仮想空間

趣味の変体仮名

義経記 巻第六

読んだ本 https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1287997

 

 

2

義経記巻第六目録

 たゝのぶ都へしのび上る事

 忠信さいこの事

 たゝのぶかくび鎌倉へ下る事

 はうくわん南都へしのび御出ある事

 くわんとうよりくわんじゆ坊をめさるゝ事

 しづかかまくらへ下る事

 しづかわかみや八幡宮へさんけいの事

 

 

3

義経記巻第六

  たゝのぶ都へしのひ上る事

さても佐藤四郎兵衛は。十二月廿三日に都にかへりて。ひ

るはかたほとりに忍ひよるはらくちうに入。判官の御ゆ

くえを尋けり。され共人まち/\に申ければ。一定(ちやう)をし

らず。あるひはよしの河に身をなげ給ひけるとも聞ゆ

る。あるひは北国(ほつこく)にかゝりてみちのくへ下り給ひける

とも申。きゝもさだめざりけれは都にて日をゝくり。とかう

する程に十二月廿九日になりにけり。一日へんしも心

やすくくらすべきかたもなくて。年のうちもけふはかり

なり。明日にならばあらたまのとし立かへるはるのはし

めにて。元(ぐわん)三のぎしきなども事よろしからす。いづくに

 

 

4

一夜をだにもあかすべき共おぼえす。其頃たゝのぶ他事(たじ)

なく思ふ女一人。四条むろまちに。こしばの入道と申ものゝ

むすめに。かやと申女なり。判官都におはせし時より見

はじめて。あさからぬ心ざしにてありけれは。判官都を出

給ひし時も。津の国河しりまてしたひて。いかならん舟

のうちなみの上までもしたひしかとも。判官の北の御

かた。あまた一船(せん)にのせ奉り給ひたるも。あはれせんなき

事かなとおもふに。我さへ女をぐそくせんこともいかゝぞと

思ひしかば。あかぬなごりをふりすてゝ。ひとり四国へ下

りしが。心ざしいまだわすれざりければ。廿九日の夜うち

ふけて。女を尋てゆきけり。女出あひてなのめならすよ

ろこびて。我かたにかくしをきやう/\にいたはり。ちゝの

 

入道に此事しらせたりければ。忠信を一まなる所によ

びて申けるは。かりそめに出させ給ひしより此かたは。

いづくにとも御ゆくえを承はらず候つるに。ものならぬ

入道とたのみて。是までおはしましたる事こそうれ

しく候へとて。そこにて年をぞをくらせけり。せいやうの

はるもきてだけ/\の雪むらぎえ。すそ野もあ

をばまじりになりたらば。陸奥(みちのく)へ下らんとぞ思ひける。

かゝりしほどに天にくちなし。人をもつていはせよと。た

がひろうするともなけれども。忠信が都に有よし聞え

けれは。六はらよりさがすへきよしひろうす。忠信これ

をきゝて我ゆへに人にはちを見せじとて。正月四日に

京を出んとしけるが。けふは日もいむ事有とてたゝざりけ

 

 

5

り。五日は女になごりをおしまれてたゝず。六日のあかつ

きは一定(ぢやう)出んとぞしける。すへておとこの頼まじきは女な

り。きのふまてはれんりのちぎり。ひよくのかたらひあさか

らす。いかなる天まのすゝめにてや有けん。夜のほとに女

心かはりをぞしたりける。忠信京を出てのち。東国のち

う人かぢはらと申もの在京したりけるに。はじめて見え

そめてげり。今のおとこと申は世に有ものなり。おも

ひかへじとおもひ。此事をかぢはらにしらせて。うつか

からむるかしてかまくら殿のげんざんに入たらは。くんこ

ううたがひ有べからすなとおもひ。しらせんとおもひけり。

かゝりければ五でうにしのとういんに有ける。かぢはら

がもとへつかひをぞやりける。いそぎかちはら女のもとへぞ

 

ゆきける。忠信をば一まなる所にかくしをき。かぢはら

三郎をぞもてなしける。其後みゝに口をあてゝさゝやき

けるは。よびたて申事はべつの子細なし。判官殿のらう

どうさとう四郎兵衛と申もの有。よしのゝいくさにうち

もらされて。すきぬる廿九日のくれがたよりこれにあり。

あすはみちのくへ下らんと出立。下りてのちにしらせ

奉らぬとてうらみ給ふな。我と手をくだかずともあし

がるどもさしつかはし。うつかからむるかしてかまくら殿

のげんさんに入て。くんこうをものぞみ給へとぞ申ける。

かぢはら三郎これを聞て。あまりの事なれば中々

とかくものもいはず。たゝうとましきものゝあはれにわ

りなきをたづぬるに。いなづまかげろふ水の上にふる

 

 

6

雪。それよりもなをあだなるは女の心なりけるや。是を

ば夢にもしらずして。是をたのみて身をいたづらにな

すたゝのぶこそむざんなれ。かぢはら三郎申けるは承り候

ぬ。かげひさは一もんの大事を身にあてゝ。三とせ在京仕

べく候が。ことしも二とせになり候。在京のものゝりやう

やくはかなはぬ事にて候。さればとてたゝのぶついたう

せよといふ。せんじいんぜんもなし。よくにふけてかつせんに

ちうをいたしたるとても。御諚ならねば御おんも有べからす。

しそんじては一もんの瑕瑾なるべく候間。かげひさはかなふ

まじ。なをも御心ざしせつなからん人に仰られ候へと

いひすて。いそぎ宿所へ帰りつゝ。色をもかをもしらぬ

ふたうの女とおもひしえい。ついにこれをはとはざりけり。

 

 

7

かやうにかぢはらにもうとまれ。はらをすへかねて六はらへ

申さんと思ひつゝ。五日の夜に入てはしたもの一人めしぐし

て。六はらへ参りえまの小四郎をよひ出して。此よしつたへけ

れば。ほうてう殿にかくと申されたり。時刻をうつさず

よせてとれとて。二百きの勢にて四条むろ町にぞ

をしよせたり。きのふ一日こよひもすがら。なこりのさけ

とてしいたりけれは。ぜんごもしらすふしたりけり。たのむ

女は心かはりしてうせぬ。常にかみけづりなどしけるはし

たものゝ有けるが。忠信かふしたる所にはしり入て。あらゝ

かにおこしててきよせて候そとつげたりける

 

  たゝのぶさいごの事

たゝのぶてきのこえにおどろき。おきあがり太刀取な

 

 

8

をしさしくゞみて見ければ。四ほうにてきみち/\たり。のか

れていづへきかたなし。内にてひとりごとにいひけるは。はじめ有

物はをはりあり。生(しやう)あるものかならずめつす。其期(ご)はちからを

よばすや。やしま津の国ながとのだんのうら。よしののおくのか

せんまで。随分身をばなきものとこそおもひつれとも。そ

の期ならねばけふまでのびぬ。しかりとはいへともたゝ今がさい

ごにて有けるを。おどろくこそをろかなれ。さればとていぬ死(しに)

すべきやうなしとて。ひら/\とぞ出たちける。しろき小袖

にきなる大口ひたゝれの。袖をむすびてかたにうちこし。き

のふみだしたるかみを。いまたけづりもせずとりあげ一とこ

ろにゆひ。えほしひきたてをしもうで。ほんのくほにひきい

れて。えほしかけをもつてひたいにむずとゆひて。太刀を

 

とりさしうつふきて見れば。いまだほのくらくてものゝく

の色は見えす。てきはむら/\にひかへたり。中々なかをとを

りてまぎれゆかばやとぞおもひける。され共てきかつち

うをよろひ矢をはげて。こまにむちをすゝめたり。をひかけ

てさん/\にいられんず。うす手おふて死もやらず。い

けながら六はらへとられなんす。判官のおはする所しらんす

らんととはゞ。しらすと申さばさらばはういつにあたれと

て。糾問(きうもん)せられ一たんしらすと申とも。次第にしやうね

みだれなん。のちにはありのまゝにはくしやうしたらば。

よしのゝおくにとゞまりて。君に命(めい)を参らせたる心さし

も。むに成なん事こそかなしけれ。いかにもして爰をのがれば

やとぞ思ひける。中門(ちうもん)のえんにさし入て見ければ。上にふり

 

 

9

たるざしき有ひたと上て見ければ。上うすくふきけるや

ねなれば。月はもりほしはたまれとふきければ。所々はまば

らなりすくやか者にて有間。左右(さう)のかいなをあけて家を

ひきあけつと出て。こすえをとりのとふがことくにちりに

ちつてぞおちて行。えまの小四郎是をみて。すはやてき

はおつるぞたゝいころせとて。せいひやう共にさん/\に

いさす。手にもたまらざりければ。矢ごろとをくぞなり

にける。いまだあけほのゝ事なれは。まちさとこうぢにはづ

しをきたるざうくるま。こまのひづめしどとにして。

思ふやうにもかけざりければ。かくて忠信をぞうしなひ

ける。其まゝおちゆかば中々しおふすべかりつるに。我ゆ

くえをあんしおもふて。かたほとりは在京のものに下知

 

してさしふさがれなん。らくちうはほうでう殿ふしのせいを

もつてさがされん。とてものがれぬものゆへに。すえ/\のや

つばらの手にかゝりて。いころされんこそ口おしけれ。一両

年も判官のすみ給ひし。六条ほりかはの御所に参りて、

君をみ参らするとおもひて。そこにてともかくもならはや

とおもひて。六条ほり河のかたへぞ行ける。こぞまてすみな

れ給ひしあとを帰りきてみれば。ことしはいつしか引かへて門

をしたつるものもなく。えんとひとしくちりつもり。しとみ

やりどみなくづれたり。みすをばつねに風ぞまく。一ま

のしやうじの内にわけ入て見れは。さゝがにのいとをみだし

たり是をみるにつけても。日ころはかくはなかりし物をとお

もひけれは。たけき心もぜんごふかくにこそなりにけれ。見た

 

 

10(写し間違い?=落丁 この部分は次を参照しました)

https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2574947?tocOpened=1(コマ10左頁4行目からコマ11左頁8行目まで)

 ↓

(見た)きところを見めくりて扨ていにさし出てすたれ

ところ/\にきりておとししとみあけてたち取なを

しきぬの袖にておしのこひ何にてもあれとひとり

こといひてほうてうの二弱よきをたゝひとりして待

かけたりあはれかたきやよきかたきかなくわんとう

にてはかまくらとのゝ御しうと都にては六はらとの

わか身にとりてはくわふんのてきそかしあたらかた

きにいぬしにせんするこそかなしけれよからんよ

ろひ一りやうやなくひ一こしもかなさいこのいくさ

 

 

