仮想空間

趣味の変体仮名

にきはひ草 上

読んだ本 https://www.wul.waseda.ac.jp/kotenseki/html/he10/he10_06834/index.html

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1

にきはひ草 上

 

2

つれ/\なるいとまなく一生をくるしめて七十年に

あまりて夢のさめたる心ちするにもあらす

現(うつゝ)ともなくまきらはしく目くらし硯のほこり

打はらひてたま/\筆とりおもひ出ること

そこはかとなく書つけ侍るこゝろある人/\の人の

ため末の世のためにもとて書をきける物数/\

あり其たくひの事もとよりしる身にもあら

す書つくへきすへもしらすたゝ年をかさね経(へ)

たるに見おほえたる事聞たる事の忘れの

こしたるうぇおかきつけ侍る也我身の幸(さいはい)を人に

しらしめんとするにやと罪うへき事にも思ひ

侍らぬにはあらされとも世の人のとりあけ見る

 

 

3

へき物もあらされは身に過て有難くかた

しけなく覚えける事共数多有しこと書付

置て子孫にも是をしらせ其品々をおろそ

かに思はすおろそかにとりあつかはさせしかた

めにしるしをき侍る也我一生世に稀有のしれ

ものなる事ことはりいはんもm人かましけれはか

き付侍らすいとわかゝりし時学ひしらまほし

くおもひし事なきにしもあらさりけれと

あとつくはかり足をとゝむることもなくて

東西にはしり南北にいそきていたつらに

くらしてけりおなし言葉のついてにいひいてん

もつみふかき事に侍れ共吉田兼好はよね

 

たまへせにもほしとよみて頓阿(とんあ)のかたへつかはし

けれは返しによねはなしせにすこしとよめる

おなし程の不便の人々なるへし其世によねせに

有ものかす/\有へけれとも名利(みやうり)をもとゝして

無下に世をむさほる者なれは兼好おもてを合

する事もなとかは侍るへきとめるをにくむ心さし

よりこそ今の世まても名高きほまれは侍な

れ我とめる身にはあらされともよにあり

せにあり民のかまとのにきはひある人まねし

て心のいとまさらになく身心こと/\く兼好に

は黒白(こくひやく)うらはらなるかゆへにつれ/\草によせ

てにきはひ草とや名つけ侍るらん人はとゝも

 

 

4

かくともいへ我つねに物わすれするもあしか

らすいくたひもとり出てむかしみなれし人に

あふ心ちするもさすかに初てあふには一きは

なくさむやもまされるにや又今更おなし事

いはしとにもあらすめつらしからす人ことに

常にみなれきゝなれし事ともに侍れ共我

やに心をつくへき事なりとおもふ事面白

しとおもふ事あとをさきともわきまへす

物くるおしく書つけをきて見侍ることにいつも

初音の心ちこそすれと打すしけるも物わ

すれのとくとそ覚え侍る也

一耳したかふ頃もはるかに遠く過ぬれはことはり

 

とはおもひ侍れともあるにもすきてうくひ

す時鳥のはつね待へき便(たより)もなし春の朝出るを

花のかさそふ風はさすかにのとやかなるとはしりぬ

籬(まがき)の内に木鳴(なく)鶯の声にほやかなるにおとゝも

時々声打そへ給ふさきくさの末つかたさそあ

らんとおもひやられ侍るのみそやのなくさめに

て暮行空にほとゝきすをきかさるはいと口

おしけれとさにこそと思ひなしても有なん

説法をきかす読誦のこえをきかさることそ

かなしき

一文明十四年八月廿九日夜兼豪僧都(けんがうそうづ)夢に北野

天神我このむ事有とてしめし給へる御歌

 

 

5

〽きゝたきは例時懺法不断香鞠ける音にしく物はなし

これみな耳の御たのしみ読経の声を常に

きこしめされたきとの御歌なり天台大師

云読誦経典は法身気命(ほつしんのけみやう)也妙楽大師云法身

気命とは(略也)是仏をいけ奉る功徳也と云釈(しやく)

の心也今世後世にわたりて耳なきはかり悲しき

はなし老ほれ性根(せいこん)なく成ぬれはよむことかく事

いとゝかなひ難し残れる命の程何をかなすへし

昔ある僧に物を問(とふ)答(こたへ)て云茶をのめ又問また

茶をのめ幾度(いくたひ)問共同答也これ我に応したる

答かなと思ひよりて今は人の物かたりきかん

ともせそ只茶をのみてそくらし侍ぬ

 

一茶湯といふ事世にもてはやす事になれるは

近き代よりはしまれる事也茶は中頃杣尾(そまお)

何上人よやらん異国より茶の種をとり来れる

よしいひ侍るはひかことにて侍るにこそ茶は昔

よりおほやけのもてなし給ふ物にて季の御読

経とて二月八日大般若を百敷(もゝしき)にて講せられ

引茶とて僧に茶を給物にて有けれは昔は

禁中に茶碗もありし事なりとそ異国に

は猶古より有之事桜となり古き侍共数々

有四休居士云麁茶(そちや)談飯(だんはん)飽(あけ)即(すなはち)休(きうす)といへり是

もてなし物の心見えたり虚堂(きよだう)の禄にも茶呑(のみ)

て遊ぶと云事有委(くはしく)しるすにいとまなし如此

 

 

6

茶と云物は古より有之事と見えたり茶

湯道といふ事有近き世よりいひ初ける道に

て賢人聖人の教(をしへ)にもあらすしてしかも聖

賢の道にひとしく仏道神道にも能(よく)通(つう)しぬへき

道也異国の事はしらす此国にこのみもてあそ

はん道には無上第一の道ならんといはんは和歌の

道にしはらく恐れ有和歌は神代よりおこり

其徳ふかき事今更いふへきにもあらす得る

事かたく人の心をなくさむるのみの道には更に

なし其家に生れ学び給ふへきあてなるかた/\

たに深くこのみ給はさるにや此道得たまふと

いふは稀也茶湯は貴賤程につけつゝ人をもて

 

なす事をもとゝして参会す亭主となり客と

なるに先(まづ)身を清めあかつかぬ物をえりいてゝ着

し秘蔵しもてる調度とも取出目をよろこは

しめ思ふとち又珍しき客なとも寄合(よりあひ)て都鄙(とひ)

昔今の物かたりしよきにほひせんとたき物

す山海にやをめくらして何くれとしつらひてう

しいてゝ我をして余念なく人をもてなさんと

おもふは聖人の心にも近かるへしけん茶湯道によく

達し叶へる人とはいかなるをいはんやとおもひ

いりて見るに心第一なり自然と物ことに器用

有て人目に物をよく見知(しり)耳に物を能きゝ覚え

鼻にも能(よき)香それときゝしり弁説能身持

 

 

7

むさからす六根皆不足ならぬかよし此中に心の

はたらきと目に物を見しるとこの二つ茶湯の

道の眼(まなこ)也ちやのゆには物すきのよしあしといふ

事あり是心のなす所なり此所において無量無

辺の品々善悪あり上手下手あり眼きかされは人

の物w¥すきよしあしをみしらす眼きかさるかゆへに

ありする程の事目ある者みてはよからす無下に

笑止なるもありめきかされは人の物すきのよき

を悪くみなすこと多ししらさる人の心にてはいか

なるをよしとさためいかなるをあしきと定めんや

といふへし定らすして定る教有教られす習

はれす教外別転(きやうけへつてん)也六(むつ)かしき所なり個々において自

 

然の器用不器用有事也天台大師色由心造全(しきゆしんさうせん)

体是心(たいせしん)と釈し給ふことく心より造りいたす形

なれは心一つならさる故にかたちおなし物ならす

心各別なれは我好(このむ)所又同し物に有へからすしか

あれとも同し物にはあらてもかほかたちよき

はよしと見えみにくきはみにくしとみゆる事世

になへてしるし茶湯の物すきよしあしきもか

くのことし同し物にはあらてよしあし品々程々無

量也此善悪は世になへて見知事にはあらさるへ

し色をも香をも知人そ知にてそあらんかし古

より伝へ来る茶湯の道の物しりと名高く云人

物すきあしく目かつてきかぬも有ぬへし物すき

 

 

8

あしくめきかさるものは名物といへ共見事なると

しらす値千金万金といへる茶入も昨日今日のてき

茶入もひとしくみる墨跡等(とう)も誰の筆とまて

はしらぬとも眼きゝたる人は見事なると見事

ならぬは見知る也又とり売目利とて一通(とをり)有

和漢を能見分値いかほとならんなと能見

知たりといへ共茶湯道の目利には及さる事有

値はしらすさても見事なると云物有値高立

の唐物といへ共茶湯に出す事いやなる物多し

水指(さし)花入類にても能恰合(かつかう)と人毎におもへる

せいのたかさより五分も過て見事なる物有

五分みしかくて面白き有少かど有てよく丸

 

くてよきあり茶湯の道には萬に此事有み

ても聞ても知かたかるへしこゝにおいて又教外(きやうげ)

別転なるへし書しるすへき数/\は濱の真砂と

先人もしるしをけることく也筆にかきりあれは

猶しるしかたし情以新為(こころはあたらしきをもってなす)先詞以舊可用(さきとことばはふるきをもってもちゆべし)此心を

能得へしと先人の伝也と又人に伝られし一巻

のおゝ書有てまことに此心をよく得すして

は茶湯者とはいひかたかるへし歌をよまんと

心をはけます一此詞を仰(あをぎ)用(もちひ)さらんはまことの

歌よみにあらし新造の詞を求むれはを

のつから先(まづ)俗に近く此道の魔道共成ぬへき

事おほし心を新くともとめすしてふるき詞

 

 

9

はかりによみたるは我歌にあらすよしあし上

手下手こゝに有へき所也茶湯此心に能(よく)相(さう)

応(をう)せり先古より伝来りかゝる事能覚て其所

に住せさる事不住青霄裡(せいしゃうのりにもとゝまらず)と心得へきかなら

ひ覚たるに心をとゝめて時に当りて其かくを

はつすすへをしらぬは萬の道の下手(へた)くせなる

へし東山殿御代の床のかさりをき合など委

書付たる有見覚てよろしき事也是ふるき

を用るたくひ成へしつら/\案(あんす)るに利休といへる

者は権者にや有けんとまてそ思ひ侍る也伝聞さ

かひの町人とそ出家にもあらす智者にも

あらす儒者にもあらす歌道者にもあらす

 

能書にもあらすして世にもちいられ誉有

事も世にならふ人なし茶湯の道具のなりふり

よしあしと云事なりふりに定なけれはその

道しらぬ人に是をよしと云是を悪と定ると教

へしらせんやうなし今の世によしあしと見知たる

はみな利休類(りう:流の間違い?)の目とをりと云物成へしと

覚侍る也かけ物の表具みな利休をもとゝ

す床(とこ)の内竹釘の長さまても利休打たるに

一分ちかひたれは目にたちてあしくみゆる也

是利休類の目か伝はれる物也と覚え侍りおとし

かけ花入かけの折釘等皆同前少あかりさか

りあれは其まゝめにたちてみゆる也利休時は

 

 

10

是なれとも今は是よりよけれと云事も有へ

しまことに昔のよりは今の好みかよき事な

らむ利休にみせたらんに今の是よしと云へし

よきを悪しと見るへきめにてあらされはなり

茶入茶碗は時の宗匠の好所によりて大小のかは

り出来る事有へし然共名物と云物多しそれに

もとつく心有へけれはさのみは後々まても替へし

共覚侍らす利休茶杓けつりをきたる内ににも

見事ならすとてもてはやささるありこれ利休流(りう)

の目利にて云事なれは今利休にみせたり共

此達の茶杓はよろしからすとて用へからず此類(たくひ)

の事これにて知へしさる程にわり竹一ふし

 

をけつりて値直(けちき)黄金十枚二十枚の代(かはり)となり

筒一ふしきりて園城寺と名付たるは値千貫と

なる是人間の作(さく?)とは云かたし唐(もろこし)にも我朝に

も古以来(よりこのかた)かゝる事又伝へきかす其身何の徳有

にもあらすして竹くきまけたる様なる

筆しててにをはちかひたる狂歌なと書入

たる假名文表具し用て茶湯の床の懸物と

して秘蔵しもてはやす返々ふしきの人也

台子(たいす)の茶湯とていとこと/\しく秘蔵する事

にいひなし伝へ受(うけ)る事になれる事有利休より

後に織田有楽、古田織部(をりべ)茶湯の道を能伝へら

れける程に世にのゝしり用ひける事甚(はなはた)しかり

 

 

11

けり本阿氏の中に持徳斎と云しもの若年

の頃より此道にすきて見覚聞ならはんと心を

はげまし両家へ年をへて足たゆく常にあゆ

みをなしけるほとに両所共ににいと心よくせら

れける有楽軒は年の始の茶湯にあひ給はんとて

元旦ことに数ヵ年持徳斎か許に入来有し

両所の臺(?)子中にも有楽軒は度々夜会な

とにも見せ給ひし又尾陽に瀧新右衛門とて?

