仮想空間

趣味の変体仮名

和田合戦女舞靏 第一

 

読んだ本 https://archive.waseda.jp/archive/index.html

      浄瑠璃本データベース   ニ10-01960

 

3

  和田合戦女舞靏  座本 豊竹越前少掾

地理全書を閲(けみする)に 金は武備甲兵(ぶびかつへい)を司(つかさとり) 倉の字は

人一君(ひといっくん)をかけりと云々 前(さきの)武衛頼朝経 御子孫無(ぶ)

究(きう)の居城を考(かんがへ) 三つ葉四つ葉の殿作(つくり) 宜(むべ)も冨(とみ)

けり鎌倉山〽松も常盤の 陰(かげ)ひさし

長男頼家早世(さうせいは)在(まし/\) 御次男実朝御家督ながら

御弱年におはす故 母平の政子禅尼(ぜんに) 簾中にて

 

 

4

政(まつりこと)を補佐し 男まさりの智恵の海 蝦夷が千嶋の

隅々迄滞(とゞこほり)なき御恵(めぐみ) 悦ぶ民の諺に尼将軍とかしづかれ

用(もちゆる)ときは虎の間に 御簾揚(あげ)させて座し給ふ 床(ゆか)をならべて

ましますは 実朝卿の御妹斎(いつき)姫 今年三五のたまかづら

嫁入(よめり)ざかりの海棠(かいとう)や おのれとひらく花のかほにしき 色

どる風情なり 目通りに三老職 年若(としわか)なれ共北条の嫡男

江馬の太郎義時 和田新左衛門の尉常盛(つねもり) 其外の大名

 

小名 男女別有る異議を改 遠侍に蹲踞(そんこ)する 尼君仰出さるは

此度大樹(たいしゆ)住職の勅使として 参議中(なか)の院為氏(ためうぢ)卿 今日館へ

入輿(じゆよ)有る由 折こそあれ実朝大江の廣元(ひろもと)其外物なれの老

臣共を召つれ 奥州一見のるすの内 倒(?)惑(とうわく)まがらせひもなし

旁(かた/\)心を付合せ 故実を守り万事万端 無礼麁相のなき

やうと 仰に両人頭(かうべ)をさげ 御諚(ごぢやう)のごとく無骨の我々 饗応

覚束なく候へ共 先格(せんかく)を以て相はからひ申べし 御心やすく思しめせと

 

 

5

受がふ内に門前のちりを〽はらふや長袖の 姿のみやび 為氏卿

ゆふ/\と入給へば 尼君親子褥(しとね)を立 席を譲て拝趨(はいすう)の 礼

おごそかに平伏有る 勅役は座上に㚑儀をつくろひ 宣命(せんめう)開(ひらき)

読上給ふ それ天子は天命を稟(うけ)て王制を正(たゞしう)し 将軍は王命を

奉(うけ)て以て将道(しやうだう)を守る 実朝武将の器(き)たるによつて ヨ・ロ・シ・ク

征夷大将軍に任ずべし 母政子は従二位禅尼に叙す 建暦元

年秋七月と読終て すぐに口宣(くせん)を渡さるれば 尼君ハツト頂戴

 

有り 器量過分の重職 天恩謝するに詞なく侍(さむら)ふ 就中(なかんづく)実朝

義 千賀(せんが)の塩竈一見とて 罷出しは先月朔日 お勅使京都を

御発賀と 承しは一昨昨日 飛脚を走らせ候へ共 長途(ちやうと)の延引

恐れ入たる仕合と 謹而(つゝしんで)の給へば為氏ご機嫌うるはしく 近頃以て

きどくの至り 所々の要害国民(くにたみ)の 邪正(じやしやう)をしるは武の学文(がくもん)

名所古跡は歌のしるべ 父頼朝の好れし家の風こそやさし

けれ それ成は斎(いつき)姫よの 京はづかしき立ふるまひ 和歌に心も

 

