仮想空間

趣味の変体仮名

和田合戦女舞靏 第三

読んだ本 https://archive.waseda.jp/archive/index.html

      浄瑠璃本データベース   ニ10-01960

 

43

  第三

仁(じん)は百禍を除くといへ共賞罰正しからざれば 劫って其身を害す

とかや 荏柄の平太胤長が女房同(おなじく)一子公暁(きんさと)丸 尼将軍の館へ

引取かくまひ出し給はぬ故 実朝公の御前には藤沢入道安静 阿佐利

の与市義遠(よしとを)を始其外の諸大名昼夜をわかず相詰て評議評

定まち/\也 武将仰出さるゝは 我多年の望によつて陸奥(みちのく)の名所旧跡

一見の為下りし所 僅の間にはからざる騒動 和田北条が矛鉾楯(むじゆん)のさた

 

 

44

就中ひとりの妹斎姫をあへなく討て立のきし えがらの平太が親族を

さがし出して糾明をとげ 斎姫が亡執をはらさせんと思へ共 いか成事にや

母尼君平太めが女房 伜公暁(きんさと)とやらをかくまひ給ひ 御身ニカへ手のO

歎 達て申さば不孝と思ひ 然らば女はしばしの了簡男子なれば伜ばかり

御渡し下されよと再三使を立たれ共 御承引なく追かへさると有て用

捨致しなば 国家の政道猥(みだり)と成 身にせまるは実朝一人 旁いかにと以外(もってのほか)

心をなやましの給へば 阿佐利の与市謹て 主君を弑(しい)せし極重悪人

 

いか程おしみ給ふて眷属は遁ぬ命 いくえにも利害を説(とき)御心に

さからはず 御心得にて平太が妻子御受取なさるゝ様 御賢慮をめくらされ

然るべしとぞいひ上る 入道いたけ高に成 イヤサ是与市 お身は主殺しの仕置

をしらずか 七従弟の末迄も残らず木の空へ上るが大法我君は親子の

礼儀仮令(けれう)にでもアおつしやれねば 孝行の筋が見へぬ それを傍から付

込で 利かいをとくの得心のとはヘエ聞へた 御辺も大身鑓の相伴がいやさに板額へ暇(いとま)を

遣し 表向は他人と成内証てかた持のか ぜひきやつめらを渡されずは 尼君とて用

 

 

45

捨はない よしみだてのひいき口叶ぬ事じやよしにめされ ヤア聞にくし入道

たとへば平太が女房伜 樊噲(はんくはい)項羽(かうう)がかくまふ共 式目の法をまつ

さきに押立 我君の威勢をかつて受取に何条子細の有へき さす

れは御親子の礼儀もかけ 一つは命たすけよとお頼有る 尼将軍のけんい

もなし 何とぞ天下の法も立 母君の御意も立る為 利を尽してお願ひ

申すそれになんそや以前のよしみ 縁有故肩もつとはきつくはい成出ほうだい 今

一言いふて見よと いろをたゞしてきめ付れば ムゝ盗人たけ/\しいと 物知顔にて

 

いひならへるはいらざる詮議 さ程汝が道を守らは行向て尼君に断たて

平太めが女房伜ナセ受取ては帰らぬ べん/\と埒が明ぬ故 此度はでつ

くりと此入道かひさうむすこ 同名四郎清親を受取にやつたれば 追付

ふたりの罪人めらをちうに引さげ戻るは必定 其時くはらりと胸算用ちがふた

とてほへづらすなと かさなる過言にこたげかね 四郎かふたりの科人を引さげて帰ら

ぬ内 雑言をはくあこた骨切さけてくれんずと 柄に手をかけつめよ

れば シヤ小ざかしいと入道も同く刀ひねくつて おくれをとらじとつめ合たり

 

 

46

ヤレしばらくと御大将左右をかへりみ押とめ給ひ 両人か争ひは国を治る政

道の一助 いつれをいづれろいひがたし 善悪を決するは四郎か帰つてうへの

事 必々はやまるなと御詞もおはらぬ所へ 藤沢四郎清親つらまつかいに

のりまふれ ほう/\にて立帰れば びつくりしながら父の入道ホゝ四郎はや

かつた 嘸汝が武勇に恐れ 早速科人渡されたで有ふがな 但しは手いたく

働て受取しかととひかけられ テモ扨もひよんな所へむこたらしいお使 何か

尼君の御館御門前には板額女 其すさまじさは金毘羅のあれたる様に立

 

