仮想空間

趣味の変体仮名

双蝶々曲輪日記 第六

読んだ本 https://archive.waseda.jp/archive/index.html

      浄瑠璃本データベース  ニ10-02245

 

 

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  第六  橋本の辻駕籠に相輿(あいごし)の欠落

思ひなくて藪入したき 親里に 与五郎が嫁お照 さらるゝとなく去となく呼

戻されて明け暮に しんき/\のぶら/\病さのみ床には付ね共 つれなき床も

なつかしき お気のもつれをなぐさめる下女が按摩も咄し伽 申御寮人様

わたしや先日お隙貰ふて 京の芝居見ましたがな 江戸役者の中村七

三 二のかはりの浅間がたけ 見て参りましたが面白い事でござります 女形は花

井あづま 奥州といふ太夫に成たよさ それは/\七三が傾城買いどふもいへ

 

ぬ ああれなりやほんにどつちやからも 惚る筈じやと思はれますでござります

と よその噂も身に当り ムン其花井あづまとやら 傾城になるかや アゝ見たい

事じやなふ あづまといふ名で太夫になれば 与五郎様の惚てござる 藤屋のあづま

も同じ事 どの様にすれば殿達に思はるゝのじやわしや見たいと いとゞくよ/\

ひよんな事 云損ひの出直しにお茶あぎよと達て行 えい/\ ヲツトつえ

しよかい てもしまな物じや 太助 廿六七貫あろかい ヲゝ有共/\ 旦那が十四五貫

女中様が十二三貫の相輿(あいごし) 枚方(ひらかた)から橋本迄 五百(げんこ)には安い物じやナア甚兵衛

 

 

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ヲゝ勘六と喜兵衛とが鬮(くじ)取に当つたら へたりおらふと持ち自慢 つい行過る

門(かど)の口 おつと爰じやぞおろして貰を 辻駕(つぢか)はせもうて腰も首もむり/\いふ

ヤレしんどや/\ あるいてちつと休ふと垂(たれ)をひらりとコレあづま かうづたり乗たなりは

角(かく)にいの字で四角な長十郎 見立てがきついかけうといかと 欠落しても口へらぬ

面白病(やまひ)は一盛(ひとさかり)橙にてや直るらん 太助は明きかごふりかたげ そんなら甚兵衛跡から

戻りや ヲゝお約束なりや程がしれぬ ヲゝはよ仕廻や 旦那是に 大義/\ サア太夫

どふせう どふやらいふので有たのづ それをわしに何の談合 奥様もきてござりや

 

お逢なされてよいやうに おつと合点 甚兵衛はどこぞに待たしておきや わがみは爰をいごきやん

な じやがおれはつつとはいろか 頼ませうといふかと くしやらむしやらもしき高に舅の内

を指し覗き むまし 昼寝我抔がお内儀様 幸い傍(あたり)に人はなしと つか/\と入て枕元 どし

/\/\と足音に ふつと目覚て見合す顔 エゝ与五郎様 ようお出なさんした 何と思ふて

来ておくれなさんした 何とはわかみに逢にきた そふおつしやるは嘘なれど 嘘にもそん

なお詞は 聞初めの聞おさめ エゝさいさきの悪い事いふ人じや 舅殿はおるすか イゝエ奥にぎよし

なつて ムゝ寝てか ソレで半分落付た マアお供には誰(た)がきたへ イゝヤ誰もこぬ連れが有る

 

 

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お連はどなたじやおはいりと 挨拶ながら表の方 ちらとそぶりを見て取る廻り気 与五郎

様聞えませぬ お気に入ぬは私が科 幾日(いくか)お宿にござらいでもどふと申た事はない とゝ

様の堅い気から 親与次兵衛に謝らさにや なんぼでも戻しやせぬと いぬ事ならぬ私

悋気でいなぬとお腹立 面当てにおづま殿連立てきて是見よがし わしや近付に

成もせふ とゝ様はどこで立つ 夕部も読だ本の中悋気も少しはあいそじやと 書ては有ど

けがな事思ひもせにやいひもせぬ わたし斗かとゝ様迄ソレ程お前は憎いかへ おどふよく

なと恨泣傍で聞居る夫(おっと)より 洩れ聞くあづまがせつなさは 身を悔むより外ぞなき

 