 

6

有つらん都の土産に聞たやと えくぼに水をくみかはす 詞の艶(つや)

に斎姫 つゝむにあまる嬉しさに コハ恥しき御仰 花になく鶯

水にすむ蛙(かはづ)迄 歌詠(よむ)ものとは聞ぬれど 田舎にすめば師匠

なし 腰折一首得よまぬ事口惜しう侍ふ故 大内方のみや

づかへ兼々願ひいる折から けふお目見へをえにしにて京が見たや

の挨拶も ま渡しならぬかべ訴訟 いづれ恋路の下地かや

わたりに舟の為氏卿たのものかりの一向(ひたふる)に 君が方にぞよる

 

といふ 母のおゆるし有ならばやがて京より聟がねの迎ひのこしを

参らせんと たはふれ給へば尼君は 扨有がたきお詞や てうや花やと斎

姫 都の殿にむかへられ桧扇持て緋の袴 見る目は老のあん

らくと 奥庭もなき詞のたゞ中 江馬の太郎すゝみ出 申暫く/\ 尼

君にはいまだ御存なされずや 斎姫は成人の後 某が妻女に致せよと

先将軍頼家卿の内証 他人御縁組御無用と いはせも立ず常

盛声に角立 此新左衛門にめ合との 頼家卿の御遺言 他人の恋(れん)

 

 

7

慕はかなはずといふに義時ぎよつとして 何との給ふ和田殿 只今の

お詞は 先将軍のお差図とな ナカ/\ 貴殿にもお指図とな ナカ/\ ムゝ

疑ふにはあらね共 証拠ばし候か ヲゝ証拠は則藤沢四郎 手前の使

者は其親入道安静(あんせい) ハゝ/\/\ そりや寝言をおつしやるか イヤ御辺は酔

狂めされたの ナント武士にむかつて酔狂とは 侍が寝言をいふとは ハテね

ごとで有まいか 斎姫は某が妻女さ ハレたはけた事斗 姫の夫は

此新左衛門常盛 こんりんならく我女房 アイまだどんな男か有る 忝も

 

此北条が奥方に 指でもさいたらゆるさぬぞ 汝を我を おのれをと互に

刀に手をかけて 既にかうよと見へければ 尼君声かけヤレまて両人 頼家が

遺言(ゆいけん)とは自(みつから)とてもいふかしけれど 大切のまろうどざね 殊更実朝

るすといひ 勅使に無礼は天子へ恐れ ひらにとしづめ給ふ共 両人若気の

詞を揃へ 御諚に候へ共 先御代よりお眼かねにて 相勤る三老職 きよ

ごん者としめさん 勅使のお心京都の聞へ 御政道のさはりとならん

お家の疵にはかへられず慮外は御めん下さるべし イサぬけ北条 サア

 

 

8

ぬけ和田 ぬけ/\/\と立かゝり 無二無三につめよれば ヤア遠侍に

誰か有 それしづめよと御諚の内阿佐利(あさり)の与市義遠(よしとを)御前に

候と えぼしにあらでかうがいわげ 六尺ゆたかの大女房 雲に羽をのす

靏の丸 大紋袴ふみしたきゆらり ゆさ/\しやな/\と爭ふなかへ

おぢけもなくしやんとわけ入る梅枝(むめかへ)は いかな龍虎も香にめでゝ

勢ひとまる斗也 さすがの和田も北条も あきれてかほを打守り

ムゝ汝は阿佐利かつれそふ板額(はんがく)よな 武士と武士との争ひ 女わらべ

 

