仮想空間

趣味の変体仮名

御所桜堀川夜討 第一

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       浄瑠璃本データベース  イ14-00002-308

 

2

御所桜堀川夜討   作者 文耕堂 三好松洛

恩は春のごとく威は虎のごとく 訓(おしへ)は父のごとく

愛は母のごとしと 李厳(りげん)を謡ひし史民の

詞 今此時に当れる哉 六十余州の惣追捕使

右大将頼朝卿 仇を討こと爐上一点の雪の

ごとく 流れをたゞす氏(うぢ)の再興。世はうごきなき

鎌倉御所 威権四海に義形(ぎぎやう)せり されば

 

 

3

兄に宜く 弟に宜しうして国人(くにたみ)を教(おしゆ)といふ 舎弟

九郎判官義経を跡にすへおき 兄弟東西に立別れ

民を撫育ましませば 御中水魚のごとく成べきに 月明らか

なりといへ共光りを雲の覆ふがごとく 梶原父子がさゝへによ

つて忽御中呉越とへだゝり 穏(おだやか)ならぬ世の聞へ万民 しん

意を悩せり 重て討手を上(のぼ)さるべしと 召によつて在鎌倉の

諸大名 門住所の廣庇に相つむれば 頼朝仰出さるゝは 扨も

 

義経色に溺れ酒に長じ 禁裏の勤をおこたり我儘の行跡あまつ

さへ たいらのとき忠の聟に押成(おしなり)平家の連判状頼朝みやうず 鎌倉へ

下せと再三いひやれ共 とかく事によせ隠し置心てい 景時が申にたがはず一

定(ぢやう)反逆に極つたり 所存有は名をさいて誰参れと下知はせず 覚有

ん者討手に上り義経が首取て 高名せよ恩賞せんとの給へ共 恐ろし/\

摩利支天の再来といふ判官殿の御討手 我々が力に及ばずと目を見合

する斗にて 誰上らんといふ人なし こらへ兼て梶原平三景時進み出 斯様の

 

 

4

時の御役に立られん為 身に過たる莫大の所領を給はりながら 名をさい

て誰参れと御諚なきは 恐れながらいかなる御所存お請申さぬ旁 一々見知(しり)

置此返報の時節待れよとねめ廻し ヤア人迄もなし平次景高 汝討手に罷

上り御心を安め奉れ 畏て領掌す 末座に候ひし渋谷土佐坊昌俊なむ

三宝 きやつを討手に上せては 義経公の御大事と分別し 御訴訟/\と声をかけ

御座に向ひ御兄弟の御中と申 歴々さへ口をつむぎ給ふに 我抔式の御討手

と申は憚りながら 其罷登り御首を給はらん去ながら 事あたらしき申事

 

なれ共木曾の強敵(がうてき)平家の大軍を一時に責亡し給ひしは 君の武威全き故

とは申せ共 一つは義経公御身を捨ての御働き 酒宴遊興に溺れ給ふは 実は

御年若き故よる/\御諫言をくはへ給はゞ 直らせ給はて候べきか 又やいらのときたゞ

の聟に押成給ふ事 尤彼(かの)時忠平家の何某とは申せ共 降参を聞請命を

助置るゝ上は 娘を召るゝ程の事はさして御あやまり存申されず なかんづくへい

け一味の連判状と 云(いは)せも立ず平三景時 ヤア詞多し昌俊殿の叛

逆事極つて評定の上仰付らるゝ討手 御辺は何と聞 其咎をしらためるに

 

 

5

和殿ふぜいは頼まれずと一口にいひけせば 居丈高に成是梶原殿 其評定の

衆は誰々 其人こそ心得ぬ かくいふ昌俊は金王(こんわう)丸の昔より 累代源氏の御

家人 鎌倉殿も主判官殿も主 主命によつて主の討手大ていで向はるべきか

ヲゝ其詞でしれた/\ はる/\゛都へ上つても誠らしく言訳を聞かば 首を給はる迄もな

素手ふつてかへるはしれた事 いやたゞ討手は景高に仰付らるべしと 遮つて

申せばひざ立直し なあらぬ事/\ 昌俊が望かゝつてはかうがしやりに成ても 余人

は上さぬ義経の御首此昌俊が給はる 和殿しかと取べきか くどい/\ ハアゝあつぱれの

 

