仮想空間

趣味の変体仮名

仮名手本忠臣蔵 三ツ目 恋歌の意趣

三段目 下馬先進物の段

    腰元おかる文使いの段

    殿中刃傷の段

    裏門の段

     

読んだ本 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/856208

 

 

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仮名手本忠臣蔵 三ツ目

足利左兵衛督直義公       (下馬先進物の段
関八州の官領と新たに建てし
御殿の結構 大名小名美麗
をかざる公(はれ)装束鎌倉山

 

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3
星月夜と袖を烈(つらぬ)る御馳走に
お能役者は裏門口 表御門は
お客人御饗応(もてなし)の役人衆 正
七ツ時の御登城武家の威
光ぞ輝ける 西の御門の見

付の方 ハイ/\/\といかめしく 提燈
てらし入り来るは 武蔵守高
師直 権威を顕す鼻高々
花色模様の大紋に 胸に我慢
の立て烏帽子 家来共を役所/\に

 

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4
残し置き 下部僅かに先を払わせ
主の威光の召しおろし 靍の真似
する鷺坂伴内 肩肘いからし申し
お旦那 今日の御前表も上首
尾/\ 塩冶で候の イヤ桃井で候

のと 日頃はとっぱさっぱととし
めけど 行儀作法は狗(えのころ)をやねへ
上げた様で 去りとは/\腹のかは イヤそれに
付きかね/\゛塩冶が妻かほよ御前
いまだ殿へ御返事致さぬ由 お気

 

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5
にさ入れられな 器量はよけれど
気が叶わぬ 何の塩冶づれと 当時
出頭の師直様と ヤイ/\声高に口
利くな 主(ぬし)有るかほよ 度々歌の師
範に事寄せ くどけ共今に叶へぬ

則り彼が召使かるといふこしもと
新参と聞く きゃつをこま付け頼んで
見ん 扨まだ屑(?とりえ)が有る かほよ誠
にいやならば 夫塩冶に子細を
ぐはらりと打ち明ける 所を云わぬは

6
楽しみと 四つ足門のかたかげに
主従黙頭(うなづき)咄し合う折も有る 見
付に控えし侍あわただしく罷り出で
我々見付のお腰かけに控えし
所へ 桃井若狭之助家来

加古川本蔵 師直様へ直きにお目
にかからん為 早馬にてお屋敷へ
参ったれ共早御登城 是非
御意得奉らんと 家来も大勢
召し連れたる体 いかが斗らひ申さん

7
やと聞くより伴内騒ぎ出し 今日
御用の有る師直様へ 直きに対面とは
推参なり 某直談と走り行くを 待て
伴内 子細は知れた 一昨日鶴岡
にての意趣はらし 我が手を出さず

本蔵めに云い付け 此の師直が威光
の鼻をひしがん為 ハヽヽヽ伴内ぬかるな
七ツにはまだ間もあらん これへ
呼び出せ仕舞うてくれん 成程/\
家来共気を配れと 主従刀の目

8
釘をしめし 手ぐすね引いて待ちかけ
居る 詞に随い加古川本蔵 衣
紋繕い悠々と打ち通り 下部に
持たせし進物共 師直が目通りに
並べさせ遥か 佐賀って蹲り ハア憚り

ながら師直様へ申し上げ奉る 此の度
主人若狭之助 尊氏将軍より
御大役受け付けられ下さる段 武士の
面目身に余る仕合せ 若輩の
若狭之助の作法も覚束

9
なく いかがあらんと存ずる所に
師直様万事御師範を遊ば
され 諸事を御引廻し下され
候ゆへ首尾能御用相勤めるも
全く主人が手柄にあらず 皆

師直様の御取り成しと 主人を始め
奥方一家中 我々迄も大慶
此上や候べき 去るによって近頃左
少の至りに候へ共 右御礼の為
一家中よりの送り物 お受け遊ば

10
され下さらば 生前(しょうぜん)の面目
一入願い奉る 即ち目録御取次
と伴内に指し出せば ふしぎそふ
にそっと取り押開き 目録一つ巻
物卅本黄金卅枚若狭之助

