仮想空間

趣味の変体仮名

暦 第一

 

 西鶴のユルフワ(悪い意味ではない)な浄瑠璃も味。 

 

読んだ本 https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1188675


2
   暦
けんとんひらけばんぶつしやうず
けいしやうゆたかなるとき津くに
仰仁皇四十一代は 持統天皇
しゆくし世の御まつりごとたゞしく
くはんくはこどくをあはれにひりう
ざんじつをすくはせ給へば しよてんの
めぐみひさかたの太上(だじやう)天皇


3
はじめてあがめ奉る てうぼぎよく
ざの左右には 大納言のすけ少納言
すけ二百余人のきじよまで えもん
のかざし色はへて御てんかゝやく斗也
時のくはんばくには鷹司(たかつかさ)の公経(きんつね)にしたがひ
しよきやうけふりをあげざりき 扨又天下
のきろくじやとして三条前ノ中納言
兼政 大伴ノ朝臣忠頼 此両家として こく

どのぜんあくをたゞされおさまる時もけふ
ははや 白鳳二年卯月一日(ひとひ)に成し
かば 上一人よりばんみんまで きかへてけさ
のうす衣にしきのたもとひるがへす はる
すぎて なつきにけらししろたへの 衣
ほすてふあまのかく山と ぎよせいのふうか
あけぼのも いまだかすみのやえ立て
なつのふぜいはなかりけり げにこぞよみ


4
し歌のさま 此けしきにはほいなからん
とのぜんじ也 かゝるをりふしてんもんの
はかせ 木津良(きつら)広信てんそうをもつて
そうするは そのかみ欽明天皇の御宇
に しん羅はくさいこくより暦のひしよを
わたしおはんぬ それより世々をへて
たとへば日月のめぐり 又はせつのかはる
事つら/\是をかんがふるに 一年の

行事にさへ一日しぶんどの一刻程ちゞまり
候 さるによつてばんほくせんさうのかいらく
までこと/\゛くたがひ じこうさんれいせつ
ならず ねがはくしんれきの二くはん げんか
れきぎほうれきにして年中ちうやの
こきうまで つまびらかにつかふまつりなば
万人のよろこびまつせのてうほう是に
すぎずと言上す 君聞召れ誠に欽明の


5
れきしよ程ふれば 此たび暦のかいせいすべし
則当国の大社なれば三輪と春日に
参詣し よろづしんりよにまかすべし
と 兼政忠頼にちよくめいありぎよれんは
さがらせ「給ひける ふるきのきばに名
をうづむ高橋宰相吉連(よしつら)とて せんてい
天武につかへ給ふ人なるが さだめなき世の
さだめとて廿二歳にて死し給ふ されども

すぢなきはらにわすれがたみの姫君つい
やどらせ給ひ らんちやうの内にぎんしよくの
ひかりをうけ 秋のやげつもあけやすく
春さへひかげくれはやく あてなるあそび
しなかへて 玉ごとたまふで玉てばこ くや
しやむかししのぶの草宿は さながら野
と成てふくろうせいれいの風のほか く
けの一るいもましまさねば 吉連のそくじよ


6
ぞと申上べきたよりもなく おもと人まで
見すてゆきしに やう/\めのとの玉水
が ながれをくみてみなもとをにごさず えい
じあげまきの御時よりそだて奉りて
うつくしみ がくはうじよえいのいにしへを
あざむき見し人 きゆる 露なれば あさがほ
の姫と御名をなかばにかへけるが いまお
もへばよしなやな所もしかもあさひの

さと 此まゝしぼませ給ふかや我こそいや
しきはらをかし奉れ ちゝの御名はくちまじと
らうたけてにほやか成かほばせより つな
がぬ玉をはら/\とこぼし アゝ扨うたての
うき身の今 さりとてはうらめしや なげかし
つらしかなしやとしばし たましいなかり
けり 姫も思ひはもろこえのしづみはてず
袖のふち 水なきさとにかなはぬはつゝむに


7
もるゝ涙川 わたりかねたるたかはしの 家は
たえゆく女ぞと身のうへうらむあけくれの
せめてやうきを わするゝと 手がひのとりの
なじみろうてうのくもをこはざる有さまは
げにもやさしう見えにけり されどもこの
たび一天の君の御めぐみふかきゆへ いけるを
はなてとふれければ ちからをよばず姫君は
なれもなごりの今ぞとて 手づからかごをあけ

