仮想空間

趣味の変体仮名

双蝶々曲輪日記 第一

読んだ本 https://archive.waseda.jp/archive/index.html

      浄瑠璃本データベース  ニ10-02245

 

 

2

双蝶蝶曲輪日記

第一 浮瀬(うかむせ)の居つゞけに相図の笛売(ふえうり)

爰に一つの望がござる 京の女郎に長崎いしやう

きせて ちゝやちん/\ちつくり江戸のはりをもたせて 大

坂の揚屋で遊びたい ほんにそれもよかろかい のめ

やうたへや一寸さきは関の夜の花を見るのも一趣向と

浮瀬(うかむせ)が奥庭の梅花の枝にらうそくつり夜の 花見

 

 

3

を夜どをしに 呑あかすは山崎与五郎 藤屋の吾妻姉

女郎の都諸共居つゝけに ひいつ うたふつたいこの佐渡七 御機

嫌を鳥部山かはい/\の烏の声 夜明前とぞしられける コレ

旦那 お目がとろ/\致します 吾妻様や都様は御酒がたらぬ

かねむけが見へぬ 浮瀬で朝ざと出かけふ コレ中居衆 かる

いお肴はやう/\ いか様そちがいふ通 こち斗が酔た迚上客の

都殿に 酒がたらいで気のどく 殊に追付勤をお引なさるげな 番

 

頭の権九郎がきつい執心 女房になつてやる気はないかへ したがやはた

のなん与兵衛とふかい中と聞及べば 定て工面がしてあらふ 何にもせ

よめでたいお仕廻 吾妻も太夫殿にあやかれ/\ ほんにわしも都様

にあやかつて 里の苦患(くけん)が遁れたい そりやもふやんがての事いな 与五

郎様へ嫁入の時 此都は仲人役 イヤ/\其嫁入の風がかはつて気のどく

吾妻様はしつてござらふが 旦那はお聞なされまい それは気がゝり佐渡七聞

せい されば彼西国のお侍 平岡郷左衛門様が吾妻様を請出す迚 井

 

 

4

筒屋できのふから もみにもんで手附金の御才覚 なんぼ二腰きめ付

てござつても つい金は出にくいやら 今において沙汰がない 譬沙汰があつた

迚此吾妻は 郷左衛門様に身請しらるゝ事はいや/\ そりやお道理 今でも

旦那から三百両といふ手附が渡れば もはやけふから山崎の奥様 彼お

さむが あをちやつてもゆびさす事も成ませぬ 半時でも早ふ手附

の渡つた方へ相談が極まれば けふ一日が夫婦になるかならぬの境 いはゞた

つた三百両 どこぞに積で有ふのに アゝ金がほしいな 二八十六で文付られ

 

て 二九のエゝ佐渡七様何じやいな 吾妻が顔もしらず 面白さふにおかしやん

せ イヤ/\/\けふお金がとゝなはねばおまへはおさむに添ねばならぬ アゝひつこいわい

な ヲツト心得 もはや座敷に佐渡七が呑さふな肴はないか ヲゝそれよ 酒故に

は花を貰た末社も有 我はいやしきたいこなれ共 酒呑事は誰におとらんと 酒

呑ひしやく追取 此ひやし物鉢を前に置 栗にもせよ梨にもせよ 心ざす

所は我肴 あすは腹がそこによう共 たんない/\大事ない コリヤ/\佐渡七 もふ見

たふないつくしをやめい 今わが手附の咄を聞ては暫しが間も待れぬわい 此

 

 

5

度おれも権九郎連て 屋敷の為替三百両請取に下つたれば 幸其金を手

附に渡し其侍めに鼻明せふ 佐渡七は大義ながら石(こく)町の宿屋へいて 手代の

権九郎に金子請取 直ぐに藤屋の親方に渡し 手附の請取取てこい エゝあぢな

事が気にさはつて酒がとんとさめ果た 所とかへて呑直さふ 君達こちへと手を引て

奥へ入ば佐渡七は 何でもしてこいよい銀(かね)もふけ 無間の鐘をつき当てたと 心も

空に飛石傳ひ表へ出 向ふを見れば野道よりいつこかはと手代殿 ヤア権九郎様

今逢に参る所 夫は幸 都が事が首尾ようなつたか イエ/\そんな事じやない お前

 

