仮想空間

趣味の変体仮名

大地震末代咄の種

 

読んだ本 https://www.wul.waseda.ac.jp/kotenseki/html/wo01/wo01_03639/index.html

      HTLN

 

 

1

安政ニ年 十月二日

「江戸 大地震末代咄の種 全」(えどおゝぢしんまつだいはなしのたね)

 

 

2

「関東 大地震末代咄の種」

地底鯰の図

ゆるぐ とも

よもや

ぬけ

じ の

かな め

いし

かしまの

(右下)

神のあらん

かぎ

りは

(図内省略)

地震は陽陰の下(もと)に伏(ふく)し陰に迫らる故に陽神(のぼ)ること能は

ず以て地動くに至ると又地の中(うち)に竅(あな)あつて蜂の巣のごとく

にして水潜(くゞ)り陽気常に出入(いでいり)すその陰相和(あひくわ)する時は常となし若(もし)

陽気沈滞(とゞこほり)て出ることを得す歳月を積で後陽陰下(のもと)に盈餘(みちあま)

りつひに発出するときは是が為に地震動す故に始て震ふ

ときは猛烈なりといへども次に震ふはみなこと/\゛く緩柔(ゆるやか)也と云

 

 

3

安政二卯年十月

二日夜四つ時大地

震ゆり出し土蔵傾

き家潰るゝこと夥

敷老若男女の

死亡数を知らず此時

八方より猛火炎々(えん/\)

と燃上りほのほ天を

こがす出火はじめ三十八口

なりしが近きは燃つゝき

て三十二口となり又二十七

口となる追々焼ひろかりて

翌三日午刻全く鎮火なす

猶是が為に人命を絶すること

夥し御府内市中の人民一瞬の

うちに命を失ふもの数万人実に前代未聞也

(左下)

黒き所燃ばの印也

其外一えん大破

つぶれ家おび

たゞし

 

 

4

◯度々のゆりかへしに

またもや大地しん

あらんかと人々おそれ

大道へ畳を敷(しき)屏風戸障子

あるひは大事用心の為にとて

持出せし荷物とうを積て

かこひとなし此処(こゝ)に寝ること

一般なりかくて七八日のころに

至り地しん漸く薄らぐに

随ひ追々野陣するもの少く十四日

終日雨ふる此時に至り野陣止(とゞまる)

◯御城外御堀ふち◯御見附内外廣

場◯外神田広小路◯上の広小路

◯浅草広小路◯忍ぶが岡しん土手

浅草寺蔵屋敷◯本郷六丁め

加州様御門前◯九段坂上◯護持

院原此わたり別して野宿する

ものにて群衆なす也

 

 

5

大手外酒井雅楽頭(うたのかみ)様御やしき

焼(やけ)表御門物見残る森川出羽

守様焼る伝奏(てんそう)やしき無事

大名小路諸家様そんじおびたゞしく

本多様土い様因州様細川

様少しか焼る小笠原様酒い様

越州様大田様間部様夏目様

此へんすべて大破

◯橋御門外ごぢいんが原松平

ぶぜん守様本郷丹後守様共に

焼る其外小やしき又六軒やける

◯道三橋石垣崩る

◯八代(やよ)すかし火消やしき火の見櫓

もぎれ落たれど上の人けがなし

◯鍋嶋様長州様焼る

◯黒田様表長屋潰る

(下段)

◯芸州様伊井様少々破そん

◯松平甲斐守様御屋敷焼て

表御門のこる

◯伊藤修理太夫様南部美濃

守様御屋敷焼る亀井様

薩州様しやうぞく屋敷長

屋少々焼る

◯虎御門内御大名方御屋敷

御長屋まはり都て大破

◯あたらし橋御門外愛宕

とほり御屋敷そんじ多く愛

宕山(さん)石段別条なし

 

 

6

幸橋御門外桜田久保町本

郷代地此辺大破

◯同兼房(けんばう)町松平兵部様表

長屋少し焼る

◯毛利讃岐守様表門潰れる

◯柴井町残らず焼る宇田川

神明町三嶋町大つぶれ

怪我人多し

◯芝神明本社無事門前町

少々破そん神明前別して

大破潰れ家(や)にて往来止る

増上寺三内少々破損

(下段)

◯中門前町金杉橋通りは格

別の事なく少々の損じ也

◯薩州様内藤様織田様抔

御長屋むき損し多し

赤羽根有馬様御長屋所々潰る

◯いさら子台町辺糀室(かうしむろ)崩れ

怪我人多し

◯高輪寺院すべて大そんじ

品川宿少々の損じなれども

即死怪我人多し

◯二番御台場損ず

◯神奈川台辺は地震かろし

 

 