給へばとをくあそばずうのはなの みだれしえだ
にはをたれて こゝを世に/\ほとゝぎす
さま/\゛こえを「かさねける かゝる所に
かつてめなれぬでんぶやじんとがりおうこ
にかまをたづさえ打つれて来りしが 此
とりを見付なんのくもなくとらへしを姫は
かいま見はしり出 なふそれやこちのじや
がなぜとりやる でんぶ共きくもあへず 何


8
羽の有ものをこちのとはどこからゆるしをとら
れけるぞ 扨もせかいをわがまゝなるいひぶん
と一度にどつとわらひけり げに尤也去な
がら 心有てのはなちどりひらにゆるせと有
ければ こにくきおのこして 心有とは此おとこの
うちいづれか思ひつき給ふ あひしやくよくは
いりむこにといへば又一人すゝみ出 いや/\む
ようのえんぐみいかなるいやしき女じやもしれ

ず とかくろんをやめてけふたつ市のあぢざけ
も こよひは是をさかなにとひとつなる口々に
ざうごんはけば姫君こらゆるにこらへられず
まもりがたなをぬきそばめうつてかゝればでん
ぶども いやだいたんなる小女らうめ只打
ころせとひしめく所へ 兼政かすがの下向也
しが此よしを御覧じて やあ/\こは何事
ぞと宣へば 母はお馬にすがりはじめおはりを


9
申上れば扨こにつくきしわざかな わうじやう
ちかく有ながら今度の御ふれきかざるか こと
さらじんかのらうぜきかれこれおつてぢうざい也
一人ものがすなと宣ふこえにをどろきみな
ちり/\゛ににげてけり 母はあまりのうれし
さに扨有がたやおかげにて 姫をひとりまう
けしと手を合らいすれば ヲゝめでたし/\
仕合と 宣ひながら姫君にうつし心のやる

せなく むねときめけといかにともことばをかく
べきよすがなく 扨もさきたるうの花かな あれ
一えた給れかしみやげにせんと宣へば あつと
こたへて姫君おしげもなくたをりつゝ さし
出せしがしばらくひかへもちたる花をうち
ながめ うつゝなやみづからはひかげにしぼむ身
にしゆへ あけくれ心うの花とながめおりし
にえにしとて 都へもらはれゆきぬるか扨


10
うらやましあやかり物と しほ/\としてさし
出す手を花共にじつとしめ いや此花はなかだ
ちよ 誠は御身の花のかほ いくへに思ふえんの
ひもさはりなきときかげにきて すがたのつぼみ
たをらんにかならずわすれなわすれじと た
がひにことばを残しつゝわかれ/\て
「帰らるゝ 去程に 大伴朝臣忠頼は一家一ぞく
めしあつめ 此度きろくの両家とて暦の

かいせい仰付られ 兼政はぎほうれき某は
けんかれきをさし上しに 兼政がぎほうれき
ばつくんまさり 一々道理にてつしごんくぜつ
すのところ也と是に御せんぎきはまり 則兼
政をあすかの大納言ににんぜらるゝ事まつたく
かれががくとくのあつきにあらず 是皆くはん
ばく公経が取持ゆへ也 其上重てせんじ有
ふじのたかねに五丈のあかゞねのはしらを


11
立 三日三夜のせいてんを見合するよし彼是
もつてたうけのめつばう しよせん兼政とさし
ちがへうきよのまうしうはらさんと 思ひさだめて
いとまごひをの/\さんこしづまれり 爰にとよ
らの虎若とて 忠頼がおいなりしが世上の
人を人はせず 公家共ぶけ共片付ぬばうじやく
のおこのものすゝみ出て申様 御いきどほりし
ごくせり去ながら 死して二度かへる身でなし

先此事は思召とまらせ給へ 某がはからひにて
きやつめをひとりころびさせ 此方(こなた)は世にさ
かへるてだて但いやかといへば やれ虎若それ
こそ望所し 其てだてはいかに いや/\お
まへにてははゞかる事有 先兼政が書たりし
しきしあらば給はるべし 某先達て駿河に下り
思ひ付たるけいりやくそれは其 かゆき所をかく
ごとく御本意とげさせ申べし 心やすく思召せと


12
扨同じ心のらうにんに 戸無瀬(となせ)ノ宇右衛門かたらひ
て其内談をしめすうち はや兼政のふじぜん
ぢやう彼あかゞねのはしらをば 引出すとつげ
ければやれをそなはりてせんもなし とかうは
ろしの相談ぬかるな宇右衛門いそげやヲゝ /\
/\/\おつとせくまい此ちりやく すいをこか
するはまらするひとりころびぞいさめや /\
いさめとうちつれ 屋かたを出にけり