仮想空間

趣味の変体仮名

和田合戦女舞靏 第二

 

読んだ本 https://archive.waseda.jp/archive/index.html

      浄瑠璃本データベース   ニ10-01960

 

22

  第二

人は神のとくにしたはひ参集る靏岡(つるがおか)秋の半(なかば)の中五日れいねん

かあhらぬ放生会 社内に鷺をはなしかけ鳩は勿論鳶雀 羽をのす

国のまつり事 四海泰平国ゆたか ごこくも実のるしるしには籠や杓子

の尼嚊(あまかゝ)ぐんしゅをなすぞにきはしき あきなひは世のうき草や 様々に

人の後生をあてにして 罪を荷(にな)ふてはなし鳥むごいかほをは見せまいと

そめきしぼありのほうかふり鶯声のやさかたに はなし鳥すゞめやすゞめ

 

やれきたり買(かう)たり/\ 鳩は八まんのつかはしめ 雀は親に孝行鳥 鳶は三遍

まひまする かはぬは大きな殺生人 じひはかみ様いらぬかと うきつけうりに

売あるく 同じ世におなじ事なら商売を かためて見たい土(つち)ざいく 子供

たらしのみやげ物是も同く顔かくし 一荷の箱にさす朸(おうこ) 通りをあてに

廻しかけ こりや誰が手車 お長殿の手車と たれがのじやい おれがのしや

たれがのじやいおれがのじや チヤござりませ早ふ/\ やつとこしやうめん

鳥井のかげ 荷をおろしてやすみしが 人はあひそとそばに立yほり

 

 

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コレ鳥や殿うれまするか 去年より参りも多(おふい)が めつたに小銭はな

さぬぞいの ヲゝテヤかなはぬ/\ 六文の雀を二文にしても じやけんなやつは

あちらむく 後生願ひは鳥売を鬼の様にぬかしをる からすをさぎとしや

へつても 喰けでなければうれぬぞや それいの おれも土に付まいと

思ひ 手車と出かけて見たが 銭のまはりはよけれ共 さしてむまい事も

ないぞいの ヤむまい次手(ついで)に此あたりに よい酒やはござらぬか ヒヤこりやあり

あさまはもちりかけるのか ハテまんなをしに よかろ おしへてやつて相伴(しやうばん)せふ

 

シテ入る物は有るか 荷箱の内に五合徳利 茶碗はさきでかつてこふ テモぬからぬ

の つい此坂のした頼(より)殿の社のまへに 坪井といふのうれんの印 その

となりに三井や どちらでなりと五合してこい おつとまかせと荷箱の徳利

口につかはるみますやへ 手車売はかいにゆく 両都をかねし若宮の別当阿闍

利のひさう弟子 善裁(ぜんさい)丸と聞へしは先将軍頼家公の妾(てかけ)腹出家

させんと幼少より御弟子となして十一さい お児(ちご)ざかりのふり袖や さと

なつかしくとりいのそと 小鳥かはんと出給へは同宿に僧立集 ねぎして

 

 

24

上んとしこなし顔 コリヤ/\鳥や 鳥めされんとお児の仰 コレへ参れのけんべい

も時の旦那とはい/\の はひつくばふて持出す 坊主共口々に雀なんぼ

鳩はいくら 鳶はこちらが豆腐の敵 鷺の長くび放してやらふ 随分まけて

ねをいへと いふもよい鳥かゝり口 物に成たと出次第に まづ雀は三四の十

二文鳩は八八六十四文 鷺は鯲(どしやう)をふむゆえに お足揃へて二百文 いづれ成共放鳥(はなしどり)

お召なされと売付る 坊主共あたまをかき 巾着銭ではかいにくい なんと鳥や 今

いふた鷺がふんた鯲はないか 又此鳥も放さずに いきたやつに生醤油 丸やき

 

