仮想空間

趣味の変体仮名

源氏物語(十)賢木

 

読んだ本 https://dl.ndl.go.jp/pid/2567568/1/1

 

1

龍神

 

2

斎宮の御くだりちかうなり行まゝに宮すところ

ものこゝろぼそくおもほす。やんごとなくわづらはし

きものにおぼえ給へりし大殿の君もうせ給て

後。さりともと世人も聞えあつかひ。宮のうちにも

心ときめきせしをそのゝちしもかきたえあさまし

き御もてなしを見給ふに。まことにうしとおぼす事

こそ有けめとしりはて給ぬれば。よろづの哀を

おぼしすてゝひたみちに出たち給ふ。おやそひて

くだり給ふれいもことになけれど。いと見はなちかたき

御有さまなるに事つけてうき世をゆきはなれ

なんとおぼすに。大将の君さすがに今いとかけは

 

 

3

なれ給ひなんも口おしうおほされて御せう

そくばかりあはれなるさまにてたび/\かよふ

たいめんし給はん事をばいまさらに有まじき

事と女君もおぼす人は心づきなしと思ひをき

給ふ事も有けんに。我は今すこし思ひみだるゝ

事もまさるべきを。あいなしと心づよくおほす

なるべし。もとの殿にはあからさまにわたり給ふ

おりもあれど。いたう忍び給へば大将殿えしり

給はず。たはやすく御心にまかせてまうで給べき

御すみかにはたあらねばおぼつかなくて月日も

へだゝりぬるに。院のうへおどろ/\しき御なや

 

みにはあらで。れいならずとき/\゛なやませ給へば

いとゝ御心のいとままければつらき物に思ひはて

給なんもいとをしく人ぎゝなさけなくやとを

ぼしおこして野の宮にまうで給九月七日ばかり

なればむげにけづあすとおぼすに。母がたも心はあ

たゝしけれどたちなからとたひ/\御せうそこ

はありければ。いでやとはおぼしわづらひながらいと

あまりむもれいたきを物ごしばかりのたいめんは

と人しれずまち聞え給けり。はるけき野べを

わけ入給よりいと物あはれなり。秋の花みなおと

ろへつゝあさちがはらもかれ/\゛なるむしのねに松

 

 

4

風すごくふきあはせてそのことゝもきゝわかれぬ

ほどに物のねどもたえ/\゛聞えたるいとえんなり

むつましき御前十よ人ばかり御すいじんこと/\し

きすがたならで。いたうしのび給へれどことにひき

つくろひ給へる御よそひいとめでたくみえ給へば御と

もなるすきものどもところからさへ身にしみてお

もへり。御心にもなどていまゝて立ならざゞりつらん

とすぎぬるかたくやしうおぼさる。物はかなげ

なるこしはをおほかきにていたやどもあたり/\

いとかりそめなめり。くろ木の鳥居どもはさすがに

かう/\゛しく見わたされてわつらはしきけしき

 

なるに。神づかさの物どもこゝかしこにうちしはぶ

きてをのがどちものうちいひたるけはひなども

ほかにはさまかはりてみゆ。火たきやかすかにひか

りて人気すくなくしめ/\としてこゝに物思は

しき人の月日を隔給へらんほどをおぼしやる

に。いとみじうあはれに心ぐるし。北のたいのさるべき

所にたちかくれ給て御せうそこ聞え給にあそび

はみなやめて心にくきけはひあまた聞ゆ。なに

ぐれの人つての御せうそこばかりにてみづからはた

いめし給べきさまにもあらねば。いと物しとおぼして

かやうのありきも今はつきなき程になりにて

 

 

5

侍るとおもほししらば。かうしめのほかにはもて

なし給はでいぶせう侍る事をもあきらめ侍り

にしかなとまめやかに聞え給へば人々げにい

とかたはらいたうたちわづらはせ給にいとおしう

などあつかひ聞ゆれば。いさやこゝの人めも見ぐる

しう。かのおぼさん事もわか/\しういでいんが

今さらにつゝましき事とおぼすに。いと物すけれ

どなさけなうもてなさんにもたけからねばとか

く打なげきやすらひていざり出給へる御け

はひいと心にくし。こなたはすのこばかりのゆる

されは侍りやとてのぼり給へり。花やかにさし出

 

たる夕月夜にうちふるまひ給へるさまにほひ

にる物なくめでたし月ごろのつもりをつき/\゛

しう聞え給へんもまばゆきほどになりにけれ

ば榊をいさゝかおりてかはらぬ色をしるべにてこそ

いがきもこえ侍にけれ。さも心うくと聞え給へば

 神がきはしるしの松もなきものをいかにまが

へておれるさかきぞと聞え給へば

 をとめこがあたりと思へば榊葉の香をなつか

しみとめてこそおれ大かたのけはひわづらはし

けれどみすばかりはひきゝてなげしにをしかゝり

てい給へり。心にまかせて見奉りつべく人もした

 

 

6

ひさまにおぼしたりつるとし月はのどかなりつる

御心をごりにさしもおぼされざりき。また心の

うちにいかにぞやきす有て思ひ聞こえ給にし後

はたあはれもさめつゝかく御中もへだゝりぬる

をめづらしき御たいめのむかしおほえたるにあは

れとおぼしみだるゝ事かぎりなし。きしかた

行さきおぼしつゞけられて心よはくなき給ぬ

女はさしもみえじとおぼししづむれどど。えしのび

給はぬけしきをいよ/\心ぐるしうなをおぼ

しとまるべきよしをぞ聞え給める月もいり

ぬるにや哀なるそゝろをながめつゝうらみ聞え給

に。こゝら思ひあつめ給へるつらさもきえぬべし

やう/\今はと思ひはなれ給へるにさればよと

なか/\心うごきておぼしみだる。殿上のわか君

たちなどうちつれてとかくたちわづらふなる庭の

たゝずまひもげにえんなるかたにうけばりた

ありさまなり。おもほしのこすことなき御な

がらひに聞えかはし給事どもなねびやらんかた

なし。やう/\明ゆく空のけしきことさらにつ

くりいでたらんやうなり

 あかつきのわかれはいつも露けきをこは世に

しらぬ秋のそらかないでかでに御てをとらへてや

 

 

7

すらひ給へるいみじうなつかし風いとひやゝかに吹

てあMツム師のなきからしたるこえもおりしりがほ

なるを。さして思ふ事なきだにきゝすぐしかた

げなるに。ましてわりなき御心まとひどもに

中々こともゆかぬにや

 おほかたの秋の別もかなしきになくねなそへ

そ野べの松むしくやしき事おほかれどかひ

なければあけゆく空もはしたなうて出給道の

程いと露けし。女もえ心つよからず庵ゴリあはれ

にてながめ給ふ。ほのみたてまつり給へる月影

の御かたちなをとまれるにほひなどわかき人こは

 

みにしてめてあやまちもしつくめで聞ゆ。いかが

かりのみちにてかかゝる御ありさまを見すてゝ

はわかれきこえんとあひなくなみだぐみあへり

御文常よりもこまやなかるはおぼしなひくば

かりなれどまたうちかへしさだめかね給べき

事ならねばいとかひなし。男はさしもおぼさぬ

ことをだになさけのためにはよくいひつゞけ給ふ

べかめれば。ましてをしなべてのつらには思ひ

聞え給はざりし御中のかくてそむき給なん

とするを口おしうもいとをしうもおぼしなや

むべし。旅の御さうぞくよりはじめ人々のまで

 

 

8

なにぐれのみてうどなどいかめしうめづらしき

さまにてとふらひ聞え給へど何ともぼされず

あは/\しう心うき名をのみながしてあさま

しき身の有さまを今はじめたらんやうにほど

ちかくなるまゝにおきふしなげき給ふ。斎宮

わかき御心に不定なりつる御出立のかくさだま

り行をうれしとおぼしたり。世人はれいなき事

ともどきもあはれがりもさま/\に聞ゆべし

なに事も人はもどきあつかはれぬきはゝやす

げなり。なか/\世にぬけいでぬる人の御あたりは

所せき事おほくなん。十六日かつら川にて御祓

 