?の孫にて有けれはめしをかれ侍し持徳斎

も同し国主の知行したまひけれはいと心よく

おもひ合ける程に暮に集会し侍る度ことに

臺子伝授せられよとせめられけれはわぬしの

 

ならひ覚えたるやう我我にみせよ我覚たるに

ちかひたることあらはそこ/\はかくと語りき

かせんといはれけるさらはとてたてゝみせ侍り

けれは我覚たるに一所もちかひたる事なし

さては織田も古田も同し田地より出たるよと

いはれける程に実(まこと)に侍らは臺子の事少も

不漏(もらさず)伝授し侍ると一筆書て給へといひけれは

則其座にて文一つかきて得させたりける

今に残れり其後堺に能(よく)伝(つたへ)得たる者有と

沙汰し有けれは立本寺の東湯と云人茶湯

に深く心をなしたりけれは堺へ行て望て

是を見て帰て語りけるも持徳斎につたへ受

 

 

12

しに臺子の一とをり少もちかひなし茶入のふた

を取て人指ゆひにて打かへしうらをうへになし

てをきけり是一つはかりちかひ候と語申

されしヶ程のたちの事はやを新(あたらし)くもすへきに

あらされは古のことく其まゝ伝りていつれも

ちかふ所なきとそ覚え侍る我六十余年上

中下茶湯に逢侍し其品々おもひ出し侍る

に人の面をみるかことくおなし様なるはなしほ

まれある上手といへるかた/\もおなし筋(すち)

なるよとみゆる所もそは有なから物すき

をはしめ茶の事所作ふりも皆各別也各別

ならはよからぬも有へき事なるにいつれも

 

一とをりそのゆへ有事よと見えたりをし

わたりのちやのゆ者なと及ぶ事にあらす是

はよきつかひ者もてる人/\也なみ/\それより

下つかた品々狂言見るかことく成も有し雨夜の

物かたりにかきつけ侍也

一ある人の許へ近衛殿ならせ奉るはや御成候

と申時亭主心に座敷今少あかり過たる

とや思ひけん長さ一尺四五寸も有けん程の竹

にてつけあけしてありけるをみしかきに取

かへんとて其長きはふところにさし入たり

けるをはや御成といふを聞てふところに入

ける竹の事わすれて御迎に出たり忝なし

 

 

13

と頭をさけんとすれはふところより竹

出ておとかいにつかへけるわきへかほをふりて

かしらをさけける程に耳のあたりにつき何

かり/\する是はいかなる事にやと思ひけるに頓(やが)

て御水量有て御笑(わらひ)となりける余事に面白

事もあらさりけれは却(かへつ)て一興と成て後々

の思出とそ成ける或は迎(むかひ)に出て戸にかけか

ねして入てたゝけ共よ所の事に聞てあけ

さるも有又あこいと云所にお家落の者茶

湯しけり客前に隣に用の事や有けん行

居たりけるに其内に客来ておもてより

入けり音の出入するも同しおもて口より

 

する家なりけれは客人よりあとに内へ入事は悪

きとや思けんはしをさしのほりてへいをこ

さんとしけれは客人と見合ける程に言葉も

なく心せきてよろほひ落て腰をたかひて

立出る事難成て客興なくて帰ける此類の事

数々也是皆初心にて心そらに成たる故也少仕

似せたる者にはかゝる事はなし或は物をとり落

しこほしけかする事は上手の上にも多し又

老人なとは失念もおほく有わかきにも失念

有初心故の失念はけかより見にくしけかも

失念も物なれぬるは見苦しからすもてなす

とにかくに茶湯の位による事や

 

 

14

一茶湯の路次に名すゆると云事善悪重々段

々有扨も能すへなしたりと見知れる人は

中/\心も及はさる事成と感入程成事有と

てもいつかたか見事なるもしらぬ客人多し

曲(きよく)もなし情(なさけ)なし此事名のみにあらす此道

にすける人は今日の客人見知る事なしと知て

も万思ふ程我心のたけ能しるす事也客

はよしともしらねとも我一分の慰(なくさみ)なり

と佐久間氏金森(かなもり)氏も同し如くに申されし

長明云〽月さゆる氷のうへに霰(あられ)ふり心くたくる

玉川の里 是はたとへは石をたつる人のよき石を

えすしてちいさき石をとり集めて

 

たかくさし合せつゝたてたれといかにもまことの石

にはおとれるやうにわさとひたるか失に

て侍る也と書り是は歌のよみ方のこと

をいへり此事は外に粗しるし侍ぬこゝには

略之大に見事成石あしくすへなしたるはた

とへは新く見事なる肴をくはれぬやうに料

理したるかことし又ちいさく見事けもなき

わり石共なとを見所有やうにすへなしたる

是上手のしわさ也たとへは是は塩につけ

干なとしたる肴を能料理しなしたるか如し

され共新く見事成肴を能料理したるに

は不及か如し金森氏の教へにさひて面白き

 

 

15

と云はやすしだてに見事成事難成事也と

いはれたるは是成へし

一茶湯は客をもてなしなくさむるをもとゝ

するゆへに道具はなくてもといへ共有に

しかしまして名物なと云伝たる程の物有方

は萬あしけれ共人望て一会に逢事也さ程

の物はもとめ難し人たに持たれは掃除仕

よしといへ共路次守備せぬ事多しかけたる

懸物棚の置合(おきあはせ)等下火まても心有さまなるは

稀なるへし料理出すへしと云て入て夜といひと

しき程のもの二人三人もたされは一拍子

抜(ぬく)る事も有数たのおとすれは中には不出

 

来のものも可有わんの内盛形にいいたるまて心

をつけて一も我みぬはよからされは萬

みなよきやうには成へきやうもなし然れ共

この位ほとの人はさすかに物毎日来もむさ

からぬやうをこしらへをきつかはるゝ者もおほき

ゆへに大形に一會(かい)すみぬ余所(よそ)のわるさに

おもひくらふるゆへによき茶湯に逢たる

にてそ侍るあしか季し事かそへ出んに十の

指にてはたらすそ侍へし亭主の所作第一は

炭花に有勿論茶たつる手前の事は行住

座臥朝夕心にかけてよき人になをしをう

くへし萬を習ひのことゝにのみするわさならは

 

 

16

いにしへのかたのことくにもなるへけれとも時に

あたりて心を新くするを上手のしわさと

すかるかゆへに首尾萬出来ると云事世にほ

まれある茶湯者もなりかたししな/\

有てよろつよろしきはなかるへし究(くっ)

竟(きやう)する所とても首尾する事ならす仕お

ほする事かたしさてはいかなるをよしとやせん

はゝ木ゝの巻にいまはたゝしなにもよらし

かたちをはさらにもいはしとうけるかことく

いまはたゝ富貴にもよらすわひにもよ

らすいとねちけかましくふつゝかにゆかみた

るりうにたにあらすはこゝろすなほに

 

してしかも一ふし作をもとむるほとの人

はたのみ所ある茶湯なりとそおもひ

さたむへきにや

一(つれ/\草に)和歌こそ猶おかしき物なれとかける所に此頃の歌

は一ふしおかしくいひかなへたりとみゆるは何れ

とふるき歌とものやうにいかにそやことはのほか

に哀(あはれ)にかしきおほゆるはなし歌の道のみいにしへに

かはらぬなといふ事もあれといさや今もよみ

あへるおなしこと葉歌枕もむかしの人のよめるは

さらにおなし物にあらすとかけり其世にたに

かくのことし其世を又昔になして今は猶さらに

おなし物にあらさるへし

 

 

17

一(私)当代万葉のすかた詞等とりもちいられぬ事其

故有にや其すかた詞用捨有へきをわきまへ

知たまふ御かた/\なきにしもあらすといへ共

三代集をはしめ常に握翫(あつくはん)すへきものたに稀

にも手ふるしことあらされはまして其心を持

ん事かたかるへしされはまつすなをなるととり

用られしめんかためなるへし毎月抄にも万葉

古風しはらくさしをかれ候へしと侍とかや此抄は

定家卿より鎌倉の右府へまいられし物なり

愚管抄云知家か〽すきけつる里をはるかになく

鳥のかけろのをのかしのゝめの空〽こよひもやさ

のゝをかへの秋風にさゝ葉かりしきひとりかも

 

ねん 是等は当家に中たかひて後万葉の名所

とりてよめる姿也このふりの歌其事おほくいて

きたり

(私)其世に名高き人々数多有し時たにかくの如し

さりとて万葉の歌とり用へからさる物にはさら

になし千五百番 尼勝

〽たれをけふまつとはなしに山陰や花のしつくに

立そぬれぬる判云(はんに)左かの万葉集の山のしつ

くに立そぬれぬるといへる心いみしく艶(えん)に

みえ侍右又人の心のみえもするかなといへる歌

をおもへるおかしからさるにはあらねと猶中古の

歌は万葉の心に及かたかるへし佑以左ゐ勝

 

 

18

六百番左勝定家

〽かはれたゝわかるゝ道の野への露命にむかふ物もおも

はし 判云命にむかふ万葉なとに侍めれと殊不可

庭幾???是又万葉をかろしめさるの詞歟用

へきを心得用給はんとかなかるへし万葉の中に

も艶にうつくしく聞えることはおほく侍るへし

されといひなることいひなれぬによることにこそ

侍るなれ人の名なとにもきゝよからさるもいひな

れきゝなるれはきゝよく成にこそ侍るなれ

あし引の山といへはうつくしきやうに聞なれいく

度成ともとしるしをかれたりひさにふす玉のを

琴なと万葉によめるは詞やさしく足引の山と

 

