仮想空間

趣味の変体仮名

源氏物語(二)帚木

読んだ本 https://dl.ndl.go.jp/pid/2567560

 

1

箒木

 

 

2(左頁)

光源氏名のみこと/\しういひけたれ給ふとが

おほかなるにいとゞかゝるすき事どもをすえ

の世にも聞つたへてかろびたる名をやなが

さんとしのび給ける。かくろへことをさへかたり

つたへけん。人の物いひさがなさよさるはいといたく

世をはゞかりまめだち給ける程に。なよび

かにおかしな事はなくてかたのゝ少将にはわら

はれ給ひけんかし。まだ中将などに物し

給ひし時はうちにのみさぶらひようし

給ひて。おほいどのにはたえ/\゛まかで給ふ。忍

のみだれやとうたはひ聞ゆることもありし

 

 

3

かどさしもあだめきめなれたるうちつれ

のすき/\゛しさなんどはこのましからぬ御本

上にてまれにあはながちにひきたがへこゝろ

づくしなる事を御心におぼしとゞむるくせ

なんあやにくにてさるまじき御ふるまひ

も打まじりける。なが雨はれまなき頃うち

の御物いみさしつゞきていとゞながいさふ

らひ給ふを。おほいどのにはおほつかなくうらめし

とおのしたれどよろづの御ようひなにくれ

とめづらしきさまにてうしいで給ひつゝ御

むすこの君達たゞ此御とのい所の宮づかへを

 

つとめ給ふ宮ばらの中将は中にしたしくなれ

聞え給ひて。あそびたはふれをも人よりは

心やすくなれ/\しくふるまひたり。右

のおとゞのいたはりかしつき給ふすみかは

此君もいと物うくしてすきがましきあだ

人なり。さとにても我かたのしつらひまば

ゆくして君のいでいりし給ふに打つれ聞え

給ひつゝよるひるがくもんをもあそびをも

もろともにしておさ/\たちをくれずいづ

くにてもまつはれきこえ給ふほどにをの

づからかしこまりもをかず。心の中におもふ

 

 

4

事をもかくしあへずなんむつれ聞え給ひ。かゝる

つれ/\とふりくらしてしめやかなるよひの

雨に殿上にもおさ/\人ずくなに御とのい

所もれいよりはのどやかなる心ちするに。おほ

となぶらちかくて文どもなどみ給ふちかき

みづしなるいろ/\のかみなる。ふみどもをひ

き出て中将わりなくゆかしかれば。さりぬへ

きすこしはみせんかたはなるべきもこそと

ゆるし給はねばそのうちとけてかたはらいた

しとおぼされんこそゆかしけれ。をしなげたる

おほかたのはかずならねどほど/\につけてかき

 

かはしつゝも見侍なん。をのかしうらめしき

おり/\まちがほならん夕ぐれなどのこそ

みどころはあらめとえんずればやん事なく

せらにかくしたまふべきなどはかやうに

おほぞうなるみづしなどにうちをきちらし

給ふべくもあらずふかくとりをき給ふべかめれば

これは二のまちのこゝろやすきなるべしかた

はしづら見るによくさま/\゛なるものども

こそ侍りけれとてこゝろあてにそれかかれかなんど

とふ中に。いひあつるもありもてはなれ

たる事をもおもひよせてうたがふもお

 

 

5

かしとおぼせどことずくなにてとかくまぎ

らはしつゝとりかくし給ひつ。そこにこそお

ほくつどへ給ふらめ。すこしみばやさてなん

このづしもこゝろよくひらくべきとの給へば

きこえ給ふついでに母のこれはしもとなん

つくまじきはかたくもあるかるとやう/\

なんみ給へしる。たゞうはばかりのなさけ

にてはしりがきおりふしのいらへ心へて

うちしなどはかりはずいぶんによろしき

もおほかりとみ給ふれどそもまことにその

 

かたをとりいでんえらびにかならずもるま

じきはいとかたしやわが心えたる事ばかりを

をのがじゝこゝろをやりて人ばおとしめ

かたはらいたきことおほかりおやなどた

ちそひもてあがめておひさきこもれるま

どのうちなるほどはたゞかたかどをきゝ

つたへてこゝろをうごかす事もあめり。かた

ちおかしくうちおほとき。わかやかにて

まぎるゝ事なきほどはかなきすさびをも

人まねに心をるゝ事もあるに。をのづから

ひとつゆへつけて、しいづることもありみる

 

 

6

人をくれたるかたをばいひかくしさて

ありぬべきかたをばつくろひてまねびいだ

すに。それしかあらじとてらにいかゞはをし

はかり思ひくたさんまことかとみもてゆく

に。みをとりせぬやうはなくなんあるべきと

うめきたるけしきもはづかしげなればいと

なべてはあらねど我もおぼしあはする事や

あらぬうちほゝえみてそのかたかどもなき

人はあらんやとの給へばいとさばかりならむ

あたりにはたれかはすかされより侍らん。とる

かたなく口おしきじゅはちいふなりとおぼゆ

 

はかりすぐれたるとはかずひとしくこそ侍らめ

人のしなたかく生れぬれば人にもてかし

づかれてかくるゝことおほくじねんに其へはひ

こよなかるべし中のしなになん人の心/\

をのがじゝのたてたるおもむきもみえて

わかるべき事かた/\゛おほかるべき。しものき

ざみといふきはになればことに見ゝたゝzy

かしとて。いとくまなげなるけしきなるも

ゆかしくて其しな/\゛やいかにいづれをみつ

の品にをきてかわくべきもとの品たかく生れ

ながら身はしるみ位みじかくて人げなき又

 

 

7

なを人の上達部などまて成のぼりたる

われはがほにて言えのうちをかざり人にをと

らじと思へる。そのけぢめをばいかゞわくべき

ととひ給ふ程にたのむまのかい藤式部丞御物

いみにこもらんとてまいれり。世のすきもの

にて物よくいひとをれるを中将まちとり

てこのしな/\゛をわきさまへさだめあらそふ

いと聞にくき事おほかり。なりのぼれども

もとよりさるべきすじならぬはよの人の

思へることもさはいへど程ことなり又もとは

やんごとなきすぢなれどよにふるたつ

 

ぎすくなく時世うつろひておぼえおとろへ

ぬれば心は心としてことたらずわろびたる

事どもいでくるわざなめればとり/\゛にこと

はりて中のしなにぞをくべき。ずりやう

といひて人のくにのことにかくづらひいとな

みてしなさだまりたる中にも又きざみ

きざみありて中の品のけしうはあらぬえり

いでつべきころほひなり。なま/\の上達部

よりも非参議の四位どものよおおぼえくい

おしからずもとのねざしいやしからぬが

やすらかに身をもてなしふるまひたる

 

 

8

いとかはらかなりや家のうちにたらぬ事

などはたなかめるまゝにはぶかすまばゆき

までもてかしづけるむすめなどのおとし

めがたくおひいづるもあまた有べし。みや

づかへにいでたちて思かけぬさいわひとりいづる

ためしどもおほかりかしなどいへばすべて

にきはくしきによるべきなんやとてわ

らひ給ふをこと人のいはんやうにこゝろえず

おほせらると中将にくむ。もとのしな時代の

おぼえうちあひ。やんごとなきあたりの

うち/\のもてなしけはひをくれたらん

 