し給はねのぎしきにはまさりてちやうぶそう

しなどさらぬ上達部もやんごとなくおぼえある

をえらせ給へり。院の御心よせもあればなるべし

出給ふほど大将殿よりれいのつきせぬことゞもき

こえ給へり。かけまくもかしこきおまへにとて。ゆふ

につけてなる神だにこそ

 やしまもるくにつみ神も心あらばあかぬわか

れのなかをことはれ思ひ給へるにあかぬ心ちし

侍るかあんとあり。いとさはがしきほどなれど御返

あり宮の御をば女別当してかゝせ給へり

 くにつかみ空にことはる中ならばなをさり

 

 

9

ことをまつやたゞさん大将は御有さまゆかしうて

うちにもまいらまほしうおぼせどうちすて

られてみをくらんも人わろき心ちし給へばおぼし

とまりてつれ/\にながめ給へり。宮の御返のお

となおとなしきをほゝえみて見給へり。御年の

程よりはおかしうもおはすべきかなとたゞなら

ずかやうにれいにたがへるわづらはしさに。かな

らず心かゝる御ふせにていとよう見奉り給つべ

かりしいはけなき御ほどを見ずなりぬるこそ

ねたけれ世中さだめなければたいめるるやうも

ありなんかしなどおぼす。心にくゝよしある御

 

けはひなれば物見車おほかる日なり。さるの時

にうちに参り給御息所こしにのり給へる

につけてもちゝおとゞのかぎりなきすぢにおぼ

し心ざしていつきて奉り給し有さまかはりて

すえのよにうちを見給につけて物のみつきせず

哀におぼさる。十六にて故宮に参り給て廿にて

をくれたてまつり給。三十にてそけふ又こゝのへを

みたまひける

 そのかみをけふはかけじと忍れとこゝろ

うちに物ぞかなしき斎宮は十四にぞなり給ひける

いとうつくしうおはするさまをうるはしうした

 

 

10

て奉り給へるぞいとゆくしきまでみえ給を。御

門御心うごきてわかれの御ぐしたてまつり給ふ

ほどいと哀にてしほたれさせ給ひぬ。出給ふをまちた

てまつるとて八省にたてつゞけたるいだし車ど

もの袖ぐち色あひもめなれぬさまに心にくきけ

しきなれば殿上人どもゝわたくしの別おしむ

おほかり。くらう出給ひて二条より洞院のおほ

ちをおれ給程二条院のまへなれば大将の君いと

あはれにおぼされて榊にさして

 ふりすてゝけふはゆくともすゞかゞはやそせのな

みに袖はぬれしやと聞え給へれどいとくらう

 

ものさはがしき程なればまたの日せきのあな

たよりぞ御かへしある

 すゞかゞやそせの波にぬれ/\ず伊勢まで

たれか思ひおこせんことそぎてかき玉へるしも

御手いとよし/\しくなまめきたるに哀なつけ

をすこしそへたまへましかばとおぼす。霧いたう

うふりてたゝならぬ朝ぼらけにうちながめてひと

りごちおはす

 ゆく方をながめもやらむこの秋はあふさか山

をきりなへだてそ西のたいにもわたり給はず人

やりならず物さびしげにながめくらし給ふ。まして

 

 

11

たびのそゞろはいかに御心づくしなることおほかり

けん。院の御なやみ神無月になりてはいとおもくお

はします。世んかあにおしみ聞えぬ人なし。うちにも

おぼしなげきて行幸あり。よはき個々とちにも春

宮の御ことを返/\聞えさせ給て。つぎには大将の御

事侍りつる世にかはらず大小の事をへだてずな

に事をも御うしろみとおぼせ。よはひの程よりは

世をまつりごたんにもおさ/\はゞかりあるまじ

なん見給ふる。かならずよの中たもつさうある人

なり。さるによりてわづらはあしさにみこにもなさず

たゞ人にておほやけの御うしろみをせさせんと

 

思ひ給べしなり。其心たがへさせ給なと哀なる

御ゆいごんどもおほかりけれど女のまねぶべき事

にしあらねば此かたはしだにかたはらいたし。御

門もいとかなしとおぼしてさらにたがへ聞えさす

まじきよしを返々聞えさせ給。御かたちもいと

きよらにねびまさらせ給へるをうれしくたの

もしく見奉らせ給。かぎりあればいそぎかへ

らせ給にもなか/\なる事おほくなん。春宮も

ひとたびにとおぼしめしけれどものさはがし

きにより日をかへてわたらせ給へり。御年のほど

よりはおとなびうつくしき御さまにてこひしと

 

 

12

思ひ聞えさせ給けるつもりに何心もなくうれし

とおぼしてみたてまつらせ給御けしきいと

哀なり。中宮は涙にしづみ給へるを見奉らせ給

もさま/\゛御心みだれておぼしめさる。よろづの

事を聞えしらせ給へどいとものはかなき御ほど

なればうしろめたくかなしと見奉らせ給ふ。大

将にもおほやけにつかうまつらせ給べき御心づか

ひ。このみやの御うしろみし給べきことを返々の給

はす。夜ふけてぞかえhらせ給ふ。残る人なくつかうまつ

りてのゝしるさま行幸にをとるけぢめなし。あ

かぬ程にてかへらせ給せいみじうおぼしめす。大

 

后もまいり給はんとするを中宮のかくそひお

はするに御心をかれておぼしやすらふ程におどろ/\

しき様にもおはしまさでかくれさせ給ぬ。あしを

空に思ひまどふ人おほかり。御位をさらせ給といふ

ばかりにこそあれ。世のまつりごとをしづめさせ

たま経ることも。我御よのおなじ事にておはしまい

つるを。みかどはいとわかうおはします。おほぢおとゞ

いとかうにさがなうおはしてその御まゝになりなん

世をいかならんと上達部殿上人みな思ひなげく

中宮大将殿などはましてすぐれて物もおぼし

わかれず。のち/\の御わざなどけうじつかうまつ

 

 

13

り給さまもそこらのみこたちの御中にすぐれ

給へるをことはりながら。いと哀に世人も見奉る

藤の御ぞにやつれ給へるにつけても。かぎりなく

きよらに心ぐるしげなり。こぞことしとうちつゞ

きかゝることを見給に。世もいとあちきなうおぼされう

ればかゝるついでにもまづおほしたゝるゝ事はあれ

ど。またさま/\゛の御ほだしおほかり。御四十九日

までは女御宮す所たちみな院につどひ給へりつ

るを。すぎぬればちり/\゛にまかで給。しはすの廿

日なればおほかたの世中とぢむる空のけしき

につけてもましてはるゝよなき中宮の御心

 

のうちなり。大后の御心もしり給へれば。心にまか

せ給へらんよのはしたなく。すみうからんをおぼ

すよりも。なれ聞え給へるとし頃の御ありさ

を思ひいで聞え給はぬ時の間なきに。かくてもお

はしますまじう。みなほか/\へと出給ほどかなし

き事かぎりなし。宮は三条の宮にわたり給御む

かへに兵部宮まいり給へり。雪うちちり風はけ

しうて院のうちやう/\人めかれ行て。しめやか

なるに大将殿こなたにまいり給てふるき御物が

たり聞え給。おまへの五ようの雪にしほれて

下葉かれたるをみ給てみこ

 

 

14

 かげひろみたのみし松やかれにけんしたばち

りゆくとしの暮かな何ばかりの事にもあらぬに

おりから物あはれにて大将の御袖いたうぬれぬ。

院のひまなうこほれるに

 さみわたる行けのかゞみのさやけきにみなれし

かげを見ぬぞかなしきとおぼすまゝにあまりわ

かわかしうぞあるやわ命婦

 年くれていはいの水もこほりとぢみし人かげ

のあせもゆくかなそのついでにいとおほかれどさのみ

かきつくべき事かはわたらせ行ぎしきかはらねど

思ひなしに哀にて。ふるき宮はかへりて旅ごゝちし給

 