ではなんぼする とを火にかけて羽たゝきさせ あたまから喰てみたいといふに鳥屋は

きよつとして アこなほん様達けうといわろ そんなむごい料理お寺ではなさ

れふが 在家では得致さぬ どうやら魔所へきたやうなと荷をかたづける

を善哉君 是々鳥や あれは皆わやく 御坊の内は不行義なと思ふてばし

たもんなとおとなしやかにいひなだめけふはわしも志 一弐羽はなし供養せん 其鳥

是へと有ければ もふとれるはと物工(だくみ) 一荷の鳥かご差出し 雀なりと鳩なりと

お好次第とかごの口 明て渡せし横着は皆売付るたくみ也 若君何の

 

 

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心も付ず あれか是かと差のぞき 手を入んとし給へば 口より飛出る五羽

七羽 是はと驚き給ふ内残らず雲井に 羽残して あんごがらすの坊主たち

うろたへあせりさはげ共 其かひもなくぜひもなく めいわく顔に若君はうち

涙くみおはします サアしてやつたと鳥売は そらさぬ顔で是は/\ 残らずお

買なされて忝い たいがい代物卅貫 やつていなして下さりませと ねだりかけ

たる悪者の 気をなためんと若君は 思はずも麁相して何程かきのとく

よきに了簡してたもと 仰をまたずコレ むまい事おつしやるな 雀斗も

 

百羽のうへ鳩から鷺から靏も四五羽了簡してとは エゝこりや待合せがごん

せぬの ハテないとあれば御諚目 身に着た物腰の物 はだかにして了簡せふ

きり/\ぬいでおこさあれと 物にする気の欲づらは ほうがぶり迄城あげの

しぼり出さんとつめよする 子心にも若君は無念といかむ目に角たて ヤイ

ばいにんめ 武士にむかつて裸にとは 慮外者めゆるさぬと 御はかせに手を懸(かけ)

給へば ヲ切てもらへば猶かねと したひよるを坊主達達へだてこりや鳥売

あなたは忝も先将軍頼家公のお子 世が世なれば天下の世継 ざう

 

 

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こんいふて後悔すなと口々いふ程付上り ヲゝ面白いそんなわろならなを

銭かねは自由な筈 みせ付け取ってくれふぞと腕まくり へだゝる同宿け

とばし/\ 立寄所を若君こたへずぬき打に てうど切たも小腕の肩先 ハツト

とびのく其内に サア大ごとゝ坊主達 若君かゝへにげ行は事かな笛のね

だり者 己がきめ一掴(つかみ)と大手をひろげ一さんに 跡をしたふておつかけ行 かゝる

さはぎの其中へ 手車売はふら/\と 茶碗かた手に徳利さげ サア鳥屋殿

かふてきた 手のわるいおくれてかと 尋廻つて ハアゝこりや待かねていなれた

 

そふな そんなわろじやと独り言 ふたりまへをば引うけてぐんぐといはして居る所へ 別当

あじやりは若君を ひつかゝへてかけ来り こりや/\若者は鳥売めがむたいをいひ

かけ 此児(ちご)の身の難儀 しばらくかげをかくしてくれ 其方男と見こんだと いふ

間に手ぬぐひ後へ廻し アゝやくたいもない事 男じやごんせぬこちやおなご 外

をお頼遊ばせと 尻込するをヤレ情ない此お子は 子細有てよし有御方 急な

場所じやすくふてくれと いへ共聞ず よしでもあしてもすゝきでも おからを

杖いやお頼み無用 ゆすし給へと荷を拵へ にげんとするをコリヤまてと 荷箱

 

 

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おさへてホヲゝ是くつきやうのかくし所 頼む/\とむりやりに かた荷へ若君おし