のしらぬ事 すさつていよときめ付れば ホゝ/\/\ ヲゝきやうこつ わたしも

主(ぬし)の有身じやもの 色好みな殿達へ手をさすも無遠慮と 大きな

體(からだ)を隔(へだて)のかき やぶれぬ内にしづめるはお上への御奉公 お勅使のお

入につき 夫阿佐利は町廻り 非常をたゞす外(そと)の役 内を勤の仰を受

お次にひかへる侍役 ふはさはなさるりやいつ迄も おしづめ申す渡しがやく

おとまりあれば其通 もしさもなくこんどは又力業(あらはざ)でとめますぞや

ヤア慮外成女 汝か力におぢ恐れ 武士道立ずあんかんと髭もん

 

 

9

ですまさふか のかずはおのれとさつはをまはせば こなたもひるまぬ女の

大兵 にぎりひしがん眼は八角 和田北条は手練の兵術(ひやうじつ)うかつにぬかず

しりぞかず 三隅(みすみ)に成て爭ふは 蛇と蛙のまんなかへでん/\蝸牛の

笄(かうがい)わけ つのあかなめとにらみあふ為氏いらつてせいし給ひ 関東

武士とことはざに 聞しにまさるむくつけ者共心あらばよつくきけ

普天の下卒土の濱(ひん) 王土にあらずといふことなし 勅諚ときく

時は雷(なるかみ)も地にくだり 鷺もおり居(いる)ためしをしらずや とりわけ此

 

為氏が宣命使(せんみやうし)を承り 此地に逗留する間は 鎌倉が則王城 此場は

けふの大内なるに 人と産れて仁義をわすれ 目通にて尾籠の根廻

王命をそむく条立帰て奏聞とげ 死罪流罪は後日の決談

よく/\覚悟仕れと 御座をひらりとおり給へば 尼君親子は冥加も

涙 お裾もすそに取付ひれふし 三人の荒者は頭(かうべ)を畳にすり付け

ひつ付け 満座はしんと神国の人の心ぞすなをなる 為氏御気色なをら

せ給ひ ヲゝ神妙/\ 事のおこりは某が 心に思はぬたはふれ事 あやまつて

 

 

10

改るに憚らぬのは都ふう あたつてくだくるあづま武士 以方違趣を

ふくむなと御ぬけめなき詞のくぎ 尼君喜悦の顔ふり上 御逗

留のお気ばらし 何をがなとてかた/\濁点が猿楽とやら 能とやら五しな

六品の其中に 紅葉狩の太夫は義時 間(あひ)の役は斎姫 おめまだるゝ共

御上覧 御機嫌いかゞとえいしゃく有る ヲゝ何よりの饗応 まだうら若き

斎姫 恋のいろはの紅葉狩 相手もてうど良し時と 御あいさつの

はし/\をうらやましくや思ひけん 新左衛門つゝと出 能は不得手に候へ共

 

姫君のお相手に 拙者めワキを致さんと むつと顔成るどず声つきごへ

為氏ほとんど打えみ給ひ 遠慮えしやくもならざかやこのてかしはの

二男(ふたおとこ) 昔男の色好業平達もこなたへと 興じて御座を立給へば 嬉し

さは身に尼将軍斎の姫諸共に ひきはかへさぬ弓八幡(ゆみやはた) 思ひは花月(くわけつ)

和田北条 連理爭ふ松風の中に立まふ靏の丸 男共見へ女共

裏ふきかへす紅葉狩 かりそめならぬ違趣遺恨勝負はかさねて

猩々と 乱るゝも恋やはらぐも やまとがなには二つ文字 牛の角文字

 

 

11

すぐな文字 ゆかまぬ国こそ〽久しけれ 清和の流(なかれ)源は幾

千代かけて末広き扇が谷(やつ)の御別殿 将軍の館には勅使為氏儲(もうけ)の為

俄にしつらふ能ぶたい御所望の番組とて 式三番弓八幡花月 松風紅葉

狩 切は酒宴の乱酒猩々とこそしるされたれ 思ひは色に斎姫為氏卿へ

恋草の 結びかはさん下心いそ/\として入給へば 御めのとの城の九郎資国(すけくに)年寄

役に姫の守(もり)つきしたがへば向ふより 切ま明て出迎ふは えからか女房綱手

といへる心きくお気に入とて遠慮なく 是はまあお姫様 てうどよい時分におこし

 