いはんよりも一ふし上のやうにおもひ侍るはいひ

か事にや

一(私)万葉の文字葉には不合事勿論おほかるへしされ

と万葉の文字にて其我粗(ほゞ)知事有也歌に

たなひく雲のとよめるいか程なる雲をいひけ

るそと人のとひける時万葉に軽引(たなひく)雲とかけり

といへは能義有てきこゆるかかくのことくの

事等おほし外に抜書集め置侍りぬ左大臣

の歌合にも〽山田もるかひやか下のけふりこそ

こかれもやらぬたくひ成けん 左方申云かひやに

山田もるといはん事いかゝ陳云かひやとは万葉

に鹿火屋と書り云々

 

 

19

一(私)万葉の文字可用と見えたりといへは又有人難

して云深山庭と書山をみん鴨ひとり鴨ねん

と書たり庭鴨の字心有けるやと問むこれ文

字の心はさらになしされとも案し出る事有こ

れも末の世の用にたつへきやうをはかりて

此文字を書たるにやと覚侍也末世にはとなへ

をあしく成侍る事今以おほくきこゆる也綿(わた)

薪抔一把(は)二把と云聞にとなへ賀茂みたら

しなと云やうに吟しさせしとにや今世にふ

しをつけ謡(うたひ)なとにするにきゝふれて小野小

町をちこちなとの類其外かす/\となへあ

しく成来れる事浅ましいにしへ和歌の道の

 

一のをしへ是ならんかし和歌の言葉書はいろはに

ほへとの字を以てかきたるものなれは女わらは

へも習はせしてよみちらすさるによちて和歌の

書をは心やすくかろき物に思ひなす事をそれを

しらぬ無下のひかこと成へし今にてもあれ世に

名を得たる儒者仏道の学匠たりと云知古今の席

一枚よみ得ん事かたく及はさる事なるへし

一(私)ある国守(くにのかみ)に知行しをかれたる儒者有其世に名

高く大儒の誉有し其弟子又同守にものし

有けるにたひ/\参会し侍し物語の次に我

師一書を作りし其中に道々のあやまり有事

をあらたむ末代のかゝみとならん物也其中に

 

 

20

定家の仮名遣の中にあやまり有事共数/\

ぬき出して能あらため置し也見せ申度こそ

候へ至極道理を正しかつたかき物也と利口(りかう)し

語りける即座に難し度思しかとも見せまし

きやと思ひて必みせ給へと約束したりし見

され共をしはかり思ひ得る事あり上京賀茂

川の流近き所に本龍寺とて鍋(なへ)かつきの上人

とて名匠師開山しける寺有其寺僧に宝(ほう)

塔院(とういん)とて韻鏡(いんきやう)の事通達し上つかたにも

めされてきこしめし及はれしに過て能得たる事

哉と御褒美有し後世のためとて一礼をしる

し置けりこの僧定家卿のかなつかひと云物から

 

たへといはれし程にかしつかはしけれは程語て

持来りてふしきの事こそ候へあやまりとたし

かに見え候事おほく付紙して候とて其数十

二十なともかそへたらん程紙付見えたり先法師

をほうしとかなつかひにありほふし也これ論す

へき物にあらすと覚侍ると申されけるほとに

我も此事心得たるにもあらすならひたる

にもあらさるとも能々心得たまへ尤入勢の字

ならはほふかたかひなし是を定家(ていか)卿しらすして

ほうと付しるへきにあらす定家のかなつかひ

と申はかやうの事を第一とつけられたるなるへし

和国のならひとしてこれらの事にこそ子細仕

 

 

21

侍なれこれ/\なと申あひけれは此一言にて外の

事申に及はす候さても驚(おとろき)入たる事かな和歌

の道甚深(じんしん)の儀有へしと初て貴く覚候跡の

つけ紙悉(こと/\く)此一にて明らかに候とて書を謹(つゝしん)ていた

たきて帰られし哉此事曾て心得たるにあらさ

れとも時にあたりて申けるたに如此事有猶

ふかく心得しらまほしき事也彼儒(かのじゆ)定家のかな

つかひあやまりありと書いたしけるも此事と

も也我得たる一筋の道より他の事たやすく難

する事不足なる心得なるへしかなかきの物と

おもひ和歌の道をかろきことにおもひなしける

にや上にいひしかことくかなかきなれはとて

 

一紙よみなす事かたかるへしまして其義甚深

の伝授抔及所に有へからす若くは儒か書たる

物なと其外にもかなつかひ抔の事あやまり有

とかきけるを名高き儒かきあらためたれは

其故あらん定家のあやまりにもやなと後代に

思ひいふ人いて来りなは異国のものいひにおされ

とられて日本のたましいをうしなへる成へし

一人管弦をせん時この道長せん人をしへていはく

此笛の音はしらみたる也此琵琶の絃はゆる

ひたるそと教ふ共その座にてはをのつから

けにときく人ありとも座かはりては又次の

日なと猶きゝ知へきにあらす管弦に長せん

 

 

22

人は箏(しやう)笛のさかりあかりいさゝかのたかひも

あきらかに閉へしすこし夢弦をまなはん人は

不覚也といふともいつれの緒(を)いつれの穴とき

かすともなへて物の音たかひたるやらんとは

聞へし又つや/\管弦の行かたしらさらん人は

さほとたにも聞へからすと八雲御抄にあり

(私)其道に入其道に長せすしては知かたかるへし

ほうかしふうのかはりこれらのことにてしらるへし

大かたにては心得かたかるへし物ことにおとろへ

行世なりけれは能心得たまへる学者たしかに

しるしをかれよとふかくおもひ入て袖ひくはかり

の心さしを書しるし侍也

 

一秀歌(しうか)大体詠歌大概数十首をのせられた

るたゝしくはうるはしき一躰也又さかの

山庄の障子に上古以来歌仙百人のにせ

絵を書て各一首の歌を添られたる更に

此うるはしき体のほか別の体なし

(私)此百首は尤うるはしき体をもとゝして

しかも一首/\に深くこゝろをつくへき也

定家卿かきをかれたる物は数/\ありと

いへとも此百首は世をしりそきて山庄に

引こもりて常に住居(すまい)せられたる障子

にをされし事常に見ならふへきは此躰

なりと末代にもさとらしめんため成

 

 

23

へし大かた玄旨(げんし)法印抄物にしるしを

かれ侍りてそれより以来にも了簡を知

て人にもよみきかせらるゝ方(かた)/\も

侍り五ヶの伝授とて百首の中に五首

ありとておも/\しき事にいひなして

伝授したる者とも有へし玄旨法印

より伝へしといはれしさこそ有けん筋の

たかひたるへき事とは更に聞へすそ侍り

しも昔は抄物なと稀(まれ)/\にてよみ

きかす人もなかりし故にや其後は色/\と

抄物も出けれは伝授といひし事も粗(ほゞ)

かき付たるも見え侍る也定家卿一首/\を

 

ふかくこゝろに染(そめ)撰(えらみ)出してならへをかれた

れは巻頭殊勝成へし花紅葉をほめ月

の歌名山の雲万ゝ首に越又後代にも

これに勝れたらんはかたかなへしと

見え侍る歌ともなるへし是をならふへし

きくへし恋の歌も古今集の歌の中に

てはいつれか第一とおほえけるにやと後鳥羽

院定家卿に御尋有しに有明のつれなく見え

しにてこそと申上られける其後家隆(かりう)卿に

古今集の歌の中にてはいつれか第一と思ひ

けるやと御尋ねの時同歌を申上られしと也今

百人一首にも此歌入られたりしかるに我歌

 

 

24

万首の中に此一首入られたる恋歌かたをな

りふる程にもこそいかはかり心にかなひおもひ

入られたるにやこしもとこそ百人一首の伝授

にも侍しらめとそ覚侍なり

一(私)俊成卿(しゆんせいきやう)の歌此百首の内に一首入られたるは秀

逸なるへきことさそとをしはかられ侍る野への

秋風身にしみてとよめるは俊成卿の心にはこれを

こそおもて歌と申されけれは道こそな

けれと云歌かならすも野への秋風にたちま

さりたるとはあらさるへけれと所にしたかひ

時にあたりておもひよる事侍るなれは山庄に

ては我もかくこそとふかくおもひ入て此歌ををかれ

 

侍にや

一俊恵(しゆんえ)云或時(あるとき)俊成卿の許(もと)にまかりて物語のつい

てに御詠の中にいつれをかすくれたりとおほす

ようの人はやう/\にさため侍れとも其をは

用侍らすまさしくうけ給らんと思ふと聞え

しかは閉されは野への秋風身にしみてうつらなく

なるふかくさの里これをなん身にとりてはお

もて歌とおもひ給ふめるといはれしとかた

りて是をうち/\に申しはかの身にしみ

てといふこしの句いみしう無念におほゆる也と

いはれし事長明か書をきしを頓阿云これをよ

はさる難也身にしみてを歌の詮と心得て此難を

 

 

25

いたす身にみても夕くれうつゝ秋風のたくひ

景気のくそく也外に歌のまさしき心詮とし

たる所はあるをしらさる也

(私)此事甚深の義はしらすといへとも猶何の

しるしをかれたる所殊勝はかりなしまつをし

はかりにても知へし俊成卿まさしく真にこれ

をなん身にとりてはおもて歌と思ひ給るよし

侍り俊成卿の事は申も更也上古の歌仙の歌

にも及へき歌あるゝかし又其世には名高き上

手あにかたありし中に先俊成とかそへはしめら

れそれより後代々にほまれある歌人おほしと

いへとも俊成をもちい給はさる時やは侍る俊恵

 

に難せらるへき事有歌を万首の中をおもひ

めくらして此歌をかたり申されんや世の常の事

になしてもおろかなる様にそきこえ侍るか我心に

思ひ得すともゆへあらん/\とあまたたひうな

つきたらんにはまことの所におもひあたりける事

もあらんかし長明かかくうきしるしたるもともに

深き心をは得す難し度心をさきとして初にかき

とゝめけるか此次に又顕昭の云とてこの頃和歌の

判は俊成清輔朝臣さうなき事也しかるをとも

に偏頗(へんば)ある判者なるによりて其様かはりたる

なり俊成卿は我もひかことをすとおもへは気色

にていともあらかはす世中のならひなれはさな

 

 

26

くもいからはなとやうにいはれきとかけりこれら

の事も人界のならひとして皆我をたて我を

あけんことをおもふかゆへにいひいつる事なるへし

六百番にも顕昭の歌難有事おほしまけた

る歌数々也そしり難するは我ためのゆへあらん

かしと心得へきにや

一長明か云千載集には予か歌一首いれりさせる

重代にもあらす又時にとりて人にゆるされける

好士にてもなし然るを一首にてもいれるをいみし

き面目なりとよろこひ侍し

(私)まことによろこひたる様にきこえ侍りさにこ

そとはおもひ侍れと新古今には十首入しかも

 

せみの小川の歌入たる事生死の余執とも

なる斗うれしく侍る也とかきし次に千載集

に一首入たるをよろこひたるとかゝれし至極

不足におもひたらんと邪気を以てをしはかり

侍る也又暁鹿(あかつきのしか)を〽今こんとつまや契りし長月の

有明の月にをしか鳴也 御一所の歌合とかやによ

みいたしたり此歌ことにやさしとて勝に成にける

を定家卿当座にて難せられき素性か歌にわつ

かに二句こそかはり侍れかやうにおほくとる歌

は其句ををきかへ上の句を下になしつくり

あらためたるこそよけれもとのをき所にて

むねの句とむすひ句とはかりかはれり難とす

 

 

