仮想空間

趣味の変体仮名

碁太平記白石噺 第四

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      浄瑠璃本データベース ニ10-01458

 

 

30(6行目)

  第四

奥州街道に本宮なくば 何を便に奥通ひ 夫(それ)が旅路のうさはらし 唄ふ皐月の早苗歌

 

連歌の雲の上供御(くご)と 云から下々の盛切もつそり二合半 内裏女臈も喰(くは)にやたて横十文

盛 一膳食の一粒も皆百姓の汗雫 かんなんしんくの種ぞとは誰白坂の御領分植付る田につか

りつと 並ぶ菅笠一文字 おくろヤイ もふ昼け時じや有まいかい ヲゝけさから精出しただけ きのふゟははかゞいた

植付いては跡へ寄/\ 夫でか腹mア跡へ寄た 武兵衛も藤兵衛も お松もたなこにせふじや有まいか よかろ/\

とつき切火縄 樽に詰たるせんじ茶も 畦を床几の一休み 何と又此与茂作は何しているぞいのふ こちらは

きのふかふに植付仕廻に 三分一もはかどらぬ さればいのふ 内のかゝ衆が此春からの煩ひ あのわぢよも

心遣ひてあるぞいの サア夫でも植付時におくれると 秋入の時分迄 草取こやしに大ていや大方骨が

 

 

31

折れる事じやないのふ いゝやいの 何と云てもあお与茂作のかゝ衆は 庄や殿の妹 年貢の時分はどふなりと

なろかい イヤ夫でも堅い気の庄屋殿 まつすくなお人じやと噂半(なかば)一村の 支配を庄や七郎兵衛 ホゝ皆の衆精が

出るよ 随分と働かしやれ 外の人の為じやない 今のしんどが秋はむくふてくるはいの シタガもふ昼げ時 又休んで

働かしやれと下をいたはる慈悲詞 アゝ結構なお庄や様 其おまへのお心を お代官の臺七顔(づら)に ちつと煎じて

のませたい アゝコレ/\ かりそめにも上の噂 ひよつと誰が聞まい物でもない 慎しましやれ/\ サア/\おれも帰り道

道々咄してかへるじや有まいか ハイ/\今私共も昼休に帰る所 サア御一所にと気さんじは 茶碗もそこに沖の石かはく

間もなき泥足を 引連てこそ立帰る 館の騒動仕合と云ぬけながら己が身の 志賀はかくれぬ臺

 

七郎 家来引連くはんたい顔 イヤ何丹介やい 其方もしる通きのふ館の大騒動 楠原普伝

を討たる故 身共が身にはかまひなけれど エゝ残念なは千束姫 又につくい伊達助め 併毒薬秘

方の一巻と 天眼鏡は身が手に入 是さへ有は人をなづける術の第一去ながら 騒動のあげく何とやら

心がゝり 一巻は懐中もなれど 是此鏡は置所にこまる 上座敷へ行帰る迄 隠し所はは有まいか 何さ/\拙者めに

御預け アイヤ人手に置くも心さはり ガ夫はそふと弟臺蔵 昨日から行方しれず 貫平めに申付たが未だ

何の沙汰もないか ハアゝ成程 貫平めも諸々方々 臺蔵様の御行衛 吟味には出ましましたが 今に何

の沙汰も御はりませぬ ハテ心へぬととつ置つ 思案時つく鐘の越え 南無三宝早八つ時 御用の刻限

 

 

32

延引は疑ひの元 エゝ此鏡の置所ハテどふがなと屈託も こつては思案にあたり見廻し エイハ暫しの其

間 人の心の付ぬ所と 畦の間に鏡を埋(うづみ)草引おほひ 先ずよし/\ 丹助来れと何気なく打連

かしこへ急ぎ行 爰に城下の片在所与茂作と云律義者 元は河内の武士の果 女房の縁に

撚糸の 袖布衣 陸奥のけふの仕事の肩たゆく 一荷に荷(にな)ふ早苗より また若草の小娘が

かいしよらしげに小つまからげ 親の手助正直の頭(かうべ)に 戴く昼げ物 土瓶片手に是とゝ様 よその衆は

植付も大方済 晝休みにいかしやつたが こちはかゝ様が寝てじや故 何も角(か)も遅なつた 嘸おまへは気が

せこうと いへばほろりと涙をこぼし ヲゝよふ云たなァ 今更いふではなけれ共 おれも元は上方で刀もさい

 

