彦山権現誓助剣 第八 (杉坂墓所の段)

 

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     イ14-00002-677

 

 


59(左頁三行目)
  第八     て追て行
見へわたる 高根/\にきへ残る 雪のふゞきの音さへも 吹あらしたる松の風いとゞ淋しく杉坂は 村山里に
亡き人の名をのみ残す石のかづ 邉(ほと)りに立し竹柱茅が軒端もそこ/\に 火にもたらぬ草筵 内に音
する鉦のこへ 毛谷村の六介が母におくれし其日より 明けくれこゝに在(います)がごとく 喪に入て悲しみをつく
す心ぞ殊勝なり 日脚も昼に程近き山?(かせぎ)の樵(きこり)共 戻りかゝつて小家の前 六介殿どふじやの
しごとのついでに見廻ますと 口ぐちいへば念仏をやめ ヲゝ皆精が出るの たばこでものんで休ましやれ そんなら


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皆一ふくせうかい ヲゝよかろ/\と荷をおろせば サア/\/\こゝへ/\ 幸い入ればながわいた マア初穂を母者人へ お茶湯(とう)
上げてと墓の前 備へ置て手をつかへ 母者人御らうじませ 皆深切に見廻て下さつた アゝ生きてなら悦
ばしやらふに 何をいふても片便り ヤ母者人が好物故今朝備へたいり物 是なと入れて茶を参れと
何がなあいそさし出す あられくい/\ コレ槇蔵 樫六もどふ思やる 死なれたば様は仕合せ者じや 一人も一人から
けつかうな息子を持たれた故 居られる時から生き仏 今石仏になられても アレ見やしやれやつはりあのやうに
四十九日のけふ迄も 三度/\拵へてすへ備へられるといふは くはほうなわろじやないかいの ヲゝ松兵衛のいやる通り
なれど 六助殿のかう/\がおろはてひどくえいわくするてや ソリヤ又なぜに さればいの 又してもこちのば様が 儕
はふかう者じや アノ六助見い六助をといはるゝ故 きて見ればあの通り 何ても昨日はかう/\をやらかして見て

そと 山を休んで打かゝり 十日前のかう/\を一時にこしらへくらい物のくいあき 悦びはしやらいでヤイのらめ しごと
はせずにやくにも立ぬ銭を遣ひおると小言八百 イヤモウかう/\も自由にさす事じやないていのふ
ハテそんな事はいはぬ物じや どの様にいはしやろ共 さからはぬが直ぐにかう/\ 親の有内じや皆随分大事
にかけさんせ/\ ソレ/\ どこもかう/\がはやるかして 六助丁どこなたのやうな大きな侍が 母親をおふてあるくと村
での噂 聞きやこなたの内を尋ねたげな 大方こりやかう/\くらべにきたのじや有ふ コレ必共負まい
ぞや イヤ負まいついでにねらしい事が有 此間からはし/\゛に 毛谷村六助と試合してかつたなら 知行五
百石で抱ふと 殿様より高札が立たと国中は是ざた アリヤたしかに殿様が こなたを家来にせふとおつしやるを
何ぼでもかてんさしやれぬ故 はら立てての事じや有ろ なぜ又奉公さしやれぬと とへば六助打わらひ ハテ


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おれじやて出世するをいやではなけれど 元剣術を覚へたも高良明神のれいけん 我にかつものに
あはゞ奉公せよと 神の誡め破られぬ故 どなへも折いふているのじやと 聞て皆々納得しいか様もつ
ともそふな事じや ガそりやそふといつ迄こゝにいるのじやぞいの イヤモウ唐では三年もいる事そうなが
あすは五十日の念仏も申さにやならぬ 今夜いんで其拵へ 皆も揃ふて集つて下され イヤ御ぞう
さじや長咄しで日はたける 夫レ聞てがつくりとひだるなつた たべ立ちじやない聞き立に もふいにますと惣/\゛
が柴荷てんでに打かたげ麓をさしてかへりける 六助は独り言 皆ねんごろな衆じやな シタカ母者人は
嘸やかましごんしよ ドリヤまつかうでもつぎましよと 立や煙も一すぢに 姿に似ぬかうろのかほり 身は
うづみ火のうづもれて 尾羽打かれし浪人風 せなに老たる母と見へ 六十をこすや坂道を やう/\たどり

