読んだ本 https://dl.ndl.go.jp/pid/2567587
1
2
かくおぼしいたらぬことなく。いかでよからんことは
とおぼしあつかひ給へど。このをとなしの瀧
こそうたていとおしく。南のうへの御をしはあkり
ごとにかなひて。かる/\しかるべき御名なれ。かの
おとゞなに事につけても。きは/\しうすこし
もかたすなるさまのことをおぼし忍ばずなど
ものし給御心ざまを。さて思ひぐまなくけざ
やかなる御もてなしなどのあらんにつけては。
おこがましうもや。などもおぼしかへさふ。その
見さはぐを。六条院よりも御かた/\ひき
3
いでつゝみ給ふ。うの時に出給て。朱雀より
五条のおほぢをにしざまにおれ給。かつら川
のもとまで物見車ひまなし行幸といへど
かならず。かうしもあらぬを。けふはみこたち上
達部も。みな心ことに御むまくらをとゝのへ
ずいじん。馬ぞひのかたち。たけだち。さうぞく
をかざり給ひつゝめづらかにおかし。左右大臣
内大臣納言(のうごん)よりしも。はたまして残らずつ
かうまつり給へり。青色のうへのきぬえびぞ
めの下がさねを殿上人五位六位まできたり。
雪たゞいさゝかうちちりてみちの空さへえん(艶)
なり。みこたち上達部なども。鷹にかゝづらひ給へるは
めつらしきかりの御よそひどもまうけ給ふ。
このえ(近衛)のたかゝひどもはまして世にめなれ
ぬすり衣みだれつゝいとけしきことなり。め
づらしうおかしきことにきほひ出つゝ。その人
ともなくかすかなるあしよはき車などわ
をしひしがれあはれげなるもあり。うきは
しのもとなどにもこのましうたりさまよふ
よき車おほかり。にしのたいの姫君も出給
へり。そこばくいとみ(挑み)つくし給へる人の御か
たち有さまをみ給に。みかどのあか宮の御ぞ
4
奉りてうるはしくうごきなき御かたはら
めに。なづらへきこゆべき人なし。わがちゝおとゞ
ひとしれずめをつけ奉り給へれど。きら/\
しう物きよげにさかありにはものし給へれど。
かぎりありかし。いと人にすぐれたるたゞ人と見
えて御こしのうちよりほかにめうつるべきも
あらず。ましてかたちありやおかしやなどわか
きごだち(御達)などのきえかへり心つくす。中少将
なにぐれの殿上人やうの人は何にもあらず。
きえわたれるはさらにたぐひなくおはし
ますなりけり。源氏のおとゞの御かほざまは
こと物どもみえ給はぬを。思ひなしのいますこし
いつかしうかたじけなくめでたきなり。さは
かゝるたぐひはおはしがたかりけり。あてなる人
はみな物きよらにけはひことなべいものとのみ
おとゞ中将などの御匂ひにめなれ給へるをい
でぎえどものかたはなるにやあらん。おなじめ
はなともみえずくちおしくそをされたる
や。兵部卿宮もおはす。右大将のさばかりおもりか
によしめくも。けふのよそひいとなまめきてや
なくいなどおひてつかうまつり給へり。色く
ろくひげがちにみえていと心づきなし。いかで
5
かは女のつくろひたてたるかほのいろあひには
にたらん。いとわりなきことをわかきみ心ちに
は見おとし給ひてげり。おとゞの君のおぼし
よりての給ことをいかゞはあらん。宮つかへは心にも
あらでみぐるしきありさまにやと思ひつゝ
み給を。なれ/\しきすぢなどをばもては
なれて。おほかたにつかうまつり御らんぜら
れんはおかしくも有なんかしとぞ思より給
ける。かくて野(大原野)におはしましつきて。御こし
とゞめ上達部のひらばりに物参り。御さうそ
くどもなをしかりの御よそひなどにあら
ため給ふほどに。六条院より御みき御くだ物
など奉らせ給へり。けふつかうまちらせ給べく
かねて御けしきありけれど御物いみのよし
をそうせさせ給へるなりけり。蔵人の左衛門
のそう(尉)を御使にてきじ(雉)一枝参らせたまふ。お
ほせことにはなにとかや。さやうのおりの事は
まねぶにわづらはしくなん
(帝)雪ふかきをしほ(小塩)の山にたつきじのふるき
あとをもけづはたづねよ太政大臣のかゝる野
の行幸につかうまつり給へるためいあんどや
ありけん。おとゞ御使をかしこまりもてなし
6
給ふ御返し
(源)をしほ山み雪(深雪)つもれる松はらにけふばかり
なるあおやなからんとその頃ほひきゝしこと
のそは/\思ひいでらるゝはひかことにやあらん
又の日おとゞにしのたいにきのふうへはみ奉ら
