仮想空間

趣味の変体仮名

忠義太平記大全 巻之八

 

読んだ本 https://www.nijl.ac.jp/ 忠義太平記大全


162(左頁)
忠義太平記大全巻之第八

 目録

盟約のもの共夜うちに出立事
 諸せい追手搦手よりやかたへ攻寄(せめよする)事
 辻番三人をいけどりをく事

一味のもの共やかたへせめ入る事
 遠松文六泉水へまろび入る事
 笠原十次郎がまなこ玉とび出る事


163
小森源八大にたゝかひ討死をとぐる事
 高松九郎尾花どのを落し申事
 伊東与市海辺にうちとらるゝ事

大岸瀬左衛門寝所さかす事
 近所の人々騒動の事
 一味の者共尾花どのをとりにがす事

尾花右門どの最期の事
 寺沢市左衛門こしを打をる事
 早鷹源六重手(をもて)をかうふる事

忠義太平記巻之第八

 盟約のものども夜うちに出立事
かれを知て。をのれをしるものは。百戦あやふからず。かれを
しらずして。をのれをしるおのは。一たびかち一たびまく。
かれをしらず。おのれをしらざるものは。たゝかふごとに。敗(はい)を
もつてすとは。これ孫子がことばなり。されば大岸由良之助は
かれを知りおのれをしつて。必勝の手だてをさだめ。義を
金石(せき)にたぐえ。いのちを鴻毛よりもかろんじて。尾花右門ど
のをうち。亡君のあだを報ぜんと。十二月十四日熟眠の時
時刻をかんがへ。うしみつのころ以上四十七人にて。尾花どのゝ
やかたにをしよする。まづその夜の出立には。いたがね入りの
くさりきごみを。おの/\下にちやくし。上にはわざと皮羽織


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かはづきんの下には。かぶとのはちをしこみ脚絆の下には
すねあてをし。味方のせいのあひじるしには。ねりのきぬを
短冊にきつて。面々の交名(けうめう)をかきしるしかたにて一方と
ぢつけて。下のかたはびら/\にし。白ぬのにてこしをひし。白
きねりのなすきをかけ。さかやきをそりたて。あさぎのもゝひ
きをそしたりける。かねてやくせしごとく。あひことばをさだめ
手やりをとびぐちにつくりなし。たか提灯をたてつらね。かけ
はしご三てう。をのまさかり。かけや槌手。きねとうをになわ
せ。やりのほさきへ水かごをかけ。大水かごには弓矢とうの
兵具を入れ。もつはら火けしとみせかけて。しづ/\とう
ちむかふ。そのいきほひ燦然として。たれかはこれにてき
すべき。神木。後原両人は。まへ/\よりも。つくり商人(あきんど)と

なり此屋かたへ出入りせしかば。かれら二人のものどもを
案内者とさだめたり。まづ追手おもて門へは。棟梁大岸
由良之介。片山源七兵衛。孫田奥太夫。富林祐右衛門。弓田六郎
左衛門。武森由七。勝山新兵衛。吉沢細右衛門。藤水早左衛門。八
十村嶋右衛門。神木与八郎。小寺小右衛門。弓嶋与茂七。早鷹源
六。野金岡右衛門。遠松文六。立川勘六 真(まこと)十三郎。細賀八左衛門
海辺太兵衛。松川喜平。宗野原右衛門。寺沢市左衛門。都合(つがう)二十
四人なり。からめ手のかたうら門へは。蓑貝十九郎。岩崎村助。
白埴(はに)延蔵。片谷一之助。普川香十郎。大岸渕左衛門。同じく力
弥。又田塩之助。百馬次郎兵衛。村木岡平。和野茅助。開屋清右
衛門。真古六。後原休助。市田仲左衛門。小寺千内。真儀兵衛。村次
三郎次。都合二十三人なり。をの/\三人づゝ一組にくみ合せ。ゆみ


165(挿絵)


166
やり長刀思ひ/\引さげてまづうらの門のかたすみに。尾花
どのゝ下人。辻番としていたりけるを。引出しておつとり
こめ三人を六人にしてとりまはし。我々は此辺にて。只今かたき
をうつものなり。かならずこえをあぐべからず。いのちはたすけ
得さすべし。もし違背して。いきの根をたつるやいな。もと
くびをうちはなすぞと。やがてからめていけどりをく。これはの
ちに。尾花どのをうちたらんに。見しれるものあらざれば。かれに
見わけさすべきがためなりけり。かの番の中間(げん)共は。たゞゆめの
こゝちして。たちまち死入るばかり。かしこまり候と。ふるひ
/\ぞいたりける。隣家のかたへも。由良之助つかひをもつ
て。印南野丹下家来のものども。亡君のあた尾花どのを
うつて。宿意を達し候間。御さはぎ下さるまじ。きとこと