たつた今松風が果(はて)まして中入の最中 是からは紅葉狩おまへのお役と尼君を

始 和田殿や北条殿も口合せをお待かね サア鏡の間へといふを資国 アゝ嫁じよ

せはしない 姫君の御役は末社の神能が始てもまだよ程間が有ちつとお休(やすめ)

申てから 楽や入をさせましたがよふおりやる 其間にお袋様やシテワキの衆へ

お出の様子を咄しいひ合せは 夜前の通りと申ておかふ おせきなさるゝ事はおりない

爰で暫く御休息と 心を付て資国は 奥の一間に入にけり 姫君あたり見廻して

小声に成 ナフそなたも兼々知て通 鎌倉都と隔たれ共 為氏様を見ぬ恋に

 

 

12

あこがれ 歌の点取にことよせ 心のたけを詠つゞけ 短冊にそへ玉づさをおめに

かけしは数しらず 一度いなせの御返歌もなかりしに 此度稀のお下りこそ

願ひのかなふうずいさう さりながら 和田北条が争ひ故 泣ね入にならふかお夫(それ)

ばつかりが気遣 何とぞそもじの働で 首尾する様に頼むぞや アゝアお気

遣遊ばすな 歌に名高き為氏様 嘸恋知てあらふもの よもやつれないお返

事はなされまい 幸此内かよいすき間 ちよつと合せましたいか ハテどふがなと心を

くだき ヲゝそれ/\ 私は奥へ参り為氏様のお目にかゝり 歌の詠かた伝授事

 

密にお受申たし 御苦労ながらぶたい迄ちよつとお出下されかしとあなたを爰へ

そびき出そ 差向ひのやつてこゝふじやれそれでいかずは其跡は 私か受とり

仕やふも有ふ コレ申相手むかひにくどくのは 月花ではゆかぬぞへ 身内に汗の出る

やうな べつたりとしたせりふがかんもん それをぬかり給ふなといひおしへてぞ

走りゆく 姫君とつ置つ手短に直(しき)付とは よさそふなれ共 お顔を

見たら途中から ぞつとする程恥かし成てなんにもいはれる事で有まい始の

かゝりはどふかふと 恋のいろはのかなづかひ あくみ給ひし折からに 綱手かすゝ

 

 

13

めに為氏卿 姫の心はさつしながら なだめんものとさあらぬ体ゆう/\とあ

ゆみ出 めのわらはを使にて詠かた伝授所望のよし なをざりならぬ事なれば軽々

敷は伝へかたし 折もこそあるへきぞ少しもおしむ心にあらずと 仰にじつとえしやくし

て 歌の口伝はたやすくならぬとの御仰 其代には今の間に つい事のすむお願は

つたなき筆に三十一文字 文玉づさの数々で どふからお歎申たる恋の秘密

の紐伝授 女夫に成ておしへてたべと 袂に覆ふ顔のつや紅葉をちらす

ごとく也 為氏卿打えみ給ひ 誠や是迄千束(ちつか)の水茎(くき) 浅はかならぬ

 

志嬉しさはつきせね共 心にまかせぬ子細有り ふつと思い切給へと すけなき仰に

姫君は猶いやましの思ひ草 根に顕れて涙くみ のぼりつめたる雲の

うへ 及はぬ色に迷ふ身を思ひきれとはどうよくな あづまそだちのふつゝかゞ

御心に入らず共 せめて一夜の御情 枕をわけて給はれと袖に すがりて

の給へば ヲゝ恨みは尤々と 御身がせつなる誠の心 我もよるべにこがるれ共まゝ

ならぬは世の有様 和田北条が妻争ひ 目前に知ながら いもせの

かたらひなすならば 両家の者がほいなき恨 某独(ひとり)にとゝまつて終には

 

