仮想空間

趣味の変体仮名

御所桜堀川夜討 第五(花扇邯鄲枕)

読んだ本 https://archive.waseda.jp/archive/index.html

       浄瑠璃本データベース  イ14-00002-308

 

 

84(右頁三行目)

   第五

明渡るのべも山路もてる空は 敵の心は蔵馬道夜共昼共弁へず 逃るを追かけ

ぼつ詰て土佐が乗たる俊足逸物 おろしも立ず飛のつて相合馬の二人乗 居喰

は武蔵坊主の好物 尻馬に打またかり馬歴神(ばれきじん)のぬれたる勢ひ むちふり上て丁

/\/\ 人と馬とを碪(きぬた)の拍子 しつていからころさつ/\さ はい/\沛艾(はいがい)打立て追立て辻子(づし)

 

も小路も飛こへはねこへ 室町通横切れに 姉川御所の門前に乗とゞめて大音上 土佐坊昌俊生けど

つて参つたりと 呼はる声に義経公源八兵衛いせ駿河一様に踊出 コレ/\むさしそりやちがふた とさ坊は義盛

が親の敵 夜前手にかけ本意をとげた そいつはにせ者番場ノ忠太 ヤア道理でめつたに頬(つら)を隠すと頭巾を取れば

バアばんばの忠太 昌俊をだしにつかふとさのにせぶし 此生(なま)ぶし三人中へふるまふぞと馬上にぐつとさし上て 受取れやつと投げ

付れば腰もおれぶし足立ず うごめきながらてを合せ とさににせたも梶原の皆指図 忠太が命助けてと

ほへぬ斗の見くるしさ 武蔵坊馬乗放し忠太がせ骨をしつかとふまへ 助るは坊主の役儕に似合た戒名付け

引導渡してえさせんと三尺五寸をしやにかまへ 汝元来梶原が家来ながら 昌俊と嘘をつき

 

 

85

自業じとつくは終にはころりとそつ首を落されおはんぬ アゝ悲しきかなや今月今日 昌俊が名を

かつて殺さるゝは儕が損 其損を名に取て 正尊(しやうぞん)と付てこます かつと云て打たちに首は飛でぞ死てける 扨こ

そにせと正真の土佐坊昌俊土佐坊正尊 二人のとさが名の紛れ 義経公に敵たいしは此正尊が事成

けり 判官御悦喜まし/\て 家来といへ共さす敵なれば梶原を討たも同前 いさめや/\との給ふ所へ

女中の預り黒井の軍治罷出 先達て静御前に仰付られし 今様の女舞早御舞台も成就し 役

人残らず相詰候 直ぐに御覧有べうもやと申上れば 判官弥御きげんよく老中が今度の勲功

労(つかれ)をもはらす為 早始めよと御諚も君が御代長き 末広扇今様舞台賑ふ御所こそ〽

 

   花扇邯鄲枕(はなあふぎかんたんのまくら)

浮世の恋に迷ひきて/\思ひをいつかはらさん 是は色里のかたはらに住者

なり 我好色に身をやつし 太夫天神あるひは夜発(やほつ)の仮寝にも 露の情

を受しより露の情の文字を直に 名をも露情(ろせい)大尽ともてはやされし

も 今ははや 親の勘気にはださむき紙子のしはのよるとなく昼共わかず

通ひしに いまだ色道のさとりをひらかず 誠や在原の業平を 好色の神に

いはひこめし岩本の社へあゆみをはこび 諸分け手管の道を弁へ ついでなれ

 

 

86

ば嶋原のおろせが方へ立よらんと存 只今彼里へと急ぎ候 通ひなれし

道は昔にかはらねど かはる姿と口のはに いひ編笠の一もんじ 西にかたむくひ

かげさへ しゆしやかののべにてりそひて 行ば程なく出口なるこんたんの宿に着

にけり/\ ハアゝ昔にかはらず三枚肩でおすは/\コリヤたまらぬ アゝ浦山し

のくるは通ひと 人め忍軒の下笠かたむくるのれんのかげ 主のおおろせ内

より出 アゝ是々 謡なら聞たふない通りや/\ いやくるしうもないおれじや ど

なたぞいと笠を覗て エゝイおまへは 扨(さって)もおまへは露情様か是はしたり

 

なんと久しや/\命あればじいや 先御そくさい そなたも無事で重畳/\

扨此お姿は はて愚智な事をとふ いはずとなりですいりやうしや とかく傾城

買いとはいふきは青い中に賞翫なされ 粋に成ろ追出さるゝが一時 てつきりと

くるはへ行かば 色のさめたはいふき男つばきばきかなするであらふ そちらはから

い顔もせずはつぱすつぱ忘れぬ/\ 扨はさやうかハテおせうしや それはき

のどくせんばいりで出来合を上らぬか エゝ折わるいみだいのすると 独りうつたり

舞を見て イヤ/\只今は所望にない 心づかひ無用/\ 然らば一種拵て

 

