仮想空間

趣味の変体仮名

和田合戦女舞靏 第四

読んだ本 https://archive.waseda.jp/archive/index.html

      浄瑠璃本データベース   ニ10-01960

 

68

  第四 道行こがれ松虫

なむあみだア/\なむあみだア/\ いくたびか物思ふそでに

おとづれて 涙にあかぬ秋のかぜ 便りも聞ず文も見ぬ えがらが

妻の綱手こそたへぬ いもせにつながるゝ修行公暁(くぎやう)も旅衣 六十

六部に身をなして 後には筁(おひ)まへにかね右にしゆもくのうつゝ共 美(夢?)共

しらぬ世のさがに お主を討し我夫(つま)はひろき世かいにかゞみ鳥我はう

き世をはなれ鳥 ひよくあらそふ北条や 和田がねたみのとり/\゛に

 

さだめかねたるさかい川 かまくら山のやまかづら まだ夜をこめて

落てゆく 心の〽内こそ たよりなき世をしらぐもに かずを見へて

田面(たのも)におつる雁の声いなばもそよとおとづれに 人目しのぶの我

なみだ にわかはくまもなき袖の浦も ひかばなびきやれさりとては

いつかはきみをみやこべのはぎのした草の 露に成ともぬれて成共と

おぎふくかぜの たよりをもさくやとまねく皮ずゝき おばなが末の

思ひぐさ とやせんかくや千貫樋(とひ)水のながれと身のうへと一かたならぬ

 

 

69

二枚橋 かけてなさけはときしらぬ冨士の 山こそ我身のうへよ

けふりくらべん袖しの浦 こひとうきせの鳴渡(なると)ゆく せとのそめ

飯いひかねてめもと斗になく子坂 さやの中山中/\に いとしい

子にも塩見坂 杖つきの里とぼ/\とまひ舞坂にたちどまり

つかれまぎらす道くさの 木(こ)のみひらふておはします 綱手はつく

/\゛打守り アゝ定なの世の中や 大山はふりとなり江河はおかと

かはる共 先将軍の若君とよはれ給はん御身をきて 浅ましのあり

 

さまやと せきくる胸をおししづめ アレ/\ひあしもくれ近し 人里をき

此べはくま狼の恐れ有り いざゝせ給へと手をとれと おろかな事を

いふ人かな 父上此世にましまさば熊狼も我けらい こはくばそなたさきへ

ゆきや おれは爰にと横田川 横車こそわりなけれ やるかたも

なくうきふしに わかれ/\といな事ばかり いふてわたしにくにさす

のかへ よい/\仕やふじやの そんならすてゝゆくぞへと おどせばさすが

おさな気にこらへてたもとかいつくり 馬を綱手はほた/\と いさみす

 

 

70

かしてひやうしとり 扨も/\こなたは いたいけなこといあふた あしがいたくと

北さがへこざれの北さがへござらは さんどがさをしやんときておとも

するがおもしろい 吉野初瀬の花よりも紅葉よりも こひしき人は

見たいものじや ところ/\゛おむりなしにとく/\ごされ しんどか

いちやがおひませふ おひもせなかに かけおびのむすぶえにしを

待つの尾や こゝに北さが西さがを尋々てふたおやに あふさかこへて身の

うへを いふて夫にあはた山 あはゞひごろのうきしんき三条口にぞ〽着にける

 

うさつらさ いづれおとらぬ世の中に あはれはかなき我らかな しらずはさても

やみぬべき がうにひかるゝこんはくを導(みちびき)給へ地蔵尊 厨子にぶらりと

靏が岡べつとうあじやりは先将軍頼家卿より預りし 善哉丸を

ばひとられこぞの秋ゟ方々と どこをしやうどに雲つかむもしは

变化か人売かと 丹波の山の奥よりも 丹後の湊ゆら/\と

尋て都たて横に 小嶋が崎ゟよりかける観世ごよりの地蔵尊

くみ上る内彼君に廻りあはんの大願もなかば過れどあはた口 往来(ゆきゝ)

 

 