入れて蓋しつかりと預たぞ 必見捨てくれるなと いひさしあじやりは引かへす

アゝ是坊(ぼん)様 むたいな人じやしらぬぞや 箱のさいくが皆崩(くつれ)る のんださけも

身にならぬこうろたへ廻る其場所へ鳥売飛鳥のかけくる勢ひ 跡より寺僧は

棒ちぎり木ぶてよたゝけとわめく声お 手車売はきよろ/\と 徳利茶碗を

はなしもやらず 鳥や殿いきつきに まいらぬかとてさし出す wめんどうなと

足下にかけ ヤイおもほりめら 棒の先でもうこかしたらかたはしにけころすと

 

八方に眼をくばり ハレ合点のいかぬ たつた今老ぼれ坊主ががきめをかゝへ こつちへ

うせたが姿も見へず 脇へは行まい此あたりと 見廻/\荷箱に目をつけエゝ

聞へた 在家(ありか)は爰ぞとかけよる所を さすが男の手車売 かんづか掴ではつたと

けたをし すつくと立たる有さまは心地よかりし風情也 思ひがけなく鳥やはきよ

ろり 夢見たやうに思ひしが ムゝ扨は己がかくまふて隠し置たに極った さあ

渡せわたさぬと えだぼねけて/\けはなすと 飛かゝるをよせつけず コリヤ忝く

も此箱は 浦嶋殿より伝たる お手車の玉手箱 お児の命をふうじこめ

 

 

28

あじやりが頼んでおかれしを あかべつとせいならぬとは かけくる鳥やにしつかと

くむ シヤこざかしいとうは手になり 一ふりふつてはねたをせは ねながらけかへす

足車 手車売がこんかぎり 命限りと療法か死身に成てつかみ合 是ぞ

大和の躔連(かへはや:蹴速?)と 野見のすくねがあらそひし本朝すまひの初りも かくやと

思ふ斗也 見かけによらぬ手車がはれの早業向ふのかすみ 一はねはねて

くる所を膝車に取てなげ おきるをつかんたたぶさ髪 ぬけよと斗ひつすへて

ほつと一いきつきあへず 是々僧達 最前別当お預けの児入置しはそちらの

 

箱 御坊へいそいで戻してたべ はやう/\といふ間も待かね あぶない事とおしへの

かた荷 皆ひつかゝへ走り行 サア是からは気遣なしと した成相手をつきはなし

かた荷の箱を引だせば 同く鳥やがかけよつて 箱をのぞけば内に若君

ちやつとふたしてあたりを詠め 鳥や殿 いかひ御くらう いや御自分が 首尾

はよかつた むまい/\と おふこ通してさしになひ これや誰が手車 お大将の

手車 たれがのじやい おれかのじや こつちのものじやといさみたち 館を

さしてぞ〽立帰る 佞者が賢者のまぎれ物欲と悪とに絨(からま)れし

 

 

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藤沢入道安静(あんせい)は斎姫を預り参らせ 和田北条が確執の日々に募(つのる)を

松が谷(やつ) 己が館の奥御殿かしづく心に一物の工有こそ道ならぬお

とぎに付きし嬪はした 御用の透(すき)はおしきせの人ことましる色咄し なんと

うき世は思ふ様にならぬ物じやないかいの しんから底から為氏様にほれてござる

姫君を 北条殿や和田殿がかたい顔で女房争ひ あなたの為には大きな悪

魔 成る相談もならぬやう それ故か此間はぶら/\と恋煩ひ ひよんなこと

ではないかいの そりやお道理じや まだ其うへに取まぜて えがらの平太がお

 

姫様につけ文 しみしたゝるい文章返事にほつとあぐんでござる 誰がマアあた

ぶとい わしらがやうに不自由な身でも 女房子の有人に五尺の體のまん

中を 沢山そうに法界の 物にはさせぬとそしりあふ 折から来るはえがらか親

城(じやう)の九郎資国(すけくに) 昔さいくの堅作りめのと役の御病気見廻 しかみしかほをにこ

/\と 玄関よりすく通り ホゝけふはいとの機嫌がよいやら 女中方もいそ/\とにぎ

はしいよ 九郎めが参たと姫君へいふておくりやれ テモかたくろしい毎日のお見

廻に案内とは御遠慮ぶかい イヤ/\そうでおりない したしきに礼儀有 御主人と

 