はたかり 道理をわけていふまもなくかたつはしからなけちらし 寄つかるゝ

事ならず 私も爰ぞと存じ働ても見たれ共 中/\及びたへた事 少々疵

を付られても 體を無事に持て戻るが手柄と思ひ あまの命を耳

二つてやう/\のあつかひ あぶなひめに逢ましたと そがれし耳を両手

にかゝへ泣顔してぞ入にける 与市は気味よくヲゝ命は大事のもの 耳の二つや

三つてはかへどくなひらひ物 遖入道の子息程有 御はつめい/\と 朝哢せら

れて言句も出ず 始のじまんもしよげになりふつゝき顔をふりまはす

 

 

47

実朝くはつと御色かはり エゝ情なき母君や 仏をまなふちはつの御身 姿

をはけし世を捨人 じひもつはらにし給ふとて 現在我子の敵といひ 主を

殺せし大悪人の伜 渡し給はぬのみならず使の者にかゝる狼藉 六十

余州の主と成実朝が仕置始 妨をなし給ふ母上こそ恨めしけれ

此うへは不孝の名をとり御心そむく共 某じきにはせ向ひ二人のやつばら

引立帰らん 馬にくらかけ武士(ものゝふ)共用意せよといひさして 御座をたゝんと

し給へはヤレ待給へ申上たき旨有りと 声をかけてお次より因幡の守

 

大江の廣元ゆう/\と歩み出 御憤御尤には存れ共 是式(しき)のお一事を出し給ふは

鶏をさくに牛の刀を用る同然 世の人口もいかゞ也さりながら 尼君にもか程おし

ませ給ふうへ 今更たやすく御渡しも有まじ よつて某諸大名に触(ふれ)をなしぐん

ぜひを催したり 短兵急に取ひしかせえがらが伜を受取べし 御心安思しめせと事

もなげに言上有 あさりの与市膝立なをし コハ廣元の詞共覚ず 軍兵を

もつて受取らば多勢を集る迄もなく 某一人立越てもいとやすき事ながら 礼と

不孝の大敵に手向ひならす是迄延引 然るになんぞやぎやう/\敷 諸軍へ

 

 

48

触をなしたるとは心へぬふる廻 近頃そこつ千万と いひもきらせずムゝ尤のと

がめながら たとへ尼公の御心に背けばとて天下の掟を乱しなば一天四海の笑

草 先祖へ対して不孝の一つ 一度いかり給ふ共 賞罰正しき明君と万民こぞつて

尊敬なさば尼君共に御ほまれ 爰を以て某が思案を込て集し軍勢 御白

洲に招き入君の高覧に入べきぞ ともに見物せられよと立上つて大

声上 申付たる諸軍勢たいごを乱さず御前に相つめ 一々家名を名のられ

よと よばゝる声と諸ともに ハツトこたへてのり出すゆゝし〽かりける次第なり

 

  軍勢たまのこざくら

まづ一番にすゝみたる 印は名におふ四つ目結 三所ゆひのふりわけがみ

こざくらおどしの胴丸を 花やかに出立てなり相応の桃花(とさ)駒に むしや

ぶりけたかくまたがりしは いか成人の嫡子ぞや さん候親伯父は 藤戸の海

を渡したるまれものゝふの八十宇治川 はやせをわくる名馬の蹄サツサ さゝ

木が末子綱若 親の手柄をうらやみて あけくれはまべの水あそび

すいりうき立立およぎ 五尺のほりは一足とび 九尺の高塀ひら/\/\

 

 

49

ひらりと乗たる手爺(てよんの)がけ 燕の羽がへし宙かへり将又(はたまた)揚弓

雀に弓山鳥の尾の長口上 舌もまはらぬ先達役 駒をひかへて

乗すへたり 第二番に打たるは でん/\だいこのさし物に 絹糸おどしの

鎧を着し 金ぶくりんの乗くらは花なら〽ね共かんばしき 鶯のすに

ほとゝぎす 武士のひよこととはずして 土肥の子息の実(たね)千代ならん げに

よく御覧有物かな しやが父に似て母に似ず 藍より出て愛のなき

姿かたちは生れつき書物一冊よまね共めのとがおしへ聞覚 からすはかう/\

 