71

の人に勧進をこふて しばしはやすらひぬ すくなる御代にねぢけ者 藤

沢が郎等根来伴蔵(ねごろばんざう)供人引ぐしかけ来り 蚤取眼でやぶから

棒 コリヤ/\願人(ぐはんにん) えがらが女房伜をつれ 此街道へ来る由後の宿(しゆく)で

聞てきた 見たらばしらせと気をせくかほいろ ハレとでもないめつそうない道

荏柄はしらぬがおがらなら そんじよそこらと聖㚑(しやうれう)のにもちを頼んでとひ給へ

我には地蔵を建立の大行者 勧進寄進とすゝめける ヲゝ是は誤つた

尋る女の年頃は卅内外 むつちりとふとりじゝいろじろな女房 とらへて手柄に

 

せにやならぬ 其行がたが聞たいといふにうなづき エゝそれで聞へた 扨は人の女房

を追かけて 煩悩濁(ぢよく)をみしらすのか アそれは無分別 たとへていはゞにこり

江に 月のやどらぬごとくぞや思ひを 善途にひるがへしてくはんしより仏(ぶつ)に

御寄進あれ 女中はどつちへ通るたやら しら紙夏書(げがき)反古(はうぐ)によらず 一紙(いつし)半

せんの奉財の輩(ともがら)は 此世にてはひるいなきてがらにほこり 御けらいならば

数千人のかみにさせん きめうけいはく いやながら申といはせも立ず ヤア

いそぎの用で通る者 しやまひろくなとはねとはし けとはしてこそ

 

 

72

通りけれ エゝらちもない八九三のまぶたに出会ふて 勧進帳をぼうに

ぐつた アゝまゝよ たゞとにかくにいつ迄もまゝよと思はぬ善哉丸 めぐり

あひたやアゝいたやと 腰なでさすり砂打はらひ おき上つたる向ふより

えがらがつまは世を忍ぶからきうきめも三度笠 なんぎやう公暁の手を

引て通りかゝるをあじやりはやがて もしやとのぞけば身をかはし よけて

行んと笠かたふけ 右へよればもつれより 左へよればまとひつき

小腰かゞめて立ふさがり それつら/\おもかけ見れば 大事の国守の預り

 

物は手車売の箱にかくれ 生死不定の世の中を 一遍尋ぬ所もなし

こゝにじやまして顔見せぬ女中一人おはします 御君をばげんざい外道と名付け

奉り幸のおがさにへだて せんほつき果て てつさう眼にかけるぞと

立より給へばアゝ是ほんさま しみしつこいこつちも同じ修行の身 ほうがは

互につく/\ さん用なしに通してもらふ 道のじやまぞとすりのくを どここへ/\

大願ほちをあらたむる か程弟子の善哉に よくにた姿をあやしみて

靏が岡の別当 むたいに此子をくはんじんすと 仰を聞て公暁はやがて

 

 

72

笠ぬぎすて ナおまへはあじやり様 そりやこそ尋る善哉丸 扨は

おのれは鳥売めが女房か 其子はこつちの預り物 事なく戻せば其

通りい義に及ぶとゆるさぬと 地蔵菩薩のしやくじやう追取小わきに

かいこみ にらみつけたる眼はくる/\ 久留尊仏のごとくなり アゝ申 必御さそう

遊ばすなとをおろし筁(おひ)をおろし手をつかへ 扨は靏が岡の別当様にてましますか

成程其鳥売は自が夫荏柄の平太胤長 是には段々申わけあり

しばらくと なだめる涙の木かげより 伴蔵主従忍び足 追取巻て大おん上

 

アアえがらの女房のがれぬ所うでまはせ 其嚊にからめとれ承るとよる

所を 用意の刀をぬく手も早く さきにすゝみし下人が肩ぐちあばらを

かけて向ふげさ はらりずんど切はなせば せんをとられて主従三人 おくれ

ながらに打てかゝるを事共せず じうおふみぢんとなぐり立 山道さして追てゆく

あじやりは切合ふどさくさまぎれ 公暁をつれて立のかんと 思ふ折ふし又

足音 とやせんかくやと気をくだき 半ぶんできたるくはんじより仏すつほりき

せてそらさぬ顔 えがらがつまは立かへり ヤア公暁様はどこにぞと尋

 

 