 

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いひ殊には女義 すくに通るは無礼の至り 取次頼むとせちがふ声 もれてや

奥より斎姫 間のふすまをめつきりと一目に見ゆる御やつれ しめやかにたち

出給ひ 思はぬ人に思はれて思ふ恋路の叶はねば 我のみひとり身をこがしあす

をもしらぬ自を とひなぐさめんと老人の行(ゆく)日もくる日もうきくらう よし

にと斗打恨み すねさせ給ふぞいたはしき 資国眉にしはをよせ 思はぬ人に

おもはエゝ聞た 和田北条が事をお悔か アゝきな/\と埒もない そりや何をおつ

しやる それをくにしてござる故其御病気 お心にいらねば此ぢいめがとちへも

 

やりやしませぬ 誰成とすいた男をもたつしやれ どなたの御意でもこそがえん

づく いやなと思ふ夫婦縁は 打みしやがれふがむすはぬ物さ ガ又すきあふといふ

だんには各別 拙者が姪の板額女(はんがくぢよ)は 幼少にて二親にはなれみなし子と成たる

故 我娘同然にもりそだて成人してなりを見れば つらはさのみ見ぐるしうも

御さらねと 関相撲(せきすまふ)を見るやうな大女房 力の強(つよい)斗がとりへ それをさあお

聞なされ 鎌倉中にかくれもない美男 あさりの与市が恋女房 しかも

中がよくて当年十才に成市君とて 男の子迄もふけました コリヤこれ互に

 

 

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陰陽和合致したこと申物 おまへにも大分気に入た殿御を持せ 彼(かの)和合を

よくさせて 若君を見にやならぬもの なんのむりにいやな所へやりませふ

丈夫にじつと落ついてござりませと おかしみまぜてさからへず機嫌とる内

勝手より えがらの平太胤長(たねなが)殿 尼君よりの御使只今是へとしらすれば 何伜が

お使に参ったとたホゝ幸ゝ お気ばらしにわつさりと うき世咄のかる口でも いはせ

てお聞なされませ 私がお傍(そば)にいてはきうくつで咄が出来まい きゝや入道も

るすとやら奥へ参て帰りを待受(うけ) 年寄としは渡世咄し きのふ半分あて

 

付た だいばが悪の耳こすり ずつけりいふていやがらし妙薬一ふく用ひてや

ろと いひ捨一間へ入にけり 嬪共はさゝやき合 尼君のお使とはうそのかは また

あなたへなんのかのと つらににくい事ぬかすのじや有まいか それもしれまい との

道おあひなさるゝはいらぬ物御気色がわるいと平太めを勝手よりおひ

戻すが上分別 ナもふしお姫様と尋ればいや/\/\ 偽にもせよ母様の 御用と

あればそまつにならず たとへ平太が道ならぬ不義不届をいふとても 自がし

あんも有 みんなはなんにもかまやんな 爰へ通しやとの給ふ所へ 袴かた衣(きぬ)いため

 

 

32

つけ 御前かゝりの実体成顔に似合ぬいろごのみ したゝるめにて座敷へ

通れば いつよりいとゞ姫君は御詞もやさしげに 母様のお使とや 大義じや

つとちかふよりや 御口上か 但しお文でもきましたか イヤお使は御口上 さして

かはつた事でもなし 此度和田新左衛門 北条の嫡男江馬の太郎 両人より

お姫様を達ての所望 いづれも天下の大老なれば かたて打の了簡もなり

がたしと 尼君にもお心をいため給ひ とかく姫が心底次第 どちらへ成共いや

おふの御返事を 承て参れとの仰 ナお嬉しうござりませふ ア御果報なお方

 