ねずみはちう/\忠義に捨る一命はなんの一ぶん五りんじゃと 算用しらぬ

高ぐゝり 小耳にはさむびんの髪 小いき過たるとんほうがしら ふり

廻してぞあゆませたり 次はよろひも一やうに 若むらさきはかすがの

さと かいまみしたる豆子供印も豆蔵風車 兄は十才弟は なゝ里にくむ

腕伯(わんばく)ざかり 人にまけじと乗込姿 ハテやさしやな何人の 二葉のたねぞ

なのりはいかに イヤ二葉よりおひ出し千葉のすけわか胤(たね)君とて いくさは

けふの手ならひ塁 さうしよごしの兄弟が後陣の数に入事は いかなる

 

 

50

ゆえんとしらすみや しやらくさ塁に候と 兄がすゝめば弟は 乗おくれじと

声高々 さきへゆくのはさかやのおかた 跡にさがるは狼狐 とらのいをかる

とりなりは ふてきにも又しほらしき 扨また跡なるはたさし物 ともへ

いろどるふり/\たいこ うつのみたの岩松とて年も八さいくちまつもの

がきも人数としやばり出る手すまふ首びきめなしどち かくれんぼうを

しかふじて 敵のねやへも忍びの達者 なんぼのくゞりにくいくゞり戸もくゞり

/\くゞつたり此度のくゞり戸は今くゞり/\始じや 山の大将我なりと中にも

 

めだつて見へにける 其外佐藤竹の下 相馬の子供が印は竹馬 毬打(きつてう)

はま弓やつぎばや 父の武功を的にして まつかふ肩骨打出の小づち

あたつて/\あたまやく 思ひ/\のはたさし物 尾ふたい外様のわかちなく 十一以下の

軍勢ぞろへ かち武者馬武者きらめいて てる日にかゝやくものゝくは 金(こかね)

ばなさくみちのく山 又しきのほろゝかいれみだれ そらさへにほふ花紅葉吉

野 高雄の春秋を一度にうつすお書院さき 広庭せはしと乗廻し四武(しふ)

の堅陣魚鱗のそなへ 孔明が彦大公が つるの孫共見る斗 いさましく又あひらしし

 

 

51

実朝えぼしをかたふけ給ひ 数度の使を承引あらず 殊に四郎清親(きよつら)だに

いひがひなく追かへされ 恥辱を取しは目前成に かゝる小児のたはふれ言

かれらを使に平太が伜 心安く受取とは 廣元所存有てかと仰にはつと

頭をさげ 最前与市申さるゝ通鎌倉の諸歴々武勇を以てうばひ

とるは 掌(たなごゝろ)をかへすよりいとやすき事なれ共 打やぶられぬは孝心の道 御親子

不和に成給ふはいか斗なけかしく 取つ置つ工夫をめぐらし ぐはんぜもなきわらんべ共

此ことく甲冑を帯(たい)し 御やかたへ押よせは正しく弓を引にはあらず 只一筋に国

 

家の掟 糺さん為の討手のまなびと御孝心をかんじ給ひ 平太が伜を事

故なく御渡しもやと存るてだて 忠義を守る廣元が寸志の智略に候と

利を糺したる一言に 君を始伺公の面々アツト斗に感心有る 与市はしばし

いらへもなく子供の中を打ながめて居たりしが 驚き入たる御計略肝にめ

いじて詞なししかし一つのふしん有 かく諸大名の子息達独(ひとり)も残らぬ初(うい)

陣に 某が伜一若斗見へ申さず 何故くはへ給はらずや 御心底にまかせざる

子細ばし有ての義か されば/\ 尤其元御内室を縁を切り 他人と成てはご

 

 