11

してはらきりなんとおもひいたりけるかまことに

これはよろひ一りやうのこされし事のありし

そかしきよねんの十一月十三日にみやこを出て四国

のかたへくたり給ひし時都の名こりをすてかねて

その夜はとはのみなとに一夜しゆくし給ひたり

しときにひたちはうをめしてよしつねかすみたる

六てうほりかはにはいかなるものゝすまんすらん

とおほせけれはひたちはう申けるは誰かすみ候はん

をのつからてんまのすみかとこそなり候はんと申

けれはよしつねかすみならしたるところにてんま

のすみかとならん事うかるへし主のためにおも

きかつちうをおきつれはまもりとなりてあくまをよ

 

せぬ事のあるなるそとてこさくらおとしのよろひ

四方しろのかふとやまとりのはのや十六さしてまか

きの弓一ちやうそへておかれたりしそかしいまた

ありもやすらんとおもひて天井にひた/\とあか

りてさしのそきてみれはみの時はかりの事なれは

京の山より日のひかりさしたるすきまよりいりて

かゝやきたるにかふとのほしかなものきかとして

みえたりとり下てくさすりなかにきくた(し)

 

 

(元の本に戻る)

11

し。矢かきおひ弓をしはり。すひきうちしてほうでう

殿の二百よきをそしと待所に。あひもすかさすをし

よせたり。先陣は大庭にこみ入て。後陣は門外にひかへ

たり。えまの小四郎よし時。まりのかゝりをこたてに取て申

されけるは。きたなし四郎兵衛とてものかるまじきそあ

らはに出給へ。大将軍は北条殿。かく申はえまの小四郎よし

時と云ものなり。はや/\出給へといへば。たゝのぶこれを聞て

えんの上にたちたるが。しtみのもとかはとつきおとし。手

矢とつてさしはげ申けるは。えまの小四郎に申べき事

あり。あはれ御へんたちはほうをしり給はぬものかな。ほう

げん平治のかつせん申は。うへと/\の御事なれは。だいり

にも御所にも、おそれをなし思ふさまにこそふるまひしが。

 

これはそれにはにべくもなし。それがしと御へんとはわたくし

いくさにてこそあれ。かまくら殿もさまのかみどのゝ御君(きん)

達(たち)。我らが君も御兄弟ぞかし。たとへば人のざんげんに

よりて御中不和に成給ふとも。是ぞざんげんむしつ

なれば。おぼしめしなをしたらん時は。あはれ一のわづら

ひかなといひもはてす。えんより下にとんでをり。あまを

ちに立てさしつめ/\さん/\にいる。えまの小四郎が

まつさきかけたる郎等三き。おなし枕にいふせたり。二き

に手をおふせければ。いけのひがしのはたを門外へむけて。

あらしに木のはのちるごとく。むらめかしてぞひきにける。

ごちんこれをみてきたなしやえま殿。かたきは五き十

きもあらばこそ。てきは一人なり返しあはせ給へやといは

 

 

12

れて。馬のはなをとつて返し。忠信を中に取こめてさ

/\にせむる。四郎兵衛も十六さしたる矢なれは。程な

くいつくしてえびら取かなくりすてゝ。太刀を抜(ぬき)て大勢

の中にみたれ入て。手にもたまらずさん/\にきり

めくる。馬人のきらひもなく大ぜいそこにてきられけり。

扨よろひつきして身をまとにかけていさせけり。せいびやう

のいる矢はうらをかく。小ひやうのいるやははすを返して

たゝざりけり。されどもすきまにたつもおほけれは。ゆ

めをみるやうにそ有ける。とてもかくてものがれぬもの

ゆへに。よはりてのちおさへてくびをとられんもせん

なし。いまははらきらばやとおもひて。太刀をうちふり

てえんにつゝとのぼり。にしにむかひkつしやうして申

 

けるは小四郎殿へ申候。いづするがのわかたうのことのほか

らうぜきに見え候を。萬事(ばんじ)をしづめてかうの者のはらき

るやうを御覧ぜよや。東国のかたへも主に心さしもあり。

ちんじちうようにもあひ。又敵にくびをとらせじとて

自害せんずるものゝために。これこそ末代の手本よ。鎌倉

殿にも自害のやうをも。さいごのことばをもげんさんに入

手食べと申けれは。さらはしづかにはらをきらせてくびをと

れとて。たづなをうちすて是を見る。心やすげに思ひて念

仏高声(こうしやう)に卅へんばかり申て。くわんいしくどくとえかうし

大のかたなをむきて。引あはせをふつと切て。ひざをついたて

いたけたかになりて。刀を取なをしひだりのわきの下に

かはとさしつらぬきて。右のかたのわき下へするりとひ

 

 

13

きまはし。心さきにつらぬきて。へそのもとまでかき

おとし。かたなをゝしのごひて打見て。あはれかたなやまうふ

さにあつらへて。よく/\つくると云たりししるしあり。はら

をきるにすこしもものゝさはるやうにもなきものかな。此

かたなをすてたらば。かばねにそへて東国まてとられんす。

わかきものどもよきかたな。あしき刀といはれん事もよ

しなし。めいどまて持べきとて。をしのこpひてさやにさして。

ひざの下にをしかくいて。きすの口をつかみて引あけ。こぶし

をにぎりてはらの中にいれて。腹わたをばかくするぞとて。つ

かを心もとへさしこみ。さやはおりほねの下へつき入て。手をむず

とくみしにけもなくて。いきつよきに念ぶつ申ていたり。

 

 

14

さても命しにかねてせけんの無常をくわんじて申け

るは。あはれなりけるしやばせかいのならひかな。らうせ

うふちやうのさかひ。けにさためなかりけりいかなるもの

の矢一に死(しに)をして。あとまでもさいしにうきめをみ

すらん。忠信いかなる身をもちて。身をころすにしにか

ねたるごうのほどこそかなしけれ。是もたゞあまりに

判官をこひしとおもひ奉る故に。是まて命はながき

かや。これそ判官のたひたりし御はかせ。これを御かたみ

に見てめいとも心やすくゆかんとて。ぬいてをきたり

ける太刀を取て。さきを口にふくみてひざをおさへて立あ

かり。手をはなつてうつふしにかはとたふれけり。つばは口にと

とまりきつさきはびんのかみをわけて。うしろにするりとそ

 

 

15

とをりける。おしかるべき命哉。文治二年正月六日の辰の刻

に。終に人手にかゝらずして。生(しやう)年廿八にてうせにけり

 

  たゝのふかくひかまくらへ下る事

北条殿の郎等伊豆(いづの)国の住人。三まのね太郎と申もの。

四郎兵衛かしがいのあたりに立よりて。くびをかきをと

し六はらに持参し。大路をわたして東国へ下るべきと

そ聞えける。され共てうてきの者のごくもんにかけらるべ

きこそ大路をわたせ。これはよりともがてきよしつね

か郎等をや。別してわたさるべきくひならすと。くきやう

より仰られければ。北条ことはりとてわたさす。小四郎五

十きのせいをぐして。くびを持せてくわんとうへ下る。正月

廿日に京を出て。同しく廿一日に下着し。かまくら殿のげ

 

むざんに入て。むほんの者のくび取て候と申けれは。いづ

くの国たれがしと申者ぞと御尋ある。判官殿のらうど

うさとう四郎兵衛と申者にて候と申けれは。討手は

誰と仰ければ。北条とぞ申けるはじめたる事にてはな

けれども。いしうし給ひつるとの御きしよくなり。じがい

のていさいこの時のことばこま/\と申されけれは。かまく

ら殿あはれかうの者かな。人ことに此心をもたばや九郎に

つきたるわかたう。一人としてをろかなるものなけれは。ひで

ひらも見るところ有てこそ。おほくのさふらひの中に。

是ら兄弟をば討つらめ。いかなれば東国に是ほどの者

なかるらん。よの者百人をめしつかはんよりも。九郎か心さし

をふつと忘れて。よりともにつかへば大国小国はしらず。

 

 

16

八ヶ国にをひてはいづれの国にても。一国はとそ仰ける。

千葉かさ井これを承。あはれよしなきものゝ有さまかな。

いきてたにも候ならはとぞ申ける。はたけ山申されける

は。心をよはすよくこそ死候へばこそ。君も御きしよくに

て候へ。いきてとり下り参らせ候はんするに。判官殿の

御ゆくえしらぬ事はあらじとて。糾問つよくせられ参

らせなば。いきたるかひも候まじ。終にしすべきものゝよの

さふらひ共にかほをまもらせんも心かるべし。忠信ほど

のかうの者日本をたふ共。判官殿の御心さしを忘れ参らせて。

君に随ひ参ら候まじきものをと。残る所なくそ申されける。

大井うつの宮は袖をひきひざをさして。よく/\申給へる

物哉。はじめたることにてはなけれともとぞさゝうやきける。

 

 

17

こうたいのためしにくびをばかけよとて。ほりの弥太郎承

てざしきより立て。ゆいのはま八幡のとりいのひがしにそ

かけられける。三日すぎて御尋有けれは。いまだはまに候と

申けれは。ふびんなり国とをければしたしきものしらてと

らさるらめ。かうの者のくびを久しくさらしては。所のあくま

となる事もあり。くびをめしかへせとてたゝもすてられす。さ

まのかみ殿の御けうやうにつくられたる。しやう長じゆいん

のうしろにうづめさせ給ひける。なをもふひんにやおほしめ

めされけん。別当のかたへ仰ありて。一百廿六部の経をかき

てくやうせられけり。むかしもいまもこれほどのゆみと

りあらじとそ申ける。

 

  判官なんとへ忍ひ御出ある事

 

 

18

さてもはうくわんはなんとくわんしゆ房のもとへおはしま

したりける程に。くわんしやうばう是をみ奉りて。大によろこ

ひようせうの時よりあがめ奉りける。ふげんこくうさうの

わたらせ給ひける。仏殿にいれ奉りてさま/\にいたわり

奉る。おり/\ことに申されけるは。御身は三とせに平家を

せめ給ひ。おほくの命をほろぼし給ひしかは。其つみいかて

かのがれ給ふべき。一心に御ぼたいしんをおこさせ給ひて。高

野こかはにとぢこもり。ほとけの御名をとなへさせ給ひて。

こんいじゃういくほどならぬらいせをたすからんとおほしめ

されすやと。すゝめ奉り給ひけれは。判官申させ給ひけ

るは。度々(とゝ)おほせかうふり候へども。今一両年もつれなき

もとゞりつけて。つら/\世の有さまも見んとこその給ひ

 

けれ。され共もしや出家の心出来(いでき)給ふと。たつときほうもん

などを。つねにはとき聞せ奉り給ひけれども。出家の御心は

なかりけり。夜は御つれ/\なるまゝに。くわんじゆ房(ばう)の

もんぐわいにたゝずみふえをふきならし。なくさませ給ひ

けるほとに。其ころならぼうしの中に。たしまのあじ

りと云もの有。同宿にいづみみまさかへんのきみ是

ら六人くみして申けるは。我らなんとにて悪行無道な

る名をとりたれ共。別にしいだしたる事もなし。いざや

よる/\たゝずみて。人の持たる太刀をうばひて我らか

てうほうにせんとぞいひける。尤しかるべしとてよる/\人

の太刀を取ありく。はんくわいがはかりことをなすもかく

やらん。たじまのあじやり申けるは。日ころはありともお

 