イヤそふじやない有やうにいを おりやかくまふて貰ひにきた エゝてゝご様の御機嫌がわ

るうてかへ イヤ親父はしらぬけれど 内へいなれぬわけは あそこにいるあのあづま 請出さふ

といふ客が有て どふも済ぬによつて連立て欠落 景清は牢破りあづまは関破り

内へはどふも連てはいなれず 誰を頼ふ所もなし 頼ふ人はわがみ斗 舅殿へ沙汰無にして こ

そで二人をかくまふてたもらぬか コレそづじやいのふ ザアそれも皆わたしが科 お気に入様

に生れたら其御苦労はさせませぬ エゝそんな所じやない かくまふならかくまふとちやつ

といふてたもいのと せく男には返事もなく表へ出て あづまが手を取 せはしなければ

 

 

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しみ/\゛とお近付の挨拶せぬ 是へ/\と連て入り お前はわしが身にかへてかくまひおゝせて

隠しぬく 与五郎様はお館へ早ふお帰り遊ばせと 聞にあづまがふしぎ立て 憎いやつじやとお

叱りもない いやしい此身とお育ちがら それに不審はなけれ共 与五郎様はかくまふてわたしは

ならぬと有そな事 あちらこちらのおつしやり様 怨(あだ)を情でお返しは気の毒がらせたらぬの

か いゝえいえ つい一通りで殿御をばだまさるゝと思や腹もたと 関破りといふ事迄して 命

にかけて与五郎様を思ふて下さるあづま様何の憎う思はふぞ おふたりながらかくまへば ぬし

に逢たい斗(ばっかり)に傾城迄を引入てと 一途に堅いとゝ様のお叱はしれて有 みずしらずで

 

も頼まれてかくまふが人の道 是は又ふかい縁 忍ぶ身はおまへ斗与五郎様に科はない

お館へお帰り有ても難義のかゝる筋有まい あづま様そふじやないかへと おぼこなやう

でも武家育ち 立ぬく義理に恥入て顔を 得上ぬ斗也 与五郎は若気の苦なし コレお照

そんならばあづまを頼むおりやもふいぬるぞや どふでもそふせにやならぬかへ どふやらそれで

は コレ ちつとの間じや大事ない 又逢にくるわいの コレとつくりと預たぞや お気遣ひ遊ばすなし

つかりと預つて 晩からわしと二人寝て 里の咄しも聞やんしよ イヤコレ わがみの事をおりや

何にも わるうはいやせなんだと おかしい尻へ手の廻る 帯引しめて立出る 聟殿まちやれ

 

 

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いなれまい 連て走れば同罪遁れず 関破りの与五郎は此治部右衛門がかくまはふと 呼

とむる舅の顔 はつと二人がなまなかに 逃そゝくれて手持なくきへも入たき風情也 イヤサ

今さらに何遠慮 娘でかいた あつまをばよくかくまふた サア与五郎 そなたは又身がかくまふ

エイ そんならあなたも御一所に サアかくまひ様こそいはくあれと 手に持たる硯箱指し出し

サア聟殿 娘照へ暇の状 一通書てくれめされ エイ いやさ驚く事はない 気に入ぬ女房

を持て貰ふ追従に かくまつたといはれては 此橋本治部右衛門中へ面署(めんじよ)がすまぬ

他人になつてかくまへば 治部も立つ お身も安穏 肩のわるいは娘斗 なんとせふ 是非

 

/\書ておくりやれと のつ引させぬ詞詰 はつと一度に三人が心々の当惑涙 ヤア娘

兼て云聞せ置くに何泣く事 未練なやつめとしかる片手に硯箱 引よせて墨すり

ながし かきやれ与五郎 但はいやか 縁切ずばけつぱくに我聟がかく/\と代官所へ訴ふや 縁

切てかくまはるゝか 縁切ずに訴へさするか サアどふじや/\とせり立る程とまくれて 返事な

ければ コレ申 わたしが事は大事ない お身さへ無事で有ならば事済む後にはどふなりと お心

やすめにマア書てと いふもおろ/\指当る 訴人のおどしに詮方なく やりたい隙もやりに

くい義理もへちまも一つ書 お定りの三件(くだり)半手早に書て指出すを 中から取てお

 

 

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てる様 こりやあつまが預ります 私が見る前で渡さしては道立ず といふてお書なされね

