびぜめとなりて死し 恨魂あだのいへをほろぼさんとす

のち孝子(かうし)のまつりをうけて

  仏果を得たり

 

 

4

◯牛嶋大之進

 奸佞(かんねい)好色 大悪不道(だいあくぶどう)

密計を ほどこしで

あまたの 人を 害す▲

▲一旦さかんなりといへども

 つひに天罰を こうふり◆

◆悪報やうやく

めぐりきたりて

その身をほろぼす

積悪 にくむに あかず

 

◯又八妻於六(おろく)

主君のために髪をきりて米をもとめ

子をうりてくすりをとゝのふ貧苦をしのぎ

悲嘆をしのび つひに木曽の山家(やまが)にすみ

櫛をひきて すぎはひとす これをお六ぐしといふ

のち時運ひらくる日を得て栄花(えいくわ:栄華)をきはむ

 

 

5

いまはむかし北條

ときより公のじ

だい とかや あふみ

のくに甲賀三郎

かねくに の家中に

靏見(つるみ)多聞とて

ぶんぶの道にたつし

ちうぎむにのさむ

らいあり とし

わかくして ちゝはゝに

おくられ同家中

きぬがさげき

三郎といふものゝ

むすめをつまとし

名をひさかたと

よびけるが 一子の

なきをなげき石

山寺のくわんおんに

くわんがけして

あゆみをはこびけり

さてあるとき石山寺

のもんぜんにて すてごを

ひろひ みれば玉の

ようなる なんし

にて はだのまもり

にくわんおんの小ぞう

あり これまさしく

くわんおんのさづけ給ふ

 

子ならめと ひろひ

かへりて よういくし

名を 孝太郎と

なづく そのあくるとし

つま くはいたいして

なんしをまうけ

名を丹二郎と

なづく けうだい

ともにはつめい

なり そのゝちはるか

すぎて又女のこをうみ

名をゆきのとなづく

けうたい三人よく

おひたち ことしすでに

 孝太郎十六才 丹二郎

十五さい ゆきの六才に

なりけれは

ふうふ よろこぶこと かぎりなし

「はんきうのけいこを

しまつたら

きやうだい

とも

おひるに

しませう

(右頁中)

「じゆうよく

きやうをせいし

じやくよく

ごうをせい

するといふが

三りやくの

かなめ じゃて

「これから 

しないの

けいこに

かゝり ませふ

 

(読み下し)

今は昔、北條時頼公の時代とかや、近江の国甲賀三郎兼国の家中に靏見多聞とて文武の道に達し忠義無二の侍あり。年若くして父母に送られ、同家中衣笠外記左衛門という者の娘を妻とし、名を ひさかた と呼びけるが、一子の無きを嘆き、石山寺の観音に願掛けして歩みを運びけり。さて或る時石山寺の門前にて捨て子を拾い見れば玉のようなる男子にて、肌の守りに観音の小像有り。これ正しく観音の授け給う子ならめと、拾い帰りて養育し、名を 孝太郎と名付く。その明くる年、妻懐胎して男子を儲け、名を丹二郎と名付く。兄弟ともに発明なり。その後はるか過ぎて又女の子を産み、名を ゆきの と名付く。兄弟三人よく生い立ち、今年既に孝太郎十六才、丹二郎十五才、ゆきの六才になりければ、夫婦喜ぶこと限り無し。

「半弓の稽古をしまったら兄弟ともお昼にしやれ

「柔よく剛を制し弱よく剛を制すると言うが、三略の要じゃて

「これから竹刀の稽古に掛かりましょう

 

 

6

同家中に

牛嶋大の

しんといふ

ものいまだ

つまなかり

けるがかねて

多聞がつま

久かたが

えんしよく

にまよひ

たび/\

かきくどき

けれども

しやういん

せずとても

多聞よに

あるうちは

のぞみ

かなふ

べからず

なにとぞ

かれを

なきもの

とし久

かたを

手に入

ばやと

 

くふうし

けるが多

聞はぶげいに

たつしたる

ゆうしなれは

よういに手を

いだしがたくたゞ

よきをりをまちいたり

しかるにかねくに公やかたを

ぞうえいあるとて

多聞と大のしん両

人にきそぢのざいもく

をきりいだすべきよし

めいじたまふにより多聞は

そうりやう 孝太郎ことし

はや十六才なればげんふくさせ

見ならひのためどう/\し

三人しなのゝくにへたびたちけり

かくして三人しばらくきそにとう

りうし大ぜいのそまをやとひて

さいもくをきり出させけるが大のしん

これくつきやうのときとおもひこまが

たけによきざいもくありけんぶんし玉へとて

多聞おやこをともなひこまがたけの山ふかく

のぼりぬ大のしんがわかとうなめ川岩八

かけはし谷介の両人さきだつて山にのぼり

ふるやしろのうちにまちうけてつぽうをもつて

多聞がむないたをうちぬく

(右頁柱)

