当流小栗判官 第四 (照手姫車の段含む)

 

読んだ本  http://archive.waseda.jp/archive/index.html
      イ14-00002-579 


39 右頁最後の行
 第四
名のみ鬼王鬼次が心は仏の道に入り うきよのきづなざん

ぎりのひんもみたるゝふぢさはやみてらをさしてぞ急ける
をりしも上人 りきしや共にはりごしからせ御帰寺ある
兄弟もんぜんにひざまつき 御かみそりをいたゞきたく候と ほつ
しんのおもむきを一々残らず申上る 上人横手をはた?
うち 誠に各はよき折からのほつしんふつえんふかく候 其故
は ぐすふしぎのれいむにまかせ うはのがはらのえんま
だうへ参詣せしに 一つのはかよりがき一人あらはれ出 ゆひを
もつてをのれがむねををしへしが 非業不非業定業


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不定業と云もじすはれり まさしう是は久しきどさうの
まうじやなるが ぜんごんにひかれえんま大王のかんおうにて
ふたゝびしやばによみがへる 夜前の夢は此つげぞと則
がきをあのこしにのせつれかへり候 仏法ふしぎ旁のしよ
ほつしんのぜんちしき 御覧せよとぞ仰ける兄弟こしをさし
のぞけば ひにくもこげてほねあらはれすみのをれのごとく
なり いきはあれどもこえ出ず六こんきけつがよはねば けん
もんやみにことならずむかしはいか成人やらn みるめもいぶせく

あさましし上人宣て一たび生をかへてめいとに至り久
しくどちうに有たる身たとへいきのあればとて たやす
くもとの人間とは成かたし くまの本宮薬のゆをくみ
よせ 一七日ぼくよくしはんごんのほうを行ひ さうねんの
かたちとなさんと宣へば鬼王兄弟承り 是も仏の御奉
公 修行の始に我々 本宮のおんせんくみ取て参らん
とぞ申ける 上人聞給ひしゆせう也去ながら 他力こそ
なを薬のゆ おけに車をしつらひちまたにすて 一引


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ひけば千僧くやう二引ひけば万僧くやう 大乗じひ
の車のだんな他力をもつてくみよせん いさこなたへとの
給ひて俄に 車を 用意あるかくとはいさや しら玉の
てるての姫の御行方 つたへ聞たに涙ぞや 鬼王にたす
けられ 父のやかたをしのび出あなたこなたにさすらひ
て 何を頼にうき年月をなからへし 命もつらきみのゝ国
あふはかのしゆく萬屋の 長がもとにかひ取てひたちこ
はきとなをあらため ついにもせぬ手わざにも下しよくは

やすきならひかや しもの水しのあらしごと あらいとをしき心也
もとより長はかいだう一のうとくじん 卅よ人のながれの君を
もたれしが 十町あなたのし水よりけしやうの水をくみはこぶ
になひしおけのさゞなみのうきつとめとは思へども 此頃きけば此宿
にくまの本宮ゆくみの車のつきたりとや 此車一引ひけば
千僧くやうと聞しゆへ つまの小栗のほだいのため我も車
を引べきに 三日のおいとま申迄長の心をそむかじな 皆是
妻の御ためと 思ひなをしてしのがるゝ局 /\をはきはらひ


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てうづけしやうの 玉水を くみかへくみ入給ひしが 口おしや古は
かやうの上らうをあまたのこしもとはしたにて かしづかれたるみづからが
引かへ今はつかはるゝ人のゆくえは定なや アゝさこそかたちもやつ
れつらめと 遊君たちが立直し 鏡臺引よせ一め見たれば
なむ三ぼう 色も顔も我ながらさらに我とも思はれず あさ
ましや花もみじ月をねたみし此身がたて かくもやつるゝ物
かはと 鏡をしやりひれふしてしばしは こがれしづまるゝ涙も
くもりなかぞらに わか鵑のきにさくあぶちの花にをちかへり

ほぞんかけたかほぞんかけたとつげわたるはいとゞ涙のたねならし
てるてつく/\聞給ひ げに時鳥はめいとの鳥してのたおさ
をなくとりや あの鳥ならば我も又めいどの妻にあふべき物
なつかしやうら山しとしばし聞入おはせしが アゝよく/\
思へば思ふ人をさき立て 何たのしみに世を立てたれに見え
すべきかみかたち さまをかへて一すぢにぼだいの道に入へきぞ
なれも子事の有ならばかくとつたへよ是迄と あたりの笥(くしげ)
をしあけて氷のかみそり取出し みるふさのくろかみをあい