せ給きや。かのことはおぼしなびきぬらんやと
きこえ給へり。しろきしきにいとうちとけ
たる御ふみこまかにけしきばみてもあらぬが
おかしきをみ給て。あいなの事やとわらひ給
ものから。よくもをしはからせ給ものかなとおぼ
す御かへしにきのふは
(玉)うちきらしあさくもりせしみ雪にやさや
かに空のひかりやはみしおぼつかなき御ことゞも
になんとあるをうへもみ給ふ。しか/\のことを
そゝのかしゝかど。中宮もかくておはす。こゝな
がらのおぼえにはびんなるべし。かのおとゞに
しられても女御かく又さふらひ給へばなど思みだる
めりしすぢなり。わか人のさもなれつかうまつ
らんには。はゞかる思ひなからんはうへをほのみたて
まつりてえかけはなれて思ふはあらじとの
給へば。あなうたてめでたしとみたてまつると
も心もてみやつかへ思ひたゝむこといとさし
7
すぎたる心なめとわらひ給ふ。いでそこにし
もそめて聞えたまはんなどの給ひて。又
返り
(源)あかねさすひかりは空にくもらぬをなどて
み雪にめをきらしけんなをおぼしたてなど
絶ずすゝめ給。とてもかくてもまづ御裳ぎの
ことをこそはとおぼしてその御まうけの御
でうどのこまかなるきよらどもくはへさせ給
ひ。なにぐれのぎしきを御心にはいともおもほ
さぬことだにをのづからよたけくいかめしく
なるを。まして内のおとゞも。やがてこのついで
にやしらせ奉らましとおぼしよれば。いとめ
でたうところせきまでなんとしかへりて二月に
とおぼす。をんなはきこえたかく。ながくし
給べきほどならぬも。人の御むすめとてこもりお
はするほどは。かならずしも氏神の御つとめ
などあらはならぬ程なればこそ。とし月はまぎれ
すぐし給へ。このもしおぼしよる事もあらんに
は。春日の神のみ心たがひぬべきもついにかく
れてやむまじき物から。あぢきなくわざと
がましき後の名までうたてあるべし。なを/\
しき人のきはこそ今やうとては。うぢあらた
8
むることのたはやすきもあれなどおぼし
めぐらすに。おやこの御ちぎりたゆべきやうなし。
おなじくはわが心ゆるしてをしらせ奉らん
などおぼしさだめて。この御こしゆひにはかの
おとゞをなん御せうそこ聞え給ひければ。大宮
こぞの冬つかたよりなやみ給とさらにをこ
たり給はねば。かゝるにあはせてひなかるべきよ
し聞え給へり。中将の君もよるひる三条にぞ
さふらひ給ひて。こゝろの空なく物し給てお
りあしきを。いかにせましとおぼす。よもいと
さだめなし。宮もうせ給はゞ御ぶくあるべきを。
しらずがほにてものし給はむつみふかき事お
ほからん。おはするよにこのことあらはしてんと
おぼしとりて。三条の宮に御とふらひがてらわた
り給。今はましてしのびやかにふるまひ給へど。
みゆきにおとらずよそほしくていよ/\ひかり
をのみそへ給。御かたちなどのこの世にみえぬ
心ちして。めつらしくみたてまつり給にはいとゞ
御心ちのなやましさもとりすてらるゝ心ちし
ておきい給へり。御けうそくにかゝりてよはげ
なれど。ものなどいとよく聞え給ふ。けしうは
おはしまさゞりけるを。なにがしの朝臣の心
9
まどはしておどろ/\しくなげき聞えさ
すめれば。いかやうにものせさせ給にかとなむお
ぼさるながり聞えさせつる。うち(内裏)などにも
ことなるついでなきかぎりはまいらず。おほやけ
につかうる人ともなくてこもり侍れば。よろづ
うい/\しう。よたけくあんりにて侍り。よ
はひなどこれよりまさる人こしたへぬまでかゞ
まりありくためし昔もいまもはべめれど。あ
やしくおれ/\しき本上(本性)に。そふ物うさに
なん侍るべきなと聞え給。としのつもりのな
やみと思給へつゝ。月頃になりぬるを。ことしと
なりては。たのみすくなきやうにおぼえはべれば。
いまひとたびかくみたてまつりきこえさする
事もなくてやと。こゝろぼそく思給へるを。けふ
こそ又すこしのびぬる心ちし侍れ。今はおしみ
とゝむべきほどにも侍らず。さるべき人々にも
たちをくれ。よのすえにのこりとまれるたぐひ
を。人のうへにていと心づきなしと見侍しかば。
いでたちいそぎをなん思ひもよほされ侍るに。
この中将のいとあはれにあやしきまで思
あつかひ心をさはかひ給を見侍になん。さま/\
にかけとめられていまゝでながびき侍ると
