仮想空間

趣味の変体仮名

世間胸算用 巻四

読んだ本 https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2534240

 

 

66(左頁)

胸算用  大晦日は一日千金 巻四

 目録

 一 闇の夜の悪口

    世に有人の衣(きぬ)くばり

    地車に引隠居銀

 二 奈良の庭竈

    萬事正月払ひそよし

    山路を越る数の子

 

 

67

 三 亭主の入替り

    下り舟の乗合咄

    分別してひとり機嫌

 四 長崎の柱餅

    礼扇子は明る事なし

    小見せものはしれた孔雀

 

  一 闇の夜のわる口

所のならはしとて関東に定め置て大晦日に祭り有津の国

西の宮の居籠り豊前の国はやともの和布刈(めかり)又丹波のおく

山家に縁付をする里有むかしは年のくれに㚑(たま)祭りして

いそがしき片手に香じゃなをとゝのへ神の折敷(おしき)と麻がらの箸と

取ませてのせはしさに其ころのかしこき人極楽へことはりなしに

七月十四日に替ける今の智恵ならは春秋の彼岸のうちに祭る

べし末々の世まで何ほど徳の行事もしれがたし大坂生玉の

まつり九月九日に定め置れ幸はひ家/\に膾焼(なますやき)ものもする

日なり我人の祝儀なれば客人とてもあらず年/\に此徳

 

 

68

つもりて大分の事ぞかし氏子の耗(ついへ)をかんがへ神も胸算用に

てかくはあそばし置れし又都の祇園殿に大年の夜けづり

かけの神事とて諸人詣でける神前のともし火くらふして

たがひに人㒵の見えぬとき参りの老若男女左右にたち

わかれ悪口のさま/\゛云からにそれは/\腹かゝへる事也おのれ

はな三ヶ月の内に餅が喉につまつて鳥部野へ葬礼する

わいやいおどれは又人売の請でな同罪に粟田口へ馬にのり

て行わいやいおのれが女房はな元日に気がちがふて子を

井戸へはめおるぞおのれはな火の車てつれにきてな鬼の

かうのみのになりをるわいおのれが父(とゝ)は町の番太をした

 

やつじやおのれがかゝは寺の大こくのはてじやおのれが弟(おとゝ)はな

衒云(かたりいゝ)の挟箱もちじやおのれが伯母は子おろし屋をし

をるわいおのれが姉は襠(きやふ)せずに味噌買に行とて道て

ころびをるわいやいいづれ口がましう何やかや取まぜていふ事

つきず中にも廿七八なる若ひ男人にすぐれて口拍子

よく何人出ても云すくめられ後には相手になるもの

なし時にひだりの方の松の木の陰よりそこなおとこよ

正月布子したものとおなじやうに口をきくな見れば此

寒きに綿入着ずに何を申ぞとすいりように云けるに

自然と此男が肝にこたへ返す言葉もなくて大勢の

 

 

69

中へかくれて一度にどつと笑はれける是をおもふに人の

身のうへにまことほど恥かしきものはなしとかく大晦日の闇を

足もとの赤ひうちから合点してかせぐに追付貧方(びんぼう)な

しさても花の都ながら此金銀はどこへ行たる事ぞ年々

節分の鬼が取て帰るもので御座ろことに我抔は近年

銀と中たがひして箱に入たるかほを見ませぬと世のす

ぼりたる物がたりして三条通りを帰れば山がたに三星(ぼし)

の紋ぢやうちん六つとぼして車三輌に銀箱をつみ手代

らしきもの二人跡につきて咄して行をきけば世界に

ない/\といへど有ものは金銀じや此銀子は隠居の祖母(ばゝ)へ

 

の寺参り銀とて親旦那が分置れ明暦元年の四月に

蔵入して又取出すは今晩此銀箱が世間を久しぶりに

て見て気のつきを晴すべしおもへば此銀はうつくしき

娘をうまれ/\出家にしたやうなものじやは一生人手に

わたりてよい事にもあはず後は寺のものになる程に

と大笑ひしてけふ此銀を出す次手に向ひ屋敷の内

ぐらを見れば寛永年中の書付の箱ばかりも山のご

とし一代にあのごとくたまるものかよ惣じて世上の

分限第一しはき名を取て何ぞいちもつなふては

富貴には成がたきに我抔が旦那は万事大名風にして一代

 

 

70(挿絵)

 

 