はさらにもいはずなにをしてかくおひ出

けんといふかひなくおぼゆべし打あそひてす

ぐれたらんもことはり。これこそはさるべきことゝ

おぼえてめづらかなる事と心もおどろく

まじ。なにかしがをよぶねき程ならねばかみ

がかみはうちをき侍りぬ。さて世にありと人に

しられずさびしくあばれたらん葎のかど

に思ひの外にらうだけならん人のとぢられ

たらぬこそかふぃりなくめづらしくはおぼえ

め。いかではたかゝりけんと思ふよりたがへる

ことなんあやしく心とまるわざなり

 

 

9

ちゝの年おひ物むづかしげにふとりすぎ

せうとのかほにくへに思ひやりことなる

事なきねやの内にいといたく思ひあがり

はかなくしいでたることわざもゆへなからず

みえたらむかどにてもいかゝおもひのほか

におかしからざらんすぐれてきずなき

かたのえらびにこそをよばざらめ。さるかた

にてすてがたき物をばとて式部をみや

ればわがいもうとどものよろしききこえ

あるを思ての給ふにやとや心うらん物もいはず

いでや。かみのしると思ふにだにかたげなるよ

 

をと君はおぼすへし白き御そどのもなよゝか

なるになをしばかりをしどけなく。きなし

給ふて。ひもなども打すてゝ。そひふし給へる

御ほかけいとめでたく。女にてみ奉らまほし

この御ためにはkみがかみをえりいでても猶

あくまじくみえ給ふ。さま/\の人の上どもを

かたりあはせつゝおほかたのよにつけてみる

にはとがなきもわが物とうちたのむべきを

えらはんに。おほかる中にもえなん思ひさだ

むまじかりける。おのこのおほやけにつかう

まつりはか/\゛きよのかためとなるべきも

 

 

10

まことのうつはものとなるべきをとりいださん

にはかたかるべしかし。されどかしこしとて

もひよちふたり世の中をまつりごちしるべき

ならねば上は下にたすけられ下は上になび

きて事ひろきにゆづろふらん。せばき家の

内のあるじとすべき。人ひとりを思ひめぐら

すにたらはてあしかるべき人のすくなきを

すき/\゛しき心のすさびにて人のあり

さまをあまたみあはせんのこのみならねど

 

ひとへに思ひさだむべきよるべとすばあkりにお

なじくはわが力いりをしなをし引つく

ろふべき所なく心にかなふやもやとえり

そめつる人のさだまりがたきなるべし。かな

らずしもわが思ふにかなはねどみそめつる

契りばかりをすてがたく思とめる人はもの

まめやかなりとみえ。さてたもたるゝ女の

ためも心にくゝをしはかるゝなり。されど

なにか世の有さまをみ給へあつむるまゝに

心にをよばずいとゆかしき事もなしや。君

だちの上なき御えらびにはましていか

 

 

11

ばかりの人かはたぐひたまはん。かたちきた

なげなくわかやかなるほどのをのがじゝは

ちりもつかじと身をもてなし。ふみをかけ

どおほどかにことえりをし。すみつきほ

のかにこゝろもとなくおもはせつゝ。文さやか

にもみてしがなとすべなくまたせ。わづかなる

こえきくばかりいひよれど。いきのしたにひ

きいれ。ことずくなゝるがいとよくもてかくす

なりけり。なよびかに女しとみればま

りなさけに引こおめられてとりなぜばあだ

めく。これをはじめのなんとすべし。ことが

 

なかになのめなるまじき人の。うしろみの

かたは物のあはれしりsyぐしはかなきつ

いでのなさけあり。おかしきにすゝめる

かたなくてもよかるべしとみえたるに又

まめ/\しきすぢをたてゝみゝはさみが

ちにひざうなき家どうしのひとへにたち

とけたるうしろみばかりをしてあさゆふ

の出入につけてもおほやけわたくしの人の

たゝずまひよきあしきことのめにもみゝ

にもとまる有さまをうとき人にわざと

うちまねばんやは。りかくてみん人のきゝ

 

 

12

わき思ひしるべからんに。かたりもあはせばや

と。うちもえまれなみだもさしぐみ。もしは

あやなきおほやけはらだゝしく心ひと

つに思ひあまる事おほかるを。なにゝかはきか

せんと思へばうちそむかれて人しれぬ思いで

わらひもせられあはれともうちひとりどた

るゝになに事ぞなどあはさかにさし

あふきいたらんはいかゞはくちおしからぬたゝ

ひたぶるにこめきてやはらかならん人をと

かくひきつくろひてはなどかみざらん。心もと

なくともなをし所ある心ちすべしげに

 

さしむかひてみんほどはさてもらうたき

かたにゆるしみるべきをたちはあんれてはさるべ

き事をもいひやりおりふしにしいでん

わざのあだことにもまめことにもわが心

と思うる事なくふかきいたりなからんは

いとくちおしくたのもしげなきとかや。なを

くるしからむ。つねはすこしそば/\しく心

づきなき人のおりふしにつけていでばへ

するやうもありかしなんどくまなきもの

いひもさだめかねていたくうちなげく。いまは

たゞしなにもよらじかたちをばさらにも

 

 

13

いはずいと口おしくねぢけがましきおぼえ

だになくはたゞひとへにものまめやかにしづ

かあんる心のおもむきならんよるべをぞついの

たのみ所には思ひをくべかりける。あまりの

ゆへよし心ばせうちそへたゝんをばよろこび

に思ひ。すこしをくれたるかたあらんをもあな

がちにもとめくはけじ。うしろやすくのどけき

所だにつよくはうはべのなさけはをのづから

もてつけつべきわざをや。えんに物はぢして

恨いふべき事をもみしらぬさまに忍てうへは

つれなくみさほつくり心一つに思あまる時は

 

いはんかたなくすごきことのは哀なる歌を

よみをき。しのばるべきかたみをとゞめて。ふ

かき山ざと。世ばなれたる海つらなどにはひ

かくれぬかし。わらはに侍し時女房などの物

語よみしを聞て。いとあはれにかなしく心

ふかき事かなと涙をさへなんおとし侍し。今

思ふにはいとかる/\しくことさらひたる事

なり。心ざしふかゝらんおとこをもきてみる

めのまへにつらき事ありとも人の心をみし

らぬやうに。にげかくれて人をまどはし心を

みんとするほとにながき世の物思ひになる

 

 

14

いとあぢきなき事なり。心ふかしやなど

ほめたてられて哀すゝみぬればやがてあま

になりぬかし思たつ程はいと心すめるやう

にてよにかへりみすべくも思へらず。いであな

かなしかくはたおぼしなりにけるよなど

やうにあひしける人きとふらひひたすらに

うしとも思ひはなれぬおとこ聞つけて涙

おとせばつかう人ふるごたちなど君の御心は

哀なりける物をあたら御身をなどいふに

みづかrはいたいがみをかきさぐりてあへなく心

ぼそければうちひそみぬかししのぶれと涙

 

こほれぬればおり/\ごとにえねんじえず

くやしきこともおほかめるに。ほとけもなか/\

こゝろきたなしとみたまひつべし。にごり

にしめるほどよりもなまうかひにてはかへ

りてあしきみちにもたゝよひぬべくぞおぼ

ゆるたえぬすくせあさからで。あまにもなさ

でしづねとりたらんもやがておひそひてことあ

らんなおりもかゝらんきづみをもみすぐし

たらん中こそちぎりふかくあはれならめ

われも人もうしろめたく心をかれじやは又な

のめにうつろふかたあるん人をむらみてけし

 

 

