鎌倉三代記(十段続) 第九


読んだ本 https://www.waseda.jp/enpaku/db/  
      ニ10-02434 
            (お経笑える。読むの大変だったけど。)


85(左頁)
   第九
南無阿弥陀仏/\なむあみだ仏なむあみだ 念仏さへも当世は柝入て他念なく仏の道へ種を蒔
小松村の無量庵 勤終れば伴僧達直に此世の伸欠身過に仇はなかりける コレ/\順斎今朝
から問ふと思ふて居たか アレ納戸に居る若い男 しかも女房を具して居る 心中の仕損ひかそふでなくば
欠落者 とふした者しやと問かくれば ホゝ善栽(ぜんさい)の云やる通り 様子を知らねば不審は尤 アノ女性はお師匠の妹
御件の男は其聟君れつきとした侍じや ムゝ夫てよみか下つた なんでもマア能男と能女房定て
精出す事で有 ヲゝ其精出すて思ひ出した 裏の牛蒡を引抜て説法の集り衆へ供養の拵へ仕て


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置ふ ホンニそふじやと両僧は 畑の方へ急ぎ行 人絶すれば納戸より立出る松田左近 妻の朝路も打
連て表に気を付けひそ/\声 最前もいふ通り とく陣所へ打立べしと 軍師佐々木よりの早打 又其
方にも坂本の城内へ参るべき由宇治殿よえい御仰と 聞て朝路は傍へ寄り ムゝそしたらもふ陣所へこさんすか ヲゝいふ
にや及ぶ 直様物の具きらを飾り鎌倉勢を引受て めさましき軍をせんと 勇中にも朝路が思ひ 夫婦と成
て少時(つか)も心休めた事はない はかない別れも武士の習ひとは云なから 若しもの事が有たらば此身一つのうき
つらき 心を察して給はれと涙 先立悔云 左近は態と声あらゝけ エゝ未練なる諄(くどい?) 陣立前にいまはしと 叱付られ
涙を払ひアイ/\夫レなら最云れぬアノ兄様のお帰り迄 納戸の内へちつとの間 来て下さんせと女気の 別れを

惜む妹背鳥袖の翅や絞るらん 表へいきせき主快哲夫婦は驚き座を改れば ホゝ左近殿嘸お待
兼 愚僧も寺役を只今仕廻 昼時からは又説法 此隙間に何事も承はらんと有ければ 左近夫婦膝を
寄せ 兼て内通の役目を蒙り 貴僧の庵に身を隠し 思ふ儘に事を計る 則今日軍師の指図
陣立の暇乞と 一礼厚く述ければ 快哲(くはいてつ)も打悦び 今改て申に及ばず 是成る朝路は愚僧が妹 其縁
に寄りお役に立我迚も満足致す 又貴殿義は元鎌倉の家来なりしが 父松田殿の遺言にて只
今ては京家の味方 北條家の末の武士共夫レを深く憤る 召捕て連れ行きなば抜群の褒美
に成と 所々を尋求むる由 此村の庄屋の息子どもりの赤兵衛といふならず者 畸(かたは)人の癖に欲深く


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貴殿と愚僧因み有る事鎌倉方へ注進し 此庵に心を付け手配りを致す由 爰に長居は無用
ぞと 聞きも敢ず左近朝光 其北條家の軍兵共此所に引受て一ト軍仕やらんと 勧むをとゞめて
イヤ/\/\ 戦場の事先にて高名誉れを望む其身 除けて通るが則大勇 此表海道は定め
て敵の伏せ勢有ん 人しらぬ此裏道 山手へ向けてお出有 若し討手寄せ来らば我等宜しく計らん 一刻も早
く急がれよ ヲゝ兄御坊のおつしやる通り短気をおこして下さんすな 然らば只今打立ん 何かのお礼は重ね
てと 夫婦は急ぐも空山路を たどり出て行 快哲は跡見送り参りの時刻と袈裟衣 改めて
待所へ のさ/\入来る庄屋の息子 名さへ吃の赤兵衛が男を横に立自慢 のさばり返れば和尚