71

栄花にくらし其上の此仕合そなはりし福人されば今迄は

惣領どのに隠居したまへども二男の家をもたれければ又

気を替てそこへの隠居の望み何事も御心まかせにとて

霜月はじめころより萬の道具をはこびけふ此銀がうちど

めなり面屋よりわかりて隠居付(づき)の女十一人猫も七ひき

乗物によりて人並に越れし此廿一日に例年の衣(きぬ)くばり

とて一門中下人どもかれこれ集めて男小袖四十八女小袖

五十一小だち中だちの小袖廿七合して百弐十六笹屋にて

調のへそれ/\に給はりける此小袖代をもてば商ひの元

手があるぞ又若旦那よりはきのふも初芝居がならぬと

 

いふてさる太夫が機嫌を見合なげきして金子五百両かし下

さるゝ京の広ひ事をしらぬゆへ掛乞が百銭をよみける我

/\が見て此かた旦那兄弟金銀手にもたれたる事なしまして

我分限の高をしられず九人の手代まかせなりと語りつゝけ

て大きなる屋作りに入て御隠居様のお銀(かね)がまいりました

と内ぐらに納めける此家の年男神/\へ灯火あげて

後お銀ぐらへも灯明と申せば旦那指さして笑ひさても

初心は年男どの蔵に灯明などゝいふは僅か千貫目の事也

二十五六も灯明とぼすかと申されしさても大分有銀と此

家をうらやましく見るうちに方々より大分の銀箱広庭に

 

 

72

つみかさね両替の手代らしきものとも手をつかへ此家の

おも手代にさま/\゛きげんをとり何とぞ此銀子ども

御くらへおさめ申たきといへば例年申渡し御げんじの

ごとく大晦日の七つさがり給へば銀子いづかたから参りて

もうけとり申さぬとかね/\申わたし置しに夜に入て

此はした銀事やかましといひてうけとらぬを近々わび

こと追従いひて三口合して六百七拾貫目渡して請とえい

手形おしいたゞきて立帰るもはや御蔵はしめけるとて

大がまのうしろにかさね置ける此銀は庭にて年をとり

けるまことに石かはらのごとし

 

 二 奈良の庭竈

むかしから今に同じ顔を見るこそおかしき世の中此二十四五年

も奈良がよひっする肴屋有けるが行たびに只一色にき

わめて蛸より外に売事なし後には人も蛸売の八物と

て見しらぬ人もなくそれ/\に商ひの道付てゆるりと

三人口を過けるされども大晦日に銭五百もつて終に

年を取たる事なし口喰て一盃に雑煮いはふた

分なり此男つね/\世わたりに油断せずひとりある

母親のたのまれて火桶買ふて来るにもはや間銭(あいせん)取

て只は通さずまして他人の事にはとりあげ祖母(ばゝ)呼で

 

 

73

来てやるけはしき時も茶づけ食を喰ずにはゆかぬもの

なりいかに欲の世にすめばとて念仏(ねぶつ)講中間の布に利を

とるなどはまことに死(しね)がな目くじろの男なり是程にしても

あのざまなれば天のとがめの道理ぞかしそも/\奈良に

かよふ時より今に蛸の足は日本国が八本に極まりたるもの

を一本づゝ桐て足七本にしてうれども誰か是に気のつか

ぬ事てに売ける其あしばかりをおばらの煮うり屋にさだ

まつて買もの有さりとはおそろしの人こゝろぞかし物には

七十五度とてかならずあらはるゝ時節あり過つる年のくれに

あし二本づゝ桐て六本にしていそがしまぎれに売けるに

 

これもせんさくする人なく売て通りけるに手貝(てがい)の町の

中ほどに表にひし垣したる内より呼込蛸二盃うつて

出る時法体(ほつたい)したる親仁ちろりと見て碁を打さして

立出何とやらすそのかれたる蛸としのたらぬを吟味

仕出し是はどこの海よりあがる蛸ぞ足六本づゝ神代

此かた何の書にも見えずふびんや今まで奈良中の

ものが一盃くうたであらふ魚屋㒵見しつたといへばこれ

このやうなる大晦日に碁をうつている所ではうらぬと

いひぶんしてぞ帰りける其のち誰(た)が沙汰するともなく

世間にしれてさるほどにせまい所は角(すみ)からすみまで

 

 

74

足きり八すけといひふらして一生の身過のとまる

事これおのれがこゝろからなりされば大としの夜の有

さまも京大坂よりは各別しづかにしてよろつの買

がゝりも有ほどは随分すまし此節季にはならぬと

ことはりいへば掛とり聞とゞけて二たひ来る事なく

さし引四つ切に奈良中が仕舞てはや正月の心いえ

/\に庭いろりとて釜かけて焼(たき)火して庭に敷

ものしてその家内旦那も下人もひつつに楽居(らくい)して

不断の居間は明置て所ならはしとて輪に入たる丸

餅を庭火にて焼(やき)喰もいやしからずふくさなりさて

 