「しめたぞ/\

(下)

「よい /\

はやく くた ばれ

久 か た は

おれが

女ぼう

にして

たのしむか

かう しやう と

思つて

大きに

ほねを

おつた

 

(読み下し)

同家中に牛嶋大之進という者、未だ妻なかりけるが、兼て、多聞が妻・久方が艶色に迷い度々掻き口説きけれども承引せず、とても多聞世に在るうちは望み叶うべからず、何とぞ彼を亡き者とし久方を手に入ればやと、色々工夫しけるが、多聞は武芸に達したる勇士なれば容易に手を出だし難く、只良き折を待ち居たり。然るに兼国公館を造営あるとて多聞と大之進両人に、木曽路の材木を切出すべき由命じ給うにより、多聞は 惣領孝太郎、今年早十六才なれば元服させ見習いの為同道し、三人信濃の国へ旅立ちにけり。かくして三人暫く木曽に逗留し大勢の杣を雇いて材木を切り出させけるが、大之進これ究竟の時と思い、駒ケ岳に良き材木有り、見聞し給えとて多聞親子を伴い駒ケ岳の山深く登りぬ。大之進が若党、滑川岩八、梯谷介の両人先達て山に登り、古社の内に待受け鉄砲を以て多聞が胸板を撃ち抜く。

「良い良い、早くくたばれ。久方は俺が女房にして楽しむか、こうしようと思って、大きに骨を折った。

 

 

7

 孝太郎のちゝがてつぽうに

うたれたるをみて大に

おどろきかたなをぬいて

やしろのうちにかけ

いらんとするを大のしんと

わかとうりやうにんと

あつまりてきりころし

おやこのしがいを

ふかきいわあなの

うちへなげこみて

かくしさてあふみに

かへりとのみ申すは

多聞こまがたけの神木を

きりたるたゝりにて山大にあれ

おやこともに山中にてゆくへ

なくなりぬさだめて山の

かみにひつさかれ候はん

たゞ両人がかみのけと

かたそでばかりのこり候

それがしもからき

いのちをたすかり候と

まことしやかに

申しけり

「ひきやうでもなんでも

 はやくかたのつくがいひは

(右下)

「こしやくなあをにさいめ

われもはやくくたばれ

「だまし

うちとは

ひきやうな やつ

 

(左頁上)

かねくに公いまだとしわかにて

しりよあさく多聞おやこが

うしのしさいをきゝ給ひ

神木のたぐひはきる

なとかね/\わが

いひつけことばを

そむきあらぬ

死をなす

ふちうもの

いへをたておき

がたしとて

五百こくの

ちぎやうを

めしあげられ

つま久かた二男

丹二郎いもとゆきの

三人をげき左衛門に

ひきわたしたまふ

大のしんはこゝろにえみを

ふくみ多聞おやこが

かたみのくろかみと

かたそでをもちて

げき左衛門がたくに

見まひさて/\きのどく

ごしうしやうさつしいるなどゝ

いろ/\しんせつなる

ことをのぶる

「いやはやすさ

ましく山が

あれました

まつたく

神木を

きつた△

△たゝりさ

「みな/\

かた

??

こそ

ふ げ?

 

(読み下し)

 孝太郎の父が鉄砲に撃たれたるを見て大いに驚き、刀を抜いて社の内に駆け入らんとするを、大之進と若党両人と集りて斬り殺し、親子の死骸を深き穴の内へ投げ込みて隠し、さて近江に帰り殿に申すは、多聞駒ケ岳の神木を伐りたる祟りにて山大いに荒れ、親子ともに山中にて行方無くなりぬ。定めて山の神にひっ裂かれそうらわん。只両人が髪の毛と片袖ばかり残り候。某も辛き命を助かり候と、まことしやかに申しけり。兼国公は未だ年若にて思慮浅く、多聞親子が横死の次第を聞き給い、神木の類は伐るなと兼々我が言い付け言葉を背き、あらぬ死を為す不忠者、家を立て置き難しとて五百石の知行を召し上げられ、妻久方、二男丹二郎、妹ゆきの三人を外記左衛門に引き渡し給う。大之進は心に笑みを含み、多聞親子が形見の黒髪と片袖を持ちて見舞い、さてさて気の毒ご愁傷察しいる等と、色々親切なる事を述ぶる。

(右頁セリフ)

「卑怯でもなんでも早く片のつくが良いわ

「小癪な青二才め、ワレも早くくたばれ

「騙し討ちとは卑怯な奴

(左頁セリフ)

「不憫な事を致した

「いやはや、凄まじく山が荒れました。全く神木を柝った△

△祟りさ。

「皆々かた??こそふ?げ?