 

14

天下のさはぎと成 国の煩ひ遠かるまじ 相思ひに思はれてにくからぬなか

なれ共 国家の為にはかへられず 此世の縁は是限 我も輪廻は残さじと

心づよくもふり切て一間に こそは入給ふ ナウ是しばしと呼とめても 其かひ

涙にふししづみ 前後ふかくに見へけるが アゝ思へばあなたにむりはない 和田

北条が争ひを現在知てござる物 wおつしやれいでなんとせふ とかく

にくいはふたりの者 目が恋の敵 腹立やねたましや とてもこの世で

為氏様に添事はならぬわけ いやな嫁入せふよりも しんでみらいに待て

 

いよ 名残おしやおさらばと 守刀を取出しかくごを極給ふ所に 立聞したる藤沢

入道 御手にすがつて コリヤ何なさるゝあぶないと もきとる刃物にすかりつき

いや/\だまつてしなしてたも 何楽しみにながらへん はなしや/\と泣給ふを ヲヲゝ

様子を聞たがお道理/\ なんであらふと某が 申事に付給はゞ 為氏卿と御

夫婦にして進上がとだきこめば ヲゝ夫婦にさへしてたもるなら どんな事でも詞は

背(そむか)ぬ ムゝしかとさふでござるぞやと 詞づめして太刀一振(ふり)取出し 中入過て始

能は紅葉狩 ワキを勤る和田の常盛 とろ/\とまとろむ時 八幡宮

 

 

15

神勅にてさづけ給ふ名劔 末社の神はおまへの役 木太刀の代(かはり)にこの

真剣 維茂(これもち)の役勤る 和田が枕元に置つしやれ イヤ/\それはけがのもとい

やつはり木太刀かよかろぞや サアそこにこそ思案有 兼て中のよからぬ和田

北条 今日のお能を幸 北条はしもとの杖に鉄をきたい 和田を打殺(ころす)下拵

さるによつて此太刀を 和田へお渡し有と 彼(かの)謡の文句 太刀ぬきかさじて

待も本身 ふりて打つも鉄刀(てつとう) 勅使の御前にて私の趣意(しゆくい)をはらす不

礼者ととつて押込 かけ構(かまひ)なくこなたをずつと為氏卿へ嫁す思案 お志が

 

いとしさ故 此おせは申すナフ合点か/\と おのが悪事をぬり付る工(たくみ)としらずそや

されて いかさまじやまな和田北条 しばらく両家を遠慮させ 其間に嫁入

さすのとは 嬉しいやうながそれはまあ 命ずくにはならぬかや ハテそこには拙者が

おりまする 越度(えちど)を見付おまへの事 思ひきらするけいりやくと すゝめこまれ

て 姫君は恋の叶ふ嬉しさに わきまへもなく太刀受取 入道とうなづきあひ

鏡の間へぞ〽入給ふ 既に其日も未(ひつじ)の上刻はや四番目の紅葉狩 始る

しらせは桟敷(さんじき)の みす巻上て為氏卿中をうに座し給へば シテは北条江馬(えまの)

 

 

16

太郎大鼓はえからの平太 女房綱手は小鼓役 笛地謡は外様とて 目通

はなれ相詰て紅葉狩をぞ〽始ける 時雨をいそぐ紅葉狩/\

ふかき山路を尋ん 是は此あたりに住女にて候 あまりさびしき夕

間くれ しぐるゝ空をながめつゝ 四方の梢もなつかしさに げにやたにがはに

風のかけたるしからみは なかれもやらぬ紅葉ばを 渡らばにしき中たへんと

まづこのもとに立よりて 四方の梢をながめてとかたへに座せば ワキの

役人和田の常盛 まけじと声もするどげに おもしろや頃はながつき

 