にも御さとずみたえたるとし月のほどおぼしめ

ぐらさるべし。年かへりぬれど世中いまめかしき

事なくしづかなり。まして大将殿は物うくてこも

りい給へり。ぢもくのころなど院の御時をばさら

にもいはず。とし頃おとるけぢめなくてみかどのわ

たり所なくたちこみたりしむま車うすらぎて

さふらひにとのいものゝふくろおさ/\みえず。した

しきげいじどもばかりことにいそぐ事なげに

てあるを見給にも。今よりはかくこそはと思ひやら

れてものすさまじくなん見ぐるしげ殿は二月に

内侍のかみになり給ひぬ。院の御思ひにやがてあまに

 

 

15

成給へるかはりなりけり。やんごとなくもてなして

人がらもいとよくおはすれば。あまた参りあつまり

給中にもすぐれてときめき給ふ。后は里がちにおはし

まいてまいり給ふ。ときの御つほねには梅つぼをした

ればこきでんにはかんの君すみ給。登花殿のむもれ

たりつるに。はれ/\゛しうなりて女房なども敷しら

ずつどひまいりていまめかしう花やぎ給へど御心

のうちは思ひのほかなりし事どもを忘がたく思ひ

なげき給ふ。いと忍てかよはし給事はなをおなじき

さまなるべし。物の聞えもあらばいかならんとおぼ

しながられいの御くせなればいましも御心ざしま

 

さるべかめり。院のおはしまいつる世こそはゞかり給ひ

つれ。后の御心いちはやくてかた/\おぼしつめたるこ

とゞものむくひせんとおぼすべかめり。ことにふれ

てはしたなきことのみ出くればかゝるべき事とはおぼ

しゝかどみしり給はぬ世のうさにたちまふべくも

おぼされず。左のおほい殿もすさまじき心ちし給

てことにうちにも参り給はず。こ姫君をひきよぎ

て此大将の君に聞えつけ給し御心を后はおぼし

ときてよろしうも思ひ聞え給はず。おとゞの御な

かももとよりそは/\しうおはするに。こ院の御世に

はわがまゝにおはせしを時うつりてしたりがほに

 

 

16

おはするを。あちきなしとおぼしたるもことはり

なり。大将はありしにかはらずわたりかよひ給て。さ

ふらひし人々をもなか/\にこまかにおぼしをきて

わか君をかしづき思ひ聞え給へる事かぎりな

ければ哀に有かたき御心といとゞいたづき聞え給こと

どもおなじさまなり。かぎりなき御おぼえのあ

まり物さはがしきまでいとまなげにみえ給しを

かよひ給し所々もかた/\゛にたえ給ふ事ども有

かる/\゛しき御忍びありきもあいなうおぼし

なりてことにし給はねば。いとのどやかにいましも

あらまほしき御ありさまなり。西のたいの姫君

 

の御さいはひを世人もめで聞ゆ。少納言なども人し

れずこ尼うへの御いのりのしるしとみ奉る。ちゝみこ

も思ふさまに聞えかはし給。むかひばらのかぎり

なくとおぼすははか/\゛しうもえあらぬに。ねたげ

なる事おほくてまゝ母の北方はやすからずおぼす

べし。むかし物語にことさらにつくり出たるやうな

る御ありさまなり。斎院は御ぶくにており給にし

かば朝かほの姫君はかはりにい給ひにき。賀茂の

いつきには。そむ王のい給ふれいおほくもあらざり

けれど。さるべき女みこやおはせざりけん。大将の君

年月ふれどなを御心はなれ給ざりつるを。かうす

 

 

17

ぢことになり給ぬれば口おしとおぼす。中将にを

とづれ給事もおなじことにて御ふみなどはたえざ

るべし。昔にかはる御ありさまなどをばことに

なにともおぼしたらず。かやうのはかなしことゞもを

まぎるゝ事なきまゝにこなたかなたとおぼしな

やめり。みかどは院の御ゆいごんたがへず哀におぼした

れどわかうおはしますうへにも御心なよびたるか

たにすぎて。つよき所おはしまさぬなるべし。はゝ

后おほぢおとゞとり/\にし給事は。えそむき給

はず世のまつりごと御心にかなはぬやうなり。わ

づらはしさのみまされど。かんの君は人しれぬ御心

 

しかよへはわりなくてもおぼつかなくはあらず。又

だんの御ず法のはじめにてつゝしみおはします

ひなをうかゞひてれいのゆめのやうに聞え給。かの

むかしおぼえたるほそ殿のつぼねに中納言の君

まぎらはして入奉る。人めもしげき所なればつねよ

りもはしぢかなるを空おそろしうおぼゆ。朝ゆふに

見奉る人だにあかぬ御有さまなれば。ましてめづらし

きほどにのみ有御たいめんのいかでかはをろかならん

女の御さまもげにぞめでたき御さかりなる。をもり

かなるかたはいかゞあらん。をかしうなまめきわるび

たる心ちしてみまほしき御けはひなり。ほどなく

 

 

18

明行にやとおぼゆるにたゞこゝにしも殿い申さ

ふらふとこはづくるなり。またこのわたりにかく

ろへたる近衛つかさぞ有べきはらきたなきかたへの

をしへおこするぞかしと大将はきゝ給ふ。おかしき物

からわづらはし。こゝかしこたづねありきてとらひと

つと申なり女君

 心からかた/\゛袖をぬらすかなあくとをしふる

こえにつけてもとの給さま。はかなだちていとおかし

 (源)なげきつゝわが世はかくてすぐせとやむねのあく

べき時ぞともなくしづ心なくて出給ぬ。夜ふかき

あかつき月よのえもいはず霧わたれるにいといたう

 

やつれてふるまひなし給へるしも。する物なき御

有さまにて承香殿の御せうとの頭中将。藤つぼ

より出て月のすこしくまあるたてじとみの

もとにたてりけるを。しらですぎ給けんこそいとをし

けれ。もどき聞ゆるやうもありねんかし。かやうの

事につけてもてはなれつれなき人の御心をかつは

めでたしと思ひ聞え給物から。我心のひくかたに

ては。猶つらう心うしとおぼえ給おりおほかり。内

に参り給はん事はうい/\しく所せくおぼし

なりて春宮を見奉り給はぬをおぼつかなくお

ぼえ給。またたのもしき人も物し給はねばたゝこの

 

 

19

大将の君をぞよろづにたのみ聞え給へるに。な

をこのにくき御心のやまぬにともすれば御むねを

つぶし給つゝいさゝかもけしきを御らんじしらず

なりんしを思ふだにいとおそろしきに今さらに

またさる事の聞えありて。わが身はさる物にて

春宮の御ためにかならずよからぬ事出きなんとお

ぼすにいとおそろしければ御いのりをさへせさせてこ

の事思ひやませて奉らんとおぼしいたらぬことなく

のがれ給を。いかなるおりにかありけんあさましう

てちかづきまいり給へり。心ふかくたばかり給けんこ

とをしる人なかりければゆめのやうにぞありけ

 

る。まねふべきやうもなく聞えつゝけ給へど宮い

とこよなくもてなはれ給て。はて/\は御むねをい

たうなやみ給へば。ちかうさふらひつる命婦辯など

ぞあさましう見奉りあつかふ。男はうしつらしと

思ひきこえ給事かぎりなきに。きしかたゆくさ

きかきくらすこゝちして。うつし心もうせにければ

明はてにけれど出給はずなりぬ。御なやみにおど

ろきて人々ちかうまいりてしげうまかへば。われ

にもあらでぬりごめにをしいれられておはす御ぞ

どもかくしもたる人の心ちどもいとむつかし。宮は

物をいとわびしとおぼしけるに御けあがりて猶な

 

 