 

 

8

なけきて

かへらぬこと

なれば多聞

おやこのあとを

ねんころに

とむらほど

なく百か日も

すきぬれば

大のしんもはや

じぶんよしと

さるべき人を

たのみげき

左衛門がかたへ

つかはしさて/\

つるみのいへ

だんぜつ

のこと

きのどく

なりもし

久かた

どのを

われら

かたへさい

えんし

たまはゞ

丹二郎を

もりたて

とのゝ御ぜんを

 

とりつくろい

つるみのいへを

さいこう

すべし

此こといかゞと

いはせけり

けき左衛門は

ものがたき

さむjらひ

なればさい

えんのこと

もつてのほか

ふしやうち也

久かたも

さいえんの心

さらになし

げき左衛門なか

たちにむかひ大のしん

同やくのわうしを

みながらおのれのみ

おめ/\とにげ

かへりたるおくびやう

ものとさみしはづかしめ

ければなかたちのものは

こそ/\とたちかへりありの

まゝにかたりかるにぞ大のしん

大にいかりしかるうへはげき左衛門めをなきものとし

久かたをうばひとりておもひをはらさんと又かんけいをめぐらしけり

(右頁下)

「あるとき

あめか?

はげしき よ?

ぬすびと

けき左衛門が

やしきに

しのび入

とのより

あづかりの

かたなを

うばひ にげ さる

(左頁下)

「わん/\とは

こふうななき

ようをする

いぬめだ

だまつている

ごうきに

とても

つうじんものだ

通人さまの

ほへかな/\

 

(読み下し)

嘆きて帰らぬ事なれば、多聞親子のあとを懇ろに弔い、程なく百か日も過ぎたれば、大之進最早時分良しと去るべき人を頼み、外記左衛門が方へ遣わし、さてさて鶴見の家断絶の事気の毒なり。もし久方殿を我等方へ再縁し給はば、丹二郎を盛りたて殿の御前を取り繕い、鶴見の家を再興すべし。この事いかがと言わせけり。外記左衛門は物堅き侍なれば、再縁の事もってのほか不忠心なり。久方も再縁の心さらに無し。外記左衛門仲立ちに向かい、大之進は同役の横死を見ながら己のみおめおめと逃げ帰りたる臆病者と狭(さ)みし辱めければ、仲立ちの者はこそこそと立ち帰り、有りの儘に語りけるにぞ。大之進大いに怒り、然る上は外記左衛門を亡き者とし、久方を奪い取りて思いを晴らさんと、又奸計を巡らしけり。

(右頁下)

「ある時雨か?激しき夜?外記左衛門が屋敷に忍び入り、殿より預りの刀を奪い逃げ去る

(左頁下)

「わんわんとは古風な鳴き様をする犬めだ。黙っている剛気にとても通じんものだ。通人様の吠えかな吠えかな。

 

 

9

あるときかねくに公げき左衛門にいひつけ

せんぞでんらいのいわきり丸といふ

めいけんにてすへものをきらせ

ごらんあるへきとて

かたなをあつけ給ふ

げき左衛門御かたなを

とこのまにかけおき

たるにそのよぬす人

しのびいりかたなを

うばひてにげさりぬ

との此ことをきこし

めされけきたが

ろうしんににやはず

日ころの心がけ

あしきゆへに

大せつの刀を

うばゝれぬとて

大にりつふくし

たまひきびしく

おしこめおき

たまひけるが

けき左衛門

申わけたち

がたくとや

おもひけん

るよ

かきおき

をのこし

 

せつふくして

あいはてぬ

ひと/\゛の

なげき

ことばに

つくされず

とのこれを

きゝ給ひ

わがいひ

つけを

またず

せつふく

せしは

ます/\

そこつ

なりとて

かざいを

とりあげ

けき左衛門が

つまかたせ

久かた

丹二郎

ゆきのらを

あほう

はらひにぞ せられける

(右頁セリフ)

「おとなりごへで

きがつきました

「まだいきがあらばせめて一こと

ことばをかはしてくだされいのふ

(左頁セリフ)

「おかゝ さま こりや まあ ゆめ では こざり ませぬか かなしや/\

 

(読み下し)

