仮想空間

趣味の変体仮名

源氏物語(四)夕顔

読んだ本 https://dl.ndl.go.jp/pid/2567562

 

夕かほ

 

 

2

六条わたりの御忍びありきの頃。うちよりまかで給ふ

なかやどりに。大貳のめのといたくわつらひて尼に

成にける。とふらはんとて五条なる家たづねておはし

たり。御車いるべき門はさしたりければ。人して惟

光めさせてまたせ給けるほど。むつかしけなるおほ

ちのさまを見わたし給へるに。此家のかたはらに

ひがきといふ物あたらしうしてかみははしと見四

五けんばかりあげわたして。すだれなどもいとしろう

すゞしげなるにおかしきひたひつきのすきかげ

あまたみえてのぞく。たちさまよふらん。しもつかた

思ひやるにあながちにたけたかき心ちぞする。いか

 

 

3

なる物のつどへるならんとやうかはりておぼさる。御車

もいたうやつし給へり。さきもをはせ給はずたれとか

しらんとうちとけ給て。すこしさしのぞき給へれば

かどはしとみのやうなるをしあけたる見いれのほ

どなく物はかなきすまひを哀にいつこかさしてと

おぼゝしなせば。玉のうてなもおなじ事なり。きり

かけだつ物にいと青やかなるかづらの心ちよげに

はひかゝれるに。白き花ぞをのれひとりえみのまゆ

ひらけたる。をちから人に物申すとひとりごち給ふ

みずいしんついいてかの白くさけるをなん夕がほと

申侍。はなの名は人めきてかうあやしきかきねそ

 

なんさき侍けると申すげにいとこ家がちにむつかし

けなるわたりのこのもかのもあやしう打よろぼひ

て。むね/\しからぬ花の契りや一ふさおりてまいれ

との給へば。このをしあけたる門にいりておる。さすが

にされたるやり戸くちに黄なるすゝしのひとへ

ばかまながくきなしたるわらはのおかしげなるい

できて打まねく。しろき扇のいたうこがしたるを

これにをきて参らせよ。えだもなさけなげながめ

る花をとてとらせたればかどあけて惟光の朝臣

いできたるしてたてまつらすかぎををきまどはし

 

 

4

侍ていとふびんなるわざなりや。ものゝあやめみたまへ

わくべき人も侍らぬわたりなれどらうがはしきお

ほちに。たちおはしましてとかしこまり申すひき

いれており給ふ惟光があにのあざり。むこのみかはの

かみ。むすめなどわたりつどひたるほどに。かくおはしま

しけるよろこひを。又なき事にかしこまる。尼君

もおきあがりておしげなき身なれどすてがたく

思給へる事は。たゞかくおまへにさふらひ御免せらるゝ

ことのかはり侍なんことをくちおしう思ひ給へた

ゆたひしかど。いむことのしるしによみがへりてなむ

かくわたりおはしますを見給へ侍ぬれば。いまなん何

 

みだ仏の御ひかりも心きよくまたれ侍べきなど聞

えてよはげになく日ことおこたりがたく物せらるゝ

をやすからずなげきわたりつるにかく世をはなるゝさ

まに物し給へばいと哀に口おしうなん。命ながくて

なをくらいたかくなども見なし給へ。さてこそこゝの

品のかみにもさはりなく生れ給はめ。この世にすこし

恨残るはわろきわざとなんきくなど涙ぐみての給ふ

かたほなるをだにめのとなどやうの思ふべき人は。あさま

しうまほにみなすものをましていとおもたゞしう

なづさひつかうまつりけん身もいたはしく。かたじけ

なくおもほゆべかめれはすゞろに涙がちなり子どもは

 

 

5

いと見ぐるしと思ひて。そむきぬる世のさりがたきやう

に。みづからひそみ御らんぜられ給ふとつきしろひめくは

す。君はいと哀とおもほしていはけなかりける程そ

思ふべき人々のうちすてゝ物し給にける。なごりはぐ

くむ人あまたあるやうなりしかどしたしく思ひ

むつぶるすぢは。又なくなんおもほえし人となりて

後はかぎりあれば朝夕にしもえみ奉らずこゝろ

のまゝにとふらひまうづる事はなけれど。猶久しう

たいめんせぬ時は心のそくおぼゆるを。さらぬわかれはな

くもがなとなんなど。こまやかにかたらひ給ふて。をし

のごひ給へる袖のにほひもいと所せきまでかほり

 

みちたるにげに世に思へばをしなべたらぬ人の見す

くせぞかしと。尼君をもどかしとみつる子どもみな

打しほたれけり。す法など又/\はじむへき事

などをきての給はせていで給ふとてこれみつにし

そくめしてありつるあふぎ御らんずればもてな

らしたるうつり香いとしみふかうなつかしうてお

かしうすさびかきたり

 心あてにそれかとぞみるしら露のひかりそへたる

夕がほの花そこはかとなくかきまぎらはしたるも

あてはかにゆへづきたればいと思のほかにおかしう

おぼえ給ふ惟光にこのましなる家はなに人のす

 

 

6

むぞとひ聞たりやとの魂合へればれいのうるさき御

心とは思べともさはえ申さでこの五六日こゝに侍

れど病者の事を思ひ給ひあつかひ侍るほどに

となりの事はえきゝ侍らずなどはしたなやかに

聞ゆれば、にくしとこそ思ひたれな。されどこの扇の

たづぬべき故ありて見ゆるをなをこのわたりの心し

れらん物をめしてとへとの給へば。入てこの宿もり

なるおのこをよびてとひ聞。やうめいのすけなりけ

る人の家になん侍ける男はい中にまかりて女

なんわかく事このみてはらからなど宮づかへ人にて

きるよると申す。くはしき事はしも人のえしり

 

侍らぬにやあらんと聞ゆ。さらばその宮づかへ人なゝり

したりかほに物なれていへるかなとめざましかるべき

きはにやあらんとおぼせとさして聞えかゝれる心の

にくからずすぐしかたきぞれいの此かたにはおもから

ぬ御心なめりかし。御たゝうがみいたうあらぬさ

まにかきかへ給て

 よりてこそそれかともみめたそかれにほの/\見

つる花の夕がほ有つる御ずいしんしてつかはす。まだ

みぬ御さまなりけれどいとしるく思ひあてられ給

へる御そばめを見すぐさでさしおどろかしけるを

いらへ給はて程へければなまはしたなきにかくわざ

 

 

7

とめかしければあまへていかに聞えんなどいひし

ろふべかめれどめざましと思いてすいじんは参り

ぬ。御さきの松ほのかにていと忍びて出給ふ。はしとみは

おろしてげり。ひま/\゛よりみゆる火の光蛍より

けにほのかに哀なり御心ざしの所には。木やち前栽

などなべてのところに似ずいとのどかに心にくゝす

みなし給へり。うちとけぬ御ありさまなどのけし

きことなるに。ありつるかきねおもほし出らるべ

くもあらずかし。つとめてすこしねすごし給ふて目

さしいづるほどにいで給ふ朝けの御すがたげに人の

めで聞えんもことはりなる御さまなりけり。けふ

 

も此しとみの前わたりし給ふ。きしかたもすぎ給けん

わたりなれどたゞはかなき一ふしに御心とゞまり

て。いかなる人のすみかならんとは。ゆきゝに御めとま

りけり。これみつ日ごろありてまいれり。わづらひは

へる人なをよはげに侍ればとかく見給ひあつかひて

なんなど聞えて。ちかくまいりよりて聞ゆ。仰られ

し後なんとなりの事しりて侍るものよびてと

はせ侍しかど。はか/\゛しくも申侍らず。いとしのびて

さ月のころほひより物し給ふ人なんあるべけれと。そ

の人とはさらに言えのうちの人にだにしらせずとなん

申。とき/\゛中がきのかいまみし侍にげにわかき女

 