はりける

 一味のもの共屋かたへせめ入る事
かくて盟約。四十七人のものどもは。あひ図のふえをふきた
つるやいな。東西の両門に。のぼりはしごをうちかけ。出火よ
とよばはるほどこそあれ。片山源七兵衛。海辺高兵衛。両方よ
りのぼり入り。けきゃをもつて。開(くわん)の木をうちはづし。門を
さつとひらきしかば。東西のよせ手ども。門より内へ。洪水の
つゝみをきるがごとく。一同にどつとをしこんだり。大岸由
良之助。玄関のまえhにはしりより。印南野丹下家来のもの
ども。主君のあたを報ぜんため。これまで推参いたしたり。
さしもかたきをもちながら。油断してふし給ふものかな。尾
花どのゝ御内(みうち)にて。譜代恩顧の人々。義を忘れる人あら


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ば。ふせぎたゝかひうちとめよ。出あはぬかとのばら。おくれたる
かうろたえたるかと。天もひゞけと大をんあげ。名のるやい
なや一味のものども。本屋の四方をひた/\と。とりまくとぞ
見えし。ぬきならべたるきつさきは。ほしのひかりにかゝやきて。尾
花が末のごとくなり。天にかけり地をくゞるとも。いづくへかの
がれつべき。網裏(もうり)のうをのごとくなり。尾花どのは。今日小
弐。大友の人々を。請待(しやうだい)し給ひしゆへ。夜ふくるまでの酒宴
にて。家来すえ/\゛にいたるまで。ことのほかにつかれはて。そ
のうへ酒にはえひしづみぬ。前後もしらずふしたれば。大にお
どろきさはぎ。やれ火事よと。おきあがるところに。いや/\
夜うちぞあやまちすなと。うへを下へと悶着し。かたなよ
やりよ長刀よ。われがのよ人のよと。あらそひつかみあふもあり。

帯が見えぬ/\と。着物にやう/\そてをとをして。くる
/\まふて居るもあり。こゝなる特鼻褌(ふどし)はたがぬすみ
しぞ。ぬすみし奴があひ手ぞと。あかはだかにてのゝしるもあ
り。たゝ雷霆(らいてい)の。おちかゝりたるごとくにて。こゝにうろつき
かしこにはしり。進退度をうしなふて。たれか出ぬかふもの
もなし。由良之助大をんあげ。をんなわらんべはいふにおよば
ず。たとひ男たりといふとも。手むかひせざるおの共には。かな
らずゆびをもさすべからず。手むかふものどもを。うちと
られよとぞ下知しける。尾花どのゝ家来ども。小屋/\
よりおき出て。かけ出んとせしか共。その口々には夜討のせい。
やりのほさきをそろへ。出なばつくべきけしきなり。その
うへそとより。錐のごとくなるものにて。戸口をうちつけを


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きたれば。たやすくはあけ得ず。つよくあけなばあくべけれ
どもみな/\おそろしさのまゝに。たゞ小屋のうちにふる
ひかゞみて居たりけり直宿(とのい)してありしものども。宵の大
酒(しゆ)にえひながら。太刀かたな。やりなんどをとりもち。夜うちと
はめづらしや。さだめて盗賊めらにぞあらんすらんといふを。大
岸力弥きゝおあえず。盗賊とは奇怪なり。なんぢらしらず
や。先年尾花どのと浄論して。生害しうせ給ひし。
丹下どのゝ家来のものども。主君のあたをうたんため。こ
よひこれまできりこみたりかくいふは丹下どのゝ執権。大岸
由良之助がちやくし。大岸力弥とて。生害いまだ十五さい
弓(ゆん)ぜいのほどをみ給へとて。百(もゝ)矢一腰をしみだし。矢つぎば
やにきつてはなつ。その矢塀戸板を。二三枚イ射とをしければ。