 

19

ほえぬくわんじや。きはめて色しろくせいもちいさきが。よ

きはらまききて。こがね作りの太刀の心もをよはぬをはき。

くわんじゆ坊のもんぐわいによな/\たゝすむそ。をのれが太

刀やらん主にも過分したる太刀なり。いざよりてとらんと

ぞ申ける。みまさか申けるはあはれせんなき事をの給ふ

ものかな。此程九郎判官殿の。よしのゝしゆぎやうにせめら

れて。くわんじゆはうを頼みておはするときく。たゝをか

せ給へと申せば。それはをくびやうのいたる所そ。などとらざ

らんとへばそれはさる事にて。びんきあしくてはいかゝ

あるべからんと申けれは。さればこそ毛をふきてきずをも

とむるにてあれ。人のよこかみをやぶるになれば。さこそあ

れとてくわんじゆばうのほとりをねらふ。をの/\六人つい

 

ぢのかげのほとくらき所に立て。太刀のさやにはらまき

のくさすりをなげかけて。爰なる男の人を打ぞやといはゞ。

をの/\こえに付てはしり出。いかなるしれものぞ仏法こう

りうの所に。たび/\慮外してつみ作るこそ心えね。命な

ころしそ侍(さふらい)ならば。もとゝりをきつて寺中をおへ。凡下(ほんけ)ならは

みゝはなをけづりてをひだせとて。とらぬはふかくじん共

とてひし/\と出あひすゝみよりける。判官はいつものこと

なれば。心をすましてふえをふき給ひておはしけり。け

うかるふぜいにてとらんとする物あり。判官の太刀のし

りさやに。腹巻の草すりをはらりとあてゝ。爰なる男の

人をうつぞやといひければ。残りの法し共さないはせそと

て三方よりをひかゝりたり。かゝるなんこそなけれとおぼし

 

 

20

めい。太刀ぬいてつるぢをうしろにあてゝ待かけ給ふ所に。

長刀さしだせばふつときり。長刀こぞりはの間に四つ切

おとし給へり。か様にさん/\に切給へば。五人をばおなし枕に

切ふせ給ふ。たじまは手をおふてにけて行を。節所(せつしよ)におつ

かけたちのむねにてたゝきふせ。いけながらつかんてとり

給ふ。おのれはなんとにては。なにといふ者そととひたまへば。

たしまのあじやりと申けれは。命はおしきかとのたまへ

は。しやうをうけたるものゝ。いのちおしからぬものや候と

申けれは。さてはきくにはにずをのれはふかくしんなりける

やかうべをきつてすてばやとおもへとも。をのれはほうし

なり。それかしはぞくなり。ぞくの身としてそうをきらん事。

ほとけをがいし奉るににたり。をのれをはたすくるなり。

 

 

21

此のちかやうのろうぜきをすべからす。明日なんとにてひろう

すべきやうは。それがしこそ源九郎とくんだりつれといはゞ。

扨はかうのものといはれんするぞ。しるしはいかにと人とはゝ。なし

とこたへては人もちゆべからす。これをしるしにせよとて。

大の法しをとつてあふのけ。むねをふまへかたなをぬきて。

みゝとはなをけづりてはなされけり。中々しゝたらばよ

かるへしと。なげきけれ共かいぞなき。其夜なんとをは

かきけすやうにぞうせにけり。判官は此ちうようにあ

はせ給ひて。くわんじゆはうにかへりて。持仏堂にとくこ

をよひ奉りて。いとま申て是にて年をゝくりたく思る(日ひ?)候

へとも。在るむね候間都のかたへまかり出候。此ほとの御な

さけつくしがたくおぼえ候。もしうき世になからへ候はゝ申

 

 

22

にをよはず。又しゝて候ときこしめし候はゝ。ごせを頼み奉る

師弟は三世のちきりと申候へば。らいせにてかならず

参会し奉り候べしとて。出んとし給へば。とくこはいかなる

事ぞや。しはらく是におはしまし候へきかと存じ候つ

るに。おもひの外(ほか)御出候はんするこそ心えかたく候へ。いか

さま人のちうけんに付て候とおほえ候。たとひいかなる事

を人申候とも。明年の春のころいつかたへもわたらせ給へ。

ゆめ/\かなひ候まじと御なこりおしきまゝに。とめ

奉り給へば。判官申されけるは。こよひこそなこりおしく

おほしめされ候とも。明日もんぐわいに候事御らんし候な

は。よしつねがあいそうもつきておほしめされんする

 

と仰られければ。くわんしゆばうこれを聞て。いかさまに

もこよひちうようにあはせ給ふとおぼえて候。このほと

わか大しゆともてうをんのあまりに。よな/\人の太刀

をうばひ取よし承候つるが。御はかせは世にこえたる御太

刀なれば。取奉らんとてしやつばらか。きられ参らせて

候らん。それに付てはなにことの大事か候べき。れうじに聞

え候はゞ。とくこがためにふし/\なるやうも候らん。さだめて

くわんとうへもうつたへ。都に北条おはしまし候へば。時さまわ

たくしにはかなふまじとて。関東へ子細を申されすらん。かま

くら殿もさうなくせんじいんぜんなくては。南都へ大勢をは

よもむけれれ候はじ。それ程の儀にて候はゞ。御身平家

ついたうのゝちは。都におはしまして一天の君の御おほえも

 

 

23

めてたく。院の御感にも入給ひしかば。せんじいんぜんも申

させ給はんに。たれかをとるべき御身は都に在京して。

四国九国のぐんびやうをめさんに。などか参らで候へき。き

ない中国のくんびやうも一統に成て参るべし。ちんぜいの

きくちはらたまつらうすきへつきの者共。めされするに参

らすば。かたをかむさしなどのあらもの共をさしつかはし。少々

ついたうし給へ。他所はみたるゝ事も候なん。半国一になり

あらち山いせのすゝか山を切ふさき。あふさかのせきを一つにし

て。兵衛佐(すけ)殿のだいくわん。せきより西へいれん事あるべから

ずとくこもかく候へばこうぶくじとう大寺山三井寺よし

のとつ河くらま清水一つにして。参らせんことはやすき事

にてこそ候へ。それもかなふまじく候はゝ。とくこが一どのをん

 

をも忘れしとおもふもの二三百人も候。かれらをめして城(しやう)

くわくをかまへやくらをかき。御内に候一人当千のつはもの

ともをめしぐし。やぐらへ上りて弓取て候はゝ。心かうなる

者共にいくさせさせて。よそにて物をみ候へし。しぜんみ

かたほろび候はゞ。ようせうの時より頼み奉る本尊の御前(まへ)

にて。とくこ持経せば御身は念仏申させ給ひて。はらを

きらせ給へとくこもけんを身にたてゝ。ごしやmでもつ

れ参らせん。こんじやうは御いのりの師。らいせはぜんちしき

にてこpそ候はんずれと。まことにたのもしげにそ申され

ける。是に付てもしばらくあらまほしく思はれけれ共。世

の人の心しりかたく。わがてうには義経より外はと思ひつるに。

此とくこは世にこえたる。かうの人にておはしけるとおほし

 

 

24

めされければ。やがてその夜の内になんとを出させ給ひけり。

いかでかひとりは出し参らせんなれば。我ために心やすき御

でし六人を付奉り。京へそをくり奉りける。六条ほり河なる

所にしばらく待給へとて。行からしらすうせ給ひぬ。六人の

人々むなしくぞかへりける。それよりのちはくわんじゆばうも

判官の御ゆくえをばしり奉らす。され共ならには人おほ

くしゝぬ。たじまやひろうしたりけん。判官どのくわんじゆ

坊のもとにて。むほんおこしてかたらふ所の大しゆしたがはぬ

をば。とくこ判官にはなちあはせ奉るとふうぶんしける

 

  関東よりくわんじゆばうをめさるゝ事

南都に判官殿おはしますよし六はらに聞えければ。北

条大きにおとろきいそぎかまくらへ申されけり。よりとも

 

かぢはらをめして仰られけるは。南都のくわんじゆばうとい

ふもの。九郎にくみして世をみだすなるが。ならほうしも

大ぜいうたれてあるなり。和泉かはちの者ども九郎にお

もひつかぬさきに。これはからへと仰られければ。かちはら申

けるはそれこそゆゝしき御大事にて候へ。そうとの身として

左様の事。おぼしめし立候はんこそふしぎに候へと申所に

又ほうでうよりひきやく到来して。判官殿南都には

おはせず。とくこかはからひにてかくし奉るよしもうされけ

れば。かちはら申けれはさらはせんじいんぜんをもかうふ

り給て。くわんじゆはうを是へくたし候て。判官の御ゆくえ

御尋ね候へ。ちんしやうにしたがひてしざいるさいにもと申

けれは。いそぎほりの藤次(とうじ)ちかいえにおほせ付られ。五十よ

 

 

25

きにてはせ上り。六はらにつきてこのよしを申ければ。

北条殿ちかいえをめしぐして。いんの御所に参して子細を

申されければ。いんぜんにはまろかはからひにあるべからす。

くわんじゆはうといふは当代の御いのりの師。仏法こうり

う有賢(うけん)くわうだいじひのちしきなり。だいりへこさい申

さではかあんふまじとて。たいりへそうもんせられければ。仏

法こうりうのうけんたる人にても。さやうにひが事など

をくわたてんにをいては。ちんもかなはせ給ふべからす。よ

りともがいきとをる所ことはりならすといふ事なし。義(よし)

経(つね)も本朝のかたきたる上は。くわんじゆはうをわたすべし

とせんじ下りければ。時まさよろこびをなして。三百よ

きにて南都にはせ下りて。くわんじゆはうにせんじの

 

をもむきをひろうせられたり。とくこ是を聞て世は末代

といひながら。王法のつれぬるこそかなしけれ。上古はせんじ

と申ければ。かれたるくさ木も花さきみをむすび。そらとぶ

つばさもおちけるとこそ承りつたへしに。されば今は世

もかやうになれば。すえのよもいかゞあらんすらんとて。なみた

にむせひ給ひけり。たとひせんじいんせんなりとも。南都に

てこそかはねをすてべけれ共。それもそうとの身としてを

んびんならねは。東国の兵衛佐(すけ)はしよほうもしらぬ人

にて有なるに。あはれついでもかなくわんとうへ下りて。兵

衛佐をけうけせばやとおもひつるに。くたれと仰らるゝこ

そうれしけれとて。頓て出たち給ひけり。くきやうてん

上人のきんたち。がくもんの心さしおはしましければ。師弟

 

 

