仮想空間

趣味の変体仮名

源氏物語(三)空蝉

読んだ本 https://dl.ndl.go.jp/pid/2567561/1/1

 

1

うつせみ

 

 

2

ねられ給はぬまゝに我はかく人ににくまれてもなら

はぬを。こよひなんはじめてうしと世を思ひしり

ぬれば。はづかしうてながらふまじくこそ思ひな

りぬれなどの給へば涙をさへこぼしてふしたり。いと

らうたしとおぼす。手さぐりのほそくちいさき程かみ

のいとながゝらざりしけはひの似かよひたるも思

ひなしにやあはれなり。あながちにかゝづらひたど

りよらんも人わろかるべくまめやかにめざましとお

ぼしあかしつゝ。れいのやうにもの給ひまつはさず

夜ふかくいで給へばこの子はいと/\おしくさう/\゛し

とおもふ。女もなみ/\ならずかたはらいたしと思ふに

 

 

3

御せうそこもたえてなしおぼしこりにけると思ふ

にもやがてつれなかうてやみ給ひなましかば。うからまし

しいていとおしき御ふるまひのたえざらんもうたて

あるべし。よきほとにてかくてとぢめてんと思ふ

ものから。たゞならずながめがちなり。君は心づきなし

とおぼしながら。かくてはえやむまじう御心にかゝ

り。人わろくおほしわびてこぎみにいとつらうもう

れたくもおぼゆるに。しいて思ひかへせど心にしも

したがはずくるしきを。さりぬべきおりをみてたい

めすべくたばかれとの給ひわたればわづらはしけれ

どかゝるかたにてもの給まつはすはうれしうおぼ

 

えけり。おさなき心ちにいかならんおりにとまち

わたるに。きのかみくにゝくだりなdそいて。女どち

のとやかなる夕やみのみちたど/\しげなるま

ぎれに我車にていて奉る。このこもおさなきを

いかならんとおぼせどさのみもえおぼしのどむまじ

かりければ。さりげなきすがたにて門などさゝぬ

さきにといそぎおはす。人みぬかたより引いれてお

ろしたてまつる。わらはなればとのい人などもこ

とにみいれついそうせず心やすし。ひんかしのつま

どにたて奉りて。我はみなみのすみのまよりかうし

たゝきのゝしりていりぬ。こたちあらはなりといふ

 

 

4

なり。なぞかうあつきにこのかうしはおろされたる

ととへば。ひるよりにしの御かたのわたらせ給ひて

五うたを給ふといふ。さてむかひいたらんを見ばやと思

ひてやをらあゆみいでゝすだれのはざまに入給ぬ。此入

つるかうしはまださゝねば。ひまみゆるによりて西

ざまに見とをし給へばこのきはにたてたる屏

風もはしのかた。をしたゝまれたるに。まぎるべ

き几帳などもあつければにや。うちかけていとよく見

いれらる。火ちかうともしたり。もやのなかばしらに

そばめる人や。わが心がくるとまづめとゝめ給へば

こきあやのひとへがさねなめり。なにゝかあらんうへに

 

きてかしらるきほそやかにちいさき人の物げなき

すがたぞしたる。かほなどもさしむかひたらん人

などにもわざと見ゆまじうもてなしたり。てつき

やせ/\にていたうひきかくしためり。いまひとりは

ひんがしむきにてのこる所なくみゆ。しろきうす

物のひとへがさねふたあいのこうちきだつ物。ない

がしろにきなしてくれないのこし引ゆへるき

はまでむねのあらはにはうぞくなるもてなし

なり。いとしろうおかしげにつぶ/\とこえてそゞ

ろかなる人のかしらつき。ひたいつき物あざやかに

まみくちつきいとあい行づきはなやかなるかたち

 

 

5

なり。かみはいとふさやかにてながくはあらねど。さかりば

かたのほといときよげに。すべてねぢけたる所なくお

かしげなる人とみえたり。むべこそおやの世になくは

おもふらめふぉおかしくみたまふ心ちぞ。なをしづか

なるけをそへばやとふと見ゆるかどなきにはあつまし

碁うちはてゝけちさすわたり心とげにみえて

きは/\とさうどけはおくの人はいとしづかにのどめて

まちたまへやそこはぢにこそあらめ此わたりのこう

をこそなどいへどいでこのたひはまけにけり。すみ

の所々いで/\とをよびをかゞめて。とをはたみそ

よそなどかぞふるさま。いよのゆげたもたど/\し

 

かるまじう見ゆ。すこししなをくれたり。たとしへな

くくちおほひて。さやかにもみせねと目をしつとつ

け給へればをのづからそばに見ゆ。めすこしはれ

たるこゝちして。はななどもあざやかなる所なう。ね

びれてにほはしきところもみえ。すいひたつればわろ

きによれるかたちをいといたうもてつけて此まさ

れる人よりは心あらんとめとゝめつべきさましたり。

にぎはゝしうあいぎやうづきおかしげなるを。いよ/\

ほこりかにうちとけてわらひなどそほるれば匂

ひをほくみえてさるかたにいとおかしき人のざまな

り。あはつけしとはおぼしながら。まめならぬ御心は

 