ばかくまふまいとおつしやるし お書なされた暇の状 わたしが預りや事済と 縁のいきづく

それじやとて 諸訳を立しさばき也 おりもあれやmざき与次兵衛我子が爰にきていると

は しらが天窓(あたま)のおつぽろ髪供をも連ずあいやけの 門口に頼ませふ 与次兵衛でござる

治部殿に御意得ませうといふ声に 見付られなと三人共 奥へ追やり出迎ひ 与次

兵衛殿おはいりと 何げなけれどふたり共奥へ入ふり見て見ぬふり 見付られてもさあ

らぬふり 互に一物有顔也 扨々打絶へ御意得ませぬ 相かはらずお達者そふで 珍重/\

 

いやもふわしが達者なより 息子殿の達者なにほうどこまり果ました 照は気色が

よござるの イタもふ段々と心よう 物も喰ますか たべる共/\ そんなら連ていにましよ

かい イヤ先づ今分ではやられませぬ サア其やられぬも大かた合点 といふと事がむつかしい 舅

が迎ひにくるからは ハテもふ利潤といふ物じや 何からしに戻して貰ひたい イヤ其元がお咄

故 照めは猶得戻さぬ 与五郎おこせといはしやるのか いや与五郎が参られたらば 弥以ていなさ

れぬ なぜでえす/\ 与五郎が本心から照を戻せと云こさば自身はおろか でつちにわろ

をおこす共違背なく戻すが道 くさい物にふたすると押付わざ気に入らぬ イヤサそふ

 

 

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いはしやんないの 嫁に取からおれか娘 のらめが性根が直らずば お照で跡を立る所存皆

迄いやんな 我子にさへ金銀を惜しみ 命生害に及ぶも構はぬ様な与次兵衛 人の子で跡

立ると よいかげんな事おいやんな望にないぞ ヲゝ望にない与五郎 なぜ引こんでおきやる治部

右 シヤいはしておけば詞が過る 放埒のかたふどはせねど 傾城を受出し 妾(てかけ)めかけにせふ共

誰(たが)咎ぬ身上 わづかの金に手づかへさせ 義理にぎりのせまつた欠落 見捨られぬ聟

の難義 引こんだといはるゝが面倒さに 縁切てかくまふた アゝ夫もかいできた 女郎を

連て走おつたと新町からの付けこたへ けふもあすもあさつてもさめ果たたはいなし

 

身上が気づかひで引込で無理隙取 養ひを取様な聟をかへる思案じやの たま

れ与次兵衛 太平の代(よ)にいらざる武具馬具売代(しろ)なしても 養はるゝ治部右衛門じや

ないぞ 諸色を買込み値上させ 高利を貪る人をひづめる むさいきたない人非人と 此治部

右衛門が性根は違ふぞ イヤ人非人とは誰事 わごりよの事さ しかとそふか くどい/\ くどく

ばかふじやとせき詰て 気短脇指引ぬいてぶちかゝりを鍔にて受 てんがうすなと刎飛

す 猶いらたてのめつた切 互に聞ぬ気抜合せはつし/\と切結ぶ 中を押わる息杖は始

終残らず立聞く甚兵衛 マゝゝゝまあ待しやませ/\ 待てとは儕何やつじや だれで有ふ共

 

 

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とめる 思案有てとめる私じやマア/\/\どつこいな 二人の刀を息杖で下にしつかとおさへ付け

さつきからの一部始終おふたりながら腹の立もお子達がかはいさ 尤じや/\と尤ついでに

とめるも尤 じやと思ふて聞て下さりませ 今の喧嘩のおこりといふは あづま様とやら

からおこつた事 今でもひよつと其傾城(けいせん)の親が来て 今のわりくどき聞たら たとへばわし

らが様なくも助でも 何とまあ悲しい術(づゝ)ないこつちや有づとは思はしやりませぬか 思ひ

やつてこつとら迄涙がこぼれて とめられぬからの私が思案といふは お傾城の親になり

かはり わたしが段々異見して 若旦那様の事思ひ切らしや 浪風なしに納るじやござり

 

ませぬか どふぞわたしがお願ひと 思ひも寄らぬひら頼は 藪から片棒のかごの甚兵衛

心有げに見へにけり ムゝすりやわり様があづまに異見をして 思ひ切らせふといふのか ムゝそ

こも有る治部右 願ひ叶へて待つ気はないか ハテ身共迚も聟や娘 不便さから腹も

立 了簡はしたけれど一端武士の抜たる刀 サア/\/\/\ 其刀を此甚兵衛に預さしやつて下

さりませ 首尾よう元の鞘へ納る様に 働いてお目にかきよ ひらに/\とひら押しに 預る

気より預たき心くろめる黒鞘朱鞘 腰から抜て投出し サア治部右 サア与次兵衛

是で暫く言分も あつまが返答一つに極る それ迄はまあ奥で 甚兵衛とやら

 