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たゞなきになきて御こえのわなゝくもおこが
ましけれど。さることゞもなればいと哀なり。御
物がたりむかしいまのとりあつめて聞え給ふ
ついでに。うちのおとゞは日へだてず参り給
ことしげからんを。かゝるついでにたいめんのあ
らばいかにうれしからんいかできこえしらせん
と思給ふる事の侍るをさるべきついでなくて
はたいめんも有がたければ。おぼつかなくてなん
ときこえ給。おほやけ事のしげきにや。わたく
しのこゝろざしのふかゝらぬにや。さもとふら
ひものし侍らず。の給はずべからん事はなにさま
のことにかは。中将のうらめしげに思はれたる
事も侍るを。はしめの事はしらねど。いまはけに
きゝにくもてなすにつけて。たちそめにし
なのとりかへさるゝものにもあらず。おこがまし
きやうにかへりては。よ人もいひもらすなるを
なとものし侍れど。たてたるところむかしより
いとゝけ(解け)かたき人の本上(本性)にて心得ずなん見
給ふると。かの中将の御こととおほしての給へば。
うちわらひ給ひていふかひなきにゆるしす
て給事もやときゝ侍りて。こゝにさへなんかす
め申やうありしかどいときびしくいさめ給
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よしを見侍し後。なにゝさまでことをもま
ぜ侍りけん。ひとわるくくひ思給ひてなん。よ
ろづのことにつけてきよめといふ事侍れば。い
かゞはさもとり返しすゝき給はざらんとは思ひ
給へながら。かく口おしきにごりのすえにまち
とりふかうすむべき水こそいできがたかべいよ
なれ。なに事につけてもすえになればおち行
けぢめこそやすくはべめれ。いとおしうきゝ給ふ
るなど申給て。さるはかのしり給へき人をなん
おもいまがふること侍りてふいに尋とりて侍
るをそのおりはさるひがわざともあか侍らず
有しかば。あながちにことの心をたづねかへ
さふことも侍らで。たゞさるものゝくさのすく
なきを。かごとにてもなにかはと思給へゆるし
て。おさ/\むつびも見侍しずして年月侍
りつるを。いかでかきこしめしけん。内におほせ
らるゝやうなんある。ないしのかみ宮づかへする
人なくては。かの所のまつりごと。しとけなく女
官などもおほやけごとをつかうまつるに。たつ
ぎなく事みだるゝやうになんありけるを。たゞ
今うへにさふらふこらうのすけ二人又さるべき
人々さま/\に申させるを。はか/\゛しくえら
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はせ給はんたづねにたぐふべき人なんなきを。
なを家たかく人のおぼえかろからで。いへのいと
なみたてたらん人なんいにしへよりなりき
にける。したゝかにかしこきかたのえらひにては
その人ならでも。とし月のらうになりのぼる
たぐひあれど。しかたぐふべきもなしとなら
ばおほかたのおぼえをだにえらせ給はん
となんうち/\におほせられたりしを。にげ
なき事としも何かは思ひ給はん。宮づかへは
さるべきすぢにて。上も下も思ひをよびいで
たつこそ心たかき事なれ。おほやけざまにて。
さるところのことをつかさどり。まつりごとの
おもむきをしたゝめしらんことは。はか/\゛しか
らず。あはつけきやうにおぼえたれど。などか
又さしもあらん。たゞわが身のありさまからこそ
よろづの事はべめれと思ひより侍しつい
でになんよはひのほとなどとひきゝ侍れば。
かの御たづねあべいことになん有けるを。いかな
るべきことぞとも申あきらめまほしう
侍る。ついでなくてたいめん侍るべきにも侍ら
ず。やがてかゝる事なんどあらはし申べきやう
をおもひめぐらしてせうそこ申ししを御
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なやみに事つけて物うげにすまひ給へりし。
げにもおりしもひんなく思ひとまり侍に。
よろしう物せさせ給ければ。猶かう思ひおこせ
るついでにとなん思給ふるさやうにつたへ
物せさせ給へと聞え給。宮いかに/\侍ける
ことにか。かしこにはさま/\゛にかゝるなのりする
人をいとふ事なくひろひあつめらるゝに。いか