52

ざれ共 御子息とは血筋の一家 拙者がはからひにも成かたし 君へ窺ひ

ともかくも御差図にまかされよと いひも果ぬに藤沢入道 ヤア尋に及ず

そりやならぬ 女房さつたは世間の見せかけ 内証てはこつてりとおとづれをして

たのしむやら 誰も番にはついていず 何と証拠に他人呼はり こつちからすゝ

めふ共遠慮すへき筈の所 伜を此人数へ入たいとは 頼物くさふてのみこま

ぬと いひほぐせば大将暫く御思案有 入道が詞理に当って道に背く

君臣の礼はさにあらず 忠義には親をすて 兄弟妻子の恩愛を忘るゝ

 

が臣下のならひ 縁あらば一人に非義をたゞすが弓矢の作法 望にまかせ

与市か伜後陣の大将と定むべし さりながら他人の子供千人より一大事の

討手成ぞ 幼少成とてしそんぜは共にのがれぬ世の人口 よくいひ聞せて

出陣させよと 御座を立て入給へば 与市はめんぼく世にほどこし いさんで御前を

立かゆみ引はかへさじ武士のやたけ心や廣元は つゝ立あげつて諸軍に下知 さあ/\

いづれも先陣後陣のそなへを立 れつとくづさず出陣あれ 早とく/\

とせり立れば 畏ったと乗出す げにも勇者のみばへとてはなのつぼ

 

 

53

みやせんだんの ふたばのさかへかんばしき 紅梅色の手綱をかいくり/\ くつは

のおとはちりんりん あをりはぽんはか ひづめはしと/\ひとつれにいさ

みすゝんで〽押よする 至て用捨は御身にかゝり 御親子不和のもとい

ぞと いさめ申せど尼君は荏柄がつま子をかくまひ給ひ 物見の亭(ちん)を

高やくら 門々かため実朝の 討手来らば討死と思ひ定めし御かくご 底

意いかにといぶかしき夜の目も合ぬ嬪仲間一つ所に集りてなんと

思やる皆の衆 えからのつま子を受取らんと あまたのぐん勢向ふといふそや

 

ひごろ習ひしぐんほうの奥の手 命限りに逃のかふでは有まいか 名ある

武士と引くもより かわい男と引くんで死ぬるいくさがしてみたいとそゝり

出せば ヲたしなみや 敵に後を見せるのは女の身では大きな不作法 殊に

味方に板額女 子迄うんだ大こんづよ 五万や七万のおできにはあきやで

棒 おとがひで蝿 つい拝すとしどもなき 咄しなかばへえがらが女房 つな

でといへど便りなき 落めに成て気もひがみ コレ何れも 板額女斗を

力にし 軍せふとはあぶない思案 めい/\命を的にかけ討死せふとは思はずか

 

 

54

笑止な衆とさみしたる詞にくしと板額女 物見を出てホヲゝ いさましき

綱手殿のお詞 さ程のそもじが何故に 子迄引つれ尼君を 頼て

さもしい命乞 実朝公は親御へ対し御いはひもなされかね女房はとも

かくも 一子きんさとは姫を殺した者の伜 首討てお渡しとの仰 達てと

有ならぬと有る仰合て此さうどう 誠口程けなげならきんさとをさし

殺し其身もじがいしたがよい とかく命はおしいものと恥しめられてイヤコレ

死ぬるをいとはぬ証拠には 貴殿かおいとま申上てもおかみには 我娘を

 

殺しtがるえがらこそ科人なれ そち親子はしらぬ事 かくまひしには思案有

と奥ふかい御一言 しぬるにもしなれずといはせも立ず 其いひわっくらい

/\ 今にも討手せめかけなば 奥ぶかい御思案が有といふて事すむか ハテ其

時はかくごのまへ サア其かくごを今極め 一子きんさとがくび討て御親子

の中丸ふじや イヤそれは ソレハとはひけふ者と つのめかなめのせり合が

もれてや奥よりお局かけ出 尼君様の上意なり 板額様は表をかため

夜廻りきびしくいひ付給へ 綱手様は先奥へと いふを幸よきおりと

 

 

55

皆引つれて入かげを ほいなげに打詠め あんまり上がじひすぎて

天下のさはぎと成事よとひとり恨て居る所に 間近く聞ゆる人馬

の音 れつをかまはぬ軍勢のかねも太鼓も一時にときをどつとぞ

上にける すはや夜討と板額女 物見に上る其内に たいまつ灯(てう)ちん

星のごとく さきにすゝむはさゝ木の末子綱若丸 土肥のさねちよ

二陣は千葉のすけわか胤若 とんぼう頭も打まじり 十一以下の子供の

声/\ えがらが一子きんさとが首取にきた爰あけよ あけぬは比怯

 

