仮想空間

趣味の変体仮名

双蝶々曲輪日記 第四

読んだ本 https://archive.waseda.jp/archive/index.html

      浄瑠璃本データベース  ニ10-02245

 

 

38(左頁)

  第四 大法寺町の立引に兄弟のちなみ

大坂に こゝも名高き 嶋の内 大宝寺町に年を経て角をたやさぬつき米や ひとり息

子の長吉はてゝ親なしの我儘育 姉のおせきはあたふたと見せの帳面くりかへし 駄売小

売の石高を おくそろ盤の手品迄男まさりと見へにける 春雨の向ふしぶきにかさ

かたむけ 我家へ戻る放駒 門口に立はたかり 此又雨のふるのに俵物をなぜ入ぬ のら共で

有わいと 片手に提(ひっさげ)ほうり込/\ 傘さげて内に入 コレ姉者人 此まあ男どもはどこ

へいきました サイノ見てたも 一人は頭痛で枕が上らぬ 勘兵衛は心斎橋の錺(かざり)屋へ飯米(はんまい)

 

 

39

持て ムウそれならばてつきり座摩か稲荷のけいこ場へはいつて居おろ いけもせぬ声

で浄留りを語ろより からうす歌の稽古でもしおらいでと 云つゝ上ればコレ長吉 内

人の者の居る前ではいわぬが 人の七難より我十難とそなたもちつとたしなみや 内の

手廻し諸事万事此姉に打任せ 明けても暮ても外を家 アゝ又姉者人のぶつ/\と よ

まひごろ聞飽いた おれも夕部は蔵屋敷の侍衆に逢ねばならぬ用も有 其上に友

達共 出入の尻持てくれと頼んだ故 夜をふかしつい泊つたが夫が何としました アレ

まだいの 異見かましい事いふとつい其様に腹たちやる もふけふぎりて何にもいはぬ 定て

 

飯もまたであろどれ茶をわかしておませふ 我子のやうに弟を思ふは姉のならひ也

是も/\夜あはき仲間 野手の三 下駄の市 悪鬼共が蛇の目傘待ち一ぱいに肩ひ

ぢを いかつがましく表より 長吉内にか 誰じや イヤおれじやと打連て すつとはいれば ヲゝふたり共

わるい日和によう来たな コリヤ下駄よ こちの内にまはやらぬ其傘をすぼめぬかい ほんにそふ

じや したが火がふらいで仕合じや エゝどふいやかういふとえらいおとがい サア/\遠慮せずとあがれ/\

ヲゝあがらふと泥脚(すね)をからへの裾で押のごひおいえいつぱい伸上れば 悪者連は猶以て詞

やさしく姉のおせき ヲゝ皆ようござんした たばことてもまいりませ 長吉もひもじかろ 友達

 

 

40

衆に断りいふて喰てしまやと 親の譲りの椀折敷 明て見ね共弟を思ふ手づからの

煮焚物盛ならべ 皆もちつとあがらぬかと膳なをすれば ほんんびわいらもくはぬかやい イヤ/\

世話やきやんな 下駄もおれも砂場へ寄てナア市よ ヲゝ二八をけたをした こりや膳廻り

きつうおごるな 平(ひら)は大根(だいこ)と油上 焼物は小鯛のやんば煮 こりやうまかろ イヤもふおれ

も夕部の酒で肴はくへぬ 水糝(みずざうすい)といふ腹あんばい そんならおれにくはさぬか ヲゝすはつた物で

も大事なくば 是を肴に一つ呑め 姉者人むつかしながらかんしてやつて下はんせ ヲゝ安い事/\

そなたの食後におまそふと 爰にかんをしておいた 夫は幸サアふたりながら呑/\ そ

 