74

廻れはコレ/\女中 一紙半銭の奉財でコレ此一子 地蔵菩薩の胴

よりしたが 建立なされて愚僧が大願成就と 悦び給へばこなたも幸

よき折と アゝお嬉しや忝や 尼君の仰といひ以前の通り御弟子となし

御出家堅固を頼上ます 自は是よりさが逢坂(あふさか)のゆかりをたづね

夫の行衛身のあんぴ 跡に足とめ申所存 何を申すも事急也 始終

の様子は此お子に 御聞なされ下されよと よぎなくいふに ヲゝ拙僧が受取

上は 寿命は千年靏が岡へ 慥にもりまし御入仏 気遣ひなしに落さつしやれ

 

アレ又向ふに大勢人音 見付られては互のじやま さかへの道は左手へ 早ふ僧は

爰にて敵(かたき)をたばかりやり過してゆつくりと 鎌倉さしてくだるべしと 筁を

とも/\せおはせてかさを 煙管(きせる)も腰にはせ さらば/\も口ばやに 名残

をちやんとかねの声 さがの奥へろ落てゆく あじやりは公暁厨子

いれ 下郎はしがいの血を取て 我身一ぱいぬりちらし よろぼひふしておはし

ます 程なく伴蔵加勢を入れとつてかへせば別当は わざとくるしきこはねにて

ナウ/\かた/\゛ アゝ扨くるしやたへがたや 尋あひたるおさな子は又女めにばひ

 

 

75

とられ 剰此ごとく身内のふかでにめもくらみ 志がくれて/\として

しつみ入やうにはんべるなり 此ていならば相はつべし 御身たちを誰やの人やら

しらね共 もしもむなしくなるならば 敵を討て給はれやといとくるしべに

の給へば 皆々誠と目をこすり エゝむごたらしいめを見る事かな 気遣ひ

有なぼんさま 敵を取て得さすべし 扨々につくき女め いで 追かけんとゆく

所を イヤなふ ヤそつちへはにげなんだ右手の道からなにはかたみぢかきひ

あしいそかれよと いへはうなつきのみこんだと 大勢引つれすまたの街道

 

あてどもなしに追てゆく あじやりはそつと立上り ハゝハゝハゝ さつてもむまい

追手の衆 わき道へやつたれば我行先にも気遣ひなしと 地蔵くるめ

にせなにおひ とりや/\いのぞ サアいのか はらの地蔵ぼさつ十よりうへの

みとり子を 肩にひつかけ足ばやにかまくらさしてぞ〽時しるや 秋は

木のはもいろ付て にしきをかざる小倉山 ふもとに四季を建(たて)わけし

春は愛宕の花見の亭(ちん) 夏は嵐の山うけて秋は其まゝ紅葉(かうよう)を 冬

がれいそぐ鴻臚館(こうろくわん) 爰ぞ小倉の山荘に祖父定家(ていか)の筆のあと

 

 

76

ひろひあつめて為氏卿 百人一首と題をすへ末世の人につたへんと

内裏をはなれ山里に心をすます名歌よせ きとくにも又物さびし

召つかひとてるすもりの車戸次(しやこぢ)夫婦は五十こし しらが半ぶんくろ眼

ひからすよくのかひさらへ 妻も名にあふ竹ばうきはきこむばかり

塵一つ ちらさぬうへのよくあんじ コレ親仁殿 此やうに毎日/\掃除

しても ひたひらなか落てはなし うか/\とくらしてすへの六十日かつま

らぬそや ヲゝそれも思ふているてや 為氏殿につかはれ 歌よんだとて

 

銭にはならず 鎌倉におる娘めが内におろなら売てやり 田地一反の

主にもなろが 思ふやうにならぬ世かい じやは気遣ひすな ちつと人にたの

まれた事が有 是が手に入ると大きなかね/\ よい身に成て見せふそとかた

れば共に女房が そりや其あてはおれも有る なんじやそちも誰ぞに頼れ

たか ヲゝテヤ むまい/\ してそれはと掃除をやめ 咄しなかばへえからか女房

おひをせなかに逢坂で ありかを尋此家を目がけ ちとお頼申ませよ

関の車戸次といふお人内方にならあはしてといふに夫婦が柴戸を明け

 

 