忠臣 然らば君の御心を休むる為 一紙起請文違背は有まい ヤア景高

君にかはつて文言を望べし 誰か有熊野の牛王硯を昌俊に参らせよと のつ

ひきならぬ手づめに成 よし/\誓詞は書とても神は非礼を請給はず 紙一命

を忠義にかへ都に上つて義経の 御為めしくははからはじとちつ共辞退の色目

なく 景高が望むに任せ筆おつ取てさら/\と 一紙の起請かく斗 つゝしんで申す

起請文之事 上は梵天帝釈四天王 えんま法王五道の冥官  泰山

府君下界の地には伊勢 天照大神を始奉り 伊豆箱根富士浅間

 

 

6

熊野三所金峯山(きんぶせん)鎌倉の鎮守 靏が岡八幡大菩薩 氷川鳥越

根津権現 惣じて日本の大小の神祇(じんぎ) 冥道請(しやう)じ驚し奉る 殊には民の神

まつたく 昌俊討手に上り 義経の御首を給はらずんば かばねを堀川の御所にうづ

み 再び鎌倉へ帰るべからず 此事偽り有においては此誓言の御罰を蒙り 来

世は阿鼻大地獄 堕罪せられん者なり よつて起請文かくのごとし 文

治元年今月今日昌俊と 筆をふるふて書たるは身の毛も よだつ斗也 頼朝

御機嫌なゝめならず 頼もしき土佐坊が心底たとへ都の土と成共 子々孫々の

 

末迄も 所領をあたへいさゝか疎略有まじ 平次景高も一所に上り心を合せ 義

経に出逢二ヶ條の非義をたゞし 越度(おちど)に極らば夢々いたはるべからず かくいはゞ人々

の我を情なしとや思ふらん 叛逆(ほんぎやく)野心有者は兄弟とてもゆるさずと 我より

手本を顕して 下(しも)万民におしゆる事 源氏の威光長久の印ぞかし 時日を

移さずうつ立べしと 沙汰こまやかに御諚有簾中に入給ふ 治(ぢ)極つて乱に入礼

極つてうごきなき 賑ふ民の鎌倉山 嶺に立木や這(はふ)草も随ひ なびかぬ

〽方もなし 鎌倉殿の諚意を受け直ぐにうつ立土佐坊昌俊 梶原平

 

 

7

次景高上使の威勢かさ高に 路次の行列美を尽し夜を日についで東か

い道 いせぢも跡にみな口や 石部の宿の本陣に泊り 賑ふ勝手の混雑料

理拵へまないたの 音もてき/\亭主が馳走 手をつくしてぞもてなしける 相役

といひ心へだてぬ昌俊景高 家来番場の忠太諸共打くつろいで奥

座敷 労(つかれ)をはらす折こそあれ 取次の侍罷出 たいらの時忠家来鮫嶋

蔵人を召つれられ 喩(ひそか)に御逢なされたき旨 通し申さんやと伺へば 昌俊聞て

眉をしはめ 是さ景高 此度我君判官殿に御咎は則時忠父子の義なるに

 

其時忠是hw参られしとはいぶかしし ヲゝ不審尤 彼ときたゞ卿とは其兼て

懇意の中 折入て頼む子細先達てあらまし申遣せ共 出合は幸貴殿に

も引合せ 打寄て内談せん それ/\忠太案内せよ 是へ通せといふにしたがひ

立て行 さとき昌俊詞のはし/\聞取て ホゝウ何かはしらず内証とあれば聞内 し

かし旅つかれか何とやらしきりに心地あしければ 座につらなる事思ひもよら

ず 貴殿が様子を聞るれば其があふたも同然 不躾ながら病気の事御容

赦有暫く次にて養生せん 委細は後刻承らんと 障子押明入にけり 忠太

 