た者なれど ふとした事て浪人し 侍止めて物作 如才はせぬと思ふても 挊(かせぐ)に追付貧乏神 未進

におはれて八年跡 姉めは江戸へ勤奉公 おのれやれ土に喰付ても 挊(かせぎ)ためて金調へ 姉めを取

かへそふと思ふ中 かゝは煩(やみ)付人手はなし エゝおりや無念なはい口惜い只蝶よ花よと楽(たのしみ)は我ばかり

必きな/\思ふてくれなよと打しほれば コレとゝ様 わしと云ても女の事 どこぞから男の子

貰ふて成りと 早ふ楽して下されと 真実真身のしおhらしさ ヲゝ合点じや/\気遣すな とつとまへ侍

の時 姉のおきのが生れると 直ぐに傍輩衆の子と云号して置たが 是も其後便りも聞かず 其

姉といへば吉原とやらに君傾城 とかく我が大きう成を苗の延る様に待兼る 又庄や殿はかゝが兄

 

 

33

なりや 何や角やと気を付てくれらるゝ 案じてくれなと云つゝも落ぶれし身の跡や先 思ひ廻せ

あじきなく 歎く涙の玉苗や 植ぬ先ゟ袖濡す浮世渡りぞ是非もなき アゝ愚痴な事云て

終(つい)泣て退けた程にの 其様に案じ過しはせぬ物じや 人間は老少不定(ろうせうふじやう) 今煩ふているかゝは長生して 達

者なおれが先へころつと死まい物でもない 其時にやわりやどふするぞ サア其時はわしや泣はへ ハゝゝゝゝエ

子供と云物はなあ コリヤヤイ 泣た迚わめいた迚 死だ者は帰らぬはい いつ何時かしれぬて持た世の中

じやと いふも女房が煩ひの十(とを)か九つあつちもの 今から云て覚悟さす心と 見へて哀なり 与茂作は

心付 ヤほんに思ひ出した 内に薬を煎じかけて置た いり付ぬ中われ大義ながら一走り一番煎しをかゝに

 

呑して来てくれぬか イゝエ内には昨日留た旅のお侍様 夫は/\気を付て 内のことは構はずと 田へいてとゝ様

の手伝せいてゝ ヲゝあの人もよし有浪人と見たが そう/\他人に任せて置れぬ つい一走りいてくれと 云に娘も アノ

そんなら必とば/\怪家せぬ様に わしがくるのを待んせやvどふやらわしはいきとむない ハテうぢ/\と何いづぞい 早ふ

戻りやと親と子が 見送り 見送る畦つかひ 是ぞ此世の別れとは 後にぞ思ひしられける ソレいぢはたの久六が

畦はすべるぞよ 隠居の田へ廻つてゆけ ヲゝ利口なやつ どりやあいつめが来ぬ中に 植付て悦ばせふと 踏こむ

うねにしつかりと 足にさはるは以前の鏡 テモマア替つた物と打返し/\ 見るを遠目に見付る臺七 丹介引連

かけ来り ヤア其鏡こつちへ渡せ 汝が持て無用の物と 取にかゝれば ハゝコリヤ御代官様 是は只今私が田から拾ひ出し

 

 

34

た此鏡 ヤア百姓連れが持つ物ならずと 引たくればむしやぶり付き こつちの田から出た物は お代官てもそふ

無体には成ますまい 但お前覚が御ざりますか ヤ面倒な土ほぜりめと 突放せば又取付 ヘゝゝめつた

むしやうにほしがらしやると云い イヤモ隠した物にろくな事はない物じや 聞ば昨日殿様のお家に 何やら

もめが有たげな 夫を思へば コリヤコレ合点が行ぬい こつちから殿様へ持て出て伺ひますと いふに臺七胸に

ぎつくり 又取かゝるを突飛し 逃行く首筋引戻す 放せやらじとせり合はづみ 鏡は飛で深田の中 小言いは

すな夫丹介 心へ抜き打ひらりとすかし あしらふ後を臺七が 手だれの早業後げさ ふり返つて エゝ非道

な臺七殿 コレ/\今わしが死ではの かゝはあすをも知ぬ大煩ひ スリヤコレ娘めひとつが路頭に立ますはいの/\

 