20

やましうせさせ給ふ。兵部卿太夫など参りて僧

めせなどさはぐを大将いとわびしうきゝおはす。か

らうして暮ゆくほどにぞをこたり給へるかくこ

もりい給へらんとはおぼしもかけず。人々もまた

御心まどはさじとてかくなんとも申さぬなるべし

日るのおましにいざりいでゝおはしますよろしう

おぼさるゝなめりとて宮もまかで給などして御

まへ人ずくなになりぬ。れいもけぢかくならさせ

給ふひとずくなければ。こゝかしこの物のうしろなどに

かさふらふ。命婦の君などはいかにたばかりていだし

奉らん。こよひさへ御けあがらせ給はんいとおしう

 

などうちさゝめきあつかふ。君はぬりごめの戸のほそ

めにあきたるをやをらをしあけて御屏風のは

ざまにつたひ入給ぬ。めづらしううれしきにも涙は

おちて見奉り給。猶いとくるしうこそあれ。世やつ

きぬらんとてとの方をみいだし給へるかたはらめ。いひし

らずなまけかしうみゆ。御くだ物をだにとて参りすへ

たり。はこのふたなどにもなつかしきさまにてあれ

ど見いれ給はず世中をいたうおぼしなやめるけし

きにて。のどかにながめいり給へるいみじうらうた

げなり。かんさしかしらつき御ぐしのかゝりたるさま

かぎりなきにほはしさなどたゞかのたいの姫君に

 

 

21

たがふ所なし。とし頃すこし思ひ忘れ給へりつるを

あさましきまでおぼえ給へるかなと見給ふまゝに

すこしもの思ひのはるけ所ある心ちし給ふけたかう

はづかしげなるさまなどもさらにこと人と思ひわき

がたきをなをかぎりなく思ひしめ聞えてし心

のおもひなしにや。さまことにみじうねびまさ

り給にけるかなとたぐひなくおぼえ給ふに。御心

まどひしてやをら御帳の内にかゝづらひ入て御ぞの

つまを引ならし給けはひしるく。さと匂ひたるに

浅ましうむくつけうおぼされてやがてひれふ

し給へり。みだにむき給へかしと心やましうつら

 

くてひきよせ給へるに御ぞをすべし置ていざり

のき給に。心にもあらず御くしのとりそへられたり

ければいと心うくすくせのほどおぼししられていみじ

とおぼしたり。おとこもこゝら世をもてしづめ給。御

心みなみだれてうつしざまにもあらずよろづのこと

をなく/\うらみ聞え給へど。まことに心づきなしと

おぼして御いらへも聞え給はず。たゝ心ちのいとな

やましきをかゝらぬおりもあらば聞えてんとの

給へど。つきせぬ御心のほどをおひつゝけ給さすがに

いみじと聞給ふしもまじならん。あらざりしこと

にはあらねどあらためていとくちおしうおぼさる

 

 

22

れば。なつかしきものからいとようの給ひのがれてこよ

ひも明行せめてしたがひ聞えざらんもかたじけなく

心はづかしき御けはひなればたゞかばかりにても

時々いみじきうれへをだにはるけ侍りぬべくは

なにのおほけなき心も侍らじなどたゆめ聞え給

べし。なのめなか事だにかやうなるなからひは哀

なることもそふなるをましてたくひなげなり。

あけはつれはふたりしていみじきことゞもを聞え

宮はなかばなきやうなる御けしきの心ぐるしけれ

ば世中に有ときこしめされんもいとはづかしけ

れば。やがてうせ侍りなんもまたこの世ならぬつみ

 

となり侍ぬべきことなど聞え給も。むくつけきま

でおぼしいれり

 (源)あふことのかたきをけふにかぎらずは今いく世を

かなげきつゝへん御ほだしにもこそと聞え給へばさ

すがにうちばげき給て

 ながきよのうらみを人にのこしてもかつは心を

あだとしらなんはかなくいひなさせ給へるさまのい

ふよしなき心ちすれど。人のおぼさんところもわが

御ためもくるしければ我にもあらでいで給ぬ。いづこ

をおもてにてか又もみえ奉らん。いとをしとおぼし

しるばかりとおぼして御文も聞え給はず。うちた

 

 

23

えて内春宮にもまいり給はずこもちおはして

おきふしいみじかりける人の御心かなと人わろくこひ

しうかなしきに。心玉しいもうせにけるにやなや

ましうさへおぼさる。物心ぼそくなどや世にふれば

うさこそまされとおぼしたつには。この女君のいとらう

たげにて哀にうちたのみ聞え給へるをふりすてん

事いとかたし。宮もそのなごりれいにもおはしまさず

かうことさらめきてこもりい。音づれ給はぬを命婦

などはいとおしがり聞ゆ。宮も春宮の御ためおをぼす

には御心をき給はん事いとおしく世をあぢきなき

物に思ひばり給はゞひたみちにおぼそたつ事もやと

 

さすがにくるしうおぼさるべし。かゝる事たえずはい

とゝしき世にうき名さへもり出なん。大后のあるま

じきことにの給ふなるくらいをもさりなんとやう/\

おぼしなる。院のおぼしの給はせしさまのなのめな

らざりそをおぼしいづるにもよろづの事有しに

もあらず。かはりゆく世にこそあめれ。威夫人のみけん

めのやうにはあらずともかならず人わらへなる事は

有ぬべき身にこそあめれなどうとましうすぐし

がたうおぼさるれば。そむきなんことをおぼしとるに

春宮見奉らておもかはりせん事哀におぼさるれ

ば。しのびやかにてまいり給へり。大将の君はさらぬこ

 

 

24

とだにおぼしよらぬ事なくつかうまつり給を御心

ちなやましきにことつけて御をくりにも参り給

はず。おほかたの御とふらひはおなじやうなれど。む

げにおぼしくしにけると心しるとちはいとおしがり

聞ゆ。宮はいみじうゝつくしうおとなび給ひてめづ

らしううれしとおぼしてむつれきこえ給ふをかなし

とみたてまつり給ふにもおぼしたつすふぃはいとかたげ

なれど内わたりを見給につけてもよの有さまあは

れにはかなくうつりかはることの見おほかり。おほ后

の御心もいとわづらはしうて。かくいでいり給にもは

したなくことにふれてくるしければ宮の御ために

 

もあやうくゆゝしうよろづにつけておもほしみ

だれて。御らんせてひさしからん程にかたちのことざ

まにてうたてげにかはりて侍らばいかゞおぼさるべ

きと聞え給へば。御かほ打まもり給て式部がやうに

やいあでかさは成給はんとえみての給ふ。いふかひなく

哀にて。それは老て侍れば見にくきぞ。さはあらでかみは

それよりもみじかくてくろききぬなどをきて。」よい

の僧のやうに成侍らんとすれば見奉らん事もいとゞ

ひさしかるべきぞとてなき給へば。まめだちて久しう

おはせぬは恋しき物をとて涙のおつれははつかしと

おぼしてさすがにそむき給へり。御くしはゆら/\と

 

 

25

きよらにてまみのなつかしげにほひ給へるさま

おとなび給まゝにたゝかの御かほをぬきすへ給へり。御

はのすこしくちてくちのうちくろみてえみ給へる

かほりうつくしきは女にて見奉らまほしうきよ

らなり。いとかうしもおぼえ給へるこそ心うけれと玉

のきずにおぼさるゝも世のわづらはしさの空をそろ

しうおぼえ給なりけり。大将の君は宮をいtこひ

しう思ひ聞え給へどあさましき御心の程を時々

は思ひしるさまにも見せ奉らんとねんじつゝすぐ

し給こと。人わろくつれ/\゛におぼさるれば秋の野も

見給がてら雲林院にまうで給へり古母宮す所の

 