なる心にてかくひきたがへ。かこち聞えらる
らん。此とし頃うけ給はりてなりぬるにやと
聞え給へば。さるやう侍る事なり。くはしき
さまはかのおとゞもをのづから尋きゝ給てん。
くだ/\しきなを人のなからひににたることに
侍れば。あかさんにつけてもらうがはしう人
いひつたへ侍らんを。中将のあそんにだにまだ
わきまへしらせ侍らず人にももらさせ給ま
じと御くちがため聞え給。内のおほいとのに
も。かく三条の宮におほきおとゞわたりおはし
ましたるよしきゝ給て。いかにさびしげ
にていつく(か)しき御さまをまちうけ聞え給
らん。おまへなどももてはやしおましひき
つくろふ人もはか/\゛しくありかし。中将は
御ともにこそ物せられつらめなど。おどろき
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給て御子どもの君だちむつましくさるべ
きまうち君だち奉れ給。御くだ物御みきな
どさりぬべくまいらせよ。みづからも参るべき
を。かへりて物さはがしきやうならんなどの
給ほどに。大宮の御ふみあり。六条のおとゞの
とふらひにわたり給へるを。ものさびしげに
侍れば。人めのいとおしくもかたじけなくもあ
るを。こと/\しくかく聞えたるやうには
あらでわたり給なんや。たいめんに聞えまほ
しげなる事もあなりと聞え給へり。な
にごとにかあらん。この姫君の御こと中将のう
れへにやとおもほしまはすに。みやもかく御世
ののこりすくなげにて。このことをせちにの
給ひ。おとゞもにくからぬさまに位置ことうちいで
うらみたまはんに。とかくまうしがへさふこと
えあらじかし。つれなくておもひいれぬをみる
にはうあすからず。さるべきついであらば人の御こと
になびきかほにてゆるしてんとおぼす。御心
をさしあはせての給はんことゝ思ひより給
にいとゞいなひどころなからんか。またなどかさ
しもあらんとやすらはるゝ。いとけしからぬ
御あやにく心なる(り)かし。されどみやもかくの
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給ひ。おとゞもたいめんすべくまちおはする
にや。かた/\゛にかたじけなしまいりてこそは
御けしきにしたがめなどおぼしなりて
御さうぞく心ことにひきつくろひて。ごぜん
などこと/\しきさまにはあらでわたり
給ふ。君だちいとあまたひきつれて参り給
さまもの/\しくたのもしげなり。たけだち
そゞえおかにものし給に。ふとさもあひていとし
うとくにおもゝちあゆまひ大臣といはんに
たらひ給へり。えびぞめの御さしぬきさくら
のしたがさねいとながくしりひきてゆる/\と
ことさらびたる御もてなし。あなきら/\しと
みえ給へるに。六条殿はさくらのからのきの御
なをしに。いまやういろの御ぞひきかさねて
しどけなきおほきみすがたいよ/\たとへん
物なし。ひかりこそまさり給へかくしたゝかに
ひきつくろひ給へる御有さまになずらへても
みえ給はざりけり。君だちつぎ/\にいと物き
よげなる御なからひにてつどひ給へり。藤大納
言春宮大夫などいまは聞ゆる御事(子)どもゝ皆
なりいでつゝ物し給ふ。をのつからわざとも
なきに。おぼえたかくやん事なき殿上人蔵
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人のとう五位の蔵人近衛の中少将弁官など
人がら花やかに有べかしき十よ人つどひ給へ
れば。つぎ/\の五位六位たゝ人もおほくて。か
はらけあまたたびながれ。みなえひになりて
をの/\かくさいはひ人にすぐれ給へる御あり
さまをものがたりにしたり。おとゞはめづらしき
御たいめんに昔の事おほしいでられて。よそ/\
にてこそはかなきことにつけていとましき御
心もそふべかめれ。さしむかひきこえ給てはかた
みに。いと哀なることの数々おぼしいでつゝ
れいのへだてなくむかしいまの事ども。とし
ころの御物語に日くれゆく。御かはらけなどすゝ
めまいり給。さふらはてはあしかりぬべかりける
を。めしなきにはゞかりてうけ給はりすぐし
てましかば。御かうじやそはましと申給に
かんだうはこなたざまになんかうじと思ふ事
おほく侍などけしきばみ給に。このことに
やとおぼせば。わつらはしくてかしこまりたる
