仮想空間

趣味の変体仮名

義経記 巻第七

読んだ本 https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1287998

 

 

2

義経記巻第七目録

 はうぐわん北国おちの事

 大津次郎の事

 あらち山の事

 三のくちの関とをり給ふ事

 へいせん寺御けんふつの事

 によいのわたりにて義経を弁慶うち奉る事

 なをえの津にておひさがされし事

 かめわり山にて御さんの事

 判官ひらいづみへ御つきの事

 

 

3

義経記巻第七

  はうくわん北国落(ほっこくおち)の事

文治二年正月のすえになりぬれば。太夫判官は六条

ほり皮に忍びておはしける時もあり。又さがのかたほと

りに忍ひておはしける時も有けるが、都には判官殿の

御ゆへに人々おほく損じければ。義経ゆへ民のわづらひと

なり。人あまた損するなれば。いかなる所にも有ときゝ見ば

やと思はれけれは。今は奥州へ下らばやとて。わかれ/\に

なりける侍共をめされける。十六人は一人も心がはりなくて

そ参りける。奥州へ下らんと思ふに。いづれの道にかゝりて

かよからんずるぞと仰られければをの/\申けれは東海道

こそ名所にて候へ東山道(とうさんたう)は節所(せっしょ)なれば。しぜんの事の

 

 

4

あらんする時はよけて行へきかたもなし。ほくろくだう

はえちぜんの国つるがの津に下りて、ではの国のかた

へゆかんずる舟に。びんせんしてよかるべしとて。みちは

さだめ扨すがたをばいかやうにしてか下るべきと。さま

/\に申ける中にましをの七郎申けるは。御心やすく御

下り有べきにて候はゝ。御しゆつけ候て御下り候へと

申ければ。終にはさこそあらむずらめども。南都くはん

じゆばうの。千度(ちたび)出家せよとけうけせられしをそむ

きて。今身のをき所なきまゝに。出家しけると聞えん

も恥かしければ。此度はいかにもしてさまをもかへす下

らはやとの給ひけれは。かたをか申けるはさらば山ぶしの御

すがたにて御下り候へと申ければ。いざとよそれもいかゞ

 

あらんすらん。都を出し日よりして。ひえ山王越前(えちせんの)国に

気頃(きころ)のやしろへいせんじ。かゝの国しも白山。越中の国に

をきくかみ。出羽国にははぐろ山とて山社(さんしや)おほき所なれは

山ぶしの行あひて一乘ぼだいのみね。しやかのだけの有

さま。八大こんかうどうじの御しんさし。ふじのみね山ふしの礼

義などをとふ時は。誰かきら/\しくこたへてとをるべきと

仰ければ。むさしばう申けるはそれほどの事こそやすく

御入候。君はくらまにおはしましゝかば山ぶしの事はあら/\

御存じ候らん。ひたち房は園城寺(をんしやうし)に候しかは申に及ばず

弁慶はさいたうに候しかは。一乘ぼだいのことあら/\存し

て候へば。などかちんぜで候へき。山ぶしのつとめにはせんぼう

あみた経をだにも。つまびから(詳らか?)によみ候むれば。かんごくる

 

 

5

しくも候まじ。たゞおほしめしたゝせ給へとぞ申ける。そこ山

ふしとゝはんずる時はどこ山ぶしとかいはんずる。えちこの国

なをえの津は。ほくろくだうの中とにて候へは。それより

こなたにてははぐろ山ぶしの。くまのへ参り下向するぞ

と申べき。それよりあなたにては。くま野山ぶしのはぐろ

に参ると申べきと申ければ。はぐろのあんないしりたら

ん者やある。はくろにはどの房にたれかしといふ者ぞと

とはする時はいかゞせんする。弁慶申けれはさいたうに候

し時。はくろの名とておうへのはうに相当しもの申候しは。大

ぐろだうの別当のばうに。あらさぬきと申法しに。弁

慶はちともたがはぬよし申候しかは。弁慶をばあらさうんき

と申候べし。ひたちばうをばこせんだちとして。ちくぜん坊と

 

こそ申ける。判官仰られけるは。もとより法しなれは御辺達は

戒名せず共苦しかるまじ。何そ男の頭巾(ときん)すゞかけおひか

けたらんするが。かた岡或はいせの三郎ましおなどゞいひたらん

するは。にぬことにてあらんするはいかに。さらばみな坊かうをせよ

とて思ひ/\に名をそ付ける。かた岡はきやうの君。いせの三

郎をばせんじの君。くまい太郎は治部の君とぞ申ける。

さて上野(かうつけ)坊かづさ房しもつけ坊などゝ云名をつけてぞよ

ひける。判官殿はことにしる人おはしけれは。あかの付たる白き

小袖二つに。やはず付たるぢしろのかたひらに。くず大口む

ら千鳥をいかりにしたるかきの衣に。ふりたる頭巾めのきは

まてひつかうで。戒名をはやまと坊とぞ申ける思ひ/\の出

立をぞしける。弁慶は大先達にて有けれは。袖みぢかな

 

 

6

るじやうえに。かちんのはゞきにごんつはいて。袴のくゝり

たからかにゆいて。新宮やうの長ときんをぞかけたりける。

岩とをしと云太刀あひちかにさしなして。ほらがいをぞさげた

りける。むさし坊はきさんたと云下部をがうりきになして。か

けさせたるをひのあしにいのめほりたるまさかりに。刃(やいば)八寸

ばかり有けるをぞゆいぞへたる。てんじやうには四尺五寸の

大たちを。まよこさまにぞをきたりける。心つきも出たち

も。あはれ先達やとぞ見えける。惣じてせいは十六人。をひ

十ちやう有。一ちやうのをひにはれいとつこ花瓶くはしや

あかつきこんがうどうじの本尊をいれたりける。一ちやう

のをひにはをらぬえぼし十かしら。ひたゝれ大口などを入たり

ける。残り八ちやうの笈(をひ)には。みな鎧腹巻をぞ入たりける。

 

 

7

かやうに出たち給ふことは。正月のすえ御吉日に二月二

日なり。判官殿の奥州に下らんとて。侍ともをめしてかやう

に出たつといへとも。猶も都に思ひをく事のみおほし。中に

も一條今手河のへんに有し人は。いまだありもやすらん

ぐして下らんだ¥などいひしに。しらせずして下りなば。さこ

そ名こちもふかく候はんすらめ。くるしかるまじくはぐし

て下らばやとの給ひければ。かたをかむさし坊申けるは。

御供申べきものはみなこれへ参り候。いまで河にはたれか

御わたり候やらん。北の御かたの事候やらんと申ければ。

此頃の御身にてはさすがにそよとも仰られかねて。つ

く/\と打あんじ給ひておはしける。弁慶申けるは

事もことにこそ候はんづれ。山臥(やまぶし)のときんすゝかけに

 

 

8

をひかけて。女房をさきにたてたらんずるは。さしもたつ

とき行者にも見え候まじ。又かたきをひかけられん時

時は。女房をしつかにあゆませ奉り。さきにたてたらんは

よかるまじく候と申けるが。思へばいとおした此人は久我(くが)大

臣殿のひめ君。九にてちゝ大臣殿にはをくれ参らせ給

ひぬ。十三にて母きたのかたにをくれ給ひぬ。其後はめの

との十郎ごんのかみより外に頼むかたましまさず。よ

うがんいつくしく御情ふかくわたらせ給ひけれども。十

六の御としはかすかなる御すまいなりしを。いかなる風のたよ

りにか。この君に見えそめられ参らせ給ひしよりこのか

た。君より外に又しる人もわたらせ給はぬぞかし。ちうち

やうの藤は松にはなれてたよりなし。三従(じう)の女はおつとに

 

はなれてちからなし。又奥州へ下り給ひたるとても。な

さけもしらぬあづま女を。みせ奉らんもいたはしく。御心の

中もすいりやうにおぼろけならでは。よも仰られい

ださじ。さらばぐし奉りて下らばやと思ひければ。あは

れ人の御心としては上下の分別は候はず。はつれはか

はるならひの候に。さらはいらせおはしまして事の体

を御覧じて。誠にも降らせおはしますへきにても

候はゞ。ぐそくし参らせ給ひ候へかしと申ければ。判

官よにうれしげにていざゝらはとて。かきの衣の上に

うすきぬかづき給て御出ある。むさしもじやうえにき

ぬかづきして。一条まで河の久我大臣殿のふる御所

へぞおはしましける。あれたる宿のくせなれば軒の

 

 

9

しのぶに露をきて。まがきの梅もにほひあり。かのげんじ

の大将のあれたる宿をたづねつゝ。露わけ入給けるふる

きよしみも。今こど思ひしられける。判官をば中門のち

うにかくし奉りて。弁慶は御つまどのきはに参り。人

や御わたり相当ととひければ。いつくよりとこたふるほり河

の方よりと申ければ。御つまどをあけて見給へば。弁

慶にてぞ有ける。日頃は人づてにこそ聞給ひしに。

あまりの御うれしさに北のかたみすのきはにより給

ひて。人はいづくにぞと問給へば。ほり河にわたらせ給ひ

候が。昨日はみちのくへ御下り候と申せと。仰の候つえうは

日ごろの御やくそくには。いかなる有さまにてこそぐそ

くし参らせ候はんと申ては候へとも。みち/\もさしふ

 

さがれて候なれば。人をさへぐそくし参らせて。うき

めをみせ参らせ候はん事いたはしく思ひ参らせ候へは。

よしつね御さきに下り候て。もしがならへて候はゝ来

年の春の頃はかならす/\御むかひに人を参らせ候べ

し。それまては御心なかくまたせおはしまし候へと申

せとこそ仰られ候つれのモスけれは。此たびだにもぐ

して下り給はぬ人の。なにのゆへにかわざとむかひに

は給はるべき。あはれ下りつれ給はざらんさきに。老少(らうせう)

不定(ふちやう)のならひなればともかくもなりたらは。とても

ののがれさりけるものゆへになとぐして下らざりけんと。後

悔し給候ともかひあらじ。御心ざし有しほとは四国西国

のなみの上までもぐそくせられしぞかし。さればいつしか

 

 

10

かはる心のうらめしさよ。大物のうらとかやより都へか

へされし其後は。思ひたえたることのばを又めぐりきた

る。とかくなくさめ給ひしかは心にはくもうちとけて。二た

ひうきことのはにかゝりぬるこそかなしけれ。申につけ

ていかにぞやとおぼゆれどもしられす。しられてわれ

いかにもなりなは。後世までもけにのこすはつみふか

き事と聞ほどに申候ぞ。過ぬる夏のころより心みだ

れてくるしく候しを。たゞならぬとかや人の申候しが。

月日にそへてゆふべもくるしくなりまされば其かくれ

有まじ。六はらへも聞えて兵衛のすけ殿は情なき

人ときけばとりも下されざらん。北白河のしづかは歌を

うたひまひもまへばこそ一のとがはのがれけれ。われ/\は

 

それにもにべからす。たゝ今うき名をながさん事こそかなし

けれ。何といひても人の心つよきなれは力なしと。打くどき

なみだもせきあへず仰ければ。むさし坊も涙にむせひ

給ひけり。ともしびのあかりにてつねにすみなれ給ひつ

る。御しやうじのひきての本(もと)をみけれは。御手跡とおぼえて

 つらからば我も心のかはれかしなどうき人の恋し

かるらん。とぞあそばされたりけるを。弁慶これをみてい

まだ御事をはしれ参らせさせ給はさりけるとあは

れにて。いそぎ判官にかくと申せば。判官さらばとておは

じて御心みじかの御うらみかな。義経も御むかひに参

りて候へとてつと入給ひちゃりけれは。ゆめの心ちし

てとふにつらさの御涙いとゝせきあへ給はず。判官扨

 