立出 ホウ珎らしい赤兵衛殿 こなたは代々堅法華浄門の此快哲 又してもこほちあるき中の悪
い愚僧が庵へ 何と思ふてわせられたと 問かけられて吃声 イゝゝいま/\しいシヨ/\/\/\浄土しやけれ
ど トゝゝゝ問はねばならぬ ヤア/\/\何じや おれが宗旨は気に入らねど 問ねばならぬ事が有 サア/\何じや
云しやれ サア云つしやれ/\ セゝゝゝせくとトゝゝゝどうもとせかるゝ程 云れぬ吃に心つき 是は愚僧が誤つた なんぼ
きつい吃ても 節つけて諷はせば訳かよふ聞へるけれど 貴様はきつい不器用者 道行一つ得語らぬ
ホンニ夫レよ思ひ出した そちの宗旨の有難かる哥題目の節付けて 委細の事云たか能と 鈴(りん)と
鈴棒手に渡せば 赤兵衛は打點頭 心にくり出すせりふの文句 鈴打鳴し声はり上 妙法蓮華


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経コレ和尚 貴様は京に縁(ゆかり)有りといつやら咄しに云たぞや 其頼家の家来の中松田左近と
云やつを 捕へて出せば土肥殿から褒美の金をエゝフ沢山に下さるゝ こなたとおれとふてうに
してソノさふを引ぱつてひんあたゝまるが上分別也南無妙法蓮華経 コレ/\/\赤兵衛めつそふな
こといやんなや まへは其京家にも少しの所縁有たれど今はとんと絶果てた 殊に其松田とやら
いふ男名も聞た事はない 外を尋て見られいと けんもほろゝにあしらへば ソゝゝゝそんならトゝゝゝとんと
知らぬか 知らぬ/\覚えないぞ 赤兵衛は腹立顔 又打ならす鈴の音 妙法蓮華経尋ても しらぬ/\
と片意路に そふやり事をいやるのを おれか注進にかまつたら其数凡十万八千八百騎程の諸軍勢 

一時に押寄せて盆を揉まれ剰へ笠の臺も落る成とや南無妙法りん打つけて赤兵衛
は 睨み廻して立帰る 和尚少しも驚かず 高座にかゝる午時の鐘 としや遅しと参詣は 押合へし合我
先と 高座の前に座をしむれば 戒名俗名志/\と講中が催促に おつと/\釈の休南(きうなん)となされて
下さりませ釈の愚難取詰めた仏果菩提 俗名五貫や七右衛門焔硝嗅い鉄砲のさいしやう生滅申是
は俗名鑰やのおつめ夫はえらの金次郎女夫ながら極楽で息災延命の祈祷 サア御回向なされませ 如来前へ 
奉る志仏性一体右は信心の施主何某現当両益なんまみだ 法座一面の聴衆(じゆ)一家諸聖
霊及び六親眷属 有縁無縁乃至法界一連蓮たく生なみあみだ/\/\/\/\ 扨マアけふもはや/\゛と皆奇特に


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参詣しられた 先ず何か指置て我も人も悦ぶべきは各も知れる通り京鎌倉今度の大軍 其中でもコレ仏法
三昧 ナンマミダ夫レといふのも此村は北條殿の御領所 切つはつつの難を遁れ枕を安うして寝るも やつぱり仏の
恵みじや程に一入有難ふ思はれい ナンマミダ 我も人も日々の業を勤めねば仏にも長者にもなれぬ 愚僧
が此説法するも此庵地(あんち)を一本の寺にしたいと思ふから 段々檀那を弘てもくれん/\大くれん 金に恨が数々
有どそこを云ぬも仏の行 ナンマミダ 夫レ末世の衆生を助ん為釈迦如来其昔あらゝ仙人につかへられ 朝の
峯には薪を樵(こり)夕部の流れにはかしき水をお汲なされ 難行苦行の其時に釈迦誓つて宣ん 飯(まゝ)も焚ま
しよ手鍋も提げましよ夏でも火燵に当りましよと説かせられた ナンマミダ 仏法のけんしきに大乗と

