仮想空間

趣味の変体仮名

和田合戦女舞靏 第五

読んだ本 https://archive.waseda.jp/archive/index.html

      浄瑠璃本データベース   ニ10-01960

 

92(左頁)

  第五

武備さかんなれば却て其身をほろぼすとかや 藤沢入道が毒

気をのみ込 和田北条がくはくしつけふをかきりの戦ひと 入乱れて

ぞ切むすぶ いまだ勝負もけつせぬ内 北条江馬の太郎義時

ひおどしの胴丸に星がぶとをいくびにきなし ゆう/\と立出れば

 

 

93

柴すそごの鎧を着し 和田新左衛門の尉常盛 まけじとすゝむ

敵味方 床几にかゝれば床几にかゝり よはみを見せぬ勇将猛将 今

ぞ手づめと軍勢も いきをとぢてぞひかへいる 北条義時詞を

やはらげ 和田殿にはしそつのついへをいとひ 勝負を一時にけつせんとの

望 尤さこそ有べき事 イザ天運に任せんお立あれとあひしらふ

ホヲゝいさぎよし面白し 御辺藤沢四郎と心を合せ 斎姫をめとらんと思ひ

付れしが家のめつぼう イヤそりや貴殿の事サ 入道がおかげをかふむり

 

我君の聟にならんとはのぶとし/\ 北条が有内思ひもよらず 和

田が有内ぞんぶんにさゝふかと 意地といぢとを立合ふきつさき きり

かくれば受ながし つけばひらき 打ばはらひ しゆれんをつくす互の妙

術 すでにあやうく見へける所にしばし/\と声かけて あさりの与市

義遠 えがらの平太に腰縄つけ 引立てかけ来り 戦ふ中をおしわけて

ヤレはやまるまい御両人 旁が望まるゝ斎姫は 是成平太にころ

され 今は此世になき御方 あらそひ勝やとてせんなき事 いそいで姫

 

 

94

君の敵首討て胸をはらし 双方陣を引れよと 天下のさはぎをかな

しみて えがらにさいごを極めさす 忠義の程ぞやるせなき 心をかんじ

和田北条 すゝみかねしをえがらの平太 いかる眼に涙をうかめ ヘエあさ

ましや御両人 三老職といはるゝ身が 斎姫の艶色にまよひ 一せん

に及ぶとは武名のけがれも思はずか 爭ふもとを失なはゞ 邪気執念

も有まじと いたはしながら姫君を討奉りし此平太 きざんで成共腹をい

て 両家の和ぼく頼入る 申事も是限り サア首取て給はれと 座をしむ

 

れば北条義時 ヲよいかくご サア常盛 汝ば執心かけし姫の敵 急いで平太が

首をとれ じぎに及ぬ我とれ とるぞよ とれよと詰かける あさりの与市

声をかけ えがらの平太を手に渡し御存分に致から 両人共姫君へ愛執残す

事なき様 精根を定て討給へと いふに義時打うなづき たとへ姫君此世に

有共 六道四生の迷ひ者 けしやうのものよナウ和田 おんでもない事一旦討

れし斎姫 若や都へ生れ出 為氏殿にそはゞそへ それこそゆうれい其時に

又島台持て出よ 此世の暇をとらするぞと づり上る太刀のかげコリヤまて

 

 

95

和田 与市が志の此科人 きつさき爭ふまんなかへ渡したからはふたつわり

首はそつちへ胴はこつちへ まんがちさせぬサア討と 平太が上帯しつかととる ヲゝ

軍場の血まつり 是御代やつと飛上り はつしと打て打落す かぶと斗が

地に落て 無事なからだを北条引のけ 和田が胸中あらはれたり 軍ぜひ

ひけとよばゝれは 和田も同じく声をかけ 姫に執心なきからは皆入道が

ざんげんよ 此常盛を亡ぼしてむほんする気といふことぞや 貴殿も我を亡し

て 天下をうばふといふたぞや 然らば先君頼家の 姫やらふとの上意も偽り

 