 

11

もよしつねが今のすがたを御覧せられば。日ころの御

心ざしもけうさめてこそおほしめされ給はめ。あらぬす

かたにて候ものをと仰られければ。あらましに聞し御

すかたのさまのかはりたるやらんと仰られけれは。是御

覧じ候へとて上のきぬををしのけ給ひたれば。かきの

衣にこはかま頭巾(ときん)をぞき給ひける。北のかたみならはせ給

はぬ御心には。うとからばおそろしくもおぼえぬへけれ共。

扨我をばいかやうに出たゝせてぐし給べきぞやと仰

られけれは。むさしばう山ぶしの堂々には少人のやうに

こそつくりなし参らせ候はんずれ。ようがんも御つくろ

ひ候はゞくるしくもわたらせ候まじく候。御年(とし)の程も

よきほどに見えさせおはしまし候えばつくろひ申べく候

 

かとゞ御づるまひこそ御大事にて候はんづれ。ほくろく

だうと申は山ぶしのおほき国にて候えば。花のえだな

どをこれ少人(せうじん)へと参らせいはん時は。おのこゞのことばを

ならはせ給ひて。えもんかきつくろひすがたをおとこの

ことくに御ふるまひ候へ。此年月のやうにたをやかに。も

のはづかしき御心つき御ふるまひにては。けんごかなは

せ給ひ候まじく候と申ければ。されは人の御徳になら

はぬふるまひをさへして下らんずるとおもふなり。はや夜

もふくるにとく/\と仰られければ。べんけい御かいしや

くにぞまいりける。いはつきといふかたなをぬきて。し水

をながしたる御ぐしのたけにあまるを。御こしにくらべて

なさけなくもふつときる。すそをばほそくかりなして。

 

 

12

たかくゆいあげて。うすげしやうに御まゆほそくつく

り。御しやうぞくはにほふ色にはなやうをひきかさ

ねて。うら山ぶき一かさねからあやの御小袖。はりまあさ

ぎのかたびらを上にぞきせ奉る。白き大口けんもんし

やのひたゝれをきせ奉り。あやのはゞきにわらんづは

かせ奉り。はかまのくゝりたかくゆい。しらうちでの笠をき

せ奉り。あか木のつかのかたなにだみたるあふぎさしそ

へ。あそばさねどもかんちくやうでうをもち奉る。こん

ぢのにしきのきやうふくろに。ほけきやうの五のまき

をいれてかけさせ奉る。我御身一つだにもくるしかる

べきに。よろづのものを取つけ奉りたれば。しとげなけ

にそ見え給ふ。これやこのわうせうくんが。胡国(ここく)のえ

 

びすにぐせられて下りけん心の中も。さこそと思ひ

しられけれ。かやうに出たちたまひて。よまの御でい

にともし火あまたかきたてゝ。むさしばうをかたはら

にをきてきたのかたをひきたて。御手をとりてあ

なたこなたへあゆませたてまつり。よしつね山ぶしに

にたるや。人はちごににたるぞとおほせける。べんけい

申けるは君はくらまにわたらせ給ひしかば。山ふしに

もなれさせ給ひ候つれば申にをよはす候。北のかた

はいつならはせおはしまさねども。御すがたすこし

もちごにたがはせおはしまし候はず。なに事もかい

りきと申御事にてわたらせ給ひ候けると申

うちにも。あはれをもよほすなんだのしきりに

 

 

13

こぼれけれども。さらぬていにてぞありける。さるほ

どに二月二日まだ夜ふかに。いまで河を出んとした

まふににしのつまどに人のをとしける。いかなるものな

るらんの御覧すれば。きたのかたの御めのと十郎

こんのかみかねふさ。しろきひたゝれにかちんのは

かまきて。しらがまじりのもとゞりひきみだし。

ときんうちきとしより候とも。ぜひとも御と

も申候はんとてまいりたり。きたのかたさいしをば

たれにあづけをきてまいるへきとのたまへは。

さうでんの御しうを。さいしにおもひかへ参らすべき

かと申もあへす。なみだにむせびけり。六十三になり

けるまゝによきたけな。山ぶしにてぞありける。

 

 

14かねふさ涙をゝさへて申けるは。君はせいわ天わうの御

すえ。北のかたはくが殿のひめ君ぞかし。たゞかりそめに

花もみぢの御あそび御ものまうでなりとも。八ようの

御くるまなどこそめさるべきに。はる/\あづまのみちに

かちはだしにて出たち給ふ。御くわほうのほどこそめも

あてられずかなしなみだをながしければ。のこりの山

ぶしどもゝことはりなり。まことによきは神もほとけも

ましまさぬかとて。をの/\じやうえの袖をそしぼりけ

る。御てに手を取くみてあゆませ奉れども。いつかなら

はせ給はねばたゝ一所にぞおはしける。おもしろき事

どもをかたり出して。御心をなくさめ奉りてすゝめ給ひ

けり。また夜ふかにいまで河をば出させ給けれども。八

 

 

15

こえの鳥もしどろになきて。寺/\のかねのこえはや

うちならすほどにあけゝれども。やう/\あはた口ま

で出給ふ。むさしばうかたをかに申けるは。いかゞせんい

ざや北のかたの御あしはやくなし奉るへし。かたをかに

申せといひければ。御前(まへ)に参りて申けるやうは。かや

うに御わたり候はゝみちゆくべしとも存じ候はず。君

は御心しづかに御下り候へ。我らは御さきにくだり候て

ひでひらに御所つくらせて御むかひに参り候は

んと申て。御さきにたちければ。判官の仰にはいか

に人の御なごりおしくおもひ参らせ候へども。これらに

すてられてはかなふまし。都のとをくならぬさき

に。かねふさ御ともしてかへれと仰られて。すてを

 

きてすゝみ給へば。さしもしのび給ひし御人の。御こえ

をたてゝ仰られけるは。今よりのちはみちとをしと

もかなしむまじ。たれにあづけをきていづくへゆけと

てすて給ふぞとて。こえをたてゝかなしみ給へば。む

さし又立かへりてぐそくし奉りける。あはたくちを

すぎてまつざかちかくなりければ。はるのそらのあ

けぼのに。かすみにまがふかりかねの。かすかにすきて

とをりけるをきゝ給ひて。判官かくぞつゝけ給ふ

 みこしぢのやへのしら雲かきわけて。うら山しく

もかへるかりかね。きたのかたもかくぞつゞけ給ふ

 春をだにみすてゝかへるかりかねの。なにのなさけ

にねをばなくらん。ところ/\うち過れば。あふさかのせ

 

 

16

みまるのすみ給ふ。わらやのとこをきて見れは。かき

ねにしのぶまじりのわすれ草。うちまじり。あれたるや

どの事なれば月のkげのみむかしにかはらじと。思ひし

られてあはれなる。軒の忍ぶをとり給ひて奉り給へは

北のかた都にて見しよりも。しのふあはれのうちそ

ひて。いとゞあはれにおぼしめしてかくそつゞけ給ふ

 すみなれし都を出てしのぶ草。をくしらつゆはな

みだなりけり。かくて大津のうらもちかくなり。春の

日のながきに終日(ひねもす)あゆむ/\とし給へ共。せき寺の入

あひのかねけふもくれぬとうちならし。あやしのたみのや

どる程になりぬれは。大津のうらにぞかゝり給ひける

 

  大津次郎の事

 

(コマ17左頁へ)

こゝにうき事そ出きたりたる。天に口なし人をもつ

ていはせよとたがひろうするとしもなけれども。判官

山ぶしになりて其せい十よ人にて。都を出給ふと

聞えしかば。大津の領主山しなのさえもん。えおんじやう

寺(し)のほうしをかたらひて。じやうくわくをかまへてあひ

まつ。されども判官は大津のなぎさに大なるいへあり。

是はしほ津。かいづ。山だ。やばせ。あはづ。松もとに聞えた

る。あき人のむねとの者大津次郎と申者の家なり。

べんけいやどをからせけるは。はぐろ山ぶしのくま野に

年ごもりしてげかうし候。やどをたび候へとからせた

りければ。しゆくつたうならひなれはさうなくやどを

参らせたり。さようちふけてせんぼうあみだ経を同音

 

 

18

にぞよみ給ひける。是そつとめのはじめなる。大津次

郎はさえもんのめしにて城(しやう)にあり。大津の次郎か女物

こしにみ奉りて。あらいつくしの山ぶしちごや。遠国の

道者とはの給へども。衣裳のいつくしさよいかにもたゞ

人にはあらず。たゞし判官度の山ぶしになりて下り

給ふなりに。山ぶし大せいとゞめて城に聞えては身の

ためも大事なり。次郎をよびて此事をしらせて

判官殿にてましまさは。城まで申さずともわたく

しにもうちてもからめても。かまくらとのゝげんざんに

入てくんこうにあづかりたらは。しかるべきと思ひけれは。

城へつかひをつかはして男をよびよせて。一まなる所

へまねきていひけるは。時しもこそおほけれこよひし

 

もわれ/\判官殿にやとをかし参らせて候はいかゞ

せんずる。御へんのしんるいわがきやうだいをあつめ

て。からめばやとそ申ける。おとこ申けれはかべにみゝ。

石にくちといふことあり。判官殿にておはすればと

てなにかくるしかるべき。からめ参らせたればとてく

んこうも有まし。まことの山ふしにわたらせ給ふに

付ては。こんかうどうじのおそれもあり。げに又判

官殿にておはしませはとて。かたじけなくもかまくら

殿お御おとゝにてましませばおそれあり。我思ひかゝ

り奉りてもたやすかるべき事ならす。かしかまし

/\とぞいひける。女これを聞て。ぢたいはおとこはめこに

かい/\しくあたるを本(ほん)とするおとこなり。女の申事

 

 

19

は上つかさの御みゝに入ぬるやある。城(じやう)へいださらば参

りて申さんとて。小袖鳥てうちかけやがてはしり

出て行ける。大津次郎是をみて。きやつをはなしたて

てはあしかりなんとやおもひけん。もんのほかにをひ

つきて。よかれ今にはじめたる事かかぜになびくか

るかや。おとこにしたがふ女とて。ひきふせて心のゆく

/\ぞさやなみける。かの女はきはめたるえせものな

りければ。大路にたふれておめきけるは。大津次郎

はきはめたるひがことのやつにて候ぞ。判官のかたう

とするぞとそ申ける。所のものこれを聞て申ける

は。大つ次郎が女こそれいのえひぐるひして。おとこ

にかたるゝとておめくは。又おほくのほうしのながき

 

ともならんや。たゞはなしあはせてうたせよとてと

りさゆるものなければ。すふ/\うたれてふしにけり。

大津次郎はひたゝれとりてきて御うへに参りて。火

うちけして申けるは。かゝる口おしき事こそ御さ候は

ね。女めがものにくるひ候是きこしめされ候へ。なに共御わ

たり候へこよひは是にてあかさせ給ひて。明日の御なん

をばなにとしてのがれさせ給候へき。是に山科のさえも

んと申人じやうくわくをかまへて判官殿を待申候。急

ぎ御出候へこれに小舟を一そう持て候にめされ候て。

客僧達の御中に舟に心えさせ給ひて候はゞ。急ぎ

御出候へと猛矣ける。弁慶猛矣けるは身にあやまりたる事は

候はね共。さやうに所にわづらひ候はんずるには。とりをか

 