 

8

が案内に打つれて 時忠主従しつ/\と座につき 先達て書状に書越(こさ)るゝ

趣他聞を憚る密事なれば 上着なき内とくと内談いたさん為参つたりと

の給へば 是は/\御苦労千万 此度鎌倉殿の御疑ひ 誠判官に別心なくば預

置れし廻文を差上 貴卿御父子の首討て渡されよとの御諚 其承るといへ共

疎略にならぬ貴卿の御事 御命につゝがなきやうと存る其が一分別 義経が手

に有彼廻文 喩に奪ひ取て給はらば 夫を越度にせめ建て 義経に腹きらせ

貴卿御父子の御命は 此梶原が受合て助る所存とそやしかくれば ホゝゝ/\それこそ

 

手前が願ふ所 義経が滅亡せば 日頃其が心をかくる静もしぜんと手に入道

理 召つれし此鮫嶋蔵人は忍びの名人 主従心を合す程ならば 廻文はおろか龍の腮(あぎと)

の珠(たま)成共 奪ひ取て渡すべしと ひたいとひたい摺合斗密々咄し障子の透間

に昌俊が見る共聞共しらずこそ 梶原主従猶すり寄り しかし大切成廻文 中々

輒(たやすく)奪れまじ但手かゝり手だても有や ヲゝ其義はちつ共気遣ひ遊ばさるゝな

案内しつたる此蔵人 盗出すは明六日のうしみつ頃 御所の高塀見こしの松をめ

印に忍んで待れよ忠太殿 相図の詞はこつちから番かといはゞ ヲゝ画展忠と答

 

 

9

て受とらん それよ/\と互にうなづきあふみぢや ふかき工の湖ももらすなぬかる

な 道同するもあぶな物時忠卿はおさきへござれ こつちは勢田へ廻り道 必見ぬ顔し

らぬ顔 けどられぬやう合点かと 互の契約釘鎹念に根つぎの石部の宿

別れて こそは〽かはる世や 昔は平家の小姑君今は源氏の大将を 聟に

取たる身の威勢 平の朝臣時忠卿 譜代の家の子鮫嶋蔵人秀氏一人めし

つれて 巧もふかき姉川の大下馬先にさしかゝり ヤア/\蔵人兼約のごとく梶

原の郎等番場の忠太が来りなば 日頃の大望必今宵は過(すぐ)されず 手筈

 

をちがへなけどられなと主従さゝやきうなづき合 御門外に立寄て判官殿へ

火急に申入べき子細有 たいらの時忠推参といひ入れば 門番の侍飛でお

り 貫木(かんぬき)扉ぐはつたりひしめき海老錠の 腰折かゞめ出向ひ 夜更ての御出

何共申兼候へ共 折あしき主人の他行と 聞もあへずイヤサ皆迄申な 聟義経

其が娘卿の君は懐妊せしとて 此方へ戻し置 毎日毎晩九条の里に遊興と

聞き 異見の為に来りたれば たとへ明日迄相待共 対面せずんば有べからずと 鮫嶋諸

共入給へば跡は御門もしめやかに 拍子木の音いちはやく更行く空のかげさへて 衆

 

 

10

星北に拱(たんだく)し明方ちかき 白壁にうつる姿は陰法師か それかあらぬか見上る

斗の大男 頭(かしら)も足も真黒につゝむ人目のせき払ひ 相図と思しく築地の

上に 鮫嶋蔵人顕れ出 番と一声呼かくれば 忠と答ふる相詞 扨は番場の忠

太殿か 刻限違へず能ぞお出 首尾よふ廻文盗出したお渡し申と一巻を包むふ

くさの錦さへ闇はあやなやあやうき思ひ 請取かへる向ふより同じ出立の黒装束

にて 又によつこりと出来り 番といへ共以前の忍び忠共答ずすりぬけるを 扨こ

そ曲者ござんなれと道をさへぎりぬき討に 弓手の肩先きられながらかいくゞり

 