ある時兼国公、外記左衛門に言い付け、先祖伝来の岩切丸という名剣にて末者を斬らせ御覧あるべきとて、刀を預け給う。外記左衛門、御刀を床の間に掛け置きたるに、その夜盗人忍び入り刀を奪いて逃げ去りぬ。殿この事を聞こし召され、外記左衛門、老臣に似合わず日頃の心掛け悪しき故に大切の刀を奪われぬとて大いに立腹し給い、厳しく押し込め置き給いけるが、外記左衛門、申し訳立ち難くとや思いけん。ある夜書き置きを残し切腹して相果てぬ、人々の嘆き言葉に尽くされず。殿これを聞き給い、我が言い付けを待たず切腹せしは益々麁忽なりとて、家財を取り上げ外記左衛門が妻片瀬、久方、丹二郎、ゆきの等を阿呆払いにぞせられける。

(右頁セリフ)

「お怒鳴り声で気が付きました

「まだ息があらば、せめて一こと言葉を交わして下されいのう

(左頁セリフ)

「お母(かか)様、こりゃまあ夢ではござりませぬか、悲しや悲しや

 

 

10

げき

左衛門

わか

とうに

かま戸又八

とて世に

まれなる

大力にてげ

ろうにあはぬ

ちうぎのもの

あり此ものもとは

よしあるろうにんの

子なれどもいへまづしく

なり生国いせの松さか

をはなれみのゝくにのかみ

の里にうつりすみけるが

とかくまづしければつま

お六とことし五才になる

小まつといふむすめをのこし

おきその身はげき左衛門かた

にしはらくわかとう奉公し

じつていなれば大にきにいり

つとめぬしかるにこんどふりよ

のことにてげき左衛門せつふくし

かたせら四人たちよpるべき

ところもなくなきまとふを

ふかくかなしみけき左衛門の

なきからをほうふり四人の

 

ものをかいほうしてこきやうみのゝ

くにほがみさとへともなひゆく

あはれなりけることともなり

◯大のしんかれらか

たちのくとちう

にて久かたをうばひとらんとひそかに

わる

ものどもを

たのみければ

わるものども

けんくわに

ことよせ

久かたを

うばはんと

しけるが

又八はかねて

大力のもの

なれば

ほうじぐいをひきぬきて

四かく八めんにうちたてけるにぞ

ておひはにんかづしれずげに

めざましき はたらきなり

(右頁杭の文字とセリフ)

左 せきの明神

右せみ丸のきうせき

「市川りうのあらごてて

みしらせてくりやう

「ちへどをはいて

二十里かみがた

田はら

ういらう

あゝせつなひ

/\ 大ぐちだ

(左頁セリフ)

「めつたむせうに

つよひやつだ

かなはぬ /\

「よくをかはくも

いのちがものだねだ

はやくにけよふ

 

(読み下し)

外記左衛門が若党に鎌戸又八とて世に稀なる大力にて下郎に似合わぬ忠義の者あり。此者元は由ある浪人の子なれども、家貧しくなり生国伊勢の松坂を離れ、美濃の国野上の里に移り住みけるが、兎角貧しければ、妻お六と今年五才になる小松という娘を残し置き、その身は外記左衛門方に暫く若党奉公し、実体(じってい)なれば大いに気に入り勤めぬ。然るに今度不慮の事にて外記左衛門切腹し、片瀬四人達、寄るべき所も無く泣き惑うを深く悲しみ、外記左衛門の亡骸を葬り四人の者を介抱して故郷美濃の国野上の里へ伴い行く。哀れなりける事ともなり。

◯大之進彼等が立ち退く途中にて、久方を奪い取らんと密かに若者どもを頼みければ、若者ども喧嘩に事寄せ久方を奪わんとしけるが、又八は兼ねて大力の者なれば、傍示杭(ほうじぐい)を引き抜きて四角八面に打ち立て蹴るにぞ。手負いは人数(にんかず)知れず、実(げに)目覚しき働きなり。

 

(右頁杭の文字とセリフ)

左 関の明神  右蝉丸の旧跡

市川流の荒事で見知らせてくりょう

「血反吐を吐いて二十里上方、小田原ういろう、ああ切ない切ない大口だ

(左頁セリフ)

「滅多無性に強い奴だ、叶わぬ叶わぬ

「欲をかわくも命が物種だ、早く逃げよう

 

 

11

げき左衛門がかさい

めしあけられたる

うちつまかたせ

むすめ久かた

らがしよぢの

いふくどうぐは

それ/\にくだ

されしゆへ馬

三だにつけて立のき

けるか鳥本のしゆくにて

あしよはをつれたるあし

もとをみて馬かたとも

ゆすりければ又八

口をしく思ひうま

三だにつけたる

たんすながもち

つゞらのたぐひを

なはからげにし

れんじやくを

つけて一人にて

せおひすり

はりとうげ

をなんのくも

なくうちこし

ければこれを

みるものよも

にんけんにては

あらし

てんぐの

 

