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菅原伝授手習鑑 三段目 訴訟の段

 

読んだ本 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/856508

 

 

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336左頁 1行目下~

あらず戻られし  
年は寄ってもこはいは親 上へも上らず犬蹲(つくば)ひ
けふの御祝儀おめでたふと 祝儀は述べても
赤面し塵をひねらぬ斗なり 親はほや/\
機嫌顔 嬶達が先へ来て七十の

 

 

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337
賀を祝ふてくれたで けふの祝ひはさらり
と仕廻た 知れて有る刻限遅いは何んぞ障り
が有ってこぬに極つた 梅王松王よふ
こそ/\来てくれた コレ二嫁女 珥くち
たで有ふが雑煮祝はしてたもつたりと

折た桜は見なからも誰仕わざぞと咎め
もせず 叱る所を叱らぬ親一物有りとしら
れたり 梅王丸懐中より用意の一通取
出し 祝儀済で候へば私の所存の願ひ 是
に書付け候と親の前に指し出せば 松王も又

 

 

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338
一通身の上の願ひ是に有と 同じ所へ直
せしはいひ合せたる如くなり 白太夫打笑ひ
心やすいは親子兄弟夫婦 かうならんだ
中願ひあらば口でいはいで ぎつとした
此書付さらばおらもきつとして代官所

格で捌くと 願書手に取上つぶ/\読む
も口の中 願ひは何やら聞えねど 春と
千代とは夫の心しつて居る筈後先を
しらねば案じる八重一人 三人の兄弟いさ
かひ親父様が頼み申 けふ中直しといひ

 

 

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339
合した千代様春様こりや何ぞい 何を
いふてもこちの人 桜丸殿ござらぬゆへ心
当てか皆違ふた 道で眩暈(けんうん)がおこつたか
と見へぬ男を案じるやら 二人の願ひも
気にかゝり 小首傾(かたぶ)け案じ居る 親父は

二通供仕舞 コリヤ梅王 そちが願ひに旅
立隙くれとはムゝ推量するに外でもある
まい 管丞相のござる嶋か 成程/\ 結構
な御殿に引かへ 埴生び小屋の御住居
御用聞く人なければ 梅王下つて御奉公

 

 

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340
仕らん 身のお暇と申しける ムゝ恩をしら
ねば人面獣心といふてな 顔は人でも心は
畜生 嶋へ参て御奉公がしたいとは
まんさら恩を弁へぬ畜生けは離れた
心 コリヤヤイ御台様や若君様おかはり遊ば

されずござる前日知れた旅立の願ひじや
な イヤ御台様は其以来お目にもかゝらいで 御座所
も存ぜぬ 併し女義の御事なれば 若君様
とは又格別 菅秀才の御事は慥にといはんと
せしが 松王を尻目にかけ 慥に所は存ぜね

 

 

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341
共息災に御座有る噂 ヤイ馬鹿者 大切な
菅秀才様息災なと聞いた斗 お目にかゝ
らず有り家もしらず それでおのれ忠義が済む
か 女義の身とぬかしおる御台様は主じや
ないか コリヤヤイ尤も御不自由な配所のお使居 お

傍へ参つて御用を聞 膝行(いざり)役の奉公は此
白太夫が能イ役じやはい 血気盛り奉公盛 
管丞相の所縁(ゆかり)と有は 根掘葉掘絶さん
迚鵜の目鷹の目 油断ならぬ讒者の所行(しはざ)
すはといふ時身を構へず 御用に立つ所存はなふて

 

 

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342
膝行役を願ふは命が惜しいか 歌がこはいか 旅立
の願ひ叶はぬ/\取上げぬと 頼書顔へ打付けてはつ
たと睨む老いの腹立 道理至極に梅王夫婦誤り
入たる風情なり ヤイ松王そちが此願を見れば 勘当
を請たいとな ハアゝゝ神武天皇様以来珍しい願ひ

じやな 不孝といはば譬へのないやつ 余り珍しい
願ひなれば聞き届けてくれるぞと親の了簡 ハハア忝しと
悦ぶ松王勇み立 親子兄弟の縁を切る所存
も問はず赦されしは 此松王が主人へ忠義 推
量有ての事成べし ハゝいか様口は調法な物じやな

 

 

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343
主人への道立臍がくねる 道も道に依ってな 横に取
て行く道を 蟹忠義といふはいやい 甲に似せて穴
を堀と勘当受れば兄弟の縁も離れ時平
殿へ敵対ば切っても捨ん所存よな 尤善悪差別(しゃべつ)
なく主へ義は立にもせい 親の心に背くをな 天道に背く

といふわい 望叶へて取らする上は人外め早帰れ 隙どら
ば親子の別れ箒くらはそふと筋骨(すじほね)立ていかる
声 松王は思ひの儘女房こいと引ツ立行 千代はさすが
に親兄弟名残も惜しき相嫁の 顔を見るめも
あかれぬ涙袂しぼつて出て行 ハレヤレ嬉しや面倒な

 

 

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344
やつ片付けた そこな馬鹿者 御台若君の御行
家尋ねにいかぬか うせぬかと 是も手づよふきめ
付けられ そんなら嶋へは サア行た所へはおれが行くはい 出て
行け/\をこはがるお春 八重様後でよいやうに お詫言を
と云捨てて 夫婦は門へ白太夫は 唾を