 

20

れて候ては日かずものび候はんず。さ候はゝいとまを申と

て出給ひければ。舟をばかいづのうらにめしすてゝ。とく

あらちの山をこえてrちぜんの国へ入せ給へと申ける。

判官出させ給へは大津次郎もふなつに参り。御ふねを

こしらへてそ参らせける。かくて大津次郎山しなさえも

んのもとにはしり帰りて申けるは。かいづのうらにおとゝ

にて候おのちうようにあひて。きずをかうふりて候

と承て候あひだ。いとま申て別のころ候はすばやかてこそ

参り候はんと申ければ。それほどの大事はとく/\

とぞ申ける。大津次郎家に帰りて太刀とつてわき

にはさみて。矢かきおひ弓をしはり。御舟にをどり

入て御とも申候はんとて。大津のうらをはをしいだす。

 

 

21

せたのかは風はげしくて。舟にほをあげたりける大津

次郎申けるは。こなたはあはづ大わうのたて給ふいしの

たうさん。こゝに見え候はからさきの松。あれはひえい

さんと申山王の御ほうでんをかへりみ給へば。其ゆく

さきはちくぶしまと申ておがませ奉る。風にまかせて

ゆく程に夜半ばかりににしあふみ。いづくともしらぬう

らをすぎゆくほどに。いそなみの聞えければこゝはいづ

くぞととひ給へば。あふみの国かたゝの浦とぞ申ける。北

のかたこれをきこしめしてかくぞつゝけ給ひける

 しきかふすいさはのみつのつもりいて。かたゝのなみ

のうつぞやさしき。しらひげの明神をよそにておがみ

奉り。みかはの入道じやくせうか

 

 

22

 うつらなくまのゝ入えのうら風に。おはななみよる

秋の夕くれ。と云けんふるき心も今こそおもひしられけ

れ。いまづのうらをこぎ過て。かいづの浦につきにける。

十よ人の人々をあげ奉りて。大津次郎は御いとま申な

り。こゝにふしぎなることありみなみより北へふきつる風

の。今又北より南へふきける判官仰られけるは。きやつはお

なしつきものながらも情あるものかな。しらせはやと

おぼしめしむさしばうをめして。しらせて下らば後聞て

あはれとも思ふべし。しらせばやとのたまへは。弁慶大津

次郎をまねきてわきみなればしらするぞ。君にてわた

らせ給ふなり。道にてともかくもならせ給はゞ。しそんのまも

りともせよとて。おひの中よりもえぎのはらまきに。

 

こぶくりんのたちを取そへてぞたひにける。大津次郎是

を給ていつまでも御とも申たく候へ共。中々君の御

ためあしく候はんづればいとま申て。いつくにもきみの

わたらせおはしまさん所を承りて。参りて見参ら

せ候はんとて帰りけり。下(け)らうなれども情ありてぞ

おぼえける。大津二郎は家に帰りて見けれは。女はをとゝい

のはらをすへかねていまだふしてぞいたりける。大津次郎

やこせ/\といひけれどもをともせず。あはれわ女はせん

なき事を思ふなり。山ふしとゞめて判官殿とこうしてr

すでにうきめを見んとせしよな。舟によせてかいづ

のうらまでをくりふなちんなとゝせめければ。ほうもな

く物をいひつるあひだ。にくさにかなぐりとりたる物をみよ

 

 

23

とて。太刀とはらまきとを取出してかはとをきけれは。ね

みだれがみのひまより。おそろしげなるまなこしはたゝき。

さすがに今は心ち取なをしたるけしきにて。それも

わらはがとくにてこそあれとて。大えみにえみたるつ

らを見れば。あまりにうとましくぞありける。おとこ

いふとも女の身にてはいかゝなどせいしこそすべきに。お

もひたちぬるこそおそろしけれ

 

  あらち山の事

判官はかいづのうらを立給ひて。あふみの国とえちせん

のさかいなる。あらちの山へぞかゝり給ふ。をとゝい都を出給

て大津のうらにつききのふは。御舟にめされ舟心にぞ

むし給てあゆみ給ふべきやうぞなき。あらちの山と申

 

は人跡(じんせき)たえて古木(こほく)たてかれ。がんせきがゝとしてみち

すなをならぬ山なれば。いわかどをそばだてゝ木のねは

まくらをならべたり。いつふみならはせ給はねばさうの

御あしよりなかるゝちは。くれないをそゝぐかごとく

にて。あらちの山のいわかとそめぬ所ぞなかりける。少

/\の事こそかきのころもにもおそれけれ。見奉る

山ぶしどもあまりの御いたはしさに。時々かはり/\

ぞおもひ奉りける。かくて山ふかくわけ入給ふほどに日

もすてにくれにけり。みちのほとり二町はかりわけ

入て。大木のもとにしきがはをしき。おひをそばた

てゝ北のかたをやすめ奉る。北のかたおそろしの山や是

をはなに山といふやらんとゝい給へば。はうぐわんこれ

 

 

24

はむかしはあらしいの山と申けるが。当時はあらちの

山と申とおほせければ。おもしろやむかしはあらしい

の山といひけるを。なにとてあらちの山とはなつけゝ

んとのたまへば。この山はあまりがんぜきにて候ほ

とに。あづまより都にのぼり京よりあづまに下

るものゝ。あしをふみそんじてちをながすあひだあ

らちの山とは申けるなりとの給へば。むさしばう是

を聞て是ほどあとかたなき事をおほせ候御事は

候はず。人のあしよりちをふみたらせばとてあら

ちの山と申候はんいは。日本国のかんぜきならん山の

あらちの山ならぬことは候はじと。このやまのしさい

はへんけいこそよくしりて候へと申ければ。

 

 

25

判官聞給てそれ程知(しり)たらばしらぬ義経にはせんより

もなどとくよりは申さぬぞと仰ければ。弁慶申候はん

する所を君のさへぎりておほせ候へは。いかてか弁慶申

べき。此山をあらちの山と申事はかゞの国にしも白(しら)山

と申に。女体こうのりうぐうの宮とておはしましける

が。しがの都にしてからさきの明神に見えそめられ参ら

せ給て。年月をゝくり給ひける程に。くわいにんすでに

其月ちかくなり給ひしかば。おなじくは我国にて誕生

あるべしとて。かゞの国へ下り給ひけるほとに。此山のせ

んぢやうにてにはかに御はらの気つき給ひけるを。明

神御さんちかづきたるにこそとて。御腰をいだき参ら

せ給ひたりければ。すなはち御さんなりてげり。其時

 

 

29

さんのあらちをこほさせ給ひけるによりて。あらちの

山とは申候へ。さてこそあらしいの山。あらちの山のいわ

れしられ候へと申ければ。判官よしつねもかくこそし

りたりとてわらひ給ひけり

 

  三の口の関とをり給ふ事

夜(よ)もすでにあけゝればあらちの山を出て。えちぜんの

国へ入給ふ。あらちの山の北のこしに。わかさへかよふ道あ

り。のうみ山に行みちもあり。そこを三の口とぞ申ける。

えちせんの国の十人するがの兵衛。かゝの国の十人井上

さえもん両人承て。あらちの山の関屋をこしらへて。よ

る三百人ひる三百人の関もりをすへて。関屋のまへに

らんぐいをうちて。色もしろくむかばのそりなどした

 

る者をばみちをもすぐにやらす。判官殿とてから

めをきてきうもんしてそひしめきける。みち行(ゆく)人の

判官殿を見奉りては。此山ぶしたちも此なんをばよ

ものがれ給はじとぞ申ける。きくに付てもいとゞ行さ

きもものうくおぼしめしける所に。えちぜんのかたより

あさきひたゝれきたる男の。たてふみもちていそがは

しげにてそ行あひける。判官殿是をみ給ひてなにと

もきやつはしさい有てとをるやつにてあるぞと

の給ひける。かたのはにてかほかくしてとをさんとし

給ふ所に。十よ人の中を分(わけ)入て。判官の御まへにひさ

まづきて。かゝることこそ候はね君はいづくへとて御

下り候ぞと申ければ。かたをか申けるは君とはたそ。此

 

 

27

中になんぢに君とかしづかるべきものこそおほえね

といひければ。むさしばうこれを聞てきやうのきみの

ことか。せんしの君の事かといひければ。かのおとこなに

しにかくは仰候そ。君をばみしり参らせて候間か

くは申候ぞ。是はえちこの国の十人うへたさえもんと申

人の内に候しが。平家ついたうの時も御とも仕りて候

し間見しり奉り候。だんのうらの合戦の時。えちぜん

とのとかゞ三が国の。人数(にんしゆ)着到つれ給ひしむさし坊

と見奉るはひが事かと申せば。いかに口きゝたるべん

かいもちからなくてふしめになりにけり。せんなき御事

かな此みちのすえには君を待参らせ候ものを。たゞ

これより御かへり候へかし。此山のたうげよりひがしへむかふ

 

て。のうみこえにかゝりてひうちがじやうへ出て。えちぜん

の国こうにかゝりてへいせんしを拝み給ひて。くまさか

へ出てすかうの宮をよそに見て。かなつのうは野へ

出てしのはらあたかのわたりをせさせ給ひて。ねあがり

の松をながめて。しら山のごんげんをよそにてらいし給

ひ。かゝの国宮のこしに出て大のゝわたりし給ひて。あを

がさきのはしをこえてたけのくりから山をへて。くろ

さかぐらのふもとをこいしゃうにかゝりて。六どうじの

わたりしてなごのはやしをながめて。いはせのわたり四

十八かせをこえ。みやさきのこほりをいちふりにかゝりて。

かんばらながいしかと申なん所(しよ)をへて。のかみの山を

よそにふし拝み給て。えちごの国こうに着(つき)なを

 

 

28

えの津より舟にめして。よな山をおきがけに。三十三里

のかりやはまかづかしらさきをこぎすきて。寺おとま

りに舟をつけくりみやいしを拝みて。九十九里のはまに

かゝりてのつたり。かんばら八十里のはま。せなみあらかは。

いはふねといふ所に着て。すとうとみちはゆきしろみ

つに山河まさりてかなふまじ。いはひかさきにかゝりて。

おちむつやなかざかねんじゆのせき。大いづみのじやう大

ほんじをとをらせ給ひて。はぐろのごんげんをふし拝み

参らせ。きよ河と云所に着て。すきのをか舟にさほ

さしてあいかはの津につかせ給て。みちは又二つ候も

かみのこほりにかゝりて。いなのせきをこえてみやきの

の原つゝじのをか。ちかのしほがめ松しまと申名所/\

 

見給ひては三日よこみちにて候。かなよりのぢざう

堂かめわり山をこえては。むかしではのぐんじかむす

め。をのゝ小町と申者のすみ候ける玉つくりむろのさと

と申所。またこまちがせき寺に候ける時。なりひらの中

将あづまへ下り給ひけるに。いもとのあねはがもとへふみ

かきてことつてしに。中将下り給ひてあねはを尋給

へは。むなしくなりて年久しく成ぬと申せば。あねは

がしるしはなきかと仰られkれば。ある人はかにうへたる松

をこそあねはの様とは候へと申けれは。中将あねはが

はかに行て。松ノ下にふみを埋(うづ)めてよみ給ひけるうた

 くり原やあねはの松の人ならば。都のつとにいさとい

はましものを。とよみ給ひけるめい木(ぼく)を御覧じては。

 

 