15

きばみそむかんはたをこがましかりなん

心はうつろふかたありともみそめし心ざし

いとおしくおもはゞさるかたのよすがに思ひ

てもありぬべきにさるやうならんたぢろ

きにたえぬべきわざなりすべてよろづの

事なだらかにえんすべき事をばみし

れるさまにほのめかしうらむべからんふし

をもにくからずかすめなさばそれにつけて

あはれもまさりぬべしおほくはわが心もみる

人からおさまりもすべし。あまりむげに

うちゆるべみはなちたるも心やすくらうたき

 

やうなれどをのづからかろきかたにぞおぼえ

侍かしつながぬ舟のうきたるためしもげに

あやなしさは侍らぬかといへば中将うなづく

さしあたりておかしともあはれとも心に

いらぬ人のたのもしげなきうたがひあらん

こそ大事なるべけれ我こゝろあやまちなく

てみすぐさばさしなをしてもなどか見

ざらんとおぼえたれどそれさしもあらじ

ともかくもたがふべきふしあらんをのどやか

にみしのばんよりほかに。ます事あるまじ

かりけりといひて我いもうとの姫君は

 

 

16

このさだめにかなひ給へりと思へば君の

うちふりてこと葉まぜ給はぬをさう/\

しく心やましと思うむまのかみものさだめ

のはかせになりてひゞきいたり中将は

このことはり聞はてんと心にいれてあへし

らひい給へり。まづのことによそへておぼせ

きのみちのたくみのよろづの物を心にまか

せてつくりいだすもりんじのもてあそび

ものゝその物とあともさだまらぬは。そばつき

ざれはみたるもげにかうもしつべかりけりと

時につけつゝさまをかへていまめかしきにめ

 

うつりておかしきもあり大事としてま

ことにうるはしき人のでうとのかざりと

するさだまれるやうある物を。なんなくし

いづる事なをまことのものの上ずはさまこと

にみえわかれ侍又絵所に上手おほかれどすみ

がきにえらはれてつぎ/\にさらに。おとり

まさるけぢめふとしもみえわかれず。かゝれど

人の見をよばぬほうらいの山あら海のいかれる

いをのすがたからくにのはげしきけだ物

のかたちめにみえぬおにのかほなどのおどろ/\

しくつくりたるものは心にまかせてひと

 

 

17

きはおどろかしてじちにはにざらめど

さてありぬべし。よのつねの山のたゝずまひ

水のながれめにちかき人の家い有さまげに

とみえ。なつかしくやはらびたるかたなどを

しづかにかきまぜてすくよかならぬ山のけし

き。こぶかく世はなれてたゝみなしけぢかき

まがきのうちをばその心しらひ。をきてなど

をなん上ずはいといきほひことにわろ物は

をよばぬところおほかめるてをかきたるにも

ふかき事はなくてこゝかしこのてんながに

はしりがきそこはかとなくけしきばめるは

 

うちみるにかど/\しくけしきだちたれど

なをまことのすぢをこまやかにかきえたるは

うはべの筆きえてみゆれど今一たびとり

ならべて見れば猶しちになんよりける。はか

なき事だにかくこそ侍れまして人の心

のときにあたりてけしきばめらんみる

めのなさけをばえたのむまじく思給へて

侍。そのはじめの事すき/\゛しくとも申

侍らんとてちかくいよれば君もめさまし

給ふ中将いみじくしんじてつらづえをつき

てむかひい給へり。のりのしの世のことはり

 

 

18

とききかせん所の心ちするもかつはおかし

けれどかゝるついではをの/\のむつごともm

え忍びとゝめずななりける。はやうまだ

いと下らうに侍しとき哀と思ふ人侍き

聞えさせつるやうにかたちなどいとまほ

にも侍らざりしかばわかきほどのすき

心ちにはこの人をとまりにとも思ひとゞめ

侍らずよるべとは思ながらさう/\゛しくてと

かくまきれ侍しを物えんじをいたくし

侍しかば心づきなくいとかゝらでおいらかな

らましかばと思つゝあまりいとゆるしなく

 

うたがひ侍しもうるさくてかく数ならぬ身を

みもはなたでなどかくしも思ふらんと心

ぐるしきおり/\も侍て。しねんに心おさめ

らるゝやうになん侍し。この女のあるやう

もとより思いたらざりける事にもいかで

此人のためにはとなきてをいだしをくれたる

すぢの心をもなを口おしくはみえじと

思ひはげみつゝ。とにかくにつけて物まめや

かにうしろみ露にても心にたがふことは

なくもがなと思へりしほどにすゝめるかた

と思ひしかどとかくになびきてなよびゆき

 

 

19

見にくきかたちをも此人にみやうとまれん

とわりなく思ひつくろひ。うとき人にみえ

ばおもてぶせにや見えんとはゞかりはぢ

てみさほにもてつけてみなるゝまゝに心も

けしうはあらず侍しかどたゝこのにくきかた

ひとつなん心おさめず侍しそのかみ思侍し

やう。かうあながちにしたがひおぢたる人

なめりいかでこるばかりのわざしておどして

このかたもすこしよろしくもなりさがな

さもやめんと思てまことにうしなども思て

たえぬべきけしきならば。かばかり我にした

 

がふ心あんどは思こりなんと思給へてことさらに

なさけなくつれなきさまを見せてれいの

はらだちえんずるをかくおぞましくばい

みじき契ふかくともたえて又見しかぎり

と思はゞかくわりなきものうたがひはせよ

ゆくさきながくみえんとおもはゞつらき事

ありともねんじてなのめに思ひなりて

かゝる心だにうせなばいと哀となん思ふべき

人なみ/\にもなりすこしおとなびんに

そへて。またならぶ人なく有べきなど。かし

こくをしへたつるかなと思ひ給へてわれたけ

 

 

20

く。いひそし侍にすこし打わらひてよろ

づにみだてなくものげなきほどを見すぐし

て人かずなる世もやとまつかたはのどかに思

なされて心やましくもあらずつらき心を

忍びて思なをらんおりをみつけん。とし

月をかさねんあひなだのみはいとくるしく

なんあるべければかたみにそむきぬべききざ

みになんあるとねたげにいふ時にはらだゝ

しくなりてにくげなる事どもをいひは

げまし侍に母もえおさめぬすぢにてを

よびひとつをひきよせてくひて侍しを

 

おどろ/\しくかこちてかゝるきずさへつき

ぬればいよ/\まじらひをすべきにもあらず

はづかしめ給るつかさ位いとゞしくなにゝ

つけてかは人めかん世をそむきぬべき身な

めりなんどいひおどしてさらばけふこそいか

ぎりなめれとこのをよびをかゞめてまか

でぬ

 手ををりてあひ見しことをかぞふれは

これひとるやは君がうきふしえ恨じなど

いひ侍ればさすがにうちなきて

 うきふしを心ひとつにかぞへきてこや君

 

 

21

かてをわかるべきおりあんどいひしろひ侍し

かどまことにはかはるべきことゝも思ひ給へずな

がら。ひごろふるまでせうそこもつかはさず

あくがれまかりありくに。りんじのまつり

のてうがくに夜ふけていみじうみぞれふる

夜これかれまかり。あがるゝ所にて思ひめぐ

らせばなを家ぢとおもはんかたはまたな

かりけり内わたりのたびねもすさまし

かるべく。けしきばめるあたりはそゞろさむ

くやと思給へられしかばいかゞ思へるとけし

きもみがてら雪をうちはらひつゝなま人

 