77

ヤそちは娘のお綱でないか とゝ様ても久しや まへの所を尋たと

内へ入れば母親はふけう顔に立寄 ヤイ爰な恩しらずいせ参りをかこ

つけ六年以前に家を出 それより鎌倉にいると斗 夫婦の者に

貢(みつぎ)もおこさず えようらしい国めぐり 又くひたをしにうせたかと 子を子と

思はぬむどくしん 其気をしつて出次第に 成程お叱は心さはりなから 今は

私も仕合いたし ちとした事で夫の行衛 尋ながらの廻国(くわいこく) 路ぎんも

たんと持て居まする おまへがたへのみやげはきだる これ迄の事了簡し

 

一夜とめてとむまい事はに合ふ事をいひちらす なんじや路銀もみやげも

有とや ヲそんならようござつた コレ親仁殿 久しぶりの娘 なんぞ馳走して

下され おつとまかせと小尻をからげ おりやさがへいてさび鮎買(こ)てこふ

溜乳(ためち)のましやと機嫌して 車戸次は表母親は イザ先奥であづまのはなし

草臥(くたびれ)ならば親がひに足さすつてやりませふ 一足さすらば千両くれふ 二あし

さすらば万両とあてなきあての槌て庭 はきさし伴ひ入にける はやくれ

かゝる秋の日の おぼろ月かげ身にうけて よし有へ成浪人のふろ敷包

 

 

78

ちよつこりと 似合ぬふうの旅姿 笠かたふけて柴戸に立より たど

お取次頼たし 為氏卿の歌道をしたひ 押付て参上申 宜敷御さたと

案内の 出合がしらに為氏卿一間を明され給ひしが 歌の道に心をよせ

したひきたとはしほらしゝ くるしからずこなたへと仰にハツトいぎつくろひ おめず

おくせず目通りに頭(かうべ)をさへ 承れば先生には 百人首をえらみ給ふ由 及ず

ながらやつかれも 腰おれにてもくはへたく 推参申候とひげせし詞に為氏卿

ホをゝ頼もしの旅人やな 過し頃新古今集をえらまれしか共 花斗にて実は

 

すくなく 祖父定家の心にかなはず 我此山荘に引籠かき残されし色紙

をあつめ 百人一首と題をすへ 末世残す和歌の道 時至らぬかぜひもなや

九十九首は撰(えり)たれ共今一首不足せり 何とそ御辺詠(よみ)たす給はゞ 嘉悦なら

んと有ければ さん候某は関東者 千賀(ちか)の塩竈を一見致し 浦漕(こぐ)舟

の面白く詠かけし其歌は 世の中はつねにもかもな渚こぐ あまのを舟と

迄はつゞり候へ共 下の七ヶ字にせまり三十一文字成就せす あはれ御添

削有て百首にくはへ給はらば後代にしきの面目と思ひ入たるふせい也

 

 

79

為氏しばらく歌を吟じ ハアゝ奇妙/\ 世の中のていは 浦こく舟のあと

なきをいふ心を以て詠かけし歌 下の七文字こそ猶一大事添削に及ず

貴殿旅人の身なればいづくも同じ旅の空 今宵は是に一宿有り

七文字案じ給ふへし イザあの間へとの御差図 つかれにじぎも遠慮なく とかくは御意に

任せんと しつ/\立て雪見の亭是も御縁のはしくれを かつて一夜はあかしがた

嶋がくれして入けるは たゝ人ならじと見へにけり 為氏卿は文台に数の錦を

取あつめ いづれか巻頭巻軸の始終をわkんと気をこらし 心をすまし

 

思はずみとろ/\〽まどろみ給ひしに ねとりの声のものさびていと

しん/\と夕なきに やくやもしほの身をこがし 顕れ出しいつき姫 したひよる

こそ物うけれ 為氏ふつと御めをかはし アゝラけしからずや 実朝の妹斎

姫は えがらの平太が手にかゝり むなしく成しと聞及ぶ もしや虚説か但

又 我つれ/\の思ひに引れ まよひ来りし物成かと 思はず一間をかけ出て

立寄給へば ノウ恨めしの恋人や 君がつれなき心から思はぬ人に思はれて

あだに此世をさりしぞうあ 思ひきられぬりんえのきづな くげんをすくひ

 

 