29

まつ山一つだにもこえつれ。ひでひらがたちはちかく候。り

にまげて此道にかゝらせ給ふべしと申ければ。判官

是を聞給て。是はたゞものにてはなし。八幡の御はか

らひとおぼゆるそ。いざや此みちにかゝりてゆかんと仰

られければ。弁慶申けるはかゝらせ給ふべき。わざと

うきめを御覧ぜんとおぼしめさればかゝらせ給ふべ

し。きやつは君をみしり参らせ候にをいては。うたがひ

もなきつくり事をして。君をたばかり参らせんとこ

そするとおぼえ候。さきへやりてもあとへかへしても

よき事は有まじと申けれは。よきやうにはからへと

ぞ仰られける。むさしばう立そひてどの山をとのは

さまにかゝりてゆかんずるぞととふやうにもてなし。弓(ゆん)

 

手のかいなをさしのべて。たてくびをつかみさかさまにと

つてふせ。こはむねをむまへてかたなをぬきて心もとにさ

しあてゝ。をのれ有のまゝに申せとせめけれは。ふるひふ

るい申けるはまことには上田さえもんが内に候しか恨

むること候て。かゞの国井上左衛門が内に候しを。見しり

参らせて候と申て候へば。まかりむかひ参らせてす

かし参らせ候へと仰られ候へ共。いかでか君をばをろかに

存じ参らすべきと申ければ。それこそをのれか後事(ごじ)

よとてまん中二刀(かたな)さしつらぬき。くびかきはなし雪の

中にふみこみて。さらぬていにてそとをり給ふ。井上が

下人平三郎と云男にてぞ有ける。あまりに下らう

の口聞たるはかへつて身をはむとは是なり。扨十よ人

 

 

30

の人々とてもかくてもとうちふてゝ。せきやをさしてそ

おはしける。十町ばかりちかづきてせいを二手にわけた

りけり。はうくわん殿の御供には。むさし坊。かたをか。いせの三

郎。ひたち坊。是をはじめとして七人。今一手には北のかた

の御供して十郎権のかみ。ねのを。くま井。かめ井。するが。

きさんだ。御ともにて其あい五町ばかりへだてける。さき

のせいは木戸口に行むかひたりければ。関もり是をみて

すはやといふこそ久しけれ。百人ばかり七人を中に取こ

めて。是こそ判官殿よと申ければ。つなぎをかれたるも

の共ゆくえもしらぬわれらにうきめを見せ給ふ。これこ

そ判官の正しんよとおめきければ。身の毛もよだつばか

りなり。判官すゝみ出て仰られけるは。そも/\はぐろ

 

山ぶしのなき事をして候へば。これほどにさうとうせら

れ候やらんとの給へば。なんでうはぐろ山ぶし九郎判官

殿にてこそおはしませお申ければ。此関屋の大将軍は

誰殿と申ぞととひ給へば。当国の十人つるがの兵衛。かゞ

の国の井上左衛門と申人にて候へ。兵衛はけさ下り候ぬ

井上は金津におはすると申ければ。主もおはせざら

ん所にてはくろ山ふしに手かけて。主にわざはいかく

る。其義ならば此おひの中にはぐろのごんげんの御

正体くわんをんのおはしますに。此関やを御むろ殿とさ

だめて八重(へ)のしめをひきて。御さかきをふれとぞ仰られ

ける。せき守(もり)ども申けるはげにも判官にておはしまさ

ずは其やうをこそ仰らるべく候に。主にわざはいをかく

 

 

31

べからんやうはいかにそととがめける。弁慶是を聞てか

たのごとく先達候はんする上は。山ほうし原が申事を

御とがめ候てはせんなし。やあやまと坊そこのき候へとぞ

申ける。いはれてせきやのえんにい給へる。是こそ判官に

ておはしましけれ弁慶申けるは。是ははぐろ山のさぬき

坊と申山ぶしにて候が。くま野に参りて年こもり

して下向申候。九郎判官殿とかやをは。みのゝ国とやら

んをはりの国とやらんよりいけとりて。都へ上るとやらん

承候しが。はぐろ山ぶしか判官といはるべきやうこそなけ

れと云けれども。なにとちんじ給へ共弓に矢をはげ

太刀長刀のさやをはづしてそいたりける。あとの人々も

七人つれてぞ来りける。いとゞせき守共さればこそと

 

て大せいの中に取こめて。たゞ打ころせとぞおめきけれは。

北のかたきえ入心ちし給けり。あるせき守申けるはしばらく

しづまり給へ。判官ならぬ山ふしよろしく後の大事なり。関

手をこうで見よ昔より今に至るまで。はぐろ山臥の渡(わたし)

ちん関手なすことはまきぞ。判官ならば子細をしらずして

関手をなしてとをらんと急ぐべし。げんの山伏ならはよも

関直(せきて)をばなさじと。これをもつてしるべきとて。さか/\

しげなる男すゝみ出て申けるは。所詮山臥なりとても五

人三人こそあらめ。十六七人の人々にいかでか関手をとら

では有べき。関手なしてとをり給へ。かまくら殿の御教書

にもかうけをつけをきらはず。関手とつて関守共の

兵粮米にせよと候間。関手を給候はんとぞ申ける。弁

 

 

32

慶いひけるは。事あたらしき事を承候ものかな。いつならひ

にはぐろ山臥のせき手なすほうや有。例なき事はかなふま

じきと云ければ。せき守共是を聞て判官にてはおはぬ

と云も有。あるひは判官んなれども世にこえたる人にておは

しませば。むさし坊なとゝいふものこそかやうにはちんずら

めなど申。又あるもの出て申けるはさ候はゝ関東へ人をま

いらせて。左右(さう)を承り候はんほど是にとゝめ奉り候はんと

申ければ。弁慶これはこんがうどうしの御はからひにてこ

そ。関東の御つかひ上下のほどせきやの兵粮米にて道

せんくはで御きたう申て。心やすくしばらくやすみて

下るべしとて。ちつともさはがす十ちやうのをひをば関屋の

内にとりいて。十よ人の人々むら/\と内に入てつくとし

 

てそいたる。猶も関守あやしく思ひけり。弁慶関守にむ

かつてとはずがたりをぞしいたる。此少人はではの国のさか

たの次郎殿と申人の君(きん)だち。はぐろ山にてこんわう殿と

申少人なり。くま野にて年こもりして都にて日数(ひかず)をへ

て。北陸道(ごくろくたう)の雪消てやまが/\につたひて。あはの斎料(ときれう)な

ど尋てさいしきなとなりとも取て下るへく候つるに。餘(あまり)に

此少人故郷(ふるさと)の事をのみ仰られ候間。いまだ雪も消候はね共

此道に思ひ立候て。いかゞせんと歎き候つるに是にてしば

らく日数をへ候はん事こそうれしく候へと。物語などしてわ

らんつをぬぎてせんそくし。思ひ/\にねぬおきぬなどし

たりかほに振るまいければ。関守共是は判官にてはおはせ

ぬけなり。たゞとをせやとて関の戸をひらきたれ共。いそが

 

 

33

ぬ体にて一度には出すして。一人づゝ二人つゝしづかに立や

すらひ/\ぞ出給ふ。ひたち坊は人よりさきに出たりけるが

跡をかへりみければ判官とむさし房といまだ関のえんにぞ

い給へけり。弁慶申けれは関手御めん候上。判官にてはなしと

いふ仰かうふり候ぬ。かた/\もつてよろこび入て候へ度も。此二

三日少人に物参らせ候はす候へは。心くるしく候関屋の兵

粮米すこし給候て。少人に参らせてとをり候はや。かつう

は御きとうかつうは御情にてこそ候へと云けれは。関守

共物もおぼえぬ山臥かな。判官かと申せば口こはに返事し給

ふ。又斎料こい給ふ事はいかゞと申ければ。長敷物まことは

御きたうにてこそあれ。それ参らせよと云けれは。か

らひつのふたにはくまい一ふさいれてまいらせける

 

 

34

弁慶是を取てやまと房これをとれといひければ。かた

はらよりさし出てうけ取給ひけり。弁慶なげしの↑んい

ついいてこしなるほらかい取いだしおひたゝしく吹ならし。

くひにかけたる大いらたかのしゆずとつてをしもみて。た

つとげにぞ祈りける。日本第一大れうごんげんくまのは

三所ごんげん大みね八大こんこうどうじかつらきは十万

のまん山のこほうじん。ならは七堂の大がらん。はせは十一

めんくわんをん。いなり。ぎおん。かも。かすが大明神。ひえい

さんわう七社のみやねかはくは判官此みちにかけ参ら

せて。あらちのせき守のてにかけてとゝめさせ奉り。なを

後代にあげてくんこうだいくわいならば。はぐろ山のさ

ぬきはうがけんとくの程をみせ給へと祈りける。関守

 

 

35とも是をちやもんし。さもたのもしげにそ思ひける。

心中には八まん大ぼさつねかはくはをくりこうむかひ

こうとなりて。奥州までさうなくとゝけ奉り給へと

祈りける心の中こそあはれなる。祈りとはおぼゆれ。夢に

みちゆく心ちしてあらちの関をもとえおり給ふ。其日は

つるがの津に下りて。せいたいぼさつの御前にて一

夜御つや有て。出羽へ下る舟をたづね給へともいまだ

二月のはしめのことなれば。かぜはげしくて行かよふ舟もな

かりけり。ちからをよばす夜をあかしてきのらといふ山

をこえて。日かずもふればえちせんの国のこうにそ

着給ふ。それにて三日御とうりう有けり

 

  へいせんし御見物の事

 

横道(わうたう)なれ共いさや当国に聞えたるへいせん寺(じ)をおがま

んと仰ける。をの/\心えずおもひけれども仰なれば。さ

らはとて閉栓寺へぞかゝられける。その日は雨ふりかせ

吹(ふき)て。せけんもいとゞものうく夢にたどる心ちして。へい

せんじのくわんをん堂にぞ着給ふ。大衆とも是を聞て

長吏(り)のもとにぞつげたりける。政所(まんどころ)のせいをもよほして

寺中(じちう)と一統になりてせんぎしけるは。当時関東は山

づしきんぜいにて候に此山ぶしはたゞ人とも見えす。判

官は大津さかもとあらちの玉をもとをられて候なりよせ

て見はや。いかさまにも是は判官にておはするとおぼ

えそうろうとせんぎす。尤とて大しゆ出たつ。かのへいせんじ

と申は山門のまつ寺(じ)なり。されば衆徒の規則も山上

 

 

36

にをとらず。大しゆ二百人政所のせいもひたかぶとにて。

夜半ばかりにくわんをん堂にぞをしかけたる。十よ人は

東のらうかにそいたりける。判官と北のかたは西のらう

かにおはしたっる。弁慶参りて今はこそとおぼえ候。是

はよの所にはにべくも候はすいかゞ御はからひ候。さりばがら

かなはざるまては弁慶ちんじて見候はん間かなふ

ましげに候はゞ。太刀を抜にくいやつbゔぁらなと申てとん

でおり候はゝ。きみは御じかい候へとぞ申て出ける。大衆

にもんだうのあひだ。にくいやつはらといふこえすると

みゝをたてゝぞ聞給ふこゝろぼそくぞ有ける。しゆと

申けるはそも/\是はどこ山ぶしにて候そ。うちま

かせてはとゞまらぬ所にて候にと申ければ。弁慶申

 

