仮想空間

趣味の変体仮名

源氏物語(二十四)胡蝶

 

 

読んだ本 https://dl.ndl.go.jp/pid/2567582/1/1

 

1

胡蝶

 

2

やよひ廿日あまりのころほひ春の御前の

ありさまつねよりことにつくして匂ふ花

のいろ鳥のこえほかの里にはまだふりぬにや

とめづらしう見え聞ゆ山の木だち中じまの

わたり色まさるこけのけしきなどわかき

人々のはつかに心もとなく思ふべかめるに。から

めいたる舟つくらせ給ける。いそきさうぞかせ

給ておろしはじめあせ給ふ目はうたづかさの

人めしてふねのがくせらる。みこたち上達部

などあまた参り給へり。中宮はこのごろ

里におはします。かの春まつそのいとはげ

 

 

3

まし聞え給へりし御返りも此ころやとおぼし

おとゞの君もいかで此花のおり御覧せさせん

とおぼしの給へどついでなくてかるらかに

はひわたり花をもてあそび給べきならね

ば。わかき女房たちの物めでしぬべきをのせ

給ひて。南野池のこなたにとをしかよはし

なさせ給へるを。ちいさき山をへたてのせきに

見せたれど。その山のさきよりこぎまひて

東のつり殿にこなたのわかき人々あつめさ

せ給ふ。龍頭鷁首をからのよそひにこと/\

しうしつらひてかぢとりさほさすわらはべ

 

みなみづらゆひてもろこしだゝせてさるおほ

きなる池のなかにさしいでたればまことに

あらぬ国にきたらん個々としてあはれにお

もしろく見ならはぬ女ばうなどは思ふ。なか

嶋の入江のいはかげにさしよせてみればは

かなきいしのたゝずまひもたゞえにかいた

らんやうなり。こなたかなたかすみあひたる

梢どもにしきをひきたらせるにおまへの

かたははる/\゛とみやられていろをましたる

柳の枝をたれはなもえもいはぬにほひをち

らしたり。ほかにはさかりすぎたる桜もいま

 

 

4

さかりにほゝえみらうをめぐれるふぢのいろ

もこまやかにひらけゆきにけり。まして池

の水にかげをうつしたるやまぶき。きしよ

りこぼれていみじきさかりなり。水鳥と

ものつがひをはなれずあそびつゝほそ池え

だともをくひてとびちがふ。をしの嶋のあや

にもんをまじへたるなど。ものゝえやうにも

かきとゞめまほしきに。まことにをのゝえもく

たひつべう思つゝ日をくらす (女房達の歌也)

 風ふけばなみの花さへ色みえてこやなに

たてるやま吹のさき 

 

 春の池やいでの川瀬にかよふらんきしの

山ぶきそこもにほへり

 かめのうへの山もたづねじ舟のうちにおひ

せぬ名をばこゝにのこさん

 春の日のうらゝにさしてゆく舟はさほの

しづくも花ぞちりける

などやうのはかなきことゞもを心/\゛にいひか

はしつゝ行かたもかへらんさともわすれぬべう

わかき人々の心をうつすに。ことはりなる水の

おもになん。音かゝるほどにわうじやうといふ

がくいとおもしろく聞ゆるに。心にもあらず

 

 

5

つり殿にさしよせられておりぬ。こゝのしつ

らひと事そぎたるさまになまめかしき

に御かた/\゛のわかき人どもわれもおとらじと

つくしたるさうぞくかたち花をこきまぜ

たるにしきにおとらずみえわたる。yほそめ

なれずめづらかなるがくどもつかうまつる。舞

人などこゝろことにえらせ給て人の御心

行べき手のかぎりをつくさせ給ふ。夜にいりぬ

ればいとあかぬ心ちして御前のにはにかゞ

り火ともしてみはしのもとのこけのうへに

楽人めしてかんたちめみこたちも皆をの/\

 