7

◯仙台様会津様脇坂様

大破新橋辺は格別の事なし

◯京橋尾張町へん格別の事なし

といへとも土蔵を振ひ家根瓦

こと/\゛く落る

◯築地西本願寺本堂無事

寺中五十七ヶ寺こと/\く大破

◯奥平様紀伊尾張様安

芸様一ツ橋様周防様少そんじ

◯鉄砲す淡路守様御屋敷

焼同拾間町一丁に三けん

ほと焼る

(下段)

◯同鉄砲洲明石町大損家

悉く潰れ怪我人多し

◯同処中川様遠江様いゝ様

阿波様大破

◯佃嶋大破潰れ家多し

◯稲荷橋いなりの社無事瓦

堀其外大破同書ふじ山崩る

◯八丁堀所々大破磯辺大神宮

無事近辺大破

◯霊岸じま大川端町銀丁二丁

四方程焼る

◯北新堀南新堀とも土蔵こと

ごとく振ひ壁のこらず落る

 

 

8

大橋手前稲荷堀辺田安様久

世様酒井様林様安藤様紀伊

守様尾張守御中屋敷此へんの

御屋敷いつれも大破

◯銀座大破小網町川岸蔵

残らず大損

◯茅場丁薬師堂無事

◯牧野さま御屋敷大破

◯一石橋崩れて此ところ

往来とまる

(下段)

◯京ばし北詰炭町やなぎ丁

具足町いなば町すゞ木丁

本材木丁八丁目五郎兵衛丁

たゝみ丁大根がし竹丁北紺

屋町びくにばしまで焼南か

ぢ町一丁め二丁め狩野じん道

此へんにて土蔵四五ヶ処のこり

南伝馬町三丁め二丁め水口

角までのこらず焼る二日明

七ツ時に至り火やうやく鎮る

もつとも怪我人多し

 

 

9

東門跡(ぜき)本堂無事地中三ヶ

寺程本堂潰れ東門北門

ともに倒れる講部屋臨番

所大破

◯同書崇福寺大松寺清光寺

何れも大破田原町仲町

下町通り潰れ家多し

誓願寺本堂無事地中数ヶ

寺大破門前潰れ家多し

◯日輪寺本堂無事学寮庫

裏地中の寺門前丁大潰れ

幸龍寺本堂無事庫裏地

中の寺大破

(下段)

浅草駒形町初ふじといふ料

理茶屋手前角より両かは

諏訪町黒船町榧寺まで焼る

東の方は御厩川岸三好町

焼る此辺土蔵残る所なし

◯御蔵前通り格別の破損無

といへとも土蔵瓦屋根こと

ごとく損ず

◯浅草御門石垣少々はらみ

出(いだ)す

◯福井町酒井左衛門尉様かし

通り神田川へん何れも大破

 

 

10(9に重複)

 

 

11

金龍山浅草寺本堂念仏

堂経堂鐘楼堂山門随身

無事雷神門雷神倒れ五重塔

九輪曲り山内諸堂大破伝法

院惣門玄関書院無事庫

裏其外大破院内の寺いん

寺中の町長屋悉く潰れむ

怪我人多し

浅草寺本尊観世音境内

花屋敷へ御立のき

但地しん過て後ほさつを本堂へうつし

奉らんとするに御つし重うて上らす

是必す大ひなるゆりかへし有をしめし

給ふならんとて七八日のころまてはなほ

そのまゝ園中に置奉るといふ

(下段)

◯浅草田町へんより出火土手

下少々焼残り谷中天王寺

門前町代地山川町竹門通り

両側袖すりいなり馬道通り

北新町遍照院より東へ家

数二十軒ばかり焼こす山の宿

猿若町三座共のこらず楽や

新道藪の内浅草寺もち坊

寺内いろは長屋医王院寺内

随身門際にて両かは共焼止り

南しん道は角まで焼出し

花川戸は戸沢長屋中ほど

にて焼止る

 

 

12

しん吉原日本堤

震ひうごくこと

とりわけおひたゞ敷

大地たちまちに

裂破れ一だうの

白気発す

その気なゝめに

飛さり金竜山

浅草寺の五重

の塔なる九

輪を打まげ

散じて八方へ

ちるその光

り眼(まなこ)を

射てすさ

ましといふ

(下)

ち(大?)?