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尾花どのゝ家来ども。此勇力におそれ。いよ/\こゝろ
くれしかは、なにと見さだめたるかたもなく。われさきにとに
げゆくを。まさなき人々のふるまひや。町人百姓にもおとり
たり。かへせ/\といふまゝに。又田塩之丞。孫田奥太夫以下。てきを
おつかけおひまはして。さん/\゛にきりたつる。こゝに尾花どの
の家人に。宮居勝左衛門とて。四十あまりの大男。二王をつくり
そんぜしごとく。勇気さかんに見えたるが。ふみとゞまつてあひ
たゝかふ。時に遠松文六となのり。あつはれてきやとうつてか
かり。火をちらしてたゝかふたり。勝左衛門は遠松に。あまりきび
しくきりたてられ。かなはじとやおもひけん。太刀うちふつて
にげゆくをきたなしかへして勝負をせよ。一寸ものがさじと
あまりに手しげくおpひけるほどに。もとより案内をしら

ざれば。あし場はくらし。下駄どめの石につまづいて。泉水の内
へまろび入る。此とき宮居とつてかへさば。文六をうちとるべき
に。おくびやう神にさそわれて。あとをも見ずしてにげゝるほ
どに。不思議に遠松文六は。万死を出て一生を得。あやうき
害をのがれたる。武運のほどこそたのもしけれ。こゝに尾花
さこんどのゝ祐筆に。笠原十次郎とて。五十ばかりのおとこ。
かたなをひつさけ。こゝかしことうろたえまはるを。普川香
十郎。のがさじとおつかくる。十次郎南無三宝と。あいてさ
わひでにげゝるが。溝掘にまろび入り。真例(まつさかさま)にたをれ
けるを。普川すかさず。なんぢまづ。冥途の案内せよや
とて。よこなぐりになぐりしかば。両眼(がん)をなぐられ。まなこの玉
ぬけ出て。あしもとまでとびきたる。香十郎これを見て。なん


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ぢは目が出たるか。目出たし/\百年目。南無阿弥陀仏
とおぞとなへける

 小森源八大にたゝかひ討死をとぐる事
山なり谷こたへて。剣戟より電光をはく。修羅闘場の
ありさま。見るに心もきえぬべし。こゝに小森源八とて。尾
花どのゝ執権にて。兵法に鍛練し。勇名あるものあり
しが。折ふし小屋に居たりしに。よせ手のせいに、小屋の口々を
かためられ。出ることもかなはず。いかゞはせんとおもひしがよせ
手のかたに下知して。にげ出るものあらば。そのまゝにてにがす
べし。おんなわらんべなどに。かならず手ばしさすべからずとよば
はるこえをきくよりも。これこそ天のあたへなれ。一はたらきせ
ばやとおもひ。小ものゝていにもてなし。にぐるものどもにまぎ

れて小屋のうちよりはしり出る。夜うちのものどもゝ雑
人共の。にげゆくなりと推量し。目にかくるものもなかりしに。
かたなをぬいてかたかげより。一文字にきつてかゝり。おめきさけん
であひたゝかふ。よせ手のせいこれにおどろき。すはしれものぞうち
とれと。前後左右よりかこい。火水なれとせめけるほどに。源八心は
たけしといへども。大勢にとりこめられ。数ヶ所のいた手をかう
ふり。ついにそこにてうたれけり。そのほか家老松田多門は。わが
居所よりかけ出しに。かたさきを矢にていられ。すこしひるんで
みえしかども。なをかけゆかんとせしところに。かけやにてうち
たをされたちまちに絶入(せつじ)しぬ。同じく奏者役なりし。清川
丹右衛門は。わが小屋よりかけ出しに。やりきず刀きず。二ヶ所ま
でかうふりしか共。主人事を心もとなくおもひ。やかたまではし


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りゆきしがふか手ゆへにふしたをれぬ。同じく斉田秋右衛門
同じく祐筆鈴川源内。同朋松野新斎。添嶋伝七
らはうたれぬ。今は手にあふものもなし。時刻をうつさ
ずうち入れよとて。玄関書院の戸をうちやぶり。内
に入るやいな。かの用意して持きたりたる。いんげん薬鑵の
焼酎を。たゝみのうへゝながしかけ。それに火をつけたれば猛
火一同にもえあがる。これに気をとられて。尾花どのゝ家人ど
も。いよ/\いろたへ悶着す。そのほかのともし火。囲炉裏の
火どもはうちけしけるに。かの猛火きえしかば又にはかに闇(あん)
夜となり。いよ/\仰天せしところを。さん/\゛にきつてま
はる。新開の藁次郎が。甥に。新開の藁七といひしものは。
中小姓にて居たりけるが。玄関へかけ出きりたをさる。天野