わろくつめくはるれとさりともこよひ日頃

の恨はとけなんと思ふ給へしに。火ほのかに

かべにそむけなべたるきぬどものあつこえ

たるおほいなるこにうちかけてひきあくべき

物のかたびらなどうちあげてこよひばかり

やとまちけるさまなりさればよと心おご

りするにさうじ身はなしさるべき女房

どもばかりとまりておやの家にこのよさり

なんわたりぬるとこたへ侍りはんなるう

たもよまずけしきばめるせうそこもせで

いとひたやごもりになさけなかりしかば

 

 

22

あへなき心ちしてさがなくゆるしなか

りしも我をうとみねと思ふかたの心や有

けんとさしもみ給へざりし事なれど心

やましきまゝに思ひ侍しにさるべき物

つねによりも心とゞめたる色あひ。しざま

いとあらまほしくてさすがにわがみすて

てむ後をさへなん思やりうしろみたりし

さりともたえて思はなつやうはあらじ

と思給へてとかくいひ侍しをそむきもせ

ずたづねまどはさんともかくれしのびずかく

やかしからずいらへつゝ。たゞありし心ながらは

 

えなん見すぐすまじきあらためてのどか

に思ならばなむ。あひみるべきなどいひしを

さりともと思ひはなれじと思給へしかど

しばしこらさんの心にてしかあらためん

ともいはずいたくつなひきてみせしあひ

だにいといたく思ひなげきてはかなくなり

侍りにしかばたはふれにくゝなんおぼえ侍し

ひとへに打たのみたらんかたはさばかりにて

ありぬべくなん思ひ給へいでらるゝはかなき

あだ事をもまことの大事をもいひあはせ

たるに。かひなからずたつた姫といはんにも

 

 

23

つきなからずたなばたのてにもおとるまじ

くそのかたもぐしてうるさくなん侍しとて

いと哀と思ひいでたり中将たなばたの

たちぬふかたをのどめてながき契りにぞあへ

まし。げにそのたつたびめのにしきには

又しくものあらじはかなき花紅葉といふ

もおりふしの色あひつきなくはか/\゛しからぬは

露のはへなくきえぬるわざなりさあるに

よりかたき世とはさだめかねたるぞやといひ

はやし給ふ さておなじころまかりかよひし

ところは人もたちまさり志ばせまことに故

 

ありとみえぬべく。うちよみはしりかきかい

ひくつまをとてつきくちつきみなたど/\

しからずみきゝわたり侍きみるめもことも

なく侍しかば。このさがなものをうちとけたる

かたにて。とき/\゛かくろへみ侍しほどはいと

こよなくこゝろとまり侍きこの人うせて

後いかゞはをんあはれながらもすぎぬるはかひ

なくてしば/\まかりなるゝにはすこしま

ばゆくえんにこのましきことはめにつかぬ

所あるにうちたのむべくはみえずかれ/\゛に

のみみせ侍ほどに忍びて心かよはせる人

 

 

24

ぞ有けらし神な月のころほひ月おもし

ろかりし夜内よりまかで侍にあるうへ人

きあひてこの車にあひのりて侍れば

大納言の家にまかりとまらんとするに此

人いふやう。今夜人まつらんやとなんあやし

く心ぐるしきとて。この女の家はたよぎぬみ

ちなりければあれたるくづより池の水

かげみえて月だにやどるすみかをすぎんも

さすがにており侍ぬかし。もとよりさる心を

かはせるにやありけん。此おとこいたくすゞ

ろきてかとちかきらうのすのこだつ物にしり

 

かけてとばかり月をみる菊いとおもしろく

うつろひわたりて風にきほへる紅葉のみだれ

など哀とげにみえたりふところなりける

笛とりいでゝ吹ならしかげもよしなど

つぐ。しりうたふ程によくなるわごんをしら

べとゝのへたりける。うるはしくかきあはせ

たりし程。けしうはあらずかし。りちのしらべは

女の物やはらかにかきならしてすのうちよ

り聞えたるもいまめきたる物のこえなれば

きよくすめる月になりつきなからず。おとこ

いたくめでゝすのもとにあゆみきて庭の

 

 

25

紅葉こそげにふみわけたるあともなけれ

などねたます菊をおりて

 ことの音もきくもえならぬ宿ながらつれ

なき人をひきやとめけるわろかめりなど

いひていまひとこえ聞はやすべき人のある

ときにもな。のこひ給ふそなといだくあされ

かくれば女声いたうつくろひて

 こがらしまふきあはすめる笛のねをひき

とゞむへきことの葉ぞなきとなまめきかはす

ににくゝなるをもしらでまたさうのことを

ばんしきでうにしらへていまめかしくかい

 

ひきたるつまをとかごなきにはあらねど

まばゆき心ちなんし侍し。たゞとき/\゛うち

かたらふ宮づかへ人なんどのあくまでざればみ

すぎたるはさてもみるがきりはおかしくも有り

ぬべし時/\゛にてもさる所にて忘ぬよすが

と思ふ給へんにはたのもしげなくさしす

ぐひたりと心をかれてそのよのことにこと

つけてこそまかりたえにしがこのふたつの

事を思ふ給へあはするにわかき時の心に

だになをさたうにもていでたる事はいと

あやしくたのもしげなくおぼえ侍りき

 

 

26

今よりのちはましてさのみなん思ふ給へ

らるべき御心のまゝに。おちぬべき萩

の露ひろはゞきえなんと見ゆる玉ざゝの

うへのあられなどのえんにあへかなるすき/\

しさのみこそおかしくおぼさるらめ今さり

ともなゝとせあまりがほとにおぼししり

侍なんなにがしがいやしきいさめにてすき

たはめらむ女に心をかせ給へあやまちして

みん人のためかたくなる名をもたてつべき

物なりといましむ。中将れいのうなづく君す

こしかたえみてさる事とはおぼすげかめり

 

いつかたにつけても人わろくはしたなかりたる

み物語かなとてうちわらひおはさうす中将

なにがしはしれものゝ物がたりをせんとていと

忍びてみそめたりし人のさても見つべかりし

けはひなりしかば。ながらふべき物としも思

給へさりしかどなれ行まゝに哀とおぼえし

かばたえ/\忘れぬものに思給へしを。さば

かりになればうちたのめるけしきもみえき

たのむにつけてはうらめしと思ふ事もあ

らんと心ながらおぼゆるおり/\も侍しを

みしらぬやうにてひさしきとだえをも。かう

 

 

27

玉さかなる人とも思たらずたゝ朝夕にもて

つれたらん有さまにみえて心ぐるしかりし

かば。たのめわたる事などもありきかし

おやもなくいと心ぼそげにてさらばこの人

こそいとことにふれて思へるけしきもらう

たげなりき。かうのどけきにをだしくて

ひさしくまがらざりしころ。このみ給ふる

わたりよりなさけなくうたてある事を

なん。さるたよりありてかすめいはせたり

ける後にこそ聞侍しがさるうきことやあらん

ともしらず。心には忘れずながらせうそこ

 

などもせでひさしく侍しにむげに思しほ

れて心ほそかりければおさなき物なども

ありしに思ひわづらひて。なでしこの花を

おりてをこせたりしとて涙ぐみたりさて

そのふみのことばゝととひ給へば。いさやこと

なる事もなかりきや

 山がつのかきほあるともおり/\にあはれは

かけよなでしこの露思ひいでしまゝに

まかりたりしかばれいのうらもなきもの

から。いともの思ひがほにてあれたる家のつゆ

しげきをながめてむしのねに。きほへる

 