りや忝い われもちと呑んか イヤ/\おれにかまはずと 此汁椀で下駄から始い そんなら姉様

たんますと だうらく共が酒追従 こりや上かんじやと 引請/\さいつさゝれつもぐか廻つて大

肌ぬぎ コリヤ/\下駄よ 酒かしゆんたに肴せぬかい じやてゝ謡(うたひ)はしらず浄留りは本が読ず

アゝよい肴思ひ出した近所も思はず声はり上 哀なるかな石どう丸は ヨイ/\ 父を尋て高

野や登る よい/\よいやなありやゝ こりやゝヤイふたりながらはめをはなすな おれはかまはねど

爰は町家 アレ姉者人も近所の手前を思ふて気のどくがつてじや 通り筋をぞめく様にあだ

口をやめてくれ エゝわれもよつほど臍より下に 分別のみばへが出来たやらかたい事いふな ヤア臍

 

 

40

の次手にコリヤ野手よ われが臍はいかふ黒いなァ 垢取なよきつう力か落るげな おれは

此中取たので 夕部新町橋の出入顔(つら)なとかぶりかいてこまそとかゝつたれど 何くらふてうせた

やら向ふのやつが其強さ すでの事しめらるゝので有たが 長吉が来てくれたで先のやつめが

アゝ手ひどいめに逢おつった ヲゝ夫斗じやない西口の出入も 此長吉が居合たすば皆どつかれて戻

るじやあろ 夫は格別 わいらも知ている山崎与五郎と あづまの事に付て侍に頼まれ 晩に

は濡髪とぐつと立て引せにやならぬ はした喧嘩とちがふて 相手が長五郎なれば生きるか死るか二つ

一つと 喧嘩咄しも聞づらく姉のおせきは身ごしらへ びらり帽子もいろけなき 丸ぐけのかゝへ

 

帯引しめ/\コレ長吉 おれも今夜は同行衆へ志の逮夜(たいや)に参る 飯も酒も爰に有る

喰たりしんぜたり仕や あの人も一人なれば皆もゆるりと遊んで留主して下さんせ アイ野

手とおれとが留主をすりや慥な/\ そりや忝いそんなら頼ますぞへ 嬉しや雨も上つたそふな

近所の徳は引ずりで軒傳ひ皆様是にと出て行 コリヤ下駄よ 是から長吉に留主事

ほつて もひとつ呑じや有まいか よかろ/\ ヲゝ望なら酒はふるまはふが ふたりながらひよんな事が

有わい 今もいふ通り今夜は四つ橋へ 濡髪と出入仕に行契約なれ共 姉貴がるすなれば

行れぬ エゝうまい事いふな 出入して生きよふも死ふも知れぬのに内の事思ふかい イヤ/\そふで

 

 

42

ない 長吉が身はどふなつても構はねど 姉貴にるすを預つたりや表が済まぬ 定て濡

髪が待て居よ ふたりながら長五郎にいてあふてくれ 叶はぬ用で出入の場所へいかれぬ 大義

ながらおれが内へきてくれといふてくれ そんならいてやろ 濡髪が来たらば長吉ひけを取なよ

晩に逢ふサアのでいけ/\ コリヤ待てわいらいた共外のこま云(こと)必いふなよ ヲゝ合点じやと肩

打ふり四つ橋さして急行 折から来るは権左衛門有右衛門を同道にて 血眼になりかけ来り

長吉は宿に居るか 是は/\おめづらしい イヤサめづらし所でないと 遠慮もなく両人はつか/\と

おいえに上り 扨長吉 無念な娘とをしたはい そちにも兼々頼たあつまが娘と しる通り身請

 

の値段も相済み 金子百両手附に渡し跡金渡す段に成てあつまが欠落 何と肝が

つぶれるか 察する所欠落したは与五郎 身が請出す娘と隠れなければ 女房盗まれた

も同前 此郷左衛門武士が立ぬ なふ有右衛門ヲ/\そふでござる 何長吉 そちも常々頼れて居

るあつまが身分 油断なく詮議をしてくりやれ ア々気遣なされますな 埋(うづん)だやつも大

かたにしれてござります 幸い呼にやつたれば前戯仕ぬいて上ませう そりyあ過分 くるはも

大勢手分けして 詮議さすと聞たれど其儘に捨置れず身も有右殿同道にて 高

津 生玉 塩町邊(へん)の借(かし)座敷を捜して見よ 吉左右(きっそう)あらば身が屋敷へ しらしておくりや

 