よは者よ こちらがこわいかえい/\わあ わらへ/\とのゝしつたり 板額し

ぜんと心付 天下の法と御親子の 礼儀の程を思召 子供を以て敵たいか

げに尤とかん心し 定て我子の市若も人数にくゝはりいるべしと 明りにすかし

差(さし)のぞき あれか是かと見廻せど にた姿なきふしきさに 物見より声を

かけ コレ/\子供衆物とはふ あさりの与市の一子市若といふ子 其中にいる

ならばちよつと呼出してくちゃされと頼めば先成さゝ木の綱若 其市若はおれ

と友達 きしなにさそひにやつたれど いやといふて見へなんたと いふにそばから

 

 

56

口々に おいらもさそひによつたれど 軍はこわい物じや故 跡からいかふのるす

じやのと 尻込して得おじやらぬ あんな腰ぬけ今からは 友達仲間へ入

まいと そしる我子のうはさをは聞親の身は胸せまりしばし詞もなかりしが

いやのふ子供衆 惣体夜討といふ物は 人の寝込へ押よせてだまして討ゆへ

ひけういくさ それをしつて市若がこぬであらふとまきらかし そなた衆も

てがらしたくばあす夜があけ いつゝものまゝくふ時分に皆ござれ 其時おば

が取もつて手柄さしてやろ程に こんやはいんでねゝしやと 我子のこぬがふしぎ

 

さに あてなき事を引のばす思ひは親のいんぐはかや よせては何のしや

べつなく 夜するいくさがひけうなら あす夜があけると其まゝこふ 其時

手がらさしてやと さきが頼めば其次が おばさまてがらをわしにもや イヤおれに

もと段々に せり合頼みぐはんちよなく かねやたいこをたゝきたて一まづしんを

引にける 板額跡を打ながめ おばでなき身をおばにして 手がら頼むに市

若はなにとしてこぬ事ぞ たとへ我子はおく病でも 父がはげましおこす

筈 持病の虫でもおこりしか 母のない子とあまやかし やしなひ過して病は

 

 

57

出ぬか 心えなや気遣ひと顔見ぬ内の物思ひ 案じに障子おし立て

しばらく〽時をうつす内 程なく一子市若丸 十一才の初陣に きたる

よろひはにしきがは くはがた打たるかふとをちやくし 弓矢たばさみ門前に大

声あげ あさりの与市が子市若丸 きんさとが首受とらんと ぬけがけ

したる証拠の一矢 是をいくさの血祭りと よつ引ひよふど門柱に 三

寸斗射込しはけなげにも又しほらしし 我子と聞より板額女(によ) 門おし

ひらきとんで出 やれ一若おじやつたか待かねましたほんにまあ ようきたこと

 

事じやと嬉しさも そゞろになれば市若も かゝ様久しうあはぬ故あいたかつたと

取すがる ヲゝあいたい筈道理/\ 自もわかれてよりかた時わするゝ事もなう

最前友達衆に尋たら 軍はきらひのにげてのと わる口聞に猶の事 いかふ

案じていました まあなんとしておそかつた さればいのわき/\へはふれがあり

わしはとゝ様がおさがりなされて そちにはきんさとが首取る役 遖手柄して

こいとくれ/\゛のいひ付 わしにばつかり手柄さし 名を上さしてくだされと 身

勝手いふに打うなづぉ ヲゝよふいやつた そなたにてがらさせいで誰にさそふ

 

 

58

フムウさすが母がうんだ子 あさり殿のたね程有る 心なら武者ふり

ならこんなりゝしい子が有ふか そしてまあ此鎧 たが物ずきでこが

きせた かぶとをいくびにきせたのは とゝ様で有ふがのと押廻しねぢ

廻し コレ市若 なぜかぶとの忍びの緒むすんでおきやらぬ ほどけて有る

がと気を付れば いや是はかゝ様にあふたらば むすんでもらへととゝ様のいひ

付 何自にむすんでもらへとか ハア聞へた 一旦ものゝふの義理にせまり 夫

婦の縁は切たれ共 人しれず思ひくらす折あらばしのべ 忍びの思ひの

 