では有はいの 方々からほれては沢山 行たい方へつゝとござれ サアかたつけて御返答

お聞せなされとじだらくまぜり 詞の角(かど)を聞ながし テモ何事かと思ひしに

けふこつなお使 わしや北条へも和田へもいや 左様ならはいづかたへ ハテどこへとはそなた

に大分 アノほれているとおつしやる事か それ程よふ知つていてなの尋にくる

事か有ぞいの とはいへわがみにや綱手といふ女房有 鎌倉ではそはれまい

自をつれ都へ立のきや どんなつらさもいとひはせぬ こつそりとふたりくらしたい

やいの/\としなだれて 手を取給へばふりはなし ハゝハ/\アてもしら/\しい 取かけて

 

 

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ごらふじてもめつたに深い所へまいらぬ コレ姫君 為氏殿に首だけ いきつい

てござるのをしるまいと思しめすか 我抔に此家をそびき出させ 道から

ついと都の方 恋し床しいため宇治殿と こつてりをやらふでの まあそふは得いたす

まい 嬪中も知ての通 いつぞやから千本程 進ぜた文の返事さへ 一度もなさ

れぬおまへしやないか それ共ほん/\のお心なら ちよつと手附の恋むすひ 後

とはいはせじ只今といたき付くをつきとばし ヤイ畜生め 和田北条が自を 妻にせん

とせり合さへ慮外と思ひ口おしきに 女房子を持ながら状文送りて不義を

 

いひかけ 剰(あまつさへ)今の雑言 とくより老中の耳にも入 うきめを見せる筈なれ共

親資国が忠義にめんじけふ迄胸をさすりしに重々の不忠者 そこ立て

行けがらはしいと声はしたなく走り寄 平太が顔を立げにけやり すかる

をけとばしにらみ付 以の外の御気色にて 一間に入らせ給ひければ つき/\は

口さがなく お使をわきにして迚も及ぬいろせんさく あての槌がほうへたへ

やつと参つたよいきみのと どつと笑ふて走り入る 平太は無念こつづいを

つらぬく斗の眼色にて エゝぜひもなや 不忠義とはいひながらかくつら

 

 

34

はぢをかゝされ 何めんぼくにながらへん とても死べき命なら恋こがれたる

斎姫 跡に残して外の人とはだ合させるもねたましし 和田北条も我

とても おはらぬ家来の望事 一念通さで置べきかと 独言(ひとりごと)して奥の

間へ うかゞひ〽行ぞふてきなる 程なく旦那お帰りと下部が呼はる声に

つれ 藤沢入道安静邪智とんよくの鵰眼(くまたかまなこ) 我家のけんへいのつさ

/\ 肩肘はつて立帰れば 嫡子四郎出向ひ ホゝ親人 未明よりの

御他行何方へお出 城の九郎も最前ゟ奥へ参て待退屈(たいくつ) ちよつと

 

おあひなされぬか ムゝ資国か参たは 毎日の病気見廻対面に及ず それに

つき其方にいひ聞せ置大事有 近ふ/\と小声になり 某兼て天下を

望 先将軍頼家のばか者をそゝり上 まんまとあほうに実(み)を入させ

つめ腹迄きらせしに 和田北条めか安穏では大望成就思ひもよらす

其節とつくと工夫をめぐらし どしいくさをさせんと思ひたはけ者の頼家が

拙者と偽 独(ひとり)の姫を両人成人の後妻にせよと 汝と某いひ入置しに

案のことく不和と成は工のほぞおち 爰にやるみをつけまいと けふも又早々ゟ

 

 