 

8

どものすきかげみえ侍かし。ひらたつ物かほとばかり

ひきかけて。かしづく人侍なめり。きのふ夕日の名残

なくさしいりて侍しに。文かくとていて侍し人のか

ほこそいとよく侍しが物思へるけはひしてある人々

も忍びてうちなくさまなどなんしるくみえ侍ると

聞ゆ。君うちえみ給ひてしらばうあとおもほしたりに。お

ぼえおもかるべき御ものほどなれど御よはひの程人

のなびきめで聞えたるさまなど思ふには。すき給

はざらんも情なくさう/\゛しかるべしかし。人のう

けひかぬ程にてだに。なをさりぬべきあたりの事は

このましうおぼゆる物をと思ひをりもしみ給へ

 

うる事もや跳ねるとはかなきついでつくりいでゝ。せうそ

こなどつかはしたりき。かきなれたるてしてくちと

く返事などし侍き。いと口おしうはあらぬわか人ど

もなん侍めると聞ゆればなをいひよれたつねしらて

はさう/\゛しかりなんとの給ふ。かのしもがしもと人

の思ひづてしすまいなれどそのなかにも思の外

にくちおしからぬをみつけたらばとめづらしうおもほ

するなりけり。さてかのうつせみのあさましううつれなき

を此世の人にはたがひておぼすにおいらかならまし

かば心ぐるしきあやまちにてもやみぬべきをいとね

たくまけてやみなんをこゝろにかゝらぬおりなし

 

 

9

かやうのなみ/\まではおもはしかゝらざりつるを

ありしあま夜のしなさだめの後いぶかしくおもほ

しなる。しな/\゛あるにいとゞくまなくなりぬる御心

なめりかし。うらもなくまち聞えがほなるかたつ

かたの人をあはれとおぼさぬにしもあらねど。つれな

くてきゝいたらん事のはづかしければまづこなたの

心見はてゝとおぼす程に。いよのすけのおbりぬ。まづい

そきまいれり。ふな未知のしわざとてすこしくろみ

やつれたるたびすかた。いとふつゝかに心づきなし。さ

れど人もいやしからぬすぢにかたりなどねびたれ

ど。きよけにてたゞならずけしきよしづきてな

 

どぞありける。くにの物語など申にゆげたはいくつ

とこはまほしくおぼせど。あいなくまばゆくて御

心のうちにおぼしいづることもさま/\゛なり。物ま

めやかなるおとなをかく思ふも。けにおこがましう

うしろめたきわざなりや。げにぞなをめならぬ

かたはなべかりけると。むまのかみのいさめおぼしい

でゝいとをしきに。つれなき心はねたけれど人のた

めはあはれとおぼしなさる。むすめをばさるべき人に

あづけて北方をばいてくたりぬべしときゝ給ふに

一かたならず心あはたゝしくて今一たびはえ有ま

じき事にやと。こ君をかたらひ給へど。人の心をあ

 

 

10

はせたらん事にてだに。かろらかにえしもまぎれ

給ふまじきをましてにげなき事に思て。いま更に

見ぐるしかるべしと思ひはなれたり。さすがにたえ

ておもほしわすれなん事もいといふかひなくうかる

べき事に思ひて。さるべきおり/\の御いらへなどなつ

かしく聞えつゝ。なげの筆づかひにつけたることの葉

あやしうらうたげに。めとまるべきふしくはへな

どして。あはれとはおぼしぬべき人のけはひなれば

つれなくねたき物のしかたきにおぼす。今ひとかたは

ぬしつよくなるとも。かはらず打とけぬべくみえし

さまなるをたのみてとかく聞給へと御心もうごかず

 

ぞありける。秋にもなりぬ人やりならず心づくしそ

おぼしみだるゝ事どもありて。大殿には絶間をきつゝ

うらめしうのみ思聞え給へり。六条わたりもとけ

がたかりし御けしきを。おもむけ聞給て後ひき

返しなのめならんはいとをしかし。されどよそなり

し御心まとびのやうにあながちなる事はなきも。

いかなることにかとみえたり。女はいとものをあまり

なるまでおぼししめたる御心ざまにて。御よはひの

ほどもにげなく人のもりきかんにいとゞかくつらき御

よがれのねざめ/\おぼししほるゝ事いとさま/\゛

なり。きりのいとふかきあした。いたくそゝのがされ

 

 

11

給ひて。ねふたげなるけしきにうちなげきつゝ

いで給ふを中将のをもと。みかうしひとまあげて

みたてまつりをくえいたまへとおぼしく御几帳ひき

やりたれば御くしもたげてみいだし給へり。せんざい

の色/\みだれたるをすぎがてにやすらひ給へるさ

まげにたぐひなし。らうのかたへおはするに中将の君

も御ともに参る。しをんいろのおりにあひたるうす

ものもあざやかにひいゆひたるこしつきたをや

かになまめきたり。見かへり給ひてすみのまのかう

らんにしばしひきすへ給へり打とけたらぬもてな

し。かみのさかりはめざましくもと見給ふ

 

 さく花にうつるてふ名はつゝめどもおらですきう

き今朝のあさがほいかゞすべきとて手をとらへ給へれ

ばいとなれてとく

 朝ぎりのはれまもまたぬけしきにて花に心を

とめぬとぞみるとおほやけごとにぞ聞えなす。おか

しげなるさふらひわらはの。このましうことさら

めきたるさしぬきのすそ露けがに花のなかに

まじりて。あさがほおりてまいるほどなど絵にかく

まほしげなり。おほかたにうち見奉る人だに心

しめ奉らぬはなし物のなさけしらぬ山がつも花の

げには猶やすらはまほしきにや。此御ひかりを

 

 

12

み奉るあたりはほど/\につけてわがかなしと思ふ

むすめをつかうまつらせばやとねがひ。もしはくちお

しからずと思ふいもうとなどもたる人はいやしき

にても。なをこの御あたりにさふらはせんと思よらぬは

なかりけり。ましてさりぬべきついでの御ことの葉も

なつかしい御けしきをみたてまつる人のすこし物

の心思ひしるはいかゞはをろかに思ひ聞えん。明暮うち

とけてしも思はせぬを心もとなき事に思ふべか

めり。まことやかの惟光があつかりのかいまみは。いと

よくあないみとりて申す。その人とはさらにえおぼえ

侍らず。人にいみじくかくれしのぶるけしきになん

 

みえ侍を。つれ/\なるまゝにみなみのはしとみある

なかやに。わたりきつゝ車の音すればわかき物ども

のぞきなどすげかめるに。このしうとおぼしきもは

ひわたるとき侍へめる。かたちなんほのかなれどいと

らうたげに侍。日とひさきをひてわたる車の侍し

を。のぞさてわらはべのいそぎきて右近の君こそまづ

物み給へ。中将どのこそこれよりわたり給ぬれといへ

ば又よろしきおとな出きてあなかまとてかく物から

いかでさはしるぞいでみんとてはひわたる。うちはし

だつ物を未知にてなんかよひ侍。いそぎくる物はきぬ

のすそを物にひきかけてよろぼひたうれて。はし

 

 

13

よりもおちぬべければいでこのかづらきの神こそさ

かしうしをきたれとむつかりて物のぞきの心も

さめぬめり。君はなにがしくれがしとかぞへしは。頭中

将のずいじんそのこどねりわらはをなんしるしに

いひ侍しなど聞ゆれば。たしかに其車を見まし

との給ひて。もしかの哀に忘さりし人にやとおも

ほしよるもいとしらまほしげなる御けしきを

みて。わたくしのけさうもいとよくしをきてあ

ないものこる所なく見給へをきながら。たゞわれど

ちとしらせてものなどいふわかきおもとの侍るを。

 