 

87

久しふりのお盃 どりやお伽上ませふと押入より枕取出せば コリヤめづらしい 色

めいた文枕いはれが聞たい されば其張枕は 此里のよね様方 紋日のさいそく身

請の相談 付文投文或は付合間夫(まぶ)狂ひ 可愛にくい嬉し悲しの種々無

量の 文共をひとつに集てかゝが仕事にこんたんの張枕 是をなされてまど

ろみ給ひ こしかた行末の悟をひらき候へ 我抔は其間酒のかん仕て参らん

と ふとん引きせ入にける エゝきさく者じや ぜひに紙花(かみば)と出たい所 今はやう/\

鼻紙にも紙子の袖を枕にあて げにや露情か見し栄花の夢は 五

 

十年 我も此一睡に 昔の夢を見るやとこんたんの枕にづしにけり/\ くるは通

ひは皆かごでおす おれも通へどかごかいておす おして勝手もまがいなきお

ろせが門にかごかきすへ 爰じや/\と内に入 いかに露情に申へき事の候 そも

いか成者ぞ いや私でござります ヤア手代の弥六かこは何故 とは御吉奏

御勘当のお詫かなひ お迎ひに参りて候 きたか てんと百来(びやくらい)嬉しや/\ イヤ

またおれが親父程有てよつぽどにもてる/\ 扨思ひがけもないどふして急に御

ゆるされた ぜひをはいかではかるべし 御身勘気をゆるさるべき 其ずいさう

 

 

88

こそましますらめ 早々かごにめされ候へ おつと心へのり移り宿へ帰ら

ばくる事ならぬくるはの見納め 是よりすぐにおせ/\/\と 簾上れば紙子の

袖も古郷(こきやう)へ帰る錦の袂 昔の姿にたがやさん折に幸三弦(しやみせん)の ねじめにつれて

もてるか/\ いき杖の音二上りに のせて合せてもてるは/\ かごももてま

すはい/\/\ えいさ/\えいさつさ 栄花も夢とは嶋原の揚屋をさしてぞ〽

うかれ来る 今此里に川たけの 身をば流に嶋原の ヨイヨイ イクヨ出口の柳ふ

りわけて 恋と情の ヨイサヨ ふた思ひ むすぶちぎりは 仇人へ ヨ 今のねたみは誰

 

ゆへぞ サイ 世渡るわさのかり枕つとめの身こそ便りなやたよりもとめて 又夢

の里に名うての太夫職 ぬき八もんじのつれ道中 けふもかはらぬ花の宿 もんじが

もとに入来れば たいこの喜作立出 ヨウ見事/\ 夏花(なつはな)様冬菊様二季相

ならびしお姿 月花は礒一対のさんごの玉 色をくらぶるふたりの君は 露情様ほだし

の種 いかな天女もはだしで裸で逃さんしよやつりや/\とほめ詞 ふたりもにつ

とえがほして又わるがうな事斗と 火燵にとんと腰打かけ 庭の紅梅咲き

分けて 紅白見めをあらそへり 又露情様をあらそふてか おふたりの顔かわるい

 

 

89

はてわるふてもどふしても夏花は先の逢方 先でも万でも此冬菊は

心いき いやさふはなるまい たれが わしがとせりあふ中へ おつと見へた 合ざし

合投げとたんのわれ喧嘩は貰ひ 爰で我らが智の字をふるひ おふたり様の

お文を是此やうにとえんさきの 手拭かけにくゝり付 是でおてきの心をしる

狐わな 露情様の見へる迄奥でのまふとそゝり立 ふかいあさいは うへから

さま見へるヨイナ 底の心はねにやしれぬねて/\しれる うたひ打つれ入

にける 座敷には金銀の襖を立 四方の女郎の借(かし)かりに出入迄も色

 

取風の粧ひは 誠や名に聞し借銭の都機嫌上戸の楽(たのしみ)も かくやと思ふ

斗の気色かな 夜昼通ふ露生大尽 色と酒とのもんじが座敷 酔狂閣

やあほう殿(でん)の 常附(じやうづけ)間に入にける 爰に喜作が才覚にて心を引見る二通の

文 手拭かけにかけ置たり アゝおそろしの傾城の心や おれが心を見ん為に正

じんの狐わな 思ひまいらせそうろうへく候の油上がぶら/\ なんじや冬菊ゟ 夏花より

又にくふはない物 ひらいて見よふ いや/\こちらを見ばあちらが恨めよ あちらを見ば

こちらが恨みん 所詮此文見ずに帰らふ いのやれ 我住む宿へ帰ろやれ 足中

 

 