 

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れ頼む/\と立出れば 是は早々重てと挨拶すれど郷左衛門 むしやくしや腹で耳へも

入らず打連立て帰りけり 長吉は跡見送り エゝ此勘兵衛の大のらめ何をしてけつかるぞ 姉貴

の戻るようrにいらふと ざこくの私をぐはつたひし琉球の日覆(ひおゝひ)も破れかふれの立引せん

と しらせによつて濡髪の長五郎 さすが難波の関取と一目に見ゆる角前髪 脇指ぼ

つ込しと/\と門口より 放駒内にか ヲゝ濡髪か待兼た 下駄やのでにいふてやつたを聞

たであろ ヲゝこいといふておこしたによつて それできたかヤア面白い 橋向ひの立引に人がくれ

ば邪魔になると ずんど立て庭におり 表の見せ戸さしかため 立帰つてサア長五郎 廓

 

で詞つがふたけふの出入 われからしかけるか おれから手を出どふか何と/\ ハテざは/\とやかましい かふ

してくるからは死る生きるかどちらぞに 形を付ねばおかぬにせくなやい ヤアおさめ過な 今屋敷の

侍衆が見へてあつまが欠落の様子を聞た 定てわれが埋んだじやあろ マア其埋だ所を聞ふ

わい そりや此濡髪がかくまふまい物でもないが わりや又おれにどふして云すりや ヲゝ放駒かふし

て云すと しめに行腕外からみにしかと取 フゝウひんな娘とでは聞れまいと 取たる腕首おりわけ

て肘落し 直に前がは掴む手をさき退け それではいかぬ やつて見せうと両方一度にもろ肌脱

互に手練の身あんばいやつといふより合掌してひねればとまり 向ふ落せばとつこいさせぬ

 

 

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と濡髪がさしにくる腕ひつとらへ長吉が高むそう うつを飛こし小がいな取こりや/\/\と

引廻せば 敷居につまづき放駒尻餅どふどつきながら 傍なる脇指抜く間も見せ

ず 起上り切てかゝる俵口掴んで丁ど請 かなひもせぬ事すなやい して見せふと互に

身がまへ尻ひつからげ ひらいてはつしと切かくれば胴縄俵に切込で 流るゝ米は雨あられ

こしやくするなと鋒(きっさき)さがりに突かゝる どつこいさせぬと俵の楯 切先にて刎飛せば飛し

さつて抜合せ 請つ流しつ我流無法の白刃と白刃 白髪まじりの親父共 かごをかゝ

せて是じや/\と戸をたゝけと 二人は耳にも聞入ず 命限りこん限り切結ぶ刃音鍔音

 

ぱつしぱし 表よりはくはた/\/\長吉の大盗人と戸を打たゝき声々にわめくにぞ 長吉待て 待

とは濡髪おくれたか イヤおくれぬ 今あれ表をさゝいて われを盗人といふが耳へはいらぬか そん

ならばわれとの立引ちつとの間待てくれるか サアおれも盗人を相手には得せまいわい ヲゝ尤サア

ひけ われからひけと一度に抜身をさつと引 さやに納て濡髪もおいえにとつかと押直れば 表

の戸をぐはらりと明け 此長吉を盗人と今いふたは儕抔か ヲゝおいらじや 大それた事なればつい

立なからいはれぬ 皆こつちへはいらしやれと かご諸共どや/\と内に入 中にも人物らしき親仁先へ出

扨米やの長期血とはわごりよじやの エゝわか様は前髪だてらえずい事ようするの こちの男

 

 

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を夕部立売堀(いたちぼり)迄使いにやつたれば 新町橋でよう投たり踏だり仕やつたの それでこちの