空おぼれしてなんはかられまかりありく。いとよ

くかくしたりと思ひてちいさき子どもなどの侍

るが。事あやまちしつべきもいひまきらはして又

人なきさまをしいでつくり侍などかたりてわらふ

尼君のとふらひにものせんついでに。かいまみをさせ

よとの給ひけりかりにてもやどれるすまいのほ

どを思ふに。これこそかの人のさだめあなづりしし

ものしなならめ。そのなかに思のほかにおかしきこ

ともあらはなどおぼすなりけり。惟光いさゝかの事

も御心にたがはじと思ふに。をのれもくまなきす

き心にて。いみじくたはがりまどひありきつゝ。し

 

 

14

いておはしまさせそめてけり。此程のことくた/\゛

しければれいのもらしつ女をさしてその人とたづ

ねいで給はねばわれもなのりをし給はでいとわり

なうやつれ給ひつゝ。れいならずおりたちありき給へ

ば。をろかにはおぼされぬなるべしとみれば。わか馬を

ば奉りて御ともにはしりありく。けさう人のいと

物げなきあしもとを見つけられて侍らんとき

からくも有べきかななどわぶれど人にしらせ給は

ぬまゝにかの夕かほのしるべせしずいじんはかり。さ

てはかほむけにしるまじきわらひひとりばかりぞ

いておはしける。もし思ひよるけしきもやとて

 

となりになかやどりをだにし給はず女もいとあやしう

心得ぬ心ちのみして御つかひに人をそへ暁の道を

うかゞはせ御ありかみせんとたづぬれど。そこはかとな

くまどはしつゝ。さすがにあはれにみてはえあるまじく

この人の御心にかゝりたれば。びんなくかろ/\゛しき事

どもおもほしかへしわびつゝいとしは/\゛おはします

かゝるすぢはまめ人のみだるゝおりもあるをいとめや

すくしづめ給て人のとがめ聞ゆべきふるまひはし

給はざりつるを。あやしきまでけさのほど日るまの

へだてもおぼつかなくなど思ひわづらはれ給へば。かつは

いと物ぐるをしくさまで心とゞむべきことのさまに

 

 

15

もあらずといみじく思ひさまし給ふに。人のけはひ

いとあさましくやはらかにおほどきて物ふかくお

もきかたはをくれてひたふるにわかびたる物から。世を

まだしらぬにもあらず。いとやんごとなきにはあるまじ

いづくにいとかうしもとまる心ぞと返/\おぼす。いと

ことさらめきて御さうぞくをもやつれたるかりの

御ぞを奉り。さまをかへかほをもほの見せ給はず。夜

ふかき程に人をしづめて出入などし給へば。むかしあ

りけん物のへんぐえめきてうたて思なげかるれ

ど人の御けはひはたてさぐりにもしるきわざな

りければ。たればかりにかはあらん。なを此すきものゝ

 

しいでつるわざなめりと。たいふをうたがひながらせ

めてつれなくしらずがほにて。かけて思よらぬさまに

たゆまずあされありけばいかなる事にかと心得が

たく。女がたもあやしうやうたがひたるものおもひを

なんしける。君もかくうらなくたゆめてはひかく

れなば。いづくをはかりとかわれもたづねん。かりそめの

かくれがとはたみゆめればいづかたにもうつろひゆかん

日をいつともしらじとおぼすに。思ひまどはしてな

のめに思ひなしつべくはたゝかいかりのすさひにて

もすぎぬべき頃をさらにさて過してんとおぼさ

れず。人めをおぼしてへたてをき給ふ。よな/\などは

 

 

16

いと忍びがたくくるしきまでおもほえ給へば。猶たれ

となくて二条院にむかへてん。もし聞えありて

びんなかるべきことなりともさるべきにこそはわが心

ながらいとかく人にしむことはなきをいかなるちぎり

にかはありけんなどおもほしよる。いざいと心やす

きところにてのとがに聞えんなどかたらひ給へば

なをあやしうかくの給へどよつかぬ御もてなしな

れば物おそろしくこそあれといとわかびていへば

けにとほゝえまれ給ひてげにいづれかきつねならん

な。たゞばかられ給へかしとなつかしげにの給へば女

もいみじうなびきてさもありぬべう思ひたり。よに

 

なくかたわなる事なりともひたふるにしたがふ心

はいとあはれげなる人と見給ふに。猶かの頭中将の

とこ夏うかたがはしくかたりし心ざままづ思ひいで

られ給へど。しのぶるやうこそいとあながちにもとひ

いで給はずけしきばみてふとそむきかくるべき

心ざまなどはなければ。かれ/\゛にとだえをかんおり

こそはさやうに思かはる事もあらめ。心ながらもす

こしうつろふ事あらんこそ哀なるべけれとさへおぼ

しけり。八月十五夜くまなき月影ひまおほかるい

たや。のこりなくもりきて。見ならひ給はぬすまい

のさまもめづらしきに。暁ちかく成にけるなるべし

 

 

17

となりの家々あやしきしづのおのこえ/\゛めさま

して哀いとさむしやことしこそなりはひにもたの

む所すくなく。い中のかよひも思かけねばいと心ぼそ

けれ。北殿こそきゝ給ふやなどいひかはすも聞ゆ。いと

哀なるをのがじゝのいとなみにおき出てそゝめきさ

はぐも程なきを女いとはづかしく思たり。えんだち

けしきばまん人はきえもいりぬべきすまいのさ

まなめりかし。されどのどかにつらきもうきもかた

はらいたき事も思ひ入たるさまならで。わかもてな

し有さまはいとあてはかにあかしくて又なく

らうがはしきとなりのよういなさをいかなる事と

 

も聞しりたるさまならねばなか/\はちかゝや

かんよりはつみゆるされてぞみえける。こほ/\となか

かみよりもおどろくしうふみとゞろかすからうす

のをとも枕かみとおぼゆ。あなみゝかましとこれ

にぞおぼさるゝ。なにのひゞきとも聞いれ給はず。い

とあやしうめざましきをとなひとのみ聞給ふ。くだ/\

しきことのみおほかり。しろたへの衣うつきぬた

のをどもかすかにこなたかなたきゝわたされり。とぶ

かりのこえとりあつめてしのびかたき事おほかり

はしちかきおまし所なりけれはやりとをひき

あけ給てもろともに見いだし給ふ。ほどなき庭に

 

 

18

されたるくれ竹せんざいの露は猶かゝるところもお

なじ事ときらめきたり。虫のこえ/\゛みだりかは

しくかべの中のきり/\すだにまどをに聞なら

ひ給へる御みゝにさしあてたるやうになきみだるゝ

をなか/\さまかへておぼさるゝも御心ざしひとつ

の浅からぬに。よろづのつみゆるさるゝなめりかし。

白きあはせうす色のなよゝかなるをかさねてはな

やかならぬすがた。いとらうたけにあへかなる心ちし

て。そこととりたてゝすぐれたることもなけれど。ほ

そやかにたを/\として物うちいひたるけはひ。あ

な心ぐるしとたゞいとらうたく見ゆ。心ばみたるかた

 

をすこしそへたらばと見給ひながら。なをうちもけ

て見まほしくおぼさるれば。いざたゞこのわたりち

かき所に心やすくてあかさん。かくてのみはいとく

るしかりけりとの給へば。いかでか我ならんといと

おいらかにいひていたり。此世のみならぬ契りなど

までたのめ給ふにうちとくる心ばへなどあやし

くやうがはりて。よなれたる人ともおほえねば人

の思はんところもえはゞかり給はで右近をめし

いでゝずいじんをめさせ給ひて御車引いれさせ給ふ。こ

のある人/\゛もかゝる御心ざしのをろかならぬをみ

れば。おぼめかしながらたのみをかけ聞えたり。明

 