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の友内がいとこ。天野只之助も。広間の当番なりけるが。ふ
せぎたゝかひていた手をおひ。かなはじとおもひしかば。いの
ちばかりはたすかりしかども。ふしたをれてはたらき得ず
かゝるとことによせ手のものども。ほそき竹のあとさきをけづ
り。中に鍔のごとくなる。ちいさき木をはめて。つむの形(なり)なる。
ものを。をの/\そでよりとり出し。?燭に火を點じ。これ
にさして。壁一間に二ヶ所三ヶ所。そのほかふすま戸にまで。
方々にさしけるほどに。さながら万燈会(まんどうえ)のごとく。余煙(よえん)あた
りをこがして。白昼にことならず。こゝにかまくら。若宮小路の
かたほとりなる。仕立もの屋の作兵衛といふものゝ子に。作次
郎とてありけるが。日頃此屋かたへ出入りし。尾花どのゝ寵を
得て。昼夜御そばをさらざりし。十五六さきのわかもの。器量

こつがらといひ。心ざま甲斐/\゛しきものなりしが。きつて
出てあひたゝかひ。百馬次郎兵衛にわたしあひ。いた手をかう
ふりうち死す。けなげにぞ見えたりける。高松九郎は。とのい
番にていたりけるが。出あはせてたゝかふほどに。大岸力弥には
たしあひ。数ヶ所のきずをかうふり。今はこれまでとおもひ
しかども。主君尾花どのゝ。御身のうへこゝろもとなく。をくに
にげ入り。御(ぎよ)寝所にまいりしかば。右門どのは。はだには白小袖
うへにからあやを。むらさきにそめたる小袖をき。刀をぬき
くつろげ。面色は草葉のごとく。真青になつて。ともし
火のかげにいたまひしが。いかにや九郎。今はのがれがたからん
とあるを。大将の御身は。御いのちこそ大事にて候へ。右大将より
とも卿の。ふし木のうちに御身をかくし。害をのがれ給ひしも。


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とをき事にて候はず。一まづいづかたにも。御身をかくし
しのばせ給ひ。かなはぬきはにおよびなば。ちからなく御自害
候べし。こなたへわたらせ給へやとて。尾花どのゝの御手をひいて。か
くれがをもとめゆく。堀内甚左衛門は。くつきやうのわかもの。書
院の近所にいたりけるが。長刀の石づきをおつとりのべむ
かふてきにつきかゝる。武森由七これにありと。なのりかけ
てわたしあひ。二うちたゝかふとぞ見えし。甚左衛門。眉
間にきりこまれて。目くれ心もきえ。長刀をすてにげ
ゆくを。のがさじとおつかけ。かたさきによりも。きつさきさがり
にきりつくる。伊東与市といふもの。としは六十におよび。よはひ
はすこしかたむきたれ共。大男の大力なるがばしりきたつて。
堀内がかいなをとつて引のけ。えゝいひ甲斐なきふるまひ

かな。いでいさぎよくうち死して。よせ手の目をおどろかさ
んと。荒言はいて太刀引そばめ。おもてもふらずうつってかゝ
る。海辺高兵衛これにありと。大太刀をさしかざし。のぞむと
ころぞごさんなれと。小おどりしてきつてかゝり。無二無三にう
ちたつる。与市もさる剛のもの。剣術に達して。物なれた
る手きゝなれば。一あしもしりぞかず。弓手にあひつけ妻(め)
手にうけ。こらんせいがん夢想の太刀。あたりをはらひたゝか
ひしは。その夜の花とぞ見えたりける。両方手たれの剣
術者。うけつながしつ。かけつひらきつ。たがひに勝負も見
えざりけるが。海辺はさすがわか手といひ。大剛のつはものゝ。
その身を必死ときはめたれば。なしかはもつて疑儀すべき。
ふんごみ/\うつほどに。さしもの伊東うけはづし。からたけ