ひきものふきものとり/\゛にし給ふ。ものゝ師

どもことにすぐれたるかぎりそうでうふきた

てゝ。うへにまちとる御ことゞものしらべいとは

なやかにかきあはせてあなたうとあそびた

まふほどいけるかひありとなにのあやめも

しらぬしづのをもみかどのわたりひまなき

馬くるまのたちどにまじりてえみさかへきゝ

けり。そらのいろも物のねも春のしらべひゞきは

いとことにまさりける。けぢめを人々おぼし

わくらんかし。夜もすからあそびあかし給ふ。

かへりごえに喜春楽たちそひて兵部卿

 

 

6

あをやぎおり返しいとおもしろくうたひ給ふ

あるじのおとゞもことくはへ給ふよりもあけぬ。

あさぼらけの鳥のさへづりを中宮は物へだ

てゝねたうきこしめしたり。いつも春のひかり

をこめ給へるおほ殿なれど。心をつくるよすが

又なきをあかぬ事におぼす人々もありけ

るに。にしのたいの姫君こともなき御ありさ

おとゞの君もわざとおぼしあがめ聞え給ふ

御けしきなどみなよに聞えいでゝおぼしゝも

しるくこゝろなびかし給人おほかるべし。わが

身さばかりと思ひあがりたまふきはの人こそ

 

たよりにつけつゝけしきばみことに出聞え

給もありけれ。えしもうちいでぬなかの思ひ

にもえぬべきわかきんだちなどもあるべし。

そのうちにことの心をしらでうちのおほいと

のゝ中将などは。すきぬべかめり。兵部卿の宮はた

としごろおはしける。きたのかたもうせ給て

この三とせばかりひとりぶみにてわび給へば

うけばりて今はけしきばみ給ふ。けさもい

といたうそらみだれして。ふぢの花をかざし

てなよびさうどき給へる御さまいとおかし。

おとゞもおぼしゝさまかなふとしたには

 

 

7おぼせどせめてしらずがほをつくり給ふ。御

かはらけのついでにいみじうもてなやみ

給ふて。思ふこゝろ侍らずはまかりにげ幅エウな

ましいとたへがたしやとすまひ給ふ

 (兵部卿)むらさきのゆへに心をしめたればふちに身

なれん名やはおしけきとておとゞの君におなし

かざしを奉れ参り給いといたうほゝえみ給て

 (源)ふちに身をなけつべしやとこの春は花のあ

たりをたちさらでみよとせちにとゝめ給へば

えたちあがれ給はでけさの御あそびまして

いとおもしろし。けふは中宮のみと経のはじめ

 

なりけり。やがてまyで給はでやすみ所とり

つゝ。ひの御よそひにかへ給ふ人々もおほかり

さはりあるはまかでなどもし給ふ。むまのと

きばかりにみなあなたにまいり給。おとゞの君

をはじめ奉りてみなつきわたり給ふ。殿上人

などものこりなくまいる。おほくはおとゞの御い

きほひにもてなされ給てやんごとなくいつ

くしき御ありさまなり。春のうえhの御心ざし

に仏に花奉らせ給。とりてふにさうぞきわ

けたるわらはべ八人かたちなどことにとゝ

のへさえ給ひてとりにはしろかねの花がめに

 

 

8

桜をさしてふにはこがねのかめに山吹をおな

じき花のふさもいかめしう世になきにほひ

をつくせ給へり。みなみのおまへの山きはより

こぎ出ておまへにいづる。ほと風ふきてかめの桜

すこしうちゝりまがふ。いとうらゝかにはれて

かすみのまよりたちいでたるはいとあはれに

なまめきてみゆ。わざとひらばりなどもうつ

されずおまへにわたれるらうをがくやのさまに

してかりにあぐらともをめしたり。わらはべ

どもみはしのもとによりて花どもたてま

つる。行香の人々とりつきてあかにくはへ

 