廿日余り よもの木末もいろ/\に にしきをいろどる夕しぐれ ぬれてや

鹿のひとりなく声をしるべの狩場のすへ げにおもしろきけしきかな

うたひつゞけて あゆみ寄 互に心よからぬシテワキ 一河の流をくむ

酒を いかでか見捨給ふべきと 袂にすがるもい合腰 さすか岩木にあら

されは 心よはくも立かへる 所は山路の菊の酒 何かはくるしかるべきと

眼をはなさぬ身構に えがら夫婦が目くばり気くばり 謡も所作

もながはすき ワキはかたへにいねふれば 月まつ程のうたゝねに ゆめ

 

 

17

ばしさまし給ふなよ夢ばしさまし給ふなよ シテは装束あらためんと

楽やにこそは入にけれ やくめはいうはの 空だきか はつとかほりしうちかけ姿

歌姫は末社の神 太刀たづさへて橋かゝり よそめ遣ひの二かはに見かはす

君もにくからす思ひ乱るゝ間の役 コレノ維茂(これもち)女と見へしは此山の鬼神成ぞ

心をうはゝれ其身を果す事なかれと 八幡の神勅にて此御太刀を下

さる 我は是末社の神武内(うち) あら正体なやとう/\ねふりをさまし候へ さま

され候へやと 常盛が枕元 太刀なけ捨て入給ふ 和田はむつくとおきあがり

 

あら浅ましや我なから 無明の酒の酔心 まとろむひまもまきうちに

あらた成ける夢のつげと 太刀を小脇にかいこんで楽やをにらみ待かけたり 江馬

太郎は鬼神の姿しもとをふり太刀とびくる勢ひ ふしきや今迄有つるおんな

とり/\゛けしやうの姿を顕し其たけ 一丈の鬼神の角はかほく 眼は日月面を

むくべきやうぞなき 維茂少しもさはがずして 維茂少しもさはき給はす

なむや八幡大菩薩と劔をぬいて待かけ給へば みぢんになさんと飛でかゝるも

誠の鉄杖 和田も本身の剣の光スハ事こそと荏柄の平太 二人か中を

 

 

18

押わりながら ヤア ハアと女房綱手も諸共に和田を隔る鼓の手 二人は猶も

たゆみなくぬけつくゞつゝ手たれの達人 勅使は桟敷にひや汗を にかりきつたる

此場のしきあやうかりける〽次第也 平太夫婦もあしらひかね ヤア御両人心

得ぬふるまひ 法にはづれし真剣鉄刀子細を語て聞されよと 声かけられて

江馬の太郎面(おもて)をかなぐり比怯也常盛 遺恨有て討果さば 名乗かけてなぜ

討ぬ 狂言綺語(きぎよ)にことよせ我を害せんとの企(くはだて)おろか/\ イヤア比怯とは己が

事 某を討取姫君をめとらん為 鉄刀にて向ふ由 先達て藤沢入道内意を

 

以てしらせし故 最前の渡されし此太刀 真剣といふ事はよく知て用ひたりと

いはせも果ずホゝ口がしこき和田が一言 汝か真剣にて能を勤るとは 我方へ入道

が内通 サアこふしらばけにいひ出すからは 一寸も遁されぬ ヲゝ己とても其通り

イザ尋常に勝負せいと とめてもとまらぬ二人が有様 平太夫婦ももてあまし

いかゞはせんと思ふ所へ 尼君の上意有しばし/\と呼はつて 走り出たる城(じやう)の九郎 さす

がの和田も北条も 上意と有にぜひもなく ハツト斗に平伏す 資国(すけくに)詞を改

尼公(にかう)の仰よの義にあらす 若気とはいひながら両人共六十余州の政務を

 

 