内は人参の気附のと医者もんじやく コレかごの衆 たゝかれた者そこへ出していんで下され

コリヤ久兵衛いたくとこらへて爰へ出よ 何の意趣で此様に仕やつたぞサア夫聞ふ ヲゝといつ

じやしらぬが ほうげたを過ごすによつてたゝいたが何とした 夫におのらは此長吉を盗人とは何でぬ

かした ヤアけい/\゛しさふに物いふまい 夕部此男に銀六十両 日野の打違(うちがへ)へ入て持たしてやつたに

擲(たゝか)れた時から其銀がないと云ますはいの フウ其銀が見へねば此長吉が盗だのか マア

そんな物かい 大だわけの老耄共が 様々この事ぬかしてうえsる おれが又盗ぬ時は儕抔生けてはかへ

 

さぬぞよ ホゝウそりやどうながとこな様の心次第 其又盗ぬといふ証跡が有か見ま

しよわいの ヲゝ六兵衛殿どふじや/\ やはらかふいはす共 いつそ待ちへ断らしやれと近所へひゞくわゝ

り声 姉のおせきはいつきせき戻ればいつもの付けこたへ 様子をためらふ其中に又東から二三

人若い男を肩にかけ コレ/\五人組衆 マア長吉に逢て一(ひと)せつぱさつしやれ そふじや/\と戸

をひらき 長吉殿とはこなたでやすか 是はおれが息子夕部山本町へ謡講にいた戻り西口で かけ

構ひもせぬ者に喧嘩しかけてづなふどつきやつたの 夫斗からしやの紙入に 金三歩と豆板

が廿匁余り こな様は/\よふ味(うま)いことしやつたの 疵養生代と紙入の金共に 今戻しやつたら了

 

 

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簡せうサアどふじや/\ 成程うぬらがぬかす通り 西口の頼母(たのも)が門で出入した おれにちつくと

たてづいたによつてどづいてこましたが 金落したはあいつがたはけ 放駒が内へきてずか/\物をぬかし

たら どいつもこいつも手足をもぐぞ アゝゆすつた迚いふ事をいふまいか 惣別わごりよ達が

喧嘩しかけて物取をはつたりといふて今はやるげな フウそんならうぬらは此長吉を盗人と

ぬかすのか 堪忍ならぬと脇指追取立上る おせきは驚き門口より走り入 長吉にしがみ付き

コレ/\姉じやわしに任して待てたも コレこな様がたはどこのお人かしらぬが 見ればこどしのよつたお衆

ちつと物が麁相にござんす 麁相とは何が麁相 さればいな 長吉に限らず力達をする

 

者は 喧嘩口論をすきこのんで 科もない人を擲たり踏だりするは若い者のならひ 殊に喧

嘩はふり物 男は敷居を踏出すと七人の敵が有といへば 短気な弟を持た身は ほんに

/\夜一夜ろくにねた事もないぞいな 長吉が喧嘩してぶつった擲たといふのならば 七重

の膝を八重に折ても詫言はしませうが 金取たとは人の捨たる悪名 此詫言はわしや得せ

まい ほんにかはいさふに悪党には生れたれど 人の者を箸かたし取て戻つた事はない もふ此上は

弟が了簡しても此せきが了簡せぬ サア盗だといふ証拠見よ 証拠もなうていは

しやるは何と麁相じや有まいかと腹立まゝのふるひ声 エゝ姉者人こな様にかまわす事

 

 

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じやない イヤわしにいはしや そこにいさしやる前髪殿も 定て喧嘩の相人じやあろ ヲゝお

れも出入に来たれ共盗人を相手にやせぬ そちらの立引からしまはんせ/\ コレ/\姉御よう聞

しやませ 喧嘩の場から金が見へぬによつて 盗みやつたといふがむりか麁相か 但盗ぬといふ

証拠が有か ヲゝ其証拠は姉が見せましよ 弟の一装束入って有は此箪笥 引出しを

打ちやけて捜さすのか面晴れと 明けに立をコレ待た 是を見せれば家捜し同前 其家

捜さしておいて跡で存分いはにやおかぬ 姉に任しやと引出しの上一重は袴入 次は帷子薄羽

織 着物布子もでんくり返し 箱の底より引出すは ついに見付ぬ紙入打違 それ/\

 