させ給ふ。御せうそこ殿の中将の君して聞え

給へり

 (源)はなぞのゝこてふをさへや下草に秋まつ虫

はうとくみるらん宮かの紅葉の御かへりなりけり

とほゝえみて御覧ず。きのふの女房たちも

げに春のいろはえおとさせ給まじかりけりと

はなにおれつゝ聞えあへり。鶯のわたされえていけ

の水鳥もそこはかとなくさへづりわたるに

きうになりはつる程あかずおもしろし。てふは

ましてはかなきさまにとびちがひてやま

 

 

9

ぶきのませのもと。さきこぼれたる花のかげに

まひるに。宮のすけをはじめてさるべきうへ

人どもろくとりつゞきてわらはべにたぶ。

とりには桜のほそながてうにはやま吹がさね

給はる。かさねてしもとりあへたるやうなり

物のしどもはしろきひとかさねこしざしな

どつぎ/\に給ふ。中将の君にはふぢのほそなが

そへて女のさうぞくかづけ給ふ。御かへりきのふ

はねになきぬべくこそは

 (中宮)こてふもさそはれなまし心ありてやへ山

ぶきをへだてざりせばとぞありける。すぐれ

 

たる御らうどもにかやうのことはたへぬにやあり

けん。思ふやうにこそ見えぬ御くちつきどもな

めれまことやかの見物の女房たち宮のにはみな

けしきあるをくりものどもせさせ給けり。さやう

のことくはしければむつかし。明暮につけてもかやうの

はかなき御あそびしげく心をやりて過し

給へばさふらふ人もをのづから物おもひなき心

ちしてなんこなたかなたにもきこえかはし

給ふ。にしのたいの御かたはかのたうかのおり

の御たいめんののちは。こなたにもきこえかはし

たまふふかき御こゝろもちいやあさくもあ

 

 

10

らん。けしきいとらうありなつかしき心ばへと

みえて人の心へだつべく物し給はぬ人の

さまなれば。いづかたにもみな心よせ聞え給へ

り。聞え給人いとあまたものし給ふ。されとお

とゝおほかつけにおぼしさだむべくもあらずわか

御心にもすくよかにおやがりはつまじき御

心やそふらん。父おとゞにもしらせやしてま

しなどおぼしよるおり/\あり。とのゝ中将

はすこしけぢかくみすのもとにもよりて

御いらへ身づから聞え給などするも。女はつゝ

ましうおぼせどさるべきほどゝ人/\もい

 

りきこえたれば中将はすく/\しくて思ひ

もよらず内のおほいとのゝ君だちはこの君に

ひかれてよろづにけしきばみわびありく

を。そのかたの哀にはあらでしたに心ぐるしう

まことのおやにさもしられたてまつりにし

がなとひとしれずこゝろにかけ給へれど。さやう

にももらしきこえたまはず。ひとへにうちとけ

たのみ聞え給こゝろむけなどらうたげに

わかやかなり。にるとはなけれどなをはゝ君の

けはひにいとよくおぼえてこれはかどめいたる

ところそひたる。ころもがへの人の今めかしうあら

 

 

11

たまれるころほひ。そらのけしきなどさへ

あやしう。そこはかとなくおかしきを。のと

やかにおはしませば。よろづの御あそびにてす

ぐし給ふに。たいの御かたに人々の御文しげく

なりゆくをおもひし事とおかしうおぼい

て。ともすればわたり給ひつゝ御らんじ。さるべ

きには御けhりそゝのがし聞え給ひなどする

を。うちとけずくるしきことにおぼいたり。

兵部卿の宮のほどなくいられかましきわび

ことゞもをかきあつめ給へるおほんふみを御

覧じつけてこまやかにわらひ給ふ。はやうよ

 

りへだつる事なうあまたのみこたちの御

中にこの宮をなんかたみにとりわきてお

もひしにたゞかやうのすぢのことなんいみじ

うへだて思ふ給てやみにしを。世のすえに

かくすき給へる心ばへをみるがおかしうもあは

れにもおぼゆるかな。なお御かへりなどきこえ給

へすこしもゆへあらん女の。かのみこよりほかに

又このはをかはすべき人こそ又よにおぼえね。

いとけしきある人の御さまぞやとわかき人は

めで給ひぬべく聞えしらせ給へど。つゝまし

くのみおぼいたり。右大将のいとまめやかに

 