抜身をもき捨逃行を後だきにしつかと組ば 蔵人すかさずひらりと飛おり

敵か味方かくらさはくらし 後に来りし侍か両足かいてのめらせば 命みょうがなてお

ひの忍び回文大事と逃て行 跡には両人組合捻合 四つ手に成て互に頭巾と頬

かぶりに 一度に手をかけひつたくつて顔見合せ エゝイ蔵人か ヤア忠太かこりや

とうしやと 興を鮫嶋うろたへ廻れは イヤサ是 盗取ら回文はナゝゝなんとゝ 問ふ

も語るも気はいらだてサゝされば紛者の心は付ず 今のやつにエゝ竊(窃:たばか)られたか無

念/\程は行まじ追かけんと二人つれ行取なりは あほう烏のかあ/\と夜は明渡る

 

 

11

恋をする身はいよだてらしや おもしろむくに染小袖裾吹かへす朝風に もま

れもまるゝはぎの露 コレ静(しづか) 廓と違ふて四角四面な屋敷の内で あの風

流な歌と三味 てんとたまらぬ道中姿かあいらしいとだき付給へば ヲゝしんき 御所の

女中方の見さんして 我君を手に入しまんと思はんす所もきの毒と ひんとする

がの次郎がひつ取 イヤ申其おきづかひなされますな 卿の君様は御懐妊ゆへ

お里帰り そこでおまへを根びきにして今日のおやかた入 やりて禿もつれられ

ぬが一趣向 はやお忘れなされしかと 心を付れはヲツト誤た けふ其やりてのおよし

 

つねとは違ふて小つまかいとりちよこ/\と 申太夫さんえ ヲゝそれでこそやり

手じや 扨是から拙者めが禿の役を仕る 眠らぬをとりへにかさ高なは了簡あ

れと いへば静もおかしさに 禿のはれは言(ものいひ)が第一こいよ ナアイもふそれが禿で

ないと打こまれてホンニそふじや奴の返事と取違へた ヤア/\女房達 静様の花

のお入い盃を持参あれと 呼れくるは小品かはり嶋田かうがい髩(つと)長な女中方

てうし嶋臺取揃へ御前に出 御しうあと時忠さま 夜前より御出有てお待兼

御対面もやと窺へば ムゝ夫て聞へた 最前の一ふしも時忠殿を汝めらが慰よな

 

 

12

我抔に逢たいとは廓通ひをやめにせよと例の異見うるさし/\ ナフ静此程は

あげや/\の暇乞に 全盛の大酒盛 そこをとんと気をかへて あのかたくろしい

嬪共を相手にするも面白かろ 呑でさしや/\ 禿よ早ふ酌をせい アイト返事

も長柄の役を駿河の次郎 君が跡につぎかくる玉の盃底意なき 御酒宴

酣(なかば)に広間より源八兵衛尉廣綱 御見参と披露して切腹したる武士

の死骸 戸板にのせて庭上に舁すへさせ 今日其御所の御番に相当り 早

天より出仕いたし候前に 昨晩の御留主預り鎌田藤次政経 あのごとし自殺

 

仕る 様子は此書置に明白たりと 一通をさし上ればくりかへし/\ 披見有より忽怒り

の御かんばせ 飛かゝつて静を捻ふせ ヤイ女め 儕鎌田藤次と忍び契りしな 今日の

屋形入を無念に思ひあの通に腹切て 書置に不義の段々を顕したるはうぬへの

頬当 かゝる後めだき事を隠した天罰の程覚へよと 長柄を追取かよはき背骨を

てう/\/\ てうしの酒に身はひつたり花を粧ふ衣紋も乱れわつと涙にむせびしが

エゝお情ない気の廻り そもや君のめをぬいて悪性してそふな静じやと 思し給ふか

曲もなや 身の言訳は有ながら証拠になる相手は切腹 何をいふ共死人に文言ふぎ

 

 