 

28

けしきむかし物語めきておぼえ侍し

 さきまじる色はいづれとわかねども猶

とこ夏にしく物ぞなきやまとなでしこ

をばさしをきてまづちりをだにとおや

の心をとる

 うちはらふ袖も露けきとこ夏にあらし

吹そづ秋もきよけりとはかなげにいひなし

てまめ/\しくうらみたる様もみえず

なみだをもらしおとしてもいとはつかしく

つゝましげにまぎらはしかくしてつらき

をも思ひしりけりと見えんはわりなく

 

くるしき物と思たりしかば心やすくて又

とだえをき侍しほどに。あともなくこそ

かきけちてうせにしが。まだ世にあらばはか

なきよにぞさすらふらん哀と思ひしほど

に。わづらはしげに思ひまどはすけしきみえ

ましかばかくもあぐがらにざらまし。こよ

なきとだえをかずさるものに忘れしてな

がくみるやうも侍なまし。かのなでしこの

らうたく侍しかば。いかゞたづねんと思給ふるを

いまにえこそ聞つけ侍らね。これこその給つる

はかなきためしなめれ。つれなくてつらし

 

 

29

と思けるをもしらで哀たえざりしもやく

なきかた思ひばりけり。今やう/\わすれ

ゆくきはにかれはたえしも思ひはなれず

おり/\人やりならぬむねこがるゝゆふべも

あらんとおぼえ侍これなんえ。たもつまじく

たのもしげなきかたなりける。さればかのさ

がな物も思ひいであるかたにわすれがたけれど

さしあたりてみんにはわづらはしくよく

せすばあきたき事もありなんや。ことの

ねのすゝめりけんかと/\゛しさもすきたる

すみおをもかるべしこの心もとなきもうたがひ

 

そふべければいづれとついに思さだめずなり

ぬるこそ世中やたゝかくこそとり/\゛にくらべ

ぐるしかるべき。このさま/\゛のよきかぎりを

とりぐし。なんずへきくさばらひまぜぬ人は

いづこにかはあらん吉祥天女を思ひかけんと

すればほうけづきくすしからんこそ又わびし

かりぬべけれとて。みなわらひぬ式部が所にぞ

けしき有事はあらんすこしづゝかたり

申せとせめらる。しもがしもにはなでう事か

きこしめし所は侍らんといへど頭の君まめ

やかにをそしとせめ給へばなに事をとり

 

 

30

申さんと思ひめぐらすにまだ文章の生に

侍しときかしこき女のためしをなんみ給べし

かの右馬頭の申給へるやうにおほやけ事

をもいひあはせ。わたくしざまの世にすまふ

べき心をきて思ひめぐらさんかたもいたり

ふかくさえのきはなま/\のはかせはづかし

く。すべてくちあかすべくなん侍らざりし

それをあるはかせのもとにがくもんなとし

侍とてまかりかよひし程にあるじのむすめ

どもおほかりと聞給へてはかなきついでに

いひよりて侍しを。おやきゝつけてさかづき

 

もて出てわがふたつのみちうたふをきけと

なん聞えごち侍しかど。おさ/\うちとけても

まからずかのおやの心をはゞかりてさすがに

かゝづらひガベルしほどにいと哀に思ひうしろみ

ねざめのかたらひにも身のさみつきおほやけ

につかうまつるべきみち/\しきことをを

しへていときよげにせうそこ文にもかんなと

いふものかきまぜず。むべ/\しくいひまはし

侍にをのづからえまかりたえでその物を

師としてなんわづかなるこしおれぶみつくる

事などならひ侍しかば。いまにそのおんは

 

 

31

忘れ侍らねどなつかしきさいしとうち

たのまんに。むさいの人なまわろならんふる

まひなどみえんにはづかしくなんみえ

侍しまいて君だちの御ためはか/\゛しく

したゝかなる御うしろみは。何にかはをさせ

給はん。はかなし口おしとかつ見つゝもたゞ

わが心につきすくせのひくかた侍めれはおのこ

しもなん。しさいなき物は侍めると申せば

のこりをいはせんとてさて/\おかしかり

ける女かなとすかい給ふを。心はえながらはなの

あたりをこづきてかたりなすさていと久しく

 

まがらさりしに物のたよりにたちよりて

侍れば。つねのうちとけいたるかたには侍らで

心やましきものごしにてなんあひて侍

りし。ふすふるにやとおこがましくも又よき

ふしなりとも思給ふるにこのさかし人はた

かる/\しき物えんじすべきにもあらず

世のだうりを思とりて恨ざりけり。声も

はやりかにていふやう。月ころふびやうおも

きにたへかねてこくねちのさうやうをぶくし

て。いとくさきによりなんえたいめんたま

はらぬまのあたりならずともさるべからん

 

 

32

さうしらはうけ給はらんといと哀にむべ/\

しくいひ侍り。いらへに何とかはたゞうけ給はりぬ

とてたち出侍に。さう/\しくやおぼえけん。この

香うせなん時にたちより給へとたかやかに

いふを聞すぐさんもいとおししばしたち

やすらふべきに。はた侍らねばけにその匂ひ

さへはなやかにたちそへるもすべなくてにげ

めをつかひて

式部 さゝがにのふるまひしるき夕暮に日るま

すぐせといふがあやなさいかなることづけぞや

といひもはてず。はしりいで侍ぬるにをひて

 

女 あふ事の夜をしへだてぬ中ならばひるまも

なにかまばゆからましさすがにくちとく

などは侍りきとしづ/\と申せば君だちあさ

ましとおもひて空事とてわらひ給。いづ

このさり女が有べきおいらかにおにとこそむ

かひいたらめ。むくつけき事とつまはじきを

していはんかたなしと。式部をあばめにく

みて。すこしよろしからん事をせめ申せと

せめ給へど。これよりめつらしきことはさふらひ

なんやとて。をりすべて男も女もわろ物はわづ

かにしれるかたの事を残なく見せつく

 

 

33

さんと思へるこそおちおしけれ三史五経

みち/\しきかたをあきらかにさとりあか

さんこそあい行(ぎょう)なからめ。などかば女といはん

からによにある事のおほやけわたくしに

つけてむげにしらずいたらずしもあらん。わざ

とならひまねばねども。すこしもかどあらん

人の。みゝにもめにもとまること。しねんにおほ

かるべしさるまゝにはまんなをはしり

がきてさるまじき中の女ぶみに。なかばす

ぎてかきすくめたるあなうたてこの人の

たをやかならましかばとみえたり。志ちには

 

さしもおもはざらめど。をのづからこは/\゛しき

こえによみなされなどしつゝことさらひ

たり。これは上らうの中にもおほかる事ぞかし

うたよむと思へる人のやがてうたにまつはれ

おかしきふる事をもはじめよりとりこみ

つゝ。すぎましきおり/\よみかけたるこそ

ものしきこtなれ。かへしせねばなさけなし

えをざらん人ははしたなからんさるべきせい

えなど五月のせちにいそぎ参るあした。なに

のあやめも思ひしづめられぬに。えならぬねを

ひきかけ九日のえんにまづかたき詩の心を

 

 

34

思めぐらしいとまなきおりに。菊の露を

かこちよせなどやうのつきなきいとなみに

あはせ。さならでもをのづからげに後に思へば

おかしく哀にもあべかりける。ことのそのおり

につきなくめにもとまらぬなどををしはか

らずよみ出たる中/\心をくれて見ゆ。よろづ

のことになどかは。さてもとおぼゆるおりから

とき/\゛思わかぬはかりの心にては。よしばみ

なさけたゞざらんなん。めやすかるべきすべて

心にしれらん事をもしらずがほにもてない。

いはまほしからん事をもひとつふたつのふし?