27

へしとなん侍し其頃の事にはあらざりけるか

中務(なかつかさ)親王御歌に をとはやま花咲ぬらし相

坂の関のこなたににほふ春風 音羽山をとに

聞はゝ相坂のうたをとれり同程のろちやうに

聞ゆ定家卿句毎花(くは)麗かくこそ有たく候へね

重/\云々長明になりては心よからす偏顕有やう

におもふへき事也いさゝかへんは有にはあらさ

るへし其かはりめ有へし得かたきところ也誠

に煩悩の僧長せるといへるもたかふましく遺恨

におもはるへき事もなくてやは有へき

一(私)此せみの小河の歌は賀茂社(やしろ)歌合とて侍し時

月の歌によまれし新古今に入し事深く

 

よろこひおもはれし歌なれはにやとの世にも人

ことの口に有て幾度聞ても清(きよ)気に心すゝ

しく成はかりおほえ侍也かゝる歌よみいつる

ほとの人由緒なくてよみいつへき詞にあらさる

を判者師光(もろみつ)入道かゝる川やあるとて屓に定

められけるはおほそれなから短気のいたりと

覚え侍也其後に又あらためて顕昭に判させ

られ侍し時誰にてもあれ歌さまのよろし

く見えしかは一所をきて事を定めんと申

侍し也是既に老の工夫にてとなん申されし

六百番の時顕昭田中の里の夕やみの空とよ

まれしを田中の里聞なれても覚え侍らす

 

 

28

只田の中に有家を今いへるかと難せられし顕

昭本との歌人にても田中里は名所ときこゆ

へきなんあらんとまては心得なかりし事も有

ぬへし石川やせみの小川といたせる事はおひたゝ

しき物也其由緒なくていたすへき事に侍ら

顕昭の利口には不足なるに似たり

「心なき身にも哀はしられけりしきたつ沢の

秋の夕くれ 此歌西行我身の事を心なき身に

もあはれはしられけりと今更身をさけたる

様の詞にてはゆうけんならすきゝなさるゝか西

行さはよまれしとおほえ侍といへる人侍し

しき立沢の秋の夕くれの我身にたへかたくお

 

ほえけるまゝに心なき鳥たにも此夕暮のたへ

かたきにありわひて立行よと見たる也いつくも

おなし秋の夕暮なれとも眼前(がんぜん)のたへかたさを

いひのへたる也をのつから景気を具して感至

極こもれるうたなるへし此歌は人毎にきゝふれ

たる事なり西行も自讃せられけるにや撰

集有し頃関東よりのほりけるに道にて登(ちう)

蓮(れん)に逢て撰集の物かたり聞てしき立沢の

歌入られけるかと問れけれはいなと申けるを

聞てさてはみて要なしとて道よりかへられ

しと也又或ひしり西国より登(のほり)けるか住よしに

まいりて通夜して侍ける夢に御社の前に

 

 

29

僧俗(さうぞく)男女貴賤参りあつまりたりゆゝしき

人もおほし程人をまたるゝ体也しはらく有

て黒衣の僧一人参りたるを御殿の内へめし

入られて後けたかき御参にて〽心なき身に

も哀はしられけり鴫(しぎ)たつ沢の秋の夕暮 と

いふ歌を講(かう)せられけると見侍るよしかたりける

となん野への秋風身にしみての歌もかゝるた

くひにやといとめて度おほえ侍る也俊恵の難せら

れしと長明かきをきけるを頓阿およはさるなん

也とくはしくしるしをかれけるを外の一義をい

はんは恐をしらぬ大罪なるへしとてやみぬ

一(松月)俊成卿老後になりてさても明暮歌をのみよ

 

みいて更に当来のつとめもなしかくては後

生いかならんと歎(なけき)て住吉の御社に一七日罷て

今の事を歎てもし歌はいたつら事ならは

此道をさしをきて一向に後生のつとめをすへ

しと祈念有しかは七日にまんする夜夢中に

明神現し給て此道の外に別に仏道をもと

むへからすとしめし給しかはいよ/\をもくし給へり

定家卿も住吉に九月十三夜か満する日にあ

たるやうに参籠して此事を歎き申されしかは

九月十三夜明神うつゝに現したまひて汝月

明也としめし給ひしよりさては此道かう

なりと思ひ給ひけるこの事なとを書のせ

 

 

30

たるを明月記と号する也とあり涅槃経に

麁言(そごん)モ軟語(なんご)モ皆第一義ニ帰スと祝たまふ神

慮も仏意にかはらすしてかく示(しめし)給ふにや深

きゆへ有にこそ

一(玄明)幽玄とかいふらん体いかなるへしとも心得かた

くこそ侍れ其様うけたまはらんといひし

こたへに先名を聞よりまとひうへし身つからも

心得ぬ事なれはさたかに申へしとも覚え侍ら

ねとさかひに入人/\の申されしおもむきはせん

はたゝことはにあらはれ餘情(よせい)すかたに見えぬ

けいきなるへし秋の夕くれの空のけしきは

色もなくこえもなしいつくにいかなるゆへ有

 

へしともおほえねとすゝるになみたこほるゝかこ

としこれらを心得ぬものはいみらとおもえすたゝ

めにみゆる花紅葉をそめて侍一ことはにおほく

のことはりをこめあらはさすして深き心さしをつ

くすみぬ世の中をおもかけにうかへいやしきをかりて

優をあらはしをろかなるやうにてたへなることはり

をきはむれはこそ心もをよはすことはもたらぬ

時これにておもひをのへわつかに三十一字か中に

天地をうこかす徳をくし鬼神をなこむる術にて

は侍れとかけり

(私)しれ和歌は神代より發りて和国の道の根元な

れは也そさのをのみことより三十一字となし給ふ

 

 

31

其ゆへ有事なるへし三十一字か中に天地をうこか

す徳を具する事尤なくてやは有へきたゝしらす

はからす信し仰くへし甚深有かたき道也

一(私)清少納言か枕草紙をそこはかとなく見侍し中に

あはれなる物とかける所に

 二月三十日三月朔日ころ花さかりにこもりた

 るもおかし九月三十日十月朔日とたゝあるかなき

 かにきゝわけたるきり/\すの声四月のつこ

 もり五月のついたちなとのころをひ橘のこく

 青きに花のいとしろく咲たるに雨ふりたる

 つとめてなとはよになく心あるさまにおかし

(私)かくのことく幾所々かけること心つくへき所也

 

紫式部かかける源氏物語は詞つかひよにたくひなく

定家卿も此物語の詞をとりてよめる歌ありける

紫式部かめいよになりといへり俊成卿は源氏みさらぬ

歌よみはといへりこと葉つかひのめてたきのみに

あらす大慈大作をもとゝす其頃宮中にあまたさ

ふらひたまふ女御更衣をはしめそれより下つかた

にいたるまて数々の日を暮しあまたの年をかさ

ぬるといへとも朝(あした)より夕(ゆふへ)にいたるまて六塵(ろくじん)の楽(けう)

欲(よく)にのみ身をなして終に一たひも仏道をきかす

手にふるゝ事なしたま/\仏の道をいひいつるとも

たうとしともおもしろしともおもふへき器物に

さらになしいかにしてか仏教に縁をふれさしめん

 

 

32

との心さしをもとゝして隋他意(すいたい)の法文のことく

其人ことのめにふれ耳にふれきゝたく見たく

おもふへきやうをはあkりてたゝ打きゝては世に

たくひなきたはふれことの法令にそむきたる

事ともいとおもおしろく虚を実に書なし内に

法華の法文をこめて法説譬説(ひせつ)因縁説の三周(じう)

説法をあかし巻の数には天台六十巻を評す三

諦(たい)の法文悉(こと/\く)こもれりこれまことに教音の再誕

疑(うたがひ)なかるへしとそ覚え侍 観音妙智力(かんのんみょうちりき)能救世(のうくせ)

間苦(かんく)毎自作是念(まいじさせねん)以何令衆生(いがりやうしゅうじょう)ととける是なる

へし此心さし甚深なるにや草紙物語なといふ

は数/\あれとも昔より世に普くもてはやし

 

伝授しよみきかせる事代々にたえず侍りける

しかも三ヶの大事なといひ侍たる事あり猶其

受伝しらまほしくおもふへき事也西洋納言か枕

草子は其言葉つかひふりかはりて書さまい

とおかしき物には侍れ共世にあまねくもて

はやしよみきかする人もなし三十日朔日と幾

所/\にかける事其ゆへ有へきと見え侍れと

もむかしよりかゝる事こそあれと伝へいひ出る

人もなきを亡者の足駄のはに物のとまりたる

たくひといひなさんもいとかたはらいたき事

とは思ひ侍れ共これも三ヶのたくひなとも

いふへきはかりいとめてたくそおほえ侍るあらはに

 

 

33

書付をかん事はもし罪深き事にもやとてしる

し侍らすさにこそとおもひあたり給はんかた/\

もなくてやは有へきとそ覚え侍る也

一京極中納言入道殿鎌倉右大臣家へ書つかはせ

られたる物にもをろかなるおやの庭のをしへ(訓)と

てはうたはひろく見とをくきく道にあらすたゝ

心よりいてゝみつからさとる物なりと申侍しかと

それをまとなりけりとおもひしるやも侍らす

とのせられたれは道のふかく明かたき事は

申にをよはされとも心のをよふところ先賢

の詞をも尋ねふるき歌の心をもならひてま

さしき無上至極の歌の眼目はいつれの所そと

 

いふ事なつたつね知へきにや

こゝろ有体といふ事能々心得へき事也風情のめ

つらしく興有てたくみいたしたるを心ある

とおもへりさらにしからさる事也風雪草木

の感につれても又世間盛衰(じやうすい)なとにつけても

思はれたるを心あるとは申也故戸部申されしは

貫之か桜ちる木の下風の歌風情おもしろく

めてたけれともこれを心ある歌とは申さす遍昭

僧正出家の時めのとのもとへたらちねはかゝれと

てしもうむ玉の是こそ心ある歌の本よと申

されし也これにて能/\心得へし

(私)これ頓阿書しるしをかれし事ともわすれしの

 

 

34

ためにこゝにのせ侍る也

一(長明)俊恵物語の次に問て云遍昭僧正歌に

〽たらちねはかゝれとてしもむは玉のわかくろかみ

はなてすや有けん

此歌の中にいつれの詞か殊すくれたるとおほえん

まゝにのたまへといふ事云かゝれとてしもといひ

てむは玉のとやすめたるほとにこそいとめて

たく侍れといふかくなり/\はや/\歌はさかひ

にいられにけり歌よみはかやうの事にあるそ

それにとりて月といはんとてかへかたとをき山

といはんとて足引といふこと常の事也されと

始の五文字にてさせる興なしこしの句よくつゝ

 

けて詞のやすめにをきたるはいみしう歌の

しなも出(いで)きてふるまへる古人是をは半臂(はんひ)の

句とそいひ侍りけるはんひはさすか用なき物

なれと装束の中かさりとなる物也歌の三十

一文字のいくほともなきうちにおもふことを

いひきはめんにはむなしきこと葉をは一もし

なりともます一くもあらねとも此はんひ

の句はかならすしなとあんりてすかたをかさるも

の也姿に華麗きはまりぬれは又をのつから余

情となる是を心うるをさかひに入といふへし

能々此歌を案し見給へはんひの句もせんは

つきの事そまなこは只とてしもといふ四文字

 

 