35

北条が館へ立越 かんにんのならぬやうに毒気を吹込み 其帰るさ和田へも

よつて同じもんたん 近日軍始るは必定 是両虎爭ふ時は一虎(いっこ)ついへに

のるといふ謀(はかりこと) 両人さへほろぼしたら実朝殺すは手間隙いらず ナ其時おと

とは天下の世継 跡先に気を付よといひふくむれば ハゝア遖(あつはれ)の御ちえ いか様

いやなばきやつめらふたり 手もぬらさずほろぼすとは どふでも親は親たけの

分別 天下の世継と成たらば 西海を庭へ取 ふじ山をつきやま 猟(かり)すなどりを

つねのたのしみ 是も親の分別のおかけぞと 山も見へざる高ぐゝり うなづき合て

 

居る折から 俄にさはぐ奥の騒動 嬪共声々に えがらの平太胤長 姫

君に不義いひかけ恋の叶はぬ遺趣ばらし 御首討て立のきしと

首なき死骸を戸板にのせ涙ながらにかき出れば 入道親子大きに騒

スハ一大事出来せり 此通御所への注進諸大名へ触(ふれ)しらせよ かけ付る武

士改て えがらが一家と有ならば門外より追かへせ 主を殺した者のるい

そく異議に及ばゝぶち殺せ 四方の門々かためよと 声をはかりによばゝつて

親子は奥へかけ入ば 家内の上下さはぎ立ことぢ(琴柱)よ熊手とひしめく

 

 

36

内 近道なりと裏門より 乗込武士は土肥の一族さゝ木の何某 ねん

い岩船小たまとう 皆我一にとかけ付て 上を下へと返しけりかくと聞より

あさりの与市下部にかゝせし女乗物 ほつ立/\ま一文字にかけ来り 門外に

どつかとおろし 十里にひらく大声にて えがらの平太胤長 斎姫をうち

奉行衛なく成たる由 徒党の者詮議の為 評定の役人あさり

の与市かけ付たり 早々門をひらかれよと大音声に呼はる声 聞とひとしく

入道が嫡子四郎清親(きよちか) 物見の一間におとり出 ヤアならぬ/\ 貴殿の内方板(はん)

 

額(がく)はえがらの平太と従弟(いとこ)どし 主殺しの一類竹鋸(のこぎり)の相伴人 館へ帰つて

待ていやれと さもにくさげになりわめく ヲゝ汝ら親子が性根にくるへ そふあ

らふと察せし故 目の前にて離別せん為 妻も共に召具たり

後日の為に見ておけと やがて乗物押ひらき 女房是へと呼出せは あいと

返事はなよ竹の樋(とひ)につまりに思ひにて 打しほれてぞ立出る 与市詞を

しつめ 先達て子細かたらんとは思ひしか共 館には将市若早十才の小心つき

別れを悲しむ不便さ 思ひはかつて様子もいはず 今聞く通り えからが親 城の

 

 

37

九郎は汝が伯父近き一家 それ恐るゝではなけれ共 評定の役義を蒙り 一

れつをはぶかれては武士道たゝず さつはりと縁を切 他人と成て平太が評

義 胸の鏡をみがく為 いとまをくれる女房 むごいとばし思ふなと いひ

聞すれば板額女 顔も上ずにしく/\と 道理にふくす血の涙ぜひ

なく/\も手をつかへ 役義に付いてのおいとまと 事をわけての仰をば無理

とはさら/\思はね共 かりそめならずとゝせに余り子なかなした夫婦間(あいだ)

さつはりと切る縁を まあひまやるとついかるふ まあといふじ(字)がのちぐすり

 

上は女御お后から下は内方裏嚊迄 夫にさられなんの其 まゝよと思ふは

若いとき 三十(みそ)もこしてか様と朝夕したふ子を持て あふぎの別れをする

心 ちつとゝやつとゝ思ひやり 了簡付ても見てたべと 泣しほるれば ヤア

未練千万 市若は我子そまつにせふか 常の性根に似合ぬくり言 早く

此場を立帰れ いとまの印となげ出す一腰 はつと斗に胸せまり ぜんご

ふかくに見へにける 物見の上より四郎清親 大口あひて高笑ひ ハアゝ

よい中のこいさかひ門前であぢやらるゝ どぶつの内義も大力と聞たに

 