さまにてものし給ふ。むかしよりおほやけわ
たくしの事につけて。心のへだてなく。大小の
事も聞えうけ給はり。はねをならぶるやうに
て。おほやけの御うしろみもつかうまつらんと
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なん思給へしを。すえの世となりてそのかみ
思たまへしほいなきやうなる事うちまじ
り侍れど。それはうち/\のわたくしごとに
こそ。おほかたの心ざしはさらにうつろふことな
くなん。なに事もなくてつもり侍る年のよは
ひにそへて。いにしへの事こひしかりけるを。たい
めん給はることもいとまれにのみ侍れば。ことか
ぎりありてよだけき御ふるまひとは思給へ
なから。したしきほどにはその御いきほひをも
ひきしゞめ給ひてこそはとふらひものし給
はめとなぬらめしきおり/\はべると聞え
給へば。いにしへはげにおもなれてたい/\しき
までなれさふらひ。心に隔る事もなく。御覧
ぜられしを。おほやけにつかうまつりしきは
は。はねならべたるがすにも侍らで。うれしき御か
へりみをこそはか/\゛しからぬ身にてかゝる位
にをよび侍りて大やけにつかうまつり侍る事
にそへても。思給へしらぬには侍らぬを。よはひの
つもりには。げにをのづからうちゆるふ事のみ
なんおほく侍りけるなどかしこまり申給。
そのついでにほのめかし出給てけり。おとゞいと
哀にめづらかにも侍りけるかなとまづうち
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なき給ひ。そのかみいかになりにけんとた
づね思ふ給へしさまは。なにのついでにか侍り
けん。うれへにたへず。もらしきこしめさせし
心ちなんし侍る。いまかくすこし人かずにもな
り侍るにつけては。はか/\しからぬものどもの
かた/\゛につけてさまよひ侍るを。かたくなし
く見ぐるしとみ侍るにつけても。またさるやう
にてかず/\につらねては。哀に思ふ給へらるゝお
りにそへても。まづなん思給へ出らるゝとの給ふ
ついでに。かのいにしへのあま夜の物語に色々
なりし御むつ事のさだめをおぼし出てなき
見わらひみ。みな打みだれ給ぬ。夜いたく更て。
をの/\あがれ給ふ。かく参りきあひてはさらに
ひさしくなりぬる世のふること思給へいで
られて。こひしきことのしのびがたきに。たちい
でんこゝちもし侍らずこそとて。おさ/\心よ
はくおはしまさぬ。六尉殿も。えひなきにや
うちしほれ給ふ。宮はたまいて姫君の御こと
をおぼしいづるに。ありしにまさる御有さま。い
きほひをみたてまつり給にあかずかなしくて
とゞめがたくしほ/\となき給。あま衣はげに
心ことなりけり。かゝるついでなれど中将の御
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ことをば打いで給はずなりぬ。ひとふしようい
なしとおぼしをきてげれば。くちいれんことも
人わろくおぼしとゞめ。かのおとゞはた人の御
けしきなきにさしすぐしがたくてさすがに
むすぼられたる心ちし給けり。こよひも御とも
にさふらふべきを。うちつけにさはがしくもやと
て。けふのかしこまりはことさらになん参るべく
侍ると申給へば。さらば此御なやみもよろしう
みえ給を。かならず聞えし日たがへさせたまは
ずわたり給べきよし聞えちぎり給ふ。御けし
きどもよくてをの/\いで給ふ。ひゞきいとい
かめし。君だち御ともの人々もなに事あり
つるならむ。めづらしき御たいめんに。いと御けし
きよげなりつるは。またいかなる御ゆづりあ
るべきにかなとひが心得をしつゝ。かゝるすぢ
とは思ひよらざりけり。おとゞ打つけにいといぶ
かしく心もとなくおぼえ給へど。ふとしか
うけとりおやがらむもびんなからん。尋え給へ
らんはじめを思ふに。さだめて心きようみは
なち給はじ。やんごとなきかた/\をはゞか
りて。うけばりてそのつらにはもてなさず。さ
すがにわづらはしくものゝ聞えを思ひて。かく
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あかし給なめりとおぼすはくちおしけれど。そ
れをきずとすべき事かは。ことさらにもかの
御あたりにふればゝせんになどかおぼえの