35

也かくいはすははんひのせんなからましとこそ

見えたれとなん侍りし

(私)これは俊恵長明に物語せられし事と無名

抄にのせられし長明なれはこそかゝる答は

有けれと覚え侍也いかさまに云あたる事も

今の世にもなきにしもあらさるけけれと

もさかひに入てこれをしる事はかたかるへき

事也長明か云

 月やあらぬ春やむかしの春ならぬ我身ひと

つはもとの身にしてこれらそ余情(よせい)うちにこも

り景気空にうかひて侍れさせる風情なけ

れと詞よくつゝけはをのつから姿にかさゝれて

 

この徳をくする事も有へしむくのかみの

歌に

 うつら(鶉)なくまの入江の濱風にをはななみよる

秋の夕暮 これもたかはぬうきもんに侍へし但

よきこと葉をつゝけたれともとめたるやう

に成ぬるをは又失とすへしと書り(私)これ及所

にあらすしりかたき所也今代にもしろしめさ

れんも有へしをしわたりの思ふ所をいはゝ月

やあらぬの歌はいにしへより云侍て名歌なれは

聞伝ならひ置(をき)て能々とおもひ入てとなへみれは

まことに甚深の所ありときこゆる歌也されと

今の世なとに余情うちにこもりけいき空に

 

 

36

うかふやうにとて月やあらぬの歌よみ出たらん

名歌こそよみつれと聞えかたく侍らむか

うつらなくまのゝ入江の歌は失ありとも今は

かくこそよみ明まほしく覚え侍れ

一(頓阿書)当時歌よみには冨小路實教(とみのかうちさねよし)中御門経継(なかのみかとつねつく)両大

納言也歌の会なとには富小路歌たひことに

興有て目さむる様なり但勅撰の時撰入せん

とするにさりぬへき歌なし中御門は当座な

とははるかにはへなきやうなれとも撰歌の時

はもちいるへき歌おほしと云云 今宗匠もお

なしさまに申されしと也

(私)はるかに及はす不知事に侍れ共撰集の歌

 

と成ては打きゝ花やかに耳おとろかす類おほ

くはのそかれたると見えたり撰歌は萬歳の

後まても和国の風俗かくこそと伝(つたへ)しらしめん

物なれはかるからぬ大事のをしへ也わかいろこ

ほす雪の明ほのなとよめる耳おとろかす

たくひはたとひその世にありとても撰集

には不入とうけたまはりぬ

一故民部卿宇多院に参らせられて歌の風

体の事なと御所よりも哀仰戸部も申さ

れけるに歌は別の子細とはすうつまさ法師

か妻の世にありわひて年の暮に〽身のうさ

をおもひしとけは冬のよもとゝこほらぬは

 

 

37

涙なりけりと灰の手ならひにして候これか

歌の本にて候よし申されけるを後まて叡感あ

りけるよし匠いるの人両人かたり侍し也さした

る歌よみにあらねとも感の至極しぬれは

詞の縁も自然により来りてまことにめて

たき歌也と云云

一八雲御抄云詮する所奥義の肝心すくに歌を

よめとをしふるをせんとするところ也ゆめ/\

他のやうをこのむへからす

民部卿入道申されけるは昔こそ歌よみは有

し今はみな歌のつくり也又云京極中納言入道

衣進慈鎮和尚消息云御詠亡父歌なとうる

 

はしき歌よみの歌にては候へ定家なとは智

恵の力をもてつくる歌作也添加に歌をつ

くるものはみな以門弟也云云(私)是抔の事は其

世に幾たひも申いてられし事あり今は又引

かへ歌つくりといふは稀にも有ましくそ覚え

侍る也物一造るには心のはたらく所殊に上手

ならては首尾せす見事ならすけつりなす刀

具能ときなしたるも入へき事也さひたるに

刀たにも有かたく成行てはつくりなすへき事

其さたにもをよふへからすそ侍るへきかやす

らかに事もなくてよし/\と先達おほくをしへ

をかれたるをもとゝして今の歌よむ人/\に

 

 

38

これを教のせんとせは花には黄玉葉には青

玉のやうによみなし鼠のささうしのむこしう

との歌きくやうに成ぬへし今は成へきかきり

力を入て歌作りになりて作りいてられよと

をしへまほしくそ侍るかよく心を得たらんかた

かたはうつくしく仮りいてられまことの歌よみに

もかなひぬる事にも侍らんか

一定家卿常に申されけるも亡父こそうるはしき

歌よみにてはあれ某は歌つくり也亡父かやう

によまんと思ひしかかなはてやみにき但澄(てう)

憲(けん)と聖覚(しやうがく)と風情はなはたかはりたれとも

共い能祝の名誉有しかことくかた腹いたき

 

事なれとも亡父か歌のすかたにはかはりなから

愚詠をもをのつから目たつる人も侍るよし申

されし云云

一宮川百首とて西行自歌(しか)を番て定家卿若年

の頃判をこひけり被判て後西行人のもとへつか

はしける状に侍修(じしう)こそ歌の判していたして候へこれ

もよからんするけに候そと云云西行程の道人

定家の若手の時判をこひて人のもとへ是もよ

からんするけに候そとはいかて申さるゝへき此こと書

しるしをきけるは何のためにてや有けんかゝる事

こそあれ心得をくへきことゝいふへき事にもあら

す覚をきて徳有へき事にもなし後の世まて

 

 

39

の教にならんことにも更になし西行ほとの道

人もかゝる心もたりとそしらんかためか定家卿を

そしりたきのためか西行道念ふかしりし事は

其世よr普くしれる事也西行の文の詞にさら

さら有へからすと覚侍るや定家卿侍修にて有

し時西行判をこはれけるいと若かりし時より

其誉(ほまれ)有し事也なんといはんためにこそ書し

るしはをくへけれ何の益(えき)なき事といかなるゆへに

かくはしるし侍し西行に此事いかにと問侍らん

に若き人に名をあけさしめんかためにこそ判

をこひたりしいかてかゝる事人のもとへはいひつ

かはすへき無下のひか事こそいひいてたれといは

 

れ侍るへしそ覚侍る

西行法師の一生所行このめる事とも其世の人

たにまねふへきやうなき事とも也撰集抄に

かゝれし事共我道念のふかきゆへに貴く合っリかた

くおほえたる事共書集めをきて末の世にも此

抔の事おもひ入人もあらなんといとたうとき

心さしより撰みをかれし事成へし西行の心のこ

とくなる人万人に一人有かたかるへしその故にや

殊勝なるといひいつる事もたま/\なしことは

りなるかな一生の所行人界のもの及かたき事

共也人の通はぬ野山に分入能登国いなやすの

郡の内に山海ましはりて殊に面白く覚ゆる

 

 

40

所侍り人里はるかに離れたり岩さかしくてい

たく荒磯也かゝる所に行て見仏上人と云人に

行逢たる事しるせり此上人一月に十日はかり

はかならす来りて此岩屋にすむなり其程は

何もくひ侍らすとの給ひ侍しと也西行も十日

とはしらされともいつくにかての心あてもなく

野山に分入/\幾日を過ても苦しくもおもは

さりおけんとをしはかられ侍るたゝ人とはおもひかた

しいかなる山のおく深き草村の中に伏ても虎(こ)

狼野干(らうやかん)のをそれも露なくそや侍けん僧形も

たゝならぬ人なるへし

一心源(しんげん)上人語云(かたりていはく)文学(もんがく)上人は西行をにくまれけり其

 

故は遁世の身とならは一すちに仏道修行の外

有へからす侍に数歌をたてゝこゝかしこうそふき

ありく糸にくき法師也いつくにても見あひ

たしはかしらを打わるへきよしつねのあらまし

にて有けり弟子共西行は天下の名人也もしさ

る事あらは可いね事と歎きけるに或時高雄(たかを)法

華会(え)に西行まいりて花のかけなとなるめあり

きけり弟子これかまへて上人にしらせしとお

もひて法華会もはてゝ坊へ帰りたりけるに庭に

物申候はんと申人あり上人たそととはれたり

けれは西行と申ものにて候法華会信縁のため

に参て候いまは日くれにて候一夜此御庵宝に

 

 

41

候はんとてまいりて候といひけれは上人うちにて

手くすねをひきておもひつることかなひたる体に

てあかり障子をあけて出られけりいてゝしはし

まもりて是へ入せ給へとて入て対面して年

来承及候て見参に入たく候つるに御たつね喜入し

よしなと会頃に物かたりして作時(のし)なと饗応

して次朝斎(あさいい)なとすゝめてかへされけり弟子た

ち手をにきりつるに無いに帰りぬる事悦思ひて

上人はさしも西行に見合たゝかしら打わらんな

と御あらまし候しに殊に心閑(しつか)に物語候つる事

日頃仰にはたかひて候と申けれはあらいふかひなの

法師ともやあれは文学にうたれんするものゝ

 

つらやうか文学をそうたんすると申されける

と云云

摂津国住吉の社の社司のもとに仏事行事

侍りき折ふし其あたりにふれはひ侍しかは

法縁もあらまほしく覚てのみそ侍しに只乞

食かたりうとなとのみたく侍しか其中筵(むしろ)の

やれたるをかたはかり腰にまきて鈴と云物を

ふりておしの物を乞侍りみれは天台山の静圓

供奉(くぶ)なり僻目(ひかめ)かとみれはあたかもまきるへく

もなしこはいかにとかなしく覚て多の人をす

つゝ供奉のかたへまかり侍れは我を見付給てち

ともさはかす門さまへ出給ひぬれは誰も人閑

 

 

42

ならん所に行て静にきこえ侍らんと思ひて

尻さまに付てまかり侍ぬさて人もなき松

の根にもろともに休み侍て静圓のたまふやう

我山の外さまに住にくゝてあちきなくいつ

まてかかゝらんと思ひてさそ候へ出(いて)たりし程に

其後は道心もさめなとして帰らまほしかりつ

れともとかくさたせられん事のうさにかゝる

身とこそ成ぬれさても大宮の大相国のあ

たりに何事か侍るよにもいふせくこそれさ

らは何となくみるめもつゝましきに帰り給て

夜なんかならすおはし侍れ宮の事もきかま

ほしく侍るにとて所くはしくをしへ給てかな

 

らすと侍しかは暮るをたのめて行別れ侍

き日の山の端にかたふく程にも猶をそく覚

て暮るやをそきとの給はせし所に行

たるにふつとみえ給はすかなしさは空たの

めにこそ思しを若やとて其夜は居明(あか)し

ぬれとついにむなしくてやみ侍ぬ明て

後其里をなんいかにと尋ね侍しかとも

ふつに見え給はす此静円供奉は尊恵(そんえ)僧

正の是弟大宮大相国伊道の末の御子にそ

いとけなくおはしけるそのかみより世をの

かるゝこゝろの深く能にはたしてはやく世

を捨はてゝいまそかりけるにこそ貴く

 

 

43

侍れいかなれはこれをみるにもおとろかぬ心

にてあさましき身をおしみ猶やらさる

らんと返ゝも心うく侍りさこそ捨給ふ世

なり共わつらはしくおしのまねをさへしたま

ふらん事のわりなさよそれ徳をかくすに多

の道あり庵の釈の恵叡の八千里隔(へたゝ)る境に至

りてあやしの姿にやつれて羊をなん飼給へり

此国の真範はつたなき形と成ておしのまね

をし給へり之皆徳をかくしかねてとかく煩

給めり倩(つら/\)おもふに岸の額にねを離れたる

草江の本とりにつなかう舟にたかはす此身

今に無常の風吹来ていつ共もなく舩のはな

 