 

12

こと/\しくさましたる人の。こひのやまに

はくじのたうれまねびつべきけしきにうれへ

たるもさるかたにおかしとみなみくらべ給なか

に。うらの花だのかみのいとなつかしくしみふ

かうにおへるをいとほそくちいさくむすびた

るあり。これはいかなればかくむすぼれたるに

かとて引あけ給へり手いとおかしうて

 (柏木?)思ふとも君はじらしなわきくり岩もる

水にいろしみえねばかきざま今めかしうぞほ

れたり。これはいかなるぞととひ聞え給へど

はか/\゛も聞え給はず。右近めしいでゝ

 

かやうにをとづれ聞えんひとをば。人えりし

ていらへなどはせさせよ。すき/\゛しうあさ

れがましきいまやうの人のひんないことし

いでなどする。をのこのとがにしもあらぬこ

となり。われにて思ひしるにあななさけな

うらめしうもとそのおりにこそむしんなる

にや。もしはめざましかるべきははゝ。けやれ

うなどもおぼえけれ。わざとふかゝらてはな

てふにつけたる。たよりことば。心ねたうもてな

いたる。なか/\心だつやうも有。又さて忘れ

ぬるは。なにのとかゝあらん。物のかたよりばかりの

 

 

13

なをさりごとに。くちとう心得たるも。さらで

ありぬべかりける。後のなんとありぬべきわざ

なり。すべて女の物つゝみせず心のまゝに。物の

あはれもしりがほつくり。おかしきことをも

みしらんなん。そのつもりあぢきなかるべきを

宮大将はおほな/\なをさりごrっとをうちい

で給べきにあらず。又あまりものゝほどをしらぬ

やうならんも御ありさまにたがへり。そのき

はよりしもは。心ざしのをむすきにしたがひ

てあはれをもわき給へ。らうをもかぞへ給へ

などきこえ給へば。君(玉)はうちそむきておは

 

するそばめいとおかしげなり。なでしこのほ

そながに。このころの花のいろなる御こうちき。

あはひけたかういまめきてもてなしなども

さへいへどい中び給へりしなごりこそ。たゞあ

りにおほどかなるかたにのみは見え給ひにけ

れ。人のありさまをも見しりたまふまゝに。

いとさまようなよびやかに。けさうなども心

してもてつけ給へれば。いとゝあかぬ所なく花や

かにうつくしげ也。こと人とみなさんはいとくちお

しかるべうおぼさる。右近もうちえみつゝみた

てまつりておやと聞えんにはにげなうわかく

 

 

14

おはしますめり。さしならひ給へらんしもあ

はひめでたしかしと思ひいたり。さらに人の

御せうそこなどは聞えつたふる事は侍らず。

さき/\もしろしめし御覧じたるみつよつは

ひき返しはしたなめ聞えんもいかゞとて御文

ばかりとちいれなどしはべめれと御かへりはさ

らに聞えさせ給おりばかりなん。それをだに

くるしいことにおぼいたるときこゆ。さてこのわか

やかにむすぼゝれたるはたがぞ。いといたうかい

たるけしきかなとほゝえみて御らんずれば。か

れはしうねくとゞめてまあkりにけるこそうち

 

のおほとのゝ中将のこのさふらふ見るこを。も

とより見しり給へりけるつたへにて侍ける

また見いるゝ人も侍らざりしにこそと聞ゆ

れば。いとらうたきこと哉けらうなりとも

かのぬしたちをばいかゞいとさははしたなめん。

公卿といへどこの人のおぼえにかならずしもな

らぶまじきこそおほかれ。さる中にもいとし

づまりたる人なり。をのづから思ひあはする

よもこそあれ。けちえんにはあらでこそいひま

ぎらはさめ。みどころある文がきかななどとみ

にもうちをき給はず。かうなにやかやときこ

 