 

すぐすべくなんあつかりけるといふにも君は人

ひとりの御有さまを心のうちに思ひつゞけ

給ふ。これにたらず又さしすぎたる事なく

物し語けるかなと有がたきにもいとゞむね

ふたがる。いづかたによりはつともなく。いて/\

はあやしき事どもに成てあかし給づ

からうしてけふは日のけしきもなをれり

かくのみこもりさふらひ給ふもおほい殿の御心

いとおしければまかで給へり。おほかたのけしき

人のけはひもけざやかにけだかくみだれたる

ましらす。猶これこそはかの人々のすて

 

 

35

がたくとりいでしまめ人にはたのまれぬべ

けれ。とおぼすものから。あまりうるはしき

御(み)有さまのとけかたくはづかしけにのみ思ひ

しづまり給へるをさう/\゛しくて中納言

の君中勢などやうのをしなべたらぬわか人

どもにたはふれごとなどの給ひつゝあつさに

みだれ給へる御ありさまをみるかひあり

と思ひ聞えたり。おとゞもわたり給てうち

とけ給へれば御几帳へだてゝおはしまし

て御物語きこえ給ふをあつきにとにがみ給へば

人々わらふ。あなかまとてけうそくにより

 

おはす。いとやすからなる御ふるまひなり

や。くらくなるほとにこよひなかがみうちより

はふたがりて侍りけりと聞ゆさかしれいは

いみ給ふかたなりけり。二条院にもおなじす

ぢにていづくにか。たがへんいとなやましきに

とておほとのこもれり。いとあしき事なり

とこれかれ聞ゆ。きのかみにてしたしくつかう

まつる人なか川のわたりなる家なんこの

ごろ水せきいれてすゞしきかげに侍と聞ゆ

いとよかなり。なやましきにうしながら

ひきいれつべからん所をとの給ふ忍び/\の

 

 

36

御かたたがへどころはあまた有ぬべけれど。ひ

さしく程へてわたり給へるにかたふたげて

ひきたがへ。ほかさまへとおぼさんはいとおし

きなるべし。きのかみにおほせ事給へばうけ

給ひながらしりぞきて。いよのかみの朝臣の家に

つゝしむ事侍て。女房なんまあkりうつれる

ころにてせばき所に侍れば。なめげなる事

や侍らんと。したになげくをきゝ給てその人

ぢかからんなぬれしかるべき。女とをきたび

ねはものおそろしきこゝちすべきを。たゞ

其几丁のうしろにとの給へばげによろしき

 

おまし所にもとて人はしらせやる。いとしの

びてことさらにこと/\しからぬ所をといど

ぎいで給へば。おとゞにも聞え給はず御とも

にもむつましきかふぃりしておはしましぬ

かみにはかにとわぶれど人もきゝいれず

しん殿のひんがしおもてはらひあけさせ

てかりそめの御しつらひしたり。水の心

ばへなどさるかたにおかしうしなしたり

い中家だつ柴がきして前栽など心とゞめ

てうへたり。風すゞしくてそこはかとなき

虫の声/\聞えほたるしげくとびまがひ

 

 

37

ておかしきほどなり。人/\わた殿よりい

でたる泉にのぞきいてさけのむ。あるじも

さかなもとむとこゆるぎのいそぎありく

ほど君はのごやかにながめ給てかの中の

品に取出ていひし。このなみならんかしと

おぼしいづ思ひあがれるけしきに聞

をき給へるに此西おもてにぞ人のけはひ

する。きぬのおとなひはら/\としてわかき

声どもにくからずさすがに忍びて物いひ

えわらひなどするけはひことさらびたり

 

かうしはあげたりけれどかみ心なしとむつ

かりておろしつれば火ともしたるすぎかげ

さうじのかみよりもりたるに。やをらより

給てみゆやとおぼせどひましなければ

しばし聞給ふにひをきもやにつどひいたる

なるべし。うちさゝめきいふ事どもを聞

給へば我御うへなるべし。いといたうまめだ

ちてまだきにやんごとなきよすがさだ

まり給へるこそさう/\゛しかめれ。されど

さるべきくまにはよくこそかくれありき

給なれなどいふにもおぼすことのみ心に

 

 

38

かゝり給へればまづむねつぶれてかやうの

ついでにも人のいひもらさんをきゝつけ

たらん時などおぼえ給ふことなる事な

ければきゝさし給ひつ。式部卿宮の姫君に

あさがほたてまつり給しうたなどをず

うじほゝゆがめてかたるもきこゆ。くつろぎ

がましくうたずじがちにもあるかなと

頼みをとりはしなんかしとおぼす。かみいで

きてとうろかけそへ火あかくかゝげるなどして

御くだ物ばかりまいれり。とばり帳もいかに

そはざるかたの。心もなくてはめざましき

 

あるじならんとの給へばなによけんともえ

うけ給はらずと申こまりてさふらふ。はし

つ方のおとましにかりなるやうにて。おほとの

ごもれば人々もしづまりぬ。あるじの子ども

おかしげにてあり。わらはなる殿上のほ

どに御覧じなれたるも有。いよのすけの

子も有。あまたある中にいとけはひあて

はかにて十二三ばかりなるもあり。いづれ

いづれなどとひ給にこれは故衛門のかみの

すえのこにて。いとかなしくし侍けるをおさ

なき程にをくれ侍てあねなる人のよすが

 

 

39

かくて侍なり。さえなどもつき侍ぬべく。け

しうは侍らぬを殿上なども思ふ給ひかけな

がらすが/\しうはえまじらひ侍らざめ

など申す。哀のことやこのあねぎみやまう

との後のおや。さなん侍ると申すににげな

きおやをもまうけやりけるかな。うへにも

きこしめしをきてみやづかへにいだした

てんと。やらしそうせしをいかになりにけん

といつぞやの給はせし世こそさだめなき

物なれど。いとおよすけの給ふ。ふいにかくて

物し侍なり世中といふ物さのみこそ今

 

もむかしもさだまりたる事侍らぬ。なか

にも女のくせはいとそかひたるなんあ

はれに侍などきこえさす。いよのすけはかし

づくやきみと思ふらんな。いかゞはわやくしの

しうとこそ思て侍めるをすき/\しきこと

となにがしよりはじめてうけひき侍らず

なんと申す。さりともまうとたちのつき/\゛

しくいまめきたらんにおろしたてんやは。

かのすけはいとよしありてけしきばめる

をや。などものがたりし給つゝいずかたにぞ

みなしもやにおろし侍ぬるをえやまかり

 

 

40

おりあへざらんときこゆ。えひすゝみてみな

人々すのこにふしつゝしづまりぬ。きみはとけ

てもねられ給はずいたづらぶしとおぼさるゝ

に御めさめて此北のざうしのあなたに人の

けはひするをこなたやかくいふ人のかくれたる

かたならん哀やと御心とゞめてやをらおき

て立聞給へば有さる子のこえにて物け給

はるいづくにおはしますぞとかれたる声の

おがしきにていへばこゝにそふしたるまら人は

ね給ひぬるかいかにちかゝらんと思ひづるを

されどけどをかりけりといふ。ねたりける声の

 