も御存知の彼屋敷のお侍が 吾妻様を身請する迚 けふあすの中に手附

金を渡す筈 夫で旦那が以ての外せきが来て 半時も早ふお前から金三百

両請取て 手附に渡せといはるゝか こりや面白い 都をば手に入る金子のつるに取付

たぞ とは又どふじやな されば われにも常々咄て置通 かふした事も有ふと思ふて 是

を見よ 是はきのふ請取た為替金三百両 此又三百両はおれが兼て拵おいたしんちう

小判 是をしやんとすりかへて とうみやく包に与五郎殿の印判おさせ 向ふから尻が来るか

あのたはいなしに科を負せる権九が計略 さつてもしたり 首尾よういたらばコリヤ佐

 

 

6

渡七 葭原(よしはら)かあはざにて三間口を買てやろ こりや忝い 夫なら奥へいて だま

れ/\ 贋包に印判をでつかりさしたらこつちの物と しめし合せて権九郎 佐渡七伴

ひ入にける すぎはいは草の種迚様々に 世の憂ふしの笛細工 かさに小笛をぶら/\

と子供たらしの荷(にな)ひ売 清水邊を吹あるき サア/\買たり 横笛しゝ笛唐人笛

鼻でふくのが猪笛 らつぱちやるめら笙の笛と吹立/\売立る 笛の音による

鹿ならで 合図の笛と聞よりも 都はそつと座敷をぬけ出見ればまがはぬ其人

と ろじ下駄横に走り出 ヲゝなん与兵衛様 よう逢にきて下さんした さればいの お

 

れもわがいの文見ると 夕部こふと思ふたれど 此浮瀬は揚屋と違ふて 夜は

ちよつ共逢れまいと思ふて 商いの出がけに来たと いふ顔つれ/\打ながめ 以前は八幡で

南方与兵衛様迚 人に人をつかふた身の上 仕付もせぬ商でアゝいとしぼやきつう顔

にやつれが見へる あの夫(それ)はいふ迚呼寄たか アゝわつけもない イエそふでない外に咄す事

が有 よし又おまへの顔が見たさに 呼寄たら科に成かへ 咄したいといふは 与五郎様の手代権

九郎 たいこの佐渡七諸共に きのふから段々と わしにいふのを聞しんせ 追付年も明く

げなれば 何かに付けて心に叶はぬ事があろ 借銭万事を請こもふ どふぞ逢てくれんか

 

 

7

と あの佐渡七つらめが同じ様にあた憎てらしい どこで聞たやらおまへの事迄云くさる

そりや死しなにたのしうなると よい鳥がかゝつて仕合 遁てやつたがよいわいの 逢気な

らおまへにやいはぬ 若し疑ひの心もあろかと思ふていふにどふよくなと恨つらみも人めを

忍び アゝ誰やらくるはいなと 隠るゝ間もなくたいこの佐渡七 ハア都様爰には何して され

ばいの あの笛の音が面白さに爰迄聞に来たはいな アゝおとなげない けふ中に返

事聞切る迚 権九郎様も待てござる 我抔は又吾妻様の身請の手附 今持てま

いります 後に御げんと云捨て くるわをさして急ぎ行 エゝひよんな物がきて 咄しの

 

邪魔と立よれば 都様/\と座敷より中居が声 ヲゝせわしな あれでは何も咄され

ぬ わしがくる迄切戸のかげに待て居て下さんせ やいの/\の返事さへうなづき/\なん

与兵衛 荷を打かたげ物かげに暫し忍んで待いちゃる 師走の日脚(ひあし)せはしきに 世事

に構はぬ西国武士平岡郷左衛門 取立の諂(へつらひ)武士三原有右衛門 勝曼(しよまん)坂ゟそろ/\と供の奴(やっこ)が

摺火燧(すりひうち)に たばこくゆらせのふ有右殿 あの騒ぎは山崎の与五郎 成程/\ 是程の

騒に 彼こは高なたいこの声がいたさぬと 噂半ばへ息を切てかけ戻るたいこの佐渡

七 夫と見るより小腰をかゞめ 是は/\郷左衛門様有右衛門様 おめつらし所にてアゝ合点/\

 

 

8

太夫様方が此浮瀬へお出の様子をお聞なされ 跡をしたふてきたとはきつい心中者

め 扨お聞せ申たらお腹の立事か有 今朝俄に与五郎様があつま様の身請なさ

るゝに相談 則我抔が手附金三百両持て参りしに 幸に藤やの亭主が勝(しよ)