 

19

がたもちかうなりにけり。とりのこえなど聞え

てみたけさうじにやあらん。たゞおきなびたる越え

にぬかづくぞ聞ゆるたちいのけはひたへがたあげに

をこなふ。いと哀にあしたの露にことならぬ世を。な

にをむさぼる身のいのりにかときゝ給ふに。なも

たうらいだうしとぞおがむなか。かれきゝ給へ此世

とのみはおもはざりけりとあはれがり給ひて

 うはそくがおこなふ道をしるべにてこん世もふ

かき契たがふな長生殿のふるきためしはゆゝし

くて。はねをかはさんとはひきかへて。みろくの世をかね

給ふゆくさきの御たのめいとこちたし

 

夕 さきの世のちぎりしらるゝみのうさにゆくす

えかねてたのみがたさよかやうのすぢなどもさるは

心もとなかめり。いざよふ月にゆくりなくあくがれん

ことを女は思ひやすらひ。とかくの給ふほど。にはかに

雲かくれてあけゆくそらいとおかし。はしたなきほ

どにならぬさきにとれいのいそぎ出給てかろらかに

うちのせ給へば。右近ぞのりける。そのわたりちか

きなにがしの院におはしましつきて。あづかりめ

いづる程あれたる門のしのぶ草しげりて見あげら

れたる。たとしへなくこぐらしきりもふかく露けき

にすだれをさへあげ給へれば御袖もいたうぬれそ

 

 

20くぇい。まだかやうなる事をならはざりつるを心づ

くしなることにもありけるかな

 いにしへもかくやは人のまどひけん我まだしらぬ

しのゝめの道ならひ給へりやとの給ふ女はぢらひて

 山のはの心もしらでゆく月はうはの空にて顔

やたえなん心ほそくとてものおそろしう。すごげ

に思さればかのさしつどへるすまいのならひなら

むとおかしうおぼす。御車入させて西のたいにおま

しなどよろふほど。かうらんに御車ひきかけて

たち給へり。右近えんなる心ちして。きしかたの

ことなども人しれず思ひいでけり。あづがりいみじ

 

くけいめいしあり/\けしきにこの御有様しり

はてぬ。ほの/\゛と物見ゆる程におり給ぬめり。かり

そめなれどきよげにしつらひたり。御ともに人も

さふらはざりけり。ふびんなるわざかなとて。むつま

しきしもげいじにてとのにもつかうまつる物なり

ければ参りよりてさるべき人めすべきにやなど申

さすれど。ことさらに人くまじきかくれがもとめた

るなり。さらに心よりほかにもらするとくちがた

めさせ給ふ御かゆなどいそぎまいらせたれど。とりつく

御まかなひうちあはず。まだしらぬ事なる御

たびねに。おきなか川と契り給ふことよりほかの事

 

 

21

なし。日たくる程におき給てかうしてづからあけ

給ふ。いといたくあれて人めもなくはる/\と見わ

たされて木だちいとうとましう物ふりたり。け

ぢかき草木などはことにみどころなくみな秋の野

らにて。いけもみくさにうづもれたればいとけうと

げに成にける所かな。べちなうのかたにぞさうじ

などして人すむべかめれどこなたははなれたり。けう

とくもなりにける所かな。さりともおになども我

をばみゆるしてんとの給。かほはなをかくし給へれ

ど女のいとつらしと思へればげにかばかりにて隔

あらんも夢のさまにたがひたりとおぼして

 

 夕露にひもとく花は玉ぼこのたよりにみえし

えにこそありけれさゆのびかりやいかにとの給へば

しりめに見をこせて

 光ありとみしゆふがほのいはつゆはたそかれ時

の空めなりけりとほのかにいふ。おかしとおぼし

なすげにうちとけ給へるさま。よになくところか

ら。まいてゆゝしきまでみえ給ふ。つきせすへだて

給へる。つらさにあらはさじと思ひつる物を。いまだに

なのりし給へ。いとむくつけしとの給へど。あまのこ

なればとてさすがにうちとけぬさま。いとあひだれ

たり。よしこれもわれからならりと恨。かつはかたらひ

 

 

22

くらし給。惟光たづね聞えて御くだ物など参らす。

右近がいはん事さすがにいとをしければ。ちかくも

えさふらひよらずかくまでおどりありき給ふもおか

しうさもありぬべき有さまにこそはとをしはかる

にも。わがいとよく思ひよりぬべかりしことをゆづり

聞えて。心ひろきよなどめざましうぞ思ひをくる

たとしへなくしづかなる夕のそらをながめ給て。おく

のかたはくらふ物むつかしと女はおもひたれば。はしの

すだれをあげてそひふし給へり。ゆふばへをみかは

して女もかゝるありさまを思ひのほかにあやし

き心ちばしながら。よろづのなげきわすれてす

 

こしうちとけゆくけしきいとらうたし。つと御

かたはらに。そひ暮してものをいとおそろしと思

ひたるさま。わかう心ぐるし。かうしとくおろし給ふ

ておほとなぶら参らせて。なふぉりなく成にたる御

有さまにて。なを心のうちのへだてのこし給へり

 

なんつらきと恨給ふ。うちにいかにもとめさせ給は

むをいづくにたづぬらんと。おぼしやりてかつはあ

やしの心や。六条わたりにもいかに思ひみだれた

まふらん。うらみられんにくるしうことはりなり

といとをしきすふぃは。まづ思聞え給なに心もな

きさしむかひをあはれとおぼすまゝに。あまり心

 

23

ふかくみる人もくるしき御有さまをすこしとり

すてばやとおもひくらべられ給ふける。よひすぐるほ

どにすこしねいり給へるに。御枕がみにいとおかしげ

なる女いて。をのがいとめてだしと見奉るをば尋お

もほさで。かくことなることなき人をいておはして

ときめかし給ふこそ。いとめざましくつらけれとて。

この御かたはらの人をかきをこさんとすと見給ふ。も

のにをそはるゝ心ちしておどろき給へれば。火もきえ

にけり。うたておぼさるればたちをひくぬきてう

ちをき給ひて。右近をおこし給ふこれもおそろし

と思ひたるさまにて参りよれり。わた殿なるとの

 

い人おこして。しそくさしてまいれといへとの給へ

ばいかでかまからんくらうてといへば。あなわか/\し

とうちわらひ給て手をたゝき給へば。山びこのこた

ふるこえいとうとまし。人はえきゝつけてまいらぬに。

此女君いみじくわなゝきまどひて。いかさまにせん

と思へり。あせもしとゝになりて我かのけしきな

り。物おぢをなんわりなくせさせ給ふ本上にて。いか

におぼさるゝにかと右近も聞ゆいとかよはく日るも

そらをのみ見つる物をいとをしとおぼして我人を

おこさんてたゝけば山びこのこたふるいとうるさし

こゝにしばしちかくとて右近を引よせ給て。にし

 

 

24

のつまどにいでゝ戸ををしあけ給へれば。わたどのゝ

ひもきえにけり。風すこしうちふきたるに人は

すくなくてさふらふかぎりはみなねたり。この枕の

あづかりの子むつましうつかひ給ふわかきおのこ

又うへわらはひとりれいのずいじんばかりぞあり

ける。めせば御こたへしておきたればしそくさして

まいれ。ずいしんもつるうちして絶すこはづくれと

おほせよ。人はなれたる所に志とけていぬる物か。こ

れ光の朝臣のきたりつらんはととはせ給へば。さ

ふらひつれどおほせ事もなし。あか月に御むかへに

参るべきよし申てなんまかで侍ぬると聞ゆ。この

 