 

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頼入ると 子故に詞廻る縁親と/\は連て入 甚兵衛は刀こて/\と鞘に納る受合

の 思案とり/\゛それぞとはしらぬあつまは落付し 様子を道に待合す放駒へしらさんと 甚

兵衛殿/\ ヲゝ爰にか あのこなたは此様子 長吉殿へしらして下され アイ/\畏りましたが わたし

もちつとおまへ様にお目にかゝりましたかつた 幸のよい所と 近う寄てひざまづき おとよ大

きうなりやつたの かゝはもふ三年に成かや ムゝこなたそれをどふしてしつてじや ヲゝ女房や娘

の事 たとへ隔て居る迚もしらいでかいのしつている ヤアそんならこなたは ヲゝお吉が連合そ

なたの親 エイ扨はお前はとゝ様かと いへどふしぎははれぬ顔 ヲゝ合点の行様にいふて聞さふ

 

此甚兵衛は大坂の聚楽町に 彼家の一軒も持た者じやが 商売のあら道具

ひよんな者買合して 思ひも寄ぬ誤り 所ばらひに夫からちり/\゛ 六つの年じや覚

まい 嚊はおとゝし死る迄状通に おとよも今は藤屋のあつまといふて 新町で一と

いはるゝ太夫に成て おとなしう成て居ますと 聞と其儘飛でいて逢ふとは思ふたが

の それから此さま よう思へば結構なべゝきた女郎に おらが様なくも助が親じやと

いふたら よい幸も落ふかと遠慮はぶ沙汰よい客が付過て 与五郎殿をようあんな

うぽ/\にしおつたなァ 儕が事で今も今 親仁様達がすつての事に切つはつつ 聞

 

 

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て居た此甚兵衛 術ないと気のどくなと関しいと腹の立と なんぼでも涙がやま

いで きのふ洗ふた単(ひとへ)物四文が糊を棒にふつた こりやだれからおこつた事 長ふはいは

ぬあのお衆に 異見して思ひきらしませうと受合た詞が有 久しぶりで逢た親が初め

ての頼じや 聞わけて思ひ切てくれ こなたが思ひ切れと 与次兵衛様も与五郎様も 治部右衛門

様もおてる様も みんなわいわい 思ひ切ぬとの 与五郎様の為にもならず 与次兵衛様と治部

右衛門様は さつきの通りえいやつとふ 取分けてお照様あんまりでおいとしぼい 縁といふ物はしよ

こともない物 けふ枚方で鬮取の銭ざし ながいのに当つたも思はず親子の縁の

 

綱 のせてきたかごの内あづまと聞て恟り 有る縁はしよことがない てうどそれとおなし

事 今思ひ切たとて有縁なら又逢れる どふぞ思ひ切て下されや コレ頼ます/\

命にもかけている中を 思ひ切てくれといふて親が頼む心はまあ どんな物で有ふ

と思ふ 思ひやつての願じや コレ聞わけてたも聞わけてと すり上げ/\わつと斗にむせ返る

かごが涙は息杖の休む隙なき思ひなる あづまは涙押ぬぐひ 今といふ今迄もとゝ

様有ちとは聞ながら お前をわしがとゝ様共 しらぬ道筋 勿体なや のべの送りの親の輿子が

舁くとこそ聞く物を いかにしらぬといふとても現在親にかごかゝせ 乗たわたしに神様や

 

 

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仏様が罰当て なぜにわたしをさか様に落して殺して下されぬ 神や仏がうらめしい また其

上に与五郎様 のけとおつしやる御異見も むりとはさら/\思はねど よう思ふても見さしやん

せお照様といふ奥様の有を知つゝ逢た客 始の勤後の色 女夫になろ共去さふ共 みぢん

も思やせぬけれど いやな客から請出すと儘ならぬ身は是非なくも 連てのいたる与五郎様

かるいお身ならそもないに逢かゝるから 今迄も重なる節句年の暮お世話に成た此

あづま 今又わし故難義のお身 任せぬ時にふり捨て とふまあ義理か立物ぞ コレ手を

あはして拝ます エなあ申コレなあと 親に取付泣娘 すいな育も涙には訳も 隔て

 