いとむすべむすぶといふ心 テエむすんでやりませよと えんぎ祝ふてしつ

かりと むすぶひやうしに忍びの緒 ふつゝときれて落たるは 心有けに見へ

にけり はあつと思ひし母親より 市若猶も気にかけて 申かゝ様 軍にたつて

討死する者 忍びの緒をきると有る わしや討死をするのかや 爰へ死に

きたのかと おろ/\涙を打けして ヲゝこな子はけうとい そんな気にかゝる事

いはぬもの 高のしれたえがらが伜 ひねり殺せばとて苦のない事 主を

殺した者の子 おそかれとかれのがれぬ命 尼君へ申上そなたに首を

 

 

59

討してやらふ ひもも母が付なをし丈夫にしてやりませふ こちへござれと

手を引て門内さして入海の 浪のあはれやうちひもの きれしを

後の思ひ共 しらで親子はいさみたち伴ひ〽一間に入にける 子を捨る

やぶはあれ共身を捨るやぶはなしとの世のたとへ 身につまされて あさりの

与市 一若を討手とはふかき所存も有明の月も心もかきくもる

思ひの糸にひかされて門前近く来りしが 行先見廻し館を詠め あれ

が物見 是がお座敷 内の首尾をうかゝふは てうど此ずん此あたりと

 

塀のかたへに身をよせて耳をすまする折からに 尼君えがらか妻子をひき

つれ表間近く出給へば よき幸と板額女一間を出て手をつかへ 実朝

公より討手と申は 十一以下の子供の軍勢 是孝心の道を立給ふ我君

のお心 それに敵たいきんさとをお渡しないは あんまり親御がいの我まゝ い

そぎ首討てお渡しあらば 法も立道も立 双方のお心やすめ 私に

おまかせ下されと もらひかけたる心根は 子にさす手柄のたねなりし

尼君御目に涙をうかへ そなたの夫あさりの与市 子細なんにもいはぬ

 

 

60

よの 一旦の口どめを用 つれそふ物にも語らぬとは 遖の侍 かく成

からは何をかくさふ あのきんさとはえがらの平太が伜とは偽り 誠はせん

将軍頼家の一子善哉(ぜんざい)丸 エそりやお妾腹に出来たお子 ヲイノ

自が心のさもしさ聞てたも 出家にするとて乳母諸共 靏が

岡の別当へ預置きたれ共 実朝に子のない故もしもの時は跡目にもと

思ひ付たが此子のいんぐは 人のそしりを憚り そなたのつれ合与市と 綱

手の夫平太を頼 ひそかにうばひ取てはもらふたれ共 別当の尋ねも

 

きびしく 当座しのぎとえがらにあづけ 平太夫婦の子といはして今の

難儀 其わけいはゞ尼の身で 出家落した天罰といはれんも恥かしく

共に自害とかくごする心の内のかなしさを 推量しやとしやくり上

かこち給へば綱手も共に 我子ならば何故に是迄たすけ置ませふ 疑

はれて給はれと いひわけ聞て板額が胸はがつくりくり返し あの申そんなら

夫あさりの与市 きんさとは頼家のおたねといふ事 しつている共/\

与市は手車売とやらに成 平太は鳥売 箱に入れて戻てたもつた ホイ ハ

 

 

61

はつと斗に板額は 夫が懸(かけ)ておこしたる 忍びの糸のはんじ物 とけて胸

をばくるしめり 与市もおもてに打しほれ さぞ女房が何かの事 思ひ

合さは胸せまり 我を恨ん不便やと声を たてずの忍びなき きんさと

君はおとなしく 我命おはるはいとはね共 ともにと有ばゝ様のお命がたすけ

たい よきに頼むと一言が身にもこたへる其うへに 尼君近く立寄給ひ

人は五十を定命(ぢやうみやう)といふに六十をこしながら 一人のまこを先立ば何ながらへん夜明

迄最期の念仏それ迄に 此子がたすかる筋あらは 尼が命は終共たすけて

 