かう申物はたゝさぐりなりければゆづるいとつき/\゛し

くうちならして。火あやうしとふ/\あづかり

が。さうじのかたへいぬるなり。うちをおぼしやりて

名だいめんはすぎぬらん。たきぐちのとのい申いま

こそとをしはかり給ふはまだいたうふけぬにこそは

かへりいりてさぐり給へば。女君はさながらふして右

近はかたはらにうつぶし/\たり。こはなぞあれ物

ぐるをしのものおぢや。あれたる所はきつねなどやう

のものゝ人をびやかさんとて。けおそろしう思は

するならん。まつあればさやうの物にはおどされじと

てひきおこし給ふ。いとうたてみだり心ちのあしう

 

 

25

侍れば。うつぶし/\て侍や。おまへにこそわりなく

おぼさるらめといへば。そよなどかうはとてかいさぐり

給ふにいきもせず。ひきうごかし給へどなよ/\として

われにもあらぬさまなれば。いといたくわかびたる人

にて物にけどられぬるあんめりとせんかたなき心

ちし給ふ。しそくもてまいれり。右近もうごくべきさ

まにもあられな。ちかき御几帳をひきよせてなをも

てまいれとの給ふ。れいならぬ事にておまへちかく

もえ参らぬつゝましさになげしにもえのぼらず。

なをもてこやところにしたがひてこそとてめし

よせて。見給へばたゞこの枕がみに夢にみえつるかた

 

ちしたる女おもかげにみえてふときえうせぬ。むか

し物がたりなどにこそかゝることはきけと。いとめづら

かにむくつけければ。まづこのひといかに成ぬるぞとおも

ほす心さはぎに。身のうへもしられ給はずそひふして

やゝとおどろかし給へど。たゝひえにひえいりて。いきは

とくやえはてにけり。いはんかたなし。たのもしくいか

にといひふれ給ふべき人もなし。ほうしなどをこそはかゝる

方のたのもしき物にはおぼすげけれど。さこそつよかり給へ

とわかき御心ちにていふかひなくなりぬるを見給に

やるかたなくて。つといだきてあか君いぎ出給へ。いと

いみじきめな見せ給ひそとの給へど。ひえ入にたれば

 

 

26

けはひ物うとく成行。右近はたゞあなむつかしと思ひ

ける心ち皆さめてなきまどふ。さまいといみじ。南殿

のおにのなにがしのおどゝをおびやかしけるためしを

おぼしいでゝ。心つよくさりともいたづらになりはて給

はじ。よるの声はおどろ/\しあなかまといさめ給ふて

いとあはたゝしきにあきれたる心ちし給。このおとこ

をめしてこゝにいとあやしう物におそはれたる人の

なやましげなるを。たゞいま惟光の朝臣のやどれる

所にまかりていそぎ参るべきよしいへとおほせよ。なに

かしのあさりそこに物するほどならばこゝにくべきよ

し。しのびていへ。かのあま君などのきかんにおどろ/\

 

しくいふな。かゝるありきゆるさぬ人なりなどの給ふ

やうなれど。むねはふたかりてこのひとをむなしくしなし

てんさたとへんかたなく。夜中もすぎにけんかし。風の

やゝあら/\しく吹たるはまして松のひゞきこぶかく

聞えて。けしきある鳥のから声になきたるも。ふく

ろふは是にやとおぼゆ。打思ひめぐらすにこなたかなた

けどをくうとましきに人ごえせずなどてかくはかな

き宿りはとりつるぞとくやしさもやらんかたなし

右近は物もおぼえず君につとそひ奉りて。わなゝきし

ぬべし。又これもいかならんと心そらにてとらへ給へり。我

 

 

27

ひとりさかしき人にて。おぼしやるかたぞなきや。火は

ほのかにまたゝきて。もやのきはにたてたる屏風のか

み。こゝかしこのくま/\゛しくおぼえ給ふに。物のあし

音ひし/\とふみなかしつゝうしろよりくる心ちす。

惟光とくまいらなんとおぼす。ありかさためぬものに

てこゝかしこたつねけるほどに。夜のあくるほどのひ

さしさは。ちよをすぐさん心ちし給ふ。からうじて鳥

のこえはるかに聞ゆるに命をかけてなにの契りに

かゝるめをみるらん。我心ながらかゝるすぢにおほけなく。

有まじき心のむくひにかくきしゆくさきのため

しと成ぬべきことはあるなめり。しのぶとも世にあ

 

ることかくれなかうて内にきこしめされんをはじめて

人の思ひいはん事。よからぬわらはべのくちずさみに

なるべきなめり。あり/\ておこがましき名をとるべき

かなとおぼしめぐらす。からうじてこれみつの朝臣まい

れり。夜中暁といはず御心にしたがへるものゝこよひ

しもさふらはで。めしにさへおこたりつるをにくし

とおもほす物から。めしいれての給ひいでん事のあへ

なきにふと物もいはれ給はず右近たいふのけはひ

きくに。はじめよりのことうち思ひいでられてなくを

君もえたへ給はで我ひとりさかしがりいだきもち

給へりけるに。此人にいきをのべ給てぞかなしき事

 

28

もおぼされけるとばかりいといたくえもとゝめずなき

給ふ。やゝためらひてこゝにいとあやしきことのある

をあさましといふにもあまりてなんある。かゝるとみ

のことにはす経などをこそはすなれとて。そのことゝも

せさせんぐはんなどもたてさせんとて。あざりもの

をよといひやりつるはとの給ふに。きのふ山へまかり

のぼりにけり。まづいとめづらかなる事にも侍かな。かね

てれいならず御心ちの物せさせ給ふ事や侍つらん。さる

こともなかりつとてなき給さまいとおかしげにらう

たく。みたてまつる。人もいとかなしくておのれもよゝ

となきぬ。さいへどとしうちねび世中のとある事

 

もしほじみぬる人こそ。ものゝおりふしはたのもし

かりけれ。いづれも/\わかきどちにていはんかたも

なけれど。この院もりなどにきかせんことは。いとびん

なかるべし。このひとひとりこそむつましうもあらめ。を

のづから物いひもらしつべき。くえんぞくもたちまじ

りたらん。まづこの院をいでおはしましねと。いふ

さてこれより人ずくなゝる所はいかでかあらんとの

給ふ。げにさぞハベうらんかのふるさとは女房などのかなし

ひにたへずなきまどひ侍らんに。となりしげくと

がむるさと人おほく侍らんに。えおのづからきこえ侍らん

を山でらこそなをかやうのことをのづから行まじ

 

 

29

り。ものまぎるゝ事侍らめと思ひまはしてむかし

見給へし女房の尼にて侍。ひんがし山のへんに

うつし奉らん惟光がちゝの朝臣のめのとに侍しも

のゝすみ侍なり。あたりは人しげきやうに侍れど

いとかごかに侍りと聞えて。あけはなるゝほどのま

ぎれに御車よす。このひとをえいだき給まじければ

うはむしろにをしくゝみて惟光のせ奉る。いとさゝ

やかにてうとましげもなく。ろうたげなり。したゝ

かにしもえせねば。かみはこぼれ出たるもめくれま

どひて。あさましうかなしとおぼせは。なりはてん

さまをみんとおぼせど。はや御馬にて二条院へお

 