奥方 一つ黄金廿枚家老加
古川本蔵 同十枚番頭 同十
枚侍中 右の通りと読み上げれば
師直は明いた口ふさがれもせずうっ
とりと 主従顔を見合わせて 気

11
抜けの様にきょろりっと 祭の延びた
六月の晦日を見るがごとくにて
手持ち無沙汰に見えにける 俄かに
詞改めて 是は/\/\悼み入ったる仕合せ
伴内こりゃどうした物ハテ扨〃

ハアお辞宜申さばお志し背く
といひ 第一は大きな無礼 エヽ式
作法を教ゆるも こんな折には
とんとこまる ナニものじゃは イヤハヤ
本蔵殿 何の師範致す程

12
の事もないが とかくマア若狭
之助殿は器用者 師範の拙者
及ばぬ/\ コリャ伴内進物共皆取り
納め エヽ不行儀な 途中でお茶
さへ得進ぜぬと手の裏返す

あいさつに本蔵が胸算用
してやったりと猶も手をつき
最早七ツの刻限早やお暇殊
に今日は猶公(はれ)の御座敷 弥(いよいよ)主
人の義御引廻し頼み存ずると

13
立んとする袂を控えハテゑいわいの
貴殿も今日の御座敷の座
並 拝見なされぬか イヤ陪臣(またもの)の
某御前の恐れ 大事ない/\
この師直が同道するに 誰がぐつと

いふ者ない殊に又若狭之助殿
も 何ぞれかぞれに用のある物
ひらに/\と進められ 然らば御供
仕らん 御意を背くは却って無礼
先ずおさきへと後に付き金で顔(つら)はる

14
算用に 主人の命も買うて取る
ニ一天作十露盤(そろばん)の けたを違え
ぬ白鼠 忠義忠臣忠孝の 道は
一筋真っ直ぐに打ち連れ御門に入りにける
程も有らさず入り来るは 塩冶判官  (腰元おかる文使いの段

高定 是も家来を残し置き
乗り物道に立たせ譜代の侍
早野勘平 朽柴小紋の新袴
さは/\さはつく御門前 塩冶判官
高定登城成りと音なひける

16
門番罷り出で 先程桃井様御登
城遊ばされ御尋ね 只今又師直様
御越にて御尋ね 早や御入りと相述ぶる
ナニ勘平最早皆々御入りとや 遅
なはりし残念と 勘平一人御供

にて御前へこそは急ぎ行く奥の
御殿は御馳走の連謡の声
播磨がた 高砂の浦に着きに
けり/\ うたふ声々門外へ
風が持ちくる柳かげ 其柳より

16
風俗は まけぬ所体(しょてい)の十八九
松の 緑のほそ眉もかたい
やしきに物馴れし きどく帽子
の後帯 供の奴が提燈は塩冶
が家の紋所 御門前に立ち休らい

コレ奴殿やがてもう夜も明ける
こなた衆は門内へは叶わぬ爰
からいんで休んでやと 詞に
随いナイ/\と供の下部は帰りける
内を覗いて勘平殿は何してぞ

17どうぞ逢いたい用の有ると 見
廻す折から後ろかげ ちらと見付け
おかるじゃないか 勘平様逢いた
かったにようこそ/\ムヽ合点の
行かぬ夜中といい供とも連れ

ず只一人 さいなあ 爰迄送りし
供の奴は先へ帰した わし独り
残りしは 奥様からの御使い どうぞ
勘平に逢うてこの文箱(ふばこ)判官
様のお手に渡し お慮外な

18
がら此返歌をお前のお手から
直きに師直様へ お渡しなされ下
さりませと伝えよ 然しお取り込み
の中間違うまい物でもなし
マア今宵はよしにせふとのお詞

わたしはお前に逢いたい望み何
の此歌の一首や二首お届け
なさるる程の間のない事は有る
まいと つい一走りに走ってきた
アヽしんどやと吐息つく 然らば此

19
文箱旦那の手から師直様へ
渡せばよいじゃ迄 どりゃ渡して
こふ待って居やといふ中(うち)に門内より
勘平/\/\判官様が召しまする勘平
/\ ハイハイ/\只今それへエヽせはしない