曼(まん)の絹やへ 汁にきていられた故金渡して帰りかけ 何云さ身共をせかさふと思ふて イヤ誓文で

ござります コレ此札(さつ)御らうじませと手に渡せば郷左衛門 ひらいて見るよりくはつとせき

上 飛かゝつて佐渡七が胸づくしをしかと取 扨々うぬはにつくいやつ 与五郎とひとつにな

つて 身が武士を捨さすか かやうな事も有ふかと 常々儕に物とらせ頼置た

 

は何の為 手附渡さぬ其中に早速身共へなぜしらさぬと 二人が中に引はさみ 鯉

口ちやんといはすれば佐渡七は身をちゞめ アゝ成程御尤 わたしも其気が付ぬてはなけ

れ共 事急なればおしらせもえ申さず そこで我抔が分別出して あづま様をお手

に入れる仕様をさらばお目にかけふ コレ此手附の請取に 宛名を取ぬが我抔が工夫 今

でもお金が調へば 宛名をお前に書きかへる 何とよござりますか こりや出かした それ

ならば手附の請取に 郷左衛門が宛名を書て持ている 三百両調ひ次第われに

渡せばよいではないか 成程/\ 此ほうびにはずつしりと ヲゝ合点じやと紙入より ひらり

 

 

9

とはづむは清水の 花も及ばぬほん山吹 黄色に成てくるわの亭主 息つぎあへず

ヤア佐渡七殿爰にか 扨まあ何かは指し置て あつまを身請なさるゝお客に 今おめに

かゝりたい そりや幸じや 則あなたが身請なさるゝ郷左衛門様 是は/\ 私は太夫が親方 ちと

みつ/\に咄申たい事がござります 只今つかはされた手附金 早速百両封を切て

見ましたれば中は赤がね 是御らうじませと財布より取出せば 二人もはつと惘(あきれ)顔 佐

渡七も空驚き わたしが持て参つたれど 明けねばしろふ筈もなし エゝにつくいやつじや

急度御詮議なされませ イヤサ出所がしれて有ば詮議もしよい 其方は浮瀬へ

 

いて山崎与五郎殿に 平岡郷左衛門と申者 それへ参つて御意えふとゆつてくれ はつ

とはいへど底気味悪く どふしたらよからふと 胸に思案は浮瀬の路次(ろじ)より外へ

はづしけり くるわの亭主手をついて 金の御詮議なさるゝならばお隙が入るでござりま

しよ 金をおかへし申たれば 最前の手附の請取 お戻しなされて下さりませ 成程/\一札戻

さふと投返し重ねて此方ゟ手附持して遣はそふ 然らば左様 太夫が身分宜敷と 挨拶述

て立帰る 二人打連れろぢよりすぐに 座敷に上り 郷左衛門殿 与五郎は出ませぬの イヤサ町人

風情でしやもつたい 与五郎逢ふと呼ぶ声に 何事やらんとあはてふためき奥より出 ハア

 

 

10

どなた 山崎与五郎とはお手前じやの 身は平岡郷左衛門 先立てたいこめに云てこせしに

なぜ出ぬぞ イヤ其義は何共承はりませぬ フウ逢たいといふ別義でない 今日殿の

御用に付き金子三百両請取 ひらいて見れば残らず贋金 其包には其方の封印 コレ

見られよと投出す 与五郎驚き手に取上 見れば手附にうつたる金 使いにやつたる佐渡

七がしわざか どふ廻つて手に入しと 不審晴ねど打明ていはれもせず 返答にあぐみし

が 暫く思案し手をついて 成程包は手前の封印 併(しかし)金銀の取さばきは手代共に

申付 拙者はかつて存ぜぬ義 立帰つて手代をとくと詮議仕らんと いはせも果

 

ず コリヤ与五郎 郷左衛門は武士じやぞよ お身が詮議をする間殿の御用をかくべきか

のふ有右殿成程/\ 殊に贋金は添加の大罪 穏便に事を済すが武士の情 アゝ左

様ではござれ共爰元は他所の事 旅宿へ帰つて金子調達仕らんと 行を両人前後に

つつ立 イヤサかふ云かゝつてはいつかないかな待つ事ならぬと 金に事よせ郷左衛門が 無体も恋の

意趣ばらし とやせんかくやと与五郎揉権九郎佐渡七と 呼共出ず動さず なんぎの

折からなん与兵衛 つつと出て二人を突退け コレお侍 よいかげんにもふいなれい こいつ何やつ

なれば 横合から出しやばつて慮外を働く推参者 ハアハゝゝゝこりやおかしい 其横合はわ

 