割たる所

巾凡

三尺程

さける

 

 

13

◯新吉原五丁町は地震鳴動

するとひとしく娼家一同にゆり

潰れ火(ひ)炎々として八方より燃

出し廓中一面の大事となる然(さ)

れば裏々の反(はね)橋を下(おろ)すにいとま

なく又たまさか下さんとするものあり

ても反橋損じて渡すことかなはず

大門一方の出口となるゆえ烟(けふ)に

まかれ大に焼れ家に潰され

又棟(はり)を除(よけ)ものにはさまれ幸

ひにして命全きものといへども屋

根をこぼち壁を破つて助け出

(下段)

すの人なければ空しく火の来(きた)

るをまつて焼死すかくのごとくな

れば手負死人夥敷園後四五

日の程は死人猶其処(そこ)こゝに横たは

り親をたづね子をたづね実(げ)に目も

当られぬ有さま也と遊女死する

こと八百三十一人客其ほか此処へ

来りしもの四百五十四人茶屋又

は廓中の諸番人芸人とう都て

千四百人余惣〆死人二千七百

余人といふ土蔵一ヶ所ものこらず

西がし少々残り五十けん片側残る

 

 

14

◯鷲大明神社崩れ龍泉寺

大音寺長国寺大破

◯同所仏光寺一向宗西徳

寺本堂庫裏其外表門

潰れ太子堂無事

◯千住小塚原町中村焼る

◯はしば総泉寺玉姫いなり真(まつ)

崎いなり神明社大破

同所酒井雅楽頭様下屋

敷浅茅(あさぢ)がはら長昌寺保

元寺本性寺妙音寺何れ

も大破損

(下段)

◯今戸町出火銭座少々焼

同所料理茶屋川口大

れ同所八まん宮その外寺院

とも大破今戸町半町程

やける

待乳山(まつちやま)聖天御堂無事境

内大破土手西方寺馬頭観

音大破聖天町新鳥越山谷

町寺院町屋とも大潰れ

◯花川戸大破吾妻橋無事

材木町並木町茶屋町

駒形堂何れも大破

◯六郷様大破表門潰る

 

 

15

◯御蔵前通り天王橋のほと

りに何がしとかよべる水茶屋

あり一時駕籠のものこれが

見世へ休(いこ)はんと客を乗たるまゝ

入口の土蔵をまたぐに沓脱(くつぬぎ)の

土間踏ぬけたるゆえ驚き人是

を見るに清水混々として湧出(いづ)

る人々あやしみ是ぞまさしく弘

法大師の御水ならんかといひ

はやせしが四五日をへて此地しん

あり大地しんいらんとする時井の

水涸(かれ)あるひは濁りなどするもの

地ちうの水脈くるふ故なりと

思ふに此水も水脈くるつて常を

失うによりかゝる縁なきところへ

湧出すものならんか

(下段)

◯牛込へんに一人の狐つきありけるが

当十月朔日口ばしりて云大変有

ゆえに十八日までは帰り来らずと

いひさま止(とゝ)むる人を振払ひ一さんに

駈出何方へ行しや帰り来らず翌

二日大地震にて右の居宅へ勿論

ゆり潰れたる家夥敷押にかたれて

死するもの多し然るに彼者帰り来ら

ずとて此辺野宿のもの今に止ず

 

 

16

陰陽の二気は天地万物の根元にして陰陽天にたゝかへば雪

となし地中にあれば地震をなす然るに元禄十六年の大地

震近くは越後の国三条信州善光寺地震又京大坂

地震つなみのこときは往古よりいとまれなる所なり千茲(こゝに)安政

二乙卯年十月二日亥の上刻関東国々大地震にて家

を潰し土蔵を倒しそれがために押に打れ又は出火に身を

焼れ死亡するもの数万人に及ぶ前代より未だかくの如き

ためしを覚えす誠に稀代の珎事なり

大江戸四里四方の内家蔵損潰れ共死人の大数左の通り

 町数 四千五十七ヶ町損じ此内潰家六万八千八十軒余

 土蔵 十万七千余戸別損じ

 御大名屋敷 三百余軒損じ

出火の数 三十八口

死人 二十二万九千余人

親子兄弟(しんしけいてい)をうしなひ歎きかなしむ事実に目も当られぬ

有様也幸ひにして九死をまぬかれたるもの左にしるす歌を書(かき)て

髪のうちにはさみ置ば怪我せさるといふ地震のましなひ也

◯水神(すいじん)のつけ(告げ)に命をたすかりて六分の内にいるそうれしき

熊野ごんげんの御つげ地震の難をよけるまじなひ

 ◯棟八つ門が九つ戸かひとつ身はいざなぎの内にとそいれ

 

 

17

地震并類焼の為に野宿する窮民へ

御公儀様より御憐愍(れんみん)を以(もつて)此度

  幸橋の御門外    外に

  浅草広小路      深川八幡宮境内

  深川海辺大工町    東叡山山下火除地

右五ヶ所御救小屋建これに依て市中貧窮の者と

 いへども雨露飢餓の煩ひなく渡世の

 道を得るに至る

 御上様御慈悲御仁恵之程仰(あふぎ)

奉にも猶餘りあり実に難有

     事どもなり

御上様御仁徳を仰ぎ奉り市中

家持之町人共分限の及ぶかぎり御救

小屋へ者へほどこしとして送る品々山の

如くにして日々に澤(?さは)也誠に上(かみ)を見習ふ下

にして実に難有御代のためしなり