と袖ぶり切って行く後へ 鰌(どじょう)ふむ
足付鷺坂伴内 何とおかる
恋の智恵は又格別勘平
めとせヽくって居る所を 勘平
/\旦那がお召しとよんだは

20
きついか/\ 師直様がそもじ
に頼みたい事があるとおっ
しゃる 我抔(われら)はそ様にたった
一度 君よ/\と抱き付くを突き
飛ばし コレみだらな事遊ばすな

式作法のお家に居ながら
狼藉千万 あた不作法な
あた不行儀と つき退ければ
それは雑面(つれない)くらがり紛(まぎ)に
ついちょこ/\と 手を取り争う

21
其中に伴内様/\師直様の
急御用 伴内様/\と 奴二人が
うろ/\眼玉でこれはしたり
伴内様 最前から師直様が
御尋ね式作法のお家に

居ながら 女を捕らえあた不行儀
な あた不作法と 下部が口々 エヽ
同じ様に何すかすと 顔(つら)ふくらして
連れ立ち行く 勘平後へ入りかはり何と
今のはたらき見たか 伴内めが

22
一ぱいくふてうせおったおれがき
て旦那が呼ばしゃると云うとおけ
古いとぬかすが面倒さに 奴共に
酒呑ませ古いと言わさぬこの術(てだて)ハヽヽヽ
まんまと首尾は仕仰せた サア其

首尾序(ついで)にな ちょっと/\と手を
取れば ハテ扨はづんだマアまちやいの何
いわんすやら 何の待つ事が有るぞい
なァもふやがて夜が明けるわいな
ぜひに/\にぜひなくも下地は好きゆえ

24
御意はよし それでも爰は人
出入り 奥は謡の声高砂 せう
こんによってこしをすれば
アノ謡で思い付いた イサこしかけ
でと手を引き合い打ち連れて行く

脇能過ぎて御楽屋に鼓の調べ    (殿中刃傷の段
太鼓の音 天下太平繁昌の
寿悦ぶ直義公 御機嫌斜めなら
ざりける 若狭之助は兼て待つ
師直遅しと御殿の内 奥を

25
窺う長袴の紐しめくり気
配りし おのれ師直真っ二つと刀の鯉口
息を詰め 待つ共知らぬ 師直主従遠
目に見付け 是は/\若狭之助殿
扨々お早い御登城 イヤハヤ我(が)折り

ました 我抔(等)閉口/\ イヤ閉口序に
貴殿に言い訳致し お詫び申す事が
有ると 両腰ぐはらりと投げ出し
若狭之助殿 改めて申さねばなら
ぬ一通り 日外(いつぞや)鶴岡で 拙者が

26
申した過言 ヲヽお腹が立ったで
有ろうはづじゃが そこをお詫び 其
時はどうやらした詞の間違いで
つい申した 我等一生の粗忽武士
がコレ手をさげる真っひら/\假令(けれう)

其元が物別たお人なりやこそ
外々の狼狽(うろたえ)者で見さっ
しゃれ この師直真っ二つこわや/\
有りようが其節貴殿が後ろ
かげ 手を合わして拝みました

27
アハヽヽアヽ年寄るとやくたい/\ 年に
めんじて御免/\ コレサ/\ 武士
が刀を抜け出し手を合わす 是
程に申すのを聞き入れぬ貴公で
もないはさ とかく幾重にも

誤り/\ 伴内とも/\にお詫び
/\と 金が云わする追従とは
夢にもしらぬ若狭之助
力みし腕も拍子抜け 今さら
抜くに抜かれもせず 寝刃(ねたば)合わせし

28
刀の手前さしうつむきし
思案顔 小柴のかげには本
蔵が 瞬きもせずまもり居る
ナニ伴内 この塩冶はなぜ遅い
若狭之助殿とはきつい違い

扨々不行儀者 今において
顔(つら)出しせぬ 主(しゅう)が主なれば
家老で候迚 諸事に細心
の付くやつが一人もない イザ/\
若狭殿御前へ御供致そ

29
サアお立ちなされ サアササア師直め誤っ
ておるぞ コリャ爰な粋(すい)め/\
粋様め イヤ若狭之助最前
から ちと心悪(わる)にござる マア先へ
何とした/\腹痛かコレサ伴内