80

給はれとよ ヲゝげにことはりさりながら 和田北条が争ひのさかりの花を

折取て ひどうといはれんかなしさに わざとつれなくいひぎりし 未来は一

蓮たくしやうと 御回向あればいや/\と ても御回向なすならば この世の

縁をむすひ置 後世をたすけて給はれと打しほれてぞおはします げに

/\現在の果を見て 過去未来をしるといへば 此世の縁を願ふは断 たゞ

此うへは二世三世も未来も夫婦ぞや 心よく成仏と 仰の内より柴

垣押わけ 千秋万歳の ちはことかなて三宝に ながへを取そへえがらの平太

 

立出るを見て為氏は コハそもいかにと御尋 姫はやがていろ直しえもんつくらふ

折からに 車戸次は表へ戻りがけ 女房座に立聞うぃ する共しらずえがらの平太

逢にすさり謹て 君情なくも和田北条が異論を思召 姫が志とりあへ

給はず 去勅使御下向の後思ひこがれて相煩ひ 命もあやうく候ゆへ 親

にて候白の九郎某をまねき 和田北条のくはくしつは姫君を幸に 入道親

子がなすわざ 汝宜敷はらかへと申に付き 某の嬪を殺し 衣裳を着せかへ

首をかくし 姫を討たる体にもてなし 御供申立のきし其跡にて 親資国

 

 

81

切腹致せし由 是と申も姫君の御願を叶へたさ さま/\心をつくせ

共御賢慮の程はかりかね 近寄てだてのにせゆうれい かく迄主従心

つくす 心底あはれと思召 御縁をくませ下されよと よぎなくいふに姫も共々

あられぬ姿に身をかへてこがれさまよふ有様を 不便な共かはひゝ共 たゞ

一言の仰はないか 心づよやとすがり付 なげかせ給へば為氏卿岩木ならねは

心とけ ハテ一旦は世の人口 期(ご)して辞退はこつちから 得致すまいとたはふれて

しつとだきしめ給ふのが現世未来のそくしん成仏 いつそころせのむつごとに

 

えがらはいさんでめてたし/\いお盃よりおねまがかんじん 又もや御意のかはらぬ

契り 紅葉の亭でしつほりと どこもかしこも紅葉のお手いらずか御馳走

と あちな所をしまんして伴ひ〽一間に入にけり 車戸次は始終みゝ

すまし忍び入ば女房も さし足して傍により なんと様子を聞てると いふ

口押へて高い/\ 是につけても北条殿は先ぐりのはやいわろ 斎姫を平

太が討たとは心得す 為氏に首たけの女 忍び行まい物でなし うばひ

取て渡さば ほうひは望次第との内通 出世のたねとは此事と語ればともに

 

 

82

女房が ハテナフ大名の心は九分十分 わらはが方は縁有故和田殿より

まつ其ことくの頼事 則となり村へとり手の役人 是へ渡せばほうびと引がへ

出世はしがちと夫でも 欲にへだつる熊手性 見込でうなづきてきた/\

奥へ通路のならぬ某 とかくはそつが心任せ シテどふして盗出す これ

幸の事が有 娘がせおづてきた筁の内へ 姫をだまして押込 裏道から

ノ 合点かと さゝやく事をのみこんで よい時分に咳(しはぶき)せよ それをあひふと

いひ合せ 車戸次は勝手へ身拵へ 女は奥をうかゞふ所に娘の綱手は物

 

かげてかくと聞より走り出 立ふさがつてコレ姉様 あのお供した侍はわしが為

夫 姫君はお主 ばひとらする事ならぬぞへ まだ敵心はなをらぬのと いさめ

かゝれば コリヤいふな 年よるていろけなし 欲しらひでよいものか 声立おると

是じやがと くわいけんさかてにつゝかくれば アゝあぶない/\親として子をころす

じやけんな心といふを打けし ぬかすな 己はおさなき時犬のえじきと成やつを

末頼にそだてあげ 物にせふと思ふ内 よう家でをひらおいだなァ 恩を思ふて

母と一所に姫を盗出すか いやどぬかすとつき殺す サア返答と手づめ

 

 

83

になり 成程一味致しませよ なんじや一味 イヤ合点がいかぬ ゆだんさして

為氏や 夫にぬつくりいかふでの それ共誠の心なら おのれがおそるゝ

地獄とやら 神も仏も打こんで おそろしいせいもん聞ふ あの母様の勿体

ない 悪事にもせよ親の事 わしが口からいふたらば舌はやつさき車さき あひ

大じやうのくをうけふ 其かはりにはお情に 一味はゆるして下されとわつと

斗に 泣しづむ ヲゝそれ程一味がせつなくば 親のいんぐはしやゆるして

やらふ 其かはりに頼事 コリヤ姉よ そちが夫 あの平太が気味がわるい 爰へ

 