御せうとのりしのこもり給へる坊にて法文など

よみおこなひせんとおぼして二三日おはするに

哀なる事おほかり。紅葉やう/\色づきわたりて

秋の野のいとなまめきたるなど見給て。ふる里もわ

すれぬべくおぼさる法師ばらのさえ有かぎりめし

出てろんぎせさせてきこしめさせ給。所からにいとゞ

世中のつねなさをおぼしあかしても。なをうき人しも

そとおぼしいでちるゝ。をし明はたの月影に法師は

らのあか奉るとて。から/\とならしつゝ菊の花こ

きうすき栬などおりちらしたるもはかなけれ

ど。このかたのいとなみはこのよもつれ/\゛ならず。後

 

 

26

世はたたのもしげなり。さもあぢきなき身をも

てなやむかななどおぼしつゞけ給。りしのいとたう

ときこえにて。念仏衆生摂取不捨とうちのべてお

こなひ給へるがいとうらやましければなぞやとおぼし

なるに。まづ姫君の心にかゝりて思ひいでられ給ぞい

とわろき心なるや。れいならぬ日数もおぼつかなくのみ

おぼさるれば御文ばかりぞしげう聞え給める。ゆ

きはなれぬべしやと心み侍るみちなれど。つれ/\

もなぐさめがたう心ぼそさまさりてなんきゝさし

たることありてやすらひ侍る程を。いかになどみち

のくにがみにうちとけかき給へるさへぞめでたき

 

 (源)あさぢふの露のやどりに君をゝきてよものあ

らしぞしつ心なきなとこまやかなるに女君も打

なき給ひぶ。御かへりしろきしきしに

 風ふけばまづそみたるゝいろかはるあさふぃか露

にかゝりさゝがにとのみ有。御てはいとおかしうのみな

りまさる物かなとひとりごちてうつくしとほゝ

えみ給。つねにかきかはし給へばわが御てにいとよく似

て今すこしなまめかしう女しき所かきそへ給へ

り。なに事につけてもけしうはあらずおぼしたて

たりかしとおぼす。吹かふ風もちかきほどにて斎院

にも聞え給ひけり。中将の君にかくたびの空になん

 

 

27

もの思ひにあくがれにけるを。おぼししるにもあらし

かしなどうらみ給て御まへには

 (源)かけまくはかしこけれどもそのかみの秋おもほゆ

るゆふだすきかなむかしをいまにと思ひ給ふるも

かひなく。とりかへされん物のやうにとなれ/\しげ

に。からのあさみどりのかみにさかきにゆふつけなどかう/\゛

しうしなしてまいらせ給。御返し中将まきるゝ事

なくてきしかたのことを思ひ給へいづる。つれ/\゛のまゝ

には思ひやり聞えさする事おほく侍れどかひなく

のみなんとすこし心とゞめておほかり。おまへのはゆふ

のかたはしに

 

 (斎院)そのかみやいかゞはありしゆふだすきこゝろにか

けてしのふらんゆへ。ちかき世にとぞある御てこまや

かにはあらねどらう/\しうさうなどおかしうなり

にける。ましてあさがほもねびまさり給へらんかし

とおもひやるもたゞならず。おそろしやあはれ此頃

ぞかし。野の宮の哀なりし事とおぼし出てあや

しうやうの物と神うらめしうおぼさるゝ御くせ

のみくるしきぞかし。わりなうおぼさばさも有ぬ

べかりし。としの頃はのどかにすぐい給て今はくやしう

おもほさるべかめりもあやしき御心なりや。院もかく

なべてならぬ御心ばへをみしり聞え給へれば。たま

 

 

28

さかなる御かへりなどは。えしももてはなれ聞え給ふ

まじかめり。すこしあいなき事なりかし。六十巻

といふ文よみ給ひおぼつかなき所々とかせなどして

おはしますを。山守にはいみじきひかりおこなひいだし

奉れると仏の御めんぼくなりとあやしの法師ば

らまてよろこびあへり。しめやかにて世中をおほし

つゞくるに。かへらn事もものうかりぬべけれど。人ひと

りの御事おぼしやるがほだしなれば久しうも

えおはしまさで寺にも御ず行(経)いかめしうせさせ

給。有べきかぎりかみしもの僧ども其あたりの山

がつまでものたびたうとき事のかぎりをつくし

 

ていで給。見たてまつりをくるとてこのもかのもにあ

やしきしはふるひ人どもあつまりいて涙をおとし

つゝ見奉る。くろき御車のうちにて藤の御たもとに

やつれ給へればことにみえ給はねど。ほのかなる御

ありさまをよになく思ひ聞ゆべかめり。女君は日ご

ろのほどにねびまさり給へる心ちしていといたう

しづまり給ひて世中いかゞあらんとおもへるけし

きの心ぐるしう哀におぼえ給へば。あいなき心の

さま/\゛みだるゝやしるからん。色かはると有しもらう

たうおぼえてつねよりことにかたらひ聞え給ふ山

づとにもたせ給へりし紅葉おまへのに御覧じくら

 

 

29

ぶれば山とにそめましける露の心も見過しがたう

おぼつかなきも人わろきまでおほえ給へば。たゞお

ほかたにて宮にまいらせ給。命婦のもとにいらせ給

にけるをめづらしき事とうけ給はるに。宮のあひ

だの事おぼつかなくなり侍にければしつ心なく

思ひ給へながら。おこなひもつとめんなど思たち侍

りし日かずを心ならずやとてなん。日ごろになり

侍にける。紅葉ばひか(と)り見侍るに錦くらう思ひ

給ふればなんおりよくて御覧せさせ給へなどあ

り。けにいみじき枝どもなれば御めとまるにれいの

いさゝかなるものありけり。人々見奉るに御かほ

 

のいろもうつろひて猶かゝる心のたえ給はぬこそいと

うとましけれ。あたら思ひやりふかう物し給ふ人の

ゆくりなくかやうなる事おり/\まぜ給を。人もあ

やこしとみるらんかしと心づきなうおぼされて。かめに

さゝせてひさしのはしらのもとにをしやらせ給づ

大かたの事ども宮の御ことにふれたることなどをば。う

ちたのめるさまにすくよかなる御返はかり聞え給

へるをさも心かしこくつきせずもとはうらめしうは

見給へど。なに事もうしろみ聞えならび給ひにたれば

人あやしと見とがめもこそすれとおぼして。まかえ

給べき日参り給へり。まづうちの御かたに参り給へ

 

 

30

ればのどやかにおはしますほどにて。昔いまの御物語

聞え給御かたちも院にいとよう似奉り給ひて。今

すこしなまめかしきけそひてなつかしうなごや

かにぞおはします。かたみに哀とみ奉り給かんの君

の御事も猶たえぬさまにきこしめしけしき御

ちんずるおりもあれど。なにかは今はじめたること

ならばこそあらめ。有そめにける事なればさも心かは

さんににげなかるまじき人のあはひなりかし

とぞおほしなして。とがめさせ給はざりける。よろづ

の御もおもがたり。文のみちのおぼつかなくおぼさるゝ

ことゝもなどとはせ給て。又すき/\゛しきうたがたり

 

などもかた見に聞えかはさせ給ついでに。かの斎宮

のくだり給し日の事かたちのおかしくおはせし

などかたらせ給に。我もうちとけて野の宮のあは

れなりし明ぼのもみな聞えいで給てけり。廿日の月

やう/\さし出ておかしき程なるに。あそびなども

せまほしきほどかなとの給はす中宮のこよひま

かで給なるとふらひにものし侍らん。院のゝ給はせ

置こと侍しかば。またうしろみつかうまつる人も侍ら

ざめるに。春宮の御ゆかりいとおしう思給へられ侍てと

そうし給ふ。春宮をばいまのみこになしてなどの給

はせをきしかば。とりわきて心ざしものすれど。ことに

 

 