それが取れたらしやの紙入裏は京繻子 其打違はこつちのじや定て銀(かね)は飛だじや

あろ 何と夫でもあらがふかと口々わめけば長吉も はつと吐胸をつき詰た 姉のおせき

は顔をも上ず面目涙にくれければ コレ姉者人おれが入物に何が有ふがかゞ有ふが おりや

盗だ覚はない まだぬけ/\とそんな事よういふなと たぶさ掴んで捻付け引付涙をはら/\と

ながし 此打違や紙入に足手が有て わがみの入物へはいつたか わがみがしらいで誰(たが)知ふ ほん

に皆の手前も恥しい 是迄ももしひらなか違へた事のない者が 其気に成るは神仏の

罰(ばち)かとがめか 何がまあとぼしうて因果な心に成たぞい 死しやつたとつ様や 此姉が顔

 

 

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迄よごすやうな事ようしだしたと打違取て用捨なく 擲すへぶちすへたる姉の真

身のこは異見 イヤサその様にいはしやつても盗みした覚はなし しらぬ/\覚がないと詞つごとに

云放す コレ/\そつちの異見聞にやこぬ 埒が明ずば明ける所で明けて見しよと ばら/\と立

上れば アゝ待て下さんせ 其銀わしがわきためましよ 暫しが中あの納戸へ ムウ其やうに

いはしやる事なら でんどへ出るがみめでもない アゝそりや忝い/\ サア/\こちへと姉諸共打つれ

一間へ入にける 長五郎は膝打たゝき コリヤ長吉 わりやまああぢな事するなあ ありやマア

ちやうかい さいやい 身に覚ぬ事なれど われが手前も面目ないと 脇指に手をかくれば

 

コリヤ何する 此脇指ひねくるのはわりや死るのか ヤモウあれ程に思ふてくれらる 姉貴の心が

どふも済まぬ われが盗せぬ事は此長五郎がよう知ている 殊にわれは日頃爰のずんどよい者じやに

よつてけふおれが立引にきたも相手がよさにきや したがわりや仕合者じや フウ何と 仕合者

じやとは この長吉をきよくるのか さればやい おれも在所に母者人を独り持ていれど 五つの時別れて

から逢たのはたつた一度 養子にきた先のてゝ親も死るゝ ほんの木から落た猿同然で 誰が一人

異見してkるえてがない われは結構な姉を持ち よい異見のしてが有て 夫で仕合者じやいといふのじや

惣別喧嘩する者は ばつたりして金も取様に思はるゝは アゝ無念な事じや おれも今のを聞

 

 

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ては此後ふつつりと喧嘩をやめる われも心を入直せ 殊にあの野手や下駄めは 悪いやつらじや

重ねてからは付合なと 打てかへたる詞も聞ず イヤもづそづいづてくれるは過分なれど どふ思ふて見て

も姉者人の顔が立ぬと 又脇指に手をかくる コリヤ待て長吉 イヤ/\はなせとせりあふ中へ 姉の

おせきは走り出 ヲゝよう留て下さんした コレ長吉姉がいつもいふた事今思ひしりやつたか 此後

心を直すなら わがみの顔は此せきが立てやろ ハテおれが顔さへ立つ事なら しかとそふじやぞや サア/\

同行衆皆来て下さんせ爰へ/\と呼声に ねだりにきた親父共肩衣(かたきぬ)かけて数珠つま

ぐり どや/\と立出る放駒も濡髪も ヤア/\こりやどふじやとあきれ顔 ヲゝ合点がいくま

 