呼出しおこしたら 酒をもつてもりつぶし ようねいらして置てたも 姫をそ

ひき出す迄は 大事のことじやいろ目にだすな こちらが出世の跡とりは

かまの下迄そちか物 エあほうめとねこなでの 毛いろやさしくいひまはし

つめとぎ立て奥のまへ 窺ひ行ぞ恐ろしき 跡に綱手はせんかたも涙に

くれていたりしが 浅ましや我ながら そだてられたる厚恩の親といふ

字に押へられ お主の大事も得いはぬか なんのいんぐはであの衆と 親子の

縁をむすびしそと 昔を悔み身を恨みひとり かこちている所へ えからの

 

 

84

平太胤長 我にあはんと呼出すは誰人成ぞと立出て 見れば我妻 ヤレ

女房か珎らしやと かけ寄夫にいだき付き ナウあひたかつたによい所へ よう

出てきてとせきのぼす 心はしゆもくの つきしほもなきふぜい

なり ハテこな者興がる挨拶 先(まつ)とはふ 嘸国元では某が 姫君討たとの

とりざた 其方もなんぎしつらん きんさとはなんとした尼君へ戻したかと 何かの事を

とふまも待かねコレ 姫君のお身のうへ 気遣ひなくと おくへ目を付気をくばり

せけばせく程 ヲゝ討たと思ふてお身の上 気遣ひしたは道理/\ 御安体にて

 

お供して 為氏卿と御祝言 そちも悦べ目出たいと なんのけんによもない夫

気がつけばしと女房は立たりいたり身をあせり いかんともすれと親のとが

口にたまり胸にみち 幸有合銚子なべ酒の力で一口と かはらけ取ててうど

うけ ぐつとほせば夫は手を打見事 久しふりて女夫の盃 テエいたゞことすり

よれば 持てとびのき涙声 コレ盃所かいの エゝ情ない いふにいあhれぬ胸の

くるしさ 恩も義理も思はずは いふて/\いひやふり安おんては置まいのと 親を

恨の心とは 夢にも平太しらばこそ ハテきつい恨やう いか様つれそふ夫かふ

 

 

85

義をいひかけ 姫君を討たと思はゞあんおんではおかぬ筈 いたつらものめ

不義者めと いふて/\いひやぶり くひ付程に思ふは尤サア中直りの盃と

じやらけかゝればいや/\/\ いふまいといふせいもんはたてたれ共 いふてもけふ ハテもふ

いかずとよいはい 今夜は姫君の御祝言 あやかつて我々もしつほり機嫌

なをしや/\と底の心はしら浪の ほかけてこいともつれよる 綱手は有にも

あればこそ 本気ていはれぬ一大事 酒の力とくみながし のんでは胸すへ綱

をすへ なんの儘もまゝならぬ 親の悪名いふもうし いはねばお主へ不忠となる

 

とやせんかくやとどうづきで 打こまるゝよりつらい酒 受てはほし コレハしたり

受てはほしコレハしたり 手酌はかしやくのくむねつとう あびしやうねつのくる

しみを 我と我でにうけるかと いはずかたらず思はずも わつと斗にふししづむ

心しらねば夫はあきれ こりやるすの間にあほうが上り 底ぬけのなき

上戸 おとましいや又持病のつかへがおこらふ 正気をつけよとたきおこせば

むく/\/\とおき上り ひよろつく足のたはひなく のんだによつて酔たが

なんと こなんもえふたかひよろ/\なさるゝよ コレめいわく そちがあしがアレ

 

 

86

あぶない それあぶないと あぶながる程なをひよろつき あぶないこと

おまへもしつてか あぶなか万事に気を付めされ 此家のおぢうば

わしが親 それでなんにもいはぬそへ せいもんたてたでいはぬぞへ お姫さま

をばコレナフ いはぬぞへ いはぬせつない心をば推量してたべ我夫くるしいはいのと

どうどふし なくねと共にねいりしは あはれにも又ぜひもなき やうすいは

ねば一筋に酒のとがぞと平太はうつかり テモしやれるは/\ 夫のそばとも

いはす高いびきいひぶんあれ共 いはぬぞへ 久しぶりじやによつて

 