31

さしわきたるさまにも何事をかはとてこそ。としの

程よりは御手などのわざとかしこうこそものし給ひ

けれ。なに事にもいか/\しからぬみづからのおもてお

こしになどの給はすれば。おほかたし給わざなど。いと

さとくおとなびたるさまに物に給へどまだいとかた

なりになどその御ありさまもそうし給ひてまかで

給ふに。大宮の御せうとの藤大納言の子の頭弁といふ

が世にあひ花やかなるわか人にて。思ふ事なきなる

べし。いもうとのれいけい殿の御かたに行に。大将の御

さきを忍びやかにおへば。しばしたちとまりて白虹(はっこう・ひ)

日をつらぬけり太子たちたりといとゆるゝかにう

 

ちずしたるを大将いとまばゆしときゝ給へど。と

がむべきことかは后の御けしきはいとおそろしう

わづらはしげにのみきこゆるを。かうしたしき人々

もけしきだちいふべかめることどもゝあるに。わづら

はしうおぼされけれど。つれなうのみもてなし給へ

り。御前にさふらひて今まてふかし侍りにけると聞

え給ふ。月の花やかなるに昔かやうなるおりは御あ

そびをさせ給ふていまめかしうもてなさせ給し

などおほしいづるに。おなじ見かきのうちながらか

はれる事おほくかなし

 (君)九重にきりやへだつる雲のうへの月をはるか

 

 

32

に思ひやるかなと命婦して聞えつたへ給ふ御けは

ひもほのかなれどなつかしう聞ゆるに。つらさもわ

すれてまづなみだぞおつる

 (源)月かげいみしよの秋にかはらぬをへだつる霧のつ

らくもあるかなかすみも人のとか。むかしも侍けること

にやなど聞え給。宮は春宮をあかず思ひ聞え給て

よろづのことを聞えさせ給へど。ふかうもおぼしいれ

たらぬを。いとうしろめたく思ひ聞え給れいはいとと

くおそとのぼもるをいで給ふまではおきたらんとお

ぼすなるべし。うらめしげにおぼしたれどさすが

にえしたひ聞え給はぬをいと哀と見奉り給。大

 

将頭弁のずしつる事を思ふに御心のおにゝ世中

わづらはしうおぼえ給てかんの君にもえおとづれ

聞え給はでひさしくなりにけり。はつ時雨いつ

しかとけしきだつ日いかゞおぼしけん。かれより

 (朧)木からしの吹につけつゝまちしまにおぼつかな

さのころもへにけりと聞え給へり。おりも哀にあ

ながちに忍びかき給つらん御心ばへもにくからねば

御つかひとゞめさせ給て。からのかみども入させ給へる御

づしあけさせ給てなべてならぬをえり出つゝ。筆な

ども心ことにひきつくろひ給へるけしきえんな

るを。おまへなる人々たればかりならんとつきしろふ。

 

 

33

聞えさせてもかひなきものごりにこそむげにく

づおれにけれ。身のみものうきほどにて

 (源)あひみずて忍ぶることの涙をもなべての秋の時

雨とやみる心のかよふならばいかにながめの空も物

忘れし侍らんなどこまやかなになりにけり。かやう

におどろかし聞ゆるたぐひおほかめれどなさけなか

らずうちかへりこち給ひて御心にはふかうしまざる

べし。中宮は院の御はてのことに打つゞき御八講の

いそぎをさま/\゛に心づかひせさせ給ひけり。霜月の

ついたち頃御こきなるに雪いたうふりたり。大将殿

より宮にきこえ給

 (源)わかれにしけづはくれどもなき人にゆきあふ

程をいつとたのまんいづくにもけふはものがなしう

おぼさるゝほどにて御返あり

 (宮:藤壺中宮)ながらふるほどはうけれどゆきめくりけふはそ

のよにあふ心ちしてことにつくろひいてもあらぬ御

かきざまなれど。あてにけたかきは思ひなしなるべし

すぢかはりいまめかしうはあらねど人にはことにかゝ

せ給へり。けふはこの御事も思ひけちて哀なる雪

のしづくにぬれ/\おこなひ給。十二月十よ日ばかり

中宮の御八かうなりいみじうたうとく日々にく

やうをさせ給ふ御経よりはじめ玉のちくらのへうし

 

 

34

ちすのかざりも世になきさまにとゝのへさせ給へり

さらぬことのきよらだによのつねならずおはしませ

ば。ましてことはりなり。仏の御かざり花つくえの

おほひなどまでまことの極楽思ひやらる。はじめの日

は先帝の御れう。つぎの日は母后の御ため。またのひ

は院の御れう。五巻のひなれば上達部などもよのつゝ

ましさをえしもはゞかり給はでいとあまた参

り給へり。けふの講師は心ことにえらせ給へればた

き木こるほどよりうちはじめおなじういふことの

はもいみじうたうとし。みこたちもさま/\のほうも

ちさゝげてめぐり給に大将殿の御よういなど猶にる

 

物なし。常におなじ事のやうなれど見奉るたび

ごとにめづらしからんをばいかゞはせん。はての日はわが

御事をけち願にて世をそむき給ふよし仏に申さ

せ給にみな人々おどろき給ぬ。兵部卿のみや大将の御

心もうごきてあさましとおぼず。みこはなかばの程

にたちて入給ぬ。心づようおぼしたつさまをの給て。

はつる程に山の座主めしていむ事うけ給へきよし

の給はす。御をぎの横川の僧都ちかうまいり給て御

ぐしおろし給程に。宮のうちゆすりてゆゝしう

なきみちたり。何となき老おとろへたる人だに今

はと世をそむくほどはあやしうあはれなるざわを

 

 

35

ましてかねての御けしsきにもいだし給はざりつ

る事なればみこもいみじうなき給ふ。参り給へる

人々おほかたの事ざまも哀にたうとければみな

袖ぬらしてぞかへり給ける。小院の御子たちはむか

しの御ありさまをおぼしいづるに。いとゝ哀にかな

しうおぼされてみなとふらひ聞え給。大将はたちと

まり給て聞え出給ふべきかたもなく。くれまどひて

おぼさるれどなどかさしもと人見奉るべければみこ

など出給ひぬるのちにぞおまへに参り給へる。やう/\

人しづまりて女房どもはなうちかみつゝ所々にむ

れいたり。月はくまなきに雪の光あひたる庭の

 

ありさまも昔のこと思ひやらるゝにいとたへがたう

おぼさるれど。いとようおぼししづめていかやうに

おぼしたゝせ給ひてかうにはかにはと聞え給。今

はじめて思ひ給ふることにもあらぬを物さはかしき

やうなりつれば心みだれぬべくなどれいの命婦して

聞え給。みすのうちのけはひそこらつどひ給ふ人の

きぬのをとなひしめやかにふるまひなして。うちみじ

ろきつゝかなしげさのなぐさめがたげにもりきこゆる

けしきことはりにいみじときゝ給ふ・風はげしう吹

ふゞきてみすのうちのにほひいとものふかきくろぼう

にしみて。みやうがうのけふりもほのかなり。大将の御に

 

 

36

ほひさへかほりあひめでたく極楽思ひやらるゝよのさ

まなり。春宮の御つかひもまいれりの給しさま思

ひ聞えさせ給にぞ。御心づよさもたへがたくて御かへりも

聞えさせやらせ給はねば。大将ぞことくはへ聞え給け

る。誰も/\有かぎり心おさまらぬほどなれば。おぼす

事どもはうちいて給はず

 (源)月のすむ雲井をかけてしたふともこのよのやみ

になをやまどはんと思給へらるゝこそかひなくおぼし

たゝせ給つるうるやましさはかぎりなうとばかり聞

え給て。人々ちかうさふらへばさま/\みだるゝ心の

うちをだにえ聞えあらはし給はずいぶせし

 

 (宮)おほかたのうきにつけてはいとへどもいつかこの世を

そむきはつべきかつにごりつゝなど。かたへは御つかひ

の心しらひなるべし。哀のみつきせねばむねくるしう

てまかで給ぬ殿にてもわが御かたにひとりうちふし

給て御めもあはず世中いとはしうおぼさるにも。とう

宮の御ことのみぞくるしき。はゝ宮をだにおほやけ

ざまにとおぼしをきてしを。よのうきにたへずかく

なり給へば。もとの御位にてもえおはせじ。我さへ見

たてまつりすてゝはなど。おぼしあかずことかぎり

なし。今はかゝるかたざまの御でうとゞもをこそいと

おぼせは。年のうちにといそがせ給ふ。命婦の君も御

 