けるは。ではの国はぐろ山の山ぶしにて候。はぐろにはたれ

と申人ぞ。大こくたうの別当にさぬきのあじやりと申

者にて候とこたへけり。少人をばたれと申候ぞ。さかたの

次郎殿と申人の御子(し)そくこんわう殿とて。はぐろ山

にはかくれなき少人にて候ぞと云ければ。しゆとこれ

を聞て此ものともは判官にてはなきものそ。はうく

わんにておはしまさんには。いかでか是ほとにはぐろの

あんないをばしり給ふべき。こんわうと申ははぐろには

めいよのちこにて候なるそ。長吏事を聞てざしきに

いなをりてむさしばうをよびて。せんだちの房(はう)に申

へき事候といへば。べんけいも長吏にひざをくみかけ

てぞいたりける。長吏申されけるは少人のこと承

 

 

37

候こそ。心もことばもをよばすおはしまし候なれ。がく

もんのせいはいかやうにおはしまし候ぞといひけれ

は。がくもんにをひてははくろ山にはならひもおはし

まし候はず。申につけては過言にては候へどもよ

うかんにをいては。山三井寺にもおはしまし候べき

とほめたりけり。がくもんのみにも候hがずやうてう

にをいては。日本一とも申べしと云けれは。長吏の

でしにいづみみまさかと申けるほうしは。きはめ

てあんふかき寺中一のえせものなり。長吏に申け

るは女ならばこそびわひく事はつねの事にて

候。これは女ぞとうたがふ所にふえの上手と申こそあ

やしく候へ。げにちこがふえをふかせて見候はんと申

 

ちやうりげにもとて。あはれさ候はゞをとにきこえさせ

給ふ御ふえをうけたまはり候て。世のすえのものがた

りにもつたへ候ばやとぞ申されける。べんけい是を

聞てやすきことやと返じはしたれども。両眼ま

つくらになるやうすぞおぼえける。さてしもあるべ

きことならねば。其やうを少人に申候はんとてにし

のらうかに参りてかゝる事こそ候はね。ありても

あらぬ事を申て候ほどに。御ふえあそばさせ参らせ

てうけたまはるべきよし申候。いかゞつかまつるべく

候と申ければ。さりとてはふかずともいで給へとお

ほせられければ。あらこゝろうやとてきぬひきかづきふ

し給ふ。しゆともしきりに少人の御出をそく候と申

 

 

38

せば。べんけいたゝ今/\とこたへていたりけり。い

づみと申ほうしいひけるは。さすがにわかてうには

くま野はぐろとて大ところにて候ぞかし。それに

さうなくめいよのちごをへいせんじにてよひ出し

て。さん/\に嘲弄したりけると聞えん事。この寺

のはぢにあらずや。少人を出したてまつりもてな

すやうにて。そのついでにふかせたらんはくるし

からじと申けれは。もつともしかるべしとてちやう

りのもとに。ねんいち。みたわとてめいよのちごあり。

はなおりて出たゝせわか大しゆのかたくびにのりて

そ来りける。正めんのざしきちやうり。ひがしはまんど

ころ。にしは山ふし。ほんぞんをうしろにしたてまつり

 

てぶつだんのきはにみなみへむけて少人のざしきをぞ

したりける。二人のちござしきになをりければ。へんけい

参りて御出候へと申ければ。北のかたたゞやみにま

よひたる心ちして出たち給ふ。きのふの雨にしほれた

るけんもんしやのひたゝれに。したにはしろきなへ色

のきぬをめしたりけれは。猶もうつくしくぞ見え給

ひける。御ぐし尋常にゆいなして。あかぎのつかのかたな

にたみたるあふぎさしそへて。御手にやうでう持(もち)て

御出有。御ともには八十郎ごんのかみかたをかいせの三郎。

判官殿はことにちかくぞおはしける。しぜんの事あら

ば人手にはかくまじきものをとぞおぼしめしける。

正めんに出給へばことに其ときは火をたかくかゝげ

 

 

39

たり。北のかたあふき取なをしえもんかきつくろひさ

しきになをり給ふ。今まではかたくるはしき所も

おはしまさず。むさしばう心やすくおもひけり。なに

ともあれしそんするほどならば。さしちがへていかにもな

らめとおもひければ。ちやうりにひざをきしりてそ

いたりける。弁慶申けるはことば候はぬ事ふえにお

いては日本一ぞかし。たゞし子細一候此少人はぐろ

におはしまし候時も。あけくれふえにのみ心をいれ

て。がくもんの御心もそら/\に御わたり候し程に。

こぞの8月にはぐろを出し時。師の御坊今度の道

中上下向(かう)

のあひだ。ふえをふかしといふちかことをな

し給へとて。ごんげんの御前にてかねをうたせ奉り

 

て候へば。少人の笛をば御めん候へかし。是にやまと房と

申山ぶしの候がふえの上手にて候。つねに少人もこれ

にこそ御ならひ候へ御だいくわんに是を参らせ候はゞや

と申ければ。ちやうり是を聞てかんじゆ申けるは。あ

はれ人のおやの子をおもふみちあり。師匠のでしを思ふ

心さしこれなり。いかでか御いたはしくそれほどの御ちか

ひをば是にてやぶり参らせ候べき。とく/\j御だい

くわんにても候へと申ければ。むさし坊あまりうれし

さにこしをゝさへそらへむかひてためいきついてぞい

たりける。さう/\参りてやまと房御だいくわんにふ

えを仕れといはれて。判官仏たんのかげのほのくらき所

より出給ひて。少人のすえ座にぞい給ひける。大しゆ

 

 

40

さらばくわんげんのぐそく参らせよと申ければ。長

りのもとよりくさきのこうのこと一ちやう。にしきの

袋に入たるびわ一めん取よせ。ことをば御まれ人にと

て北のかたに参らせける。びばをばねんいちとのゝまへに

をき。笙(しやう)のふえはみたわどのゝ前にをき。やうでうは

判官の御まへにをき。かくて管弦ひときれありけれ

ばおもしろしとも云もをえおかなり。唯今まではかせん

のみちにてあるべかりつるに。いかなる仏神の御なうじゆ

にてやふしぎにぞおぼえし。衆徒も是を見てあ

はれ笛のねやねんいちみたわ殿をこそよき児(ちご)とあ

りがたく思ひつるに。今此児と見くらふれば同し口に

も云べくもなしなどゝ。わか大衆殿口/\にぞさゝやきける。

 

 

41

長り寺中にかへりさよふけて。長りのもとよりや

う/\にくわしつみなどしてへいしそへて。くわんをん

堂にをくりけり。みな人々つかれのぞみければいざやさ

けのまんとてとり/\に申けるを。むさし坊あはれせん

なきとのばらかな。ほしさのまゝにとれものまんする

ほどに。程なく酒けには本性をたゞすものなれば。し

ばらく少人に参らせよ。せんたちの御坊さやうの君

などゝ云とも。後はあぢきなきしやばせかいのならひ。北

の方に今一つ申せくまいやかたをか思ひざしせん。いせ

の三郎もちてこよ。いでのまん弁慶などゝいはんほと

に。やれ野のきゞすのかしらをかくしておをいだした

るやうなるべし。さけは上下向の間だんしゆにて候

 

 

42

とて長りのもとへぞ返しける。けうなる山ぶしたちに

て有けるよとて。いそぎそうせんしたて御(み)だうへをく

りけり。をの/\そうせんしたゝめて夜もあけぼのに成

ければ。今夜(こよい)のせんぼうをぞよみける。いせの三郎をつ

かひにて長りにいとまをぞこはれける。心ある大衆た

ちからにてむら/\きえのこる雪をふみわけて。二

三町ぞをくりける。おそろしくおもはれしへいせん

しをも。わきの口のがれたる爰とちしてあしばやにとをら

れける。かくてすこうの宮を拝みてかな津のそは野

に付給ふ。からひつあまたかゝせてひき馬其かずあり。

ゆゝしけなる大名五十きばかりにあふたりける。これは

いかなる人ぞととひければ。かゝの国井上さえもんと申

 

人なり。あらち山の関へ行ぞと申ける判官是をきゝ

給ひ。あはれのかれんとすれ共のがれぬものかな。今は

かくぞとの給ひてかたなのつかに手を打かけ給ひて。北

のかたのうしろにうしろをさしあはせて。かさのはにて

かほをかくしてとをさんとし給ふ所に。折ふし風はげ

しく吹たりけり。かさのはをふきあげたりければ井

上一め見参らせて。判官と御めを見あはせ奉り。馬

よりとんでをり大道にかしこまつて申けるは。かゝる

事こそ候はねとちうにて参りあひ参らせ候こう

むえんに存じ候へ。さふらふ所は井上と申て程とを

き所にて候間。あなたへとも申さず候。山ぶしのしき

たいはおそれにて候とく/\と申て。我身馬ひき

 

 

43

よせてさうなくものらずはるかにをくり奉り。御う

しろとをざかるほどにもならぬれば。をの/\馬にそ

のりたりける。判官はあまりの事に行もystsfr.ぢ

きりに見かあへり給ひつゝ。七代まで弓箭冥加があれ

とぞめん/\に申けるぞあはれなる。其日はほそろ

きといふ所に井上つきて。家の子らうどう共をよ

びて申けるは。けふ行あひ参らるす山ふしをば誰とか

見奉る。是はかまくら殿の御おとゝ判官殿よ。あはれひ

ころのやうにおはさんには国のさうとう道路の

大事とこそなるべきに。此御有さまになり給へる御こ

とのいとをしさよ。うち奉りたらば千年万年すぐね

きか。あまりのたはしさになんなくとをし奉りてこ

 

 

ぞと云ければ。家の子らうどう共これを聞て。井上の

心の中あはれなさけも慈悲もふかゝりける人やと。頼もし

くぞおほえける。はんgなんその日しの原にとまり給ひけり。あ

けゝればさいとうへつたうさねもりが。手つかの太郎

みつもりにうたれけるあいのいけを見て。あたかのわたりを

こえてねあがりの松に着給ふ。是は白(しら)山のごんげんにほ

つせをたむくる所なり。いざや白山とおがまんとていはも

との十一面くわんをんに御つやあり。明(あく)れは白山に参

りてによたいこうの宮を拝み奉らせて。其日はつる

ぎのごんげんに参り給て御つやありて。夜もすがら御(み)

かぐら参らせてあくればみやしの六郎みつあきらが

せとをとをり給ひて。かゞの国とがしといふ所もちかく

 

 

44

なり。とがしのすけと申は当国の大名なり。かまくだ殿

より仰はかうふらね共。内々用心して判官を待奉ると

そ聞えける。むさしばう申けるは君は之より宮のこし

へわたらせおはしませ。弁慶はとがしかたちのやうを見

て参り候はんと申ければ。たま/\あるともしられて

とをるみちのあるに。よりては何のせんぞと仰られけれ

ば。弁慶申けれは中々行てこそよく候へ。山ぶし大勢

にてとをると聞え。大勢にてをひかけられてはあしく

候はんすれば。弁慶ばかりまかり候はんとて。をひとつ

てひつかけてたゞひとり行ける。とかしが城(しやう)をみれば

三月三日の事なれば。かたはらにはまり小弓のあ

そび。かたはらには鳥のあはせ又くわんげんさかもりと

 

打見えて酒にえひたる所もあり。むさし坊さういなく

そのうちに入て。さふらひのえんのきはをとをりてうちを

さしのぞき見ければくわんけんたゝ今さかりなりむさ

しばう大のこえをあへて修行者の候と申けるくわん

けんのてうしもそれにけり。みうちたゞ今きげんあしく

候と申ければ。かみつかたこそ候とも御こうけんの御か

たにそれ申てたひ候へやとてしいてちかくぞよりたり

ける。ちうげんざうしき二三人出てまかり出られ候へと

云ければ聞もいれず。らうぜきなりさらばつかんで

出せとて左右のかいなに取付て。をせどもへせとも少

もはたらかず。さらば所になをきそはういつにあたり

て出せとて大勢ちか付ければ。しぶしをにぎりてさん

 