 

15

ゆるをもおぼす所にやあらんと。やゝましきを。

かのおとゞにしられ奉り給はんことも。まだ

かうわか/\しうなにとなきほどに。こゝら

としへ給へる御なかにさしいで給はんことは

いかゞと思ひめぐらし侍る。なを世の人のあめ

るかたにさだまりてこそは。人々しうさる

べきついでも物し給はめと思ふを。宮はひとり

物し給やうなれど人からいといたうあだめい

て。かよひ給ふ所あまた聞え。めしうどゝか。

にぐけなるなのりする人どもなんかずあまた

聞ゆる。さやうならん事はにくげなうてみな

 

をい給はん人はいとようなだらかにもてけ

ちてん。すこし心にくせありては人にあかれぬ

べき事なんをのづからいできぬべきをその

御心つかひなんあへき。大将はとしへたる人のいた

うねびすぎたるをいとひがてらにもとむな

れど。それも人々わつらはしがる也。さもあへい事

なればさま/\゛になん人しれず思ひさだめかね

侍る。かうさまの事はおやなどにもさはやかに

わが思ふさまとてかたりいでがたきことなれ

どさばかりの御よはひにもあらず。今はなどか

何事をも御心にわい給はざらん。まろをむかし

 

 

16

ざまになずらへてはゝ君と思ひない給へ。御心

にあかざらん事は心くりしくなどいとまめやか

にて聞え給へば。くるしうて御いらへきこえんと

もおぼえ給はず。いとわか/\しきもうたて

おぼえて。なに事も思ひしり侍らざりける

ほどより。おやなどはみぬものにならひ侍て

ともかくも思ふ給へれずなあんときこえ給ふ

さまのいとおいらかなれば。げにとおほいてさう

はよのたとひののちの親をそれとおぼいて

をろかならぬ心ざしの程も見あはらしてはて

給ひてんやなどうちかたらひ給ふ。おぼすさ

 

まの事はまばゆければえうちいで給はずけし

きあることばゝ時々まぜ給へどみしらぬさま

なればすゞろにうちなげかれてわたり給ふ。

御前ちかきくれ竹のいとわかやかにおいたちて

うちなびくさまのなつかしきにたちとまり

給ふて

 (源)ませの日にねふかくうへしたけのこのをの

がよゝにやおひわかるべき思へばうらめしかべい

事ぞかしと。みすをひきあげてきこえ給へば

いざりいでゝ

 (玉)いまさらにいかならんよかわかたけのおいは

 

 

17

じめけんねをばたづねんなか/\にこそ侍らめ

と聞え給をいと哀とおぼしけり。さるは心の

うちにはさもおもはずかし。いかならんおりきこえ

いでむとすらんと心もとなくあはれなど此

おとゞの御心ばへのいとわりがたきをおやと聞

ゆるとももとよりみなれ給はぬはえかうしも

こまやかならずやと。むかし物がたりをみ給に

もやう/\人の有さま世の中のあるやうを見

しり給へば。いとつゝましう心としられ奉らん

事はかたかるべうおぼす。とのはいとゞらうたし

と思ひ聞え給てうへにもかたり申給ふ。あや

 

しうなつかしき人のありさまにもあるかな。か

のいにしへのはあまりはるけ所なくぞありし

此君(玉)はものゝありさまも見しりぬべくけぢ

かき心ざまにそひてうしろめたからずこそみゆれ

などほめ給ふたゞにしもおぼすまじき御心

ざまを見しり給へれば。おぼしよりて物の心

得つべくは物し給ふめるを。うらなくしもうち

とけたのみ聞え給らんこそ心ぐるしけれと

の給へば。などたのもしげなくやは有べきとき

こえ給へば。いでやわれにても又しのびかたう

ものおもはしきおり/\ありし御心ざまの

 