はしまさなん。人さはがしう成侍らぬほどにとて右

近をそへてのすれば。かちより君にうまをばをりて

くゝりひきあげなどして。かつはいとあやしくおぼ

えぬ。をくりなれど御けしきのいみじきをみたてま

つれば身をすてゝ行に。君はものもおぼえたまはず我

かのさまにておはしつきたり。人/\いづくよりお

はしますにか。なやましげにみえさせ給ふなどい

へど。御帳のうちに入給ひて。むねをゝさへて思ふに

いといみじければ。などてのりそひていかざりつらん

いきかへりたらんときいかなるこゝちせん。見すてゝい

きわかれにけりと。つらくや思はんと心まどひのう

 

 

30

ちにもおもほすに御むねせきあぐる心ちし給ひ

て御くしもいたく身もあつき心ちしていとくる

しくまどはれ給へば。かくはかなくてわれもいた

づらに成ぬるなめりとおぼす。日たかくなれどおき

あがり給はねば人/\゛あやしがりて御かゆなどそゝ

のかし聞ゆれと。くるしくていと心ぼそくおぼさ

るゝに内より御つかひあり。きのふえたづねいで奉

らざりしより。おぼつかながらせ給ふ。おほとのの君

たちまいり給へど頭中将ばかりをたちながらこ

なたにいり給へとの給ひて。みすの内ながらの給ふ

めのとにて侍るものゝこの五月のころをひより

 

おもくわづらひ侍しがかしらそりいむことうけなど

してぞのしるしにやよみがへりたりしを此ごろ

又おこりてよはくなんなりにたる。今一たびとふら

ひみよと申たりしかば。いときなきよりなつさひし

物の今はのきざみに。つらしとやおもはんと思ふ給

いてまかれりしに。其家也けるしも人のやまひしけ

るが俄にえ出あへでなくなりにけるを。おちはゞ

かりて日をくらしてなん。とりいで侍けるを聞つ

け侍しかば神事なる頃はいとふびんなることゝお

もふ給へかしこまりてえ参らぬなり。此あかつきよ

りしはぶきやみにや侍らん。かしらいといたくて

 

 

31

くるしく侍ればいとむらいにて聞ゆる事などの

給ふ中将さらばさるよしをこそそうし侍らめ。よへも

御あそびにかしこくもとめ奉らせ給ひて御けしき

あしう侍きと聞え給て。たちかへりいかなるいき

ふれにかゝらせ給ぞや。のべやらせ給ふ事こそまことゝ

も思給へらねといふに。むねつぶれ給て。かくこまか

にはあらでたゝおぼえぬけがらひにふれたるよしを

そうし給へ。いとこそたい/\゛しく侍れどつれなくの

給へど心のうちにはいふかひなくかなしきこと我お

ぼすに。御心ちもなやましければ人にめも見あは

せ給はず。くら人の弁をめしよけてまめやかに

 

かゝるよしをそうせさせ給ふ。大殿なとにもかゝる事

有てえまいらぬ御せうそこなどきこえ給ふ。日く

れてこれみつまいれり。かゝるけがらひありとの給

てまいる人/\゛もみなたちながらまかづれは。人し

げからずめしよせていかにぞ今いはとみはてつやと

の給ふまゝに袖を御かほにをしあてゝなき給ふ

惟光もなく/\いまはかぎりにこそはものし給めれ

なが/\こもり侍らんもびんなきをあすなん日よ

ろしく侍ればとかくの事いとたうとき僧のあひ

しりて侍にいひかたらひつけ侍りぬると聞ゆ。そ

ひたりつる女はいかにとの給へばそれなん又えいく

 

 

32

まじう侍める。我もをくれじとまどひ侍てけさはた

にゝおち入ぬと見給へつる。かのふるきと人につげやらん

も申せどしばしと思ひしづめよことのさま思ひめぐらし

てとなん。こしらへをき侍つるとかたり聞ゆるまゝに

いといみじとおぼして我もいと心ちなやましう。いか

なるべきにかとなんおぼゆるとの給ふ。なにかさら

におもほし物せさせ給。さるべきにこそよろづの事

侍らめ。人にもらさじと思ふ給ふればこれみつお

りたちてよろづは物し侍など申。さかしさみな思

ひなせど。うちひたる心のすさひに人をいたづらにな

しつるが。ことをひぬべきがいとからきなり。少将の

 

命婦などにもきかすな。あま君ましてかやうの事

などいさめらるゝを心はづかしくなんおぼゆべきと

くちかため給ふ。さらぬ法師ばらばどにも皆いひなす

さまことに侍と聞ゆるにぞかゝり給へる。ほのきく

女房などあやしく何事ならんけがらひのよしの

給ひてうちにも参り給はず。又かくさゝめきなげき

給ふとほの/\゛あやしがる。さらにことなくしな

せど。そのほどのさほうの給へどなにかこと/\しく

すべきにも侍らずとて。たつがいとかなしくおぼさ

るれば。ひんなしと思ふべけれどいま一たびかのなき

からを見ざらんがいといぶせかるべきを馬にて物せん

 

 

33

との給ふを。いとたい/\゛しき事とは思へど。さおぼさ

れんはいかゞせんはやおはしましてよもふけぬさき

にかへらせおはしませと申せば。このごろの御やつれに

まうけ給へる。かりの御さうぞくきかへなどしていで

給。御心ちかきくらしいみじくたへがたければかくあや

しきみちにいでたちてもあやうかりしものこり

にいかにせんとおぼしわつらへど。なをかなしさのやるかた

なくたゞいまのからをみては又いつの世にかありし

かたちをもみんとおぼしねんじて。れいのたいふ随

身をぐしていで給。みちとをくおぼゆ。十七日の月さ

し出てかはらのほど御さきの火ほのかなるそ。と

 

りべのゝかたなど見やりたるほどなど。ものむつかし

きもなにともおぼえ給はず。かきみだる心ちし給

ておはしつきぬ。あたりさへすごきにいたやのかた

はらに。だうたてゝをこなへるあまのすまい。いと哀

なり。見あかしのかげほのかにすきてみゆぞのやに

は女ひとりなくこえのみしてとのかたに法師ば

ら二三人物語しつゝ。わざとのこえたてぬ念仏ぞす

る。寺々のそやもみなおこなひはてゝ。いとしめやか

なり。きよ水のかたぞひかりおほくみえ人のけは

ひもしげかりける。この尼君のこなる大とのこえたう

とくて経うちよみたるに。なみだのこりなくおほ

 

 

34

さる。いり給へれば火とりそむけてうこんは屏風

へだてゝふしたり。いかにびしからんと見給ふ。お

そろしきけもおぼえす。いとらうたげなるさまし

て。いさゝかはりたるところなし。手をとらへてわれ

に今一たひ声をだにきかせ給へ。いかなるむかしの

契りにかありけん。しばしのほどに心をつくして

哀におぼえしを。うちすてゝまどはし給がいみじ

きことゝこえもおしまずなき給ふ事かぎりなし。

大とこたちもたれとはしらぬにあやしと思ひてみな

涙おとしけり。右近をいざ二条院へとの給へどとし

頃おさなく侍しより。かた時たちはなれ奉らず。な

 

れ聞えつr人に。俄にわかれたてまつりていづこそ

かへり侍らん。いまになり給にきとか人にもいひ侍らん

かなしきことをはさる物にて人にいひさはがれ侍らん

がいみじき事といひてなきまどひてけふりにたぐ

ひてしたひ参りなんといふ。ことはりなれどさな

む世中はあなわかれといふ物のかなしからぬはなし

とあるもかゝるもおなじ。命のかぎりある物になn

ある思ひばぐさめてわれをたのめとの給ひこしら

へても。かくいふわが身こそはいきとまるまじき心

ちすれとの給も。たのもしげなした。これ光夜は明

がたになり侍りぬらん。はやかへらせ給ひなんとき

 

 

