日高川入相花王 第五

 

読んだ本 http://archive.waseda.jp/archive/index.html
      イ14-00002-680

 

93(右頁5行目)
    第五
孔子季氏を謂(のたまは)く八佾(はついつ)にして庭に舞はず 是をも忍ぶべくん
ば 孰(いづ)れをか忍ぶべからさらん 左大臣藤原の忠文猪熊通りに別殿

をかまへ 昼夜をわかぬ酒宴乱舞 奢りは日々に超過せり 召し
かゝへの舞子座頭気を引き立る三味線の 調子にのつて蘭(あらゝぎ)監物
今まふた石橋よな 道成寺にて清姫とやらんが蛇身となり 桜
木の親王を取殺せし其悦び すねも腕もつゞく程舞たりうたふたり 我
君のお慰みと聞て忠文しはん/\と打點き ヲゝ監物が申す通り 我手をおろさ
親王がくたばつたは 天下を握らん瑞相めでたし うたへ/\と忠文が 詞に
又も扇をひらき 御願円満国土成就七宝充満の宝をふらし


94 
国土に是をほどこし給ふ 去程に ときうつつて 天の羽衣浦風にたなびき
たなびく三保の松原うき嶋が雲の 舞も終らぬ其所へ息を切て遠見
の侍 扨も桜木の親王道成寺にて相果しとは偽り 南海道の勢を
もよほし 経基を大将にて攻来り候よし 御油断有なといふ間もあらせず
又注進と呼はつて 俵藤太秀郷 東八ヶ国の官軍をしたがへ 山科に
陣取候と しらせを聞て十方を失ひ 上を下へともてかへす 忠文騒がずヤア
監物 日本国が攻かけても叡山の剛寂方に 三種の神器をとり

こにすればちつ共恐るゝ事はない ヤア誰か有僧都を是へ伴へと 詞の下
より剛寂僧都 三種の神器を納めたる唐櫃先にかき荷はせ 悠々
と入来れば 監物見るよりヲゝ僧都様かよい所へ 経基秀郷攻くるよし
何と貴僧の数珠先で追のける仕様はないかと 歯の根も合ぬ震ひ声
ヲゝ気づかひはしし給ふな 此剛寂がくるからは 立所に追しりぞけん いで一祈り
数珠押もみ 朝敵退散なさしめ給へと 秘文(もん)をとなへる其内に監物立
寄り唐櫃の ふた押ひらけばこはいかに あれにあれたる猛虎の形 忠文


95
めがけ飛びかゝる さしつたりと身を沈めば ひらりと飛で監物が帯ぎは
くはへて二三間 はね付け/\踏飛ばされ 叶はぬ赦せと逃げ行くをかけ立/\
「追廻る 何国より忍びけん 秦次郎宇治之助 雑兵原をなぎ立/\広庭
へ追来れば 表の門より経基秀郷しづ/\として入窟来る 虎に五体をかけ立
られ朱(あけ)に成て蘭監物 逃出れば宇治之助次郎が中にひつぱさみ
なますに成た監物殿 次手に皿もねぶつて仕廻をと 首討落す其所
へ 虎は忠文ひつくはへかけ出れば剛寂が 又も秘文に猛虎の形きへて跡

なく成にけり 忠文夢のさめたるごとくぼうぜんたる後ろより 朝家を乱す
大敵強(がう)敵思ひしれと経基の 釼の下に朝敵退治 御代も納まる時
津風 四海太平民安全万々 歳こそめでたけれ (了)

        千前軒門人

作者 
竹田出雲
近松半二
北窓後一
竹本三郎兵衛
二歩堂 


96
宝暦九年
己卯 二月朔日

竹本政太夫
竹本千賀太夫
竹本桐太夫
竹本際太夫
竹本岡太夫
竹本冨太夫
竹本中太夫
竹本住太夫
竹本百合太夫
竹本志賀太夫
竹本浅太夫
竹本組太夫
竹本春太夫
竹本土佐太夫
竹本錦太夫

左頁わかりましえん。