仮想空間

趣味の変体仮名

好色入子枕 巻の二(一)善悪の石臼

 

お染久松。

 

読んだ本 http://mahoroba.lib.nara-wu.ac.jp/y05/html/1049/index.html

 


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好色入子枕     巻二

     目録
(一)善悪の(農)石臼 娘のふところも 七分五里筵のかし屋
(二)高野の念者柳   立振舞の献立 なきはらした鯛の眼
(三)鶯もなく音(ね) 花よりさきへちる身 されど姫はしめの明る日


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好色入子枕第二
(一)善悪の石臼
民のかまどはにぎはひにけり高津町のはんじやう氏子
さかえ猶目出度すみなし身体(しんだい)も竹よ油や清左衛門とて難
波の津の大商人三代つゞきの仕合吉事は軒にいなゝき舟は
ひがしよこぼり一はいにつながせ毎日つみいだす江戸あき
なひ有所にはあるぞかししかも。ふうふは荷ひ百二十の
ともしらが四十二の子の女子を悦び老のたのしみ朝夕の
なぐさみ疱瘡の神もかたく。そのうつくしき事折ふしの
月をそねむ花の口あかぬがことく七つのとしは七里のかはゆ


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がりて八つの年より。うしろ紐をおとし鬢付にかためたい
とんばうわげに鼈甲をひからせ二季のひいなまつりも
夜はよもすがら雛さまのとこいりと小屏風を引まはし乳母
もおかしく。ちよつとだかれる伯父も撫つけ坊主をきらひ
かりそめにも美男をまねき。しほのめでかたり此娘の後の
ことをあんずる世間の人は粋(すい)なり十二十三になればかしましい
ほと。えんぐみのいひいれひとり娘なれば養子聟の相談この
いへの身体に。かけあふ聟は廣き大坂に三軒とは見えすあま
り娘の有も不自由なる物ぞかし 嫁入まへのおけいこ商人の
むすめの物読琴なんども。いらざるものと。かゆからす虫の皮の

親仁の了簡物縫ひわたつむこそ世帯のくすり医者の善安殿
の内義は手きゝの名取我借屋に置合はすにてさいはひ此仁を
たのみ夜な/\かよひ師匠家主殿のおむすめごとぬり桶をすべる
追従たら/\ぬひ事は。はをりかつはけさ衣唐人の着物迄おそ
らくは顔。鳶がたかとは此善安のひとり息子に久之介とて十三か
四とも見えてよこがほは榊山口友太郎がおもざし男色好の
評判折々母とつれ立油屋に来たる清左衛門夫婦つく/\と
久之介を打詠(なかめ)おもふやうにならぬは世の中 旦那寺のあい
さつにて養子聟の噂。筋目といひ身体といひ望む所なれど
かんじんの聟殿羽織きれど見える程の背むし清左衛門か聟共


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いひがたし此久之介がきりやうを。かへたらばなにゝ不足なき。おし
立といひ形跡(こうせき)万事まゝならぬ夫婦のねがひ。おそめは始終を  ←
聞て。いづれ一生もつ夫ならば久之介殿のやうな。うつくしい若衆な
らめと。いな心になりて恋のはつ花柳が枝にさくらさく花見の折から
も久之介をさそひ女恋の用文章ありたけかきつくし。いつの間にか人
しれず。うまき中となり昨夜(ゆふべ)の双六にまけて腹が立ならば。はやう
ござれと夜が明ると呼よせ。まけのきに腰もとがかはり九之介殿が
重六をかたしやれば。われも重六打はづかと。りんきのはしめ二つ鏡
に恋と思ひをうつし耳の根のあぶらもひとりふきをぼえ。おとなま
さりの。たしなみこひは。させたき物の。させましき物也親にも不孝と

いふ事をおぼえ土用のうちにも寺参をすゝめ。中戻りなしの西
国をねがひ兎角留守をよろこぶ虎狼よりさかりの娘ぞおそろしき其
頃臼の目切といふ事のはやり国中をさはがしむかし人の申は弘法大師
あはれみを。たれ給ひそのとしの悪病をすくひたまふ。しるしあり
がたしと。やれ衣をかけて。しよんぼりと坊主の立ばやれ弘法大師
さまと。そんきやうして大師と作り立て九之助をくどくもあり
銭のない念者のしはざ是もにくからず九之介にも。あり/\とき
のふまですし香の物のおもしに。すてをきし年つもりし石臼今朝
見れば白妙の石の粉(こ)ふりてまさ/\と目切町内家主立より
三寸よ鰹ぶしよといはひかぎりなしむかしもかやうの事ありて


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みな/\古狸のしわざ。物はいはひから目切と家富さかゆるもの。目切
とまづしきもあり。うたがふまじき人の口々善安方にはそのあけの
日より久之介さん/\病ふにふしたのみすくなく。見えける十一のとし
傷寒をわづらひ其後病ぬけして。これほどの事に何事か有べき
と。手のものゝ茶あびる程のめどさら/\げんも見えず。ちからを
おとして。家主殿のかげにて人の知ほとの医者衆いづれも。うなづくは
なし。はや鳥あゆむがことき脈になりて。あんのことく八月十五夜月も
をしきの秋の露となりぬ。ふた親のばげき。いはんかたなし他人
さへかはゆがる若衆さかり殊にとし月いひかはせし兄分は上京
して其座よりの飛脚暑気時分と仏なりにして大瓶に入

左頁 挿絵

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一日一夜の物おもひ兄分に。見おさめの顔を見せて二度のおあはれをもよ
ほし。お染とやくそくの事はふた親夢にもしらず久之介なくて何を
たのしみと生国伊丹へ引こし毎日をつみ戒名もおぼえず久之介
がためと袖々は涙にかはく間もなく神つらも仏つらもなき世や