35

こゆれば。かへりみの見せられてむねもつとふたがりて

出給ふ道いと露けきにいとゞしき朝ぎりいづこ

ともなくまどふ心ちし給ふ。ありしながらうちにし

たりつるさま。うちかはし玉減りしが我くれない

の御ぞのきられたりつるなど。いかなりけん契りに

かと。道すがらおぼさる。御寺にもはか/\゛しくのり給ふ

まじき御さまなれば。又惟光そひたすけておは

しまさするに。つゝみの程にてむまよりすべり

おりていみじく御心ちまとひければ。かゝるみちの

空にてはふれぬべきにやあらん。さらにえいきつ

くまじき心ちなんするとの給ふに。これみつ心

 

ちまどひて。わがはか/\゛しくいさの給ふともかゝる

みちにいていて奉るべきかいと思ふに。いと心あはたゝ

しければ川の水にて手をあらひて清水の観

音をねんじ奉りて心のうちにほとけをんwんじ

給ひて。又とかくたすけられ給てなん二条院へかへ

り給ひける。あやしう夜ふかき御ありきを人々

見ぐるしきわざかな。このごろれいよりもしづ心な

き御しのびありきのうちしきるなかにも。きの

ふの御けしきのいとなやましうおぼしたりし

に。いかでかくたどりありき給らんとなげきあ

 

 

36

へり。まことにふい給ぬるまゝにいといたくくるし

がり給て二三日になりぬるに。むげによはるやう

にし給ふ。内にきこしめしなげく事かぎりな

し。御いのりかた/\゛にひまなくのゝしる。まつり。は

らへ。ずほうなどいひつくすべくもあらず。よにたぐ

ひなくゆゝしき御有さまなればよにながくおは

しますまじきにやと。あめのしたの人のさばきな

り。くるしき御心ちにもかの右近をめしよせて。つぼ

ねなどちかく給はりて。さふらはせたまふ。惟光心ち

もさはきまどへど思ひのどめてこの人のたづきなしと

思たるをもてなしたすけつゝさふらはす。君はいさゝ

 

かひまありておぼさるゝときはめしいでゝつかひなど

すれば程なくまじらひつきたり。ぶくいとくろかして

かたちなどよからねど。かたはに見ぐるしからぬわか人

なり。あやしうみじかゝりける御契りにひかされ

て。我もよにえあるまじきなめり。とし頃のたのみう

しなひて心ぼそく思ふらん。なくさめにももしな

がらへば。よろづにはくゝまんとこそ思ひしが。ほども

なく又たちそひぬべきが口おしくもあるべきかなと。

忍びやかにの給てよはげになき給へば。いふかひな

きことをはをきて。いみじうおしと思ひ聞ゆ。殿のう

ちの人あしを空にて思ひまどふ内より御つかひ

 

 

37

あめのあしよりもげにしげかし。おぼしなげきおは

しますをきゝ給ふに。いとかたじけなくて。せめて

つよくおほしなる大殿もいみじくけいめいし給ひ

て。日々にわたり給つゝさま/\゛の事をせさせ給ふ

しるしにや。廿日あまりいとおもくわづらひ給へれど

ことなるなごりのこらずおこたるさまにみえ給ふ

けがらひい見給しもと(ひと?)つにみちぬるよなれば

おぼつかながらせ給ふ御心わりなうて。うちの御との

い所に参り給などす。大殿わが御車にてむかへた

てまつり給ひて御ものいみなにやとむつかしう

つくしませたてまつり給ふ。われにもあらすあらぬ

 

よにかへりたるやうにしばしはおぼえ給ふ。九月廿日

のほどにぞおこたりはて給ひて。いといたうおもやせ

給へれど。なか/\いみじくなまめがしうてながめが

ちにねをのみなき給ふ。みたてまつりとがむる人

もありて御物のけなめりなどいふもあり。右近を

めしいでゝのどやかなる夕暮に物語などし給ひて猶

いとなんあやしき。なそてその人としられじとは

かくい給へりしぞまことにあまのこなりとも。さ

ばかり思ふをしらで。へだて給しかばなん。つら

かりしとの給へば。などてかふかくかたしきこえた

まふ事は侍らん。いつのほどにてかはなにならぬ

 

 

38

御なのりを聞て給はん。はじめよりあやしう

おぼえぬさまなりし御事なれば。うつゝともおぼえ

ずなんあるとの給て。御なはくしもさばかりにこそ

はとっ子絵給ながら。なをさりにこそまぎらはし

給ふらんめとなん。うき事におぼしたりしときこ

ゆればあひなかりける心くらべどもかな。我はしか

隔る心もなかりき。たゞかやうに人にゆるされぬふる

まひをなんまだならはぬ事なるうちにいさめ

のたまはするをはじめ。つゝむことおほかる身にて。はか

なく人にたはふれごとをいふも。ところせうとりな

しうるさき身のありさまになむあるをはかなか

 

りし夕(ゆふべ)よりあやしう心にかゝりてあながちに見

たてまつりしも。かゝるべきちぎりにこそは物し給

けめと。思ふも哀になん。又うちかへしつらうおぼゆ

る。かうなかゞるましきにては。などさしも心にし

みて哀とおぼえ給ひける。なをくはしくかたれい

まはなに事をかくすべきぞ。七日/\の仏かゝせて

も。たがためとか心のうちにもおもはんとの給へば。

なにかへだて聞えさせ侍らん。みづからしのびすぐし

給ひし事をなき御うしろにくちさがなくやは

と思ひ給ふるばかりになん。おやたちいはやううせ

給にき三位中将となん聞えし。いとらうたき物

 

 

39

思聞え給へりしかど。わが身のほどの心もとなさを

おぼすめりしに。いのちさへたへ給はず成にし後。はかな

き物のたよりにて。頭中将まだ少将に物し給ひ

しとき。みそめ奉らせ給て三とせばかりは心ざしある

さまにかよひ給ひしを。こその秋ごろかの右大臣殿

より。いとおそろしき事の聞えまうでこしに物

おぢをわりなくし給ひし御心に。せんかたなうお

ぼしおぢてにしの京に御めのとのすみ侍ところ

になんはひかくれ給へりし。それもいと見くるしき

に。すみわび給て山ざとにうつろひなんとおぼし

たりしを。ことしよりふたがりたるかたに侍ければ

 

たがふとてあやしき所にものし給しを見あらは

され奉りぬることゝおぼしなげくめりし。よの人にゝ

ず物つゝみをし給て、人に物を思ふけしきを見え

むをはづかしき物にし給て。つれなくのみもてな

して御らんぜられ奉り給ふめりしかどかたりい

づるに。さればよとおぼしあはせて。いよ/\あはれま

さりぬ。おさなき人まどはしたりと中将のうれへし

は。さる人やととひ給ふしがおとゝしの春ぞものし

給へりし。女にていとらうたげになんと聞ゆ。さて

いづこにぞ人にさとはしらせで我にえさせよ。あと

はかなくいみじと思ふ御かたみにいとうれしかるべく

 

 

40

なんとの給。かの中将にもつたふべけれといふかひな

きかごとおひなん。こさまかうざまにつけてはぐゝまん

に。とがあるまじきを其あらんめのとなどにも。ことざ

まにいひなして物せよかしなどかたらひ給ふ。さら

ばいとうれしくなん侍べきかの西の京にておひいで

給はんは心ぐるしうなんはか/\゛しくあつかふ人

なしとて。かしこになんと聞ゆ。夕暮のしづかなるに

空のけしきいと哀におまへの前栽かれ/\゛にむし

のねもなきかれて。もみぢのやう/\色づくほど絵

にかきたるやうにおもしろきを見わたして心より

外におかしきまじらひかなと。かのゆふがほのやどり

 