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そもなく引あげて すでにきらんとし給ふ時ほとゝぎす一
もんじにとびさがり はかぜをたてゝかみそりはたと打をとす
こはいかにと取あぐれば又立返り打おとし 二こえ三こえ
雲になきゆくえは 月ぞ残りける てるてあきれておはせし
が 扨は草のかげなる小栗殿わがくろかみをきらせじと
おしみ給ひてこのごとくめいどのとりがとゞめしよな 思へば
夫婦は二世のえんとのはめいどにもちたる物を おとこに
此身をまかせながらきまゝにかみはきられまじ かほどや

つれしわがすがた露のかけより見給はゞいくばく無念に
おぼされんみらいでとのごにあふ迄は 大事の我身なんの
すてふ よねぶりしあげ我妻にうれしからせて恋わか   ←
やがせ かうしてとしてとひとりごちかゞみにむかひたま
くしけ つくろふかほも中々にやるかた なさのあまりぞや
かゝる所へ長が女房にはぎ/\とよびたて つぼねい入て
大きにいかり ヤイ女め何をひろいで爰にいる をのれは
何がやく成ぞあそばせふとてをきはせぬ ながれを立よと


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いひつくれば四の五のとてきらふゆへ 下の水しにおひく
だし十六ヶ所のかまをたき 上り下りの客達のせん
そく取てををうみて うらせどはいて朝夕に卅人の遊
君の けしやうの水をくむやくぞや 女郎ばとおなじやう
に気はひけしやうはあた見られぬ それほど身に
かまふならば今でもをのれを立よと はゝきをつ 
とりいかりしはさなから やしやのごとく也 姫君はせき
めんし御奉公は何事も 残らずしまひ候ゆへ女の

事にて候へばみだれかみも見ぐるしくくしとりあけ
て候也 ながれの事はいつ迄も御ゆるし候へと涙と
共に仰ける 女房宣て やれかみをゆふにも時分が
あるはや何時じやと思ふぞや ムゝがつてんじや/\ 是の
長殿が何とやらん此頃は をのれをみるめはいとずゝきの
ごとくになる がてんがゆかぬと思ひしに扨はをのれが
長殿をそゝのかすと覚えたり こりや長殿にはわら
はといふおか様あり サア何として長殿のめをあのごとく


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ほそうはしたぞ まつすぐに申せといへば是は近頃御無
理也 だんな様のおめの事はみづからはしらぬとある ヤイ
ばkため をのれをつかふみづからがしるまいと思ふか ゆふべ
長殿の 御ゆどのしに参りし時 涙をながししみ/\゛と
くどいたは何事じや サア是は何事とたゝみかけて
申ける 姫君聞給ひさん候わらはには おやおつとも候はず
あすをもしらぬむえんの身 此頃此宿にくまの本宮の
ゆくみ車がついたる由 一引ひけば千僧くやうと申ゆへ

ぼだいのために車が引たう候て三日のおいとまたへかしと
御そせう申て候か 其外には覚えなし情は人のためならず
さのみにつらくな宣ひぞと又さめ/\とぞなけかるゝ
エゝつべこべとぬかしたり/\ あらにくやはら立やと
かゞみを取てなげつけ身をもやしてぞいかりける
あるじの長立出て是々女房 さなあられなくし給ふな君
を思ふも身を思ふとやら 奉公するも身のかはひさ 主
も人下人も人我々夫婦を便にて 奉公するではあらざるか


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情をかけてつかはれよ としはもいかぬあの女仏の道に心
がけ くやうの車をひかんといふ心入かしゆせう也 三日の
ひまをとらするとよふ頼もしげにいひけれは 女房に
はらを立是しやうわる みづからも鬼ではなし情はしつた
去ながら御身が小はぎをみるたびに めおほそめておしい
めつきがきにいらぬ 四十五十にあまつてしほのめのじぶんかい
の エゝせうしなと有ければ長はもとよりちぎりもの アゝ
迷惑/\それはまはりぎ たとへ小はぎを天人にもせよ そな