おとらん。宮づかへさまにおもむけ給へらば。女御
などのおぼさんこともあぢきなしとおぼせ
ど。ともかくも思ひよりの給はむをきてをたか
ふへきことかはとよどるにおぼしけり。かくの
給ふは二月(キサラギ)ついたち頃なりけり。十六日ひがん
のはじめにていとよき日なりけり。ちかくは
よき日なしとかうがへ申たりけるうちに。
よろしくおはしませば。いそぎたちてれい
のわたり給ひておとゞに申あらはしゝさま。い
とこまかにあべきことどもをしへ聞え給へば
あはれなる御心はおやときこえながらもあ
りがたからんをとおぼす物から。いとなぬれし
かりける。かくてのちは中将のきみにも忍て
かゝることの心の給しらせける。あやしの事
どもや。むべなりけりと思ひあはする事ど
もあるに。かのつれなき人の御ありさまより
もなをもあかず思ひ出られて。思よらざりける
事よと。しれ/\゛しき心ちす。されどある
まじくねづけたるべきほどなりけりと
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思ひ返す事こそは。有がたきまめ/\しさ
なめれ。かくてその日Tになりて。三条の宮より。
しのびやかに御使あり。御ぐしのはこなど。には
かなれど事どもいときよらにし給ひて。聞え
むにもいま/\しきありさまを。けふは忍びこ
め侍れど。さるかたにてもながきためしばかりを
おぼしゆるすべくやとてなんあはれに。うけ給
はりあきらめたるすぢを。かけ聞えむも。い
かゞ御けしきにしたがひてなん
(大宮)ふたかたにいひもてゆけばたまくしげわが
身はなれぬかけごなりけりとふるめかしく
わなゝかしかき給へるを。殿もこなたにおはし
まして事ども御覧じさだむるほどなれば。
み給てこだいなる御ふみがきなれどいたしや。
この御手よむかしは上ずに物し給けるを年
にそへてあやしくおひゆくものにこそあり
けれ。いとかく御てふるひにけりなど打かへし見
給ひて。よくも玉くしげにまつはれたる哉。三
十一字のなかに。こともじはすくなく。そへたる
ことのかたきなりとしのびてわらひ給。中宮
よりしろき御裳。からきぬ御くしあげの
御さうぞく。になくてれいのつぼどもに。から
22
のたき物心ことにかほりふかくてたてまつり
給へり。御かた/\゛みな心/\に御さうぞく人々
のれうに。くしあふぎまでとり/\゛にしいで
給へる有さま。をとりまさらずさま/\につ
けて。かばかりの御心ばせどもにいどみつくし
給へればおかしくみゆるを。ひんがしの院の
人々もかゝる御いそぎは。きゝ給けれどもとふ
らひ聞え給べき数ならねば。たゞきゝすぐし
たるに。ひたちの宮の御かた。あやしく物うる
はしくさるべきことのおりすぐさぬ。こだいの
御心にいていかでかこの御いそきをよそのことゝは
きゝすぐさむとおもほして。かたのごとなんし
いで給ける。哀なる御心ざしなりかし。あを
にびのほそながひとかさね。おちぐりとかや
なにとかや。昔の人のめてたくしける色あひ
したるあはせのはかま一ぐ。紫のしらぎり
見ゆるあられぢの御こうちきと。よき衣ばこに
いれて。つゝみいとうるはしくしてたてまつれ
給へり。ふみにはしらせ給ふべきかうにもはべら
ねば。つゝましけれど。かゝるおりは思給へ忍びかた
くてなん。これいとあやしけれど。人にもたま
はせよとおいらかなり。殿御らんじつけて
23
いとあさましくれいのとおぼすに。御かほあか
みぬ。あやしきふるめき人にこそあれ。かく物
つゝみしたるひとは。ひきいりしづみいりたる
こそよけれ。さすがにはぢがましやとて。かへ
り事はつかはせ。はしたなく思なん。ちゝみ
このいとかなしうし給ける思ひいづれば。人に
おとさんはいとくるしき人なりと聞え給。御
こうちきのたもとにれいのおなじすぢのう
たありけり
(末)わが身こそうらみられけれから衣君がたもと
になれずと思へば御てはむかしだにありしを。
いとわりなくしゞかみ。えりふかくつよくかたう
かき給へり。おとゞにくき物のおかしさをばえ
ねんじ給はで。このうたよみつらんほどこそま
して今はちからなくてところせかりつらんと
いとおかしがり給ひて。この御かへりはさはがし
くとも我せんとの給て。あやしく人の思よ
るまじき御心ばへこそあらでもありぬべ
きことなれどにくさまにかき給て
