武者鑑
https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1312418 松平の禅尼(まつだいらのぜんに)禅尼(ぜんに)は秋田城之助景盛(じやうのすけかげもり)の娘にて時氏(ときうぢ)の室(しつ) 時頼(ときより)の母堂なり さすが時めく天下の執権の親人(おやびと)とし…
https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1312414 白拍子妓王(しらびょうし ぎわう)妓王は江州益須郡(やすごふり)中比(なかひ)の里の産れなり 妹を妓女(ぎぢよ)といふて 同胞(はらから)共に舞の上(じやう)手(づ)なれば 清盛これを妾(せう)とな…
https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1312418 北條時頼(ほうでうときより)時頼は時政(ときまさ)の五代の孫にして 北条九代の内 泰時(やすとき)時頼を名将と称せり 就中(なかんづく)時頼は智略あり威量(いりゃう)あり 殊に仏道に帰依厚く中にも禅…
https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1312414 常盤御前(ときはごぜん)常磐は義朝(よしとも)の妻にして 尾州熱田(あつた)の大宮司末憲(すえのり)の妹なり近衛院の御時 容顔美麗の女を召(めさ)れんとて五百人の内より只一人撰出(えらみいだ)され…
https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1312414 左馬頭義朝(さまのかみよしとも)義朝は六條判官為義(ためよし)の嫡男なり 其相(そう)勇然たれど眉薄く 毛(け)上へ生(は)へ 所々(ところ/\゛)抜(ぬけ)たるやうにて 小眼(せうがん)にして耳とが…
https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1312414 平相国清盛(へいさうこくきよもり)清盛は忠盛の一子なり 実は白河帝の御落(ごらく)胤(いん)にして 母は祇園の女御(によぎよ)なり 保元(ほうげん)平治(へいぢ)の擾乱(じやうらん)を平(たいら)げ…
https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1312418 若狭局(わかさのつぼね)局は比企(ひき)判官義員(よしかず)の娘にて 頼家に愛せられ一幡(いちはた)君を産めりしが 父義員 若君の為に叛(む)逆(ほん)を発(おこ)しけるに 早くも露顕して若君を始め…
https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1312418 羽林頼家(うりんよりいへ)頼家は鎌倉二代の将軍にて 頼朝の惣領なりけるが 病によつて舎弟(おとうと)千幡君(せんはたぎみ)へ西三十八ヶ国を譲り 御子(こ)一幡(いちはた)君へ東二十八ヶ国を譲らんと規…
https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1312411 松殿松姫姫は関白基通(もとみち)の女(むすめ)なり 容顔艶麗なることたとふるにものなし 義仲此縡(こと)を聞(きゝ)て押(おし)て聟となり姫と配偶せんといふ 姫は義仲を鬼神(おにかみ)の如く思ひ 怕…
https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1312411 木曽左馬頭義仲(きそさまのかみよしなか)義仲は帯刀(たてわき)先生義賢(せんせうよしかた)の子なり 高倉の宮の令旨(れいし)を受て 城(じやう)の資永(すけなが)を討て平家十万騎を倶利伽羅谷へ追落…
https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1312411 平政子(たいらのまさこ)政子は北條時政の女(むすめ)にして頼朝の御台所なり実朝将軍幼年の内は廉を垂て政事を聞(きく)故に世に尼将軍と言(いふ) 都(すべ)て行状漢の高祖の后妃呂后(りよごう)にるい…
https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1312411 右大将頼朝頼朝は義朝(よしとも)の三男なり 伊豆の配所より発(おこ)ッて石橋山に義兵を挙てより後 義仲ヲ粟津(あはづ)に討て平家を西海に亡し 多年の蟄懐(ちつくわい)を開いて日本総追補使(にっぽんそ…