お背(せな)/\ お茶進じょかな イヤ/\
それ程にもござらぬ 然らば
少しの内お寛ぎ 御前の首尾は
我等がよい様に申し上げる 伴内
一間へ御供申せと主従寄って

30
お輦(てぐるま)に迷惑ながら若狭之助
是はと思えど是非なくも奥
の一間入りければ アヽもう楽じゃ
と本蔵は 天を拝し地を拝し
お次の間にぞ控え居る 程も

有らさず塩冶判官 御前へ通る
長廊下師直呼びかけ遅し/\
何と心得てござる 今日は正七ツ
時と 先刻から申し渡したではないか
成程遅なかりしは不調法 去り

31
ながら 御前へ出るはまだ間も
あらんと 袂より文箱相取り出だし 最
前手前の家来が 貴公へお渡し
申しくれよ 即ち奥かほよ方より
参りしと 渡せば受取り成程/\

イヤ其元の御内宝は扨々心懸が
ござるは 手前が和歌の道に
心を寄するを聞き 添削を頼むと
有る 定めて其事ならんと押開き
さなきだに おもきが上のさよ衣

32
我がつまならぬつまな重ねそ
ハア是は新古今の歌 此の古歌
に添削とはムヽと思案の内 我が
恋の叶わぬ験(しるし) 扨は夫に打ち明けし
と思う怒りをさあらぬ顔 判官殿

此哥御らふじたでござらふ イヤ
只今見ました ヌヽ手前が読むの
を アヽ貴殿の奥方はきつい貞女
でござる ちょっと遣はさる歌が是
じゃ つまらぬつまな重ねて

32
アヽ貞女/\ アヽ其元はあやかり者
登城も遅なはる筈の事 内
に斗りへばり付いてござるによって
御前の方はお構いないじゃと 当て
こする雑言過言あちらの喧

嘩の門違いとは 判官さらに合点
行かず むっとせしが押ししづめ ハヽヽヽ/\
師直殿には御酒機嫌か 御酒
参ったのいかもらしゃった イヤいつ
呑みました 御酒下されても呑まない

33
でも 勤める所はきっと勤める 貴公
はなぜ遅かったの 御酒参ったか
イヤ内にへばり付いてござったか
貴殿より若狭之助殿アヽ格別
勤められますイヤまた其元の奥

方は貞女といひ御器量と申す
手跡は見事 御自慢なされ
むっとなされなうそはないはさ
今日御前にはお取り込み手前迚
も同前 其の中へ鼻毛らしい

34
イヤ是は手前が奥が歌でござる
それ程内が大切なら御出で御無
用 惣体貴様の様な 内に斗り
居る者を 井戸の鮒じゃと
いふ喩えが有る 聞いて置きしゃれ 彼の

鮒めがわづか三尺か四尺の井
の中を 天にも地にもない様
に思うて 不断外を見る事が
ない 所に彼の井戸がへに釣瓶
に付いて上がります それを川へ

35
放しやると 何が内に斗り居る
やつじゃによって 悦んで途(ど)を
失い 橋杭で鼻を打って即座
にぴり/\/\/\と死にまする 貴
様も丁度鮒と同じ事ハヽヽヽと出

ほうだい 判官腹にすへ兼
こりゃこなた狂気めさったか
イヤ気が違ふたか師直 シャ
こいつ 武士を捕らえて気違ひ
とは 出頭第一の高師直ムヽ

36
すりゃ今の悪云は本性
よな くどい/\又本性なりや
どふする ヲヽかうすると
抜き付けに 抹額(まっこう)へ切り付ける眉間
の大疵 是はと沈む身のかわし

烏帽子の頭(かしら)二つに切り 又切りける
を抜きつくゞりつ逃げ回る折も有れ
お次に控えし本蔵罷り出でて押し
とゞめ コレ判官様短慮と抱き
とむる其隙(ひま)に師直は 館を

37
さしてこけつ転(まろ)びつ逃げ行けば
おのれ師直真っ二つ 放せ本蔵放
しゃれとせり合う内 館も俄かに騒ぎ
出し 家中の諸武士大小名押さえ
て刀もぎ取るやら 師直を介抱やら