 

45

さんにはりければ。あるひはえぼし打をとされもとゞりか

かへてかんじよに入もあり。こゝなる法師のらうぜきすな

ぞとてさうとうす。とがしのすけも大くちにをしいれえ

ほしききて。手ほこをつえにつきてさふらひにぞ出にけ

る弁慶是をみて是御覧せられ候へ。御内(みうち)のものとも

らうせきし候とてやがてえんにぞのぼりける。とがし是

を見ていかなる山ふしぞといへば。是は東大寺くわんじん

の山ぶしにて候。いかに御身一人はおはするそ。同行の山

臥おほく候へともさきさま宮のこしへとをし候ぬ。是は御

内くわんじんのために参りて候。おぢにて候みまさかの

あじやりと申は東山道をへてしなのゝ国へ下り候。此

僧はさぬくのsじやりと申候か北陸道にかゝり。えち

 

ごに下り候。御内のくわんじんはいかやうに候べきと申

ければ。とがしよくこそ御で候へとてかゞの上品(ぼん)五十ひ

き。女房のかたよりざいしやうさんげのためにとて白

はかま一こし。八こながたにいたるかゞみ。さては家の子らうど

う女房たち下女に至るまで。思ひ/\にくわんじん

に入。そうじてみやうちやうにつく百五十人。くわんじん

の物はたゞ今給はるべく候へども。来月中旬に上り候

はんすれば。其時給り候はんとてあづけをきてぞ出

にける。馬にのせられて宮のこしまでをくられけり。

行て判官を尋奉れども見え給はず。それより大野の

みなとにて参りあひけり。いかに今まで久しくいかにと

仰られけり。さま/\にもてなされて夜もすがら経を

 

 

46

よみなどして。馬にて是まてをくらせて候と申けれ

ば。むさしを人々あげつくたしつまほりける。其日はたけ

のはしにとまり給ひて。あくればくりから山をこえては

せこえが谷を見給ひて。是は平家のおほくほろびし

所にてあるなるにとて。をの/\あみだ経をよみ念仏

申かのばうこんをとふらひてぞとをられける。とかくし

給ふ程に夕日(せきしつ)にしにかゝえいて。たそがれ時にもなりけ

れば。まtなかの八幡の御まへにして夜をあかし給けり

 

  如意のわたりにて義経を弁慶うち奉る事

よもあけゝればによいの城(しやう)を舟にめしてわたりを

せんとし給ふに。わたし守をば平(へい)こんのかみとぞ申ける。

かれが申けるはしばらく申べき事候是はえつ中の

 

守護ちかき所にて候へはかねて仰かうふりて候し間。山ぶ

し後人三人はいふにをよばす十人にならば。所へしさいを申さで

わたしたらんはひが事ぞと仰付られて候。すでに十七八

人御わたり候へばあやしく思ひ参らせ候。しゆごへ其やう

を申候てわたし参らせんと申ければ。むさし坊これを聞

てねたげに思ひて。や殿さちともほくとくだうにはぐ

ろのさぬき坊を見しらぬものや有べきと申ければ。中

のりにのりたるおとこ弁慶をつく/\とみて。けに/\

見参らせたるやうに候おとゝしも三おとゝしも上下向。

ことに御へいとて申くたし給りし御坊やと申けれは。弁

慶うれしさにめよく見られたり/\とぞ申ける。ごんのか

み申けるはこざかしきおとこのいひやうかな。見しり奉

 

 

47

りたらばわ男ははからひにわやし奉れと申ければ。弁

慶これをきゝてそも/\此なかにこそ、九郎判官よと名を

さしての給へと申ければ。あのへさきにむら千鳥のすりの

衣めしたるこそあやしく思ひ奉れと申けれは。弁慶

あれはかゞの白山よりつれたりし御坊なり。あの御房

ゆへに所々にて人々にあやしめらるゝこそせんなけれ

と云けれども。返じもせでうちうつふきてい給ひた

り。へんけいはらたちたるすがたになりてはしりよ

りて。舟ばたをふまへて御かいなをつかんでかたにひつ

かけて。はまにはしりあがりすなのうへにかはとなげ

捨(すて)て。こしなる扇ぬき出しいさはしげもなく。つゞけうち

にさん/\にそうちたりける。見る人めもあてられさりけり。

 

 

48

北のかたはあまりの御心うさに。こえをたてゝもかなしむはか

りにおぼしめしけれ共。さすが人めのしげゝれはさらぬや

うにておはしけり。平(へい)権のかみ是を見てすべてはくろ

山ふし程なさけなきものはなかりけり。判官にてはなし

とおほせらるれば。さてこそ候はんずるにあれ程にいた

はしくなさけなくうち給へるこそ心うけれ。せんする

ところ是はそれかしが打参らせたるつれにてこそ候

へ。かゝる御いたはしき事こそ候はね。是にめし候へとて

舟をさしよする。かぢ取のせ奉りて申けるはさらば

はや舟ちんなしてこし給へといへば。いつのならひにはぐ

ろ山臥の舟ちんなしけるぞといひければ。日頃取たる

事はなけれども御房のあまりにはういつにおは

 

 

49

すればとて舟をわたさず。弁慶わとのがやうに我

らにあたらばではの国へ一年二年の内にきたらぬ

事はよもあらじ。さかたのみなとは此少人のちゝさかた

次郎殿の領なり。たゝ今あたりかへさんずるものとぞ

おどしけれとも。ごんのかみなにともの給へ舟ちんとらて

はえこそわたすまじけれとてわたさず。弁慶いにし

へとられたるれいはなけれ共。此ひが事したるによつ

てとらるゝなりとて。さらばそれたび候へとて北の

かたのき給へるかたびらの。じんじやうなるをぬがせ奉

りてわたしもりにとらせけり。こんのかみ是を取て申

けるは。法にまかせて取ては候へ共あの御ばうのいと

をしければ参らせんとて判官殿にこそ奉りけれ

 

むさし房これを見てかたをかゞ袖をひかへて。をこがまし

やたゝあれもそれもおなし事ぞとさゝやける。かくて六

だうじをこえてなこのはやしをさしてあゆみ給ひけ

る。むさいわすれんとすれ共忘られずはしりよりて。

判官の御たもとに取付てこえを立てなく/\申け

るは。いつまて君をかがい参らせんとてけんざいのし

うを打奉るぞ。みやうけんのおそれもおそろしや。八まん

大ぼさつもゆるし給へ。あさましき世中(よのなか)かなとてさ

しもたけき弁慶もふしころびなきければ。さふらひ

とも一ところになみいてきえいるやうになきいた

り。判官是も人のためならずかほどまてくわほう

つたなき義経に。かやうに心ざしふかきめん/\のゆ

 

 

50

くすえまても。いかゞとおもへばなみだのこぼるゝぞと

て。御袖をぬらし給ふをの/\此御ことばを聞てなを

もたもとをしほりけり。かくするほどに日もくれけ

ればなく/\たどり給ひけり。やゝありて北のかたさ

んづの河をわたるこそ。きたるものをはがるゝなれす

こしもたがはぬふぜいかなとて。いはせのもりにつき

給ふ。其日はこゝにとまり給ひけり。あくれはくろべ

のやどにすこしやすませ給ひて。くろへ四十八かせの

わたりをこえ。いちふりしやうとうたのわきかんばらな

かはしといふところをとをりて。いはとのさきといふ所

につきて。あまのとまやにやどをかりて夜ととも

に御ものがたり有けるに。うらの者共かぢめといふも

 

のをかづきけるをみ給ひて。北のかたかくそおもひつゞ

けたまひける

 よものうみなみのよる/\きつれども。いまぞは

じめてうきめをば見る。弁解是を聞ていま/\し

くぞおもひければかくそつゝけ申ける

 うらのみちなみのよる/\きつれども。いまそは

しめてよきめをはみる。かくていはとのさきをもいて

給てえちこの国府。なをえの津はなぞのゝくわんをん

堂と云所につき給ふ。此本尊と申は八幡殿あべ

のさだたうをせめ給ひし時。本国の御きたうのた

めになを江の次郎と申けるうとくのものに仰付て

三十りやうのよろひをたびてこんりうし給ひし。源(げん)

 

 

51

氏(じ)重代(ちうたい)のご本尊なりければ。その夜はそれにて

よもすがら御きねなりけり

 

  なをえの津にておひさかされし事

こゝにえちごの国府のしゆご。かまくらに上りてな

し。浦のだいくわんはらうごんのかみといふ者あり。山

ぶしつき給ふと聞てうらのものどもをもよほして

ろかいなどをちぎり。きさいばうにしてあみ人たも

をさきとして。りひをもわきまへぬやつばらが二百よ

人。くわんをん堂をゝしまきたり。おりふしさふらひ

ともはう/\ときりやう尋ねに行ければ。判官

たゞひとりおはしける所へをしよす。なをえの御だy

にさうどうする事聞えければ。弁慶はしりあは

 

んといそぐ。判官もんだうし給ひけるはきのふまで

ははぐろ玉ぶしとの給ひしが。今ははぐろちかけれ

ば引かへてくま野よりはぐろへ参り候が。舟を尋ね

てこれに候。せん達の御房は旦那たづねにおはし

まして候。是は御留主に候なに事ぞなどゝもんだう

し給所に。むさし坊ものゝかけりたるやうにてぞ出来

り申けるは。あのおひの中には卅三たいの生観音(しやうくぁんをん)を京

より下り参らせ候が。来月四月の頃には御ほうでんに

入参らせ候はんするぞ。をの/\身不浄なるていにてさ

うなくちか付てごんけんの御本地けがし給ふな仰らるべ

き事あらなこそにて仰られ候へ。ごんげんをけかし参

られ給ふなけがし給ふほどならば。おひをすゝがさらんより

 

 

52

ほかはあるまじとおどしけれ共。すこしももちいずして口

/\にのゝしりけり。ごんのかみ申けるは判官殿みち/\

もちんじて通り給ふこと其かくれなし。是には今程しゆ

ごこそるすにて候へ共かたのことくもこむせうが承て

候間。かみつかたまで聞めし候はんする事にて候間。か

やうに申候さ候はゝ御心やすめに。笈(をひ)一ちやう給見

参らせ候はんと申ければ。是は御本尊のわたらせお

はしまし候笈を。不浄なるものにさうなくさがさせん

事おそれにてはあれ共。わとのばらがうたがひをなし

このむわざはひなれば。つみをかうふらんはをのれら次

第よ。すは見よとて手にあたる笈一ちやう取てなげ

いだす。なにとなく取て出したるが判官の笈にてぞ有け

 

るむさし坊これを見てあはやと思ひける所に。卅三まい

のくしw取出し是はいかゞと申ければ。ベネ木あざわ

らひてえい/\かた/\はなにをもしり給はずや。ちごの

かみをばけづらぬかといひければ。ごんのかみことはりと

思ひければかたはらにさしをきて。からの鏡を取いだし

是は山ぶしの御道具かといへば。ちごをぐしたるたび

なればけはひのくそくを持まじきいはれがあらはこそと

いひければ。ことはりとてかたはらにをき。八尺のかけお

び五尺のかづらくれないのはかまかさねのきぬを取出し

て。是はいかにちこのくそくにもかやうのものゝ入候かと

申ければ。御ふしん尤にて候此法師がおばにて候もの

はぐろ山ごんげんのそうのいちにて候が。かづらはかま

 