26

のわかれをかなしみ。東国まで御とも申べきよしを申給へ

ども。とくこ仰られけるは。ゆめ/\有べからす身ざいくわの

ためにめしくたされ候間。とがにて其なんをばいかてのが

れさせ給ふべきといさめ給へば。なく/\あとにとゞまり

給ふ。ともかくもなりぬと聞しめされば。あとをとふらはせ

給へ。もしながらへていかなる野のすえ。山のおくにもありと

聞給はゝ。とふらひわたらせ給へとなく/\ちきりて出給

ふ。此わかれをものにたとふれば。しやくそんの御にうめつ

の時。十六らかん五百人の御でし。五十二るいにいたるまてかな

しみ奉りしも。いかでか是にはまさるべき。かくてとくこ

北条にぐせられて。平(たいら)の京に入給ふ。六条の持仏堂に入

奉りて。やう/\にぞいたはり奉るえまの小四郎申けるは。

 

何事をもおほしめし候はゝ承候て南都へも申べく候と申

されけれは。何事をか申べきたゝし此辺にとしころしりた

るかたの候。これへ参り候を聞ては尋べき人にて候か。来(きた)ら

れ候はぬは。いかさまにも世にはゞかりをなし候てとおほえ候。

くるしかるまじく候はゝ此人にげんさんし下らはやと仰ら

れければ。よし時承り名をば何と申そといひければ。も

とはくろだにゝすみ候しが。此程はひがし山にほうねんばう

と仰られければ。扨はちかき所におはしまし候上人の御事

候とて。やがて御つかひをたてまつる。上人大きによろこび

給ひて。いそぎ来り給ふ。二人のちしき御目をみ合。たがひ

に御なみだにむせび給ひけり。くわんじゆばう仰られける

は。げんざんに入て候事はよろこひ入て候へとも。めんぼくなき

 

 

27

事の候ぞ。そうとの身としてむほんの人にくみしたりとて。

東国まで取くだされ候。其なんをのがれて帰らん事も

不定(ふちやう)なり。さればいにしへよりさきにたち参らせば。とぶ

らはれ参らせん。さきにたゝせ給ひ候はゝ。御ほだいひをとふ

らひ参らせんと。ちきり申て候しにさきだち参らせて。

とふらはれ参らせんこそよろこび入て候へ。これを持仏堂

の御まへにをかせ給ひ。御目にかゝり候はんたひことに。思召い

だしごせをとふらひて給り候へとて。九てうのけさをはづ

し奉り給へは。東山の上人なく/\うけとり給ひけり。東

山の小児こんちの錦の経袋より。一巻の法花経(ほけきやう)を取出しくわ

んじゆ房に参らせ給ふ。たがひに御かたみを取かはして。上人帰

り給ひければ。とくこは六条にとゝまりていとゞ涙に咽(むせひ)給けり

 

 

28

此くわんじゆはうと申は。本朝大えの大がらん東大寺の院

主。当帝(とうてい)の御師となり。広大じひのちしきなり。いん参(さん)

し給ふ時腰輿(ようよ)牛車にめされて。あざやかなる中童子(ちうどうじ)大

童子。しかるべき大しゆあまた御供して参られし時は。

左右の大臣もをの/\うつかうし給ひしぞかし。今はいつし

か引かへて日ことき給し。そけんの御衣(きよい)をばめされず。あ

さのころものいやしきに。そらで久しき御ぐし。ごまのかふ

りにふすふる御けしき。中々たつとくぞ見奉る。六はらを

出し奉りて。見なれぬものゝふを御覧じけるたにかなしき

に。あさましげなる伝馬にのり奉る所々の落馬は。めも

あてられずおほえたり。あはた口打すきて。松さかこえて

これやあふさかのせき丸のすみ給ひし。しのみやがはらを

 

 

29

打すぎて。あふさかのせきをこえければ。をのゝ小町がす

みなれし。せき寺をづしおがみをんじやうじを弓手にな

し。大津うちでのはますぎて。せたのからはしふみならし。の

ぢしのはらもちかくなり。わすれんとすれどしられす。つ

ねに都のかたをかへり見てゆけば。やう/\都はとをく

なりにけり。をとにはきけど目にはみぬ。をのゝすりはりか

すみにくもるかゞみ山。いふきのだけもちかくなる。其日はほ

りの藤次かゞみのしゆくにとゝまり。つぎの日いたはし

くや思ひけん。ちやうじやにこしをかりてのせ奉り。都を

御出の時かくこそめさせ参らすべく候しかども。かまくら

の聞え其はゞかりにて。御馬を参らせ候はんするにて候と

申ければ。とくこみちの程の御なさけこそよろこび入て候

 

へと仰られけるこそあはれなれ。夜を日につぎて下ける

ほどに。十四日にかまくらに着(つき)給ふ。ほりの藤次の宿所に

いれ奉りて。四五日はかまくら殿にも申入ず。ある時とくこ

に申けるは御いたはしく候とて。かまくら殿にも申入す候と

れ共。いつまで申さでは候へきなれば。たゝ今出仕(しゅっし)つかま

つり候。今日御げんざんあるへきとこそおほえ候んぶと申け

れば。おもふも中々心くるしとくしてけんざんにいり御

といじやうをも承候て。ふそうのむねを申たくこそ候へ

とおほせられければ。藤次よりともの御前(まへ)に参り此よ

し申上る。かちはらをめしてけふのうちにとくこに尋き

くべき事あり。さふらひともめせと仰られけれは。承てめ

しけるにさふらひにはたれ/\ぞ。わだの小太郎よしもり。

 

 

30

さはらの十郎。ちばのすけ。かさ井の兵衛。とよたの太郎

うつのみやの弥三郎。うまかみの次郎。小(を)山の四郎。なかぬまの

五郎。をの寺のぜんじ太郎。河こえの小太郎。おなじく小

次郎。はたけ山の次郎。いなけの三郎。かちはら平三父子(ふし)ぞ

めされける。かまくら殿仰られけるは。くわんじゆばうに尋

とはするざしきにはいづくの程かよかるべき。かぢはら

申けれは御中門(ちうもん)の下口(しもくち)へんこそよく候はんと申ければ。

はたけ山御前にかしこまり申されけるは。くわんじゆ房

の御ざしきの事承候に。かぢはらはちうもんの下口と申

上候是ははうぐわん殿にくみし奉りたりといふ其ゆへ

とおぼえ候。さすがにくわんじゆ坊と申は。御学生(がくしやう)と申

天子の御師匠と申。東大寺のいん主にておはしまし候。

 

御きしよくわたらせ給ふによつてこそ。これまても申

くだし参らせおはしまして候へ。さこそ遠国(えんごく)にて候共。ざ

しきしtどろにては世の聞えもあしく存し候。下口などに

ての御尋には。一言も御返事は申され候はじ。たゞだうざ

の御対面や候へからんと申されたりければ。よりともも

っくこそ思ひつれとて。みすを日ごろよりたかくまかせ

て。御ざしきにはむらさきべりのたゝみ。すいかんにたて

えほしにて御げんざんあり。ほりの藤次くわんじゆはうを

入奉る。かまくら殿おほしめしけるは。何ともあれそうと

なればきうもんはかなふまじ。ことばをもつてせめふせ

て。とはんずる物をとおほしめしけり。とくこ御ざしきに

いなをり給ひけれとも。とかく仰出されたる事もなく。わら

 

 

31

ひて大の御まなこにて。はたとにらませ給ひてそおは

しける。とくこ是を見て。あはれ人の御心の中もこそ

有らめと思はれければ。手をにぎりてひさの上にをきて。

かまくら殿をつく/\とまもりて。御といじやうも陳状も

さこそあらんすらむとおほえて。人々かたづをのみていた

りけり。よりともほりの藤次をめして。是がくわんしゆ坊

かと仰られければ。ちかいえかしこまつてそ候ひける。しばら

く有てかまくら殿仰られけるは。そも/\そうとの

身と申は。しやく尊のけうほうをまなびて。えしやうの

かんじんにいつしよりこのかた。いきやうをたゞしくさんえ

をすかみにそめて。仏法をこうりうし。経論諸経のまへに

まなこをさらし。むねんの人をとふらひ。けちえんのものを

 

みちびくこそそうとのほうとは申候へ。なんぞむほんの者

とくみして。世をくつがえさんとのはかりことを世にかくれなし。

九郎天下の大事になり。国土のらんををもむこものを

入たてゝ。あまつさへならほうしを我にくみせよとの給ふ

に。もちいざるものをば。九郎にはなち合(あはせ)てきらせ給ふて

う。はなはだおたしからず。それをふしぎと思ふ所に。なをも

つて四こくさいこくのくんびやうを一つになし。中国き

内の者どもを召て。めされんに参らざる者をは。かたを

かむさしなど申あら者ともをさしつかはし。ついたうして

御覧ぜよ。他所はしらず東大寺こうぶくしは。とくこが

はからひなれば。かなへざらん時はうちじにせよなんどゝす

すめ給ひたる事。もつての外におぼえて候に。人をつ

 

 

32

けて都までをくられそう織るけるは。九郎が有所にをいては

しりたるらん。きよごんをかまへず正直に申され候へ。そ

のむねなくばすくやかならんことねりめらに仰付て。き

うもんをもつて尋ねん時。よりともこそまつたくひがこと

のものには有まじけれと。したゝかにとはれけれは。くわん

じゆばうはとかくの返事にもをよばず。はら/\となみだ

をながし手をにぎりてひざの上にをき。萬事をしづめ

て人々聞給へ。そも/\きゝもならはぬことばかな。わ僧

はいかに。とくこと名字をよびたりとも。ぐかくじんにては

よもあらじ。わそうとの給ひたれはとて。高名も有ま

じ。都にて聞しには。国の将軍となりて。かゝるくわほう

にも生れけり。なさけにもおはすると聞しに。くわほう

 

はむまれ付の物なり。とのゝためにもいや/\の弟。九郎判官

にははるかにおとり給ひたる人にてありけるや。申に付て

せんなき事にては候へとも。平治に御へんのちゝ。しもつけ

のさまのかみ。えもんのかみにくみして。京のいくさに打まけ

て。東国のかたへおち給ひし時。よしひらもきられぬ。とも

ながもしゝぬ。あくるむ月のはじめには。ちゝもうたれしに

御へんの命をしゝかねて。みのゝくにいぶき山のへんをまよ

ひありき。ふもとの者どもにいけどられ。みやこまでひきの

ぼせけんじのなをながし。すでにちうせられ給ふべかりしに。

いけ殿のあはれみふかくして死罪を申なだめられて。

弥平兵衛にあつけられ。えいりやくの8月の」頃かとよ。いづ

の北条なごやのひるかしまといふ所になかされ。廿一年

 

 