たをのけてわき心もつものか あの女に某がしほのめすると
いはるれどもいかな事/\ ほそいめ見せた事もなし 此のくろ
じゆずをせいもんとくはつとにらみし両がんはそのまゝ だるまの
ごとく也 女房少やはらぎてなふもつたいないせいもんにおよ
ばふか いや是長殿みづからもきちくにてもあらね共 いかに
しても今迄は御身のめもとがねたましう 思はぬはらを立て
有是々小はぎ 後生ののことく有からは長殿より三日の隙に
わらはが二日あひそへて五日のいとまをとらするぞ 車を引て


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帰れとあれば姫君嬉しく思召 扨有がたや此御おん
一どはほうじ申べし 又もや御きのかはらぬさきはや
おいとまと出給ふ 長は小はぎを見をくりて扨も
/\女の身にて かくふつほうにおもむく事
わかいものゝさりとては/\ アゝきどく/\としば
しかんずるかほばせに女房きをつけ それ又めもとがほ
そう成それがいやじやといひければ長は驚き はて此じゆず
じやとめを見出しつれて おくにぞ 入にける

 
  てるての姫車の段
わすれぐさかな たねあらば わが恋ぐさに
うへまぜて うきがをり/\わすれなん かたわ
ぐるまのつなでにも めづなおづなはあるものを
アゝいかなればわれひとり 世になからへてさきたてし
つまのぼだいをいのるにそ 心は ものに くるはねど
すかたばかりは ものぐるひ かたみのえぼしまゆふかく
はつねのさとのわかざゝに つゆのしらゆふ

 

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きりかけてひけや /\このくるま ひくや仏の御手
のいとたへなる のりにあふはかの長のもんぜんはやすぎ
ぬ かりほのいほの夕しづく たかまのしゆくは是とかや
かたわれ月のかたわれは おちても水のそこにあり
あるかとみへてなきものは かの見し人のおもかげを
ゆめに くるやとまつば山 あまつをとめのそらだきか
くもなへたてそ せめてこきやうのそらをみんめ
ぐれや /\此くるまめぐる りんえははなるともかけし

ちかひはよもきれずみれまじりのあさぢはらた
ひごろもつましなき いたやがのきにうせおちて おきの
もすそもふは ふはのせき あまたのつなこえ/\゛に
えいさら えいとひくくるまおんどを とりてひかせふ
ぞひけや ひかたのむらちどりもろこえかけて
はやさぬかおひかけながづな しめてみよしめてね
しよの むつごとの みゝにとゞまりなつかしく みのと
あふみのさかいなるねものがたりやとこの山 まくらの


49
もりもあはれげに ふたりなしぶるよはもがな アゝ/\
ひとよぶに/\ わすれもやらぬこひしさはいつ
さめかいのみづふかく しつみてものをおもへとや しづ
まばしづめ とんとしづまんこひのふち まぶちなわて
をはる/\゛と よこきるあらしさら/\/\゛さつと
ひだりのふりそでを アいまたみぎのそてしたへ ふきぬく
かせは恋風か 玉のはだえにしみ/\゛と そのいつぞや
の下ひもの 今はむかしにとけよかしとくや やなきの

まゆねかきはなひひもとけみだるれどたれかはわれを
したひつゝ うはさなかれんことのはの うたづめ川を打
わたり なにゆへつくる すがたみの かゞみのしゆあくも引
すぎて こずえにひゞくあだなみは きんのしらべかから
ろのおとか 松風の こえでないよの しのびぐるまかのめぐり
めくるやせたのはし ひいつひかれてひとふたよ みよ
をかきねしさゝたけの 大津もすぎてせきでらや 玉やが
かどにくるまつく あはれ此身がまゝまらばくまのお山に引


50
つけて ほんぐうのゆを引へきにみやづかづ身はちからなき 力
ぐるまのぜんこんも是までなりと夕ぐれの 松のたきさし
ふでにして そもかずならぬみのゝ国よろづや長がみづし
の下女 ひたちこはぎといふ女上下五日のくるまのだんな
心ざしは思ふ人とんせうぼだいとかきしるし わかれてかへる道
しばのしばしが程といひながら たしやうのえにし是そ此くせい
の 舟のつなこ共 立かへりてはいざさらば さらば/\/\と
袖しぼるすがたもかげもとを山の きりにほの/\゛こがくれて涙に こえもうはかれし