もなかりけり ヲツヲそふじや/\ そふなうては済ぬ所 じやけれ共其様に こつちやも道理

 

あつちやも道理 道理斗いふていれば いつついけ同じ事 其道理を思ひはづし 与五郎様

の為じやと思ふて どいてくれ よ こりや 親が手を合す思ひ切てくれ へちま共思やせんか

しらぬけれど 云かゝつた親が頼み 聞ねばもふ破れかぶれ 七生も八升も一斗迄の勘

当じや といふ嘘 ヤ えい人じや思ひ切/\ 切/\/\とせり詰られ アイ/\ 切か アイ 切か アイ/\/\の

涙の隙 有あふ刀抜より早く なむあみだ仏と取直すコリヤさせぬは こりや何するう

ろたへ者と 持たる刃物もぎ取ばわると泣 生きている内は思ひ切ふと思ふても どうも

 

 

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思ひきられぬ得切らぬ 思ひ切ねば一日の恩も送られぬとゝ様のお詞背いて勘当受る

是がまあどふ生きて居られふぞ とゝ様とめずと殺してと 又取る刀をどつこいととめてもとま

らずいや/\/\ しぬる/\とせり合刀 中から取たは治部右衛門 子細はくはしく皆聞た あづま死るに

及ばぬと 刀を鞘にとつくと納 扨は甚兵衛親で有たか いか様様子あらんとは思ふた 其元

が子を思ふも 此治部が子を思ふも迷ふ心は皆ひとつ 子ならで親は泣ぬ物を生れる

時を悦びとは いつの世からの偽りぞや コレ此刀は五郎政宗金百枚の折紙 地頭ゟ

兼て御所望 身を放さぬ調宝なれ共 売代(しろ)なしてあつまを身請 関破りの科は此治

 

部右衛門がさつぱりとぬいた上 与次兵衛に鬱憤いふ ヲゝ承はらふ治部右殿と 奥から

出る与次兵衛がいつの間にやらごつそりと 頭(かしら)丸めた法体姿 是はと皆々驚けば

アツアゝ治部右殿 有やうはけふ来た心も息子めが関破り 金でなけりやあつかはれぬ あつ

かやすぐに親の手から請出してやるも同然 こなたの手前言訳が済ぬから 気をさぐつて

さつきのしだら 金の惜いも子のかはいさ 金の冥加につきる与五郎一文でも溜ておきや

一日なりとおそう乞食させうと思ひ せわつたのが今では怨 重代を売代なし 関破の

科を遁してやろと思ふて下さる治部右殿 礼のいひ様(よ)がなさにの 与五郎が悪事を引受 今

 

 

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からおらが与五郎入道 法名も付いて置た釈の浄閑 息子めは名を譲て山崎与次

兵衛 門跡(もんぜき)様へも上ぬ金 有たけこたけ出してなりとさつぱりと済まします そこに居るはあづま

女郎 女房に共約束仕やつたが 了簡して妾に成て あの性根の直る様に頼ます/\

お照を本妻に立てて置て下され 諸事は子のあたまにめんじて 治部右殿誤りました いひこそ

めされね息子への恨も何もまつひら御免 いくえにもお詫/\と しはい親父が打てかへ恥も

惜まぬひら詫に 涙一ぱい目に持て頭(かしら)をさげる親の慈悲 与五郎夫婦は障子から覗て

かげに手を合せ 我身の不孝お思ひしり誤り入ぞ哀なる サア/\/\お手上られい浄閑老

 

何の夫に及ぶ事と 心とけあふあいやけ同士 頭斗か一家中丸う成てぞ見へにける あづま

は去り状取出しずん/\に引さき/\ かうするからはわたしが心疑ひなされて下さるな ヲゝ出かした 何もか

もめでたい事のうはもりと 悦びあふは富貴の門口庄屋名主があはたゝ敷 代官所から治部

右衛門に 山崎与次兵衛を同道致し罷出よとの急のお召 何事かは存ぜねどサア/\お出

とせり立る ハテ心得ぬお召じやなァ 幸い与次兵衛爰に居ます 支度して同道致そ其間

は待たれぬ急々のお召 サア/\/\とせはしなくいふも上ざさ詮方なく サア浄閑老 治部右殿

参つてかふと打連立代官所へと行跡に 障子押明けよ次兵衛夫婦飛て出 今

 