たれ草のよもにみたれぬさきに落つくへき方

をこしらへ侍へきにてあり(私)又或は徳をかくし

てつふねと成て年をかさねて心よく人につか

はれいつのまにうせしともしらす跡かたなく

成ぬるを貴き心かなと数/\此類を書しるせり今

此ほとり行かよふ乞食あり名を宗圓(そうえん)と云出生

の所もしらすそのもと筋あるへき人とも見え

す徳をかくしてかくおこなふ共みえす唯よのつね

の乞食にひとし賀茂の河原のほとりの人やと

りなとにおきふして毎日早朝に極寒の時も

川はたに出て水をあふ朝日を拝し清水の観

音へ日参をなすも其行かよふをみれは寒をいとふ

 

 

44

体もなしかたに物のかゝりたる時もありかたは

あらはねてこしにはかり物をまきたる時も

あり竹にても木にてもわりたけよりも長き

杖をつきて目には我鼻をみてわきをみる事

なし人の門毎に立て物を乞事なし今日はいつ

かたにも物をあたえすとおほしき時たま/\

門に立よる事ありときこえ侍るそれも一所二

所の外にはたゝすとこそいとさむき時かたを

あらはにし見えけれはいたはしとて紙のふすまなと

をとらせけれ共二日三日過てみれはなしそれは

いかゝとしけるそと問はわれはたへかたく寒しとも

おもはすふるひかなしふものゝ有けるにとらせて

 

候といふ多かたは賀茂に有けるゆへに賀茂人此者

の心をみんとてとをる道に物をおとしをきて

ひろはせんとたくみけれ共ひろはす通り過に

けれは今通り来りける道に日頃あらまほしく

思ふへき物を捨をきたる有し何とてひとはす

来りけるやといひけれは人の給りもせぬ物をや

とて打わらひて去ぬこれらの事様々ありよ

のつねのものゝ心にはあらす是徳をかくしてなす

にもあらす後のほまれあらんかために更にな

しをのつから生れ得たる心はへ也抑(そも/\)いにしへの

賢人と云はいかなる人そや末世に至りても名高

きほまれありほまれをはにくめるにや祝ひ

 

 

45

ぬるにや智ある人定めぬへし孫宸(そんしん)は冬月にふす

まなくてわら一束有けるを夕にはこれにふし

朝にはおさめけりもろこしの人は是をいみしと

思へはこそしるしとゝめて世にもつたへけめこれ

らの人はかたりもつたふへからすとつれ/\草に

もかけり此乞食日々に見えけれとも心をと

むるものもなし常の乞食のやうみもなしたゝ

気ちかひ也とのみ見なして止ぬ静圓供奉も

今おしのまねし給はゝ気ちかひ給ひけると

そいひ定むへし此乞食も西行にみせなはいかは

かり貴き心さしかなといはれんとそおもひ侍る

世界せはからねは誠に貴き人の時にあはすして

 

止ぬる人もあまた有ぬへし

一或人語云ことの縁ありて井手と云所にまかり

て一夜宿(しゆく)したる事侍きそこに古老のもの

の侍しをかたらひて昔の事共尋ねはアベルし次

に井手の山吹の事くはしく物かたりし今は跡も

なく成て侍るそれによりて井手の川津と

申事こそやうある事にて侍れ世の人のおもひ

て侍るは唯かへるを皆かはつといふと思へりそれも

たかひ侍らねとかはつと申かへるは外に更に侍

らすたゝ井手の川にのみ侍也色くろきやう

にていと大きにもあらす世のつねのかへるやうに

あしにおとりあるく事もせす常に水にのみ住

 

 

46

て夜更る程にかれか鳴なる声はいみしく心すみ物

あはれなる声にてなん侍る春夏の頃必おはして

きゝ給へと申しかと其後とかくまきれていまた

尋すとなん語り侍し此事心にしみていみしく

覚えしかとかひなく三年には成侍ぬ年たけ行

あゆみかなはすして思ひなからいまた彼声をき

かす登道か雨夜にいそき出けんにはたかへりこれを

おもふに今より末さまの人はたとへことのたよりに

つきてかしこに行のそみたりとも心とめてき

かんとする人もすくなかるへし人のすきと情とは

年月にそへておとろへ行へきなり云云

一(私)我わかゝりし時舟橋のほとり埋忠氏とてかな物

 

の具を所作とし侍る一類あり共中に明真(めいしん)と云

もの有し何の道に心をかくるといふ事もなし

茶湯なとに心をそめてこなたかたなしけるか

こゝろやさしきものなりとて多くの人のしれるも

のになん有けるいかなるふしにや有けん井手のあた

りに行けるに此事おもひ出て彼かはつのおほく

鳴所を尋て一夜宿して此声を聞けり昔古老

のものゝかたりしにたかはすよのつねのかへる声には

かはりてまことに心もすみて覚けれはうちも

ねす明ぬれはそのかはつを数多とりていたまさ

るやうにこしらへて京にもて来りてけり此埋(むめ)

忠氏(たゝうし)か住所は舟はしの川上てに枕のもとになか

 

 

47

れ有けれはよのつねのかへるよな/\あまた鳴ける

その川にみなはなし入たりけりしはしは音も

せさりけるか井手にて聞し声そと覚たる

鳴出て其声数ゝに成にけれはよのつねのかへ

る声やみて一声もなかすいつ方へそ行けるにや

もとの川には有なからこえを出さず成にけるに

やかゝるふしきなる事こそ有けれと其頃みやこ

の外まても沙汰しあへる事なりしと度々此

事聞て侍し其川今もかはらぬなかれにて有

ける井手の川津もいつのほとにうせたりし

ともきかすよのつねのかへるも其時よりなく成

にけるにや今はおほく声する事もなくそ侍る

 

一(長明)此道に心さしふかかりし事は道因入道ならひなき

もの也七八十になるまて秀歌よませ給へと

祈らんためかちより住吉へ月まうてしたるい

と有かたき事也ある歌合に清輔判者にて

道因か歌をまかしたりけれはわさと判者のもと

へむかひてまめやかに涙をなかしつゝなきうらみ

けれは亭主いはんかたなくかはあかりの大事こそあ

らさりつとそかたられける九十はかりになりて

は耳なともおほろなりけるにや会の時にはこ

とさらに講師の座に分よりてわきもとに

つふといてみつわさせる姿に耳をかたふけ

つゝ他事なくきゝけるけしきなとなをさり

 

 

48

の事とは見えさりけり千載集撰はれし事は

彼入道うせて後の事也なきあとにもさしも

道に心さしふかゝりしものなれはとて十八首

を入られたりけれは夢の中に来りて涙をお

としつゝよろこひをいふと見給ひたりけれはこ

とにあはれかりて今二首をくはへて廿首に

なされけるとそ

(私)近き世にかゝる心さし百分千分の一有へき人

有かたかるへし此道に名たかきは稀なるもとこ

はりとそ覚え侍る

(同長明)清所に朝夕さふらひし時めつらしき御会

ありき六首歌にみな姿をよみかへて

 

たてまつれとて春夏秋冬恋慈根大僧正御

坊定家家隆(かりう)寂蓮(じやくれん)長明わつかに六人に侍し

愚詠〽雲さそふあまつ春風かほるなり高間の

山の花さかりかも 春の歌をあまたよみて舜

蓮入道にみせ申し時此たかまの歌をよしとて

てんあはれたりしかはかきてたてまつりきす

てに講(かう)せらるゝ時にいたりてこれをきけはか

の入道の歌におなしくたかはすたかまの花をよ

まれたりけり我歌に似たらはちかへよと

おもふ心もなくて有のまゝにことはられける

いと有かたき心也と云云

(私)此事見るたひにそゝろに涙もよほし侍也人

 

 

49

の子男心はへも昔に似すなりもて候にや今の

世の人おほくは我なす事のさはり共なるへき

事をは人にはさせしとさせるわさにもあら

さる事にたにいひさまたけをなす事おほ

しかゝる大事のはれの歌同座にならへ講せ

らるへきを有のまゝにことはられける事かへ

す/\も有かたき心也とおもひ侍るまゝに人

ことに常に見覚えたる事共なれともかく

の如くの事道因の心さしふかき事なといく

度もかきしるしをきて人にもみせまほし

く我心にもわすれす思ふへき事とおもひい

りて書付侍也

 

一幽斎(ゆうさい)丹後籠城の時禁中へ古今伝受の箱

并に源氏物語抄物廿一冊其外書物上られ

し時の書状の内に此歌あり

〽いにしへも今もかはらぬ世中に心のたねをの

こすことの葉 玄旨(げんし)の自筆東条紀伊守殿へ

と当所有て

一倹約の御世なれはとて萬人しはきことを本とす今

倹約の御制法には其心たかひ侍へし古も民の憂なかち

しめんとて堯舜(きやうしゅん)は采掾不刮茅茨不煎

飯土塯に啜土形仁徳天皇は百姓窮炊烟轉

疎なるをかなしひ給て三載悉く除課設百姓

の苦しみなからしめんとし給へるゆへに宮垣

 

 

50

崩(ヤフレ)茅茨(かきしり)こほるれ共ふかす風雨御衣御ふすま

をうるほす(日本紀第十一ニアリ略也)萬人その分/\

に随て身をつゝしみつゝまやかにして下を

いたはりてくるしみあらしめしとするを倹約

とは申へき也当世はおこらぬを倹約といへは

とておこらぬといふは我物をつかはぬやう

にすることをのみと心得ていとゝしわき事に

成ぬ此しはきしはししはいと云は皺也我持

たる物は人にやらしつかはしとしめ置也つか

ひやるはのへたる心也しめちゝめぬれはしわに

成也しはき者をはきたなきむさきなと

いふも此我にてしるし若き者は面体もき

 

れい也老人はしはになりてきたなくむさき也至

て上さまの事は各別也当世人界万々

人の中にしはきをしらさる人稀なるへしし

はきか倹約ならはいましぬつに及はさる事也

大方なるは今(いま)世間相常住也至てしわき者

みるめも苦しくいたはしく人外の者おほし

つれ/\草にも人はをのれをつゝまやかにしお

こりを退けて財をもたす世をむさほらさ

らんそいみしかるへきとこそいへるを今はをの

れの物はつかはしとしめをきてあくまて我

を求め集て人をいたはる心さらになくいため

くるしめ我とく分として非義なりとしれとも

 

 

51

やらすつかはぬを倹約とす剰(あまつさへ)其中に大分に金

銀をため神仏をあかむるかことく主人のことく

大事にもてなしぬすまれぬやうを片時(へんし)わ

すれすたくみて土蔵の内血をほりて埋(うづめ)置

なと人の思ひかけぬ所を求めてかくしをく此

金は世界のたから物にはあらすいにしへより銭の

文字に通宝(つうほう)と書萬物の代となりこなたか

なたへ通て自由に物をとゝのへるこそ宝には

侍るへけれ中にもいやかうへにとんよくふかきは

大々の金銀をたま/\取出しては物一つ二つを

かひ足て世にことをかゝせてしめうりするも

有此たくひの者対面もすへからすおそろしき

 

心の者と知へし又其身心のはたらき不足に

して妻子をやしなひかね是非なく命をうし

なふちは知なから盗(ぬすみ)するものはいたはしき所

もありしはくきたなきはぬすみにはあらされ

とも人の物をつかひ費す事は何ともおもはす

我物は一銭もつかはしと見苦しきも人のめをそ

はめわらひそしるも少もいとはす身むさくき

たなきもかまはす世ににくき物の最上成へ

しつれ/\草に左右ひろけれはさはらす前後

遠けれはふさからす心すがしきにしてせはき

時はひしげくだく此詞少もたかはす或はひし

けくたけ或は頓死す或は人のきたなむる病を

 