わりにきりはなされ。ゆん手め手へぞさばけける。そのほか
山口新七は。おのれが小屋にいたりけるが。主君はいかゞなり給ふ
やらんと。大ぜいの中をまぎれのがれ。むかふてきとたゝかひし
が。小寺千内に。ひざの口をきられてにげしりぞく。右門どのゝ用
人。鳥屋理介もうたれぬ。同役田水大学は。台所口にて。溝
部弓兵衛にうたれぬ。大塚平三。神原源右衛門は。台所にて
うち死す。鈴鹿昌伯といへる小坊主は。玄関口にて。松川
喜平うちとりけり。されば尾花どのがたには。上を下へとあはてさ
はぎ。うろたへまはるといへども。心ざしあるものどもは。おもひ
/\にはたらきしが。よせ手はかねての用意といひ。おもひ
もふけしことなれば。必死とちかひせめたつる。尾花どのがた
は。おもひよらざる事といひ。寝をびれたるものどもなれば。

こゝに手をひかしこにうたれ。あるいはおひちらされ。又はに
げかくるゝのみにして。よせ手のせいを一人も。うちとめざるこそ
うたてけれ

 大岸瀬左衛門寝所見る事
白刃(はくじん)ふるつてほねをくだき。紅波(こうは)みなぎつて川をなし。矢石(しせき)
はとんで雪のごとし。尾花どのゝ家来どもは。二十一人手をゝ
ひ。十六人までうたれしかども。よせ手には。さまでふか手を
をひしもなく。うたれしものは一人もなし。隣家なりける
人々は。丹下が家来のものども。死にぐるひになつてはたらけ
ば。もし堀をこして。かゝり来らんもしらず。そのうへ手あやまち
にて。出火すべきもしらざれば。かたく手まへをまもるべし
と。家中のものどもに下知せられけるほどに。一家中の上


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下。提燈をさいあげて。やりよなぎなたよとひしめいたり。其
ていおびたゝしくきこえて。尾花どのゝかたへ。助勢(すけせい)にや来るら
んと。あやしきまでにきこえしかば。小寺千内。宗野原右衛門。片
山源七兵衛三人。屋ねのうへゝはしりのぼり。大をんあげてよ
ばはりけるは。さきだつてことはり申上るとをり。印南野丹下家
来のもの共。主君のあたを報ぜんため。夜うちにまかり入候。御
かまひ候まじ。そこもと様へ対し。何の遺恨も候はねば。手ざし
申す事は候はず。もしも尾花どのへ。御かせいあるにおいては是非
なく御てき仕るべし。只此まゝにて。すておかれ候べし。出火の
ことは。よく申付候へば。別儀あるべからず候。きづかひ候まじとよ
ばはりしかば。ひと/\此よしをきゝて。げにもとやおもひけん。しづ
まつてひかへたり。よせ手のせいはうちほこつて。いきほひ金剛力


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士のごとく。今はあえてあたりにちかづくてきなければ。おゝさも
こそと。いさみにいさんで。なをおくふかく切入るところに。座敷の
うちに。うろたえてまはれるさふらひ一人。大おくびやうのものよ
とおぼえて。かり場のきゞすの。にげかくるゝがごとくなりしをやが
て手ごめにして。もちたるかたなをうばひとり。なんぢいのち
のをしきならば。右門どのゝ寝所へ案内してつれゆけよ。しから
ば一命をたすくべし。もしかくしつゝむにおいては。ほそくびを引
ぬくぞと。うでまくりしてはたとにらめば。かのものあまりのお
そろしさに。たちまち日ごろの主君をわすれ。いかにもをし
へ申すべし。そのかはりには。われらがいのちをたすけてたべと。ふ
るひ/\。行燈(あんどう)を手にさげて。さきにたつてあゆみゆけば。
かくまでいのちはおしきかと。みな/\おかしくおもひけり。かくて

大岸以下。おくふかくゆくところに。一間なるところに。押入
のごとくにしつらひ。こゝぞとゆびざしすれば。すはうちやぶれといふ
ほどこそあれ。たちまち戸をばふみやぶり。一同に内に入るに
夜着ふとんをぶぎすてゝ。ふしたる人はなかりけり。みな/\案
に相違して。あきれはてゝたつところに。大岸瀬左衛門。夜
着ふとんをさぐり見れば。いまだあたゝかにありしゆへ。さのみ
とをくはにげ給はじ。たづねさがせよといへば。尤/\と同じて。
かの男に?燭をいださせ。手んでに手燭をとぼしつれ。こゝ
におよび。のこるところもなかりしかども。それとおぼしきも
のもなし。今はあまりにたづねあぐみ。さしもいさめるものど