しどけなきいとよくにかよひたれはいもうとゝ

聞給ひつ。ひきしにぞおほとのごもりぬる

をとにきゝつる御有さまをみたてまつり

つる。げにこそめでたかりけれとみそかにいふ

火るならましかばのそきて見奉りて

ましとねふだけにいひてかほひきいれつる

こえす。ねたう心とゞめてとひきけかしと

あぢきなくおぼす。まろはこゝにね侍らんあな

くるしとて火かゝけなどすべし女君はたゞ

このさうじぐちすふぃかひたる程にぞふし

たるべき中将の君はいづくにぞ人け遠き心ち

 

 

41

して物おそろしといふなればなげしの

しもに人々ふしていらへするなり。しもにゆに

おりてたゞいま参らんと侍るといふ。みなしづ

まりぬるけはひなればかけがねを心みに

ひきあげ給へれば。あなたよりはさゝざり

けり。几帳をさうじぐちにはたてゝ火はほ

のくらきに見給へばからひつだつものどもを

をきたれば。みだれがはしきなるをわけいり

給てけはひしつる所にいり給へればたゞ

ひとりいとさゝやかにてふしたり。なまわづら

はしけれどうへなるきぬををしやるまで

 

もとめつるな人とおもへり。中将めしつればなん

人しれぬ思のしるしある心ちしてとの給ふ

を。ともかくも思わかれず物におそはるゝ心ち

してやとおぼゆれは。かほにきぬのさはりて

をとにもたてずうちつけにふかゝらぬ心の

ほどゝみ給ふらんことはりなれど年頃思ひ

わたる心のうちも聞えしらせんとてなん。か

かるおりをまちいでたるも。さらにあさくは

あらじと思ひなし給へと。いとかはらかにの

給ておにかみもあらたつまじきけはひな

れば。はしたなくこゝに人ともえのゝしらず

 

 

42

心ちはたわびしくあるまじき事と思へば

あさましく人たがへにこそ侍めれといふもいk

きのしたなり。きえまどへるけしきいと

心ぐるしくらうたげなればおかしと見給ふて

たがふべくもあらぬ心のしるべを思はずにも

おぼめい給ふかな、すきがましきさまには世に

みえ奉らじ。思ふ事すこし聞ゆべきぞと

ていとちいさやかなればかきいだきてさうし

のもといで給にぞ。もとめつる中将だつ人

きあひたるやゝとの給ふに。あやしくてさ

ぐりよりたるにぞ。いみじく匂ひみちてかほ

 

にもくゆりかゝる心ちするに思よりぬ。あさ

ましうこはいかなる事ぞと思まどはるれど

聞えんかたなしなみ/\の人ならばこそあ

らゝかにもひきかなぐらめ。それだに人のあま

たしらんはいかゞあらん。心もさはぎてしたひ

きたれどどうもなくておくなるおましに

入給ひぬ。さうじをひきたてゝあかつきに御む

かへに物せよとの給へば女は此人の思ふらん事

さへしらぬばかり。わりなきにながるゝまであ

せになりていとなやましげなるいとおし

けれどれいのいづくよりとうて給ことのはにか

 

 

43

あらんあはれしるばかりなさけ/\しくの

給つくすべかめれとなをいとあさましきに

うつゝともおぼえずこそ。数ならぬみながらも

おぼえいくたしける御心のほどもいかゞあさくは

思ひ給へざらん。いとかやうなるきはく。きいと

こそ侍なれとて。かくおしたち給へるをふかく

なさけなくう??しと思入たるさまもげにいと

おしく心はづかしきけはひなれば。その

きは/\をまだしらぬういことぞや。中/\をし

なべたるつらに思なし給へるなんうたてあり

ける。をのづから聞給やうもあらん。あながちなる

 

すき心はさらにならはぬをさるべきにやけに

かくあばめられ奉るもことはりなるこゝろ

まどひを。みづからもあやしきまでなんな

どまめだちてよるづにの給へどいとたくひ

なき御ありさまのいよ/\うちとけ聞らん

事わびしければ、すくよかに心つきなしとは

みえ奉るともさるかたのいふかひなきにて

すぐしてんと思てつれなくのみもてなし

たり。人からのたをやぎたるにつよき心をし

いてくはへたればなよ竹の心ちしてさすがに

おふべくもあらず。まことに心やましくて

 

 

44

あながちなる御心ばへをいふかたなしと思ひて

なくさまなどいとあはれなり。心ぐるしくは

あれとみざらましかばくちおしかゝましと

おぼす。なぐさめがたくうしと思へればなどかく

しもうとましき物にしもおぼすべき。覚え

なきさまなるしもこそ契りあるとは思ひ給

はめ。むげに世を思ひしらぬやうにおぼゝれ給ふ

なんいとつらきとうら見られていとかくうき

身のほどのさだまらぬありしながらの身にて

かゝる御心ばへをみましかば。あるまじきわが

たのみにて。みなをし給のちせもやとも

 

思ひ給へなぐさめましを。いとかうかりなるうき

ねのほとを思ひ侍るに。たぐひなく思ふ玉ね

まどはるゝなり。よし今は。みきとなかけそ

とて思へるさまげにいとことはりなり。をろか

ならずちきりなくさめ給事おほかるべし

とりもなきぬ。人々おきいでゝ。いといぎた

なかりけるよかな。御車ひき出よなどいふ

なり。かみもおきて女などの御方たかへこそ

夜ふかくいそかせ給べきかはなどいふ。君は

又かやうのついであらんこともいとかたしさし

はへては。いかてが御文などもかよはん事のわり

 

 

45

なきをおぼすにいとむねいたし。おくの中将

もいでゝくるしがれば。ゆるし給ても又ひき

とゞめ給ひつゝいかでか聞ゆべきよにしらぬ御

心のつらさもあはれあさからぬよの思ひ

いではさま/\゛めづらかなるべきためしかな。

とて打なき給ふ御けしきいとなまめき

たり。とりもしば/\なくに心あはたゝし

くて

 つれなさをうらみもはてぬしのゝめにとり

あへぬまでおどろかすらん女身のありさまを

思ふにいとつれなくまばゆき心ちしてめで

 

たき御もてなしもなにともおぼえず。つねは

いとすく/\しく心づきなしと思あなづる

いよのかたのみ思ひやられて夢には見ゆらんと

空おそろしくつゝまし

 みのうさをなげくにあかで明る夜はとりかさ

ねてぞねもなかれけることとあかくなればさうじ

ぐちまてをくり給ふ。うちもとも人さはがし

ければひきたてゝわかれ入給ふ程心ぼそくへだつ

るせきとみえたり。御なをしなどき給て南の

かうらんにしばしうちながめ給にしおもての

かうしそゝきあげて人々のぞくべかめる

 

 

46

すのこのなかの程にたてたるさうじのかみより

ほのかにみえ給へる御ありさまを身にしむ

ばかり思へるすき心どもあめり。月は有明にて

ひかりおさまるものから。かげさやかにみえて

なか/\おかしきあけぼのなり。何心なき空

のけしきも。たゞみる人からえんにもすごくも

みゆるなりけり。人しれぬ御心にはいとむね

いたくことつていれんよすがだになきをかへり

みがちにて出給ぬ。とのにかへり給てもとみ

にもまどろまれ給はず又あひみるべきかた

なきを。ましてかの人の思ふらん心のうちを

 