わざ

なるべ

しと

ひやう

ばんし

けり

 

◯大のしんに

たのまれたる

わるものなかま

さきのてなみ

にもこりず

たましうちにし

久かたをうはひとらんと

あとをつけこゝまできたり

けるがものかげにて此ていを

見てみふるいしてにげかへりぬ

(右頁ト書きセリフ)

「馬かたども

きもを

つぶす

「にんげん

では

ある

まい

おそ ろしひ

ちからだ

(左頁セリフ)

「たはことぬかすと

うまくるみ

しよつて ゆくぞ

 

(読み下し)

外記左衛門が家財召し上げられたる内、妻片瀬、娘久方等(ら)が所持の衣服道具はそれぞれに下されし故、馬三駄に付けて立退きけるが、鳥本(鳥居本?)の宿にて足弱(あしよわ)を連れたる足元を見て馬方ども強請りかければ、又八口惜しく思い、馬三駄に付けたる箪笥、長持、葛籠の類を縄からげにし連尺(れんじゃく)を付けて一人にて背負い、摺鉢峠をなんの苦もなく打ち越しければ、これを見る者、よも人間にあらじ天狗の業なるべしと、評判しけり。

◯大之進に頼まれたる悪者仲間、先の手並みにも懲りず途中にて騙し討ちにし久方を奪い取らんと、後を付けここまで来たりけるが、物陰にてこの体を見て身震いして逃げ帰りぬ。

(右頁ト書きセリフ)

「馬方ども肝を潰す

人間ではあるまい、恐ろしい力た

(左頁セリフ)

「戯言ぬかすと馬ぐるみ背負って行くぞ

 

 

12

かま戸又八がつまおろくはみめかたちうつくしく世に

まれなるてい女にて又八ほうこうかせぎのあいだ

ぬのをおりてほそきけづりをたて女の身一つにて

ことし五才のむすめ小松をよういくしみのゝ

くにのがみのさとにすみて月日を

おくるしかるにおもひがけなく又八

大せいのしゆじんのともしてかへり」しゆじんふりよにいへだんぜつの

ことをかたりければお六大に

かなしみ大ぜいをかくまひ

おきふうふ日夜こゝろ

つくしてつかへいかにもして

おんかたなをせんぎ

したしおいへを

さいかうしさし

あげんとちからを

つくればみな/\

たのもしゝぞ

おもひける

(下セリフ)

「かゝさまわしや

ねふたい

「わるさをせずと

おとなしく

あそびやれ

いまに ねんね

させませう

 

(左頁)

ゆめのあいだに一年すぎて

多聞おやこげき左衛門の

一しうきになりければ

老母かたせ久かたと

ゆきのをつれて近江(はか)

あたりの寺にまうで

ぶつじをいとなみ

日くれてかへるとちう

にてふきんにかほを

かくしたるくせもの

二人たけやぶの

うちよりおどり

いでろうぼを

田のふちにけ

おとし久かたと

ゆきのをとらへて

さるぐつわをはませ

小わきにはさみて

いづくともなくにげ

さりぬ丹二郎人々の

かへりのおそきをあんじて

むかひにいでろうぼ田の

中にうめきいたるをみつけ

かいほうしていさいのわけを

きゝ大におどろきあとを

したふておひゆきしがついに

ゆくへしれざりけり

(下セリフ)

「おいぼれめは田のなかへ

ふちこんだからきつかひない

「まんまとしてこました

 

(読み下し)

鎌戸又八が妻お六は見目形美しく、世に

稀なる貞女にて、又八奉公稼ぎの間、布を織りて細き煙を立て、女の身一つにて今年五才の娘小松を養育し、美濃の国野上の里に住みて月日を送る。然るに思いがけなく又八大勢の主人の供して帰り、主人不慮に家断絶の事を語りければ、お六大いに悲しみ大勢を匿い置き、夫婦日夜心を尽して仕え、いかにもして御(おん)刀を詮議したし、お家を再興し差上げんと力を作れば、皆々頼もししとぞ思いける。

(下セリフ)

「母(かか)さま、わしゃ眠たい

「悪さをせずと大人しく遊びやれ。今にねんねさせましょう

(左頁)

夢の間に一年過ぎて、多聞親子、外記左衛門の一周忌になりければ、老母片瀬、久方とゆきのを連れて、近江辺りの寺(墓)に詣で仏事を営み、日暮れて帰る途中にて頭巾に顔を隠したる曲者二人竹藪の内より踊り出で、老母を田の中に蹴落とし、久方とゆきのを捕らえて猿轡を食ませ小脇に挟みて何処(いずく)ともなく逃げ去りぬ。丹二郎人々の帰りの遅きを案じて迎いに出で、老母田の中に呻き至るを見付け、介抱して委細の訳を聞き大いに驚き、後を慕うて追い行きしが、遂に行方知れざりけり。