唱る文字は 大きにのると訓又小乗といふ文字はちいさくのると訓 大きうてちいさうても乗ねばならぬ男女
の煩悩 ナムアミ 其いとしかはいが添に添れず憂名を流す 心中は此世からなる釼の山 かはいと思ひし其女も忽
に地獄の苦患(くげん)そりやかあいのじやない憎いのじや 扨又爰に宗九宗共に読誦せねばならぬ滅法
蓮華経と云取ときのお経が有る 謹んで信仰召されと磬(きん?)打ならし眼をとぢ 滅法連外狂ふ文文(もんぼん)第廿五
尓時世間子息大分遊興栄耀栄華白人しやうくはんかげうやくたい乱気ぎをん邪地毎晩三絃(さみせん)
音曲めつた無せう夜前大酒翌日頭痛八百大ふ首尾両親立腹親類縁者段々異見結句
ふ得心一向やけそくざ勘当別て難義一家一門ひつしやかふ通らりこはい笑止千万ないし医者外科


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本道盲目ふ学鈍亡文盲短才無益(やく)遊芸是皆滅相公家武家社家本心相違行
作(さ)皆迷(かいめい)諸方手代広大財宝尾羅無皆旦那仰山立腹近辺下女最速懐胎天鼓微塵
散々粉灰貧那羅馬子等人非人乞食境界豊而(さつて?)毛(も)不便朋友無會亦復(やくふ)知識長老
女犯肉食(じき)破戒無残畜生同前寺内逐電言語道断不調法金銀伴古多羅役退
散亡三百三両代進南無滅法連外狂 冥加銭/\ いかにふり立世話やき講中 極楽沙汰も
銭程に光る物の具数多の軍勢 討手の大将猪股藤六先に勧んで大音上 此庵中に京家
の家来松田左近かくまひ有由 引出せよと罵れば 群居る聴衆恟りしあはてふためき逃帰る 和尚は

さはがず高座の上 此快哲左様の者かくまふた覚へなし さつする所吟味も遂ず欲に耽るえせ者が訴へたり
と覚たり マア何か扨置て是はきつちふ了簡 鎌倉の大将軍がうらがへつた武士一人 何面目に召捕ん
コリヤ私の趣意と見へた各々方を見ますれば其形も歴々として智仁勇の武者ぶり 松田左近ごときをば
搦捕とは若輩千万 そんな事世話やく手間て銘々古郷の妻子の事思ひやつても見たがよい 其
古郷の妻たる人明ても暮ても思ふ様は 敵の首百千討高名加増の誉れを以 今日は帰国かあすは
戻つて下さんすか 但は軍に負け足も手もこた/\に成てゞは有まいかと 枕一つの閨の中泣より外のことはない
と油を乗てとき付られ 軍兵共は面々に古郷の妻子思ひやり しんめりと成所を猶付込 コレ聞給へ短気は 


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損気と云事を 次手に説て聞す程にお念仏で聴聞有 昔曽我の兄弟は父の仇を報んと 敵
工藤を付狙ふ 有る時に弟五郎佑経に出合しが 何が短慮の五郎なれば祐成が事心も付ず 我一人切
入て討取んとしたりけるが 爰に一人兵者(つはもの)有て暫く/\と声をかけ ナンマミタ 素襖を後ろへはらりと脱ぎ
五郎が鎧の草摺をしつかと取て動かさず 小林の朝比奈が一番留めた コリヤ兄よ待ろふやい ナン
マミダ 是から初る草摺引 ナンマミダンフツなんまみだ 時宗懲へずくはつとねめ ナンマミダンフツナンマミダ 
ならば手がらにとめて見よ ナンマミタンフツナンマミタ こなたへ引ばあなたへ引 ナンマミダンフツナンマミダ おつと待た/\ もふ
今の念仏の功力(くりき)によつて軍場でも怪我はない 随分と血を見ぬ様に立廻るが発明と

弁に任してやり付れば 軍勢共は裏に入て アゝ有がたい/\ 和尚様の御影によつて一生の悟りを開
いたのふ皆の衆もふ突の切のをやめにして女房子の顔見がてら こそ/\国へぬけていのか ヲゝいの
/\と惣々が 土砂ふりかけたことくにて ぐにやら/\と出て行 和尚透さず コリヤ弟子共皆
早速に得道召れ 奇特なり殊勝なり 迚もの事に村口迄なり物入て送つてしんぜい
かしこまつたと伴僧共 どら鐃鉢を持出て打鳴せば諸軍勢 忝い承知の助殿未
来は必成仏でござんす 生人達に鎧着 誰軍兵と名付物 又来ぬ娑婆
  を忘れ草人目いぶせきかこに乗 村口さしてぞ