 

37

ともになりにければそれも心ふかうとふらひ給ふ。く

はしくいひつゞけんにこと/\しきさまなればも

らしてけるなめり。さるはかゆあうのおりこそおかしき

歌などいでくるやうもあれ。さう/\゛しやまいり給ふ

もいまはつゝましさうすらぎて御みづから聞え給

おりも有けり。思ひしめてし事はさらに御心そ

はなれねどましてあるまじき事なりかし。年も

かはりぬればうちわたりハナやかにないえんたうかなど

きゝ給にも物のみ哀にて御おこなひしめやかにし給

ひつゝ後世の事をのみたのもしくむつかしがりし

ことはなれておぼさる。つねの御念ずたうをはさる

 

物にて。ことにたてられやる御堂のにしのたいのみな

みにあたりてすこしはなれたるにわたらせ給ひて

とりわきたる御おこなひをさせ給。大将参り給へり

あらたまるしるしもなく。宮のうちのどかに人めま

れにて宮づかさどものしたしきばかり打うなたれて

みなしにやあらんくしいだげに思へり。あを馬ばかり

ぞ猶ひきかへぬものにて女房などの見ける所せうま

いりつどひ給し。上達部などみちをよぎつゝひきす

ぎてむかひの大殿につどひ給を。かゝるべきことなれど

あはれにおぼさるゝに千人にもかへつべき御さまにて

ふかう尋まいり給へるを。みるにあひなくなみだくま

 

 

38

る。まろうどもいと物哀なるけしきにうち見まはし給

て。とみにものもの給はず。さまかはれる御すまいに見

すのはし。御基調もあをにびにてひま/\゛よりほのみ

えたるうすにび。くちなしの袖ぐちなど中々なま

めかしうおくゆかしう思ひやられ給。とけわたる池

のうすごほり岸の柳のけしきばかりはときを忘ぬ

などさま/\゛ながめられ給て。むべも心もあるとしのびや

かにうちずし給へる。またなうなまめかし

 (源)ながめかるあまのすみかとみるからにまづしほ

たるゝ松がうら嶋と聞え給へばおくふかうもあらずみ

な仏にゆづり聞え給へるおまし所なればすこし

 

けぢかき心ちして

 (院)有しよのなごりだになきうら嶋にたちよるな

みのめづらしきかなとの給もほの聞ゆれゔぁしのぶれど

なみだほろ/\とこぼれ給ぬ。世を思ひすましたる尼

ぎみたちのみるらんもはしたなければ事ずくなにて

出給ぬ。さもたぐひなくねびまさり給かな。心もとな

き所なく世にさかへ時にあひ給し時は。さるひとつ物

にて何につけてか世をおほししらんとをしはからせ

給しを今はいといたうおぼししづめて。はかなきこ

とにつけても物あはれなるけしきさへそはせ給へるは

あいなう心ぐるしうも有かななど老しらべる人々う

 

 

39

ちなきつゝめて聞ゆ。宮もおぼしいづることおほかり

つかさめしの頃この宮の人は給はるへきつかさもえず

大かたのたうりにても宮の御たうばりにてもかな

らずあるべきかゝいなどをだにせすなどしてなげく

たぐひいとおほかり。かくてもいつしかと御位をさり

みふなどのとまるべきにもあらぬをことつけてかはる

事おほかり。みなかねておぼしすてゝしよなれど

宮人ともゝより所なげにかなしと思へるけしきど

もにつけてぞ御こゝろうごくおり/\あれど。我身

をなきになしてもとう宮の御世をたいらかにおは

しまさばとのみおぼしつゝ御おこなひたゆみなく

 

つとめさせ給ふ。人しれずあやうくゆゝしう思ひ聞え

させ給ことしあれば。われにそのつみをかろめてゆる

し給へと仏をねんじきこえ給によろづをなぐ

さめ給ふ。大将もしかみ奉り給ひてことはりにおぼbす

この殿の人ども又おなじさまにからき事のみあ

れば世中はしたなうおぼされてこもりおはす。左

のおとゞもおほやけわたくしひきかへたるよのあり

さまに物うくおほしてちじのへう奉り給ふを。みかど

はこ院のやん事なくおもき御うしろみとおぼして

ながきよのかためと聞えをき給し御ゆいごんをお

ぼしめすに。すてがたき物に思ひ聞え給へるに。かひ

 

 

40

なき事とたび/\もちいさせ給はねどせめてかへさ

い申給てこもりい給ひぬ。今はいとゞひとそうのみ返々

さかへ給ことかぎりなし。世のおもしと物し給へる

おほどのかく世をのがれ給へば。おほやけも心ほそうお

ぼされ人も心有かきりはなげきけり。御こどもはいつ

れともなく人がらめやすく世にもちいられて心ちよ

げに物し給しをこよなうしづまりて。三位中将

なども世を思ひしづめるさまこよなし。かの四君をも

なをかれ/\゛にうちかよひつゝめざましうもてな

されたれば。心とけたる御むこのうちにおみれ給はず

思ひしれとにやこのたびのつかさめしにもれぬれ

 

どいとしも思ひいれず。大将殿かうしづかにておはす

るに世ははかなきものと見えぬるをましてことは

りとおぼしなして。つねに参りかよひ給ひつゝ

がくもんをもあそびをももろともにし給に。いにしへ

も物ぐるをしきまでいどみ聞え給しをおぼし出

てかたみに今もはかなき事につけつゝさすがにいど

み給へり。春秋の御ど経をばさる物にてりんじにも

さま/\゛たうとき事どもせさえ給ひなどして

又いたづらにいとま有げなるはかせどもめしあつ

めて。ふみつくりいんふたぎなどやうのすさひわざ

ともをもしなと心をやりて。宮づかへをもおさ/\し

 

 

41

給はず御心にまかせて打あそびておはするを。世

中にはわづらはしき事どもやう/\いひいづる人々

あるべし。夏の雨のどかにふりてつれ/\なる頃中将

さるべき集どもあまたもたせてまいり給へり。殿

にもふどのあけさせ給てまだひらかぬ御づしど

もめづらしき古集のゆへなからぬすこしえりいで

させ給て。其みちの人々わざとはあらねどあまた

めしたり。殿上人も大がくのもいとおほうつどひて左

右にこまどりにかたわかせ給へり。かけ物どもなどい

とになくていどみあへり。ふたぎもて行まゝにかたき

いんのもしどもいとおほくて。おぼえ有はかせども

 

などのまどふ所々を。とき/\うちの給さま。いとこ

よなき御さみの程なり。いかてかうしもたらひ給ひ

けん。猶さるべきにてがくよろづのこと人にはすぐれ給

へるなりけりとめて聞ゆついに右まけにけり。二日ば

かり有て中将まけわざし給へり。こと/\しうは

あらでなまめきたるひわりごどもかけ物などさま/\゛

にて。けふもれいの人々おほくめしてふみなどつくら

せ給はしのもとのさうびけしきばかりさきて。春

秋の花ざまりよりもしめやかにおかしき程んかに

うちとけあそび給中将の御このことしはじめて

殿上する八九ばかりにてこえいとおもしろく。さうの

 

 

42

笛ふきなどするを。うつくしみもてあそび給。四の

君ばらの次郎なりけり。よの人の思へるよをおも

くておぼえことにかしづけり。心ばへもかど/\しう

かたちもおかしくて。御あそびのすこしみだれゆく程

に。たかさこをいだしてうたふいとうつくし。大将君御

ぞぬぎてかづけ給れいよりは打みだれたま経る御かほ

の匂ひにる物なくみゆ。うすものゝなをしひとへをき

給へるに。すき給へるはだつきましていみじうみゆる

を。年おいたるはかせともなどとをくみたてまつり

て。涙おとしつゝいたり。あはまし物をさゆり葉の

とうたふとぢめに中将かはらけまいり給ふ

 