13

いたづらの名を取て 先だつ命はいとはね共老たる母の磯の前司(ぜんじ) 兄様は有ながら

親に不孝な生れ付 わらはが死た其跡では嘸かゝさんの便なかろ みらいの迷ひ

は是一つおふたりの衆なぜにとめて下さんす いつそ君の御手にかけ 殺してたべと斗にて恨

託(かこち)て歎にける ヲウ望の通り鎌田がめいとの供さあせんと 白洲へはつしと蹴落し給ひ

駿河次郎あれはからへと有ければ 源八兵衛憚なく コハ御短慮成御仰 流れの女

の偽り表裏は天下はれたお定り それを何かと御遺恨に思召すは智勇兼備

の名将に似合ぬ 御心がせまい/\ 殺さずいためずあの儘に捨置て死骸の番をさ

 

っするが能き政敗 皆々引けと人をよけ先御入と諌むれば 静はたへ兼 のふ申と立

寄を 駿河が隔てどこへ/\ もふ泣言は叶ぬ 我君に見はなされて身のたてらいがな

らずば 近々に五条の橋へきたがよい 千人切の時お手にかゝりし者のゆかりへ御施行

が有筈 其役目は此清重 こなたも君のお手にかゝつた人なれば 千人切の施行の

人数に入て 施のお銀いたゞかせふと 悪口たら/\゛主従打つれ奥に入 跡に静はたゞ

独り涙にくれて居たりしが 藤次が死がいの一腰追取既にじがいと見へける後に ヤレ待て

とかけ出るは時忠卿 むだ死するかと押とめられ むだ死とは曲もなきなんと是がいき

 

 

14

ていられふ とめずと死して下さんせとふちはなすを猶いたきとめ 最前よりの始終

物かけにてとつくときくた 天晴汝は女にまれ成心中者 其心底を見る上は何をか

くさん 元来卿の君を義経にめあはせしは 餌(えば)にかへて肌をゆるさする一つの方便(てだて)

今死る命をながらへ 兼々約(くどく)此時忠にはなぜしたがはぬ 命取めとしなだれ給へば エゝイ

そんならおまへは 義経公を殺すお心か アゝ音高し/\ 人や聞と前後を見廻し給ふ所へ

とつた/\と捕手(とりて)の役人じつてい打ふりおつ取まく 上段の御簾さつとまき上九郎

判官義経公 有しにかはる御出立装束改め 源八兵衛廣綱駿河次郎清重

 

左右の翼と従ふにぞ 飛龍の気を呑御大将 悠々と床几に直らせ給ひ ヤア静

覚なき身のしはしが間も不義者といあhれ 嘸いぶせく思ひつらん かくはからひしはとき

たゞの悪逆を顕さん為 罷立て休足すべしとの給へば 扨はと悦び静御前 袖は涙

ぬれ衣の面目すゝぎ入にける ヤア時忠殿 卿の君を餌(えば)に 此義経に肌をゆるさ

せしとの給ふが こなたは又静といふ餌にかゝり 巧れし謀叛を見すかされ さぞほいなく

おぼすらんと 仰もあへぬに時忠卿から/\と打笑ひ 扨はかゝる仰々しき有さまは

静にたはむれし事共を聞はつゝての疑ひよな それ式の義を取上て 謀

 

 

15

叛とは近頃そこつ/\ イヤ此期に及んで云ぬけんとは未練の一言 依る平家

の回文を盗れ 申訳の為に腹切た鎌田藤次を 静と不義の体にもてなした

も 其元の巧見出そふ為の偽り 回文の行衛もこなたの胸に覚へが有ふ 然れ共

此詮義は所存有て用捨いたす さし当つて謀叛でないとの申ひらき承らんと

席を打ての給へば イヤサ先達て娘卿の君を遣し置たが 其に二心のないよき証

拠と あらがい給へば源八兵衛 然らば最前の謀(はかりごと)にのせられ 義経公を亡さんと有しは

いかにイヤそれはサアなんとゝ 問かけられてホゝゝゝそれこそはよき糾明  静を我手に入れ

 