上を下へと 「立ち騒ぐ 表御門   (裏門の段
表御門 両方打ったる館の騒
動提燈ひらめく大騒ぎ 早野
勘平うろ/\眼ひとり帰って裏
御門 砕けよ破(われ)よと打ちたたき

38
大声上げ 塩冶判官の御内早野
勘平主人の安否心もとなし
爰明けてたべ早く/\と呼ばわったり
門内よりも声高く 御用あらば
表へ廻れ爰は裏門 成程裏

門合点 表御門は家中の大勢
早馬にて寄り付かれず 喧嘩の様
子は何と/\ 喧嘩の次第相済んだ
出頭の師直様へ慮外致せし
科によって 塩冶判官は閉門仰せ

39
付けられ網乗物にてたった今
帰られしと聞くよりハアなむ三宝
おやしきへと走りかかってイヤ/\/\閉門
ならば館へは猶帰られしと 行きつ
戻りつ思案最中 嬪おかる道

にてはぐれヤア勘平殿様子は
残らず聞きました こりゃ何と
せふどふせふと取り付き嘆くを取っ
て突き退け エヽめろ/\とほへ顔(つら)コリャ
勘平が武士は捨(すた)ったわやい もう 

40
是迄と刀の柄 コレ待ってくだされ
こりゃ狼狽(うろたへ)てか勘平殿 ヲヽうろ
たえた 是が狼狽ずに居られふか
主人一生けん命の場にも有り合わ
さず 剰さえ 囚人(めしう)同然の網乗物

お屋敷は閉門 其家来は色に
ふけり御供にはづれしと人中へ
両腰さして出られふか爰を放
せ マヽヽヽヽ待って下さんせ 尤もじゃ道理
じゃが 其うろたえ武士には誰が

41
した 皆わしが心から死ぬる道
ならお前より私が先へ死ねば
ならぬ 今お前が死んだらば誰が侍
じゃと誉めまする 爰をとっくり
と聞き訳けて 私が親里へ一先ずきて

くださんせ とと様もかか様も
在所でこそ有れ頼もしい人
もうこう成った因果じゃと
思うて女房のいう事も 聞いて
下され勘平殿とわっと斗りに

42
泣きしずむ そうじゃもっとも
そちは新参なれば 委細の
事は得しるまい お家の執権
大星由良之助殿いまだ本
国より帰られず帰国を待って

お詫びせん サア一時なり共急がんと
身拵えする所へ鷺坂伴内家
来引連れかけ出で ヤア勘平うぬが
主人判官 師直様へ慮外を
働きかすち疵負わせし科に

43
よって屋敷は閉門 追っ付け首が
飛ぶは知れた事 サア腕廻せ つれ
帰ってなぶり切りかくこひろげ
とひしめけば ヤアよい所へ鷺坂
伴内 おのれ一羽で喰いたらねど

勘平が腕の細ねぶり 料理
塩梅くうて見よ イヤ物ないは
すな家来共 畏まったと両方
より 捕ったとかかるをまつかせと
かいくぐり 稜手に両腕捻

 

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44
上げはっし/\と蹴かへせば かはっ
て切り込む切先を刀の鞘にて
丁どうけ廻ってくるを鐺(こじり)と
柄にてのっけにそらし 四人
一所に切りかかるを右と左へ一時に

田楽返しにばた/\/\と打ちすえ
られ皆ちり/\に行く後へ 伴内
いらって切りかくる引ぱづしそっ
首握り 大地へとうどもんどり打た
せしっかと踏み付け サアどふせふと

 

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45
こっちの儘 突こうか切ろうか なぶり
殺しと振り上げる刀に縋って コレ/\
そいつ殺すとお詫びの邪魔もふ
よいわいなと 留める間に足の
下をばこそ/\と 尻に尾のない

鷺坂は 命から/\゛逃げて行く
エヽ残念/\去りながら きやつ
をばらさば不忠の不忠 一先ず
夫婦が身を隠し時節を
待って願うて見ん 最早明け

 

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46
六ツ東がしらむ横雲に
ねぐらを離れ飛ぶからす
かわい/\の女夫(めおと)づれ道は
急げど後へ引く 主人の御身いかが
ぞと案じ 行くこそ 浮世なれ

 

 

四段目につづく