たも板額と くれ/\゛おもき重荷をば仰いな共いひかぬる 詞の内に若君や

綱手引つれしほ/\と 仏間をさして入給ふ 御心ねぞいたはしき 跡に残りし

板額が涙の顔をふり上て ナウ聞へぬぞや我つま きんさとを頼家のお

たねといふ事しつてなら なぜ打明ては下されぬ かわいそふに市若を 討手と

いふてすかしこし 忍びの緒を切かけて母にむすんでもらへとは わしにきれとの

事成か お身かはりといふ事を むしかしらして其時にかゝ様わしは討死を するの

かいのと気にかけし今思へば神のつげ つけ共しらずよその子の はな/\

 

 

62

敷を見るにつけ 此市若はなぜおそい きそふなものとしぬる子を 待かねた

のは何事ぞ 殺しにおこすとしつたらは 待まい物をとしやくり上 なけゝは

夫は塀の外 忠義ならずは何故に 願ひこのんでおこさふぞ とゝ様手柄を

してかふと いさみすゝんで出た時の おれが心をすいりやうせよ せめてま

一度あひたさに 忍んできたとのび上り 足つま立てもたかへいに

へたつ思ひはいとゞなを涙くり出す斗なり 市若かくとしらばこそ一間をそろ

/\忍び出 申かゝ様 よき左右有がと最前から 待ていれ共おともせず

 

友達衆がこぬ内に てがらをさしてとゝ様に ほめさして下されと 殺す

としらぬあどなさを 見るに母親せきのぼす 涙を忠義に思ひかへ

成程/\末代に名を残す大きなてがらさせませふ イヤナフ市若 ものゝ

ふの子は何時しれず もしやまあそなたか平太か子のきんさとで 君ゟ

討手が来りなば どふせふと思やるぞ ハテそれはしれた事 主を殺した者

の子と ゆびざしにあはふより いさぎよう腹切てさすがは武士といはるゝ

気 アノ腹切てか アイあの腹をや 腹をといふにしやくり出す 涙をのみ

 

 

63

こみ/\て 顔打ながめ ヲゝそなたならそふあらふ 其ゆゝしい心からてがらがし

たいは道理/\ さりながら此なりでは きんさとがゆだんせず 鎧もぬき常の

なりあの一間にかくれいて 母が詞をかけたらば父の心に叶ふてがらして見

しややいのと鎧のひもとくも涙にむすぼふれしてのはれきの にしきがは

ぬがせは下に白むくをきせてこしたはどうよくな むごい夫と恨をば きてなく

夫は塀の外 我は忠義の男気もまさかのときは得うつまい よい女じや討

そふな ころすそふなと飛上り 見付の石へかけ上り 塀に手をかけはねあらば

 

とんで入たや顔見たやと かくごのうへのかくごにもこたへかねたる斗なり 板額

涙の声かくし コレ市若 最前もいふごとく あの一間に忍びいて たとへ

どの様な事有てもよび出す迄は出やんなや 手柄さしてとゝさまは

おろか 鎌倉中の侍に かゞみといはしえてょめさそふ 母にまかしやと押入て

たて切る一間をさいごばこ あきらめかねし涙の袖 しぼりながらにあたり成るともし

びけして廻りしを 尼君綱手は若君を後にかこひ腰刀 己我子を引入て

手柄さそとは心得ずと 身をかためたる女の一図 外には与市が内の音 しづ

 

 

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まつたるにふしぎたて 耳そば立し四方八方 板額そろ/\くらがりを あし

おとかくし表の方 板間をつよくくはた/\/\ 人来るおとにふみならしそろ

/\と戻つて一間のそは さあらぬ体にて声に角たて だれじやそ

れへ見へしは何者じゃ なんじやえがらn平太とや シヤア正しく汝姫君の

敵 のがさぬやらぬと立上り 何を目当かつめかくる 尼君綱手は誠

かと さしのぞけ共人かげのないとはしらず市若が 一間の内に聞耳の 外(そと)

には与市身拵へいづれも 様子をうかゞへば 猶も詞を逆立て なんといふ

 