 

52

得面体を損ずるもあり我ためのみをおもひて人の

くるしみをいとはさるものかす/\見及てかくの

ことし人は天地の霊也天地はかきる所なし人の性

なんそことならん此理をよく/\思ふへし/\

一今世に主人のためを大事とする人也とほむ

るものは法令をそむき非義をもとゝして萬

人をいため迷惑させて主人の徳分となす主

人これをこのめるにはあらされとも借人に

にくまれそしられねたまるゝをいとはす

主人のためにとてすることなれはをのつから

国々家々町人等にいたるまて其分際にしたか

ひて給分を加増し其家にては威勢有て人に越

 

てみゆるによりて万人うら山敷おもひて聞伝/\隣

国にも家々に此類出きて猶其上の御徳分の事

をとたくみ出しける程に非義の上の非議をまし

万人苦しみいたむ事限なし人をいためくるしめ非議を

以て主人の徳分する事いまはしくおそるへき事也

ひしけくたくるのもと也正真は一旦の依怙にあらすと

いへ共終には日月のあはれみを蒙る天照大神の御

ことは也悉皆正真のうらなれは日月のにくみを

得る事决定(けつじやう)せり日月の憐みを蒙(かふぶ)らては今日の命

あるものなし草木も悉く日月の哀れみをうけて

生長す国々在々所々に非義をたくみて徳分と

なす事いよ/\世にはやりたりなは日月の御あはれ

 

 

53

ひうせて年/\に田畑(てんはた)等(とう)も不作しおたやかなる

事あらし小利大損をしらさる也

一萬人しはきは本来本有としてをのつからい

ましむるにをよはすもし分際より家居身持

過なる者たま/\あらはめてたし其者は分

際うぃしらうゆへにもしは其家をうしなふ事も

有へし其つかひ捨たる金銀或は大工たゝみや

絹や等にわたりて又その下々のものまてもそ

れそれにうり物しかよはしわたりて世界をめ

くりて滅する事にあらさるなるへし

一倹約の御世なれはとて価(あたい)大分なる物は求(もとむ)る事

なかれなといふこと普く世のならひとなりなは

 

日本の宝金銀も過半は幻滅也紙に書たる物鍛冶

の作の物書にて作りたる物萬の調度世にもて

はやされて何時にてもあれ迷に価となると

心得ぬれはみな是金銀にひとし千金万金取あ

つかひもいとおも/\しきに手の内に軽々と

提(さげ)られて春の花秋の月をみるにもまさりて

時をわかすとりいつる度ことに見事なるたから也

これらの事異国には有へからすめてたき此国

のおさまれる御代のしるし成へし国家おたや

かならぬ時其たからとおもふ調度何の益かある

金銀こそ何時も用には立なれなとおもはんはす

くれてひかこと也千歳の後の事をおもふにや

 

 

54

日々月々年々先我心もゆたかならん事を思ふ

へし国々在々にいたるまてかねをため置事

今の御代にはせんなし其程々につけて見事な

ると思ふ道具取出し見出し度と心をかけて

おもふとち打よりても一見して御代のことづ

きいひてなくさまんはいとめてたかるへし其道

具の代となる金銀あまねく世に次々段々に

通しわたりて萬人のあきなひと成て一銭

うせす滅せす下さままてもおたやかなるへき

根元ともいひつへし

一世間に滅する金銀あり或はふるびやふれくだけ

われ或はあらひすて或は微塵となりてふき数

 

都の内のみたに人のめにも心にもかゝらす気

もつかすしsて毎日に金銀滅する事一せんめ二

せんめにもあれ十日百日一年十年百年とつ

もりてかきりなき事也是皆地に入水の底に

入千歳萬歳の後は又本の山にかへる自然の徳

あるにや人間の知直に及はすしらさる事也

太上法皇御このみ其 仰付たる御扇子なり

とて穏仁(やすひと)親王みせ給しを拝見し侍しはよのつね

の扇子よりはちいさく紙もうすくうつくしく

ほねほそくて青き絵少あり金銀のはくな

とはさらになかりし也

一(つれ/\草に)もろこしの舩きたらすともとかける事まこと

 

 

55

にさもあるへき事と覚え侍る幾度/\よみ

きかせる人々も有けれ共けにもと思ひて

よめるともきこえす或は此事は兼好のあやま

り也萬人のあきなひとなりにきはひと成事

也なと云けるも有し兼好の心得はしらす外の

子細もや侍けん見及び聞及び百年このかたも

ろこしの舩の買物せんためとて長崎へ渡し

つかはしたる銀目算数にものせかたくおひたゝ

しき事なるへし日本のたからを費し遣(つかは)し

もろこしより来る物は大方は五十年百年の内

にくさり損じ皆なく成ぬる物共にかへつかはし

ける事は有ましき事にそ侍る也此国はめてたき

 

国hにて山々に金銀ありいかほとつかはしても尽(つくる)

事なしなといふことも有へけれ共山に其

まゝ置なから天か下しろしめす君の物にあら

すや金をは山に捨玉をは渕になくへしとかける

ももとの有所に置て貪着(とんじやく)せぬ事也頓而(やがて)

くさりうせぬる物を持来りて万年のたから

にかへて帰る事此国の智恵にまさりたるに

こそといはんはいと口惜しくそ侍るか

一(つれ/\草に)神無月の頃くるす野とかける此段神な月と

いふより折から所からさすかにすむ人のあれは

成へしなと兼好一入心を入て詞をやさしく

そのさまおもひやられあはれに書なせり柑子

 

 

56

の木の事書へきためにや此木のなからましかは

とおほえしか此詞一部の内兼好の筆法なる

へしとそ覚え侍る上の段にとひ居させしと

て縄をはられけるも小坂とのゝ棟にからす

のむれいて池のかへるをとりけるを御覧し

かなしませ給ひてとかけり次の段に此柑(かう)

子(し)の木の事かけり此木なからましかはとおほえ

しか此かの字はにこりてすむといはんかすみ

てにこるといはんか義はにこるよむ時はすむ

よし歌に此かの字ありこれをは中のかと

いふと中院前内府教給し義はにこりて此木

なからましかはとおほえしがこれも又いかな

 

るゆへか侍りけんといふことはをのこしたる所筆

法也と覚え侍る此事野間三竹(のまさんちく)とて近頃まて

存命たりし人世に普くしられて医術のみ

にもあらすすくれたる学者なりし我宅には

ことの折ふし度々来りて物かたりせしついて

に予わかゝりし時つれ/\草貞徳(ていとく)といふ人に

きゝて侍し其時此段の事かくおもひよりて

侍るとかたりけれは打おとろきてわかきもの

のかゝる事いひいてたりとてほうひせられしと

かたりけれは三竹其時くしける弟子の学よく

しけるをよひてこれきゝ侍れさてもきゝ事

なる義にはあらすやと感せられしに程へて

 

 

57

三竹の宅にまかりえける時つれ/\草の抄物とて

とりいてゝいつそやわぬしの物語の義此抄に

出てありとて見せられけり人の義を我いひ

いてたるやうにかたりけるにやとはおもはさるへ

けれともいと口おしきことにて有し此抄

かきいたしたる者は如何なるものにやと尋ねけ

れは貞徳弟子にて有けりはる/\と後に

いたせる抄なりけれは我いひ出たりし時同座に

聞たる弟子共あまた有けれは此義聞覚えて

よく心を得てかきたるにはあらされ共粗かき

のせたるなり存命の内にかゝる事あり

いつれかさきいつれかのちとも知かたかるへし

 

歌にもかゝる事多くあり撰集にいらされは

人にとらるゝためしおほき事に侍る也

一(つれ/\草に)名を聞よりやかて面かけはをしはからるゝこゝり

するをと書る段人のいふこともめにみゆる物も

我心のうちおかゝることいつそや有しと覚て

いつとはおもひ出しねともまさしく有し心ち

するは我はかりかくおもふにや

(私)是何に心をよせたるとmのきこえす我心の

趣をいつるおもしろしかありにも兼好心に似

たるといはんはおそれおほき事なれとも我

もかゝる事常におもふ事也又花紅葉見に

まかりたる人の所のけしき終りなしぬるをきけ

 

 

58

はをしてはかり其所見る心ちする類ひ誰も/\

かゝる事はあらんとをしはかられ侍る也すへて

又物ことにをしはかるといふ事あるにつきて

よしあしの品々有いにしへもありもやし

けん当世の人我かしこけに人の上をはかりて

うたかひをなすものおほしとかなき人をさあ

ると見しりたるなとをしはかりいつそやかゝる

事いひしはかくおもはせんかためなりなといひて

ひか事をしはかるに十に一うたかひのことくなる

こともなくてやは有へき其時されはよ我いひし

事ちかひぬるかと利口していよ/\うたかふ心さ

かんになりて人をおほくめしつかふものはつかはれし

 

もの多かたをひうしなはれ出入来るものもなくな

り友もたかひにうらみをする事いてき人を損

し後は我身をもほろほすもとゝなるはをしは

かりうたかひよりいてくる事おほしこれらの事

おほく見及へりふかくおそるへしたとひ十に一損

分ありとも人をうたかひうらみを生ずる事

なかれ

一つら/\世の有様をみるに上さまの事にはあらす

しよく人うりかひするものめしつかはるゝものにい

たるまて人をそしりて我をあけん事を第一の

事とやくみてあらぬことをもまことしくいひて

主人はらたてにくむへきやうをもとめていひ

 

 

59

なしあるひは其ものは物もみしらす下手にて

候なといひおとして我こそ上手とおもはせん

とし人はこゝろあしきものといひなして我よき

とおもはれんとたくみいつはりはかりことにて

我をほめられんとするたくひ数をしらす

をむさふり世をわたるものみなかくのことし其

中におもきかろき有へしおもく此心ありて

人をおとしめ我をあけて一度はさかふるやうに

見えしものたしかに天はつあたりてや有けん

見及て三四人肥土なくほろひて跡たにもなしい

とあさましおそるへし/\すへて何の道にて

も世にならひなしといはれんと其家わの道々

 

命をはかりにはけみてもし病につきて心の程

成かたくは我を捨て他人に成友ゆつりて家に

ほまれあらしめんとすへき也萬の道おなしめし

つかはるゝものにても心さしおもひ入ところ其道々

世にすくれぬれは人をおとしめそしらねとも萬

人に用られ世の重宝なりとよはれて心の富

貴もをき所なし其家に生てなすへき事なま

ひ得んともおもはすおやは名高き上手といは

れぬれは其富貴の残りけるにひかれて萬懈(け)

怠(だい)油断してとしたけぬれはさすか親の名をた

にけかす事と思ひて隣の人に尋ねならはん

ともせす世を渡るたくみにうそつき人をそし

 

 

60

りおとしめなとする外の事なし返々口惜しき

わさ也

一(つれ/\草に)何事もふるき世のみそしたはしき今やうは無下

にいやしくこそ成ゆくめれかの木の道のたくみの

つくれるうつくしきうつはものも古代の姿こ

そおかしとみゆれ

(帚木の巻に)その物と跡もさたまらぬはざれば見たるもけ

にかうもしつへかりけりと時につけつゝさま

をかへて今めかしきにめうほりておかしきも

あり大事として我にうるはしき人のてうとの

かさりとするさたまれるやう有物を難なく

しいつる事ならん程まことの物の上手はさまことに

 