 

38

ちがひいかいめろ/\ 其手で館へいらふとはいつかな/\ 内証のいひ合

むま/\くふ四郎ならずといはせも立ず ヤアえがらと他人に成たる某 ぜひ通

さずは此門一重 打破て通るか通さぬかと 勢ひこんでのゝしれば ヲゝ

やぶらるゝならやぶつて見よ 理ふじんに通るなら君へ対して狼藉者 ほん

ぎゃく人も同然 もの共来つて討てとれと よばゝる声に家来の大勢

我討とらんと待かけたり さすがの与市も狼藉と 上の聞へを憚つてさふ

なくも寄つかず とつせんかくやと身をもがき 館をにらみこぶしをにぎりせん

 

かたもなき有さまを 見るにたへかね妻のはんがく 爰ぞ夫へ奉公と 涙は

らふてすつくと立 さられた女房は三がいに家がなければ主もなし 誰に憚(はゞかり)

遠慮せん たとへ此門ばんじやくにてかためたり共 夫思ひの我念力 やはか

通さておくべきかと とびかゝつて門柱尺にあまるをひつかゝへえいや/\と

押程に スハ狼藉よやぶらすなと あまたの家来が柱に取付扉に

ひつ付 體を槌と押合たり 女も爰をやぶらずは夫も我も顔よごし

一世一度のはれわざと 惣身の力を両腕に柳の腰も古木となし

 

 

39

ゆすり立たる槻(けやき)門 四十五間の高塀もともにゆられてゆつさ/\ 瓦は

はら/\やねはふは/\ 不破のせきやの板びさし風にもまるゝ ごとくにて

くはうげんはきし四郎もあぐみ アゝ是々与市殿 御内方のわるあがき

足の下迄ゆきついてめがまひそふな 是のふちつとせいしてくだされ

見ぬふりはどうよくと 頼めどせんなくぜひもなく うんと一押こn

がう力 石ずへ土をほりかへし 門も塀も一時にめり/\ぐはたりひつしやりと

おしに打れて死ぬる人 コハかなはじとにぐる人 四郎も共に舌ぶるい 跡おそろしと

 

にげ入は 板額いそ/\いさみ付 是ぞ夫の機嫌なをし なんでもてからと

えもんつくろひ いざ心ようお通りあれ 道びらき致せしとじまんえ顔も

思ひの外 あたりの与市ハツタトねめ付 ヤアすいさんなる女め 門打破

て通るならおのれが力を頼むべきか 上へ対して狼藉の 共にふかくの

名をとらす働き ごんごどうだん不届き者と しかり付られがつくりと とふし

たらまた御機嫌に入事ぞいのとどふどふし(臥)なくより外の事ぞなき おり

ふし奥より使の役人 あさり殿へ 城の九郎殿おあひなされたきとの

 

 

40

義 はやお通りと聞より与市 ナニえがらが親 九郎が参つているとな

それぞよきせんぎの手がゝり 平太が行衛おさへて聞んと 白砂け

たて一さんに奥をさしてぞかけり行 板額はつと胸せまり資国

殿は自が伯父 姪聟の我つまといか成事か出来らんと 案じにさはく

折こそあれ 入道親子が下知として門を破(やぶり)し女めを たゝきふせていけどれと

熊手さすまた長柄を力 右往左往に追取まく シヤしほら敷青むし

めら 坊主にくめばけさいろく おのれら迄つらにくしと 取だとよるを右左 車返しに

 

