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浄瑠璃本データベース ニ10-02245
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第七 道行菜種の乱咲
〽はてしなく 狂ふ与次兵衛を 長吉が漸抱(いだき)とゞむれば なふ正体なき
お身の上 あづまが顔も見忘れてか これのふ/\と すがり泣 浮名の種や
なたねばた ヲゝイ /\ 呼ぶお谺も春風に つれて楠葉のほうかぶり
堤伝ひをそれぞとは 思ひがけなや ヤア濡髪か ヤレあづま様放駒 是は
/\めづらしや ふしぎに廻り大坂の一目を忍ぶ身をもつて 此道筋をいづくへ行
されば我故御なんぎと聞捨ならず われと名のつて出る覚悟 先ず旦那のお
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顔をと 二人立寄抱上ればむつくと起て ヤア長五郎か コリヤ長吉 われも長
われも長 二人合せて蝶々とまれ なたねにとまれと枝折かざし 春にも
そだつ花さそふ 長吉は情の味しらず 長五郎は我訳しらず しらずしられぬ
中ならば うかれ初めまし 狂ふまいと なたねを持ててう/\/\ど 二つのてう
/\たれて二人も顔見合せて立よるを イヤ/\しらぬ 何にもsらぬ 今は
浮世の放駒 傍で見るめのうやつらや あれ見やあの通りじや どふも御両
家へ連てはいなれぬ 此長吉が所にまあおかくまひ申さふかと思ふている
ムウ尤 重々お世話忝い、連ましていんでたも ヲゝいの おれもいの いのやれ
わがふるさとへ帰らふやれといふはちつともたせぶり ハゝアふりかけてくるは/\ 何と
あづま久しや/\ あづまは遠き国なれど また都にもならびなき 難波(なには)にまれな
太夫職 いつかは見初め逢初めて彼井筒屋の月見の夜 供にかはゆふ なり
初めて花ならば連理の枝 鳥ならばひよくの鳥 かはるまいぞやかはらじと いひ
かはしたは違はぬ/\ 四季の花 春はおぼろにやえ霞 柳はみどり花は紅
其紅の内ぞゆかしき床しなつかし逢たしと狂ひ 廻りかけ廻りくさばに かつぱと
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伏いたる あづまはわつと泣出して てゝごあsまの御なんぎも乱心も皆わし故 お心の付く
様に仕様はないか長五郎様 どふぞ療治もない事かと 夫(つま)の介抱かた袖は涙
を とゞめ兼ければ ヲゝ其嘆きも今の間に科を名乗て出る上は 御病気も御
なんぎも一時に事が済 イヤ/\わるからふ 今われが名乗て出ると 与次兵衛殿から事
おこると返つて家に疵が付く 隠れるたけ隠れるが返つてお為じやコリヤ 長吉が詞
を立よ イヤ/\それでも イヤ/\/\ せりあふ中へわつて入 あれ/\/\ あの行舟は京の
ぼり ちゝり人形かなぎさ堤をひくは/\ 川の瀬のせのナ なくせのあはびノつまもナ
つまももたいでよふさまよヲゝせでくらす さまは三夜のナ 三ヶ月様
よノ 宵にな 宵にちらりとよふ様よヲゝ見たばあkり 踊人(おどりと)が見たくば色里へ
おじやれの 色里の踊は 花笠をしやんと着て踊ふりが面白 よしの
はつせの花よりも 紅葉よりも 恋しき気味が其顔見よふと走り行 やらじ
ととむる放駒 気遣ひせずと濡髪は河内の方へおちこちの 人も
とがめんいけ/\/\ ひらに枚方別れ道さらば/\ 長吉頼む/\/\と声ばかり
入相告ぐる鐘の音に 花もちり行なたねばた所 へだてゝ 〽落て行