判官と娘が中をむつまじくめせん為に 恋路の闇と見せかけて 誠は子故の

闇なるてや ヤア恋路ても子故でも闇尽しの言訳くらひ/\と いふに気ばやき

駿河次郎 最早御詮義には及ぬ叛逆に極つた アレからめよと下知すれば又

ばら/\と詰寄するを ヤアはやまるなと判官取手をせいし給ひ かくあらがひの上から

は 招き置たる訴人を是へ呼出せ はやとく/\との命に応じて源八兵衛廣綱が

伴ひ来るは時忠のみだい所 兼て覚悟の心にも かはる浮世の数々に思ひなや

み立給ふ 時忠見るよりくはつとせき上 エゝにつくき女め 夫の訴人よくしたなと いは

 

 

16

せも果ず義経公 ヤア其一書が謀反の証拠駿河源八承ると双方より

とつたとかゝるを みだいはめもくれ気も狂乱のごとくにて 其縄目が悲しさに幾

度か/\ わらはがとゞめし異見諌も用ひなく 過去し平家の一門 非道奢の

天の責にて亡しとは気も付ず 仇よ敵とねらふは聟の判官殿 つれそふ娘が

なんぎと成もかへり見ぬ謀反の企 愚な女の思案より訴人して 其訴人の恩賞

に夫の命たすけてと 詞をつがいしかいもなく此禁(いましめ)は何事ぞや 殺さでかなはぬ道なら

ば自をかはりに立て 連合いをゆるしてなふ判官殿と前後ふかくに歎かるれば 時忠卿

 

も今更に御身の悪事の数々を 思ひしらすに差うつむき面目涙にくれ給ふ

大将しばらく御いらへもなかりしが ヲゝ女気の一図に恨らるゝは去事ながら 今鎌倉

には梶原有て やゝもすれば讒言をかまゆる時節 聟舅のよしみ有故結句用

捨成がたく 縄かけさせたは政道の一條契約の通り訴人の功に命を助け 能登国

の御崎(みさき)へ流しつかはすべし 早とく/\引立よとの御諚に随ひ 警固きびしく左右をかこみ

配所をさして追立行 みだいは有にもあられぬふぜい いか成沖津嶋守共ならばなれ 夫婦

諸共やつてたべとせき入/\くどかるれば 義経公聞召 そも流殺抔の法は黃帝の

 

 

17

御代に始つてより 妻子を相そへ流したる先例なければ 鎌倉への聞へかた/\゛以

かなはぬ願ひ いたはしながら見だいこなたへ伴ふへしと簾中 さして入給ふかくと聞より 鮫

嶋蔵人秀氏一味の悪党したがへてかけ来り ヤア/\駿河源八兵衛 何もかも皆

聞た 主人時忠の無念をはらさん其為にむかふたり 覚悟ひろげと呼はるにぞ ヤア

時忠卿にむほんをすゝめし親粒の鮫嶋め つかの間もゆるしは置じと 二人は夜叉

の荒たることく 猛勢一度に切てかゝるをこと共せず 弓手めてへなぎ立/\追ま

くれば 云がひなくも鮫嶋蔵人逃まとふてうろ付所へ 駿河源八一さんにかけ

 

付て膁(よはごし)ぽんとふみのめし こいつがやうなへろ/\侍刀で殺すはおとなげなし

鮫嶋なればかた身つゝと両足さゆうへ引はつて ヤアえい/\のかけごへにて さら

/\さつと引さき捨 かつ色見する梅の間松の間柳の間 御てん/\をかり立

/\ 爰は所も桜の間緋桜ちらして彼岸桜のちり/\ぱつとにげ

ちる敵の大桜単(ひとへ)桜かば浅葱 天狗桜やとらの尾の勢ひ 有明

月花の 都の外まても二人か武勇の誉れは高き山桜 枝をなく

さぬ源氏の御代 浪静なる堀川の御所の 桜ぞさかんなる