 

18

思ひいでらるゝふし/\゛なくやいとほゝえみて

聞え給へばあな心とゝおぼいてうたてもおぼし

よるかないと見しらずしもあらじとてわづら

はしければの給ひさして。心のうちに人のかう

をしはかり給ふにもいかゞはあべからんとおぼし

みだれ。かつはひが/\しうけしからぬ。わが心の

ほども思ひしられ給ふけり。心にかゝれるまゝに

しば/\わたり給つゝ見たてまつり給ふ。あ

めのうちふりたるなごりのいとものしめやか

なる夕つかた。おまへのわかかえてかしはぎ

などのあをやかにしへりあひたるが。なにと

 

なく心ちよげなる空をみいだし給ひて。わし

てまたきよしとずし給ふて。まづこの姫君(玉)

の御さまのにほひやかげさをおぼしいでら

れて。れいのしのびやかにわたり給へり。てなら

ひなどしてうちとけたまへりけるを。おきあ

がり給ひてはぢらひ給へるかほのいろあひ

いとおかし。なごやかなるけはひのふとむかし

おぼしいでらるゝにも。忍びがたくてみそめた

てまつりしかは。いとかうしもおぼえ給は

ずと思しを。あやしうたゞそれかとおもひ

まがえらるゝおり/\こそあれ。あはれなるわ

 

 

19

ざなりけり。中将のさらにむかしさまのに

ほひともみえぬならひに。さしもにむものと

思ふに。かゝる人も物し給ふけるよとてなみだ

ぐみ給へり。はこのふたなる御くだものゝな

かにたちばなのあるをまさぐりて

 (源)たち花のかほりし袖によそふればかはれ

る身ともおもほえぬかなよとゝものこゝろにか

けてわすれがたきに。なくさむことなくてす

ぎつるとしごろをかくてみたてまつるは夢に

やとのみ思ひばすをばえこそしのぶましけ

れ。おぼしうとむなよとて御手をとらへ給へば

 

女かやうにもならひ給はざりつるを。いとうたて

おぼゆれど。おほとかなるさまにものした編む

 (玉)袖の香をよそふるからにたちはなのみ

さへはかなくなりもこそすれむつかしと思ひ

てうつぶし給へるさまいみじうなつかしう。て

つきのつぶ/\とみえ給へるみなり。はだつき

のこまかにうつくしげなるに中々なる物

思ひそふ心ちし給ふて。けふは思ふ事聞え

しらせ給ひける。女はだつき心うくいかにせんとおぼ

えてわななかるゝけしきもしるけれど。なにゝ

かかくうとましとはおぼいたる。いとようもて

 

 

20

かくして人にとがめらるべくもあらぬ心のほど

ぞよさりげなくてをもてなし給へ。あさ

くも思ひ聞えさせぬ心ざしに。またそふべ

ければよにたぐひあるまじき心ちなんす

るを。このをとつれきこゆる人々にはおぼし

おとすべくやはある。いとかうふかき心ある人

は世にありがたかるべきわざなればうしろ

めたくこそとの給ふ。いとさかしらなる御お

や心なりかし。雨はやみて風の竹になるほ

ど。花やかにさし出たる月影おかしきよの

さまもしめやかなるに。人々はこまやかなる

 

御物がたりにかしこまりをきてけぢかくも

さふらはず。つねにみたてまつり給ふ御なか

なれど。かくよきおりしもありかたければこと

にいてたまへるついでのひたふるごゝろにや。

なつかしい程なる御ぞとものけはひはいと

ようまぎらはしすべしたまひてちかか

にふし給へば。いと心うく人のおもはんことも

めづらかにいみじうおぼゆ。まことのおやの御

あたりならましかば。をろかにはみはなち給

とも。かくざまのうき事はあらまじやと

かなしきに。つゝむとすれどこぼれ出つゝいと

 

 