(源)からころも又からころもから衣返/\ぞから
ころもなるいとまめやかにかの人のたてゝこ
のむすぢまればものしてはべるなりとて
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見せ奉り給へば。きみいとにほひやかにわら
ひ給ひて。あないとおし。ろうじたるやうにも
侍るかなとくるしかり給。ようなしこといとお
ほかりや。うちのおとゞはさしもいそがれ給
まじき御心なれど。めづらかに聞給ひし後は
いつしかと御心にかゝりたれば。とくまいり給
へり。ぎしきなどあへいかざりに又すぎて
めづらしきさまにしなさせ給へり。げにわ
ざと御心とゞめ給けることゝみ給ふもかたじ
けなき物から。やうかはりておぼさる。いの時
にていれ奉り給。例の御まうけをばさる物
にて。うちのおましいとに(二)なくしつらはせ給
ふて。御さかなまいらせ給。御となぶら。れいのかゝ
る所よりは。すこしひかりみせておかしき程
にもてなし聞え給。いみじうゆかしう思ひ
聞え給へど。こよひはいとゆくりかなるべければ。
ひきむすび給ほど。えしのび給はぬけしき
なり。あるじのおとゞこよひはいにしへざまのこ
とはかけ侍らねばなにのあやめもわかせ給まじ
くなん。心しらぬ人めをかざりて。なをよのつね
のさほうにと聞え給ふ。げにさらに聞えさせ
やるへきかた侍らずなん御かはらけ参るほ
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どに。かぎりなきかしこまりをば世にためし
なきことゝきこえさせながら。いまゝでかくし
のひこめさせ給けるうらみもいかゞそへ侍らざ
らんときこえ給ふ
(大臣)うらめしやおきつ玉もをかづくまで磯がく
れけるあまの心よとて猶つゝみもあへずしほ
たれ給。姫君(玉)いとはづかしき御さまどものさ
しつどひつゝましさに。え聞え給はねば殿(源)
(源氏)よるべなみかゝるなぎさにうちよせてあま
もたづねぬもくずとぞみしいとわりなき御心
うちつけごとになんと聞え給へば。いとことはり
になんと聞えやるかたなくて出給ぬ。みこた
ちつぎ/\の人々残りなくつどひ給へり。御
けさう人もあたままじり給へれば。このおとゞ
かくいりおはしてほどふるを。いかなることに
かと思ひうたがひたまへり。かの殿の君だち中
将弁のきみばかりぞほのしり給へりける。人し
れず思ひしことをからうも、うれしくもおもひ
なり給。弁はよくぞうちいでざりけるとさゝめ
きてさまことなる。おとゞの御このみどもなめ
り。中宮の御たぐひにしたて給はんとやお
ぼすらんなどをの/\いふよしをきゝ給へど
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なをしばしは御心づかひし給ふてよにそしり
なきさまにもてなさせ給へ。なに事も心や
すきほどの人こそみだりがはしう。ともかくも
侍るめれこなたをもそなたをもさま/\゛の
人の聞えなやまさむ。たゞならんよりはあぢ
きなきを。なだらかにやう/\ひとめをもならす
なん。よき事に侍るべきと申給へば。たゞ御も
てなしになんしたがひ侍るべき。かくまで御
覧ぜられ。ありがたき御はぐゝみにかくろへ侍
けるも。さきのよのちぎりをろかならじと
申給ふ。御をくりものなどさらにもいはず。
すべてひきいで物。ろくどもしな/\゛につけて
れいあることかぎりあれど。又ことくはへ。に(二)なく
せさせ給へり。おほ宮の御なやみにことつけ給
ひしなごりもあれば。こと/\しき御あそび
などはなし。兵部卿宮今は事つけやり給ふべ
きとゞこほりもなきをと。おりたちきこえ
たまへど。うちより御けしきある事。かへさいそ
うし。又またおほせごとにしたがひてなんこ
とざまの事はともかくも思さだむべきとぞ
聞えさせ給ける。父おとゞはほのかなりしさ
まを。いかでさやかにまたみん又なまかたほな
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ること見え給はゞ。かくまでこと/\しくお
ぼさじなどなか/\こゝろもとなくこひしう
思ひ聞え給。いまぞかの御夢もなことに。お
ぼしあはせける。女御ばかりには。さだかなるこ
とのさまきこえ給けり。世の人きくにしばし