(下セリフ)

「老耄めは田の中へぶち込んだから気遣い無い

「まんまとしてこました

 

 

13

大のしんはとのゝしづぼせんくんの

おへやにてありける名月いんにこび

へつらひにはかにりつしんして名月

いんのつけがろうとなりしがの里に

べつにやしきを給りびゞしくふしんして

うつりすみうへみぬわしのいきほひ

なりされどもとかくひさかたがこと

わすれがたく

けらいなめ川

岩八かけはし

谷助にいゝつけ

のがみのさとへ

つかはして久かたと

ゆきのをうはひとらせ

ひとまのうちに

おしこめおきおどしつ

すかしつさま/\に

かきくどきけるが久かたは

いのちをすてるかくごにて

とくしんせざれは今は

とてゆきのをにはきに

しばrちつけまづ小ゆびを

一ほんきりおとさすれは

こへもたてえずあゝ/\と

くるしむてい目もあてられず

大のしん久かたがてをとりあの

やうに子をくるしめてもとくしん

なきかといへば久かたもくぜん

 

わか子のくつうのていをみるに

しのびざれど

じつと

こたへ女の

道をたてとえおsyはこくなり

たとへ子をころされても

みさほをやぶるまじと

むねをすへ

ねんぶつを

となへは

をくひし

ばりてかぶり

をふれば

しぶとい

女めがき

めがゆびを

のこらず

きれといふ

にぞなさ

けをしらぬ

けらいども

十ほんのゆびを

一ほんづゝ伐りければ

はんしはんしやう

にてくつうの

ていまことに

ふびんの

ありさま也

(右頁セリフ)

「大のしんあれをみても

まだとくしんなき

かといへは久かたは▲

▲なをせはしくねんぶつを

まうしつゝかぶりをふる大のしん

いかりをなし又ゆきのが

かたうでをきりおとさ

すればなまちながれて

いづみのととくこへ??

わけぶが

此よの

なごり

にてついに

いきたへて

しゝたりけり

久かたは

ふためと

見ず

あゝ

かなし

やと て

そのまゝ

そこに

たふれ

けり

(左頁セリフ)

もろひやつもふ

くたばり ました

 

(読み下し)

大之進は殿の賤母(しづぼ)先君のお部屋にてありける名月院に媚び諂い、俄に立身して名月院の付家老となり、滋賀の里に別に屋敷を賜り美々しく普請して移り住み、上見ぬ鷲の勢いなり。されども兎角久方が事忘れ難く、家来滑川岩八、梯谷助に言いかけ、野上の里へ使わして久方とゆきのを奪い取らせ、一間の内に押し込め置き、脅しつ透かしつ様々に

掻き口説きけるが、久方は命を捨てる覚悟にて得心せざれば、今際とてゆきのを庭木に縛り付け、先ず小指を一本切り落とさすれば、声も立て得ずああ、ああと苦しむ体、目も当てられず。大之進、久方が手を取り、あの様に子を苦しめても得心無きかと言えば、久方目前我子の苦痛の体を見るに忍びざれど、じっと堪(こた)え女の道を立て通すは酷なり。譬え子を殺されても操を破るまじと胸を据え念仏を唱え歯を食い縛りて頭(かぶり)を振ればmしぶとい女め、ガキめが指を残らず切れと言うにぞ。情けを知らぬ家来ども十本の指を一本ずつ切りければ半死半生にて苦痛の体まことに不憫の有様なり。

(右頁セリフ)

「大之進、あれを見てもまだ得心なきかと言えば、久かたは猶忙しく念仏を申しつつ頭を振る。大之進怒りをなし、又ゆきのが片腕を切り落とさすれば生血(なまち)が流れて泉の如くこへ??叫ぶがこの世の名残にて遂に息絶えて死したりけり 久方は二目と見ず、ああ悲しやとてそのままそこに倒れけり

 

 

14

久かたはしはし正たい

なかりけるがやう/\

おきあがり大のしんが

ゆだんを見すまし

かたなをうばひ

わかこのかたき

おもひしれと

いひつゝきり

つくるを大之進

こしやくな女め

とてたちまち

かたなをうちおとし

えんよりしたに

けおとして岩八谷助に

いひつけたかてこてに

しばりあげさせかくまでに

こゝろをくだくをおもひ

やらぬしぶとひ

おんなめかはひ

ければにくさが

百ばいなり

もはやれん

ぼのじやうは

おもひ

きつたり

くつうを

させて

せめ

 