19

預り 私の趣意にて討果うなどゝは 不忠とやいはん麁忽とやせん 殊に勅使

の御前といひ 甚(はなはだ)尾籠(びらう)の働也 就中(なかんづく)木太刀を渡すへき所 真剣を渡し

たる斎姫にこそ子細有り 暫く藤沢入道に預 急度せんぎを糺し追ての

さたに致べし 先それ迄は両人共 必はやまる事なかれとの仰也といふ内に 藤沢

入道姫君の御手を引 我は顔にのさばり出 サアふたりの衆が望の花嫁 某が

預た抱て寝たくは朝晩にちよこ/\とお見廻 拙者か機嫌をとりめされ

とちらへなり共入道が 気に入た聟殿へ嫁入を致させる きつとばりではいか

 

ぬそとにくて口 姫はさじきをながめやり わかるゝ今のくるしさをいふに岩

手の里ならば しのふの思ひ通ぜよと 心を残す目遣やあゆみなやむ

を入道に 引立られてぜひなくも 涙なからに出給ふ 為氏さしきをおり立

給ひ我饗応の美(び)にこりかゝる騒動けんげきの能をまねくもといと

なる 帝都の聞へも恐れ有 此事世上にさたなきやう 和田北条も遺恨

を残さず 実朝のほさかんようたるべし 鎌倉の滞留遠慮有 我は是

より都へ帰らん 尼公の手前預入るいづれもさらばとの給ひて しづ/\還(くわん)

 

 

20

車(しや)の御催(もよふし)城の九郎取あへず いかやう共御けんりよ次第 コリヤ/\平太

夫婦の者 将軍尼公の御名代 見送り申せといふにしたがひ 勅使のお

供とひつそふて夫婦諸とも出て行 跡に残りし和田北条 またおこり出す

ふたりの虫腹 サア勅使お立なされしうへは誰に憚る事もなし 最前の勝

負残りイザこいやつととびかゝるを 城の九郎押へだて待た/\ 二人の

いきどをり尤ながら 心得かたきは入道が心底 あなたはしんけん こなたは誠の

鉄杖と 両方へ内通せしは胸中に 一物有に極たり 爰をとつくと御

 

しあんあり 此あらそひを某にしばらくおあづけ下されなば 御両所の

存念を急度たゞし申へし いはゞ天下の三老職迄 此そこつかるはづ

みと 事になれたる老人の 当座をしづめるとんちの一言 げに尤と

和田北条顔を見合せ コリヤ常盛 資国のしりよおもしsろし しばらく

あづけて此場の勝負 さきへのばすかなんと/\ ムゝ其方がまつ

心底ならば ひとりものにもくるはれまい かならず和田がおくびやう

でにげたなどゝ口たゝくな ヲゝ城の九郎があつかひを幸に 江馬の太郎が

 

 

21

おくれしなんど くはうげんをはき出すなと 二人がおくれぬことばつめ

左右にわかつてひかへいる ホゝ数ならぬそれかしが 詞を立て御了

簡しんもつて忝し しかし今日の御祝儀 五ばんの番組今一ばん

にてつがうせり せめて猩々(しやう/\゛)の切ばかり 御両人の鼓にて めでたふ

それがしつとめてたゝん 御くらうながらと頼むにぜひなく和田北条

ふせう/\゛にとるつゞみ 資国あふぎ押ひらき おひせぬや/\ くす

りの名をもさくのみづ さかづきもうはひ出てともにあふそう

 

れしき 鼓のひやうしもちぐはぐに心そはぬはやしかた よもつきし

/\ 万代までのたけの葉のさけ くめ共つきずのめ共かはらぬ

秋の夜のさかづき かげもかたふく入江にかれたつ足もとはよろ/\と 舞

の間に資国は心をかける二人がとりなり とくしんしても気ははりゆみ

やゝ共すれば目に角(かど)を たちまふ太夫がさしあふぎ つめ合ふ中を

ひらき奥義やまひあふぎ 天下のかなめは二人のゆうしや 家のほね

なる老武者が 忠義にさかへる源氏(みなもとうし)つきせぬ宿こそめでたけれ