 (頭中)それもかとけさひらけたるはつ花におとらぬ君が

にほひをぞみるほゝえみてとり給

 (源)時ならでけささく花は夏の雨にしほれにけし

にほふほどなくおとろへにたる物をとうちさうどき

て。らうがはしくきこしめしなすを。とがめ出つゝし

いきこえ給おほかめりしことゞもゝけうやうなる

おりのまほならぬことかず/\にかきつくる。こゝち

なきわざとかづらゆきがいさめたふるゝかたにてむつ

かしければとゝめつ。みなこの御ことをほめたるすぢに

のみ。やまとのも。からのも。つくりつゞけたるわが御心

ちにもいたうおぼしをごりて。文王の子武王のお

 

 

43

をとうとゝ。うちずし給へる御なのりさへぞげにめで

たき。成王のなにとかの給はんとすらん。そればかりや

また心もとなからん。兵部卿宮もつねにわたり給つゝ

御あそびなどもおかしうおはする宮なれば今め

かしき御はひどもなり。其頃かんの君まかで給

へり。わらはやみに久しうなやみ給てまじなひな

ども心やすくせんとてなりけり。ず法などもはし

めておこたり給ぬれば誰も/\うれしうおぼすに

れいのめづらしきひななるをと聞えかはし給て

わりなきさまにてよな/\たいめし給。いとさかり

ににぎわたしきけはひし給へる人のすこし打

 

なやみてやせ/\になり給へるほどいとおかしげ也

きさいの宮もひとところにおはするころなれば。けはひ

おそろしけれど。かゝることしもまさる御くせなれ

ばいとしのびてたびかさなりゆけば。けしきみる

人々も有べかめれど。わづらはしうて。みやにはさなん

とはけいせず。おとゝはた思ひかけ給はぬに。雨には

かにおどろ/\しうふりて神いたうなりさはぐ

あか月に。殿の君だち宮づかさなどたちさはぎて

こなたかなたの人めしげく女房どももをぢまどひ

てちかうつどひ参るに。いとわりなくて出給はんかた

なくて明はてぬ御帳のめふりにも人/\しげくな

 

 

44

みいたればいとむねづぶらはしくおぼさる。心しりの人

ふたりばかり心をまどはすかみなりやみ雨すこし

をやみぬるほどに。おとゞわたり給てまづ宮の御かた

におはしけるを。むら雨のまぎれにてえしり給は

ぬに。かろらかにはひいり給て。みすひきあげ給まゝ

にいかにぞいとうたて有つる夜のさまに思ひやり

きこえながら参りこてなん。中将宮のすけなどさ

ふらひつやなどの給けはひのしたどにあはつけ

きを大将は物のまぎれにも左のおとゞの御有さま

ふとおぼしくらべられてたとしへなうぞほゝえまれ給

げに入はてゝもの給へかしな。かんの君いとわびしう

 

おぼされてやをらいざり出給ふに。おもてのいたうあ

かみたるを猶なやましうおぼさるゝにやと見給てな

ど御けしきのれいならぬ物のけなどのむつかしきを

ず法のべさすべかりけりとの給に。うすふたあひなる

おびの御ぞにまつはれてひきいでられたるをみつ

け給てあやしとおぼすに。又たゝうがみの手ならひ

などしたる御几丁のもとにおちたりけり。これは

いかなる物どもぞと未心おどろかれて。かれはたれかそけ

しきことなる物のさまかなたまへそれとりてたれ

がぞと見侍らんとの給にぞ。うちみかへりてわれも見

つけ給へる。まぎらはすべきかたもなければ。いかゝは

 

 

45

いらへ聞え給はん我にもあらでおはするを。子ながら

もはづかしとおぼすらんかしとさばかりの人はお

ぼしはゞかるべきぞかし。されどいときうにのどめた

る所おはせぬほどのおぼしもまはさずなりて

たゝうかみをとり給まゝに几帳より見いれ給へる

にいといたうなよびてつゝましからずそひふしたる

おとこもあり。いまぞやをらかほひきかくしてと

かうまぎらはす浅ましうめざましう心やまし

けれど。ひたおもてにはいかでかあらはし給はん。めもく

るゝこゝちすればこのたうがみをとりてしん殿に

わたり給ひぬ。かんの君はわれかの心ちしてしぬべく

 

おぼさる。大将殿もいとおしうついにようなきふるま

ひのつもりて人のもどきををはんとする事とお

ぼせと。女君の心ぐるしき御けしきをとかくなぐ

さめ聞え給。おとゞは思ひのまゝにこめたる所おは

せぬ本上にいとゞ老の御ひがみさへそひ給にたれば

何事にかはとゞこほり給はん。ゆく/\と宮もうれ

へ聞え給ふ。かう/\のことなん侍るこのたゝむがみ

は右大将のみてなり。むかしも心ゆるされて有そ

めにける事なれど人からによろづのつみをゆるし

て。さてもみんといひ侍しおりは心もとゞめうめざ

ましげにもてなされにしかは。やすからず思ひ給へ

 

 

46

しかど。さるべきにこそはとてよにけがれたりともお

ぼしすつまじきをたのみにて。かくほいのごとく奉り

ながら。猶そのはゞかりありてうけばりたる。女御

などもいはせ侍らぬをだにあかずくちおしう思ふ

給ふるに。又かゝることさへ侍ければさらにいと心うくなん

思ひなり侍ぬる。おとこのれいとはいひながら大将も

いとけしからぬ御心なりけり。女院をも猶聞えお

かしつゝ忍びに御文きょはしなどしてけしきある人

ことゝ人のかり侍しをも。よのためのみにもあらず

我ためもよかるまじき事なれば。よもさる思ひや

りなきわざしいでられしことなん時のいうそく

 

とあめの下をなびかし給へるさま。ことなめれば大将の

御心をうたがひ侍らざりつるなどの給に。宮ひとゞ

しき御心なればいとものしき御けしきにてみか

どゝ聞ゆれどむかしよりみな人思ひおとし聞えて。

ちしのおとゞも又なくかしづくこひとつむすめをこのか

みの坊にておはするには奉らで。おとうとの源氏に

ていときなきが。けんぶくのそひぶしにとりまきま

たこの君をも宮づかへにと心ざして侍しに。おこがま

しかりしありさまなりしを。誰も/\あやしと

やはおぼしけりし。みなかのみかたにこそ御心よせ侍め

りしを。そのほいたかうさまにてこそは。かくもさふ

 

 

47

らひ給ふめれど。いとおしさにいかでさるかたにても

人にをとらぬさまにもてなし聞えん。さはかりねたけ

なりし人のみる所も有などこそと思ひ侍りつれど

忍いてわが心のいるかたになびき給にこそは侍らめ

斎院の御事はましてさもあらんなにごとそつけ

てもおほやけの御かたにうしろやすからずみゆるは

春宮の御世心よせことなる人あんればことはりになん

あめるとすく/\しうの給つゞくるに。さすがにいと

をしうなど聞えさる事ぞとおぼさるれば。さは

れ。しばしこのこともらし侍らじ。うちにもそうせさ

せ給ふな。かくのごと。つみ侍るともおぼしすつまじ

 

きをたのみにてあまへて侍なるべし。うち/\そ

せいしの給はんにきゝ侍らずは。そのつみにはみづから

あたり侍らんなど聞えなをし給へど。ことに御

けいきもなをらず。かくひと所におはしてひまもな

きに。つゝむ所なくさていり物せらるらんは。ことさら

にかろめろうぜらるゝにこそはとおぼしなすに。いとゞ

いみじうめざましくこのついでんさるべきことゞ

もかまへいでんによきたよりなりとおぼしめくら

すべし