この事いださじとせちにこめ給へど。口さが
なきものはよの人なりけり。じねんにいひも
らしつゝやう/\聞えいでくるを。かのさがなも
のゝ君きゝて。女御のおまへに中将少将さふらひ
給に。いできてとのは御むすめまうけ給へる
なり。あなめでたやいかなる人二かたにもて
なさるらん。きけばかれもをとり腹なりと
あふなげにの給へば。女御かたはらいたしとおぼし
て。物もの給はず。中将しか。かしづかるべきゆへ
こそものし給ふらめ。さてもたがいひしこと
をかくゆくりなくうち出給ふぞ。ものいひたゞ
ならぬ女房などもこそみゝとゞむれとの給へ
ば。あなかまみなきゝて侍り。内侍のかみに
なるべかなり。みやづかへにといそぎはべしことは
さやうの御かへりみもやとてこそなべての女
ばうたちだにつかうまつらぬことまでおり
たちつかうまつれ。おまへのつらくおはし
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ますなりとうらみかくれば。みなほゝえみて。な
いしのかみあかば。なにがしこそのぞまんと
思ふを。ひだうにもおぼしかけけるなどの給に。
はらだちてめでたき御中にかずならぬ人は
おはする。さかしらにむかへ給ひてかろめあざ
けり給ふ。せう/\の人はえたてかまじき。と
のゝうちかな。あなかしこ/\としりへざまにい
ざりしぞきてみをこせたまふ。にくげもなけ
れどいとはらあしげにまじりひきあげ
たり。中将はかくいふにつけてもげにしあや
まりたることゝ思へば。まめやかにて物し給。少
将はかゝるかたにてもたぐひなき御ありさま
ををろかにはよもおぼさじ。御心しづめ給ひて
こそ。かたきいはほもあは雪になし給べき
御けしきなれば。いとよう思ひかなひ給と
きもありなんと。ほゝえみていひい給へり。
中将もあまのいっはとさしこもり給なんや。め
やすくとてたちぬれば。ほろ/\となきて。
この君たちさへ。こなすげなくし給に。たゞ御
前の御心の哀におはしませば。さふらふなり
とて。いとかやすくいそしく下らうわらはべ
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などのつかうまつりたへぬ。ざうやくをも立は
しりやすくまどひありきつゝ心ざしを
つくして宮づかへありきて。内侍のかみをの
れを申しなし給へとせめ聞ゆれば。あさま
しくいかに思ていふ事ならんとおぼすに。物も
いはれ給はず。おとゞこの。のぞみをきゝ給て。
いと花やかにうちわらひ給ひて。女御の御方に
まいり給へるついでに。いづらこのあふみのき
みこなたにとめせば。をと。いとけざやかに聞え
て出きたり。いとつかへたる御けはひおほやけ
人にてげにいかにあひたらん。内侍のかみの事は
などかをのれにとくはものせざりしといと
まめやかにてのたまへば。いとうれしと思ひて
さも御けしき給はらまほしくはべしかど。
この女御どのなどのをのづからつたへきこえ
させ給てんと。たのみにくれてなんさふらひ
つるを。なるべき人ものし給ふやうにきゝ給ふ
れば。ゆめにと見したる心ちし侍りてなん。
むねにてををきたるやうに侍と申給ふ。し
たぶりいと物さやかなり。えみ給ひぬべきをね
むじていとあやしくおぼつかなき御くせな
りや。さもおぼしの給はしかば。まづ人の
30さきにそうしてまし。おほきおとゞの御む
すめやんごとなくとも。こゝにせちに申さん
ことはきこしめさぬやうあらざらまし。いま
にても申ふみとりつくりて。びゝしくかき
いだされよ。なが歌などの心ばへあらんを御覧
ぜんにはすてさせ給はじ。うへはそのうちになさ
けすてずおはしませはなどいとよくすかし
給。人のおやけなくかたわなりや。やまと歌は
あしくもつゞけ侍りなん。むね/\しきかた
の事はた。殿より申させ給はば。つまごえの
やうにて御とくをもかうふり侍らんとて。手を
をしつりて聞えいたり。御几帳のうしろな
どにてきく女房。しぬべくおほゆ。ものわらひ
にたへぬは。すべりいでゝなんなぐさめける。女御
も御おもてあかみてわりなくみぐるしとお
ぼしたり。とのも。物むつかしきおりは。あふみの
君みるこそよろづまぎるれとて。たゞわらひ
草につくり給へど。よ人ははぢがてら。はしたな
めなどさま/\゛いひけり