(挿絵)

 

 

75

また都の外の宿の者といふ男ども大乗院御門跡(せき)の家

因幡といへる人の許(もと)にて例にまかせて祝ひはじめ

冨(とみ)/\冨/\といひて町中をかけ廻れば家ごとに

餅に銭かへてとらせける是を思ふに大坂などにて

厄はらひに同じ漸/\夜も明かたの元日にたはら

むかへ/\と売けるは板(はん)にをしたる大こくどのなり

二日の明ほのに恵美須むかへと売ける三日の明かたに

びしやもんむかへとうりける毎朝三日が間福の

神をうるぞかしさて元日の礼儀世間の事はさし

置て先春日大明神へ参詣いたすに一家一門

 

すえ(衛)/\の親類までも引つれてざゞめきける此とき

一門のひろきほど外聞に見えける何国(いづく)にても富貴人

こそうらやましけれ商売のさらし布は年中京都

の呉服屋にかけうりて代銀は毎年大ふれに取ある

めて京を大晦日の夜半(よなか)から我先に仕舞次第にたい

まつとぼしつれて南都に入こむさらしの銀何千貫

目といふ限りもなしすでに奈良へ帰れば皆/\

夜あけになれは金銀くらにうりこみ置正月五日より

たがひにとりやりのさし引する事例年なり此銀(かね)

荷を心がけて大和の片里にしのびてすみける

 

 

76

素浪人ども年とりかぬる事のかなしさにいのちを

捨て四人内談して追剥に出しにみな三十貫目

又は五拾貫目の大分にてのぞみほどのはした銀な

ければそれかこれかと見合すれども終に酒手(さかて)と云

かねて此道かへてくらがり峠に出て大坂よりの帰り

をまちふせし所におとこのかたげたる菰づゝみを心に

くしおもきものをかるう見せたるは隠し銀(かね)にきわ

まる所とておさへて取てにげされば此おいとここえを立

て明日の御用にはとても立まい/\と申す時に四人して

あけて見ればかずのこなり是は/\

 

 三 亭主の入替り

年の波伏見の濱にうちよせて木の音さへせはしき十二月

廿九日の夜の下り船旅人(りよじん)つねよりいそぐ心に乗合てやれおせ

/\と声/\にわめけば船頭も春しりがほにてわれも

人もけふとあすとの日なれば何がさて如在は御座らぬと

頓て纜(ともづな)ときて京橋をさげける不断の下り船には

世間の色ばなし小うた浄瑠りはや物がたり謡に舞に

役者のまねひとりも口たゝかぬはなかりしに今宵にかぎ

りてものしづかに折々思ひ出し念仏又は長ふも

ないうき世正月/\と待てから死ぬるを待ばかりと

 

 

77

世をうらみたる言分其ほかの人々は寝入もせずみなはら

たちそふなる顔つきなるに人の手代らしき男がおやま茶屋

でうたいならひしなげぶしを息の根のつゞくほどはり

あげてあいの手を口三味線の無拍子に頭(ず)をふり廻して

つらにくし程なふ淀の小ばしになれば大間の行燈(あんどう)

目あてに船を艫(とも)より逆下(さかくだ)しにせし時分別らしき人

目をさましてあれ/\あれを見たがよい人みなあの

水車のごとく昼夜年中油断なくかせぎければ大

節季の胸算用違ふ事なきに不断は手をあそばして

足もとから鳥のたつやうにばたくさとはたらきてから

 

何の甲斐もなしと我ひとり智恵有顔にいひける船中の

人々耳をすまして是尤と聞ける中に兵庫の旅籠屋

町の者乗合けるが只今のお言葉にてわれらが身の上

の事い思ひあたりました浦住居(すまい)の徳には生肴のつかみ

とりの商売して世わわり楽々としてから毎年

の仕舞には少つゝたらず此十四五年も迷惑して大津に

母方の姨(おば)有けるがわづか七拾目か八拾目か百目より内の御

無心申せしに年々の事にて姨もたいくついたされ

て当くれの合力はならぬといひ切られ置たものを取

て来るやうなる心あて違へば里に帰りてから年の

 

 

78(挿絵)

 

 