平太 此板額にひそかにいふ事が有 ヲ聞ふ サアどうじや ヤア ヤ なんと

いふ あの市若をとりかへしにさた そりやならぬ尤そちが子なれとも

わらのうへからわしがもらひ 与市殿とふたりっして そだて上たるこちの者

今に成て戻せとは アレまだしつこい これ/\/\ こなたは現在主殺し その

主殺しの子といふとの コレ 市若は腹をきらねばならぬはいの 最前も

きんさとゝ 打かはつたらどうするぞととふたれば いさぎよう腹切て さす

がは武士といはるゝといふたぞや ふたりの親にほめれふと思ひ死ば定

 

 

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かわいそふに取かへさずと置て下され あれまだ一間を目がけるきつさう

なんじやふんごみ取かへす サア取かへして見よ イヤどこへ イヤならぬ どつこいそふは

とひとりして ふたりの物音足音を 与市は女が手にかけて 我にうた

れす腹切らす はかりことよと推しても 尼君綱手はふしきさに 心を

くばる一間には 不便や市若うろ/\と 扨は我身は主殺しの えがらの平

太が子成とや 浅ましやかなしやと 立てはなきいてはなき せんかた

もなく座をしめて なむあみだ仏とさしぞへを ぬくよりはやく

 

わきばらへ ぐつとさせばぱつとちる 障子にうつるちけふりを 見るゟ

母は狂気のごとく ヤレ腹きつたかでかしたと かけよるおとにあさりも

半乱 尼君綱手もコハいかにと 若君ともしびふりあげて 見れば

あへなや市若がせつなき息をほつとつき ナフかゝ様 今までわしはほん

の子と 思ふていたがようきけば えがら殿の子成由 主をころした者

の子が たすからふやうなしと いさぎようしにまする てがらもせずに

しにおつたと とゝさまがおしからいなら よふわびことをしてくだされ

 

 

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たとへえがらの子であろと やつはりおまへや与市さまを おやと

思ふているほどに 子じやと思ふて一遍の 御えこう頼上ますと

いふに母おやはりさく思ひ ヤレそなたをば父上が 手柄せよとて

こされしは きんさと様は先将軍のお子 お身替にたてよとの心をこめししの

びの緒 さるにさられず討かねて 独(ひとり)しんでもらひたさ なんのえがらの子

であろぞ 与市殿と我中のほんのほんぼのほんの子じや そなたひとりが

死るとの 尼君様や若君のお命のかはり てからもてがら大きなてがら いさぎよう

 

しんでたも なんのいんぐはでものゝふの 子とは生れきた事ぞと くどき嘆けば

表には 市若父もきているぞ 臨終正念なむあみだと となふる心通じ

てや 今はに成て目をひらき そんならえがらの子でもなく しぬるもてがら

になりますか 嬉しうござるかゝさま さらばでござるとあへなくも いき引

とれば表も内も 思はずわつと泣たをれ前後ふかくのなみだなり かゝる

あはれも我夫の 悪事よりと綱手はかくご 座をしめ自害と見へ

ければ 尼君やがて刃物もぎとり 汝誠の心あらば 夫えがらがゆく

 

 

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えを尋 姫が敵を討てえさせよ 市若への追善には 我あひ

ぢやくの心をはなれ ふたゝびきんさと出家させ 後世とはせんと

若君の 御もとゞりを押きり給ひ 綱手にしたがひ此家をたち

のき いか成僧とも師と頼めと 見はなし給ふ若君は成人の後きんさと

の よみを其まゝ声にかへ 公暁(くぎやう)と名乗しは 此おさな子の事なりし

夜もはや過て明がたの 又のよせくるときの声 板額ぜひなく涙ながら

しがいの首を討おとし かなしさかくし声はり上 尼君かくまひ給ひたるえがらが

 

一子 きんさとが首討てお渡し申 受取人はお通りと 大門ひらけばさりの

与市 爰ぞと涙押はらひ ヲゝいしくも致されたり則是に市若丸 受とる

役にひかへたりと 我子の名をはなのるも追善 尼君不便とえからのしやうめう

供養は若君法の旅 綱手諸共館をば出るも思ひ見る思ひ 親とおや

とは式法に 我子の首を受取わたし いかひ御くらう/\の声のも涙にふるひ出し

わつとなけばはつと礼儀にかくす涙の袖 すがればはらふあひべつりく

えしやぢやうりぞとふり切てぜひなく/\も引わかれ御館を さして立帰る