命は助て下さりませ 娘ヤイ おのふヤイと わめくも昼中人や聞と主従よつてめつた切倒るゝ植にのつ

かゝり くつととゞめを四苦八苦 むざんと云も余り有 血おし拭ひ立上る 折から何の気も付ず 戻る娘が

ヤアとゝ様を誰か殺した/\ とゝ様のふ/\コレかゝ様はあのやうに煩らふてなり お前に分かれてわしや何とせふぞ

いの コリヤマアどふせふ悲しやと足摺したるいぢらしさ 涙ながらにあたりを見廻し ムゝ扨は傍にこさる出し七様 親の

敵と有合早苗 手早に取て打付/\ ヤレ人殺し来て下され 在所の衆/\と呼にける 越えにかけ寄る一村在所

マア与茂作を殺しやつたは臺七様か お代官でものめつたに人を殺しては済ますまい 此子の加勢は村中

一統 サア元の様にしてかへしや 何で殺した訳聞ふ どうふじや/\と田舎育ちの高調子 聞付かけくる二郎兵衛 争ふ

 

 

35

中へわつて入 マゝゝゝ村の衆おれが来るからは悪ふはせぬ おれに任しや/\/\/\と 臺七に打向ひ イヤ申お代官様には エゝどふ

いふ訳で与茂作を 此様にむごたらしう お手打にはなされましたな 日頃から正直正統なアノ男 不礼致そふ

様もなし 様子によつて此庄屋も 聞捨には致すまい コリヤ急度吟味を ヤアだまりおらふ 与茂作とやらんが

殺されたる其場所へ 来かゝつた其 何じや身共が殺した エゝ夫には何ぞ証拠でも有か 土ほせりめが 又

夫成やらうめ 親の敵なんどゝ訳も云はず 苗を以て打付け コリヤ見よ 侍の顔に泥をぬるたる慮外者

真二つに打放すと 反打かゝればとゝむる庄や 娘をかこふて在所中 ヤア何ぼでも切らしはせぬ ヲゝ非道な

事に人が切れるか切て見や お代官でもこおふない そふじや/\と口々わめく ヤレ村の衆やかましい しづかに

 

物をいやいの 又臺七様 此子が慮外は僅かのkと 畢竟申さばコリヤコレ 幼少のくはんぜなしと

申物 夫にお手打などゝは ヘゝゝゝちとお役がらに似合ませぬ 又与茂作が殺されていた所へ お出なされ

ましたがふ仕合 是非お前様もナコレ懸り合と申物 此通り殿様へ村中一統訴へます そふ心へて御ざりま

せと 理屈親仁に云込られ 返答しかなの其折から 臺七が家来貫平 息を切てかけ来り お旦那

是に 弟御の臺蔵様 昨日ゟお行衛詮議致す所 隣むら明神の森の内に此お首 お體(からだ)は

一町斗 山道に捨置たを 漸見当り則持参と 聞ゟ恟り何弟臺蔵が隣村に殺されいたとな

ヘエしなしたり何者の仕業ぞと 驚く中にも一分別 コレ見よ庄や百姓共 身が弟一昨日ゟ行方

 

 

36

しれず 然るに今聞く通 殺されるも隣村 是を思へば人をあやめるあうれ者 此近辺を徘徊するに疑ひ

ない すりや与茂作を殺したも 大方同じやつと思はるゝ 見れば数ヶ所の刀疵 百姓つれが手ぎはでない

浪人者など尾羽打からし あてれ歩行(あるく)に違いない 何と与茂作は身が殺さぬと云事 サ是でうたがひ

晴たかと 頓智の佞姦弁舌に 云廻されて百姓共 流石の庄やも理の当然詞の一理 思案の

吐胸 臺七はしすまし顔 ヤナニ丹助貫平やい ソレ弟が死骸 身が屋敷へ持帰れ ア思ひも寄ぬ

災難 七郎兵衛身が心を察してくれやれさ ナニ与茂作とやらも不便千万 娘か歎き思ひやると 此

場をくろめる間に合詞 善と悪とはまがはねど 暫しの曇り天道の 鏡に心残れ共 家来 引連

 

のさばり行 跡は泣入娘のおのぶ 庄屋が差図に在所の者 あたりの戸板に与茂作が 死骸を乗て

かき上れば まだいわ(と)けなき子心に思ひ詰たる孝行の 念力通す大盤石 敵は誰共白石や 石に立矢の

ためし迄 弓も引方在所中 田の面の蛙泣連て 我家にこそは立帰る 早たそかれのあぜ道を うそ/\

戻る志賀臺七 あたりを見廻し目覚への 深田おしわけくだんの鏡 忝しとおしいたゞく

後へぬつと忍びのくせ者 鏡もぎ取臺七が ひばらを一当一さんに跡を くらまし〽行空の