 

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ごりよ達 何で身共らが横合 ハゝアおかれい そんなりや其金 ごこの誰から請取た

夫聞こわい イヤ夫は ヲゝそふじやああろ コレ其金はの 是鳴る与五郎殿ゟ くるわへ手附に

渡つた金 たいこ持めとぐるに成ての なんと胸にこたへるか ようしつている此笛売

ひつとでもいふて見や アゝ手むさい侍じや イヤサ儕が様な無理いふやつには相手にならぬ

コリヤ与五郎 あの様な金銀を通用する科によつて 身が屋敷へ連帰り しはり首打つ

覚悟せよと 立よる二人が首筋つかみ左手馬手へ踏すへ蹴すへ 縛り首とは

うぬらか事ときめ付れば 儕投たぞよ 堪忍ならぬと切かくるを田葉粉盆(たばこぼん)

 

にて丁と請け 又切付るをかいくゞり腕首しつかと取り 見りや大事もない侍そふなが こんな

事に刀抜てもよいか 扶持をいたゞく主の事も 身の事も思はぬの さつても揃ふたちえなじや

と 突飛されて顔見合せ いか様爰は所か悪い 重て儕ひどいめにあはしてくれふ よいいにしほと

両人はこそ/\/\と立帰る あつま都は走り出 わしや今のもや/\で癪が上(のぼ)つたわたしもと 胸撫お

ろせば与五郎 扨マア礼は笛売殿 何のお礼に及びませう 私はお前のてゝご与次兵衛様に 一字

を貰ふて其昔は 八幡(やはた)で人にしられたるなん与兵衛と申者 フウ扨は聞及ぶ南方の与兵衛

殿か 是は/\ 夫なれば与五郎共縁者同前 殊に又都殿とわけ有と聞たれば 是以のかぬ中

 

 

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ついては与五郎が 心入にも成為なれば 佐渡七に遣はせし手附金三百両 郷左衛門が手に入た様子

は アゝ成程併爰は端近 旅宿へ参つてみつ/\にお咄申さん 夫ならば御酒一つ イエ/\只今はかつ以て

ヲゝかたくろし 与五郎様もあの様にいふてじやのによいわいな イヤ/\都そふでない けふは一日のらかはい

たれば まつと商せにやならぬ 笛がうれぬといんでから咽が ぴい/\なるはいの 来たこそ幸 清水

の観音へ参つて帰りましよ 皆様さらばとなん与兵衛 荷を打かたげ別るれば 三人打連浮瀬

のもとの座敷へ入にける 始終立聞手代の権九郎 たいこの佐渡七に手招き 今のを聞たか

扨につくい笛売め きやつがおおかた都がきだん なん与兵衛めに極つた どこにいつからおつたやら

 

何もかも皆しつておる あのくらいならこちらが事も親方へぬかすてあろが どふしたら

よからふぞ コレ権九郎様気遣ひせまい 此上の浮瀬に今の侍衆がいらるゝ 頼んでばらし

てもらをふか よかろ/\サアこいと 尻ひつからげ清水の坂をしどろに上り行 かく共しらずなん

与兵衛 観音へ参詣し売残りの笛売ていのと 舞台の上に荷をおろし 子供あつめる曲

笛の高音も風もひいやひや ひしいでくれんと権九郎佐渡七 つつと寄てなん与兵衛

が 両の小がいなしつかと取 最前儕は侍衆によう慮外ひろいだな 目に物見せんと捻付くる

心得たりとはりのけぶちすへ 又立上つて取付く二人が腕捻上 右と左へもんどりせ 朸(おうこ)追

 

 

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取背骨肩骨なぎ立れば 思ひがけなき後ろより郷左衛門有右衛門 物をもいはず切付る身

をかいしづみ持たる朸で丁ど請 ヤアだまし切とは卑怯者と 拂へば付入付込を はつし

とはぢき とんづはねつ働け共相手余人に我一人 朸もなんなく切おられ 笛を釣たる傘

追取ぬけつ くゞつつ請ながせば跡じさり 透を窺ひ勾欄(こうらん)に 飛上ればとつこいやらぬと切

込む拍子 ぶたういをひらりと一飛に飛だるかさに 風持て 次第にさがればぶたいには 二人の者が口

あんごり 傘をちからになん与兵衛畠の中におり立て ぶたいを見上 うつそ

り共 それにゆるりと とけつかれとどつと笑ふてあぜ道を長町さして 〽立帰る