ころせと

いへは久

かたを

にはの

はしらに

しばり

つけかね

てよう

いやしたり

けんあまた

のへびを

かごにいれ

もちきたりて

あなの中にはなし

久かたがみうちに

酒のきりをふき

かければへびども

さけのきをこのみ久かた

がのとくびてくひにまき

つきはりがねのやうなる

したをいだしてみうちを

なめくひつきければ見る/\

しんたいはれあがりあゝ

くるしやたへかたやはやくころ

せよ/\とぞさけびける

大のしんはしとねのうへに

大あぐらかき大さかづき■

■をかた

むsけ

あざ

わらひ

てぞ

いたり

ける

(右頁セリフ)

「おだんなにきを

もませたほど

くるしませうがいひ

「あゝくるしや

たへがたやどふぞ

なさけに

はやくころし

ていのふ

「いぢのはつた

おんなめだ

大きにむだ

ぼねを

おらせ

をつた

(左頁セリフ)

「こんな

くるしみを

しやう より△

△おだん なの

こゝろに した がはば

いゝ のに

 

(読み下し)

久方は暫し正体無かりけるが、漸(ようよう)起き上がり、大之進が油断を見澄まし刀を奪い、我が子の仇思い知れと言いつつ切り付くるを、大之進、小癪な女め、とて忽ち刀を打ち落とし縁より下に蹴落として、岩八谷助に言い付け高手小手に縛り上げさせ、斯く迄に心を砕くを思いやらぬしぶとい女め、可愛いければ憎さが百倍なり、最早恋慕の情は思い切ったり。苦痛をさせて責め殺せと、言えば久方を庭の柱に縛り付け、兼ねて用意やしたりけん数多の蛇を籠に入れ持ち来たりて穴の中に放し、久方が身内に酒の霧を吹きかければ蛇ども酒の気を好み久方が喉首手首に巻き付き針金の様なる舌をい出して身内を舐め食付きければみるみる身体腫れ上がり、ああ苦しや耐え難や、早く殺せよ殺せよとぞ叫びける。大之進は褥の上に大胡座かき大盃を傾けて嘲笑いてぞ居たりける

(右頁セリフ)

「お旦那に気を揉ませた程苦しませるがいい

「ああ苦しや耐え難や、どうぞ情けに早く殺していのう

「意地の張った女めだ、大きに無駄骨を折らせおった

(左頁セリフ)

「こんあ苦しみをしようより、お旦那の心に従はば良いのに

 

 

15

「なんだか

くさひかぜが ふく

がつ てんの ゆかぬ

かくて大のしん

ひさかたにむかひ

さもにくさげにいひけるは

とてもいけ

おかぬやつ

なれば

めいどの

みやげに

いひきかすぞ

かし多聞おやこも

じつはわがころし

たりかたなを

うばひ

げき左衛門に

せつぷくさせしも

わがなすわさ

なりそれといふも

みなおのれが

うつくしひ

つらにまよひし

ゆへなれば

さばかりにくゝは

おもひそといへば

久かたははじめて

そのじつをきゝ

さてはそふあり

けるかひぎ

 

ひどうの大あくにんたとへ

此身はしするとも六どう

四しやうにかたちをかへ

いきかはりしにかはり

あたをむくはでおく

べきかとてくるひ

しにゝぞ死し

たりけるかくて

やちうひそかに

久かたおや子の

しがいをあたり

ちかき山のやに

そこへすてさせ

ければむざんや

とびからすに

目をほぢられ

いぬおほかみ

にくひさかれ

五ぞう六ふも

みだれでゝ

はなのすがたの

あともなく

しろきほねのみ

あらはれける

まことに

あはれの

みのはて也

 

(読み下し)

「なんだか臭い風が吹く、合点の行かぬ

斯くして大之進、久方に向かい、さも憎さげに言いけるは、とても生け置かぬ奴なれば冥途の土産に言い聞かすぞかし。多聞親子も実は我が殺したり。刀を奪い外記左衛門に切腹させしも我が為す業なり。それと言うも皆己が美しい面(つら)に迷いし故なれば、左(さ)ばかり憎くは思いぞと言えば、久かた初めてその実を聞き、扨はそうありけるか、非義非道の大悪人、例えこの身は死するとも六道四生(しょう)に形を変え、生き変わり死に変り、仇を報わでおくべきか、とて狂い死ににぞ死したりける。かくて夜中密かに久方親子の死骸を辺り近き山の谷底へ捨てさせければ無残や飛び烏に目をほじられ犬狼に食い裂かれ五臓六腑も乱れ出て花の姿の跡も無く白き骨のみ現れける。まことに哀れの身の果てなり。