いコレはこちの同行衆 常々わがみの喧嘩好きが苦に成ますといふたれば どふぞ心を入直してやり

たいと 今夜の逮夜に講中が 打寄て談合の所へわしが行 さつきに聞た喧嘩の咄しをいふたれば

同行衆が此様に先の相手に成て ねだりこましやつたもわがみを真人間にしやうといふ皆のおせわ

そんあらあの打違(うちがい)や紙入を入て置たは ヲゝおれじや 必悪う聞きやんなや 人に悪う思はれぬ

も親のかげ てゝごは丸屋仁左衛門迚 此町では口利の結構者(しや)後生願ひで有たのに 其人

の子にわがみの様な者がよふも/\生れた事じや とつ様の死しな迄苦にさしやつたはそなたの

事 わしを枕元へ呼で おれが死だらあの悪者が身の行末 思ひやられて迷ひの種 姉よおれに成

 

 

50

かはつて異見してくれよと 死病(やまい)は苦にもせず そなたが事ばかりを云死にさしやつた 末期の

一句が此耳に残つてわしや得忘れぬ 夫故に此姉が一生身を持かため わがみの心を直したらめい

どにござるとつ様の とひ弔に勝らふと思ふて心を砕くわいの 殊にけふはとつ様の年忌じや

に 出入とやら喧嘩とやら 殺すの切るのといふのをば くさばのかげからとつ様か 見てござつたら悲しか

ろとわしや泣て斗いた それで此年忌にも れき/\の子は有ながら内で弔得せずに同行

衆でして貰ふた 若しけふの日を忘れたかと さつきにも肴据たればどふ思ふてやらくはなんだは

まだ人間らしい所が有 さつきにも友達衆のあだ口を聞けば としはもいかぬ石どう丸 乳を尋て

 

はる/\゛と 高野の山へのぼつたといのふ 夫程こそはあらず共親の年忌の逮夜に おま向(むき)様へは

手も合さず 色里へはいり込 人を投たりふんだりして 夫がマアとつ様のとひ弔にならへかゝ 心

に思ふ有たけをかぞへ立/\ 弟を思ふ真実に 袖も袂も千石通涙の種をふるひけり ヲゝ姉

御尤じや/\ 長吉殿よう聞しやれ こなたの心直そふ為に同行共がよい年して 拵事して

来たも仏様の方便と同じ事 こなたの心さへ直れば 夫がおひ弔と成て仁左殿も仏に

ならるゝ合点がいたか サア合点がいたらば今爰で 誓言立て聞さしやれ イヤもふ皆其様に

世話やいて下んすを おれもわるうは聞ませぬ 是からはふつつりと出もしよまいし 商ひを

 

 

51

精出して姉者人の詞を背きますまい ヲゝ出来た/\ コレおせき様悦ばしやれ アゝ嬉しうござり

ます 是といふも同行衆のお世話故 長五郎も爰に居さしやるこそ幸い 此後弟が身

の上は万事おまへを頼ますと 口のこはい放駒同じ仲間のふみ馬に 頼は姉のりはつなり

いやもふ夫は互々頼れたり頼んだり 兄弟同然にナア長吉 念頃にしやうわいな ハテわが

みさへ其気ならおれもそふせふ ヲゝそりやよい事じや/\ そんなら姉様もふいにます コレ

長吉殿 是からは同行の顔も見しるやうにちとお寄にも参らしゃれ アツアとかく何事も

御開山のおかげなんまみだ/\/\ サア/\皆の衆いざござれと打連立て帰りける 息つぎあへ

 

ず下駄の市 門口からこは高に コリヤ長期血彼屋敷の侍衆が 与五郎とあづまとに なんば

 

からで出くはしやつさもつさの最中 野手を残してしらしにきた早ふいてやれ おれも是から恋

の出入の仕廻を見よと 又引返し走り行 濡髪聞よりつつ立上り 与五郎殿とあつまと

が侍に出くはしたか なむ三宝 長吉さらばとかけ行を マアまて長五郎 なぜとめる ヲゝサおれも

姉者人の異見でもふ侍の肩はもたぬ 今兄弟の約束して 独りやつては心元ない コレ/\/\

長吉まちや たつた今わがみは誓言立ててまたいくのか そりやならぬと引はなし 長五郎を

突出し いてござんせと戸をひつしやり ヲゝ合点じやと逸散になんばうらへと〽かけり行