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もゝ。勇気たちまちくいけて。さてはうちもらしつる口をし
さよ。此年月心をくだき。おもひをこがせし甲斐もなく
やみ/\とうちもらせしことよ。よくお神明に見はなたれ
天道にもすてられしよな。無念なり/\。仏神三宝もう
らめしやと。おどりあがりとびあがり。まなこをいからし歯をくひ
しばり。一同にあつとさけび。なみだはたきのをつるがごとく
今ははやこれまでぞ。いざや一同にはらかききり。生(いき)かはり死
かはりても。ついにはあだをはらさんものをと。口々にのゝしれば。
大岸由良之助きいて。それがしかねて。か様のことをおもんばか
り。勝負はかならず。夜をあけてこそといひしか共。人々
おちひ給はざりしかば。ちからなくやみしなり。只今はらきり
死なんとは。短慮なり。ちかごろそこつのいたりぞや。尾花殿

とても。飛行(ひきやう)自在はかなふまじ。天へものぼり給ふべからず。
地をもくゞり給ふまじ。われ/\がいのちかぎり。湯水のそこま
でたづねんに。いづくへのがれ給ふとも。たづね出さでをくべき
か。いつまでも心しづかに。たつねさがされよと下知すれば。みな
/\心をとりなをし。惣勢一同して。こゝやかしことさがし
ける。さすが右門どのも。にげかくる手だてには。ずいぶん一はや
き人なりしかば。多年すみなれ給ひし屋かたゆへ。案内は
よく知り給ひつ。よせ手のさがしのきつる。そのあとへ/\と
まはられけるほどに。いかでかたづねあたるべき。四十七人のも
のども。あぐみはてしもことはりなり

 尾花右門どの最期の事
尾花右門どのは。やう/\からきいのちをたすかり。かたすみ


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にあやしけなる。薪小屋のありけるに。身をちゞめてかくれ
給ふに。よせ手のせい口々に。はらかききつて死なんといふ。
そのこえにちからを得。今しばらくぞとしのばれけるに。天
運のきはまりにや。かの薪小屋のうちに。くさめのをとのき
こえしかば。すは人をとぞといひもあえず。大ぜいつめよせ。や
りの石づきをもつて戸板をがはとうちやぶり。右門どのにて
は候はずや。いづくまでとかしのばせ給ふ。もはやのがれぬところ
なり。出あひて勝負し給へ。もし家来のものならば。右門殿
の在所をしらせよ。しからずんばたすけじと。こえ/\にの
のしれども。とかふの返事にもおよばず。矢の一すぢをも射
出さばこそ。池田炭をつかみ出し。あめのふるがごとくに。こゝを
せんどゝなげ出す。されどもかぶら矢一すぢにも。およぶべき

にあらばこそ。なにかはもつてためらふべき。小屋の内へをし入ん
とすれば。かたかげより。わかもの二人きつて出る。やれしれもの
よのがすなと。うつてかゝればわたしもあえず。南無三宝とにけ
てゆく。家来どもに目をかけな。をひずてにせよといふまゝ
に。なをもみな/\やりを入れ。小屋のうちをさがしけるに。
すこしこぐらきものゝうへに。人かげこそ見えたりけり。真(まこと)儀
兵衛がちやくしの。真十三郎。得たりやといふまゝにつと内へはし
り入り。十文字のやりををつとりのべ。鉄壁もとをれよと。つく
一念のやりさきの。尾花どのゝ眉間のうへを。かすつて穂さき
ははづれしかども。十文字のよこ手。ひたひにあたるやいなや。あつ
とぃひてぬきあはさる。武森由七手燭をすてゝ。のがさじとは
しりより。をこしもたてずとつておさへ。やがてくびをかきおと


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す。よく/\見れば。六十あまりの男の。はだに白小袖を着
うへに綾の小袖をきたれば。もしも尾花どのにてや。お
はすらんといふ。されどもたれか。見しれるものもあらざ
れば。もし右門どのならんには。先年丹下どのゝ。手をおふせ
給ひつる。きずのあとのあるべきぞとて。はだかになして死
骸を見るに。きずのあと二ヶ所ありしゆへ。さては右門どの
ならんか。たしかに治定せざればとて。そのため最前より
からめをきし。門番のものども。三人までありけるを。一
人づゝつれ来り。引わけてこれを見せけるに。まがふべく
もなき。右門どのなりといひしかば。みな/\大によろこび
あひ図の笛をふきたつる。此をとをきくよりも。惣ぜい
一所にきたりあつまり。よろこぶ事かぎりなく。今は年