33

の星霜(せいさう)をへて。い中人となりてさこそかたくなはしく

おはすらめとおもひしに。すこしもたがはさりけり。あ

らむさんや九郎ほうくわんと。きやうはし給ふ事こと

はりかな。判官と申はなさけもあり心もかうなり。じひも

ふかくおはしまし候なり。ぢせう四年の秋の頃奥州より馬

のはらすぢはせきたり。するがの国うきしまかはらにお

りいて。一方の大将軍うけ取て一張(ちやう)の弓をわきにはさみ。

三尺のけんをはきて西海のなみにたゞよひ。野山を家

とし命をすて。身をわすれいつしか平家をうちおとし

て。御身をせめて一両年世にあらせ奉らばやとこつ

ずいをくだき給ひしに。人のざんげん今にはじめたる事

にては候はねとも。ふかき心さしをわすれて。兄弟の

 

中不和に成給し事のみこそはなはたもつておろかなれ。

おやは一世のちきり。主は三世のちきりと申せとも。

これかはじめやらん中やあらん。をはりやらん我もしら

す。兄弟はごしやうまてのちきりとこそ承候へ。その

中をたがひ給ふとて。とのをば人のかずにてはおはせぬ

人と世には申げにこそ候へ。去年十二月廿四日の夜打

ふけて。日ころは千ぎ万きを引ぐしてこそおはしまし

候しが。さふらひ一人をだにもぐせす。はらまきばかりに

たちはきてあみかさといふものうちき。萬事をたの

むとておはしたりしかば。いにしへみずしらぬ人なりとも

いかてか一度のじひをたれざらん。一どはくんこうのぞ

みいかなる時はいのりしそ。いかなる時はうち奉るべき。是

 

 

34

をもつてけうりやうし給へ。あらぬ様に人申たりし

事のもれ候げにこそ。去年のふゆのくれにしゆつけ

したまへと。たび/\すゝめ申しかども。其かぢはらがた

めにしゆつけはしたくもなしとのたまひ候つる。そのこ

ろ判官殿はき給ひし太刀をうばひとり奉らんとて。あく

僧どもきられ参らせて候しを。人のわざんをかまへて。

申候つらん。まつたくならほうしくみせよと申たる事

さらになし。其ちうようになんとを落給ひしあい

だ。こゝろの中いかはかりやるかたもなく。おはしますらん

と存し候て。いさめたる事候し。四こく九国のものをめ

し候へ。とう大じこうふ寺(じ)はとくこがはからひなり。きみは

天下に御おぼえもいみしくて。いんの御かんにもいらせ

 

たまひて候へは。ざい京して日本を半国つゝちぎやう

したまへと。すゝめ申せしかども。とくこが心をきやうし

やくして出たまへは。中々とはづかしくこそおもひたて

まつり候しが。君にもしられぬみやつかひにては

候へども。とのゝ御ためにもいのりしぞかし。平家ついた

うのために。西国にをもむき給ひしに。わたなべに

てげんじのいのりしつべきものや有とたづねられ候

けるに。いかなるおこのものかげんざんに入て候。とくこ

をけんさんに入て候ければ。平家ををしゆそしてげん

しをいのれと仰られ候しに。そのつみのがれなんと

たび/\じたい申しかば。御坊も平家と一つになる

かと仰られ候しおそろしさに。げんしをいのり奉りし

 

 

35

時も。天に二の日てらし給はず。二人のこくわうなし

とこそ申候へども。わがてうを御きやうだい手ににぎり

たまへとこそいの参らせしに判官はむまれつき

ふえの人なれば。ついに世にもたり給はず。日本国

のこるところなく。殿一人してちきやうし給ふこと、こ

れはとくこがいのりのかんおうする所にあらすや。これ

よりほかはいかにきうもんせらるゝとも申べき事

候はす。かたのごとくもちえあるものにものをおもは

するは。なにのえきかあるべき。いかなる人うけたまはり

にて候ぞ。とく/\くひおはねてかまくら殿のいきど

をりをやすめ奉り給へやと。のこる所なくの給ひてはら/

となき給へは。心あるさふらひ共袖をぬらさぬ人はなし。

 

 

36

よりともみすをさつとうちおろし給て。萬事御まへし

づまりぬやゝありて人や候と仰られければ。さはらの

十郎。わだの小太郎。はたけ山三人御まへにかしこまつて

そ候ける。かまkるあ殿たからかに仰られけるは。かゝる

事こそなけれ六はらにてたつねきくべかりし事を。

かぢはら申につけて御はうをこれまてよびくたし

奉りて。さん/\にあつかうせられ奉りたるに。より

ともこそ返事にをよばす身のをき所なけれ。あは

れ人のちんじやうや尤かくこそちんしたくあれ。まこと

の上人にておはしましける人かな。ことはりにてこそ日本

第一の大がらんのいんじゆともなり給ひけれ。てうかの

御いのりにもめされけることはりとぞかんぜられける。此

 

 

37

人をかまくらにせめて三年とゞめ奉りて。此所をぶつ

ほうのちとなさはやと仰ければ。わだの小太郎さは

らの十郎うけたまはり。くわんじゆばうに申けるは東

大寺ち申は。星霜ひさしく成てりやく候ところ

なり。今のかまくらと申はぢせう四年のふゆのころ。は

じめてたてし所なり。十あく五ぎやくはかいむさんのとも

がらのみおほく候へは。是にせめては三年わたらせおは

しまして。御りやく候へかしと申せと候と申たりければ

とくこ仰はさることにて候へども。一両年もかまくら

ありたくも候はすとそ仰られける。かさねてぶつほう

こうりうのためにて候と申されければ。さらば三とせ

は是にこそ候はめと仰られけり。かまくら殿大きに

 

よろこび給ひて。いつくにかすへ奉るべきと仰られしかば。

さはらの十郎申けるは。あはれよきついてにて候もの

かな。大御だうの別当になし参らせ給へかしと申され

たりければ。いしく申たりとてさはらの十郎はじめて

奉行を承て。大御どうのざうえいを仕り。せう長寿院

のうしろにひはだの御さんさうを作りて入奉り。かまくら

殿も日々の御さんけいにてそ候ける。もんぜんにくらをき

馬たちやむひまなし。かまくらはこれそふつぼうのは

じめなり。おり/\に判官殿との御中なをり給へ

と仰られければ。やすき事にて候とは申給けれとも。

かぢはら平三八かこくのさふらひのしよしなりければ。

かげとき父子がめいにしたがふ者。風に草木(さうもく)のなびく

 

 

38

ふぜいなれば。かまくら殿も御心にまかせ給はず。かくて

ひでひらか存生のほどはさてすぎぬ。しきよのゝちは

ちやくしもとよしのくわんじやかはからひと申て。ふんぢ

五年四月廿四日に判官うたれ給ひぬときこしめし

ければ。たれゆへに今までかまくらにながらへけるぞ。か

ほとうきかまくら殿にいとまごいもむやくとて。いそぎ

上洛ありいんもなを御たつとみふかくして。東大寺

かへりて此ほどすたれたる所どもさうえいし給ひ人

のとひくるも物うしとて。へいもんしておはしけるが。

自筆に二百三十六部の経をかきくやうして。

判官の大菩提をとふらひて。我御身をは水食(すいしょく)を

とゞめて。七十よにてわうしやうをそとげられけん

 

  しづかかまくらへ下る事

太夫判官四国へをもむき給ひし時。六人の女房達しら

ひやうし五人。惣じて十一人の中にことに御心ざしふかゝ

りしは。きたしら河のしづかといふしらびやうし。よしの

のおくまでぐせられたりけり。都へかへされてはゝの

ぜんじがもとにぞ候ける。判官度のの御子をにんじて。ちか

き程にさんをすべきにてありしを。六はらに此事聞え

てほうでう殿。えまの小四郎をめして仰あはせられ

けるは。くわんとうへ申させ給はではかなふまじとて。は

や馬をもつて申されければ。かまくら殿かぢはらを

めして。九郎がおもふものにしふかといふしらびやうし。ち

かきほどにさんすべきよしなり。いかゞあるべきと仰られ

 

 

39

ければ。かげとき申けるはいてうをとふらひ候にし。てき

の子をににんして候女をば。かうべをくだきほねおひしき。

すいをぬかるゝほどの罪科にて候なれば。もしわか君

にておはしまし候はゝ。判官殿に似参らせ候ども。又御

一もんにに参らせ給ふとも、をろかなる人にてはよも

おはしまし候まじ。君の御代(たい)の間は。なに事か候べき

君たちの御ゆくえこそおぼつかなくおもひ参らせ候

へ。都にてせんじいんぜんを御申候てこそ下し給て。御

座ちかくをき参らせさせ給ひ。御さんのてい御らんじ

て。わかきみにてわたらせ給ひ候はゝ。君の御はからひ

にて候べし。ひめ君にて候はゞ御前に参らせ給ふべ

しt申たりければ。さらばとてほりの藤次を御つかひ

 

にて都へのぼせられける。藤次六はらにもつきしかば。

北条殿とうちつれいんの御所に参りて此よしを奏

聞しければ。いんぜんにはさきのくわんじゆばうのこと

くにはあるべからす。時まさがはからひにたづねいだし

くわんとうへ下すべきと仰くだされければ。北しら河にて

たづねけれどもついにのがるべきにはあらねども。一

たんのかなしみをのがれんために。ほつしやうじなる

所にかくれいたりしを。たづね出してはゝのせんしも

ろともにぐそくして六はらにゆく。ほりの藤次うけと

りて下らんとしける。いそのぜんじか心の中こそむざ

んなれ。ともに下らんとすればまのあたりうきめ

を見んすらむとかなしき。又とゞまらんとすればたゞ

 

 

40

ひとりさしはなつて。はる/\と下さんこともいたは

しく。それ人のならひにて。子五人十人もちたるも一人か

くればなげくぞかし。いはんやみづからかたゞひとりもち

たる子なれば。とゞまりてもたえて有べきともおほ

えず。さりとてもおろかなるなかや。すがたかたちは王

城に聞えたり。能(のふ)は天下にかくれなし。とにかくにもろ

ともに下らんと思ひ。あづかりのふしのめいをもそむ

きて。かちはだしにてぞくたりける。ようせうより

めしつかひし。ざいはうそのあまと申ける二人のは

したもの。年ころなれし主のなこりをおしみて。なく

/\つれてぞくだりける。ちかいえもみちすがらさま

/\にいたはりてぞくだりける。とかくしてみやこを

 

出十四日にかまくらにつきたり。此よし申上ければ。し

づかをめしてたつねべき事有とて。大名小名をそめさ

れける。わだ。はたけ山。うつのみや。ちば。かさ井。えと。河こ

えをはじめとしてそのかずをつくして参る。かまくら

殿にはもんぜんに市をなしておびたゝし。二位殿も

しづかを御らんせられんとてまんまくをひき女ばう

其かず参りあつまり給けり。藤次ばかりこそしづかを

ぐして参りたれ。かまくら殿しづかを御らんじて。ゆう

なりけりげんざいおとゝの九郎だにも。あひせざりせば

とそおぼしめしける。御けしきに見え給けり。はゝのぜん

じも二人のはしたものも。御前へは参りえずもんぜん

になきいたり。かまくら殿これをきこしめして。門前に

 