 

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なお召が気遣ひ/\ どふせう/\/\と うろたへさはげばコレ/\/\ なんの気遣ひござませうぞ

いや/\/\ あづまを身請せふといふ屋敷の客 濡髪長五郎が切殺した 其事に付けての詮

義であろが 長五郎じやとはいはれぬ義理 アゝ気遣ひや/\と あづま諸共あぶ/\/\と気が気

ならねばよござります 此甚兵衛がいて聞てきて 様子を先へしらせましよ そんなら頼むまつ

かせと 尻ひつからげ飛で行 道が違ふて五六人てん手により棒どや/\/\ どふでも爰へ来る

様な隠さにやならぬおまへ方 まあ/\爰へと上戸棚 夜具引出して二人ながら サア此内へ

/\と指図にもれず早速の 仮の隠れ家戸を立る 間もなくくつわがわゝりこえ 

 

かごの者がしらしてきた 関破りの与五郎あづま くるわの法におこなふ出した/\ イエ/\ そんなお

ぼへはこちにやない よそを尋て見さつしやれ ヤアとぼけさつしやるないのふ 証人を爰へ連てきた

あらがふまいとてつぺい押 それでもしらぬ女(おなご)じやとあなづつて驚すのか てもつべこべとよう

いふは おかしい所に寝道具が 権兵衛喜六さがそかい よかろ/\のまん中へ 待たどや/\と三四人手

拭鉢巻高からげ 上意と呼はり込入/\ 子細有て治部右衛門に上からのお疑ひ 諸色に

封をお付なさる それ役人共封印と いふより早く手分して 押入戸棚もしめたなり

箪笥長持膳棚迄 鍋釜よろづも打こんで きり/\しやんと封印を 付るもハア/\

 

 

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おなご気のこはい/\におど震ふ ヤア皆どいつも頭が高いさげふ/\ 附け立ての御封印 少し

斗そゝけても 退け荷同然科は重罪 急度申渡したとしかり付けてぞ立帰る 曲輪の

者共うつかりひよん 引戻しの蠣(あざ)きりを五々らめにくゝられた同然 けぶさい戸棚も封印

で 大事ない/\ 五日や六日で済まいし 中におるなら干し殺し あすきて見よふサアこいと出て行

跡へ大汗に成てすた/\甚兵衛が サアむつかしう成てきた 与五郎様の事に付て 長五郎が侍を

殺したとあやがぬけいで お二人ながらあがりやへお入なされた ハアはつと一度に戸棚の内外(そと)泣き

出す 声に気の付く甚兵衛 与次兵衛様やあづまはへ サア廓から詮議にきて 此内へ隠したりや

 

お上から封印をたつた今付けていんだ ヤアもふさきへ廻つたか 封印切れば科がます といづてあ

なたを此内から 出さずには置れぬが どふした物じやこりやどふせう どふせうぞいのどふせう

と 又内外から泣出す声 ヲゝ其封印は私が切て上ふと表から はいる以前の役人一人

曲輪から戦技にうせるどぶりを見付 なむ三宝と思ふた故 在はづれで人雇ひ思ひ付

た家財の封印 作者は爰に此長吉と 鉢巻取ば放駒 ヤア長吉殿 そんならこなたが封

印付けたか ヲゝさて折がわるかつて案じさしたと立寄て 戸棚明てもうつかりと物をもいはず出も

やらず 与五郎様長吉じや 何してござるサア爰へと 手を取てきよろ/\/\ ハゝア詮議に

 

 

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くる/\ 親仁様はずんぼつ坊 ほうず/\小ぼうず いたいけな事云た ほろゝん/\/\や これ

何いはしやます 長吉じやわいのふ なんじや町中引渡す コレ与次兵衛様何いはんす 申/\

何おつしやる 今のをお聞なされて はつと思ふてそれでお気がのぼつたか コレ気を付けて下

さんせと 二人の女が取付て 泣く顔じろ/\打ながめ そなたは藤屋のあづまかの 吾

妻請出す山ざき与次兵衛 くるわをぬけてそれ/\/\/\ 名代の走り坊 しつたん/\や

法ぬけ坊主 是は扨とをる あてどもなしにかけ出す ソレとめましてととらゆるあづま 気

違ひ力の手に合ねば どつこいやらぬと長吉が 留ても 留らず引ずられ供に 狂ふや