大阪錦新話 第一号

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羽前の国山形に、旅籠屋又兵衛といへる者は相応にくらせしが、六年まへに東京より
義太夫が来て興行せしに、おあさといへる義太夫に、うつゝぬかして又兵衛は、素直な
女房をおきざりに、出奔んなして横浜で、おあさと二人くらせしが、追々金もつかびすて
諸事不都合になるにつけ、おあさは心変りして、衣類品もの持出して、行へしれ
ねば又兵衛は、親類もなく銭もなく、せんかたなきゆへ東京で、人力車曳なし居りしが、
国に残りし女房は、夫が出し其日より、なきくらせずも今一度、夫とに逢ふと
一髄に、家業精出しはたらけど、まだ年さへも廿一、きりやうは人にすぐれしゆへ、
婿をもらへの嫁入を、せぬかと近所の人々が、すゝめる言葉を耳にもかけず、
丁度六年ひとり身の、たよりは夫がもし帰宅、あるかとそれをたのしみに
風のたよりに横浜で、くらして居ると聞よりも直ぐに
其儘身ごしらへ、旅立なして横浜を、さがせど跡も
かたもなく、せんかたなく/\東京の、浅草寺
参詣し、門前に居る車やを、見れば正しく
わが夫と、たがひにびつくり優曇花(うどんげ)の、はな
嫁こらすに亭主は、浮気(うきき)に家名よごせし
と、わぶる夫をうらみもせず、立派に着か
ざり夫婦づれ、帰国なせしはたぐひなき、
貞女とやいはん美婦とやいはん