 

41

女のこえとして。さもかうしやうになきさけぶは。いかな

る者ぞと御たづね有ければ。藤次うけ給しづかゝはゝ

と二人の下女にて候と申ければ。かまくら殿女はくる

しかるまじこなたへめせとてめされけり。かまくら殿仰ら

れけるは。てん上人にはみせ奉らずして。など九郎には

見せけるぞ。其上天下のてきになり参らせたる

者ぶてあるにとおほせられければ。ぜんじ申けるは

しづか十五の年までは。おほくの人々仰られしかども。

なびく心もさふらはざりしかども。いんの御かうにめし

ぐせられ参らせて。しんぜんえんのいけにて雨の

いのりのまひの時。判官に見えそめられ参らせて。ほ

り河の御所にめされ参らせしかは。たゞかりそめの

 

御あそびのためとおもひ候しに。わりなき御心ざしにて

人々あまたわたらせ給ひしかども。ところ/\の御住居(ちうきよ)

にてこそわたらせ給しに。ほり河とのに取をかれ参らせ

しかば。しわ天わうの御すえ。かまくら殿の御おとゝに

てわたらせたまへば。これこそ身にとりてはめんぼくと

おもひしに。今かゝるべしとかねてはゆめにもいかでか

しり候べきとて。さめ/\となきければ。御まへの人々

これをきゝて。かまくら殿の御まへをもはゞからず。こ

しかたより今までのしづかゞ身のうへを。おめずおく

せず申たり/\とて。をの/\ほめ給ひけり。そのゝち

かまくら殿仰られけるは。九郎が子をにんしたること世

にかくれなし。たゝいまちんじゆにをよばす。ちかきほど

 

 

42

にさんすべきとこそ聞つれ。よりともがためにはま

つたくかたきのすえなれば。しつかゞたいないをあけ子

をとつてうしなへ。かぢはらとぞ仰ける。しつかもはゝも

これを聞て。とかくの御返事にもをよはず。手に手

をとりくみかほにかほをあはせて。こえもおしまずか

なしみけり。二位殿もきこしめして。しづかゝ心の中

さこそとおもひやられ給けん。御まくの内に御らく

るいのをとしきりにこそ聞えけれ。さふらひとも

承てかゝるなさけなき事こそなけれ。さらぬだに

東国はをんこくとて。おそろしき事にいひならは

し候に。しづかをうしなひて名をながしたまはん

ことこそ。あさましけれとぞつぶやき給ひけり

 

 

43

かぢはら此ことを聞て。ついたち御まへに参りかしこ

まつてぞいたりける。人々これを見てあな心うや。又い

かなる事をか申さんずらんと。みゝをそばたてゝぞ聞

けるに。しづかの事承候少(せう)人こそかぎり候はんづれ。母

ごせrんをさへうしなひ参らせ給はんこと。そのつみいかで

かのがれさせ給ふべき。たいないにやとる十(と)月を待こそ

久しく候へ。これはすでに来月御さんあるべきにて候

へば。源太が宿所を御さん所とさだめて。わか君ひめ君

の左右を申上べきと申たりければ。御まへなる人々袖

をひきひざをさし。此世のなかはいかさままつ代といひな

がら。たゝ事あらじこれほどにかぢはらが。人のために

あはれみをおもひたる事はなしとぞ申あへり。しづ

 

 

44

か是をきゝ都を出し時よりして。かぢはらといふ名

をきくだにも心うかりしに。ましてかげ時か宿所に有

て。さんの時しげんの事あらは。よみぢのさはりとも

なるべし。あはれおなじくはほりどのゝ承ならは。いかば

かりうれしかりなんと。くとう左衛門して申たり

ければ。かまくら殿に申入ければ。ことはりなれば安き

事なりと仰られて。ほりの藤次に返したぶ。とき

にとつてちかいえめんぼくとぞ申ける。藤次はいそき宿

所に帰りて妻女にあひていひけるは。かぢはらすで

に申給て候つるに。しづかのそせうにてちかいえに。

返しあづかり参らせ候ぬ。判官殿のきこしめさるゝ

所もあり。是にてよく/\いたはり参らせよとて

 

我はかたはらに候て。やかたをは御さんどころと名

付て。心ある女ばうたち十よ人付奉りてぞもてな

しける。いそのぜんじは都の神仏(かみほとけ)にぞいのり申ける。い

なりぎをんかもかすがひよしさんわう七しや。八まん

大ぼさつ。しづかゞたいないにある子をたとひなんしな

りとも。女子になしてたべとぞ申ける。かくて月日か

さなれば。其月にもなりにけり。しづかおもひのほかに

けんらうぢじんもあはれみ給ひけるにや。いたむ事

もなく其心つくと聞て。藤次のさいぢよぜんじも

ろともにあつかひけり。ことさら御さんも平安なり。

少人なき給ふこえを聞て。ぜんじあまりのうれし

さにしろきゝぬにをしまきて見れば。いのるいのり

 

 

45

はむなしくて。三神(しん)相応したるわかきみにてぞお

はしける。たゞ市め見てあな心うやとてうちふしけり。

しづかこれをみていとゝ心もきえておもひけり。男

子か女子かととへどもこやへねば。ぜんじのいだきたる子

を見れば男子なり。一目みてあら心うやとてきぬ

をかつきてふしぬ。やゝ有ていかなる十あく五ぎやく

のものゝ。たま/\人界に生(しやう)をうけながら。月日のひか

りをもさたかに見奉らずして。むまれて一日一や

をだにもすこさで。やがてめいどにかへらんこそむ

ざんなれ。前業(せんごう)かぎりあることなれば。世をも人を

もうらむへからずとおもへどもいまのなごりわかれの

かなしさぞやとて。袖をかほにをしあてゝぞなきい

 

たり。藤次御産所にかしこまりて申けるは。御さんの

さうを申せとおほせかうふり候間。たゝ今参りて

申候はんすると申ければ。とでものがるまじき事

ならねはとく/\とそいひける。ちかいえ参りて此よし

を申たりければ。あだちの新三郎をめして。藤次が

宿所にしづかゝさんしたり。よりともかかげの馬に

のりてゆき。ゆいのはまにてうしなへと仰られけれ

ば。きよつね御馬給てうち出藤次の宿所に参り

て。ぜんじにむかひてかまくら殿の御つかひに参り

て候。少人はわか君にてわたらせ給ひ候よしきこし

めして。いだきそめ参らせよとの御諚にて候と申

ければ。あはれはかなききよつねかな。さはまことゝ思

 

 

46

ふべきかや。おやをさへうしなへと仰られし。てきの子

ことに男子なればとくうしなへとこそあるらめ。しば

しさいごの出たちせさせんと申されければ。新三郎

いは木ならねばさすがあはれにおもひけるか。心よは

くまちけるが。かくて心よはくてかなふまじとおもひ。

こと/\しく候御出たちも入候まじとて。ぜんじがい

だきたるをうばひとりわきにはさみ。馬に打の

りゆいのはまにはせいてけり。ぜんじかなしみけるは

ながらへてみせ給へと申さはこそひが事ならめ。今一

度いとけなきかほをみせ給へとかなしみければ。御らん

じては中々おもひかさなり給ひなんと。なさけな

きけしきにてかすみをへだてとをざかる。ぜんじは

 

ざうりをだにもはきあへず。うすぎぬもかつかすそ

のこまばかりぐして。はまのかたへぞくだりける。ほりの

藤次もぜんじをとふらひて。あとにつきてぞくだり

ける。しづかもともにしたひけれども。ほりがさいぢよ

申けるは。さんのわかれなりとてさま/\にいさめと

りとゞめければ。出つるつまとのくちにたふれふし

てぞかなしみける。ぜんじははまにたづねむまのあ

とをたづねれども。少人のしがいもなし。こんじやうの

ちぎりこそすくなからめ。むなしきすがたを今一度

見せ給へとかなしみつゝ。なきさをにしへあゆみける所

に。いなせ河のあはにはまさこにたふれて子とも

あまたあそびけるにあふて。馬にのりたるおとこのく

 

 

47

がとなきたる子やすつるととへば。なには見はけ給

はねども。河のみぎはのざいもくの上にこそなげい

れ候つれといひける。藤次が下人おりて見ければ。只

今まではつぼむ花のやうなりつる少人の。いつし

かいまは引かへて。むなしきすがたをたづね出して。い

そのぜんじにみせければ。をしまきたるきぬのいろ

はかはらねども。あとなきすかたとなりはてけるこそ

かなしけれ。もしや/\とはまのすなのあたゝかなる上

に。きぬのつまをうちしきてをきたりけれども。こ

ときれはてゝ見えしかば。とりてかへりてはゝにみ

せてかなしませんも中々つみふかしとおもひて。こゝ

にうづまんとてはまのいさごを手にてほりたれども。

 

こゝもあさましきうし馬のひつめのかよふ所とていたは

しければ。さしもひろきはまなれどもすてをくべき所もな

し。たゞむなしきすかたをいたきて宿所にぞかへりける。

しづか是をうけ取生(しやう)をかへたるものをへだてなく身に

そへてかなしみけり。あいしやうとておやのなげきはこ

とにつみふかき事にて候ものをとて。藤次がはからひ

にて少人の葬送。こさまのかみ殿のためいこんりうせ

られける。せう長しゆいんのひがしにうづみてかへりけり。

かゝる物うきかまくらに一日にてもあるべきやうなし

とて。いそぎみやこへのぼらむとぞ出たちける

 

  しづかわかみや八幡宮へさんけいの事

いそのぜんじ申けるは。少人の事はおもひまうけたる事

 

 

48

なれはさてをきぬ。御身あんをんならはわかみやへ参ら

むとかねての宿願なれば。いかでかたゝはのぼり給ふべ

き。八まんはあらちを五十一日いませ給ふなれば。しやう

じんけつさいしてこそ参り給はめ。そのほどは是にて

日かすを待(まち)給へとて。一日/\ととうりうありけり。さ

ほどにかまくら殿みしまの御社産とぞ聞えける。

八ヶ国のさふらひどももう吸うける。おしやさんの御つれ/

にさま/\の物かたりをぞ申ける。其中に河ごえの太

郎しづかゝ事を申出したりければ。をの/\かやうび

ついでならではいかてか下り給べき。あはれをとにき

こゆるまひを一ばん御覧ぜられざらんは。むねんに候と

申ければ。かまくら殿仰られけるは。しづかは九郎に

 

おもはれて身をくわしよくにするなるうへ。おもふ中を

さまたたげられ。そのかたみにも見るべきなをうしなは

れ。なにのいみしさによりとものまへにてまふへきと

おほせられけれは。人々これはもつともの御諚なりさ

りながらいかゞして見んするぞと申ける。そも/\いか

ほどのまひなればかほどに人々ねんをかけらるゝを

と仰られければ。うちはらまひにをいては日本一にて

候とぞ申ける。かまくら殿こと/\しやいつくにてまひて

日本一とは申けるそ。かぢはら申けるは一とせ百日の日

でりの候けるに。かも河かつら河みなせきれてながれ

ず。つゝいの水もたえて国土のなやみにて候けるに。じ

たいひさしきれいもんひえの山。三井寺。とうだいし。

 