 

53

色よきかけおびかうてくだせと申候し程に。今度の

下りに持て下りよろこばせんためにて候そと云けれは。

それはさも候はんと申さ候はゝ今一ちやうの笈を御出し

候へ見候はゝやと申。なんぢやうにてもあれ心にまかせて

御覧ぜよとて。又一ちやうなげ出す。かたをかゞ笈sにてぞ

有ける。此笈の中にはかぶとこれすねあてえもなき

まさかりをぞ入たりける。とかくすれどもつよくから

げたりくらさはくらしときかねてそ有ける。弁慶

は手をあはせてなむ八まんときねんして。そのお

ひにはごんげんのわたらせ給ひ候。返す/\も不浄

にてばちあたり給ふなと申ければ。御しやうたい

にてわたらせ給はゞかならずあけずともしるべき

 

とておひのかけをゝ取てひきあげてふりたりけれ

ば。こてすねあてまさかりが。からりひしりとなり

ければ。ごんのかみむねうちさはぎかゝる事こそ候は

ね。げに/\御しやうたいにてわたらせ給ひけるを

とてそれうけ取給へと申ければ。べんけいさればこ

そさしもいひつることを。おひすゝがんにはさう

なくうけとり給ふな御ばうたちといひけれは。さ

うなくうけとらず。かねていはぬことかすゝがずは

いのれ。きよめにはみのがおほくいらんずるぞといひけ

れば。こんのかみりをまげてうけとり給へといへば。

おひすゝがずはごんのかみかもとに御しやうたいを

ふりすてたてまつりて。我らははぐろに参りて

 

 

54

大しゆをもよほして。御むかひに参らんするなりと

おどされて。よせたりけるものも一人/\ちり/\

にぞなりにける。ごんのかみ一人は大事になりて

おひをすゝぎ候はんには。いかやうの事をつか

まつり候ぞといひければ。ごんげんもしゆじやうり

やくの御じひなればかたのことくこそあらんずれ。

まづ御へいかみおれうにだんし百てう。はくま

い三石三升。くろよね三石三升。はくふ百たん。

しんこぬの百たん。わしのお百しり。こがね五十り

やう。毛そろへたるむま七ひき。あらこも百ま

い。これしきてつみまいらするならば。かた

のごとくなりともすゝぎてまつらんとぞ申ける。

 

 

55

ごんのかみいかに思ひ候ともきはめてひんなる者にて

御ほとにかなひがたく候。こと/\くにて候はずともか

たのごとく申あげて給候へとて。こめ三石しらぬの

卅たん。わしのは七しり。こがね十両。毛そろへたる神馬(しんめ)

三疋。これより外はもちたる物も候はず。すかるべく候はゝ

申上て給候へとわびければ。いでさらばこんけんの神

慮をなぐさめ参らせんとて。かぶとこてすねあて

まさかりな入たる笈にむかひてらいはいし。何事

をか申むつ/\かん/\乱んそわか/\と申て。を

んころ/\はんにや/\しんぎやうなとぞいのりけ

る。笈をつきはたらかしてこんけんに其むね申上候

ぬ。よのためしなればかくは取をこなひ候ぬ。これらは

 

 

56

御へんのはからひにてはぐろへとゞけ参らせてたび

候へとて。こんのかみがもとにそ預けゝり。さて夜もふけゝ

ればかたをかなをえのみなとに下りてみれば。さとよ

りわたしたりける舟にとまをもふかず。ぬしもなくろか

いかぢなども有ながらなみにひかれゆられいたり。かた

岡是を見てあつはれものや此舟をとつてのらばや

と思ひて。くわんをん堂に参りて弁慶にかくと云け

れば。いざゝらば此舟にとつてのり。けさのあらしに出

さんとてみなとに下り。十よ人とり乗てをしいだす。

めうくわんをんのたけよりおろしたる嵐にをひかけ

て。よな山を過てかくた山をみつけて。あれ見給へや風

はいまだあらしかせよはくならばろをそへてをせやとそ

 

申ける。あのしまの北を見給へは。しら雲のこしをは

なれてちうにふかれて出くるを。かたをか申けるは国

のならひはしらず。此組こそ風(かさ)雲とおぼゆれいかゞす

べきといひもはてねば。北風ふき来てくがには砂(いさこ)を

あけ。おきにはしほをまひてぞふきたりける。あまのつり

舟のうきぬしづみぬをみ給ふにも。我舟もかくぞあらめ

と思ひ給ふに心ぼそくしてはるかの沖にたゞよひ給い

けり。とてもかなふまじくはたゞ風にまかせよとて。御

舟をばさどのしまへはせ付て。まぼろしかもかたへ舟をよ

せんとしけれ共。なみたかくしてよせかねてまつかげがうら

へはせもて行。それもしら山のたけよりおろしたるかせは

けしくて。さどのしまをはなれてのとの国すゞがみさき

 

 

57

へそむけたりける。さる程に日もくれがたに成けれは。

いとゞ心そちがひける御へいをはいておひのあしにはさみ

ていのられけるは。てんをまつる事はさる事にて候へ共。

此風をやはらげて今一度くがに付て。ともかくもなさせ

給へとて笈の中よりしろざやまきを取出して。八大り

うわうに参らせ候とてうみへいれ給ふ。北のかたもくれ

ないのはかまにからのかみに取そへて。龍王に奉るとて

うみへ入させ給ひけり。され共風はやむ事なし去(さる)程

に日もすてにくれぬればたそかれ時にもなりに

けり。いとゞ心ぼそくおぼえけるのとの国ゆするきのだけよ

り。又西風吹て舟をひがしへぞむけたりける。あはれ順

風やとてかせにまかせてふかれゆくほどに。夜もやはん

 

ばかりになれば風もしづまりなみもやはらぎければ。す

こし人々心やすくて風をはかりに行ほどに。あかつきが

たにそこ共しらぬ所に御舟をはせあげて。くがにあがり

てとまやに立よりてこゝをばいづくといふぞととひけ

れば。えちごの国てらとまりとぞ申ける。思ふ所につき

たるやとよろこびて。その夜のうちにくかみといふ所に

あがりて。みくらまちに宿をかりあくればやひこの

大明神を拝み奉りて。九十九里のはまにかゝりてかん

ばらのたちをこえて。八十八里のはまなどゝいふ所を行

過て。あらかいの松ばらいはふねを通りて。せなみといふ所

にひだりやなぐいみきうつほ。せんがかけはしなとゝい

ふ名所/\を通り給ひて。ねんじゆのせきもりきびし

 

 

58

くてとをるべきやうもなければ。いかゞせんと仰られけれは。

むさし坊申けるはおほくの難所をのがれて是までお

はしましたれば。今は何事か候べき去ながら用心はせめ

と。判官をば下す山ぶしに作りなし二ちやうの笈をかさだ

かにもたせ奉り。弁慶大のしもとつえにつきあゆめや

法しとてしとゝうちて行ければ。せき守共是を見て何

事のとがにてそれほどにさいなみ給ふと申けれは。弁け

いこたへけるは是はくまのゝ山ふしにて候が。これに候山臥は

しゝさうてんの者にて候が。さやつをうしなふて候つるに此

程見付て候間。いかなるとがをもあてゝくれうず候たれか

とがめ給ふべきとて。いよ/\隙(ひま)なく打てぞ通りける。関守

共これを見てなんなくきどをあけてぞとをしける。

 

 

59

程なくではの国へ入給ふ其日ははからかいといふ所につき

給ひて。あくればかさとり山などゝおふ所をすぎ給ひて。たが

はのこほり三世のやくし堂に付給ふ。是にて雨づり水ま

さりければ二三日御とうりうありけり。こゝにたがはのこ

ほりの領主たがはの太郎さねふさといふものあり。わかゝり

し時よりあまた子を持たりけるがみなさきだてゝ。十三に

なる子一人持たりけるが。ぎやへいをして萬事かぎりにな

りけり。はぐろちかき所なれbしかるべき山ぶしなどしやう

じていのられけれとも其しるしもなし。此山ふい達おは

するよしをつたへきゝて郎等共に申けれは。くまのはぐ

ろとていづれもいくわうはをとらせ給はぬことなれとも。

くま野のごんけんと申は今一しほたうとき御事な

 

 

60

れは。行者たちもさこそおはすらん。しやうじ奉りて

けんしや一座せきせ奉りてみはやとこそ申ける。さい女(ちよ)

子のいたはしさにいそぎ御つかひを参らせ給へとて。さ

ねふさがだいくわん大内三郎といふものを三世のやく

し堂へ参らする。きやく僧たちへかく申けれは判官仰ら

れけるは。請用(しやうやう)はえたけれ共。我らが不浄の身にて

はなにをいのりても其しるしや有べき。せんもなからぬ

物ゆへに行ても何かせんと仰られければ。むさし坊申

けるは君こそ不浄にわたらせ給へ。我らは都を出しよ

りしやうじんけつさいもよく候へば。たとひげんとくの程

はなくとも我らがいのり候はん。けいきのおそろしさになど

かあくりやうもしれうもあらはれざるべき。たま/\の請

 

用にて候にたゝ御出候へかしと申て。をの/\よりあひ

わらひたはふれければ。是はひでひらか知行の所に

て候へはさためて是もしこうの名にて候はめ。なにか

くるしく候はんしらせさせ給へと申ければ。弁慶きゝ

てあはれやとのおやの心を子しらずとて。人の心はしりがた

ししぜんの事あらばこうくわいさきにたつべからす。君

の御下着(ちやく)の後さめふさ参らぬことはあらし。其時のものい

ぬにもしらすべからすとぞ申ける。扨いのりてはたれ

をかすべき。こしんはきみじゆずをしもみて候はんため

には弁慶にすぎ候まじとて出立給ひけり。御ともに

はむさし坊ひたち房かたをか十郎ごんのかみ四人。たがはかも

とへ入せ給ふぢぶつ堂にいれ奉る。たがはげんざんに入けり

 

 

61

子をばめのとにかいしやくせさせて。ぐしてそ出来りた

る。けんしやはじめ給ふによりまはしに十二三ばあkりなる

わらんべをぞめされける。判官こしんし給へば弁慶数

珠をしもみける。此人々いのり給けるけしき心中のおそろ

しさにや口はしるへいはくもしづまりければ。あくれうもし

れうも立たり。病人すなはりへいゆうす。けんしや弥(いよ)/\

つとくぞ見え給ふ。其ひtはとゝめ奉りけり。日々にをこ

りけるぎやへいは今は相違なし。いとゞ信心まさり喜悦(きえつ)な

のめならず。かりそめなれ共ごんげんの御いくわうのほども

思ひしられてたつとくおぼしめしけり。御いのりのふせとて

かげなる馬にくろくらをきて参らせける。しやきん百両国

のならひ候とてわしのは百しり。残る四人の山ぶしに小袖

 

一かさねづゝ参らせて三世のやくし堂へをくり奉る。つか

ひかへりけるに御ふせを給はり候事はさかことに候へ共。これ

もたうのならひにて候へば。はぐろ山にしばらくさん

ろうし候はんすれば。下向の時給はるべく候。其間預け申

候べしとて返されけり。かくてたがはをみ立給ひ。大いづみの

庄(しやう)大ほんしをとをらせ給ひ。はぐろの御山こそにておがみ

給ふにも。御さんろうの御心さしはおはしましけれ共。御さ

んの月すでに此月にあたらせ給ふに。よろづおそれを

なして弁慶ばかり御だいくわんに参らせらる。残りの人

/\にはつけのたかうらへかゝりてきよ河に着給ふ。弁

慶はあけなみ山にかゝりてよかはへ参りあふ。その夜は五

所のわうじの御前に一夜御つやあり。此きよ河と申は

 

