仮想空間

趣味の変体仮名

絵本江戸紫 上

読んだ本 https://dl.ndl.go.jp/pid/2575200/1/2

 

 

2

 序

新玉(あらたま)の年のはしめ門に松竹(まつたけ)

もふくるも寿を粧(よそほ)ふならす哉(や)

人として粧ひなくはあらめわきて

婦(をんな)はいかはかり美(いみじ)くとも脂粉事(よそほふこと)は

皇(すべらき)の道なりしかはあれとよそほひ

 

 

3(2に重複)

 

 

4

ほとを過(すぐ)れは粧ひかえつて

川竹のうかれ女に似たらむノも

口をしよそほひは唯(たゝ)おんなの

礼なりと守りなはむべならむ歟(か)

天津雲(あまつくも)の上にも紫を色の第一と

定(さため)給ふは粧ひにもとつき給ふ歟

 

さるは絵本江戸紫(えほんえどむらさき)と題せす

朱(あげ)を奪(うはふ)といふひとくともに

かたらしとしかいふ

 

宝暦癸未の冬臘月

   浪華禿帚子識

      (清水町)

 

 序
新玉の年の初め、門に松竹設けるも、寿を粧うならずや。人として粧い無くばあらめ。わきて、婦人は如何許り、いみじくとも、脂粉事は皇の道なりしかば有れど、粧い程を過ぐれば、粧い却って川竹の浮かれ女に似たらんも口惜し。粧いは、ただ女の礼なりと守りなば、宜(むべ)ならんか。天津雲の上にも紫を色の第一と定め給うは、粧いに基き給うか。然(さ)るは「絵本江戸紫」と題せす。※朱(あげ:あけ)を奪うと言う秘匿共に語らじと、然(しか)言う。

 宝暦癸未(宝暦13年)の冬 臘月(12月の末頃)
        浪華(大坂)禿帚子(とくそうし)識(しるす)
               (清水町=大阪心斎橋?)


朱を奪う」とは、古語で、中間色の紫が正色の朱を濁らせる意から、心がよこしまな人の言葉が用いられ、正論が疎んぜられること。

 

 

5

 顔貌(かほかたち)

㒵(かほ)は人の

表議 とて

心に おもふ

善悪(よしあし)を

色外(いろほか)に

あらはす なれは

いつも

初はるの

ことく

 

こゝろ

うき/\と ありたし

女の愛想(あいさう)

なきは

遅咲(おそさき)の

梅(むめ)のごとし

色(いろ) 有(あり) ながら

何と やらん

すげ なし

 

 

6

 眉(まゆ)

眉は顔を

あやなし

目を 粧ふ

ものなれは

顔を

直さぬ 中(うち)は

霞がくれ に 見ゆる

遠山の ことく

 

しかるべし

格別に

作るは 見ぐるし

遊女の

引まゆを

見て しるべ し

 

 

7

眼瞼(めもと)

目もとは

物を 見る に

しか/\と 見るは

すゝどし

ちらと 見て

俯(うつむく)べし

横目づかひは

せぬもの なり

 

その 見る

所より

外(ほか)を見す

たとへば

日車(くるま:ひぐるま:ヒマワリ)と

いふ花の

日に向ひて

めくる こゝろ

しかる べし

 

 

8

 鼻

人間の 體(たい)を

むすぶ ものは

鼻 なり 少し にても

自慢の心 あれば

鼻に あらはれて

にくてい なり

我は 㒵(かほ)なる人は

 

鼻が高ひと

いふ 諺(ことわざ)は 慢心の

天狗と いふ

心 なる べし

 

 

9

 唇吻(くちもと)

笑ふとも 歯くきを

あらはし

大口を

あくべ からす

しかし

口もとを

こしらへて

笑ふは

 

見くるし

手を 覆ふて

はやく 笑(わらひ)を

止(や)むべし

葉 がくれ に

花 咲(さく)心 よろし

 

 

10

 際黛(きはすみ)

髪の うす きを つく ろふ

 

為とても

濃(こき)は見くるし

たとへば 遠里(とふさと)に

時雨(しくれ)ふる

雲の 際(きは)の

やうに

し給(たま) はゝ

よからんか

 

 

11

 紅粉(べに)

祝儀なれば

なくて有なん

口紅粉の

色濃(いろこき)は

いやしき もの なり

 

桃の花の

紅(くれなひ)は

梅(むめ)のはなの

紅 より も

おとれる が

ごとし

 

 

12

 白粉(おしろひ)

鴉(からす)の 黒きも

己(おの)か 生れ つき

なれは

はづ かしき

事に

あらず

 

おしろいの

白きを かりて

鷺(さぎ)の まねを せんと する は

はづ かしき 心ばへ

ならんか

 

 

13

 鉄漿(はぐろ)

夫婦の やく そく

変(へん)せざる

しるし

歯を そめて

幾千代と

祝ふ なれば

 

いつまでも

其(その)心にて

鉄漿の はげぬ

こそ めでた

かるべし

鉄漿の

はげたるは

さも

きたなし

 

 

14

 髪様(かみのふう)

時のはやり 事は

遊女めきて

あしからんか

頂頭(あたま)の 象(かたち)に

よつて

似合(にあふ)髪の

ふうと

似合(にあは)ぬと

 

有(ある)もの なれば

彼がよきと

おもふて

其風(そのふう)に

結ふと

人おかしくて

見れば よきぞと

おもふ 間違(まちかい)は

おかし

 

 

15

 尺長(たけなが)

何事も

とし相応と

云(いゝ)なから

つんほりと

有(あり)たし

長く たれ

さがりたるは

いやらしとや

いはんか