 

49こうぶくじなどのうけんのかうそうきそう百人。

しんせんえんのいけにてにんわうきやうをかうした

てまつらば。八大りうわうもちけんなうじうたれ給

ふべしと申ければ百人のかうそうきそうを請(しやう)じ。仁

王経をかうせられしかども其しるしもなかりけり。又

ある人申けるは。ようかんびれいなるしらびやうしを百

人めして。いん御かうなりてしんぜんえんのいけにてま

はせられば。りうじんなうしゆし給はんといへば。さ

らばとて御幸(かう)有て百人の白拍子をめしてまはせ

られしに。九十九人まひたりしに其しるしもなかりけ

り。しづか一人まひたりとてもりうじんちけんあるべ

きか。ないし所にめされてろくをもきものにて候にと

 

申たりければ。とても人(にん)じゆなればたゝまはせよと

仰くだされければ。しづかゞまひたりけるに。しんむし

やうのきよくといふしらびやうしをなからばかりまひ

たりしに。みこsのだけあたこ山のかたよりくろ雲

にはかに出来(いでき)て。洛中にかゝると見えければ。八大り

うわうなりわたりていなづまひらめきしに。しよ

人めをおどろかし三日のこうずいをながしこくどあん

をんなりしかは。さてこそしづかゝまひにちけんありけ

るとて。日本一と宣旨を給りけると承候しと申けれ

は。鎌倉殿これをきこしめいて扨も一番見たしとぞ

仰られける。誰にかいはせんずると仰られければ。梶原

申けるは、かけときがはからひにてまはせんとぞ申ける。

 

 

50

鎌倉殿いかゞ有へきとぞ仰られける。梶原申けれはわが

てうにすまいせん程の人の。君の仰をいかでかそむき参

らせ候べき。其上すでにしだいにさだまりしを。かげ時

か申てこそなだめ奉りて候しかば。ぜひともまはせ参

らせんずると申ければ。さらばゆきてすかせとおほせ

られけり。かぢはら行ていそのぜんじをよびいだして。か

まくだ殿の御酒(しゆ)けにこそ御わたり候へ。かゝる所に河ごえの

太郎御事を申出され候つるに。あはれをとに聞え給ふ

御舞一番み参らせばやと御きしよくにてそう織る。なにか

くるしく候べき。一ばん御まひさふらひて君にみせ奉

り給へかしと申したりければ。是よししづかにかたりけ

れはあら心うやと斗(はかり)にて。きぬ引かつきて臥(ふし)給ひける。

 

 

51

すべての人のかやうのみちをたてける程の口をしき事はな

かりけり。此道ならんにはかゝる一かたならぬなけきのたえぬ

身に。さちとてうき人の前にてまへなどゝ。たやすくいは

れつるこそやすからね。中々つたへ給ふはゝの心こそうら

めしけれ。さればまはゞまはせんと思召けるかとて。かぢは

らには返事にも及ばず。ぜんじ梶原に此よしをいひけ

れば。相違して帰りけり。御所には今や/\と待給

ひける所にかげ時参りたり。二位殿の御かたよりいかに返

しはと御つかひあり。御諚と申つれ共返事をだにも申

され候はぬと申ければ。かまくら殿ももとより思ひつる

事を。都に帰りてあらん時だいりいんの御所にて。兵衛

の佐のまひまへといはざりけるかと御尋あらん時。梶原を

 

 

53

つかひにてまへと申されしか共。何のいみしさにまひ

候べきとて。ついにまはすと申さば頼朝かかひなき

にゝたり。いかゞ有べき誰にてかいはすべきと仰られけれは。

梶原申けるはくどうさえもんこそ都に候し時も。判官

殿常に御めかけられしものにて候へしにも京わらんべ

にて口きゝにて候。かれに仰付らるべく候はんと申ければ。

すけつねめせとてめされけり。其頃さえもんたうのづし

に候けるを梶原つれてぞ参りける。鎌倉殿仰られ

けるは。梶原もつていはすれ共返事をだにもせず。御

えん行てすかしてまはせよやと仰られければ。かゝる

なんぎの御つかひ哉。御諚にてだにも舞給はぬ人を。

それがし申たればとて舞給はんともおぼえず。かゝる

 

御諚こそ大事なれと思ひわづらひ。いそぎ我やにかへ

りさいぢよに申けるは。かまくら殿よりいみしき大じ

を承てこそ候へ。かぢはらを御つかひにて仰られつるに

だにも。もちい給はぬしづかを。我らに参りてすかしま

はせよと仰かうふりたるこそ、祐経(つけつね)がためには大事に

候へといひければ。女房聞てそれは梶原にもよるべ

からず。さえもんのぜうにもよるべからす。情は人のため

にもあらばこそ。かげ時かい中男にてぎこつなきさ

まのふぜいにて。舞をまひ給へとこそ申つらめ。御身とて

もさこそおはせんずらめ。たゝさま/\のくわしを用意

して。堀殿のもとへ行(ゆき)てとふらひ奉るやうにて。内々

こしらへすかし奉らんに。などかかなばざるべきと。よにや

 

 

53

すげにいひける。祐経がさいぢよと申は。ちばのすけが在

京の時まうけたりし京わらはのむすめ。小松とのゝ御内(みうち)

に冷泉(れいせん)殿の御つぼねとておとなしき人にてそ有け

る。おうち伊藤の次郎に中をたかひて。本領をとらるゝの

みならず。あかぬ中を引わけられて。其本意をとげん

と思ひ。伊豆へ下らんとしけるを。小松殿すけつねになご

りをおしませ給ひて。年こそすこしおとなしけれども。

これを見よとて祐経に見えそめて。たがひの心ざし

深かりけり。治承に小松殿のかくれさせ給ひて後は。頼

むかたなかりければ。祐経にぐそくせられて。東国に下

りけり。年久しくなりたれ共。さすが狂言綺語(ききよ)のたは

づれもいまた忘れざりけれは。すかさんこともやすしとや

 

思ひけん。急ぎ出たり藤次か宿所に行けり。祐経先(まつ)さき

に行ていそのぜんじにいひけるは。此程なにとなく打ま

ぎれ候へばおろかなるとぞおぼしめされ候らん。みしまのや

しろへ御参詣にてわたらせ給ひ候つる程に。これもめ

しぐせられ。日々の御社参にてわたらせ給へは。精進

なくてはかなひがたく候間。打たへ参り候はねば返/\お

それ入て候。祐経がさいぢよも都の者にて候。堀殿のし

ゆく所まて参りて候。それ/\せんじよきゆに申

させ給へと申て。我身は帰るていにもてなして。かたはら

にかくれてぞ候ける。いそのぜんじしつかに此よしをかたれ

ば。さえもんの常にとふらひ給ふだに有かたく思ひ候に。

女房の御出までは思ひもよらす候に。これまての御を

 

 

54

とつれよろこひ入て候とて。我かたをこしらへてそいれ

ける。藤次がさい女もと共にゆきてそもてなしける。人を

すかさんとする事なれは。酒えんはじめていく程もなか

りけるに祐経が女房今やうをぞうたひける。藤次が妻

女もさいばらをぞうたひける。いsのぜんじめつらしからぬこ

となれども。きせんといふ白拍子をそかぞへける。さいはらそ

のこまも主にをとらぬ上手どもなりけれは。ともにうた

ひてあぞひけり。春の夜のおぼろの空に雨ふりて。こと

さらせけんしづかなり。壁に立そふ人もきけ。ひめもす

狂言はちとせの命をのぶるなり。我もうたひてあそば

むとて。別の白拍子をそかぞへける。をんいじゃyもじうつり。

心もことばも及ばれず。さえもんのぜう藤次壁をへだて

 

て是を聞て。あはれうちまかせのざしきならは。などか

すいさんせさるへきとて。心も空にあこがるゝ斗なり。しら

表紙すぎければ。錦の袋に入たるびわ一めん。かうけつの

袋に入たること一ちやう。取出して。ひはをはてのこまふく

ろより取いたして。をあはせて左衛門のぜうの女ばうの

うへにをく。ことをばさいばら取いだしことちたてしづかゞ前

にそ置たりける。管弦過ければ又左衛門の女ばう心有さ

まの物かたりなとせられつゝ。今やいはまじ/\とそ

思ひける。むかしの京をばなんばの京とぞ申けるに。おた

きの郡(こほり)に都を立られじより以来(このかた)。東海道をはるか

に下て。由井のあしかゝより東さかみの国をさかのほり。

ゆいのこしひつめのこはやしつるかをかのふもとに。いまの

 

 

55

八まんをいはひ奉る。かまくら殿にも氏神なれば。判官殿

をなとが守り奉り給はざらむ。和光どうぢんはけち

えんのはじめ。八相じやうだうはりもつのをはり。なに

事か御祈(いのり)の感応なからんや。当国一のふさうにてわた

らせ給へば。ゆふべはさんろうのともがら門前に市をなす。

したには参詣のともがらかたをならべてくびすをつく。

然れは日中にはかなひ候まじ。堀殿のさいぢよわか宮のあ

ん内者にておはしまし候。わらはも此所のこさいのもの

にて候へは。明日まだ夜こめて御参詣候て。おぼしめす

御宿願もとげさせおはしまし。その次(つい)でに御かひなさし

法らくし参らさせ給ひ候なば。かまくら殿と判官(はうがん)殿と

御中もなをらせおはしまし候て。おぼしめすまゝなるべし。

 

奥州にわたらせ給ひ候。判官殿も聞召(きこしめし)つたへさせ給はゝ。

我ためにたんせいをいたし参らせ給ふときこしめしては。

いか斗うれしとこそ思召候はんずれ。たま/\かゝる次でとなら

ではいかてか去(さる)事候べき。りをまげて御参詣候へ餘にみ奉

りてより。いとゞをろかに思ひ参らせず候へは。せめての事に

申候なり。御参詣候はゞ御供申候はんとぞすかしける。しずか

是を聞てけにとや思ひけん。母のぜんじをまねきていかゝ有べ

きといひければ。ぜんじも哀さもあらまほしく思ひけれは。

是は八幡の御託宣にてこそ候へ。是程にふかく思召ける嬉

しさよ。とく/\参らせ給へと云けれは。さらばひるはかなふまじ

とらの時に参りて。たつの時にかたのごとくまひて帰らはや

とぞ申ける。さえもんの女房祐経にはやきかせたくてかく

 

 