墓ぢかく イヤ申し母人だくぼくの山道おわれてござつても嘸御くらう ちと是でお休みと おるして
敷かす菅笠の上にいたはり足こしをなでつさすりつ介抱に7 六助つく/\゛かんじ入り 母様そふなが お年
寄をつれまして御きどくなお侍 マアどれからどれへござりますぞ コレハお尋に頼るも他生のえん 拙者
は元上方浪人者 御らんのごとく母一人老年の耳は聞へず 何卒宜しき主取致し 老母をはごくむ種に
もと 西国へ下れ共微うんの某 有付き迚も定らずかくの仕合せ 見ますればこなたにも御長髪の体
殊にあらた成墳墓と申し 卒爾ながら御親族に ハイわしも独りの母に別れ 忌明(きめい)迄墓の前でせめて
香華取ます斗 夫レは近頃御愁傷さつし入る シテこなたの御在所はな 此ふもとの毛谷村六助と申す者
ナニ 其元が六助殿 ホイと吐胸をさしうつむき 顔打守りふしんの六助 名を聞て済まぬ顔色 何でやうす


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ばしござるかなと 尋られて面を上げ お目にかゝるもめんぼくなけれど 申さねは叶はぬ時宜 ちと折入て其
元にお頼申度義がござるが何と お聞届け下されうか シテ何事かしらね共 様子によつて頼まれま
せう マア其訳はな 成程思し召もいかゞなれ共 たゞ今も申すごとく一人の此母 ふがんの上に百日と限り有る
膕病(かくやまい) せめて一日半日も安楽にくらさせ度 勤仕を望めど心斗せんかたつきし折に幸い 当国へきて
見れば 所々に立たる国主の高札 毛谷村六助に打勝ちなば五百石知行宛て行はんとの義 見るに
心は飛立て共 聞及びたる六助殿 我迚も一流は立つれ共 中々及ばぬ未熟の某 ト有て此儘打過なば
いつを春迚母人のわらい顔見る時節もなし とやかくやとしあんの終り 所詮義を捨て恥を捨てせうぶ負けて
下さる様 無体の頼みせん物と思ひ詰めしも母の為 とは云ながら武道にはづれし此願 弓矢神のめうがにも

つきはてん こし抜け武士人でなしとおさげしみも存じながら 母故なればちつ共いとはぬ 推量有て右のだん/\御聞
入下さらば 御恩は死でも忘れまじ 限り有老母が命 見立てし後は国主の御前 今のしさいを申上げ 腹切て御ちじよ
く其時すゝぎ申すべし ひたすらお願/\と 土に頭をすりよせて涙と供に頼みける 六助は物をもいはず もくねんとしていた
りしが やゝ有て横手を打 遖々かんしん致した 恥を捨ての御孝心夫レでこそ誠の武士 いかにも聞届けましたま
けませふ エゝ何とおつしやる イヤサア御手練もござらふが おそらく六助を打ん者 マア近国には覚へない ガ我迚も母
にかくれ明くれ恋しう存ずる斗 親持ちし身は御同然 御志推量致した 六助こなたにふたれませふ スリヤしん
じつ聞き分けられせうぶに負て下されんとな ハゝア有がた/\御恩は此身に余る悦び コレ/\/\母人様供にお礼を/\
と いつど聞へぬつんぼの悲しさ 詞につきぬ御情け重ねてゆるゝ御返礼 アゝイヤ/\是も則親の恩 随分孝心おこ

 


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たりなく御出世有は我等も大慶 隙取内に人や聞 片時も早く試合の願再び逢は表向所はきらはぬ御浪人
ハゝゝ重々深き御仁心 仰に随い直ぐ様お暇 必ず待ておりますと 約束かたき胸と胸 とけてくたけしきつすい男 供に
介抱母親をおはすもおふもかう/\信義 互の目礼浪人は別れてかへる元の道 六助跡を見おくつて アゝ親といふ物は
有かたい物じやなア 見ずしらずの侍なれど誠の心をかんじた故まける試合を請合たればいさんでかへられた是を思へば親
程大事の物はない 何をするも母への追善 どふで今夜はいなずば成まい おはかへ水なと新しう かへておこふと小家
の内 取出す桶は浅けれどかう/\ふかき谷水の清き流れへくみに行 はるの日も 傾くうんのはかなさや 何迚かゝるうきなん
ぎ 吉岡一味斎が若とう佐五平 おきくがかたみ稚子をいだけど老の足よはく 杉坂ごへにさしかゝる ヲゝイ/\とふもとより はしり
付いたる二人つれかまの袖も角有人相 佐五平は立留り 最前から呼かけるは身共が事か ヲゝ身共とも/\親仁殿なれ/\し