180
ごろの宿懐一朝にひらけたり。今日といふ今日年
来の。うらみをはらしうれしさよと。手の舞足のふむ
所もしらず。股(もゝ)をたゝきこえをあげ。印南野丹下が家来ども
尾花右門どのをうちとり。御くびをたまはりて。たゞ今たちのき
候なり。家来のひと/\。只今出あはずして。後日にたれに
かむかい。人におもてをあはすべしや。未練なり比怯なり。出よ
/\とのゝしりしか共。をとするものもあらざれは。棟梁由良
之助。心しづかに。口上がきをあひしたゝめ。玄関にこれをさし
をきて。?燭の火どもをしづめ。家中のこるところなく。火
のもとを見めぐりて。今はこゝろやすしとて。かぎりなくよ
ろこびけり。さるにても最前。百馬次郎兵衛にうたれつる

十五六さいのわかものゝ。甲斐/\しくはたらきしは。器量
といひはたらきといひ。もしいかなる人にてやあるらんと。かの
仕立もの屋の作次郎がくびをとり。これを右門どのゝ。御くび
と号してもたせたり。右門どのゝ御くびは。うちとるやいな。芝が
やつへ。最前はやしのびやりに。おくりしによつてなり。こゝに
寺沢市左衛門といへるは。右丹下どのゝ足がるにて。市田仲右衛門
がくみ下なりしが。忠義の心は歴々の武家にもおとるところ
なく。主君の恩義をしたひ。一味盟約のかずにつらなり
しが。此夜うちにもやねにのぼり。もしも堀などのりこえ
て。たすけのせいや来るべき。遠見すべしとの下知をうけ。や
ねにのぼりいたりけるが。みかたのせい。右門どのを討果(うちおほ)せ。あ
ひ図の笛をふきしかば。さては本意を達せしにやと。よろ


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こぶ事かぎりなく。いそぎとびをりんとしたりしが。あま
りに心はやり。あやまつてこしをうちそんじ。行歩(ぎやうぶ)かな
ひがたかりしが。されども右門どのゝくびを見て。かぎりなく
よろこび。それがし不慮に。こしをうちそんじ候といへども。右
門どのゝ御くびを。一め見て候うへは。年来の本望。すでに
達し候なり。今はこれまでにて候。これにて自害仕らんと。
はらを切らんとしたりしを。由良之助をしとゞめ。その方。尤。行
歩はかなふべからざれども。今さきだつてたゞ一人死して
詮なき事ならずや。やがておの/\一同に。切腹するまで
あひまつべし。まづ国分寺までのくべしと。さま/\゛と
制しければ。それがし事。行歩かなはぬ身となりて。をの
/\さまがたの。御苦労になり申さん事。めいわくに

ぞんじ候ゆへ。自害とは申し候なり。此うへはともかくも仰
にしたがひ申すべしといへば。とかくわれにまかすべしとて。手
をひのために。かねて用意しをきたる。駕籠をまねきて
のせたりけり。されば四十七人のうち。手をひも少々ありしかど
も。おほくはこれ前後より。手をわけをしこみしとき。火はと
もせしといへども。元来よるの事なれば。なをこゝかしこくら
かりしゆへ。たがひのぬき身にゆきあたり。とも道具にあ
やまつて。不慮に疵をつきしもの。おほかりしとぞきこえし。
中にもおも手をおひしは。早鷹源六一人。これは夜うち
のとき。あまりにつよくはたらきて。ふか入りせしゆへとぞ
きこえし。又富林祐右衛門は。かまくらに数年住し。当地の
案内者たるにより。これに市田仲右衛門をあひそへて。右


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の次第。御ことわりのため。かまくらどのゝ御所へさしつかはし。
その余のものどもは。尾花右門どののにせくびを。まん中に
になはせ。先後を守護し行列して。芝がやつへといそぎ
しかば。夜はほの/\゛とあけわたる。あつはれ忠臣義士のは
たらき。古今いまだあるべからず。げに忠誠の功臣やと。諸
人大に感動してほまれをながくいひ伝へ諸士のかゝみ
と成にけり

忠義太平記大全巻之第八終