いはぬぞへ いかさま女の酒のえひはとふやらにくふない物 お上にも今時分ゟお

からうすの最中 我にも一うすめん上申そと たはふれよればコレ/\/\ お姫さま

のお身の上一大事が有る ゆだんする所でないがと ねごとにびつくり遥(はるか)

にとびのき ヤアラ心得ず すべてねこどくいふ物は 己が心に思ふ事 なす事

いふと聞及ぶ 一大事とは心えなし 返して聞んときつさふかへ ヤイ女房 姫

君のお身のうへ ゆだんすなとはなんの事 一大事のこといへきかんと

とがめて見れば 成程 今いふはみなねごと 本性ではいはれぬ事 此

 

 

87

家のるすもり 車戸次夫婦はわしが親 五つの年からそだてられ だい

恩受し身なれ共 あまりつれない欲心を見限り 家出をしてあづまに

くだり 縁でこそあれおまへと夫婦 其恩受た二親が 和田北条に

頼れ 今夜姫君うばふ筈 さま/\゛いけんも聞入ず 他言せまいとお

そろしいせいもん さもなくても親の事 子としていふは恩しらず 道を思ふて

うつゝの空言 わしやようね入でいまするぞ ムウ聞へた でかした 遖/\

汝が酒は鴻門(かうもん)にて樊(はん)将軍が沛公(はいかう)を たすけし酒の忠義にまさり

 

我為には神の告 イデ車戸次夫婦を切さいなみ 此世のいとまをとらせ

んと 勢ひこんでかけ行をおき上つて裾にとり付 悪人とはいひながら

義理有親の大事をもらし 天道いかでゆるし給はん我からさきへと夫の刀

ぬきとる所をしつかと押へ ヤアうろたへたか女房 汝がいふたは皆ねごと うつゝ

て我はいはふがな それでも眼前コリヤ 夢じやないか 夢のさめやうまだ

はやい まそつとねよとつきとばし 又かけ行を猶とり付き わしが為に親な

れば おまへの為にも舅姑 了簡付て給はれとすがればさすがすゝみ

 

 

86

かね よし/\さ程に思ふばら 今見た夢の夢合せ ねふりさまさすし

あん有 我につげと諸共に 引つれ立て一間成る紅葉の亭へとかけり

ゆく 八声の鳥のねも過て 車戸次が妻は奥の首尾 まんまと仕負(しおふせ)

夫をば よび出す合図の声しはぶき それとさとつてくるを待かね これ

為氏がね入し内 姫をひとかにそびき出し筁(おひ)へ押込め 次の間に出して

有る 和田へやる気か北条へか こなたの心を聞た上こつちにもしあん有りと

相談の内えがらはやがて 筁をひらき姫君と 女房綱手と入かへて 姫

 

君引つれ入にける とはしらずして車戸次は間に合 とかくぬすみ出して

の事 人音に気をつけよと さし足してぞ忍びゆく 女房跡に目を

きかし 松吹風も虫のねも 若(もし)やと心くはる内 車戸次は姫と娘とを

入かへ有事夢にもしらず 筁をせおふてかけ来り サアしてやつた是からが

めい/\出世の仕かちぞと かけ出んとする所を 女房やがて筁に手をかけ

コレ親仁殿 和田殿の御家来は西在所に待ての筈 道が違ふたこつ

ちへと 引とむればふりはなし そげめやい 己にほつとあき果 是をついでの

 

 

89

あづまくだり 北条殿へ渡さにやならぬ じやまひろぐとなじみのどう

ぼね ふみ折てくれんずと いひ捨行をしつかととらへ ヲおりや又姫を

和田へ渡し独(ひとり)出世のたねにする こつちへおこしやと引戻す シヤ ひつき

れめあぢやると かけ出せば引戻す 戻せばかけ出し両方が がまん外道と

欲心魔王 猛虎の皮をあらそひしためしもかくやと 浅ましし 女の

強欲つもりてや重荷せおひし親仁をば 尻いにどうど引しゅれば にくしと

車戸次はおきさまに すらりとぬいたるだんびら物 コレ待てとひつはづし

 