 

62

はぐろごんげんのみたらじなり。つき山の禅定より北の

こしにながれおちけり。くま野にはいはた河。はぐろにはき

よ河とてながれきよき名河(めいか)なり。是にてこりをかき権

現をふしおがみ奉る。むしのざいしやうもせうめつするなれは。

こゝにては王子/\の御前にて御かくらなど参らせて。

思ひ/\のなれこまひし給へば。夜もほの/\とあけにけり。

やがて御舟に乗給ひてきよ河の船頭といやごんのか

みとぞ申。御舟したくして参らせけり。みなかみは雪しる

みかさまさりて御舟を上せかねてぞ有ける。是や此はる

ちうさのせう/\。しやうのさらしまといふ所にながされ

て。月かげのみよするはたなかい河のみなかみ。いな舟のいづ

らしいはもかみ河のはやきせぞ。こともしらぬひばのこえ

 

かすみのひまにまぎれるとうたひしも今こそ思ひしられ

けれ。かくて御舟をのぼする程にせんちやうよりおちたき

るたきあり。北のかた是をばなにのたきといふぞととひ給

へば。しら糸のたきと申ければ北のかたかくぞつゝれ給ふ

 もかみ河せゝのいはないせきとめよ。よらてぞとをる

しらいとのたき

 もかみ河いはこすなみに月さえてよるおもしろき

しらいとのたき。と口すさみつゝよろひの明神かぶとの明

神おかみ参らせて。たかやりのせと申難所をのぼせわ

つらひておはする所に。上の山のはにましらのこえの

しげゝれば。北のかたかくぞつゞげ給ひける

 ひきまはすうちばゝゆみにあらねども。たゝやてさる

 

 

63

をいて見るかな。かくてさし上せ給ふほどに見るたから竹

くらべの杉などゝいふ所を見給ひて。やむけの大明神をふしおか

み奉り。あい河の津に付給ふ。はうぐわんよりみちは二日な

るか。みなとにかかゝりては三日にまはる道にて候に。かめわ

り山をこえてへむらの里あねはの松へ出てはすぐに候。い

つれをかごらしてとをらせ給ふべきと仰られければ。名

所/\をみたけれ共一日もちかく候なれば。かめはり山とやらん

にかゝりてこそゆかめとて。かめわり山へぞかゝり給ひける

 

  かめわり山にて御さんの事

をの/\かめはり山をこえ給ふに。北のかた御身をいたはり給

ふ事あり。御さんちかくなりければかねふさ心くるしくぞ

思ひける。山ふかくなるまゝにいとゞたえ入給へば。時々はもち

 

奉りて行(ゆき)ふもとの里とをければ。一夜の宿を取べき所も

なし。山のたうげにて道のほとり二町ばかり分(わけ)入て。ある

大木のもといしきかはをしき。木のもとを御さん所とさだ

めてやどしまいらせけり。いよ/\御くつうをせめければ

つゝまじさもはや忘れさせ給ひて。いきふき出して人々

ちかくてかなふまじとをくのけよと仰られければさふらひ

共みなこゝかしこへ立のきけり。御身ちかくは十郎こんぼかみ

判官(はうくはん)殿ばかりそおはしける。北のかたこれとても心やすかる

べきにはあらね共。せめてはちからをよばすとて又たえ入

給ひけり。判官も今はかくzそとおぼしめしける。たけき心もう

しなひはてゝかゝるべしとはかねてしりなから。是まてぐ

そくし奉り京をばはなれ思ふ所へは行つかず。とちう

 

 

64

にてむなしくなし奉らんことのかなしさよ。誰をたのみて

是まではる/\あらぬ里に御身をやつし。よしつねひとり

をしたひ給ひて。かゝるうきたひの空にまよひつゝ。かた時

も心やすきことを見世聞せ奉らず。うしなひ奉らん事こ

そかなしけれ。人にわかれてはかた時も有べしともおほえす

たゝおなじ道にとかきくどきなみだもせきあへすかなし

み給へば。さふらひ共もいくさのぢんにてはかくはおはせざり

しものをと。みなたもとをぞしぼりける。しばらくありて

いきふき出して水をと仰られければ。むさし坊水かめを

取て出たりけれ共。雨はふるくらさはくらしいづかたへ尋ね

行べきとはおぼえね共。あしにまかせて谷をさしてぞ

下りける。みゝをそばたてゝ谷河の水やながるゝと聞

 

けれ共このほと久しくてりたる空なれば。谷の小河

もたえはてゝながるゝ水もなかりければ。むさし坊たゝか

きくどきひとりことに申けれは。御くわほうこそすくな

くおはすかとも。かやうにやすき水をだにも尋ねか

ねたるかなしさよとて。なく/\谷にくだる程に山河のな

がるゝ音を聞付て。よろこび水を取てみねにのほらんと

すれ共山はきりふかくしてかへるべきかたをうしなひけり。

かいをふかんとすれ共ふもとの里ちかゝらんと思ひてさ

うなくふかず。されども時刻うつりてはかなふましと思ひ

てかいをそふきたりける。みねにもかいを合たる弁慶

とかくして。水を持て御まくらに参り手前螺旋とし

ければ。判官なみだにむせびて仰られけるは。尋ねて参

 

 

65

りたるかひもなし。はや事きれはて給ひぬ。かれに参ら

せんとて是まではたしなみけるぞやとてなき給へは。か

ねふさも御まくらにひれふしてぞなきいたり。弁慶も

なみだをゝさへて御まくらによりて。御ぐしをうごかして申

けるは。よく/\都にとゞめ奉らんともぅス候しに。心よはくて

是までぐそくし参らせて。今うきめを見せ給ふこ

そかなしけれ。たとひ定康(ちやうこう)にてわたらせ給ふとも。是ほ

どに弁慶がたんせいを出して。尋ね参りて候水をきこ

しめし入てこそ。いかにもならせ給ひ候めとて。水を御口

にそゝぎ奉りければ。うけ給ふとおほしくて判官の御

手に取つき給て。又きえ入給へば判官もともにきえ入

心ちしておはしけるを。弁慶心よはき御事候や事も

 

事にこそより候へそこのき給へごんのかみとて。をしおこ

し奉り御こしをいだき奉り。なむ八まん大ぼさつねがはく

は御さんへいあんになし給へ。さて我君をばすてはて

給ひ候やときねんしければ。ひたちばうもたな心を合

せてぞいのりける。ごんのかみはこえをだてゝぞかなしみけ

る。判官も今はかきくれたる心ちして御ぐしをならべて

ひれふし給ひける。北のかた御心ちるきてあら心うやとて

判官に取つき給へば。弁慶御こしをいだきあげ奉れば

御さんやす/\としたまひける。むさし少人のむつかる

御こえを聞て。すゞかけにをしまきていだき奉る。何

とはしらねども御ほぞのをゝつふぃ参らせて。御ゆを

ひかせ奉らんとて。水かめにあけゝる水にてあらひ奉

 

 

66

りやがて御なを付參らせん。是はかめはり山かめの万こ

うをとつて。つるの千ざいなぞらへてかめつる殿とそつけ

奉る。判官これを御覧じてあらいとけなのものゝ有さ

まやな。いつか人となりぬへきとも見えず。義経が心やす

からばこそ又ゆくすえもしづかならめ。ものゝ心をしらぬ

さきにとく/\此山のすもりになせとの給ひけり。北の

かた聞召て今まで御身をなやまし奉りたかとも

おほしめされず。うらめしくも承はり候ものかな。たま

/\にんがいにしゃうをうけたるものを。月日のひかりを

も見世すしてむなしくなさんこといかにそや。御ふしんか

うふらばそれごんのかみ取あげよ。是より都へいだきて上

るとも。いかでかむなしくなすべきとかなしみ給へは。

 

 

(コマ16へ戻る)

むさし是を承て君一人を頼(たのみ)参らせて候へば。しせんの事も

候はゝ又頼奉るへき方も候ましきに此わか君を見あけ参ら

せんこそ頼もしく候へ。是ほどいつくしきわか君をいかてかう

しなひ参らせ候へきとてくわほうはおちかまくら殿にあや

かり参らせ給ふへし力はかひ/\しくは候はね共弁慶に似

給へ。御いのちは千さい万さいをたもち給へとて。これよりひら

いつみへはすかに程とをく候に。みち行(ゆき)人にゆきあふて

候はんに。はかなとはしむつかりて弁慶うらみ給ふなと

てすゝかけにかいまきておひの中にそ入たりける。其間

三日にくたり付給ひけるに。一度なき給はさりけるこそ

ふしきなれ。其日はせひのうちといふ所にて一両日御身

いたはりあくれば馬を尋ねてのせ奉りその日はく

 

 

17

りはら寺に付給ふそれよりしてかめ井の六郎いせの

三郎をつかひにてひらいつみへそつかはれける

 

  判官ひらいつみへ御つきの事

ひで平はうくわんの御つかひと聞急ぎたいめんす此ほ

北陸道にかゝりて御下りとは内々承候つれ共。一定(ちやう)うぃ

承はらす候つるによつて。御迎をも參らせず越後越中

こそうらみあらめ。出羽国の者共に送られさせおはしまし候

はさりけるぞ。急ぎ御迎に人を參らせよとて嫡子もと

よしの冠者をよびて。判官殿の御迎に参れと申ければ。

やすひら百五十きにてぞ参りける。北のかたの御迎には御

こしをぞ參らせける。かくも有けるものをと仰られていはい

の郡(こほり)におはしましたりければ。ひで平さうなくわか本(もと)へは

 

 

(コマ67へ進む)

入まいらせず。月見殿とて常に人もかよはぬ所にすへ奉る。日

々のわうばんをもてなし奉る。北の方にはようかんひれいに心

ゆうなる女ばう達十二人。其外下女はしたものに至るまて

とゝのへてそつけ奉る。判官はかねての約束なりけれは。名

馬百疋よろひ五九領。そや五十こし。ゆみ五十張。御手所(てしよ)に

はもとのをの郡。ほしかの郡。しだの郡。たまつくり。遠田郡

とて。国の内にてよき郡。一こほりには三千八百町つゝ有

けるを。五郡ぞ參らせける。さふらひ共にはすぐれたるいさは

えさしはましの庄とて。此うちぶん/\にはいぶんせられ

けり。時々はいづくへも出なぐさみ給へとて。ほねつよき馬十

疋づゝ。くつむかがきに至るまで心さしをそはこひける。しよ

せん今はなにゝはゞかるへき。たゞおもふ様(やう)に遊ばせ參らせ

 

 

68

よとていつの冠者に申つけて。両国の大名三百六十人

をすくつて日々のわうばんをそなへたる。やがて御所つく

れとてひで平がやしきより西にあたりて。衣(ころも)河とて地

を引。御所つくりて入奉る城(しやう)のていをみるにまへ衣河ひがし

はひてひらがたちなり。西はたうくがいはやとてしかる

へき山につゞきたり。かやうにじやうくわくをかまへて上(うへ)

見ぬわしのごとくにておはしけり。きのふまではそら山ふ

しけふはいつしかおとこになりて。えいぐわひらきてそお

はしける。折々ごろに北陸道の御物かたり。北のかたの御ふる

まひなと仰られ。をの/\申出しわらひくさにぞなりけ

る。かくて年もくれければ。ぶんぢ三年に成にけり

 

義経記巻第七終