79

取やうなしとかたる又ひとりの男はさしわたして弟をつれて

此たひ四条の役者に近付ありて是をたのみにして

芸子に出して前銀かりて此節季を仕舞ふ心かけに

てのぼりけるにおもひのほかなる事は我弟ながらかた

ちも人にすくれて太夫子にもなるへきものと思ひ

しに耳すこしちいさくて本子には仕たてかたしとうけ

とらねば是非なくつれて帰るさて/\世間に人も

あるものかな十一二三の若衆下地の子どもの随分/\

色品(しな)よきを毎日二十人三十人つれきたりて人置がさゝ

やくときけば牢人の子もあり医者の子も有さのみ

 

筋目もいやしからぬ人なれどもことしのくれを仕舞かね

奉公に出せしに十年切て銭壱貫から三十目までにて

好なる子共取ける色の白き事かしこき事上方者には

とても及びがたしつかひ銀を損して帰ると語りける又

ひとりの男は親の代より持伝へし日蓮上人自筆の曼荼羅

をかね/\゛宇治に望みの人ありて金銀何程成ともと

申されしに其ときは売おしく当くれ手前さしつまりは

る/\うりはらひに参りしに此人かかなるゆへにや分

別替りて浄土宗になられければ此名号(みやうがう)手にもとら

れず思ひ入ちかひまして迷惑いたすなり外に当所(あてど)も

 

 

80

なければ宿へ帰りてから借銭乞にせかまれ其相手になる

事もむつかしければ大坂よりすぐに高野参りの心ざしを

見通しの弘法大師さぞおかしかるべし又ひとりの男は春のべ

の米を京の織物屋中間へ毎年のくれに借(かし)入の肝煎して

此間銀(あいぎん)を取定つて緩(ゆる)/\と節季を仕舞けるが壱石

につき四十五匁の相場の米を三月晦日切にして五十八匁に

定め年々借(かし)けるに諸職人内談して壱石に十三匁の

利銀三ヶ月に出す事はいかにしてもむごき仕かけ年

は何やうにもとられ次第此米借(かる)など云合せ折角鳥羽

までつみのぼしたる米を其まゝに預けて帰るといふ

 

船中の身のうへ物かたりいづれを聞てもおもひのなき

はひとりもなし此舟の人々我家のありながら大晦日

に内にいらるゝは有まじ常とはかはり我人いそがしき中

なれば人の所へもたづねかがし昼のうちは寺社の

絵馬(えんま)も見てくらしけるが夜に入て行所なし是によつて

大分の借銭負たる人は五節季の隠れ家に心やすき

妾(てかけ)をかくまへ置けるといふそれは手前もふりまはしも

なる人の事貧者のならぬ事ぞかし宵から小うたき

げんの人定めて内証ゆるりと仕舞おかれしやうら

山しやとたづねければ此おとこ大笑ひして皆/\は

 

 

81

晦日に我人のためになり内にいる仕出しをいまだ

御けんじなさそふな此二三年入替りといふ事を分別

してこれにてらちをあけけるたかひにねんごろなる

亭主入替りて留守をいたし借銭乞のくるときを

見合お内儀わたくしの銀は外に買かゝりとは違ひ

ました亭主の腹わたをくり出してらちをあくると

いへば外のかけこひどもは中々すまぬ事と思ひ

みなかえりける是を大つごもりの入かはり男と

て近年の仕出しなりいまだはし/\゛にはしらぬ

事にて一盃くはせける

 

 四 長崎の餅柱

霜月晦日切に唐人船残らず湊を出て行ば長崎も

次第におさびしくなりぬしかし此所の家業はよろづ

からもの商なひの時分銀もふけして年中のたくはへ

一度に仕舞置貧福の人相応に緩/\とくらし万事

こまかに胸算用をせぬところなり大かたの買物は当座

ばらひにして物まへの取やりもやかましき事なし正月

の近づくころも酒常住のたのしみ此津は身過の心や

すき所なり師走になりても人の足音いそがしからず

上方のごとく節季候(ぞろ)もこねば只伊勢ごよみを見て

 

 

82

春のちかづくをわきまへ古代の掟をまもり極月十三日に

定まつて煤をはき其竹を棟木にからげ又の年

のすゝはきまで置事ぞかし餅は其家/\の嘉例に

まかせてつきけることにおかしきは柱もちとて仕舞

一うすを大こく柱にうちつけ置正月十五日の左義長さきちやう)のとき

これをあぶりて祝ひける萬につけて所ならはしのおか

しく庭に幸はひ木とて横わたしにして鰤いりこ串

貝雁鳬(かも)雉子あるひは塩鯛赤いわし昆布たら鰹

牛蒡大こん三ヶ日につかふほとの料理のもの此木に

つりさげて竈をにぎあはせすでに大晦日の夜に入れば

 