見えわかれ侍る云云(私)今やうは無下にいやしくこそ

成行めれ古代の姿こそおかしとみゆれとかける

たかふへからすされと帚木(はゝきゝ)の巻にかけるかことて

今めかしきにめうつりておかしきもありとい

へるこれ又さる事也たかふへからす萬の物いまやう

をこのみ作り出んに其時の人のめには時につけ

つゝめうつりしておかしくおもふへきなり大事と

して誠にうるはしきてうとのかさりとする定ま

れる物を今やうをこのみて作りかへなんとせんは

なりふちはまことのめある人ならぬはよしあしと

も見しらぬ事も有へしまつ心いやしくひかめ

るわさなるへし

 

 

61

一刀わきさしにそりを直すと云事三四千年已

来にもやありけんいてきたり是いかなるゆへに

世にこのみてやますなす事にやとをしは

かりみるに歩(かち)若党(わかたう)鑓持(やりもち)の類は大なる男をと

御方共にこのみある故にこのみに随て国々

より集り来るかれらかさす刀わきさしせいに

応じて長く少もそりあるはあゆむなりふりに

相応せすとて棒の様なる大刀大わき指さしこ

なしたるあゆみふり日頃のけいこも有らんとみる

はかり人数あまたあれ共おなしふりなるわかき

心の人々のめにはさても見事なるかな/\と見え

けるほとにめうつりし気うつりしてれき/\

 

たるもわかきともからは棒のやうなる刀をこのみて

さくもよしいてきもよしといへともそりたるは

同心にあらすとてもとめぬ事に成にけれはをの

つからそりあるは其代物下直なるかゆへになへて

そり直す事になれりかなしきかな今新く作る

たに古代の姿にかはれるは無下にいやしく成行

といへるに其作者の心にうる所ありて打をきける

をしはらくの時のはやりことにて鑓持等のこの

む所にめうつり心うつりて無下にいやしく成行く

にはあらすや時のはやりことに随て斯身下作

の物なとは是非なく直す事も有なん程なく時

うつりめうつり心うつえいかはる事萬の物に有

 

 

62

事也ことさら此国においてはあかめ貴むへき物也宝剣

をはしめたてまつりていにしへよりいつれの御社に

も名作をおさめをかる泰平安穏ならしむる其

徳有成へし万々の鍛冶の中に名作なと打いたし

たるをは神とも祝ひ其道々のともからは一入貴

むへきなり此寸法に子細あり此そりに魔障(ましやう)を

抑ふ其理ありと云事なくて叶へからすさあるを

今なをす事又世にあるましき大鬼也まして

当座の少のよくにふけりてかゝるあやまりをなす

事口おしくつたなき無下のひか事にあらすや

世のため後の世のためかゝるたくひの事又あ

らせしとはからひ了簡もあらまほしくこそ侍れ

 

一(つれ/\草に)妻といふ物こそをのこの侍ましきものなれ

とかける一段人偏の本をわすれ家法にあらさ

る事をしらすと兼好をふかく難しぬる人もおほ

かるへし其なんする人の類の心より此段を見れ

は大なるひか者ほれ者也兼好これをしらす

てかけるにあらさるへし此段各別世界の事

にて天下一同の教へに書るにさらになし女と

いふ物持ましき物也と書いたせるよりめつらし

かりぬへしと書るまて皆さにこそあれ/\と

おもひしり同心の人も其世より今にいたるま

て其教をしらすありぬへし但最下(さいげ)の人には

あるましき事也道者なとの更にしる所に

 

 

63

あらさるへし兼好の心まてかく書たるもふしき

に侍なから心広大にしてゆうにやさしくまことに

和国のひしりなるか故にとそ覚え侍也たとへは

秋の月おもしろしとてなかめうかれいてゝ月の

かたふくをおしみ明る日はひるねす糞(ふん)とのかき

はなたらかにすへからす用にたゝすの心得かな夜

は寝もの也つとめて起て其身の所作をな

して其家をとめしめてこそといふにひかこと

なりとたれかあらそふものあらん花をうへん

よりは草をうへよといふにちかし道理をたゝし

くとはかりすれはゆうにおたやかなる事なく

せはくつまりてひしけくたくるに成ぬへし

 

世には心得ぬ事おほき也と書る段に酒をす

すめとらへ引とゝめてしいてのませうるはし

き人も忽(たちまち)に狂人となりそくさいなる人もめの

まへに大事の病者となり前後しらすたふれ

ふす人としてかゝる目をみする事慈悲もなく

礼儀にもそむけり外の事にてかくからき目

にあひたらん人はねたく口惜(くちをし)とおもはさらん

や人の国にかゝるならひ何なりと伝へ聞たらん

はあやしくふしきにおほえぬへしと重々に

いましめ書り今の世にいたり上つかさより下さ

ままて大酒さかもり昔の有さまに少もたか

はす幾度/\も見来りぬることなれはけに/\

 

 

64

とおもひ合られて有ましきならひなとそを

ほえ侍いかはかり酒を好人なりとても此いましめ

ひか事なりとはいふへからす兼好の心誠にあさ

ましくあるましきわさかなとおもひなから又

酒に興ある事をかす/\書り此趣にても

大形はさとり知ぬへしをのこの持ましきもの

と書る勿論道人沙門にあらすよのつねの人の

世間の上を能(よく)観(くはん)して内には人偏をはなれさす

かに欲体にて世に有をのこ也世にましはりて

心世にましはらす一物に心をのこしとゝめす上に

いへる子といふものなくて有なんの心もこれに

ひとしかゝる心もたらんはきよくすゝしからまし

 

一(つれ/\草)望月のまとかなる事はしはらくも住せすやかて

かけぬこゝろとゝめぬ人は一夜の中にさまてか

はるさまも見えぬにやあらん病のおもかも住

する隙なくして死期(しご)すてに近しされ共

いまた病めならす死におもむかさる程は常住

平生(へいせい)の念にならひて生の中におほくの事を

成して後に果(はつる)に道を修(しゆ)せんと思ふほとに病

をうけて死門(しもん)にのそむ時所願一時も成せすいふ

かひなくて年月の懈怠を悔(くやん)て此度若(もし)たちな

をりて命またくせは夜を日につきて此事彼(かの)

事をうたゝす成してんと願ひをおこすらめと

やかてをもりぬれは我にもあらす取みたして

 

 

65

はてぬ此類のみこそあらめ此事まつ人/\

いそき心にをくへし所願を成して後(のち)暇(いとま)ありて

道にむかはんとせは所願つくへからす如幻の生の

中に何事をかなさんすへて所願皆妄想(しょくはんみなもうさう)なり

所願心にきたらは妄心迷乱すと知て一事

をもなすへからす直に萬事を放下(はうげ)して道に

むかふ時さはりなく所作なくて心身なかくし

つか也

(私)此事まつ人々いそき心にをくへしと書るこの

まつと云字に心をくへしおもふへし/\

一(つれ/\草に)人のなき跡はかり悲しきはなしとかけるこれら

今更銘しからぬ事なれ共人の家ことにかへ障子

 

にもかきつけ日々によみて人にもきかせ我心

にもおもへ此事万々の人一人はつるゝ事な

くかくのことし/\まさしくさにこそあれと究

てしかも物あはれにかきなせりわするへき

事にはあらねとつねなる事を好みて無常を

よそにおもふ人毎のならひなれは忘れすこれを

見つねに口すさひにもあれよかしとおもひより

てこゝに又かき付侍る也

年月経てもわするゝにはあらねと云者は日々

にうとしといへることなれはさはいへと其きは

ほかりか覚えぬにやよしなし事いひて打も

わらひぬからはけうとき山の中におさめて

 

 

66

さるへき日はかりまうてつゝ見れは程なく卒

塔婆も苔むし木の葉ふりうつみて夕のあらし

夜の月のみそことゝふよすかなりける思ひ出て

忍ふ人あらんほとこそあらめそも又うせて聞

つたふるはかりの末/\は哀とやはおもふさるは

何ととふわさもたゝぬれはいつれの人と名をた

しらす年々の春の草のみそ心あらん人はあは

れと見るへきをはては嵐にむせひしおも千と

せとまたて薪にくたかれ古墳(ふるきつか)はすかれて田と成

めそのかたたになく成ぬるそかなしき

(私)かくのことくあるはなみ/\ならぬ一かたる人の上の

事なりそれより下つかさはかゝる事たにもなく

 

細なくいひ出るわさもなく成のみそおほかるへし

一 正三道人とかや集められしとて因果物語とて

絵草子有わらはへのもてあそひたはふれ事

におもひなしける事なれとも皆近き世に有

しあやしき事とも也証拠たゝしきものを

集めしとあれ共猶あやしき事におもひける程に

我折々行かよひける国々所々道すからなとかゝる

事や有しと尋ねけれはたしかにさの事有

しとかたる所おほし若はおほつかなくこたへける

は猶たしかにしらまほしくなりてふるき者

にも尋ねさせけるに一もたかはす有し事

共也いかなるわらへもみやすくかきなして川原

 

 

67

のあやつりも草子となし童女(とうによ)のなくさみと

すおとなしき人智有人も幾度も見て是

を興すへし智有と世に見る人童女にもこ

えて三毒のやまひおもく見ゆるおほし

一 親の子をおもふ慈悲はいにしへも今もかはる事

なくあたらしくいはん言(こと)の葉もなし人間のみに

あらす鳥類畜類其品々体はかはれともおもふ

心はかはるへからす今折ふしに見あたり人にもたつ

ねきゝて身にしみて哀(あはれ)に覚えけれはかきつけ侍

る也誰も/\心をつけて見たまへ今頃はやよひの

半(なかは)也軒の雀とて外の鳥よりは人ちかきものに

侍れとも人をおそるゝ事少もゆたんせす人

 

ちかくよらんとすれは飛さる事めのまへのこと

し然(しかる)に此ころになれは人ちかくよりても常

のことくははやくにけさらす家の内まても入

て餌(え)を求むいかなる事にやと人にたつねけ

れは此時分は子をやしなひ侍るゆへに数の子

の餌をもとめかねて人近くより来(きたる)もおそれ

すとかたるされはよとおもひてえをとゝのへ人近

き所にをけとも来りて幾度(いくたび)/\とりて行(ゆく)

子を養ふ事うたかひなし子をふかくおもふかゆへ

に人をもおそれさるかえをもとむるに心有(あり)

て見ゆれとも見えさるにや鳥をさし取(とる)者今

のをりからは常よりもとりやすしといふあは

 

 

68

れむへし子をおもふかゆへにころされぬ物をい

はぬにこそはあれ其心其なすかたちにてし

られたり我身をころさるゝのみにあらす数ゝ

の子皆飢(うへ)しなん事をいかはかりくるしみかなしく

おもひぬらん過去の宿業にて殺生をなして

世をわたる身となりたりとも親有へし子

有へしおもひくらふへし其一つを殺(ころす)たに常

よりはかれかおもはんこゝろの内もをしはかられ

ていたはしきに我手にもいらすしてあまたの

子を巣の内にてころす事さら/\なすへき事

にあらす願(ねがは)くはよろつの鳥けたもの其子をや

しなふ時分は里ちかきものはつねよりもいたはり

 

あはれみころす事ゆるすへし如是我聞(によせかもん)/\

此文(もん)は至(いたり)て愚痴の老女(らうによ)が教(おしへ)伝へたる也其義曾(かつ)

て不知(しらず)ふしきある呪文也

 

 

69

劫外子自空