 

 

16

のがみのさとにはろうぼ

かたせをはしめたん二郎

又八ふうふのもの久

かたゆきのをうはゝれて

ゆくへしれぬを

かなしみきとう

うらなひさゝ

ばたきなど

さま/\心を

つくしけれども

すこしのあて

もなしさき

だつて大のしん

さいえんの事を

のぼみたる心てい

こゝろへずとうた

がひ大のしんが

やしきのへんにいたり

てやうすをうかゞ

はんとたん二郎にはかに

たびたちしのびて

あふみのくにゝいたり

よにいりてしがちかき

山中をぞとをりける

大のしんはわるちへふかき

ものなればひさかたが

ゆかりのもの此へんに

 

きたらばうちとるべしと

かねて谷八岩助ににいひ

つけおきけるゆへより/\

こゝろをつけたるにはた

してたん二郎を此山中

にて見かけたるゆへ手

のものひきぐしとり

まきてきつさきそろへ

てきりかゝるたん二郎は

じやくねんといへ共かねて

ふげいをはげみたれば

えたりやおふといひて

ぬきあはせ火ばなを

ちらしてたゝかひけり

こなたは大ざいと

いへどもたん二郎に

きりたてられいのち

から/\にけさりけり

◯たん二郎かねて谷八

岩介を見しるといへども

くらきよるなればそれと

しらずたゞ

ろうせき

ものとのみ

おもひけり

(右頁セリフ)

「うぬらは

此やまの

ぬす人で

あろう

(左頁セリフ)

「にがさぬやうに

はやくぶつしめろ/\

「このわか

しゆは

なか/\

てしや

だはへ

「そりや

こつちへ

くるぞ

そりや

そつちへ

ゆくぞ

ゆだん

するな

 

(読み下し)

野上の里にては、老母片瀬を始め、丹二郎、又八夫婦の者、久方、ゆきのを奪われて行方知れぬを悲しみ、祈祷、占い、笹叩き(ささばたき)等様々心を尽しけれども少しの当ても無し。先達て大之進、再縁の事を望みたる心底心得ずと疑い、大之進が屋敷の辺に至りて様子を窺わんと丹二郎俄に旅立ち忍びて近江の国に至り、世に入りて滋賀近き山中をぞ通りける。大之進は悪知恵深き者なれば久方が縁(ゆかり)の者この辺に来たらば討ち取るべしと、兼ねて谷八岩助に言い付け置きける故、よりより心をつけたるに果たして丹二郎をこの山中にて見かけたる故、手の者引き具し取り巻きて斬り掛かる。丹二郎は若年と謂えども兼ねて武芸を励みたれば、得たりや、おう!と言いて抜き合わせ、火花を散らして戦いけり。こなたは大勢と謂えども丹二郎に斬りたてられ、命からがら逃げ去りけり。◯丹二郎兼ねて谷八岩介を見しると謂えども暗き夜なればそれと知らず只狼藉者とのみ思いけり。

(右頁セリフ)

「うぬらはこの山の盗人であろう

(左頁セリフ)

「逃さぬ様に早くぶっ締めろぶっ締めろ

「この若衆は中々手者だわえ

「そりゃこっちへ来るぞ、そりやそっちへ行くぞ、油断するな

 

 

17

たん二郎大ぜいのものと

たゝかひつかれたるうへに

しきりにひだるくなり

けれども山中なればしよくを

もとむべきたよりもなく

せめてしみづをきくして

のどをうるをさんと

あたりをさがしけるに

ほのぐらき月かげに

みれは一つのあらつか

ありてまくらめしを

すへおきぬこゝにも

世のむじやうはありけるよと

おもひながらかのまくら

めしをとりてうちくひ

やう/\うえをたすけて

ふもとのかたへいそぎけり

「どふもひもじくてならぬ

ちとすへくさいがしやう

ことがなひいづくのあら

ぼとけじややら

なむあみだぶつ /\

 

(読み下し)

丹二郎、大勢の者と戦い疲れたる上に、頻りに饑(ひだる)くなり、けれども山中なれば食を求むべき頼りも無く、せめて清水を掬(きく)して喉を潤さんと辺りを探しけるに、仄暗き月影に見れば一つの新塚(あらづか)有りて枕飯を据え置きぬ。ここにも世の無情は有りけるよと思いながら、かの枕飯を取りて打ち食い、漸(ようよう)飢えを助けて麓の方へ急ぎけり。

「どうもひもじくてならぬ。ちと饐え臭いが仕様事がない。何処(いずく)の新仏(あらぼとけ)じややら、南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