をおもひいづるもはつかし。竹のなかに家ばとゝいふ

とりのふつゝかになくを聞給て。かのありし院に此

とりのなきしを。いとおそろしと思たりしさまの

おもかげにらうたくおもはしいでらるれば。としは

いくつにかものし給ひし。あやしく世の人にゝず

あえかにみえ給ひしも。かくながゝるまじくてなり

けりとの給ふ。十九にやなり給ひけん。右近はなく

なりにける御めのとのすてをきて侍ければ。三位の君

のらうたがり給てかの御あたりさらずおほしたて

給ひしを思ふ給へ。いづれはいかでか世に侍らんとす見(らん)

いとしも人にとくやしくなんものはかなげに

 

 

41

ものし給ひし人の御心をたのもしき人にてと

しごろならひ侍けることゝ聞ゆ。はかなびたるこそ

女はらうたけれかしこく人になびかぬいと心づきな

きにざなり。みづからはる/\゛しくすくよかなら

ぬ心ならひに。女はたゞやはらかに取はづして人に

あざむかれぬべきがさすがに物つゞ見し。みん人の

心にはしたがはなん哀にてわが心のまゝにとり

なをしてみんに。なつかしくおぼゆべきなどのた

まへば。この御かたの御このみにはもてはなれ給はざり

けりと思ひ給ふるにも。口おしく侍わざかなとて

なく空の打くもりて風ひやゝかなるにいといたくな

 

がめ給て

 (源)見し人のけふりを雲とながむれは夕のそら

もむつましきかなとひとりごり給へど。えさしい

らへも聞えず。かやうにておはせましかばと思ふに

もむねのみふたがりておぼゆ。みゝかしかましかりし

きぬたの音をおぼしいづるさへ恋しくて。まさに

なかき夜とうちずんしてふし給へり。かのいよの

家のこ君まいるおりあれど。ことにありしやうな

ることづてもし給はねば。うしとおぼしはてにける

をいとおしと思ふに。かくわづらひ給をきゝてさす

がにうちなげきけり。とをくくだりけんとする

 

 

42

をさすがに心ぼそけれは。おぼし忘ぬかと心見に

うけおまはりなやむをことにいでゝはえこそ

 とはぬをもなどかとゝいてほとづるにいかばかり

かは思みだるゝますたはまことになんと聞えたり

めづらしきにこれもあはれわすれ給はず。いけるか

ひるきや。たがいはましことにか

 うつせみの世はうき物としりにしをまたこと

のはにかゝるいのちよはかなしやと御ても打わなゝ

かるゝに。みだれかき給へる。いとゞうつくしげなりなを

かのもぬけをわすれ給はぬをいとをしうもおかしう

も思けり。かやうににくからすは聞えかはせどけぢ

 

かくとは思よらずさすがにいふかひなからずはみえた

てまつりて。やみなんと思ふなりけり。かのかたつかた

は。くら人の少将をなんかよはすときゝ給ふ。あやしや

いかに思ふらんと少将のこゝろのうちもいとおしく又

今の人のけしきもゆかしければこ君してしにかへ

り思ふ心はしり給へやといひつかはす

 ほのかにも軒ばのおぎをむすばすは露のかごと

をなにゝかけましたかやかなる萩につけて忍びて

との給へれど。とりあやまちて少将もみつけて我な

りけりと思ひあはせば。さりともつみゆるしてん

と思ふ御心おごりぞあいなかりける。少将のなき

 

 

43

おりにみすれば心うしとおもへどかくおぼしいでたる

もさすがにて御かへりくちときばかりをかごとにて

とらす

 ほのめかす風につけても下おぎのなかばゝ霜に

むすぼゝれつゝてはあしげなるをまぎらはしざれ

ばみてかいたるさましななし。ほかけにみしかほお

ぼしいでらる。うちとけてむかひたる人はえうと見

はつましきさまもしたりしかな。なにの心ばせあ

りげもなく。さうときほこりたりしよとおぼしい

づるににくからず。なをこりずまに又もあだ名たち

ぬべき御心のすさひなめり。かの人の四十九日しの

 

びてひえの法花だうにてことそがすさうぞくより

はじめてさるべきものどもこまるに。せ経などせさせ

給ふ。経仏のかざりまでをろかならず惟光があ

にのあざりいとたうとき人にてになうしけり

御文の師にてむつましくおぼす。もんざうばかを

めして願文つくらせ給ふ。その人となくてあはれと

思ひし人のはかなきさまになりにたるを。あみだ

仏にゆづり聞ゆるよし哀げにかきいで給へれば。たゞ

かくながらくはふべき事侍らざめりと申す。しのび給

へれど御なみだもこぼれていみじくおぼしたれば

なに人ならんその人と聞えもなくて。かうおぼし

 

 

43

なげかすばかりなりけん。すくせのたかさといひ

けり。忍びてうせさせ給へりけるさうぞくのはかま

をとりよせ給て

 なく/\もけふはわがゆふ下hじもをいづれの世にか

とけてみるべきこのほどまではたゞよふなるを。いつ

れの道にさだまりておもむくらんとおもほしや

りつゝ。ねんずをいとあはれにし給ふ。頭中将を見

給ふにもあいなくむねさはぎてかのなでしこの

おいたるありさまきかせまほしけれど。かごとにお

ぢて打出給はずかの夕がほのやどりにはいづかたに

と思ひまとへど。其まゝにえ尋聞えず右近だにを

 

とつれねばあやしと思ひなげきあへり。たしかなら

ねどけはひをさばかりにやとさゝめきしかば。惟

光をかこちけれどいとかけはなれ。けしきなくいひ

なして猶おなじことすきありきければいとゝ夢

の心ちしてもし。ず両の子どものすき/\゛しきが

頭の君にをぢ聞えてやがていてくだりたるにや

とぞ思ひよりける。この家あるじぞ西の京のめの

とのむすめなりける。三人その子は有て右近はこと

人なりければ思ひへだてゝ御ありさまをきかせぬ

なりけりとなきこひけり。右近はたかしかまし

いひさはがれんを思て。君も今さらにもらさじと

 

 

45

忍び給へば若君のうへをだにえきかずあさましく

行えなくてすぎゆく。君はゆめをだに見ばやとお

ぼしわたるに。此ほうじし給ひて又の夜ほのかに

かの有し院ながらそひたりし女のさまもおなじ

やうにてみえければあれたりし所にすみけん物の

我に見いれけんたよりに。かくなりぬることゝおぼし

いづるにもゆゝしくなん。いよのすけ神な月のつ

いたち頃にくだる。女房のくだらんにとてたむけ心

ことにせさせ給ふ。又うち/\にもわざとし給ひて

こまやかにおかしきさまなるくしあふぎおほく

て。ぬさなどいとわざとがましくて。かのこうちき

 

もつかはす

 あふまでのかたみばかりとみし程にひたすら

袖のくちにけるかなこまやかなることゞもあれど

うるさければかゝず御つかひかへりにけれどこ君し

てうちきの御返はかり聞えさせたり

 せみのはもたちかへてけるなつ衣かへすを見て

もねはなかれけり思へどあやしう人にゝぬ心ど

よさにても。ふりはなれぬるかなと思ひつゞけたまふ。

けふぞ冬たつ日なりけるもしな/\うちしぐれて

空のけしきいと哀なり。ながめくらし給ふて

 すきにしもけづわかるゝも二道にゆくかたし

 

 

46

らぬ秋のくれかな猶かく人しれぬことはくるしかり

けりとおぼししりぬらんかし。かやうのくだ/\し

き事はあながちにかくろへ忍び給ひしもいとおし

くて。みなもらしとゞめたるを。などみかどの御こならん

からにみん人さへかたほならず物ほめがちなると

つくり事めきてとりなす人ものし給ひければ

なん。あまりものいひさがなきつみさりどころなく