56

といはせkれは。祐経かべをへだてゝ聞ことなれは。使の出ぬまに

馬に打のり。急ぎ鎌倉殿へ参りて侍につといれは。君をは

じめ参らせてさふらひ共。いかにや/\と問給へは。とらの時の

参詣たつの時に。御かいなさしとたからかに申たりければ。

鎌倉殿頓御参詣有けり。しづか舞ぬると聞てわか

宮には門前に市をなす。はいでん回廊のまへ雑(ぞう)人とも。え

いやつきをして。ものゝ差別(しやべつ)も聞え候はすと申けれは。小(こ)

舎人(とねり)をめしてはういつにあたり。をひ出せと仰kる。源太承

て御諚ぞといひけれ共用す。小舎人ばらはういつにさ

/\にうつ。男はえぼしを打おとし。法師はkさを打おとさる。

きずをかうふるものあまた有けれ共。是程のけんぶつを

一期(こ)に一度の大事ぞ。疵はつくともいらんずとて。身のな

 

り行すえをしらずしてくゞり入間。中とさうどうする

事おびたゝし。さはらの十郎申けるは。あはれかねてしり

候はゝくわいらうのまん中に、ぶたいをはりて参らせ候

はんするものをと申けり。かまくら殿きこしめしあはれ。

是はたれが申つるぞと御たつね有けれは。さはらの

十郎申て候と申さはらこしつのものなり。もつとも

さるべしやがてしたくして参らせよと仰られけり。

十郎承ていそぎのことなりければ。わかみやしゆりの

ためにつみをかれたるざいもくを一時にはこはせて。たか

さ三じやくにぶたいをはりて。からあやもんしやをもつ

てぞつゝみたる。かまくら殿御感ありける。しづかを待

に日はすでにみの時ばかりになるまでさんけいなし。

 

 

57

いかなるしづかなれば。これほどに人の心うぃつくすらんな

とぞ申ける。はるかに日たけてこしをかきてぞ出来(いてきた)

る。さえもんのぜう藤次が女ばうもろともにうちつ

れて。くわいらうにぞまうでたりける。ぜんじさい

はらそのこま。其日のやくにんなりければ。しづか

つれてくわいらうのぶたいへなをる。さえもんのにう

ばうはおなしすかたなるにうばうたち。三十よ人

ひきぐしてざしきに入ける。しづかはしんぜんにむか

ひて。ねんじゆしてぞいたりける。まついそのぜん

しめつらしからねども。ほうらくのためなれば。さ

はらにつゞみうたせて。すきものゝせうしやと

いふ。しらひやうしをかぞへてぞまふたりける

 

 

58

心もことばも及はれず。さしも聞えぬぜんじか舞だに

も是程におもしろきに。ましてしづかゞ名にしおふたるま

ひなれば。さこそおもしろかるらんとぞ申あひけり。静(しつか)人

のふるまひまくのひきやう。いかさまにもかまくら殿の御

参詣とおぼえたり。祐経が女ばうすかして。かまくら殿の

御まへにてまはするとおぼゆる。あはれ名にともしてけ

ふの舞をまはで帰らはやとぞ。ちくさにあんじいたり

ける。さえもんのぜうをよびて申けるは。けふはかまくら殿

御さんけいとおほえ候。都にてないし所にめされし時は。くら

のかみのぶみつにはやされて舞たりしぞかし。しんぜんえん

のいけの雨ごいの時は。四条のきすはらにはやされて

こそ舞候しが。このたびは御ふしんの身にてめし下され

 

 

59

候しかば。つゞみ打などをもつれても下り候はず。母に

て候人のかたのことくのかいなさしを法らくせられ候はゞ。我

/\は都にのぼり。又舞候はめとて。やがてたつけしきにみえ

見れば。大名小名これをみてけうさめてぞ有ける。かま

くら殿もきこしめして。世間せばき事かなかまくら

てまはせんとしけるに。つゝみ打のなくてついにまはざ

りけりと聞えん事こそはづかしけれ。かぢはら侍ども

の中に鼓うつべき者やある。尋てうたせよと仰られ

けれは。かげ時申けるはさえもんのぜうこそ。小松殿の御時

内のみかくらにめされ候けるに。天上に名をえたるに鼓

の上手にて候なれと申たりければ。さらば祐経うちて

 

まはせよと仰かうふりて申けるは。餘(あまり)久しく仕らで鼓の手

色などこそ。おもふ程に候まじけれとも。御諚にて候へば仕り

てこそ見候はめ。たゞしつゝみ一ちやうにてはかなふまじ。か

ねのやくをめされ候へと申たり。かねはたれか有べきと仰

られければ。ながぬまの五郎こそ候へと申ければ。尋うたせ

よと仰ければ。眼病に身をそんじて出仕を仕らずと申

ければ。さいばらかけ時仕りて見候はゞやと申せば。なんの

うのかぢはらはとひやうしぞとさえもんに御尋あり。なか

ぬかについてはかちはらこそと申たりけれはさては

くすりかるまじとてかねのやくとそ聞えける。さはらの十

郎申けるは時の調子は大事の物にて候に。たれにかねと

りをふかせばやと申せば。かまくら殿たれか笛ふきぬ

 

 

60

べきものや有と仰られければ。わだの小太郎おむすけるは。は

たけ山こどいんの御かんに入し笛にて候へと申ければ。

いかてかはたけ山のけんじんだい一の。いやうのかくたうに

ならんは。かりそめなりともよもいはじと仰られければ。御

諚と申て見候はんとてはたけ玉のさしきへ行けり。畠

山に此子細を御諚にて候と申ければ。畠山きみのみう

ちきりせめたるくどうさえもんつゝみ打て。しげたゝか

笛ふきたらんするは。ぞくしやうたゞしきがくこうに

てぞあらんずらんと打わらひ。仰にしたがひ参らすべ

きよしを申給ひつゝ。三人のがくたうは所々より。思ひ/

に出たち出られけり。さえもんのぜうはこんくずのはかまに

 

とくさ色のすいかんにたてえほし。したんのどう羊の皮に

てはりたるつゞみの。むつのをのしらへをかきあはせて。左

のわきにかひはさみて。はかまのそはたからかにさしは

さみ。上のまつ山回廊の天井にひゞかせ。手いろ打なら

して。残りのがくたうを待かけたり。梶原はこんくずのは

かまに山むと色のすいかんたてえぼし。なんりやうをもつて

つくりたる。こがねのきくがた打たる調拍子(とひやうし)にたくぼく

のおを入て。祐経が右のざしきになをりて。つゞみの手色

にしたがひてすゞ虫などのなくやうにあはせて。はたけ

山を待けり。はたけ山はまくの綻(ほころひ)より。ざしきの体をさしの

ぞきて。別して色々しくも出たゝず。白き大口に白き

ひたゝれに。紫皮の紐つけて折えぼしのかた/\と。きつ

 

 

61

とひきたてゝ。松風と名つけたるかん竹のやうてうを持。

はかまのそばたからかに引あげて。まくさつと引あけつと

出たれば。大の男のおもらかにあゆみなしてふたいにのほ

り。祐経が左のかたにぞいなをりける。名をえたるびなん

なりけれはあはれなりとそ見えける。其年廿三にそな

りける。かまくら殿これを御覧じて。みすの内よりあはれ

がくたうやとぞほめさせ給ひける。時に取てはおくふかし

とそ見えける。しづかこれを見てよくぞじたいしたりけ

る。同じくはまふともかゝるがくたうにてこそまふべけ

れ。心かるくも舞たりせば。いかにかる/\しくあらんとぞ思

ひける。せんじをよひて舞のしやうぞくをぞしたりける。

松にかゝれる藤の花。池のみきはに咲みだれ。うら吹風は

 

山かすみ。はつね床しき時鳥(ほとゝきす)のこえも。折りがほにぞおぼ

えける。しづかゝ其日の装束には。白き小袖一重(かさね)から綾

を上に引重て白きはかまふみしたき。わりびしぬいたる

すいかんに。たけなるかみをたからかにゆいなして。此程のなげ

きにおもやせて。うすげしやうまゆほそやかにつく

りなし。みなくれないの扇をひらき。ほうでんにむかひ

て立たりけり。さすがかまくら殿の御前にての舞な

れば。おもはゆくや思ひけん。舞かねてぞやすらひける。二

位殿は是を御覧じて。こぞの冬四国の波の上にてゆら

れ。よしのゝ雪にまよひ。ことしはかいだうのなか旅にてやせ

おとろへて見えたれ共。しづかを見るに我朝(わかてう)に女有こともし

られたりとぞおほせられける。しづか其日は白拍子はお

 

 

62

ほくしりたれ共。ことに心にそむものなれば。しんむしやう

のきよくといふ白拍子の上手なれは。心もよばぬこは色

にて。はたとあげてそうたひける。上下あとかんずるこえ雲

にもひゝく斗なり。ちかきは聞てかんじけりこえ聞えぬ

も。さこそ有らめとてぞ感じける。しんむしやうのきよく

なから斗かぞへたりける所に。祐経心なしとや思ひけん。すいか

んの袖をはつしてせめをぞうちたりける。しづか君が代

うたひあけたりければ。人々是を聞情なき祐経哉。今一お

りまはせよかしとぞ申ける。せんする所敵の前のまひそ

かし。思ふことをうたはゝやと思ひて。しづかしつ/\のをだま

きくり返し。昔を今になすよしもがな。よしの山みねの

白雪ふみ分(わけ)て。入にし人のあとぞ恋しきとうたひたりけれは。

 

 

63

鎌倉殿みすをさとおろし給ひけり。かまくら殿白拍子

けうさめたるものにて有けるや。今の舞やううたの

うたひやうけしからず。頼朝い中にすみなれしかは聞

しらじとてうたひける。しづのをだまきくり返しとはより

ともが世つれて。九郎が世になれとや。あはれおほけなく

おほえし。人のあとたえにけりとyたひたりけれは。みすを

たからかにあげさせ給ひて。かる/\しくもほめさせ給ふ

物かな。二位殿より御引出物色々給はりしを。判官殿の

御祈りのために。わかみやの別当に参りて。堀の藤次が

女ばうもろ共に打つれてぞかへりける。あくれは都にと

て上り北白河の宿所に帰りてあれども。ものをもは

/\しくみいれずうかりし事のわすれがたけれはとひ

 

 

64

くるものかしとて。たゞおもひ入てぞありける。母の

ぜんじもなくさめかねて。いとゞ思ひふかゝりけり。あけく

れ持仏堂に引こもり経をよみ。仏の御名をとなへて有

けるが。かゝるうき世にながらへても。名にかせんとやおもひ

けん。はゝにもしらせずかみをきりてぞりこぼし。てんり

うじのふもとに草のいほりを引むすび。ぜんじもろ共

にをこなひすましてそ有ける。すがた心人にすぐれたり。

おしかるべき年ぞかし。十九にてさまをかへ次の年の秋

のくれには。おもひやむねにつもりけん。念仏申往生

をぞとげにけり。きく人ていぢよの心ざしをかんしける

とも聞えける

 

義経記巻第六終