物もらひども㒵あかくして土て作りしえびす大こく

又荒塩臺にのせ当年のえ方の海より潮(うしを)が参つたと

家/\をいはいまはりけるは船着第一の所ゆへぞかし

惣じてとし玉は何国()いづくにてもかるひ事に極まりて男は

壱匁に五拾本づゝの数あふぎ女はせんじ茶を少づゝ紙に

つゝみてけいはくらしき事こゝの惣並(そうなみ)なればおかしからず

兎角住なれしところ都の心ぞかしされば諸国の商

人手まはしはやくしてわが古さとの正月にあふ事を

世のたのしみとせしに京の細もとでなる糸商売の

人此二十年も長崎くたりして万事人にすくれて

 

 

83

かしこく京都を出たち食(くう)て旅用意歩行(かち)路舟路にて

中々銭壱もんも外なる事につかはず長崎に逗留の内

終に丸山の遊女町のぞかず金山が居すがたのりこんな

やら花鳥が首すしの白ひやら夢にも見ずして枕に

算盤手日記をはなたず何とぞして唐人の

おろかなるをたらしよきあきなひ事もがなとあけ

くれこゝろにかられども今ほどの唐人は日本のことば

をつかひおぼえ持あます銀があるとも家質(かじち)より

外に借す事なし又は歩(ふ)にあふ家かふておくを

よい事と合点しければ各別なるは唐さへなし

 

(挿絵)

き様はもちをさするか

アイ ふみだいがなければ

思ふ段にとゞかぬはな

 

 

84

まして日本の智恵ふくろは世俗にかしこくよい事ばかり

はさせぬなり利発にて分限にならば此男なれ共

ときの運きたらず仕合がてつだはねば是非なし

おなじころより長崎にくだり同じ糸商売する

京の人大分の手前者となり今は手代をくだして

其身は都に安楽にしてしかも見物花見女郎狂ひ

も相応にして分限なる人数しらずこれはいかなる

事にてかくは成けるぞとたづねしにそれはみな商人

心といふものなり子細は世間を見合来年はかならず

あがるへきものを考(かんがへ)ふんごんて買置の思ひ入あふ事より

 

拍子よく金銀かさむ事ぞかしこゝのふたるものがけせずして

は一生替る事なし此男は長崎の買もの京うりの算用

してすこしも違ひなく跡先ふまへてたしかなる

事ばかりにかゝれば算用の外の利を行たる事一とせも

なくて皆銀の利にかきあげ人奉公して気をころし

ける毎年大晦日を橋本旅籠屋に定宿こしらへ置

爰にて年をとるが我抔が家の嘉例といふは大払の

借銭すましかねるゆへなり同じくは吉例やめて京の我

宿にて年とるやうにいたしたるものそかし此男つら/\世を

見合尤こまへに怪我はなけれども皆人沙汰せらるゝ

 

 

85

通り利を得る事なし当年は何によらず我商ひの外なる

事に一思案して銀もうけせずばあるべからすと心中

極めて長崎にくだりさま/\゛分別せしに銀でかねもふ

くる事ばかりにて只とるやうな事はひとつもなし

とかく来春の小芝居何ぞ替つた見せものもがな京

大坂の細工人も手をつくして近々仕出し何かめづらし

からねばからものにもしも有べしとせんさくして

大かたの物にては銭は取がたしと吟味するに定まつてよい

ものは今まで見せぬ魑龍(あまれう)の子又火喰鳥などいまだ見せ

た事なしこれは長崎にも稀なれば自由に手に入がたし

 

ひそかに唐人をかたらひ何と異国にかはりたるものは

ないかといへば鳳凰も雷公(かみなり)も聞たばかりにて見た事なし

とかく伽羅も人参も日本に稀なるものは唐にもす

くなしことに銀たいせつにおもへばこそ百千万里の風

波をしのぎ命を銀と替る商ひにのぼりけるにて世に銀

ほど人のほしきものはないと合点いたされよとかたりける

これ尤とおもひ身のかせぎに油断なく色々のたわり鳥

調へて都にのほりしにみな見せて仕舞し跡なれば

ひとつも銭に成がたく人の見付たる孔雀はまだもすた

らず漸本銀取返しぬ是を思ふにしれた事がよしとぞ