90

をつま立 ちよこ/\/\とつま立 アゝ思へはふたりの君が心のたけを書たる文 ア儘

よ いや/\只恐ろしいふつつとやめよ イヤやめまいと 行ては帰りかへりては足もしど

ろに行なやむ 喜作いそ/\ヤア旦那 白蔵主(はくざうす)のお身ぶりどふも/\ 中々わなにかゝ

らぬおまへはきつのこつちやう 扨此お小袖はおふたりの太夫様から 皆迄いふな是も露

情を引見る為か 外に心は空蝉のもぬけのから衣(きぬ)君がうつり香誰にかきせん ぬぎは

やらしと引寄せ抱寄 そこを喜作がおつ取て 互に悋気の花ずり衣 片袖斗

打きせてきせてきじのめんどり様 片袖は雄(おんどり)様 ひよくの取なり所望/\ 我らは又

 

下(しも)男とえさしぼうきに路次笠も 待ばかんろの日傘きてん聞かしてさしかく

れば コリヤ出かした 是でふたりが恨も有まい 太夫とおれがふたりまへ 左六方右

小妻 姿もしやんとふりはけて かきりしられぬ アリヤ コリヤ 思ひのふちよ いつそ

しづまば 此身もともに しづむ里はどこ/\上の丁下の丁 中の中のなか

の丁を通りがけに なんと太夫久や/\ おまへも御ぶじで嬉しや/\ アゝ鳥も

なけ 鐘もなれ/\ふたりねし夜はいなしとふもなだ/\ハツアないかさ よいや

露情様の裾分姿たまらぬ/\ 何をかくそふおまへの事でふたりのきみも

 

 

91

いしゅらのたね 唐土のげんそう皇帝は双六の勝負にて 楊貴妃ぐし

君の后定め ためしを引てふたりの君に 手鞠つかせて逢方定め よからふ

/\ おれをだこふとだくまいと ほんのふたりが肩次第せい一ぱいにつかせい/\ あつと

障子を押ひらけば かねて趣向の夏花冬菊色をあらそふしんくの糸 鞠も

心もはづましてかたばいやおふいはさぬと 悋気妬みのちどりがけ手玉もゆら

につきそむる 旦那は胡弓我らが三味も 不調ほうげたたゝき次第出し

だいの ねしめに合す手まり歌 とん/\/\とんと諸国の恋のわけ里かぞへ

 

かぞへりや 武士も道具をふせあみ笠で はりといきぢの吉原 花の都は歌で

やはらぐ敷嶋原に 勤する身は誰と伏見のすみ初めぼんのふほだいのしゆもく

町より 難波(なには)四筋へ通ひ木辻にかふろ立から むろの早咲それがほんに 色じや

一イ二フ三イ四フ 夜露雪の日しもの関路も ともに此身をなじみかさねて

中は丸山たゞ丸かれとひきうたふ おつと手まりは喜作か預り 千ねんついても取

はづさぬはおまへ方のたしなみ おふたりの悋気あらそひ拙者がとんとあつかふ

て 互ちがひのさゝめごとかはゆがつたりがられたり それは露情か望む所誓(せい)

 

 

92

文ぞおりやかはらぬ ハテぬしさまさへかはらずば夏花様冬菊様ふたりして大切

にいとしがらふとよりそへば めでたい/\是で御中むつまじし 御祝儀に一踊 旦

那諸共サアお立と 喜作が文作(もんさく)高々と鼓たいこ三弦の なりよやみよやな

袖ふる姿 ふりもよき四季の栄華の一踊 是をきて見よかしのへ 先揚や

の座敷には 酉の 三十畳にはこがねのさん盃に 太夫天神居ながれて 園

には不老の桜をさかせ 春の栄華そおもしろや 東の座敷は三十畳に

おねまの屏風ひきならべ しろいはだへをあらはして むつごとなんども聞へ

 

たり 筒には五色の菊をいけ 秋の景気に色そへて くるはに花をぞさかしける

栄耀にも栄華にも実此上や有べきかと君と 手に手を取かはし障子ひ

らけばこはきなに 昼かと見れば 月又さやけく 春の花さけば紅葉も色こく

夏かと思へは雪もふりて 四季折々の栄華も夢なれば 今迄さはぎし女郎

たいこのこへと聞しはまど打風 揚屋の座敷も皆きへ/\゛と失はてゝ 有つるお

ろせがかりの宿 こんたんの枕の上に眠りの夢はさめにけり 露情は夢さめて ハアゝ

なむ三宝扨は夢にて有けるか 能々思へば手管諸訳の道弁る此枕

 

 

93

是も偏に岩本の神のめぐみ実面白やこんたんの/\ 色の世そと悟り

えて 望をかなへ帰りけり 義経悦喜限りなく御代を祝する静がまひ

面白し/\ 是もひとへに京鎌倉 和睦をすべきずいさうと 悦び御座を

立給へば 伺公の諸仕もことぶきて静御前の見だいなり 三国一の名将に

随ひなびく武士も 勇有智有仁義有三三九郎判官の 御威

勢御果報夜にまし日にまし年にます げにうごきなき源氏の御代

五こく成就民安全 百おく万歳末かけて治る 国こそめでたけれ

 

 

 おしまい