 

6

これもおぼしはなつましかりけり見給ふかぎり

の人は打とけたる世なく引つくろひそばめたる

うはべをのみこそ見給へ。かくうちとけたる人のあり

さまかいまみるとはまだし給はざりつる事な

れば。なに心なうさやかなるはいとおしながら久しう

見給へまほしきにこ君いでくる心ちすればやを

らいて給ぬ。わだとのゝ戸くちによりい給へりい

とかたじけなしと思ひて。れいならぬ人侍りてえ

ちかうもより侍らずさてこよひもやかへしてんと

よる。いとあさましうからうこそあんべけれとの給へば

などてかあなたにかへり侍なばたばかり侍なん

 

と聞ゆ。さもなびかしつべきけしきにこそはあらめ。

わらはなれどものゝ心ばへ人のけしきみつべく。しづ

まれるをとおぼすなりけり。碁うちはてつるに

やあらんうちそよめく心ちして人/\あがるゝけ

はひなどすなり。わか君はいづくにおはしますな

らん。この見かうしはさしてんとてならすなり。しづ

まりぬなり。いりてさらばたばかれとの給ふ。この子

もいもうとの心はたはむ所なくまめだちたれば。い

ひあはせんかたなくて。人ずくならんおりにいれ

奉らんと思ふなりけり。紀のかみのいもうともこ

なたにあるかわれにかいま見せさせよとの給へどいか

 

 

7

でかさは侍たん。かうしには几帳そへて侍ときこゆ。さ

かしされどもとおかしくおぼせと。みつことはしらせ

じ。いとおしとおぼしてよふくる事の心もとなさ

をの給ふ。このたびはつまどをたゝきている。みな人と

しづまりねにけり。此さうじぐちにまろはねたらん

かぜふきとをせとてたゝみひろげてふすごたちひん

がしのひさしにいとあまたねたるべし。とはな

ちつるわらはもそなたにいりてふしぬればとば

かりそらねして。火あかきかたに屏風をひろげて

かげほのかなるにやをらいれたてまつる。いかにぞを

こがましきこともこそとおぼすに。いとつゝましけ

 

れどみちびくまゝにもやの几帳のかたびらひき

あげて。いとやをらいり給ふとすれど、みなしづま

れる夜の御ぞのけはひ。やはらかなるしもいとしる

かりけり。女はさこそ忘れ給ふをうれしきに思ひな

せどあやしく夢のやうなることを心にはなるゝお

りなきころにて。心とけたるいだにねられずなん。日

るはながめよるはねざめがちなれば春ならぬ木のめ

もいとなくなげかしきに。碁うちつる君こよひはこ

なたにといまめかしくうちかたらひてねにかえい。わ

かき人は何心なくいとよくまどろみたるべし。かゝる

けはひのいとけうばしくうちにほふに。かほをもた

 

 

8

げたるに。ひとへうちかけたるきちやうのすきまに

くらけれど。うちみじろきよるけはひいとしるし

あさましくおぼえてともかくも思ひわかれず。や

をらおき出てすゞしなるひとへをきてすべりいでに

けり君は入給ひてたゞひとりふしたるを。心やすく

おぼす。ゆかのしもに二人ばかりぞふしたる。きぬを

をしやりてより給へるにありしけはひよりは

もの/\しくおぼゆれどおもほしもよらずかし。い

ぎたなきさまなどぞあやしくかはりて。やう/\見

あらはし給て浅ましく心やましけれど。人たがへ

とたどりてみえむもをこがましくあやしと思へ

 

し。ほいほ人をたづねよらんもかばかりのがるゝ心あ

めれば。かひなくをこにこそ思はめとおぼす。かのお

かしかりつるほかげならばいかゞはせんにおぼしなる

もわろき御心あさゝなめりかし。やう/\めさめ

ていとおぼえずあさましきに。あきれたるけし

きにて何の心ふかくいとおしきよういもなし。世中

をまだ思ひしらぬほどよりはざればみたるかたに

て。あへかにも思ひまどはず。我ともしらせじとおも

ほせどいかにしてかゝる事ぞと後に思ひめぐらさ

むも。我ためにはことにもあらねどあのつらき人のあ

ながちに世をつゝむもさすがにいとおしければたび/\

 

 