それよ/\と打とけし 両家のわぼくにあさりもいさみ 平太は元yほり姫の事 一埒

したる嬉しさは天へも上る心地なり かゝる所に思はすも一村しげる森の内より

耳をかきぬくかねたいこ 時をどつとぞ上にける スハ何者ぞと見る内に 藤沢

入道馬上にまたがり声はり上 ヤア/\それ成和田北条 耳をさらへてよつくきけ 銘々

がいせひ争ひにかまくらをさはがす条 実朝卿以の外の御期限いそぎ両人共

誅せよとの御意を受 某親子向ふたり 恥を思はゞ腹をきれ いかに/\とよば

はつたり シヤくにん夏の虫 火の中へよふきたと あたり北条和田えがら むきつれ

 

 

96

/\切かくれば 何かは以てたまるべき 一先ひけと森かげにどつとかへせばあま

さじと いきをつがせず追て行 かくとや鐘かつげたりけん あさりが女房板

額女 赤地の鎧に鉢巻しめ このむ所の大薙刀 めての小脇いんかいこんで

飛鳥のごとくかけ来り ゆんでをきつと見渡せば矢さけびの声天地にひゞ

き 戦ひなかばと見へにけり ヤレ嬉しやまだ軍はまつさいちう にくしと思ふ坊主

め親子くはんねんさしてやらふぞと かけ行向ふにかくし勢 鞠子品川足柄六浦四人

は名におふ古今の勇士 板額御前を討とれと 四方のゟ追取まく シヤいとしらしい貴殿

 

ばら 独(ひとり)の女に四人の お敵は腰がはるけれど 大きな形(なり)でいや共いはれず おなかへの

せる其かはり 此長刀へサアごんせと 指たる得物の大長刀 受つながしつ水車くるり

/\とふり廻し 爰に追つめかしこにおひ 火花をちらして戦ひしが ざんじの間

に四人の者一度にいきはたへにける 猶もむらがる軍勢を 一人宛はまどろしと 長刀

打捨大手をひろげ 多勢の中へ飛かゝる 女天狗の女郎坊鼻のひくいが難

斗 めよりも高くさし上て愛宕山のかはらけなげ はらり/\となげちらす 森の

内には和田北条 爰をさいごと切立でば あまたの軍勢皆ちり/\゛ 藤沢入道親

 

 

97

子の者 一先本国藤沢へ ひけや/\とげぢをなし 馬の鼻を立ならべ落行所を板額

女 待もうけしと物かげゟ飛でゝおづゝをしつかと取り一方車に引廻し 中に立たる女

の古木 入道いらつて声をかけ コリヤ/\四郎大刀とはいひなから高のしれた女むしや

鐙(あぶみ)にあをり打当/\ 一むちくれて乗出さば 女がからだを引さくかうでを両

方へ引ぬくか 二つに一つはしれた事 手綱弛(ゆるめ)て乗出せと げちに従ひかけだ

すを どつこい/\と引とゞめ アラしほらしのお指図や こなた衆ふたりのお首をば大盃に

ほりなをし 夫さりと中直し ざんざざつと渡せばよし さないとうきめこれ

 

見よと こんがうりきの力足 のり手もさすが馬上はえたり どろ/\/\と

のり出せはきり/\/\と引戻す こまは四足をふみかため 女は一足ふみしめ/\

大地をふみぬく其ひゞき 自身かみなり一どきに なり出すおともかく

やらんいらつて左の方 四郎が乗たる栗毛をば 尻いにどふど引す

ゆれば 馬はまへ立乗手さかさま おつると其まゝのりかはり一むちあ

つればさすがは名馬 すつくと立て高いなゝき なむ三宝と藤沢

入道 まつふたつにとぬきかざし 討てかゝればひらりとはづし 打物のうで

 

 

98

引つかみ 持なをす手もあらかねの くまでに引さけ引あくれば 落馬の

四郎はおき上り 親討せじと飛かゝるを 是も同く引つかみ くらのまへわに

押付て かたへはさし上かたへはかいこみ 藤沢入道親子の者 いけどつたりとよばゝり

の 声とひとしく和田北条 あさりえがらもかけ来り 是を夫婦の中なをし

機嫌なをし色直し けふの手柄の大将軍 やつはり其まゝ入道親子も其まゝ/\ 御前へ

引て我君の鏡にかけて天(あま)てらす 神の御国の仕置者 納る御代の印ぞと祝い さみ

立帰るげに 神国の道すぐに 源氏のすへは万歳めでたかり共中/\申斗はかなりける