い事なれど ちつとこなんに無心が有て麓から付いてきたのじや ホヲ無心とは何の無心 ハテとぼけまい 人たへした
山の中無心といや知れた事じや ヲゝ懐に持ている路銀がかしてもらひたいと 跡と先とを引っぱさみ直ぐにはやらぬ
荒嶋の横に太きしかけなり 見て取老巧にこ/\わらひ 扨はうぬら山賊じやな ハアテ目利きの悪い 三五日
の貯へは有れど銀といふて持ちはせぬ よし有迚も我達にかしてくれる銀(かね)はない そこのいて早通せと 引退けて行過るを
物をもいはず抜打に かた先四五寸切下くれば ウンとのつけに反りながら ヤアだまし討とはにつくい盗賊 高の知れたる下郎と
あなどりふかくを取りし口おしや ヤイ/\/\下郎とは慮外者 吉岡が若党佐五平門脇儀平見忘れたか 京極殿に一味
科 追放しられて此ざまなれど切取りするは武士の常 儕が連れておるのはおきくがへり出した絹川が小伜 そいつ共に
ぶち放すが内匠殿の心休め かくごしてくだばりおらふと 聞て佐五平恟りし ナニ門脇儀平とな エゝ老眼故


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見ちがへて残念/\ 敵のかたふど主人の怨 是式のかすり疵やみ/\一人死ふかと 口にはいへど稚子の身の上いかど心は
空 見廻す小家は是幸 ちつとの間はいつてござれと 押入れて眼をくばれば すかさず二人が切付けるを 手おいながらも遉
の佐五平 抜放して切結び 二人を相人に働け共 初太刀のいたみによろめく老人 切るやらつくやらなぶり
殺しの折も折 水汲入れて六助が戻りかゝりし此場の体 様子知らねど飛かゝり 二人がえりがみ引つかみ力に任せ投げ
付くれば ぎやつと斗にたへ入たり 六助手おいを引おこし コレ老人気を慥に持たつしやれ ホゝ扨切りおつた最(も)ちつと早くば
かうはさすまい コレ御老人/\旅のお人と呼いけられ 物はえいはず佐五平が 小家に指さし手を合せ 頼む/\も口
の内 深手のよわりがつくりとたへ入いきぞはかなけれ コレ老人ハアもふいきはたへたかいとしやのふ何じや知らぬが小
家の方を指ざして拝んだはがてんが行ぬと 見やる小家より稚子が 走り出て死がいのそば べいよ/\とおしうごかし 足

すりしたるいぢらしさ ハゝア是じやな べいよ/\といふからは 定めて主の子といふ様な事 コレほんこはい事はない
こなたはどこで とゝ様の名は何といふぞと尋ねれば かふりふつて泣く斗 アまだ弁への年でもなし 思へば/\ふ
便なと コレ死だ人きづかいさつしやるな此子はおれがあ預つて 親御の手へ届けます サア/\ぼんち是からおれが連れて
いぬ 是はしたり着る物迄血だらけじやと 云つゝぬがす四つ身の小袖 こしにはさんで稚子を懐へ抱入れ たくまし
い男の子じや ヲゝ泣くな/\/\/\ねん/\/\や ねたらかゝへ連れて行と すかす間にいせんの悪者 性根付きしか起上り ヤイ
うぬはどこから出てうせたて 何でしごとのしやまひろぐ アゝ聞へた おいらをのめらせ其間に銀(かね)をうぬがくすねた
な そふはさせぬと後ろ抱しめ付るを見向もせず ヲゝかはいの物を誰ががいの 起たら山からこはい伯父が ソレ/\/\かくりよ
ハアと身の捻り 前へどつさり起こしも立てず 素頭(すかうべ)みぢんに岩の角 是にもこりぬ門脇儀平 むしやぶり付くを頭(づ)


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でんどう胴骨しつかと泣くすを懐 ヲゝ泣な/\/\ねん/\ころゝん/\やねたらかゝへ連れて行ふみ付られて七てんばつとう
                    死がいは谷へよねんなく我家を さして立かへる