9

の御かたたがへに事つけ給しさまをいとよういひ

なし給ふ。たどらん人は心得つべけれど。まだいとわか

き心ちに。さこそさし過たるやうなれど。えしもお

もひわかず。にくしとはなけれど御心とまるべき故も

なき心ちして。猶かのうれたき人の心をいみじく

おぼす。いづこにはひまぎれてかたくなしと思ひい

たらん。かくしぶねき人はありがたきものをとおもほ

すにしもあやにくにまぎれがちゃう思ひいでられ

給ふ。この人のなま心なくわかやかなるけはひも哀

なればさすがになさけ/\しく契りをかせ給ふ

人しりたる事よりもかやうなるはあはれそふ

 

ことゝなんむかし人もいひけるあひ思ひ給へよ。つゝ

むことなきにしもあらねば。身ながら心にもえま

かすまじくなんありける。又さるべき人/\もゆか

されじかしとかねてむねいたくなん忘れでまちた

まへよなどなを/\しくかたらひ給ふ。人の思ひ侍

らんことのはづかしきになんえ聞えさずまじき

とうらもなくいふ。なべてほ人にしらせばこそあらめ。

このちひさきうへひとなどにつたへてきこえん。けし

きなくもてなし給へなどいひをきて。かのぬぎすべし

たるうす衣をとりて出給ひぬ。こ君ちかくふしたるを

おこし給へばうしろめたうも思ひつゝめければふと

 

 

10

おどろきぬ。戸をやをらをしあくるにおいたるごた

ちのこえにて。あれはたそとおどろ/\しくとふ。わ

づらはしくてまろそといらふ。世中にこはなぞあ

りかせ給ふとさかしがりてとざまへく。いとにくゝて

まつるにあかつきちかき月くまなくさしいでゝふと

人のかげみえければまだおはするたそととふ。民部

のおもとなめり。けしうはあらぬおもとのたけだち

なりといふ。たけたかき人のつねにわらはるゝを

いふなりけり。おい人これをつらねてありきけると

思ひて。たゝ今たちならび給なんといふ/\われも

 

この戸よりいでゝわびしけれどえわたをしかへさで

わた殿のくちにかひそひて。かくれたち給へればこの

おもとさしよりて。おもとはこよひはうへにやさふ

らひ給ひつる。をととひよりはらをやみて。いとわりな

ければしもに侍つるを。人ずくなゝりとてめしゝ

かが。よめばうのぼりしかど。なをえたふまじくなん

とうれふいらへをきかであなはら/\今聞えんと

てすぎぬるに。からうじて出給ふなをかゝるありき

はかろ/\゛しくあやうかりけりといよ/\おぼし

こりぬべし。こ君のしりにて二条院におはし

ましぬ。ありさまの給ふておさなかりけりとあばめ

 

 

11

給てかの人の心をつまはじきをしつゝうらみた

まふ。いとおおしうてものも聞えず。いとふかうにくみ

給べかめれば。身もうく思ひはてぬなどかよそにても

なつかしきいらへばかりはし給ふまじき。いよのすけ

におとりける身こそなど心づきなしと思ひての

給ふ。ありつるこうちきさすがに御ぞのしたにひき

いれておほとのごもれり。こ君をおまへにふせてよろ

づにうらみ。かつはかたらひ給。あこはらうたけれどつ

らきゆかりにこそは思ひはつましけれとまめやか

にの給ふをいとわびしと思ひたり。しばしうちや

すみ給へどねられたまはず御すゞりいそぎめして

 

さしはへたる御ふみにはあらで。たゞ手ならひのやう

にかきすさび給

 うつせみの身をかへてげる木のもとになを人がら

のなつかしきかなとかき給へるをふところに引いれ

てもたり。かの人もいかに思ふらんといtおしけれど

かた/\゛おもほしかへして御ことづけもなし。かのう

すぎぬはこうちきのいとなつかしき人がにしめるを

みぢかくならして見い給へり。こ君かしこにいきたれ

ば。あね君まちつけていみじうの給ふ。あさまし

かりしに。とかくまぎらはしても人のおもはん事

さり所なきに。いとなんわりなきいとかう心おさな

 

 

12

きを。かつはいかにおもほすらんとてはづかしめ給。ひ

だりみぎにくるしく思へど。かの御手ならひとり

いでたり。さすかにとりてみたまふ。かの裳ぬけをい

かに伊勢をのあまのしほなれてやなど思ふもたゞ

ならずいとよろづにみだれたり。にしの君も物は

づかしき心ちしてわたり給にけり。又しる人もな

き事なればひとしれずうちながめていたり。こ

君のわたりありくにつけてもむねのみふたかれど

御せうそこもなし。あさましと思ひうるかたもなく

てだれたる心に物あはれなるべし。つれなき人も

さこそしづむれいとあさはかにもあらぬ御けしき

 

をありしたがらのわが身ならばと、とりかへす物な

らねどしのびがたければ。この御たゝそがみのかたつ

かたに

 うつせみのはにをくつゆのこがくれてしのび/\

にぬるゝ袖かな