取てなげ又くるふたりをひつ掴 一しめしむればあへなくも 此世の縁はきれに

ける まいてとらんとつくぼうの さすまたあひへくることぢ しつんて両手に

しつかと取 やらじと大勢取つくをあちらをゆすりこちらをふり 一ふりふつて

つきはなせば 将棊たをしにやり頤(おとかい) 打くだかれて死も有 惣がゝりにとかけ

よれば えたりと有合ふ門柱 車輪のごとくふり廻しはらり/\と〽なぎちらす

ナニかはもつてたまるへき 皆ちり/\ににげ行は 此次手に入道親子 首ひき

ぬかんとかけこむを ヤレしはらく板額と あたりの与市とんで出 汝か伯父の

 

 

41

資国 大老中の評定極り 切腹と仰渡され 則某がかいしゃく さいごの

別れをおしめよと いひかけられてハツト斗 とむねに涙打まじりしばしたゝずむ

折からに 城の九郎資国は子故に科を老の身の 浅黄上下白むくは めぢお

の旅のはれ出立 のべの草葉の露よりも はかなくきゆる命ぞと 思ひあ

きらめ座になをる あさりの与市腹切刀臺に置き 貴方子息平太と同

罪をのかれ 武士の数に入ての切腹 太刀取の某迄何程か大悦 心静に

御用意と相のふれば 御苦労/\ ゆかり有其元のお手にかゝり めいどこうせん

 

の道におもむくは老後の思ひで たゞ返す/\もめんぼくもなき伜が

せき悪 主君の姫君に不義いひかけ 御首討て立のきしとは人生(にんしやう)に

はづれし振舞 追付とらへられ御政法の竹鋸 心からとはいひながら

せつなき最期をとげおらふと 心にかゝるは是一つ 又二つにはあれ成板額女

おさなきとき見なし子と成たるを 伯父の役と某が手しほにかけて

そだて上 貴殿の方へ嫁入させ子迄なしたるかひもなく あかぬりべつ

のかなしみ さぞくやしかろほいなかろ 取わけえきなき女ちから 人のにくみも

 

 

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うけふるとそればつかりがふひんにござる ヤイ板額 おぢや夫の有内は

人も恐れてよけても通す かゝらふ嶋のなき身には見あなつゝてゆる

さぬぞ 必力を功にきな 十人力は百人の人数を以てたゝきふせ 千人

力は万人の軍勢もつて討てとり 弱(よはひ)にけがはないものぞ 人のもちひも

恐るゝも今迄とはちがふぞよ たんきに命を失ふなと 子にいひきかす

親よりも ふかき御恩の有かたく せきくる涙に声ふるひ 誤りましたいま

迄は いかひおせわに成ながらあひそらしい事もなう お心いさめる力わさ 今此

 

場所でお命をたすける力もあらばこそ 君のいくはうの一ひしぎ 叶ぬ物は

理法権 けんと法とに我命 かはりになして給はれと 人とき歎はおろか

/\ たとへ我子のわざならずと 和田北条の争ひをあづかり置た

某が 姫君失ひ何も以ていひわけせん たゞくやしきは此家のあるじ

入道ぴゃ子に一恨みいひ残したがざんねんと 奥を見やつてきばをかみ 剣

さか手に取よりはやく 左ほわきへざつくとつき立右へきりゝと引まはす

ハツト斗に板額が歎きと共にあさりの与一 くつふさせじと後へ廻り なむと一こと

 

 

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すゝめのかけ声 首はまへにぞ落にける 夫はしがいをおしかくしよそにあつかふ他人

むき つらき思ひに板額は伯父の敵は入道親子 目に物見せんとかけ行を ま

てととゞむる与一は忠義 上の聞へを憚つてとまるも礼儀うつも孝 二つの

道にふみ迷ひ 出ては戻り戻てはかひなき跡をながめやり おん有る人は東(とう)極

楽 むいじやつくはうの ふるさと人我はおつとに捨られて定なき世

の露しぐれ むせぶ思ひを思ひやり見れば見かはし なきかくし 出るもよし

や あしがきの隔る中の飛鳥川 水の ながれと人の身の行衛 定す別れゆく