筁を楯に身をかくす まつ二つにとおよびごし とび上て切付れば女はの

がれ中にたつ 筁を二つに切わつたり 中にあへなや綱手がておひ ヤこりや娘

じや 姫ではないとうろたへまはる其内に 平太は姫君いざなふてえんさきに

おどり出 ヤアおのれらが工(たくみ)を聞 姫君と入かへ置しをしらざるか いんぐはの程を

思ひしれとハツタトねめ付 サア女房 最前いひしは爰の事 さいごの夢をさ

ませよと いふ声涙手おひも涙 ナフ浅ましや父うへ母さま 身内にたまる

欲心がしでの山にて剣となり せめさいなまれ給はん事 今見るやうで

 

 

90

いとしきぞや 是より心を改て仏の縁をむすんでたべ 名残おしいは我

つま うらやましいは姫君様 おまへはめでたふ御祝言 我は恋しいおつとに

別れ めいどへ嫁入致します 是も何故二親の むごい心で/\と恨み

涙のないじやくり 姫はかんしさせんかたも 涙と共に手を合 なんにもい

はぬコレ綱手 そなた衆夫婦は氏神共 我為のむすぶの神 かみもほとけも

世にあらば 此なんすくひ給はれと わつとさけばせ給ふにぞ 平太は猶もなみだに

くれ 姫君のお詞を名僧ちしきのいんどうと 思ふて未来成仏せよ

 

名残は互につきせぬと 思ひ切てもきれやらぬ心ぞ 思ひやられ

たり あはれをしらぬ車戸次夫婦 しほれし顔もむなざん用 コレばゞ

手もつくふた腹いせに そなたも注進おれも注進 合点か がてんと

うなづき合 立上てかけ出す所に 思ひもよらぬ後(うしろ)の方 東西ゟ

くる矢先 車戸次夫婦がせぼねにはつしり うんとのつけにかへるも天めい たゞ

一矢にていきたへたり 姫君えがらはコハいかに 何人成ぞと一間を明れば 御あるじ

為氏卿いくはんたゝ敷立給へば こなたの一間の浪人は 忝も右大臣源の

 

 

91

実朝卿 四海に秀(ひいで)し御顏色 姫もえがらもびつくりし 御大将の御機嫌

をいかゞと案じしほれ入る両卿一度にゆう/\と一間を〽出させ給ひつゝ

実朝ゆうびの御声にて 我にくしんの妹をえがらの平太にころされ

其又敵平太をば只今一矢に射とめあtり 和田北条が意論すむ迄 我は

見ぬふりしらぬふりと 仰に人々為氏も安堵の思ひ喜悦のまゆ 心の

礼に腰おれの 歌の聖も尊敬有 重て大将御声もさはやかに イタニ

為氏卿 我撰集に入らん為 姿をやつし此家に来り 下の七文字にさし

 

つまり 工夫をこらす所に 今綱手がかなしみを見て 綱手かなしもといふ

七文字がうかんだり 和歌の道に叶ひなば百首にくはへ給はれと仰に

為氏御手を打 扨は鎌倉の右大臣にてましますな 詠(よみ)かけの其

歌は 世の中はつねにもがもな渚こぐ あまのお舟の綱手かなしも ホヲゝ是

は誠当意即妙 面白きといふ心を以て無常に通し 則綱dフェがよき

追善 九十九人に此一首 合て百首百人首 我願望も成就と 悦び

給へば今はの綱手 ナフ有がたや冥加なや 右大臣家の御歌に我名を

 

 

92

もつて一首となし 末世に残す御供養 つねにもがもなこぐふねは

常(じやう)じゆつくはうのくせいのふね 乗おくれじと出るいき斗 我つまさら

ばとあへなくも夢の夢とそきへにける わつとなき出す姫

よりもなかぬ顔してかきいだく 夫の心はよみと歌赤人ならぬ

為氏も むざんや此世を猿丸(さるまる)の 紅葉ふみわけなくしかと

詠しも夫をしたふ歌天地ぢとうの大将も 親に孝行てん

なふじゆ未来は上品上生(じやうぼんじやうしやう)と貴賤ほつしのわかちなく えかう

 

をなしてほの/\と小倉の 山のあさぎりに 都をたつてあづま

ぢやかまくらやまに花さかす和歌の 名人達人は此大将の事なりき