いかならんと心ぐるしく思やり給。すぐれたる事は

なけれどめやすくももてつけても有つる

中のしなかな。くまなくみあつめたる人のい

ひし事はげにとおぼしあはせられけり。此

程は大殿にのみおはします猶いとかきたえて

思ふらんことのいとおしく御心にかゝりてく

るしくおぼしわびてきのかみをめしたり。

かのありし中納言の子は。えさせてんや。らう

たげにみえしを。身ちかくつかう人にせん。うへ

にもわれ奉らんと。の給へばいとかしこきおほせ

事に侍なり。あねなる人にの給ひみんと申も

 

 

47

むねつぶれておぼせど。そのあね君は朝臣

おとうとやもたる。さも侍らずこの二とせばかり

ぞかくて物し侍れど。おやのをきてにた

がへりと思ひなげきて心ゆかぬやうになん

聞給ふる。哀のことやよろしく聞えし人

ぞかし。まことによしやとの給へば。けしうは

侍らざるべし。もてはなれてうと/\しう侍れば

よのたとひにてむつれ侍らずと申す。さて五

六日ありてこの子いてまいれり。こまやか

におかしとはなけれど。なまめきたるさまして

あて人と見えたり。めしいれていとなつかしく

 

かたらひ給ふわらは心ちにいとめでたくうれしと

思ふ。いもうとの君の事もくはしくとひ聞え

給ふ。さるべき事はいらへ聞えなどして。はづかしげ

にしづまりたれば。うちいでにくし。されどいと

よくいひしらせ給ふ。かゝる事こそとほの心うる

も思のほかなれど。おさなき心ちにふかくしも

たとらず。御文をもてきたれば女あさまし

きに涙もいできぬ。この子の思ふらんことも

はしたなくて。さすがに御文をおもはくしに

ひろげたりいとおほくて

 見し夢をあふ夜ありやとなげくまにめ

 

 

48

さへあはでぞころもへにけるぬる夜なければ

などめもをよばぬ御かきざまも。めもきりて

心得ぬすくせうちそへりける。身を思つゞけて

ふし給へり。又の日こ君をめしたればまいるとて

御返りこふ。かゝる御ふみみるべき人もなしと聞え

よとの給へば。打えみてたがふべくもの給はざりし

物を。いかゞさは申さんといふに。心やましく

のこりなくの給はせしらせてけるとおもふに

つらき事かぎりなし。いでをよすけたる事は

いはぬぞよき。さばなまいり給そとむつから

れて。めすにはいかでかとて参りぬ。きのかみ

 

すき心にこのまゝはゝのありさまをあた

らしき物に思ひて。ついせうしありけば

此子をもてかしづきて打てありく君めし

よせてきのふまちくらしをなをあひ思ふ

まじきなめりとえんじ給へば。かほうち

あかめていたり。いつらをの給に。しか/\と申すに

いふかひなのことやあさましとて又も給へり

あこはしらしな。其いよのおきなよりはさき

にみし人ぞされどたのもしげなくくびほ

ろしとてふつゝかなるうしろみまうけて

かくあなづり給ふなめり。さりともあこは

 

 

49

わが子にてをあれよ。かのたのもし人は行さき

みじかゝりなんとの給へば。さもや有けんいみじ

かりける事かなとおもへるを。おかしとおぼす

この子をまつはし給てうちにもいて参り

などし給ふわがみくしけ殿にの給てさうぞく

などもせさせまことにおやめきてあつかひ給ふ

御文いつねにあり。されどこのこもいとおさなし

心より外にちりもせば。かろ/\しき名さへ

とりそへん。身のおほえをいとつきなかるべく

思へば。めでたきことも我身からこそと思て

うちとけたる御いらへも聞えずほのかなりし

 

御けはひ有さまはげになべてにやいと思ひ

いで聞えぬにはあらねど。おかしきさまをみえ

奉りけり。君はおぼしをこたる時のまも

なく。心ぐるしくもこひしくもおぼしいづ。思へ

りしけしきなどのいとおしさもはるけん

かたなくおぼしわたる。かろ/\しくはひま

ぎれたちより給はんも。人めしげからん所に

は。びんなきふるまひやあらはれん。人のためも

いとおしくおぼしわづらふ。れいのうちに日

かずへ給ふころ。さるべきかたのいみまちいで

 

 

50

給て。にはかにまかで給ふまねして。道の程

よりおはしましたり。きのかみおどろきて

やり水のめいほくとかしこまりよろこぶ。こ

君はひるつかたよりかくなん思よれるとの

給ひちぎれり。明くれまつはしなかし給ひければ

こよひもまづめしいでたり。女もさる御せう

そこありけるに。おぼしたばかりつらんほどは

あさくしも思ひなされねど。さりとてうち

とけ人げなきありさまをみえ奉りても

あぢきなく。ゆめのやうにてすぎにしなげき

を又やくいへんと思みだれて。猶さてまちつけ

 

聞えさせん事のまばゆければ。こ君が出てい

ぬる程にいとけぢかければかたはらいた

なやましければ。しのみてうちたゝかせなども

せんに。ほどはなれてをとてわた殿に中将と

いひしがつぼねしたるかくれにうつろひぬ。さる

心ちして人とくしづめて御せうそこあれど

こ君はえたづねあはず。よろづの所もとめあ

りきて。わたどのにわけいりてからうじて

たどりきたり。いとあさましくつらしと

思て。いかにかひなしとおぼさんとなきぬばか

りいへば。かくけしからぬ心はつかう物か。おさなき

 

 

51

人のかゝる事いひつたふるはいみじういむなる

物をといひおどして。心ちなやましければ

人々さけず。をさへさせてなんと聞えさせよ

あやしとたれも/\思ふらんといひはなち

て。心のうちにはいとかくしなさだまりぬる身

のおぼえならですぎにしおやの御けはひ

とまれるふるさとながら。たまさかにもまち

つけ奉らばおかしくもやあらまし。しいて

思ひしらぬかほにみれつもいかにほどしらぬ

やうにおぼすらんと心ながらもむねいたく。さす

がに思ひみだる。とてもかくてもいまはいふ

 

かひなきすくせなりければむしんに心づき

なくtげやみなんと思はてたり。君はいかにた

ばかりなさんとまだおさなきをうしろめ

たくまちふし給へるに。ふようなるよしを

聞ゆればあさましくめづらかなりける心

の程を身もいとはづかしくこそあんりぬれと

いと/\おしき御けしきなり。とばかり物も

の給はずいたうそめきてうしとおぼしたり

 はゝき木の心をしらでそのはらのみちに

あやなくまどひぬるかな聞えんかたこそなけれ

との給へり。女もさすがにまどとまれざりけり。

 

 

52

 かずならぬふせやにおふる名のうさにある

にもあらずきゆるはゝき木。と聞えたり

小君いと/\おしさにねふたくもあらでまどひ

ありくを。人あやしとみるらんろわび給ふ。

れいの人々はいぎたなきに。ひと所すゞろにそ

ざましくおぼしつゞけらるれど人ににぬ

心ざまの。なをきえずたちのぼれりけるも

ねたく。かゝるにつけてこそ心もとあmれとかつは

おぼせいながら。めざましくつらければさはれと

おぼせど。さもえおぼしはつまじく。かくれ

たらんところだになをいていけとの給へど。

 

いとむつかしげにさしこめられて。人あまた侍

めれば。かしこげにと聞ゆ。いとおしと思へり。よし

あこだになすてそとの給ひて。御かたはらににせ

給へり。わかくなつかしき御ありさまをうれし

くめでたしと思ひたれば。つれなき人よりは

中/\あはれにおぼさるとぞ