21

こゝろぐるしき御けしいなれば。かうおぼす

こそつらけれ。もてはなれしらぬ人だによのこ

とはりにてみなゆるすわざなめるを。かくとし

へぬるむつましさにかばかりみえたてまつる

や。なにのうとましかるべきぞこれよりあな

がちなる心はよも見せ奉らじ。おぼろけに

しのぶるにあまるほどをなくさむるぞやとて。

哀げになつかしう聞え給事おほかり。まし

てかやうなるけはひはたゞむかしの心ちして

いみじうあはれなり。わが御心ながらもゆく

りかにあはつけき事とおぼししらるれば。いと

 

よくおぼしかへしつゝ。人もあやしと思ふべければ

いたうよもふるさでいで給ひぬ思ひうとみ給はゞ

いと心うくこそあるべけれ。よその人はかうほれ/\゛

しうはあらぬ物ぞよ。かぎりなくぞこひしら

ぬ心ざしなれば。人のとがむべきさまにはよも

あらじ。たゞ昔こひしきなぐさめにはかな

きことをもきこえん。おなじ心にいらへなど

し給へといとこまやかに聞え給へど。われにも

あらぬさましていとゞうしとおぼいたればいと

さばかりにはみたてまつらぬ心ばへをいとこ

よなくもにくみ給ふべかめるかなとなげき

 

 

22

給ひて夢けしきなくをとていで給ぬ。女君

も御年こそすぐし給にたるほどなれ。世中

をしり給はぬ中にも。すこしうちよなれた

る人のありさまをだに見しり給はねば。是

よりけぢかきさまにもおぼしよらず。思のほ

かにもありける世かなとなげかしきに。いと

けしきもあしければ人々御心なやましげ

にみえ給ふともてなやみきこゆ。とのゝ御けし

きのこまやかにかたじけなくもおはしますか

な。まことの御おやときこゆともさらにかばか

りおぼしよらぬ事なくはもてなし聞え給

 

はじなど。兵部なども忍びて聞ゆるにつけて。

いとゞ思はずに心づきなき御心のありさまを

うとましう思ひはて給ふにも。みぞうかり

ける。又のあしら御ふみとくあり。なやましかり

てふし給へれど。人々御すゞりなどまいりて

御返りとくと聞ゆれば。しぶ/\にみ給。しろ

きかみのうはへばおいらかにすく/\しきに。いと

めでたうかい給へり。たぐひなかりし御けしき

こそ。つらきしもわすれがたういかに人みたて

まつりけん

 (源)うちとけてねもみぬ物をわか草の事有

 

 

23

かほにむすほらるらんおさなくこそ物し給ひ

けれとさすがにおやがりたる御ことばもいとに

くしとみ給て。御かへりこときこえざらんも人め

あやしければ。ふくよかなるみちのくにがみに

たゞうけたまはりぬみだりごゝりのあしう侍

れば聞えさせぬとのみあるに。かやうのけし

きはさすがにすぐよかなりとほゝえみてうら

み所ある心ちし給ふもうたてある心かな。いろ

に出給ふてのちはおほたの松のとおもはせた

る事なくむつかしう聞え給ふことおほか

れば。いとゞ所せき心ちしてをきどころなき

 

もの思ひつきていとなやましうさへし給ふ。

かくてことの心しる人はすくなうてうときもした

しきもむげのおやざまに思ひきこえたる

をかうやうのけしきのもりいでは。いみじう

人わらはれにうきなにもあるべきかな。ちゝおとゞ

などのたづねしり給にても。まめ/\しき御

こゝろばへにもあらざらんものからましていと

あはつけうまちきゝおぼさん事とよろづに

やすげなうおぼしみだる宮大将などはとのゝ(源)

御けしきもてはなれぬさまにつたへきゝ給

ていとねんごろにきこえ給ふ。このいはもる

 

 

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中将もおとゞの御ゆるしをほのきゝてまことの

すぢをばしらず。たゞひとへにうれしくて。おり

たちうらみきこえまどひありくめり